第五章 「守りの街」


 ガルマルド山を数時間かけて登った所に、街はあった。高地特有の朝靄に包まれた、静かな雰囲気の街だ。
 街の入り口には柵でできた扉がある。
「ここが、ウルザルブルン……極一部の人だけにしか知る事も入る事も許されない街だよ」
 ユウは扉を開け、中に足を踏み入れた。
「この街に、創世樹があるの?」
「違うよ。この街から、創世樹のある場所へ行けるんだ」
 リネアに微笑み、ユウは街の中央の通りを真っ直ぐに進んで行く。
「ユウ! 戻って来たのか!」
 誰かの声を皮切りに、街中から人がユウを取り囲んだ。
「何かあったのか?」
「ここに落ち着く気になったか?」
「いつまでいられるんだ?」
 多くの人に質問攻めにされ、ユウは苦笑を浮かべた。ユウが連れて来たリネアやゼア達は取り残されている。唖然とした様子で四人はユウを見ていた。
「ユウ……」
 澄んだ、綺麗な声が響いた。
 取り囲んだ者達の一部が道を作るかのように左右に別れて行く。そして、一人の女性が静かに歩み出た。
「久しぶりだね、シルヴィア」
 ユウが優しく目を細める。
 シルヴィアと呼ばれた女性は美しいとしか表現できなかった。整った目鼻立ちに、透き通るような白い肌と、均整の取れた身体付き。銀色に輝く長い髪は腰まで届き、その髪の下には澄んだ翡翠色の瞳がある。身に纏う衣服も、むしろワンピースに近い無地のドレスなのにどこか気品を感じさせた。
 微笑むユウに、シルヴィアも嬉しそうに目を細める。その視線だけで全てが通じているかのように、二人は何も話さずに歩み寄る。
「シルヴィア、彼らに街を案内してあげてくれないかな?」
 ユウの言葉に、住人達は初めてリネア達に気付いたように視線を向けた。
「あなたは?」
「僕は、長老に話さないといけない事があるから」
「そう……」
 彼女にはそれで通じた。
「最後に宿に連れて行ってくれればいいよ」
「はい」
 ユウの言葉に、シルヴィアは優しく微笑んだ。
「じゃあ、また後で」
 頷くシルヴィアとすれ違い、ユウは街の奥へと歩き出す。
 一度だけ、ユウはリネア達の方へ視線を向けた。ゼアだけは意図を理解したのか、小さく頷いていた。それを見て、微笑を消して街の奥へと向かう。
 街の入り口から続く大通りを真っ直ぐに進んだ先にある家の前で、ユウは歩みを止めた。古いが、頑丈な印象を受ける家だった。
 木で出来た扉を手の甲で軽く叩いてから、ユウは扉を開けて中へと入った。
「シルヴィアが飛び出して行くのが見えたから、直ぐにお主だと判ったよ、ユウ……」
 家の中には三人の老人がいた。二人が男、一人が女だ。男のうちの一人はベッドの上で身を起こしている。もう一人は老婆と共に椅子の上に腰を下ろしている。
 ユウに言葉を投げたのは老婆の方だった。皺だらけの顔をユウに向けている。
「お久しぶりです」
 ユウは恭しく一礼した。
「お主が来たという事は、創世樹絡みの話、じゃな……?」
 ベッドの上にいる最も高齢に見える老人が問う。頭頂部には白髪がなく、皺だらけの顔に白い髭を垂らしていた。歳相応にしわがれてはいるが、その声はまだしっかりしている。年齢を感じさせない口調だった。
「お察しの通りです、大長老クロト」
 ユウは頷いた。
「つまり、門を使いたいという事か」
 椅子に座った老人が呟く。こちらはクロトと違い、白髪ではあるがまだ禿げていない。顔には深く皺が刻まれているが、三人の中では一番若く見える。
「その通りです、大賢者アトロポス」
「創世の地にまで行かねばならんとは、何があった?」
 老婆が問う。彼女の年齢はクロトと同じかそれより少し若いぐらいだ。皺だらけの顔から、それでも輝きを失わない瞳をユウへ向けている。
「ヘイムェル、と言えば解って貰えますか? 大術師ラケシス」
 ユウの言葉に、三人の老人が目を見開いた。ヘイムェルとは、地下界の呼び名だ。その存在を知る者しかしらない名詞でもある。
「ヘイムェル……! 地底に住まう者達が現れたというのか……!」
「はい、それも、この世界を無に返すという目的のために動いている事もはっきりしています」
 クロトの言葉に頷き、ユウは告げた。
