第四章 「山へ」


 街外れの駅で列車に乗ったユウ達は向かい合わせに座っていた。窓際のユウの向かいにリネアが座り、その隣にはディガンがゼアと向き合うように座っている。
 客はそれほど多くない。朝という時間帯もそうだが、四人は一通り列車の中を見回って人の少ない車両を選んでいた。
 リネアは窓の外を流れる景色を楽しそうに見つめている。隣でディガンは荷物の中から取り出した本を読み、ゼアは組んだ腕に刀を挟むように固定し、目を閉じて眠っていた。
 ユウもまた、窓の外の景色を眺めていた。
 時間の流れと共に、景色も、街並みも変わって行く。技術は進歩し、交通の便も良くなって来た。ただ、昔よりも自然の景色が減ったと思うのは気のせいではないだろう。
「解り合えるはずなのに……」
 心の中で、ユウは呟いた。
 地底人達には知恵があり、人間と会話をするだけの知能もある。ならば、人間と解り合うというのは決して不可能な事ではない。外見が人間ではないからと、忌み嫌うのはおかしいとユウは思う。人間だって地方によって肌の色や目の色に違いは出てくるし、言語が違う者達も少なからずいるのだ。
 人間と会話できるなら、人間と同等の存在と見るべきだ。一方的に拒絶するのは良い事とは思えない。もっとも、人間達も同じように拒絶する時があると考えれば、地底人達は同等の存在だとも言える。
 何故、地底人達は人間を滅ぼそうとするのだろうか。それだけが判断できず、理解もできない。
 人間達が彼らの領地へ侵入し悪さをしているといった話は聞いた事がなかった。誰かが地下世界への道を発見すれば、その情報はユウにも届くはずだ。重大な出来事の情報はユウに流れるようになっているのだ。勿論、極めて巧妙に隠匿されているなら届かない時もある。今までに何件かそういった事件も解決してきた。
 実際にユウが動いて、手がかりを追っていかなければならない時もある。
「……ユウ」
 いつの間にか目を覚ましていたゼアが、目を閉じたままユウの名前を呼んだ。
「どうしたの?」
 ユウはいつもの微笑を浮かべ、ゼアに視線を向けた。
「お前が知っている事を全部言え」
 ゼアは僅かに目を開き、ユウを鋭く見据える。
 ディガンとリネアもその言葉に視線をユウへ向けた。
「どういう意味だ?」
「言ったままの意味だ」
 眉根を寄せるディガンの問いに、ゼアは即答した。
「お前は何か知っている。違うか?」
 睨み付けるようなゼアの視線に、ユウは僅かに目を細める。
「何かって、なに?」
「とぼけるな。地面から這い出して来た生物の事だ」
 ユウの問いに、ゼアが言い返す。
「何故、僕が彼らの事を知っていると思うの?」
「勘だ。お前の事だからな。何も知らないなんて方がおかしい」
 ゼアの言葉に、ユウは苦笑した。
 今まで行動を共にして来た仲間の中では、ゼアが一番頭が良い。いや、ユウを良く見ているというべきか。自身がより強く、高みへと進むために観察眼も鍛えているのだ。
 ゼアと共にこなした仕事の中で、ユウが何も知らない状態で始めた事件は一つもない。流れてくる情報から先に何かを掴んでいるか、ユウの知識や経験の中に既に蓄積された知識か、どちらにせよユウは事件の核心を知っていた。そして、核心についての情報は仲間にも極秘にする事が多い。最終的には知る場合がほとんどだが、ユウの口から告げられたものではない。事件を追っていて知る場合がほとんどなのだ。
 ユウの細かな言動や態度からも、地底人について何か知っていると踏んだのだろう。
「知らないかもしれないよ。僕は神様じゃないから」
「言いたくないならそう言え」
 ユウの言葉に、ゼアはぴしゃりと言い返した。ユウは苦笑する。
 知らないかもしれない、と言ったのは間違いだったかもしれない。仮定の言葉は裏を返せば知っていると言っているようなものだ。もっとも、かもしれない、と言う以前にゼアはユウが知っていると思っているようだが。
