Fade Mail ―フェイド・メール―
著:白銀

 大学に入って二年目の十二月、僕がマンションに戻って一息ついていた時のことだった。
 携帯電話に着信があった。鳴った音楽は、知らないアドレスからのメールの時に流れるように設定しておいたメロディだった。だから、また迷惑メールの類なんだろうな、と溜め息混じりに携帯電話を開いた。削除するために。
「アヤです」
 タイトルを見て、手が止まった。送信先には色々なメールアドレスが書かれている。中身は、アドレスを変更したという内容のものだった。
 どうするか迷った。彼女、アヤとは既に縁が切れていると思ったから。
「もうメールは来ないとかと思ってた。送信ミス?」
 結局、僕はそう返事を出していた。

 彼女とは、昔付き合っていたことがある。
 高校に入学してすぐ、僕は彼女と出会った。帰り道で偶然一緒になって、話をしたのがきっかけだ。その日の別れ際に携帯電話のメールアドレスを交換したのが始まりだった。
 帰宅して携帯電話を開くと、彼女からメールが来ていた。
「前から好きでした。付き合って下さい」
 そんなメールだった。思い返せば、彼女とは中学も一緒だった。
 返事は、イエスだった。格好の良い言葉で返事が出せたら良かったけれど、そんな気の聞いたことは思いつかなかった。思わぬことに、少し舞い上がっていたかもしれない。
 途中で一度、携帯電話の機種を変更していたから、その頃やりとりした記録は残っていない。ただ、あまりサマにならない返事になっていたはずだ。
 それから、メールでやりとりを続けて、何回かデートもした。
 けれど、高校が違っていたから、中々都合が合わなかったのを憶えている。
 高校の帰りに、書店で合流して一緒に帰ったりもした。でも、それも数えるほどだ。
 僕の入学した進学校は、一つの授業時間が一般的な高校に比べて十五分ほど長く、その代わりに時間割が一つ少ないというものだった。彼女の通う高校は、その進学校よりも一つ下のランクの高校だった。もし、もっと早く告白されていたら、僕もその高校を受験していたかもしれない。何故なら、その高校には僕の姉が通っていたから。同じ高校に行くことも方向性としては十分あったり、何より学力的にそっちの方が確実だったから。
 だけど、僕は一つ上の進学校を選んでいた。姉より上の高校に行く、という考えがあったのは間違いない。今思い返せば、無意味な意地だったと思う。
 夏休みに入っても、都合は合わなかった。
 僕の高校は夏期講習が全員必修だったから、夏休みとは言っても言葉だけで、二週間近く登校しなければならなかった。しかも、半日ではなくで午後までかかる。弁当持参だ。
 夏休みに入って直ぐの頃だろうか。彼女が勉強を教えて欲しいとメールをしてきたことがあった。近くの図書館にいるというメールを見て、僕は直ぐに家を出た。高校の夏期講習から帰ってきたばかりだったけど。
 あの頃がピークだったのかもしれない。
 その夏は、花火大会があった。それを見に行こう、と誘ってくれたのは彼女だったし、僕も快諾した。
 正直、楽しみだった。夕方から夜にかけて、近くのコンビニで食べるものを買って、近くにある河原で見ようと約束していた。
 けれど、当日は雨が降った。花火大会が中止になったかどうかは知らない。ただ、デートは中止になった。そして、八月半ばで夏休みは終わり、また都合が合わなくなり始める。
 それでも、週末の休みでどうにか都合を合わせてほんの数回デートをした。彼女の誕生日が過ぎてから、一緒にデパートに行って、その場でプレゼントを贈ったりもした。
 この関係が終わったのは、高校二年目の夏のことだ。
「もう私に構わないで。さようなら」
 僕にとって意味不明なメールが届いた。
 本当に動揺するというのが、どういうことなのか初めて知った瞬間だったかもしれない。
 色んな考えが頭を過ぎった。
 誰か他に好きな相手ができた、とか、まさか試しているのか、とか、何か変なことに巻き込まれているのではないか、とか。本当に妄想としか思えないような、ありえないシチュエーションが何度も何度も頭の中を巡っていた。
「君がそう言うのなら……」
 結局、僕は受け入れてしまった。
 引き止めるべきだったのかもしれない。追い縋って、喰い付いていればまた未来は変わっていたのかもしれない。けれど、僕には何もできなかった。
 恋愛なんて今までしたことも無かったから、気が動転していたのは間違いない。今まではそんな色恋沙汰と自分とは無縁だと思っていたから、付き合うこと自体に僕は四苦八苦していた。どうすればいいのかなんて判らなかった。都合も合わなかったから、なおさら。
 それから連絡が途絶えて、メールを交わすことはなくなった。メールが来ることもなくなって、こちらからすることもなくなった。
 彼女からメールが来たのは、丸一年が過ぎた頃、高校三年生の秋頃だった。
「あの時はごめんなさい。また、友達として付き合ってくれますか?」
 そのメールを見た時、僕には言いたいことが山ほどあった。
 まず、説明して欲しかった。何も知らない自分がイヤだったし、納得できないことが多かったから。ただ、もう恋愛対象には戻れないんだろうな、とは思っていた。
 彼女からのメールに対して、僕は多くの質問を返信した。けれど、曖昧にはぐらかされて、結局彼女からの説明は無かった。本当に、何も。
 新しく好きな人ができてしまった、という内容でも構わなかった。むしろ、何かしら理由が欲しかったのだと思う。この時はまだ、未練は残っていたのだろうから。
 途切れていた繋がりは、一応、回復した。元通りとは行かないまでも、少しだけ深い話のできる間柄として。
 彼女の愚痴を聞いた。相談に乗った。けれど、どれも僕からアクションを起こしたものは無かった。恋愛関係が消えた時から、僕からメールをすることは無くなっていた。彼女からのメールに、返事を打つだけになっていた。
 当時は気付かなかったけれど、何も話してくれない彼女に、怒っていたのかもしれない。
 大学受験を控えていたから、進路についても少し話をした。僕も彼女も、進路は重ならなかった。彼女は文系の、法学関係に進むと言っていた。対する僕は理系のプログラム関係に携わりたいと思っていた。進学先も合うはずがない。
「大学受かったら、一緒にどこかに行こう」
 そんな話が出ていた。
 内心、少し楽しみにしていた。
 進学校は勉強がきつくて息苦しかった。高二になってから、僕はあまり勉強をしなくなっていた。色々と理由はあるけれど、高校の選択に後悔したという印象だけが強く残っている。気楽に過ごしたい僕には、国公立大学への進学を生徒に勧め、一年の時からそれ用に勉強スケジュールが組まれた進学校は酷く窮屈だった。
 自分の学力で確実に受かる、三流、四流の大学を選択していた。当然、余裕で合格していた。
 後は彼女から合格したというメールを貰うだけだった。
 自分の実力以下の大学を選んだ僕に対し、彼女は実力以上の大学を目指していた。だから、彼女は受かるか心配だと何度も言っていた。その度に僕は励ます内容の返事を打った。実力以上の場所を選んだ彼女の精神を、僕は素直に尊敬していたし、少し羨ましくもあった。高校で勉強するのが嫌いになって、投げ出した自分とは違っていたから。
 そして結果発表の日、彼女からメールは来なかった。
「あぁ、落ちたんだな……」
 そう思った。
 また、繋がりは途切れた。メールはできなかった。僕は彼女よりも先に、合否が判っていて、受かっていると言ってしまっていたから。何て言葉をかけてやればいいか判らなかった。どんな言葉を送っても、彼女にとっては辛いだけかもしれない。嫌味に聞こえてしまうかもしれない。声を掛けない方が良いのではないか、そっとしておくべきではないか。結局、僕はメールを出せなかった。
 暫く経って大学生活も始まってから、僕は一度彼女にメールを送ったことがあった。
 けれど、返って来たのは宛先が見つからないというエラーメールだけだった。メールアドレスを変更したのか、着信拒否をしていたのか、判別はできない。
 ただ、人間関係が完全に途切れたのだとこの時ばかりは確信していた。道端で偶然出会ったりでもしない限り、会うことはないのだろう、と。