 今までにユウが見て来た全てを、三人の長老に話した。何者が人間達を無差別に襲い始め、ガルダース公国からユウに調査と解決の依頼が舞い込んできた。それが地底人であり、彼らと言葉を交わした結果、世界を無に返すというのが目的だと判明したのだ。同時に、ユウの言葉に耳を貸さず、一方的に攻撃してきている。そこで、ユウは地底人を率いている者との対話を試みようと考えた。最終的に、地底人は創世樹を狙う。先回りしたいのだ、と。
「ふむ、確かに理に適ってはいる」
 ラケシスと呼ばれた老婆が顎に手を当てる。
「彼らは個々に異なる力を持っています」
 ユウは言った。
 創世樹は世界を支える唯一無二の存在だ。その存在を守るため、創世樹の周囲には強固な結界が張られている。
 だが、地底人が持つ能力の中には結界などの効果を無効化できるものが存在する可能性があった。無効化できずとも、貫く、もしくは透過して効果を発動できる力を持つ者がいるかもしれない。
 結界によって地底人の攻撃を完全に遮断できると言い切れないのだ。
「恐らく、最終的に彼らは創世樹を狙うはずです。その時には、必ず彼らの長が来るはずだと考えています」
「……だが、ユウ。もしも彼らがお前の行動を利用していたとしたらどうする?」
 アトロポスが鋭く視線を細める。
 彼らの狙いが創世樹だとして、その場に辿り着くためにユウを追う可能性は否定できない。門という、特殊なものを用いなければ創世樹のある場所へ足を踏み入れる事は極めて難しい。地底人達が、ユウのような人物が創世樹の下へ向かうと予測し、その後を追跡していてもおかしくない。
「そうですね、その場合でも僕は門を使います」
「ほぉ、何故?」
「追跡しているという事は、彼らの長が姿を現すのは創世樹の前で、という事になるでしょうから」
 クロトの問いに、ユウは答えた。
 追跡中に姿を現すとは思えない。創世樹の下に辿り着くまで地底人の長が現れるとは思えなかった。
「それに、彼らは直接、創世の地へ現れる事ができるかもしれなません」
 門を用いなければならないとしても、門と同じ力を発動できる者がいる可能性はある。地底人の行動の可能性は無限大と言っても過言ではない。
「やはり、お主もそう思うか……」
 ラケシスがが渋い表情を見せる。
 門の使用は極力避けるべきだ。鍵を持つ者は多くないが、何度も行き来するのが危険なのは変わらない。結界の存在もあるが、危険な因子は極力避けなければならないのだ。誰であろうと、神聖な場に踏み込むべきではないのだから。
「良かろう……。アトロポス」
「解りました、クロト様」
 クロトの言葉に、アトロポスが頷く。
「では、明日の朝までに門の鍵を開けるとしよう。それまで、久しぶりの故郷でゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
 ラケシスの言葉に、ユウは深く頭を下げた。
「ユウ、明日はここに寄る必要はない。全て、お主に任せる」
「解りました」
 クロトの言葉に頷き、ユウはその場を後にした。
 長老の家にいる間、ユウの表情に笑みが浮かぶ事はなく、真面目な顔があった。

 *

 ユウの目は、シルヴィアという女性の案内に従えと言っていた。だから、ゼアは何も言わずにリネアとディガンを手で制した。
「どういう事だ、ゼア?」
「あいつは一人で話に行きたいんだろう」
 ディガンの問いに答え、ゼアは歩いてくるシルヴィアに視線を向ける。
「あなた達が今のユウの仲間ね」
 シルヴィアが微笑んだ。だが、ユウに対しての笑みとは違っていた。ぱっと見ただけでは違いが判らない。しかし、笑みを向けられた者には何かが足りないのが判る。
 それでも、彼女の笑みは美しいものだった。
「ああ」
 ゼアが答える。
「私はシルヴィア・ローレンス」
 名乗り、シルヴィアはゼア達に背を向ける。銀色の髪が揺れ、日の光を浴びて煌めいた。ドレスの裾が遠心力でふわりと広がり、また閉じる。仕草の一つ一つに優雅さがある。
「ついてきて、街を案内するわ」
 シルヴィアがゆっくりと歩き出した。
「綺麗な人だね……ユウの知り合いみたいだけど」
 リネアがディガンに囁く。
 四人はシルヴィアに連れられて街の中を歩き回った。街としてはさほど大きくなく、半日と経たずに一通り街を見回せてしまった。
