シーン05 「縁」


 クライスと別れた私は装備と消費した道具を整え、大通りを歩いていた。
 資金にはまだ余裕がある。何度か赤字になったところで生活には困らない程度の蓄えは残している。ギルドで受けた仕事の内容や、状況によっては負傷しなくとも赤字になる時もあるからだ。
 ただ、赤字だったことよりも、失敗に近い状態だったのが悔やまれる。
 とはいえ、拘り過ぎるのも良くない。気持ちを切り替えるべきだ。
「お、もう大丈夫なのか?」
 不意に、横合いから声をかけられた。
 そちらへ顔を向ければ、あの時私を助けてくれた二人組が立っていた。
「貴方達はあの時の……」
 一人は銀髪の剣士、もう一人は黒髪の青年だ。
 剣士の方は白を基調とした鎧を身に着け、腰にロングソードを携えている。鋭い目付きの凛々しい顔立ちをしている。
 もう一人は漆黒の外套に身を包んだ魔法使いらしい格好をしている。やや線の細い、落ち着いた雰囲気の青年だ。
「丁度同じ依頼を受けていて、奥に向かう君と聖療士が見えたから後を追ってみたんだ」
 黒髪の魔法使いが言った。
「なんか慌ててたようだったから、気になってな」
 銀髪の剣士が苦笑する。
「でも、お陰で助かりました」
 私は頬を掻きながら、礼を返した。
「それなら良かった」
 二人はお節介でなかったか気にしていたらしい。
 プライドの高いシーカーの中には、どんな窮地でもパーティメンバー以外に助けられるのを快く思わない者も極少数ではあるが、いる。
「むしろありがたいぐらいでした」
 苦笑いを浮かべて、答える。
 あの時、二人が駆け付けてくれなかったらどうなっていたか、考えると恐ろしい。私一人では間違いなく対処できなかった。今回は運が良かったとしか言えない。
「……これも縁だな。良かったら、次の仕事は俺たちと組んでみないか?」
 私をじっと見つめていた黒髪の青年がおもむろにそんなことを言い出した。
「私が、二人と?」
 急な話に驚いて目を丸くする。
「そういやさっきもそんなこと言ってたな」
 剣士の方がやや不思議そうに呟いた。
 さっきも、というのは私を診療所に預けた後だろうか。
「まぁ、君が良ければの話だけどさ」
 ちらりとこちらの返事を窺う青年に、私は少し考えた後、申し出を受けることにした。
「命の恩人の頼みなら、断れませんね」
 折角の誘いを断るのも悪い。
 何か思うところがあるのだとしたら、それが良いことにしろ悪いことにしろ、同行すれば教えてくれるのだろう。聞いておいて損はないと踏んだ。
「俺はターク、こっちはティシィ」
「私はリエナ」
 名乗り、二人とギルドカードを交換した。
「やっぱり、魔剣士だったんですね」
 銀髪の剣士はターク・ズェア。ランク三の魔剣士だとカードに記されていた。
「珍しいか」
 タークが苦笑する。
 それもそのはず、魔剣士というスタイルはシーカーの中でも少ない部類だ。剣を武器としながら、魔法を使うというスタイルはある。だが、それは魔法使い系 統のスタイルの者が剣を武器に持つ程度で、そういった者たちは懐に入られた際の護身用に多少の剣術を齧っているというぐらいだ。
 魔剣士とは、武器や防具に魔力を帯びさせて強化し、時にはその魔力を解き放って攻撃を行う戦い方をする者を指す。純粋な剣士には力で劣り、純粋な魔法使 いのように多彩な魔法を扱えるわけでもない。それでいて、武具に魔力を付与するという特殊な魔法は制御が難しい。しかも、通常の魔法とは異なる特性や難し さがあるため、純粋な魔法使いにとっては習得の必要性もなく、その系統の魔法は他者に付与することができないため、むしろ無駄だとさえ言われる。それだけ でなく、魔力を付与するのに適した特殊な武具は中々高価なものだ。通常の武具に魔力を付与することもできるが、それに適した武具の方が効果は高く、魔剣士 の真価を更に引き出す。
「ピーキーだからな、好んで魔剣士になる者はそうそういないさ」
 ティシィがからかうように笑う。