「お前本当にあいつらの事を知ってるのか?」
 ゼアの言葉に突き動かされたのか、今度はディガンがユウに尋ねてきた。
「もし知っているとしたら、聞きたい?」
 いつもの微笑へと表情を戻し、ユウは問い返した。
「お前らはどうなんだ?」
 ディガンはリネアとゼアに言葉を投げる。
「戦局に関係がないなら別にいい」
 戦闘が一番の目的であるゼアにとっては、戦いに関係してくるような情報以外は別段聞く必要はないものだ。だからこそ、ユウの言葉にもあっさりと身を退いたのだ。
「難しい話になりそうだし、あたしは聞かなくてもいいかな」
 リネアには興味の対象外らしい。
 ディガンは肩を落とし、ユウに視線を向ける。
「俺は聞いておきたい。もし、お前とあいつらに関係があるなら、お前が俺の敵になる可能性だってあるだろ」
 ディガンの言葉を聞いて、ゼアが鼻で笑った。リネアも「それはないよ」と笑っている。
「なんでそう言い切れる?」
「敵になるならわざわざ俺達を集める必要がない」
 眉根を寄せるディガンの問いにゼアが即答した。
「ユウは皆の事が好きだもんね」
 リネアが笑う。それを見て呆れたようにディガンが溜め息をついた。
「好きって、お前……」
「嘘じゃないよ。僕はこの世界全てが好きだから」
 苦笑するディガンに、ユウは微笑を浮かべたまま告げた。
「ねぇ、ユウ、あたしの事好き?」
「うん」
 リネアの言葉に、ユウは頷く。
「じゃあ、あたしと結婚して!」
「はぁ……?」
 いきなりの言葉に、リネアの隣に座っているディガンが間抜けな声を上げた。
「ほっとけ、いつもの事だ」
 そんなディガンにゼアが声をかける。
「それはできないっていつも言ってるよね?」
 ユウの返答はそれだった。
「えー……。だって、あたしはユウが好きだもん」
 口を尖らせるリネアに、ユウは苦笑する。
「リネアも好きだけど、僕には婚約者がいるから」
「婚約者がいるのかお前!」
 ユウの言葉にディガンが驚いた声を上げた。
「いるよ。故郷にね」
 ディガンに笑いかけ、ユウは目を細めた。
「意外だ……」
「そう?」
 ディガンの呟きにユウは首を傾げて見せる。
「何? おじさん結婚してないの?」
「してたらここまで来ないな」
 首を傾げるリネアに、ディガンは苦笑した。
 もし、ディガンが結婚していたなら、ユウの仲間にはならなかっただろう。家族と共に暮らしている方がディガンには似合っている。性格にもよるが、ディガンが結婚していたらユウも彼を誘わなかった。
「結婚相手、ゼアやディガンはどう?」
「んー、ゼアと結婚しても楽しくなさそう」
 ユウの提案に、リネアは顎に人差し指を当てて考えるような仕草をする。
「楽しくなさそうだとさ」
「俺も願い下げだな。腕は立つが、騒々しい」
 口元に笑みを浮かべるディガンに、ゼアは無愛想に答えた。
「おじさんは……、何だか微妙」
「ぐ……」
 リネアの言葉にディガンが口元を引き攣らせる。ゼアは目を閉じていたが、僅かに笑みを浮かべているようにも見えた。
「やっぱりユウがいい」
「こればっかりは、駄目なんだ」
 苦笑を浮かべるユウに、リネアが小さく溜め息をついた。
「ところで、どこに向かうの?」
「次の街で列車を降りて、山を越えたら、かな」
「登山もするのか?」
 リネアとユウの会話に、ディガンが割り込んだ。
「そこまで本格的じゃないよ。というより、山登りは途中までなんだ」
「途中まで?」
 ユウの言葉にリネアが首を傾げる。
「うん、山の中ほどに小さな街があるんだ。普通の人には知られていない、ね」
 ユウが声を小さくして告げる。
「次の街の近くにある山というと……ガルマルド山か?」
 ディガンが眉根を寄せた。
