シーン03 「西洞窟の調査、後篇」


 クライスはまるで後方の私たちを意に介していないかのようにさえ思えた。
 その場での敵を殲滅できそうだと見るや、敵を振り切って先へと進んでいく。取り残された私とシュルは魔物を倒し切らねば先へ進めない。急いで敵を倒し、 クライスを追う。追った先ではクライスが既に魔物と交戦していて、私の爆薬をアテにする。そうして数が減るとまたクライスは先へと進む。
 クライスがさっさと行ってしまうため、シュルも急いで加護魔法をかけ直しているが、完全に間に合ってはいない。足を止めて攻撃することの多い私はともか く、動き回るクライスに加護魔法をかけ直すのは楽ではないだろう。クライスも短剣による攻撃よりも私の爆薬の方が殲滅力が高いと知って、それに頼る戦い方 をし始めた。敵を集め、牽制を中心にして、追い付いてきた私が爆薬を使うのを待つようになっていった。
 実際、戦闘の効率自体はそこまで悪いようには見えない。
 とはいえ、ついて行く方は大変だ。
 シュルが加護魔法をかけ直し始めても、クライスは全員に行き渡るまで待たずにさっさと奥へ行ってしまう。
 入口付近と違って、洞窟内部も入り組んできている。辿り着いた頃とは違って、後方にも警戒すべき状況になっている。攻撃能力の乏しい聖療士のシュルを一 人にしてクライスを追うのは危険だった。とはいえ、当然クライス一人にしておくのも危険だ。クライスの方が自衛力があるとはいえ、見たところ攻撃手段は両 手の剣しかない。何か奥の手を隠しているのでない限り、数が多ければ捌き切れなくなるのは明白だ。
 なのに、クライスときたら。
「ちょっと遅いぞー」
 などと軽口を叩く。
 悪びれた様子もなく、気楽な口調だ。
 少しずつ、クライスが引き付ける魔物の数が多くなってきている気がした。私とシュルが追い付くのが遅れてきているのか、クライスが狙っているのか、分からない。
 ただ、そんな状況を前にして呑気なことは言っていられない。クライスへの文句は後回しにして敵の殲滅を優先する。
 そうして、文句を言おうとした時には既にクライスは奥へ進んでいる。
 シュルの支援も追い付かず、行動力維持のための加護魔法は何とかクライスにかけ続けているが、それ以外は疎かになっていった。
 近くにいて、共に置いて行かれる私には彼女の使えるすべての加護魔法がかけられていたが、どんどん先へ進んで行ってしまうクライスにそれをするだけの余裕はないようだった。
 彼女自身も戸惑っているのが明らかだ。
 爆薬の数はそこそこ用意しているつもりだったが、こうも使用頻度が高いといつまでこの戦い方が続けられるのか不安になってくる。
「ちょっと待ってってば!」
 走り出そうとするクライスに声を張り上げて呼び止めようとする。
「大丈夫大丈夫、また集めておくから」
 だが、クライスは止まらない。
 まずい。
 嫌な予感しかしない。このままではこのパーティは破綻する。
 この洞窟の魔物は私が一人で捌き切れるレベルではない。一匹、二匹ならまだしも、それより数が増えたら抑え切れない。今はシュルが支援をしてくれるから何とかなっているが、こんな戦い方ではどこかで息切れする。
 少なくとも、シュルの加護魔法をすべて受けてから先へ進んで欲しい。
 息切れせずに走れるとは言っても、そもそもシュルのような魔法を使うタイプのシーカーは基礎身体能力をあまり鍛えていない。私やクライスよりも走る速度は遅い。何も考えなしに進んでしまえばシュルを置いて行ってしまう。
 焦燥感だけが高まっていく。
 この洞窟にはかなりの数の魔物が住み着いている。一日や二日そこらではまず殲滅できないだろう。一週間、あるいはそれ以上の期間をかけて多くのシーカーによる継続した攻撃が必要だ。
 適度なところで切り上げて街へ戻る必要がある。普段なら、矢の消耗や小道具の残数で撤収するところだが、クライスはそういったものを気にしている素振りがない。いざ攻撃しようとしたら攻撃手段がなくなっていた、なんてことになったらどうするつもりだ。
 そう言ってやろうにも、敵の数が多いと喋っている余裕がない。