 物理攻撃と魔法攻撃を同時に、あるいは使い分けて行えるのは魔剣士ならではだ。魔力を付与した一撃は純粋な剣士のそれを上回り、魔法使いの魔力障壁と 違って防具による物理的な防御能力も持っている。魔力の使い方次第で強力な一撃も、強固な防御もできる。ただし制御が難しく、特化している者には敵わな い。純粋に剣技を追究している者には剣術や力で及ばず、様々な魔法を扱えるわけでもない。
「だからいいんじゃねぇか。ロマンがある」
 にっと笑って、タークはそう答えた。
 魔剣士だからこその、特徴的なそのスタイルが好きなのだろう。
「ティシィさんは、魔操士ですか」
 黒髪の青年はティシィ・イヤー。魔操士で、こちらもランク三だった。
 魔操士も魔剣士に負けず劣らず数が少ない。
 それもそのはず、通常の攻撃魔法を得意とする魔術士と、加護魔法を得意とする聖療士、その両者の側面を併せ持つのが魔操士だからだ。攻撃魔法と加護魔法 を両方使いこなす、魔法使いとして万能と呼べるのが魔操士だ。勿論、どちらか一方を徹底して極めている魔術士や聖療士には基本的にどちらの魔法も及ばない が。
 特に魔力制御に秀でた、才能のある者にしかなれないスタイルでもある。
「いずれは聖術士になってみせるさ」
 自信に満ちた笑みを浮かべて、ティシィはそう言ってのけた。
 聖術士は魔操士の上位スタイルに当たる。それぞれのシーカーのスタイルには上級スタイルと呼ばれるごく一部の者しか名乗れない名前がある。
 ランク二以上かつ、ギルドによって課せられる試験に合格することで名乗ることが許されるものだ。名実共に一流のシーカーであることが認められ、多くのシーカーはこの試験に合格することを一つの目標としている。
 もちろん、私もそうだ。
「俺だって聖騎士になるさ」
 タークも張り合うようにその名を口にした。
 魔剣士の上位スタイル名が聖騎士だ。
 上位試験に合格することで、各スタイルは今までギルドから許可されていなかったいくつかの武具や魔法、技法の習得と行使が可能になる。それらは強力あるいは扱いの難しい類のものである場合が多く、見境無く許可してしまうのは危険だとギルドで判断されたものだ。
 要は、こういったランク分けや認可制にすることでシーカーを統制しているともいえる。未熟な者が高等技術を習得し、使い道を誤っては困る。
「でも、どうして私を誘うんです?」
 シーカーなら他にもたくさんいるはずだ。
 その中でわざわざ私に声をかけるのが不思議だった。何せ、全滅しかけていたところを助けられているのだ。普通に考えれば、二人で平然とあの場所を探索できていたタークとティシィに対して、私の実力は劣っている。
 ランクだって私の方が一つ低い。
「見どころ有り、と俺が思ったっていうのは理由にならないか?」
 ティシィは薄く笑みを浮かべてそう答えた。
「うーん……」
 そういう言い方をされてしまうと言い返せなかった。
「まぁ、俺らもつい最近ランク三になったばかりなんだよ」
 タークが言った。
 ランクのことはさほど気にするなと言いたいのだろう。
「まぁ、今日はもう依頼を受けるには遅い時間だ。明日、ギルドの前で待ってるよ」
「何かあればカードで連絡する」
「分かりました」
 ティシィ、タークの二人とはそこで別れた。
 一緒に組んで仕事をするのは明日、ということになった。夜間限定や時間問わずの依頼もあるが、今日は二人に受ける気はないようだった。
 傷はもう治っているが、私も負傷していた身だ。失敗したことで気落ちしていたことも否めない。無理はしない方がいい。
 とはいえ、失敗したばかりの私としては二人の足を引っ張ってしまわないかが不安だった。
 だがそんな心配は杞憂に過ぎなかった。
 翌日、ギルド前で落ち合った二人と私はバルアの西洞窟より更に西方、バルアよりもタルヴェという都市に近いある廃墟の探索に向かった。その廃墟はかつて 都市があったようだが、もう随分と放置されており、魔物の棲み処となっていることで有名な場所だ。一説によるとこの国ができる前に人の住んでいた都市で、 戦争か魔物襲撃かは不明だが、何らかの形で滅び、そのまま放置されていた結果、魔物が棲み付いたのではないかと言われている。