 ガルド大陸のほぼ中央には、大きな山がある。大陸一の高さを誇り、山頂は常に雲に隠れて見えない。ガルマルド山を登ろうとする登山家や冒険家は少なくないが、山を登り切った者はいない。過酷な環境と、高度のために人間には山頂まで行けないとすら言われている。ある学者の計算によれば、山の半分が雲に隠れているらしい。高過ぎる山頂の環境から、何かしらの理由があって常に雲に覆われているという考えが一般に広まっている。
 人間の肉体でそこまで行けぬため、未だに真実は確認できずにいる。同時に、そこへ行くための技術研究が進められている。
「そう、そこだよ」
 ユウは頷いた。
「ガルマルド山、か……。本当に街があるのか?」
 ディガンの問いに、ユウは笑みを深めただけだった。
 一般に知られていない、非公式な街だ。だからといって閉鎖された街ではない。ガルダース公国が非公式に隠匿しているだけだ。無論、それはガルダース公国の意図ではなく、街側の要望だ。公国直属の選ばれた人間しか入る事を許されず、最低限の交易しかしていない。
 色々と理由はあるが、一般の人間に聞かれる可能性があるこの場では喋らない方がいい。そう判断したユウは何も答えなかった。
 会話が途切れ、暫しの間各々で時間を過ごした。
「……なぁ、そういえばあいつらの事聞いてないぞ?」
 不意に、ディガンが口を開いた。
「そんなに聞きたい?」
 ユウは微笑を浮かべたまま問いかける。
「当たり前だ。気にならない方がおかしいだろう」
「リネアやゼアは別に聞かなくてもいいって言ってたじゃないか」
「こいつらは普通じゃねぇ」
 首を傾げるユウの言葉に、ディガンは言い放った。
 意外と大きな声だったにも関わらず、リネアもゼアもディガンの言葉を無視した。自覚があるのか、単に聞いていないだけなのか。
「まぁ、簡単に言うと創世樹の根が支えている地下世界の住人ってとこだよ」
「本当にそれだけか?」
「他にどう説明しろっていうのさ?」
 半眼になるディガンに、ユウは肩を竦めて見せた。
 地底人はユウが呼んだ名の通り、地下世界に住まう者だ。創世樹が創った地下世界における人間と言い換えても良い。彼らは個々に異なる特殊能力を持ち、それらを活用する事で暮らしている。勿論、ユウ自身が地下へ言ったわけではないのだから、彼ら地底人の日常生活がどんなものかは想像するしかない。
 ただ、隔絶しているはずの地上と地下の境を越えたところを見ると、地底人達の行動には理由があるはずだ。ユウはそう考えている。
 彼らの言葉から考えても、目的もなく動いているようには思えなかった。
「で、結局お前はどうするつもりなんだ?」
「和解したいと思ってるよ」
 ディガンの問いにユウは笑顔で答える。
 地上に現れた地底人の長がいるなら、その人物と直接話し合って和解するのが理想的だ。個々で動いているのなら、どうにかその動きを追って一人一人説得するしかない。
「どうやって和解するつもりなんだ?」
 更にディガンが問う。
「僕の推測が正しければ、創世樹の下でどうにかなると思う」
 地底人が言った、全てを無に返す、という言葉がユウは引っかかっていた。全てを無に返す、というのは一体どういう意味なのか考えていた。
 ユウの結論は、創世樹の伐採だ。
 創世樹が途中で切り倒されてしまえば、幹や枝、葉によって存在を支えられている地上界と天上界は消滅してしまうだろう。存在を支えるものが無くなれば、崩壊するはずだ。根が残っていれば地下界だけは無事とも考えられる。地底人達の目的が世界崩壊なら、これほど都合の良い目標はないだろう。
 問題は、何故、全てを無に返さなければならないのか、だ。
 人間達と地底人達には何の繋がりもなかった。ユウもそこだけは判らない。
 やはり、リーダーと話をする意外に手はない。
 ユウの考えが正しければ、地底人達は創世樹を狙うはずだ。そして、その瞬間には地底人達のリーダーも現れる。大部隊で創世樹を切り倒そうとするだろうからだ。
