シーン02 「西洞窟の調査、前篇」


 洞窟へ向かう間、クライスはよく喋っていた。話し好きなのか、自分に自信があるのか知らないが、とにかく勝気だった。
「前衛は俺に任せとけ」
 などと自信満々に言っている。
 実力主義に近いものがあるシーカーの中では、大抵こういうことを言う輩は二通りに分かれる。実際にその通りの実力者か、あるいは口先だけか。
 自信があるのは悪いことではないが、あり過ぎるのはやや不安だ。
 私はとりあえず適当に相槌を打って話を合わせながら、注意するに越したことはないと気を引き締めていた。
「ま、中遠揃ってるしさくっとやってこーぜ」
 軽い口調で言ってのける。不安なんて微塵も感じていないようだ。
 クライスは見た目に反して、いくらか喋り方が幼い印象がある。私がそう感じているだけであって、偏見になってしまっているかもしれないが。
 気をつけなければ、と自分に言い聞かせる。
「あまり過信はしないでね」
 自分のことか、クライスのことか、あるいはシュルのことか、あえて言わないでおいた。
 シュルの方は何を考えているのか分からない。おっとりしているというべきなのか、落ち着いているというべきなのか、相槌を打っているところを見る限りではまったく話を聞いていないというわけでもなさそうだが、何と言うか、判断に困る。
 いわゆる行き当たりばったりの野良で組んだパーティなのだから、互いの実力というものが分からないのは仕方がない。何回か組んだ者同士ならば分かるだろうが、そうでなければシーカーのランクで判断する以外にない。
 依頼のランクに対して私たちそれぞれのランクは足りていない。パーティのランクはメンバーの足し算で計算できるものではない。算出する方法もあるらしいが、少なくとも私は知らない。
 そうこうしているうちに洞窟に辿り着いた。
 中は薄暗く、奥の方まで日の光は届いてはいないようだ。
「よし、行こうぜ」
 クライスが言い、二つの短剣を抜き放つ。
 私はあらかじめ身に着けていた輝照石のネックレスを服の上に晒すように引っ張り出した。夜間や暗く見通しの悪い場所での明かりは重要だ。魔物に襲われる 可能性や、戦闘する必要がある際に松明なのど明かりで片手が塞がってしまうのはまずい。特に弓矢を使う私の場合、片手が塞がってしまっては満足に戦えな い。
 そういう時にこの輝照石は役に立つ。魔力を込めておけば暗い場所で周囲に光を放ち、視界を確保してくれる。
 この輝照石の利点は使用者が魔法に秀でていなくても運用できる点にある。街などにいる際に、あらかじめ魔力の高い者に魔力を込めておいてもらえばいい。それを行ってくれる店もある。
 輝照石を指で軽く弾き、衝撃を加える。それによって、蓄積された魔力を消費して一定時間周囲に光を放つ仕組みになっている。加える衝撃が強いほど魔力消 費量が増え、光量も増す。状況に適した強さで弾くのには少々コツが要るため、それである程度持ち主のシーカーとしての実力も推し量ることができたりするら しい。
 聖療士であるシュルは自らの魔力で周囲を照らす魔法を習得しているようで、輝照石を持っていないようだった。
 実際、魔力に秀でているシーカーは輝照石を必要としない。周囲を照らす魔法や、自分の視力を強化して暗闇を見通す術を持っているからだ。
 シュルは杖の先に光の玉を作り出し、周囲を照らしている。輝照石の明かりよりも光量が大きく、私が首から下げている輝照石は使わなくても良かったかもしれない。
 一方のクライスはシュルの魔法をアテにしているようで、輝照石を取り出してすらいなかった。
 洞窟の中は思っていたよりも広かった。とはいえ、通路に何人も入れるほど広くはない。人が並んで四人か五人程度というところだ。天井もそこまで高くはなく、長い剣を振り回すような剣士では立ち回りが難しそうだ。
 私が使う弓はやや小型なこともあって、取り回しに問題はなさそうだ。
「そろそろ加護をかけますね」
 シュルが言い、呪文の詠唱を始めた。
 聖療士は攻撃魔法に乏しい。中には強力なものもあるが、恐ろしく習得難度と使用難度の高いものばかりで、並の聖療士では扱えない。
 代わりに、加護魔法と呼ばれる系統の魔法を多数扱える。肉体に魔力を注ぎ込むことで一時的に身体能力を向上させたり、疲労感を抑えたり、痛みを和らげたりといった、基本的に人に対して作用させる魔法を専門に扱う。
 擦り傷や掠り傷程度なら直ぐに治療もできるが、本格的な治癒魔法は呪文の詠唱や魔力の消耗、治療完了までにかかる時間も多く、戦場では中々使えたものではない。中には軽々とこなしてしまう天才や実力者もいるらしいが。
 ともあれ、重傷者に対しては応急処置しかできず、怪我の治療を行うのは基本的に街の専門聖療士だ。
 シーカーとしての聖療士はそういった重傷者を出さぬように仲間を支援する役割を担う。
 聖療士として基礎的な加護魔法がクライス、私、シュル自身の順にかけられていく。加護がかけられると同時に体が軽くなり、視覚や聴覚などの感覚も増す。ここまでの移動で蓄積した疲労感も無くなる。
 加護の恩恵を受けている間は全力疾走を続けるのも難しくはない。攻撃手段が乏しいからと言って、聖療士を侮ってはならない。
 とはいえ、加護魔法も効果時間はさほど長くない。戦闘行動を伴う探索や調査の時間を考えればむしろ短いと言える。持って数分、使い手によって誤差はある にしても、どんなに長くても十分に届かない。だから聖療士がパーティに同行し、加護を定期的にかけ直す必要がある。街で加護を受けて出発、効果時間のうち に帰還、というわけには行かないのだ。
