シーン06 「一つの転機」


 あれから私はティシィの作ったチームに身を置きながらバルアでシーカーとして経験を積んで行った。ティシィが誘っていた槍術士の青年も仲間に加え、四人になった小さなチームで多くの仕事をこなした。
 チームとは言っても、常に行動を共にするわけではない。タークは魔剣士というスタイルの関係上、後方からのサポートがない一人では動き難く、ティシィと 行動を共にすることが多かったが、だからと言って都合が合わない時や気が乗らない時があるのは珍しいことではない。それは私だけのことではなく、全員にも 言えることだ。
 そのため、一人で仕事をする時もあれば、ギルド前でパーティを募集して仕事をすることも、誰かのパーティに参加して仕事をすることもあった。
 そうこうしているうちに私のランクは四から三に上がり、経験や実力もそのランク相応だと胸を張って言えるぐらいになっていた。ランク二の仕事も何度かこなし、順調と言えた。
 その日はチームでの仕事は休みで、各々が好きに動いている日でもあった。
 私はギルド前の掲示板で仕事を探しながら、パーティ募集の貼り紙にも目を通していた。
「お、リエナじゃん」
 軽い口調で後ろから声をかけられ、振り向くとそこにはクライスが立っていた。
「クライス?」
 あれからクライスと仕事をしたことは無かった。何度かギルド前や大通りで見かけることはあったが、特に声をかけることもなかった。大体その時はクライスの方もこちらに気付いていなかったからだが。
「お、ランク上がったのか」
 ギルドカードを見て、クライスが呟いた。今見るまでランクの更新に気付いていなかったようだ。
「うん、まぁ」
 とりあえず生返事をする。
「俺も三になったんだよね」
 笑いながらクライスが言った。
 ということはそれなりに味方を気遣えるようになったのだろうか。少なくとも、単純に場数が多いだけではランクは上がらない。
「あ、そうだ! スゲェ人がいるんだ!」
「凄い人?」
 今思い出したかのように、クライスは唐突に手を叩いた。
「ああ、とにかく凄いんだ。色々教えてもらってるんだよ」
 やや興奮気味に、クライスが言う。
 パーティ募集や魔物との戦場などで出会ったシーカーに弟子入りするなんて話は珍しくない。危ないところを救われただとか、元々憧れていただとか、自分より遥か上の高みにいるシーカーの下で経験を積むというのは実際、悪くない。
 そういう人が見つかっただけの話だろう。
「ちょっと待ってろ」
 クライスはそう言って誰かのギルドカードを取り出すとそれに向かって何やら話しかけていた。
「紹介したい人がいるんだ」
 そこだけ聞き取れた。
 やがて現れたのは、やや長めの銀髪を首の後ろで纏めた精悍な顔立ちの目付きの鋭い男だった。身長はそこまで高くはないが、平均以上というところか。引き 締まった体を、白を貴重とした上下の服に包んでいる。左右の腿の側面に短剣、腰の後ろには矢筒、背中には弓を携えている。
 ちらりと男がこちらを見る。
「この前話したリエナってこの人のこと」
 と、クライスが私を男に紹介する。
「どうも……」
 クライスは私のことを何て話したんだろうか。とりあえず、適当に挨拶することしか私にはできない。
「こっちはガルフ。今色々教えてもらってるんだ」
 クライスが男を紹介した。
 ガルフ、と呼ばれた男はクライスを見て小さく溜め息をついた。
「とりあえず一回一緒に仕事すればどのくらい凄いか分かるから、これに行こう」
 そう言ってクライスはランク二の依頼書を掲示板からはがした。
「いいんですか?」
「……ったく、しょうがねぇな」
 ガルフに確認を求めると、頭を掻きながら溜め息をついていた。
「ああ、まぁ、気にしなくていい。とりあえずは仕事の方を先に終わらせよう」
 私に対してやや苦笑とも呆れとも取れる表情を見せて、ガルフは手をひらひらさせた。
「後方支援は私のチームから呼ぶか……」
 ガルフはギルドカードを何枚か取り出し、心当たりに声をかけていた。
 そうして彼が呼んだのは聖護士のスロークという女性だった。ちなみに聖護士は聖療士の上位スタイルだ。薄紅色のローブに身を包んだ物腰の柔らかい人だ。 先端に真紅の結晶が埋め込まれた杖を手に、穏やかな表情をしている。やや細めの目付きはどことなくガルフに似ている気がした。
「スロークはガルフのいとこだ。あの人も凄いぞ」
 クライスが教えてくれた。
 とりあえず、クライスの言う凄い人たちのお手並みを拝見させてもらうことにした。
 受けた依頼は、東方にある孤島の遺跡内部の探索だった。