 可能なら、彼らが創世樹の前に現れるまでに駆け付けたい。ユウは創世樹の前でリーダーと話を付けるつもりでいる。それ以外にチャンスは無いかもしれないとも思っていた。
「あいつらが地中を移動できるなら、創世樹はもうやられちまってたりしないか?」
「それは大丈夫だよ。彼らの持つ力の大きさにもよるけれど、少なくとも直ぐにやられたりはしない」
 不安そうなディガンに、ユウは首を横に振った。
 創世樹には誰も触れる事はできない。世界を支える要である大切な樹だ。そう簡単に傷付けられては困る。ユウは創世樹が無事な理由を知っていた。同時に、それをこの場で喋る事もしない。
「何も解らねぇってのがこんなに不安だとは思わなかったぜ」
 溜め息混じりにディガンが呟く。
「そう? とにかく今は創世樹のところに行けばいいんでしょ?」
「嬢ちゃんは単純でいいよな」
 リネアの言葉に、ディガンは肩を落とした。
「話す気のない時は聞くだけ無駄だ」
「そうらしいな……」
 ゼアの言葉にディガンは苦笑する。
「まぁ、後でちゃんと話すよ」
 ユウはそう言って笑った。

 *

 昼前に街に辿り着いたユウ達は列車を降りて昼食を取った。それから登山のための準備を行うために食料などを購入し、街を出てガルマルド山へと歩みを進めた。
 街と山の間は結構な距離がある。学者や登山家、冒険家といった者達のために街ができそうなものだが、そういった場所は一切ない。山の環境が問題なのだと思われがちだが、実際は違う。
 山の途中にある街の存在を隠匿するために、公国政府が新しい街を作る許可を出していないのだ。それを知っているのは極僅かな人間だけだ。その一人がユウだった。
 四人が山の麓に辿り着く頃には既に日は沈んでいた。
「このままその街まで行くつもりか?」
「……ここで一泊してから行こう」
 ディガンの言葉に数秒考え、ユウは答えた。
「野宿か?」
「そうなるね」
 言葉の意味を確認するディガンに頷き、ユウは荷物を地面に下ろした。
「一応、寝袋は買ってあるよ」
「俺は必要ない」
 ユウの言葉に、ゼアはきっぱりと言い放った。
「そう言うと思って、ゼアの分はないよ」
 言って、ユウは微笑んだ。
 ゼアは今までの行動から命を狙われる立場でもある。いつ誰がどこで奇襲を仕掛けてくるか判らない。故に、ゼアは野宿の際に寝袋を使わない。寝袋に入ってしまえば奇襲された直後に身動きが取れなくなってしまうからだ。だから、ゼアは木に背中を預け、毛布に包まって眠る。武器を毛布の中に隠して。
 直ぐに行動が取れない寝袋をゼアは必要としていない。
 それを知っているから、ユウはゼアの分の寝袋を用意しなかったのだ。
 対するリネアは、寝袋の中にいてもある程度身動きができる。というよりも、両手両足が拘束されていても身動きが取れるように訓練されていると言うべきか。
「お腹空いたー」
 リネアはそう言って荷物から街で買ったクッキーを取り出す。
 ユウはアルコールランプを取り出して火をつけ、ゼアが手際よく周囲に石を置いた。その上に網を乗せる。二人が荷物の中から生肉や野菜を調理しようと取り出した時、急にランプの火が揺らめいて消えた。
「……ゼア」
「解ってる。まずはお前に任せる」
 ユウの呼び掛けにゼアが頷く。
 立ち上がり、振り返ったユウの視界に地底人が映った。白い、霧のようなものが地底人の周囲に広がっている。
「冷気、か……?」
 ゼアが小さく呟いた。
「あなた達がこの世界を滅ぼそうとしているのは、本当ですか?」
 ユウは地底人の前に進み出て、問い質した。
 地底人は無言のまま、ユウを見据えている。
「何故ですか?」
 ユウの問いに地底人は答えない。
「人間達があなた方に何かしたのですか?」
 地底人の目がすっと細められる。まるで蔑んでいるかのように。
 ユウは背筋に寒気を感じた。敵意や殺気ではない。確かに、冷たい空気がユウの背後へと流れ込んだのだ。それが彼の能力なのだと気付くのにさほど時間はかからなかった。