 魔法に呪文の詠唱が必要なシュルの場合、戦闘中は詠唱に備えているため喋っている暇はない。元々、自分から喋るのが苦手なような気もするが。
 そして、その瞬間が訪れた。
 洞窟の横幅が人一人分ぐらい広くなった辺りだった。
 クライスはこれまでにない数の魔物を引き連れていた。慌てて追い付き、爆薬袋を手にとったところで、奥から一匹の魔物がクライスへと走り寄る。
 敵をまとめるように動いていたクライスにとっては、真横からの襲撃だ。
「クライス!」
「うおっ」
 私の声で気付いたものの、クライスは直ぐに跳び退くことができなかった。一瞬でも足を止めたら、目の前の魔物たちに追い付かれてしまうから。
 横からの襲撃にクライスは短剣で応じた。が、魔物の爪と真正面からかち合う形になってしまった。
 クライスが大きく弾き飛ばされ、壁に背中を打ち付ける。
「ぐっ」
 あの魔物の腕力に対抗するのは難しい。両手で武器を扱う剣士ならともかく、片手で手数を重視するクライスでは応じ切れない。加護魔法も、筋力強化などが途切れている。余計に不利だ。
 呻き声と共に体勢を立て直そうとしたクライスを魔物の腕が襲った。
 鋭利な爪だけは辛うじて短剣で受けたが、そのままの勢いでクライスがまた吹き飛ばされる。
 火薬袋でまとめて攻撃しようにも、クライスが近過ぎる。私はひたすら矢を射るしかなかった。
 嫌な汗がどんどん出てくる。
 今までにも命の危険を感じたことは何度かあったが、それと似た感覚が迫ってくる。
 自分で対処し切れるか。
 誰も死なせずにこの場を切り抜けられるか。
 一瞬で自分の力量を鑑みる。
 敵を足止めする目的で調合した小道具もある。が、あれは破壊力の代わりに強烈な閃光を発する調合を施した閃光火薬だ。目の見当たらないここの魔物に通用するとは思えない。煙幕弾も同様だろう。
 唯一効果が見込めるとしたら粉末状にした睡眠薬を詰めたものだが、こんな狭い場所ではまず間違いなく自分にも影響が出る。少なくとも、クライスが接敵している時点で使えない。
「ご、ごめんなさい、もう無理っ……」
 か細い声と共に、背後の気配が消えた。
 振り返れば、シュルが転送魔法で消えていくところだった。
 シュルの魔法の明かりが消え、光源が私の胸元の輝照石のみになる。まだ視界は確保されているが、少し暗くなった。
 私だけでも輝照石を出しておいて良かった。もしも私までシュルの照明魔法に頼っていたら、真っ暗になっていたはずだ。
 冷や汗が吹き出した。
「あいつ、逃げやがった!」
 クライスが苛立ちもあらわに叫ぶ。
「一体誰のせいで……!」
 口には出さず、言葉を飲み込んで矢を放つ。
 クライスは応戦しているものの、数が多過ぎてまともな攻撃はできていない。
 まだ加護魔法自体は効いている。だが、いつまでもつかは分からない。
「退くわよ!」
「無茶言うなって!」
 逃げ切れるかどうかは分からない。ただ、まともに応戦しても対処は無理だ。
 少しずつ後退しながら、魔物を処理しようと思った時だった。
 クライスが壁に押し付けられるように追い込まれ、その奥から何体かの魔物が私の方へと向かってくるのが見えた。
「くっ……!」
 距離が近いが、爆薬袋を投げて矢を放つ。
 魔物が吹き飛ぶと同時に、爆風の煽りを受けて体がよろめいた。
 立て直そうとした瞬間、脇腹に鈍い衝撃を感じた。爆風で吹き飛ばされた同族を踏み越えて、一体の魔物が私の脇腹に爪を伸ばしていた。その先端が、左の脇腹に刺さっていた。血が滲む。
 体を逸らして、肉が裂けるのも構わずに数歩後退した。体の中心の方へ爪を切り込まれるよりは、この方が良い。
 加護魔法のお陰で痛みは弱い。体を動かすのに支障はなかった。だが、楽観視もできない。
 奥歯を噛み締めて踏み止まり、今私に傷を負わせた魔物に矢の束を放つ。数本の矢を浴びて倒れる魔物の後ろから、後続がこちらに向かってくるのが見えた。
 視界の隅には、殴り倒されて気絶したクライスがいた。
 戦意を失い動かなくなった彼よりも、魔物たちはまだ抵抗力のある私を狙ってきている。
 爆薬の入った小袋を投げ、空中にあるうちにすぐ矢を放つ。
 先頭の魔物を数体吹き飛ばしたが、流れが止まらない。同族の死体を踏み潰しながら、こちらへと突撃してくる。