 一週間、僕のメールに返信は無かった。
 さすがに少しむっと来て、こちらからメールを一通送ることにした。
「ノーリアクションは止めてくれ、ミスだったらミスでいいから」
 それでようやく、返事が来た。
「あなたには色々謝らなければならないですね。本当にごめんなさい」
 他に書かれていたのは、彼女の近況だった。
 大学に入って色々あって婚約した人がいる。だから地元には戻らない。
 本当にそれだけのことが書いてあった。色々あったというのは、どんなことだったのか、結局、何一つ解らずじまいだ。
 ただ、何も変わっていない自分にとっては、その変化はとてつもなく羨ましいことだった。大学生活は進学校にいた時と比べて遥かに楽しい。後半が真っ暗な高校生活を経験していたからか、大学では素の自分でいられる。それが心地良い。ただ、彼女との付き合い以来、異性との繋がりはない。
 時が流れて行くことで、周りが変わって行くのだという事実を再認識した気分だった。僕自身も、周りから見れば相当変わっているかもしれない。けれど、自分自身の変化には気付けない。
 一人暮らしをしているという状況の変化ぐらいしか、僕にはない。
 好きな人は見つかっていないし、女性の少ない大学でもあり出会いの場にも恵まれていない。また、何も変わらないまま過ごしていくのだと考えると、気落ちしてしまう。 
「婚約おめでとう。お幸せに」
 僕はそう返事を返した。
 それっきり、彼女とは連絡を取っていない。
 正直に言えば、彼女が羨ましかった。その変化が寂しかった。自分の縁の無さが憂鬱だった。何一つ解らない事情に腹が立つ部分もあった。
 胸の中に残ったのは、もやもやした感情だけだ。どこかすっきりしないまま、その感情を押し込めて過ごしている。
 いつか、消化できると信じて。
 今の僕には、ただ生きて行くことしかできないから。

 後書き

 以上、ふと思いつきで書いた短編でした。
 私の作品にしては珍しい、戦闘の一切ない淡々と独白の続く話になりました。
 たまにはこんなのもいいよね?
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