 アルコールランプの火を消したのも、彼の放った冷気に間違いない。
「ユウっ!」
 リネアが叫んだ。
 振り返ったユウの目の前に、氷塊が現れていた。
「伏せろユウっ!」
 ディガンが大槌を氷塊へ横合いから叩き付ける。咄嗟に屈んだユウの頭上で氷塊が粉砕され、破片が撒き散らされた。
「ユウ」
 ゼアがユウの名を呼ぶ。ユウはゼアと視線を交わし、目を伏せた。
「お前らは下がってろ」
「何だと?」
 ディガンが信じられないというようにゼアを見る。
「邪魔をするなと言っている」
 ディガンに視線を向けずに言い放ち、ゼアは腰に携えた神器の柄に手を伸ばした。
「ゼア、お前一人でやる気か……!」
「あれは俺の獲物だ」
 ゼアはディガンの言葉を一蹴した。
「ディガンも、見ておくと良いよ、彼の戦い方は」
 ディガンの隣に並んだユウはそう呟いた。ただ、そこにいつもの笑みはなく、哀しげに目を細めた表情がある。
 ゼアが刀を抜き放つ。振り抜かれた刀身が纏う雷撃が尾を引くように光を残していく。地底人は眩しげに目を細め、一際大きく冷気を周囲に振り撒いた。
 ゼアが一歩を踏み出す。地底人が身構え、身体の表面を氷で覆う。自らの身体を防護すると同時に、纏った氷の破片を槍のように射出した。
 刀が閃く。
 雷撃が無数の軌跡を描き出し、暗い夜に鮮やかな筋を浮かび上がらせた。神器は氷の破片を的確に切り裂き、電流の熱量によって蒸発させる。防ぐ度に、ゼアは少しずつ歩みを速めていった。
 ゼアの背後に巨大な氷塊が作り出される。
 ディガンが何か言おうとした時には、氷塊に神器が突き立てられていた。いつの間に逆手に持ち替えたのか、ゼアは背後の冷気だけで攻撃を先読みし、神器を振っていたのだ。流し込んだ電熱によって氷塊は内側から爆発するように蒸発し、飛び散った破片も溶けて水滴となって撒き散らされる。
 ゼアは逆手に握り締めた神器をそのまま切り上げるように振るった。後方へ飛び退く地底人を追うように地面を蹴り、振り抜かれた神器を持ち直す。ゼアは地底人に刃を振り下ろした。
 地底人が地面に冷気を流すや否や、ゼアはその場から空中へと跳躍する。空中で身体の上下を入れ替え、逆立ちするように地面を見下ろす。そのまま、ゼアは普段使っている刀の柄を左手で掴んだ。逆手で抜き放った刀で、足元から伸びた氷の槍をゼアが切り払った。次々にゼアへと伸びて行く槍を、的確に切り払いながら足場にしていく。
 切り払った氷の切断面に足を乗せ、滑り降りる。下方から伸びて来る氷をまた切り払い、蹴飛ばして望む方向へと身体を向けた。
 ゼアの目が細められる。
 左手の刀を頭上高く放り上げ、ゼアは神器を両手で正面に構えた。空中で、地底人へと真っ直ぐに向かう軌道でゼアが落下していく。
 雷撃が一際大きく輝き、地底人が目の前に氷塊を作り出す。ゼアが神器を振り下ろし、地底人が後方へと逃れた。だが、神器から迸った雷撃が刀身を伸ばすように真っ直ぐに伸びる。氷塊を両断した雷撃の刃は後退した地底人まで届いていた。氷の鎧も簡単に切り裂かれ、真っ二つになった地底人が体液と内容物を撒き散らしてその場に転がった。
 着地と同時に神器を鞘に納め、ゼアは落下してきた愛用の刀を器用に鞘で受け止めた。
「……すげぇ」
 ディガンが小さく呟いたのを、ユウは確かに聞いた。
 無駄なく引き締まった身体と洗練された身のこなし。人間としては一、二を争う身体能力を持っているのは間違いない。眼力と集中力、反射神経も並ではない。
 破壊力はあるが速度のないディガンとも、素早さはあるが攻撃力のないリネアの二人とは全く違う。ディガンは速度のなさを道具や戦略で、リネアは武器と地形を利用してそれぞれ足りないものを補っている。
 だが、ゼアは完璧なまでに均整が取れている。破壊力も素早さも兼ね備えているが、ディガンやリネアほどどちらかに特化しているわけでもない。ただ、巧みな技術によって攻撃時や回避時に最も効果的に身体を動かしているだけだ。それが、時としてディガンやリネアを上回る動きを生み出す。