 創世樹を守るために創られた街だとシルヴィアは言った。そのために街の存在は公にされていない。街から外へ出る者は、長より許可が与えられなければならず、街に足を踏み入れる者にも政府からの許可が必要になる。もっとも、政府からの許可を申請するためには街の存在を知る事のできる立場でなければならず、結果として出入りする者は極めて少ない。
 外からの情報や知識、技術、物資などを政府が極秘に街に持ち込んでいる。このお陰でウルザルブルンという街の技術力や情報力は高く保たれているようだ。
 情報などを持ち込む者達のための宿泊施設に、四人は案内された。
 一般的な宿よりもいくらか上等な建物だった。十人程度が泊まれるように部屋が用意され、掃除が行き渡っている。食事などは自分達で用意するか外食しかないようだが、寝る場所としては十分だ。
「なぁ、もしかしてあんたか? ユウの婚約者ってのは……」
 宿の入り口、待合部屋に入った時にディガンが口を開いた。
「ええ、そうよ」
 シルヴィアが微笑む。
「えーっ! それ困るよ!」
 リネアが声を上げた。
 その言葉にシルヴィアが目を丸くする。
「あたしもユウと結婚したいのに!」
「諦めなさい、リネア、相手が強敵過ぎるわ」
 苦笑交じりにソールが口を挟んだ。
「私もこればかりは譲れないわ」
 シルヴィアが屈託なく笑う。
「じゃあ、二人とも結婚するってのは?」
「無茶苦茶言うなぁ、お前」
 リネアの提案に、ディガンが呆れたように呟いた。
 やり取りを眺めながら、ゼアは待合部屋の椅子に腰を下ろした。
「……シルヴィア、お前、神器を持った事があるのか?」
「え……?」
 ゼアの言葉にシルヴィアは驚いたようだった。
 他の三人は気付いていないようだが、シルヴィアはゼアの腰に提げた神器に視線を向ける時が何度かあった。他にも、ソールの持つ弓に視線が向かっていた。
「何度か神器に視線を向けていたな。それも、俺とソールのものばかりだ。ディガンとリネアのものには注目しなかった」
 リネアやディガンが何か言う前に、ゼアは言い放った。
 本来なら、最も巨大な神器である大槌に目が行くはずだ。ゼアやソールは目立ちはしてもそう何度も目が行くものではない。
「さすが、ユウの選んだ仲間。鋭いわね」
 シルヴィアが微笑む。
「じゃあ、あなたもユウの仲間だったの?」
「ええ、ずっと前に、翔雷と息吹を使っていたわ」
 ソールの言葉にシルヴィアは頷いた。
「……負傷か?」
 ゼアが問う。
 今、彼女が仲間だという話は聞いていない。神器を持たせるのなら、前に使っていたものを渡すのが一番適切だ。しかし、翔雷と息吹はゼアとソールの手に渡っている。つまり、彼女はユウの仲間という立場ではなくなっているのだ。
 彼女の見た目からは、年齢的な理由で仲間から外れたわけではなさそうだった。となると、負傷で戦闘ができなくなったと考えるべきだろう。
「ええ、私は右脚と右肩を負傷しているわ」
 シルヴィアが頷く。
 普段の生活に支障はないようだが、戦うとなると上手く力が入らないらしい。走るだけでぎりぎりらしく、攻撃の際の踏み込みは全くと言って良い程速度が出ないようだ。重心移動や、加速のための踏み込み、相手の攻撃を受け止めた時の踏ん張りが利かなければ戦うのは難しい。右腕も日常生活程度なら良くとも、それ以上に負荷をかけられないようだ。攻撃のために使う力の強さが格段に落ちてしまっては、特に刀を扱うのは難しい。刀剣は相手と鍔迫り合いになる場合がある。その時に力を込められないというのは致命的だ。
 そして、ユウが必要とする仲間にはかなりの戦闘能力が求められる。
「なら、無理か……」
 ゼアが溜め息をついた。
「残念そうね、ほんと」
 ソールが苦笑する。
「万全の状態なら、手合わせしてみたかったんだがな……」
「今の私には、あなたの望む強さはないわ」
 残念そうなゼアに、シルヴィアが微笑みかける。
 今のシルヴィアより、ゼアの方が強い。だが、シルヴィアが負傷していなければ、ユウの仲間のままだったなら、ゼアよりも強かったかもしれない。いや、強かっただろう。そんな確信があった。
 戦いから退いても、シルヴィアの瞳にはまだ強い光がある。
「ユウも、良い人達を見つけてるわね」