 何にせよ、そこには常に多くの魔物が徘徊している。時折、そこから人の生活圏に流れてくる魔物が出るため、ギルドは定期的にここの探索と魔物の排除を依頼として貼り出していた。
 依頼のランクは三と、前回の西洞窟の調査探索とほぼ同じ難易度と判断されている。
 前衛をタークが、後衛を私とティシィが担当する形を基本陣形として探索は行われた。
 私の心配をよそに、探索は順調に進み、大きな怪我や問題を出すこともなくバルアに帰還することができた。
 魔剣士の中でもタークは攻撃に重点を置いているようで、彼の殲滅力は高かった。ティシィも攻撃魔法と加護魔法を巧みに使い分け、敵の数や状況に応じて攻撃と援護を切り替える。
 お陰で私は安心して自分の役割を果たすことができた。後方や横合いから時折現れる魔物を私自身やティシィに寄せ付けぬように射抜き、ティシィやタークの負担を減らす。前方にしか敵がいなければ、ティシィと共にタークを援護する。
 元々、タークとティシィの連携は取れていた。それを援護する形で補佐することでより効率的に探索を行うことができた。
「思った通りだったよ」
 バルアの大通り沿いにある料理店で仕事の打ち上げをしていると、ティシィがそう呟いた。
「何が?」
「今までは俺が援護も支援もしていたけど、リエナがいてくれれば彼女が援護してくれるから俺は支援がしやすくなる。それに、リエナは筋が良い」
 タークの問いにティシィは笑みを見せてそう答える。
「確かに、俺も暴れやすかったな」
 タークも頷いた。
「私がいなくても二人とも十分やれそうだったじゃない」
 タークとティシィの息は合っていた。もし二人で探索していても、無事に帰還できただろう。
 畏まっていた出発前と違って、今は気安く砕けた口調で話ができる。丁寧な口調を使わなくても良い程、私は彼らと打ち解けていた。
「やれなくはないが、いつもの倍近く戦果は出せた。君のお陰だ」
 そう言われれば悪い気はしない。
 実際、今回は魔物の素材も多く採取できた上、廃墟内に残されていた貴重品をいくつか持ち帰ることができた。もちろん黒字だ。
「二人で十分やれるとは言っても、限界はある。特に俺は攻撃も支援もできるが、それを並列でやるのは難しい。両方できるからって、同時にこなすのはさすがに無理だ」
 ティシィが言った。
 魔操士は攻撃魔法も加護魔法も扱える。だからといって、魔術士と聖療士の役割を同時にこなせるわけではない。勘違いしているシーカーは多いようだが、状況に応じてスイッチできるだけであって、魔操士がいるから魔術士も聖療士も不要だということにはならない。
 援護攻撃などを私が担当することで、切り替えがしやすいということだ。
「まぁ、確かにこれからもっと難度の高い仕事をするなら、二人じゃきついって話はしてたしな」
 タークも相槌を打つ。
 互いに鍛錬や経験を積んでシーカーのランクを上げるのは当然としても、シーカーそれぞれ長所や短所がある。一人でやっていける実力者も中にはいるが、気の合う仲間と足りないところを補い合いながらやっていくのも悪いものではない。
 今の実力以上の経験を積みたいのなら、一人よりも複数人で動いた方が効率的と言える。
「それで、だ。リエナ、俺たちとチームを組まないか?」
 私を正面から見つめて、ティシィはそう言った。
 彼の狙いは、私を自分たちのチームに誘うことのようだった。むしろ、自分たち以外の仲間を探していたところだったのかもしれない。
 私も満更ではなかった。一度共に戦っただけだというのに、この二人とは上手くやっていけそうな気がする。そう思わせるだけの人柄が二人にはあった。
「そうね……前向きに検討してみるわ」
 そう言って、私は笑みを返した。
 バルアに来てようやく気の合う仲間、というものを見つけた気がした。
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