 孤島までの距離は相当あるものの、ギルドが用意した転送魔方陣を使えば時間はかからない。だが、孤島に棲む魔物がかなり手強く、遺跡の調査もまだ完了していないため、ランク二に指定されている。
 定期的に大部隊のシーカーを護衛にギルドの調査隊が派遣されているようだが、最深部の調査が最近になってようやく始まったばかりで、遺跡の奥はまだ危険区域に指定されている。
 今回の依頼では遺跡表層の探索と魔物の討伐が目的だ。ギルドの調査隊が派遣される際には高ランクのシーカーが護衛に付くとはいえ、定期的に魔物を倒しておくに越したことはない。深部の調査が目的なのだから、表層で時間を食っては困る。そんな理由で出されている依頼だ。
 前衛はクライス、中衛を私とガルフが、後衛はスローク、という陣形で進むこととなった。
 実際、クライスの言う通り、ガルフとスロークはかなりの実力者だった。
 スロークの加護魔法は途切れることがなく、それ以外のアシストも完璧と言って良かった。横や背後から不意に現れた魔物に牽制用の魔法を放って注意を引 き、防御用魔法を駆使してその場に押し止める。魔法の詠唱速度もさることながら、その魔力もかなりの大きさのようだった。前衛や中衛の戦闘状況に合わせ て、それに応じた加護魔法や攻撃魔法で援護をしてくれる。急に敵が後ろに現れても、前方が多数の敵と戦っていれば一人でも余裕で凌いでしまうほどだった。 これほど戦いやすく安心感のある支援は始めてだったかもしれない。
 そしてガルフは弓滅士だった。弓撃士である私の上位スタイルでもある。
 その戦い方は見事としか言いようがなかった。現れる敵の強さを見切り、状況に応じて全員の負担が最も小さくなるように敵を凄まじい速度で処理していく。背後や横から不意打ちで現れる敵に対しても一切動じることなく、冷静なまま他と同じように状況を判断し、戦っていた。
 武器も魔力が付与された強力な弓を用いるだけでなく、自身の魔力を矢に乗せて使い分けている。敵を弾き飛ばすのに特化した炸裂する魔力を付与した矢で あったり、多数の敵に致命傷を与えるために貫通力を増加させるよう魔力を付与した矢であったり、状況に応じて付与する魔力だけでなく矢の種類をも調整して いた。
 多くの敵が群がってくる中、先頭にいる敵ではなく、後方や敵陣の中ほどにいる魔物を狙い撃ちにする技術力の高さも目を見張るものだった。
 その戦い方を間近で見ているだけで勉強になる。同じ弓使いとしてそう思えるほどの人物だった。
 単純な弓使いとしてもガルフは強い。
 それに、クライスも確かに成長しているようだった。前方から向かってくる敵が後方に流れぬように上手く敵を誘導し、自分に引き付けている。後方の戦闘能力を過信せず、自分の役割をしっかりとこなす。以前とは違って、後方の仲間を意識した戦い方になっていた。
 一、二時間ほどの探索を負え、クロースの転送魔法で帰るまで、危ないと感じることは一切なかった。
 ギルドで報告と収集物の精算を済ませると、大通りに面した酒場で打ち上げとなった。
「こいつの紹介だったから警戒したが、案外悪くないじゃないか」
 ガルフはビールを煽ると、そこで私に笑みを見せた。
「そ、そうですか?」
 やや恐縮しながら、私はそう答える。
 普通に仕事をした人から褒められるならともかく、あそこまで格の違いを実感した人物からそう言われるのは緊張してしまう。自分がそれなりにやれていたという証拠ではあるのだが。
「だから言ったじゃん、結構出来る奴だって」
 クライスは口を尖らせて文句を言っている。
「お前が酷過ぎたんだろうが」
 半眼になって、ガルフがクライスを睨む。
「そうねぇ、ようやくサマになってきたってところだもんねぇ」
 スロークは微笑んでいたが、その言葉の内容には棘がある。声音も口調も優しいのだが、まだまだだと言っているのは明らかだった。
「あんたらと組んだらそんなにすることねーもん」
 クライスは運ばれてきた肉料理を口に放り込みながら更に文句を言う。
「そんなこと言ったら私の方がすることなかったわよ……」
 私は呆れつつも戦っていた時を思い返して溜め息をついた。
 完全にガルフとポジションが被っていた私の方こそやることがなかった。ガルフに続いて攻撃するか、あるいは前方をガルフに任せて後方のスロークが押し止めている敵を処理するか、それぐらいしかできていなかったような気がする。
「基礎は十分できてる。後は場数と経験で何とでもなるだろ」
 ガルフは私をそう評した。
「っと、この後彼女んとこ行かなきゃいけねぇんだった。先帰るわ」
 しばらく飲み食いしたところで、クライスはそう言って席を立った。
「奢らんぞ」
「分かってるよ」