 シルヴィアが呟く。少しだけ、羨ましそうに。
「あなた達は、ユウをどう思う?」
 不意に、シルヴィアが四人に尋ねた。
「結婚したい!」
「お前はもういい」
 真っ先に声を上げたリネアの頭に手を置き、ディガンが溜め息をついた。
「俺は、そうだな……。知識の化け物ってところかな」
 ディガンが言う。
 知恵と思考と心理と、ユウの扇動力は計り知れないものがある。他人の性格を人目で見抜き、何も言わずとも的確に対応する。言葉で丸め込む事もできず、逆にユウの言葉に納得させられて終わる。相手の理論を肯定しながらひっくり返し、自分の意見を納得させる。
「私は、嫌な奴ね。全部、見抜いているみたいで……」
 ソールが呟いた。
 その人物の根本を見抜き、そっと触れてくる。土足で踏み込まれているように感じないのが不思議だ。優しく撫でるように、心に触れてくる。後押しするかのように。
 ソールには、その感覚が嫌いだった。だが、心地良く感じる時があるのも確かだった。いや、だからこそ嫌い、と感じているのか。
 彼の言葉や感情、思いがソールそのものを肯定してくれているように感じた時もある。ただ、そんな事ができるユウをどうしても好きとは言えない。嫌いだと言いたいだけなのかもしれない。
「あなたは?」
「我侭な奴、だ」
 シルヴィアの問いに、ゼアは素っ気無く答えた。
 ユウは我侭だ。自分の意見を相手に押し付けたりはしないが、最後には認めさせる。相手の意見を尊重し、肯定しつつも自分の意見を通すなど、我侭過ぎる。同時に、人を扇動するのも我侭だと思う。
 自分の思い通りに人を動かし、望み通りの結果を得ようとする。それが我侭ではないと誰が言えるだろうか。
 物事の先を読み、準備を行って巧みに誘導し、最後はユウの思い通りに全てが動く。結果として、全てが丸く納まる場合がほとんどだから性質が悪い。しかも、我侭だと意識しなければユウをそう見る事はできない。
 人のため、世界のため、公国の依頼、そんな名目を自然に前面へ押し出している。
「あんたはどうなんだ?」
 シルヴィアに尋ねたのは、ディガンだった。
 ゼアにとってはさほど興味のある話題ではない。シルヴィアがユウをどう思っていようが、ゼアには関係がない。だから、ゼアがシルヴィアに尋ねる事はしなかった。
「私も、我侭な人だと思うわ」
 シルヴィアを見て、目を細めた。
 その言葉にはゼアだけでなく、他の三人も目を見張った。

 *

 ウルザルブルンの街でも一、二を争うほどに大きな邸がある。広い敷地の庭には常に花が咲いているよう、様々な種類の植物が植えられていた。白塗りの壁が清潔感を誘う。
 ユウはその邸のドアを開けて中に入って行った。
「僕の方が早かったかな……」
 誰もいない部屋の中で、ユウは呟いた。広く、丁寧に掃除の行き届いた部屋だ。一見すると綺麗な部屋だが、特に目を引くようなものはない。
 近くにあった椅子に腰を下ろす。テーブルの上には小さな花瓶が置かれている。その脇に、写真立てが一つ置かれていた。写っているのは、ユウとシルヴィアだ。肩が触れるほど近付き、笑みを浮かべている。
「懐かしいな」
 そう言って、ユウは写真を手に取った。
 古い写真だ。まだ、シルヴィアがユウと共に戦っていた頃のものだ。写真立てを元の場所に戻し、目を閉じてゆっくりと息を吐いた。
「ユウ……?」
 暫くして、シルヴィアが帰って来た。
「おかえり、シルヴィア」
 ユウが微笑む。
「今度は、いつまでいられるの?」
「明日の朝に一度、創世の場に行って、その後戻ったら、直ぐに出て行くつもりだよ」
 シルヴィアの質問に答え、ユウは椅子から立ち上がった。
 この街に立ち寄ったのは創世樹の下へ向かうためだ。それ以外に理由はなく、目的が達成されれば街に留まる理由もない。シルヴィアは確かに婚約者だが、まだ結婚には至っていない。
 ユウが今の立場から引退するまで、シルヴィアと共に暮らす事は考えていないのだ。それはシルヴィアも了承している。
「そう、大変そうね」
 少しだけ寂しげにシルヴィアが微笑む。
 彼女はユウの意思を理解している。だから何も文句を言わない。
「ヘイムェルの人達が創世樹の破壊を狙ってるんだ」
「……和解は、難しいそうね」