「これでもまだ和解を考えるか?」
「尚更だね」
 ゼアの問いに、ユウは無表情で答えた。
「こんな戦い、誰も喜ばない。和解しなきゃ駄目だ」
 ユウが目を細める。
「――けど、それはとても難しい事よ」
 不意に聞こえた女性の声に、全員が振り返る。
「危ない時に助けに入る形で合流しようと思ってたのに、あなたのせいで台無しだわ」
 そこには、呆れたように溜め息を付くソールがいた。
「横槍は入れられたくないがな」
 ゼアが素っ気無く呟く。
「ユウ、彼女は……!」
 ディガンが目を見開いてソールを見ていた。
「ソール・カリス。仲間だよ」
 いつもの微笑に戻ったユウは告げた。
「やはり……! 姫様でしたか!」
「姫様?」
 ディガンの言葉に、リネアが首を傾げる。
「……あなた誰?」
「私は、以前、幼少期の姫様の護衛を務めていたディガン・ブローナムと申します」
 眉根を寄せるソールに、ディガンは恭しく一礼して答える。
「姫様が六歳になられた時の一件で重傷を負い……」
「聞きたくないわ! やめて!」
「はいっ!」
 語り出したディガンをソールが一喝した直後、ディガンは背筋を伸ばして直立して固まった。
 要は、ディガンがソールの家お抱えの護衛兵士だったという事だ。ソール自身、自分の過去をあれこれ言われるのを毛嫌いしている。詮索して欲しくない、というよりはソール自身が思い出したくない、改めて考えたくない事が多いようだ。
「それに、私はもう王族じゃなくて一人の人間として生きてるの。姫様なんて言わないで」
「ご命令とあらば……」
「その口調もやめて。一般人として扱って欲しいって言ってるのよ」
「ですが……!」
「嫌だって言ってるでしょ?」
 睨みを効かせて詰め寄ったソールに、ディガンは頬を引き攣らせて頷いた。
「おじさん、別人みたいだったね」
 リネアの呟きへの反応は、ユウの苦笑だけだった。
「ユウ、やっぱり私も同行させてもらうわ」
「気が変わった?」
「仕留め損ねた奴がいるの。そのけじめを付けるまでは付き合うわ」
 ユウの言葉に、ソールが答える。
「……殺すつもりなんだね?」
「危うく列車が事故を起こすところだったわ。放っておけないでしょう」
 ソールはユウの言葉に肩を竦めた。
 移動中、地底人が現れて列車は急停止した。運良く停車できたものの、速度が出ていたら大惨事になっていたはずだ。ソールは列車を動かすために地底人と戦い、倒し切れずに逃がしてしまった。仕留め損なった責任感もあったが、地底人という存在にも興味が湧いたのかもしれない。
「言っとくけど、報酬は上乗せしてもらうわよ?」
 ユウを見下ろして、ソールは言い放った。
「解ったよ、ゼアの分を全部ソールの方に回せばいいかな?」
「おい、ユウ、それはいくらなんでも……」
 ユウの言葉にディガンが口を挟んだ。
「ゼアは、生活に困らない限りお金は貰わないんだよ」
 溜め息混じりに苦笑し、ユウは言った。
 戦い、強くなるという一つの目的だけを追っているゼアには、金は生活に困らない分だけあればいい。沢山持っていても邪魔なだけ、という意識があるのだ。
「お前もそれでいいのかよ?」
「構わん。今は困っていない」
 ゼアの回答に、ディガンは呆れたように肩を落とした。
「で、これからの予定とかは?」
 ソールが問う。
 彼女はユウ達の目撃情報や向かった方角を街の人から聞いて追ってきたらしい。戦闘があったお陰で場所の特定がやり易かったようだ。ゼアの神器の光は遠くからでも良く見える。
「ああ、それはね……」
 食事の用意を再開しながら、ユウはこれまでの経緯をソールに話す事にした。
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