 ぼそっと呟いたガルフにそう言って、適当に自分の頼んだ分の代金を置いて早足に店を出て行った。
「……彼女いるんだ……」
 クライスがいなくなるのと同時に、そんな感想が漏れた。
「狙ってたの?」
「まさか! ちょっと驚いただけです」
 クロースの言葉を私は慌てて否定した。そんなこと考えたこともない。
「まぁ、だよな」
 ガルフが苦笑する。
「……なぁ、あいつとは付き合い長いのか?」
 不意に真剣な表情になって、ガルフが聞いてきた。
「いえ、前に一度だけ……。クライスは私のことを何て言ってたんですか?」
 逆に気になっていたことを聞き返した。
「えらい目に遭った時最後まで一緒に頑張った奴、だったかな」
 ガルフの言葉に私は肩を落として大きく溜め息をついた。
「……酷い目に遭ったのは私の方ですよ」
「今日のあんたを見た限りじゃ、そうだろうな……」
 やや同情の目で、ガルフは苦笑した。
 私はクライスと会った時のことをガルフに話すことにした。適当に組んだパーティで西洞窟探索に向かい、後方のことを全く考えないクライスに振り回されて 聖療士が逃げたこと、私も重症を負ったこと、偶然近くで探索をしていたパーティに助けられたこと、クライスが逃げた聖療士のことを悪く言っていたこと。大 体のことをガルフに話した。
「大変だったわねぇ……」
 クロースの笑顔が乾いたものになっていた。
「そんなことがあったんで、私の方も最初は少し警戒してました」
 私は頬を掻いた。失礼だとは思ったが、言わずにはいられなかった。
「そこはお互い様だったな」
 ガルフが笑った。
「……実を言うとな、俺もあいつと会ったのは似たような感じだったんだ」
 笑みを消して、ガルフが呟いた。
 丁度、ガルフがパーティの前衛を探している時、自信満々に前衛を任せろとクライスがやってきたらしい。ガルフはやたら馴れ馴れしい言葉遣いと態度が気になったものの、そこまで言うならと連れて行ったようだ。
「結果は酷いもんだったよ」
 ガルフのその一言が全てを物語っていた。
 後方の仲間を全く見ずに突っ走り、後方へ向かう敵の注意も引き付けることをせず、その時目の前にいる敵が後方へ向かおうとするのを押し止めようともしな い。加えて、クライス自身も複数の敵を相手にできる技量がなく、吹き飛ばされて大量の魔物がガルフたちの方へ流れる、なんてことが何度もあったそうだ。
「で、俺がキレて説教したら、何でか知らんが懐かれちまったんだよ」
 残っていた酒を煽って、ガルフはクライスとの出会いをそう締め括った。
「大変でしたね……」
 私はげんなりして、先ほどクロースに言われたのと同じ言葉を返していた。
「あれは間違いなく放って置いたら死人を出すと思ったからな……。俺が知る限りの知識は教えたよ」
「分かります」
 ガルフの言葉に、私は神妙な面持ちで頷いた。
 何せ、以前私が死にかけている。クライスがあのまま他のシーカーと仕事をしていたら、いずれ本当に死人が出ていただろう。少なくとも、私は確信を持ってそう言える。
 もし、死人が出てしまえばそれは噂になり、広がっているはずだ。そうでないということはクライスと組んだ者の中に死者はまだいないと言える。
「でも、考えてみろよ、俺は弓滅士だぞ? 二刀剣士でもない奴に色々教えられる二刀剣士ってどう思うよ?」
「そう言われてみれば……」
 ガルフの話は半ば愚痴になっていた。
 ただ、私としては彼にかなり共感していたので気にならなかった。むしろ、同じ思いを抱いた者として親しみさえ感じていたかもしれない。
「彼には私も振り回されたわねぇ……」
 クロースも困り顔だ。
「あの態度や言葉遣いも礼儀がなってないって何度も言ってんだけどな……」
 頬杖を付いて、ガルフが溜め息をついた。
 結局、クライスの態度や言葉遣いはあの頃から直っていない。
 そうして会話が一段落した頃、意を決して、私は言うことにした。
「……あの、もし良かったら、私にも色々教えてもらえませんか?」
 今の私の上位スタイルである彼から学べることは多いはずだ。直ぐ彼のようになれるとは思わない。ただ、今の自分のやり方にも少し限界を感じ始めていた。
 それに、あれほどまでの実力を目にしてしまったら、自分もそうありたいと思えてしまった。
 ガルフは僅かに口の端を吊り上げ、笑ったように見えた。
 今までは漠然と弓滅士になることを目標にしていたが、全く同じようにはならずとも、彼と同格の実力をつけたい。
 この出会いは、私にとって間違いなく一つの転機となった。
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