 ユウは頷いた。
「フィクタスなら、どうしたかな?」
「彼も、きっとユウと同じ事を考えたと思うわ」
「でもさ、フィクタスの方が僕より交渉上手だったからさ」
 シルヴィアが椅子に腰を下ろし、ユウは窓際に歩み寄る。窓の外には青空が広がっている。朝靄は既に晴れ、高山特有の清涼な空気が窓から流れ込んできていた。
「……ユウ、あなた少し無理してない?」
「かもね」
 ユウは小さく苦笑した。振り返り、シルヴィアの前へと歩いていく。
「私の前にいる時ぐらい、無理しなくていいのに」
 シルヴィアが目を細める。
 彼女の背後に立ち、ユウは小さく息を吐いた。椅子に座ったままのシルヴィアを背後から抱くように、ユウは彼女の身体に腕を回した。
「そうだね……。少し、このままでいささせて……」
 目を閉じ、ユウはシルヴィアを軽く抱き締める。
 きめ細かな、滑らかな肌の感触が心地良く、甘い、良い香りがした。
「……ユウ、この仕事はまだ続けるの?」
「まだ、俺にしかできない事が多いから」
 一人称が変わっても、シルヴィアは気にも留めない。それが、本来のユウである事を知っているから。
「頑張り過ぎないでね」
「ああ、解ってる」
「あなたは十分、頑張ってるから」
「フィクタスとも約束したからな。この世界を守るって」
 ユウはゆっくりとシルヴィアから手を離した。
「……それに、俺はこの世界が好きだから」
「嘘付き」
 ユウの言葉をシルヴィアが笑いながら否定した。
「違うでしょ? 自分が守った世界を見届けたいんでしょ? 安心するまで」
「嘘じゃないさ。この世界にはお前もいるんだから」
 悪戯っぽく笑うシルヴィアに、ユウは微笑む。
 この世界には、ユウにとってとても大切な女性がいる。シルヴィアのいる世界が好きだ。だから、安心できるまで見届け、普通の人達に解決できない問題が出た時に、ユウが世界を守る。
「やっぱり、我侭ね」
 笑うシルヴィアに、嫌味なところはない。
 ユウはただ微笑んで見せる。
「彼ら、良い人達ね」
「自慢の仲間だよ」
 シルヴィアの言葉に、ユウは笑みを深めた。
 四人は良い人間達だ。皆、純粋な心を持っている。素晴らしい仲間に出会えたと思う。
「あなたの事、我侭だって言った人がいたわ」
「……ゼア、かな」
 ユウは苦笑した。
 ゼアとは一番付き合いが長い。四人の中でユウを最も理解しているのは間違いなく彼だ。特に、戦闘以外に執着しないゼアは他の物事を客観的な見方ができる。ユウが自分の思い通りに事を進めようとしているのを、ゼアは何度も見ている。そして、ゼア自身がユウの考え通りに行動させられたりもした。
 全て思い通りの結果にしようとするユウは確かに我侭だ。ただ、それをさらっと言えるのはゼアぐらいだろう。
「彼、私と戦いたかったみたい」
「雰囲気で、戦士だったかどうか見抜けるからな、あいつは」
 長年、戦いだけを求めて生きて来たゼアには戦士の嗅覚がある。相手が戦士かどうか、自分と張り合える相手だったかどうかを見抜く勘が備わっているのだ。
「結婚したいって言ってる子もいたわ」
「リネアだね」
「可愛い子ね」
「そうだね。でも、危なっかしいんだ。リネアは」
「少し妬けるな……」
 流し目で微笑むシルヴィアに、ユウは苦笑した。
「他にも、嫌な奴、とか化け物、とか」
「ソールに、ディガン、だね」
 皆、それぞれユウの印象が違う。好意的な言葉を言うのはリネアだけだ。それでも、彼らはユウについてきてくれる。本心からユウを嫌っていない証拠だ。いや、嫌えていない、と言うべきかもしれない。
 莫大な報酬も出るが、それだけではユウと共に戦い続けてはくれなかっただろう。
「ユウ……」
 少しだけ寂しげに、シルヴィアがユウの名を呼ぶ。
「解ってる、今日は一緒にいるよ」
 椅子に座る彼女の前へと移動し、ユウは微笑んだ。
 ユウが街にいられる限られた時間は、シルヴィアにとっては貴重なものだ。いつも離れて生活している二人が、時間を共有できる数少ない瞬間なのだから。
 どちらからでもなく、顔を寄せ、柔らかく微笑みあう。
 そして、二人は口付けを交わした。
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