「く……!」
 思わず、呻き声が漏れる。
 いまさら逃げ切れるとは思えない。たとえあの剣士を見捨て、背を向けて走り出したとしても、洞窟の中では奴らの方に分がある。洞窟を脱するまでに加護魔法が切れて追いつかれるのがオチだ。
 せめてシュルがいれば。
 いや、無理だ。援護し切れないと悟ったから、付き合いきれないと判断したからシュルは逃げたのだ。自分一人を外へ転送するのは魔法を使うシーカーなら難しくはない。だが、他者を含めて転送するというのは咄嗟にはまず無理だ。
 チームワークなんてあったもんじゃない。
 歯噛みしつつも、後退しながら弓に矢をつがえて放つ。先ほど負った脇腹の傷が痛んで、攻撃が一瞬遅れる。
 加護魔法が切れた。
 先頭の魔物が矢をかわした。後ろの魔物の頭を矢は撃ち抜いたが、先頭の魔物を止めらなかった。
 しまったと思った瞬間にはすべてが遅かった。
 魔物の腕が届く距離まで踏み込まれて。
 そして、振り下ろされた爪が左肩に食い込んだ。
「う……っ!」
 痛い。
 鋭い痛みに声が漏れる。血が溢れだす。爪が肩の骨に食い込んで、止まる。
 このまま爪で下方へ強引に引き裂かれたら、助からない。直ぐには死なないとしても、この状況で生き延びる見込みはなくなる。
 右脇腹にも爪が食い込んだ。
「あ……」
 左脇腹の傷よりも深く、爪が奥へと食い込んでくる。肩にかけられている力で体勢が崩れ、腰が引けた。瞬間、爪が腹を引き裂いて振り抜かれる。腰を引いた ことで致命傷は避けられたようだった。内臓がはみ出したり、ということはなかった。ただ血が溢れ出し、激痛が走り、血の気が引く。
 膝が震えた。立っているのが辛い。
 まずい。痛い。やばい。痛い。死にたくない。
 冷静でいられなくなる。思考が埋め尽くされて、何も考えられなくなる。
 パニックになったらおしまいだ。
 でも、どうすればいい?
 この状態で何ができる?
 一瞬で駆け巡る自問に答えが出せない。
 ああ、死んじゃうのかな、なんて思ってしまった。
「――うらあああああ!」
 突如、私の後ろから雄叫びと共に誰かが突撃してきた。
 白銀に輝く剣が軌跡を残して振り抜かれ、私の目の前にいた魔物が上下に両断される。
「おい、大丈夫か!」
 更に後方から別の声がした。
「あ……」
 一瞬のことで状況を理解できず、私はその場にへたりこんでしまった。もう立っていられなかった。溢れ出した血が服を汚し、血溜りを作り始める。
 声の主は私の隣に立つと呪文の詠唱を始め、自分の前面に透明な魔力の壁を展開した。
「よし、生きてるな」
 黒髪の青年は私を見下ろし、笑みを見せた。
 片手で魔力障壁を維持しながら、彼は私の腹の傷に手をかざした。彼が短く呪文を唱えると淡い光が生じた。
 痛みが和らいだ。出血量も抑えられているようだった。
「悪いな、俺にできるのは応急処置だけだ」
 それだけでもありがたい。
 お礼を言いたかったが、声が出なかった。
 彼から前方へ目をやれば、魔物と戦っているもう一人の青年の背中が見えた。
 こちらは銀髪の青年だ。白や銀を基調とした鎧に身を包み、ロングソードで魔物を押し返している。そのロングソードが銀色の輝きを帯びていることに気付く。
 彼は魔剣士だ。剣士でありながら、特徴的な魔法を扱う珍しいシーカーだ。魔力を武具に付与したり、武器と共に魔力を放出したり、剣士と魔術士の中間とも呼べる戦い方をする。
「もう一人も確保、ティシィ、頼む」
 銀髪の魔剣士が昏倒しているクライスの襟首を素早く掴み、こちらへと放る。
「よし、もういいぞ、ターク」
 クライスを魔力の壁の中へと引き込んだ青年が答える。
「吹き飛べ……!」
 タークと呼ばれた魔剣士が大きく振り被った剣をそのまま地面まで叩き付けるように振り下ろす。刹那、剣に纏わせていた魔力が前方へと解放され、魔物を薙ぎ払った。
 一瞬で敵が殲滅された。
 安全が確保された。助けられた。
 そう理解した瞬間、緊張の糸が途切れた。失血もあったのだろう、私は意識を失った。
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