 効果時間の違う複数種類の加護魔法を重ねがけするのもシーカーならば常識だ。
 が、クライスは自分に全ての加護魔法がかけられたのを確認すると一人動き出していた。
「え……」
 慌てて、私は弓を左手に、右手に矢を一つ取り、追いかけようとしてシュルを振り返った。
 自分に加護が一通りかけられるのを確認して、クライスを追う。今のところ一本道で、後方に敵の気配はない。ひとまず後ろを警戒する必要はないと判断し、シュルと目を合わせてから前方へと走り出した。
 少し進むとクライスが短剣を振り回しているのが見えた。
「クライス!」
 走りながら弓に矢をつがえ、引き絞りながら急停止、狙いを一瞬で定めて射る。
 加護による肉体強化と感覚が鋭くなっているからこそできる芸当だ。聖療士の加護なしではこうはいかない。
 放たれた矢はクライスに襲い掛かろうとしているモンスターの頭に突き刺さる。ビクンと一度痙攣し、モンスターが倒れる。
 目や鼻のないのっぺりとした白い顔の、悪魔のような魔物だ。頭を上下に裂くかのような大きな口に、鋭い爪を持つ黒く長い腕、人の胴回りぐらいはありそう な太い脚が特徴的だ。猫背で屈んだような姿勢でも人間の身長ほどもある。脚を伸ばせば人間の二倍以上は全長がありそうだった。
 クライスは短剣を素早く振り回してモンスターと渡り合っている。爪を短剣で受け、弾いてもう一方の短剣で反撃する。腕や腹、脚を斬り付け、一体ずつ確実に仕留める。複数に狙われても軽い身のこなしでかわしていた。
 とはいえ、それは二、三匹までだ。五匹も六匹もいれば囲まれてしまうだろうし、かわしきれるものではないだろう。クライスの背後に回ろうとする魔物へ矢を放ち、仕留めていく。
 矢を撃っているうちにシュルが追い付き、攻撃力はほとんどないが敵を怯ませる衝撃を与える魔法を放つ。詠唱が短く、聖療士が戦闘の援護に良く使うショックライトと呼ばれる魔法だ。
 シュルが追い付いて援護を始めてくれたことに内心安堵しつつ、残り僅かとなった魔物を殲滅する。
 一通り倒し終えたところで、三人で魔物の死骸を確認してみる。
「うーん……結構強い方よね、こいつら」
「俺の敵じゃあないけどな」
「そういうこと言ってるんじゃないから」
 クライスの軽口を適当にあしらいながら、ギルドへの提出用に用意している袋を取り出す。小型ナイフで魔物の皮膚の一部をいくつか切り取り、袋に入れる。体液の粘性が結構強い。
「私のもお願いしていい?」
 小声で囁くシュルに頷き、彼女の差し出した革の袋にも適当に切り取った魔物の体組織を入れた。
 べたつくナイフをいくつか持っている革布で拭い、しまう。
「皮膚は柔らかいけどしなやかね。鈍器よりは刃物の方が相性は良さそうだけど……クライス、短剣の刃は大丈夫?」
 モンスターについて分析しながら、クライスに声をかけた。
 この手の魔物は打撃よりも斬撃が効果的な類だ。だが、先ほどナイフで組織を採取した時の体液粘度を考えると、斬り過ぎると刃に粘液がまとわり付いて切れ味が落ちそうだった。
「問題ないな。これだって安物じゃねーし」
 自分の分を採取し終えたクライスが答える。
 実際、彼の短剣にはほとんど体液がこびりついてはいなかった。それなりに良いもの、というのは嘘ではないようだ。何かしらコーティングが施されているのだろう。
「……でも油断しない方がいいわね」
 魔物の爪や脚などにも触れてみたが、爪はかなり硬質で、筋繊維もかなり強靭な印象を受けた。攻撃能力は高そうだ。
「慎重に……って、ちょっと!」
 見ればクライスはもう奥へと走り出すところだった。
 溜め息をついてシュルと顔を見合わせ、私も走り出す。
 また少し進んだところでクライスは魔物と戦っていた。先ほどよりも数が多い。
「全く……」
 腰のポーチから掌サイズの小袋を一つ取り出し、投げる。
「伏せて!」
 鋭く言い、クライスが屈むのを視界におさめながら投げた小袋めがけて矢を放つ。
 赤い印の描かれた小袋の中にはあらかじめ調合しておいた火薬が詰まっている。ちょっとした爆弾だ。小袋を矢が突き破り、火薬に着火して爆発を起こす。
 クライスの頭上で爆発が生じ、襲いかかろうとしていた魔物の何匹かが頭を吹き飛ばされて絶命する。
「いいもん持ってるな!」
 立ち上がりながらクライスは短剣で切り上げ、目の前に迫る魔物を倒す。
「よし、この調子で行こうぜ!」
 言うや否や、クライスは目の前に敵がいるにも関わらず奥へと走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
 呼び止めようと声を上げたが、クライスは止まらなかった。ひとまずクライスを追おうとする魔物に矢を射る。次いで、私の方へ向かってくる魔物に矢を放 つ。最後の一匹には矢を二、三本束ねて弓につがえ、強引に放った。精密射撃には向かないが、近づいてくる敵に対して複数の矢を命中させることができる。怯 んだ敵にもう一撃お見舞いし、処理する。
 もう三匹しかいなかったから対処できたからいいものの、数が多かったら危なかった。
 直ぐに走り出してクライスを追うと、また多くの敵と戦っていた。
 爆薬小袋を投げ、魔物をまとめて吹き飛ばす。それを期待しているかのようにクライスは敵を引き付けるように動いている。
 私はポーチからまた爆薬小袋を取り出しながら、不安感が増していくのを抑えられなかった。
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