シーン07 「弟子入りしてから」


 ガルフとの出会いから数日をかけて、私は彼から様々なことを教わった。
 チームも違う押し掛け弟子のような私に、それでもガルフは快く指導をしてくれた。
 状況を見極めての行動や、矢を使った敵の誘導、突発的な危機へ対処する際の心得など、私がまだ知らない、気付いていない戦い方を教わることができた。
 例えば、前衛で戦う仲間に対し、多くの敵が向かってくるとして、その時にどういう順序で攻撃対象とする敵の優先順位を決めるのか。今までは自分の立ち位 置から最も狙い易い敵を攻撃していた。だが、もしもその敵が群れの中で最も強い敵であるなら、処理にも一番時間がかかり、前衛にとっては多くを抱える時間 が増えて負担が大きいものとなる。
 そこで、最も戦闘能力が低い、あるいは防御力や体力が低く素早く処理できる敵を真っ先に狙って倒すことで、数を減らすことを優先し負担を軽減する。
 または、遠距離攻撃やリーチの長い攻撃を仕掛けてくるような、前衛にとって相性の悪い敵を先に処理することでも負担を軽減できる。
 今の自分の力量で最も素早く処理できる敵を見極めるだけの観察眼や知識、思考力が重要だ。
 その時の状況次第で変わる、仲間の負担が最も小さくなる立ち回り。
 そういう判断力、思考力をガルフの指導の下で着けていった。
 また、矢を当てるだけではなく、その撃ち方で敵の行動を制限したり誘導したりする手法も学んだ。手足を打ち抜いて行動を制限したり、わざと避けさせることで進行を一瞬でも遅くさせたり、敵の行動を予測した立ち回りだ。
 敵の急所を射抜いて一撃で倒せるならその方がいいかもしれないが、そうでなければ手数がかかる分処理には時間もかかる。自分の攻撃力で相手を一撃で仕留 められるのかどうか、知識や経験がものを言う世界だ。手数がかかるならただやみくもに攻撃するのではなく、味方がやりやすくなるような攻撃の仕方をする方 が効果的だ。
 弓滅士であるガルフのように、矢に魔力を付与して放つことは私にはまだできない。あれは弓滅士になって認可される特殊な技術だ。私が弓滅士にならなければ、その技法は使えない。
 ただ、ガルフはそれ以外の彼が持つ知識や技術、考え方を私に教えてくれた。
 そして、それを実践していったことで、私の顔も広くなった。
 ギルド前でのパーティ募集で積極的に声をかけられるようになったり、参加を申し入れると二つ返事で快諾してくれるようになったり、見知った顔が増えるにつれて、彼らの私に対する評価や信頼度が高いものとなっていくのが実感できた。
 努力や実力が認められるというのは単純に嬉しいものだ。
 もちろん、上には上がいる。ガルフ以外にも腕の立つ者は多く、信頼や高評価を得たからといってそれで慢心するようなことがないように心がけた。
 何より、色々なことを教わった上で時折ガルフと共に仕事をすれば自分の未熟さは実感できた。
 結局、弓撃士でしかない私には自分にできることの範囲でしか力を発揮できない。魔術士のような高い攻撃能力もなければ、剣士のような前線に立って敵と対峙する能力も乏しいことに変わりはない。ある程度対応できるとしても、スタイルが違う以上限界はある。
 その弓撃士として中々の実力だ、と認められたのはガルフに教わったところが大きいだろう。
「最近、調子良さそうだな」
 チームで仕事を終えた後の食事中、タークが私を見てそう言った。
「そうかな……そうかも」
 曖昧な返事だったが、自分の成長は実感できているところもある。周りを冷静に見つめるだけの余裕も出てきた。
「何だか放っておいても自力で切り抜けられそうな安心感があるよね」
 四人目の仲間となった槍術士のスバルもそう評した。
 逆立つような癖毛が特徴的な好青年だ。
「さすがにそれはどうかな」
 苦笑する。
 いくらなんでも今私たちがチームで受けるようなランクの戦場で私一人で耐えられるとは思えない。
 確かに状況判断能力は高くなったと思うが、その状況判断には仲間の戦力というのも含まれている。私が余裕を持って対処できているのはスバルの耐久力の高さやティシィの支援能力、タークの爆発力があってこそだ。
「まぁ、でもここ最近のリエナは安定感が増したとは思うよ」
 ティシィが口の中の料理を飲み込んでから言った。
「色々教えてもらったからね」
 一応、皆には簡単に師匠ができたとは伝えてあった。
「そういえばその師匠ってどんな人なんだ? そんだけの実力者なら有名人なんじゃないのか?」
 タークが疑問を口にした。
 私がガルフに弟子入りしてから、彼の都合に合わせて動いていたこともあって、ガルフについてまともに話してはいなかった。何せ、彼のチームに所属しての正式な弟子入りではないのだから、私の方がガルフの都合に合わせるのは当然だろう。
「ガルフ・A・グライドって人なんだけど」
「ガルフ……」
 名前を出した直後、ティシィの動きが止まった。何かを思い出すかのように顎に手を当て、首を傾ける。
「知ってるの?」
 スバルがティシィを促す。
「うーん……」
「後、スローク・ガルネットってガルフさんのいとこの人にも良くしてもらってるかな」
 思い出そうとしているティシィを見つつ、そう付け加えた。
「ガルフとスローク……ああ、思い出した!」
 ティシィが小さく声をあげた。
「俺の師匠が昔、張り合ったことがあるって言ってた人だ」
 ティシィの師匠である聖術士が、昔ガルフやスロークとは顔見知りだったらしい。ティシィが師匠の下で魔操士として色々教わっていた時に聞いたことがあるらしい。
 ティシィの師がシーカーとして前線にいた頃、彼はガルフをライバルの一人として見ていたことがあるようだ。何度か仕事の成果で張り合ったり、模擬戦と称して手合わせをしたりしたことがあったらしい。
 ティシィも詳しくは聞いていないようだが、彼の師が前線にいた頃となると七年ぐらい前のことのようだ。
「今も現役ってことは相当だな、その人」
 タークが感心したように呟いた。
「実際、私なんかまだ足元にも及ばないから……」
 苦笑しつつも、ティシィの師の時代から前線にいたとなればあの実力も納得だ。ランク一の仕事もガルフは一人でそつなくこなせている。
 チームのリーダーをしているだけあって、顔も広ければ人望も厚い。
 彼のチーム内にはガルフの弟子と言っても差し支えない弓撃士もいる。私にとっては兄弟子のような形だ。私が実力を着けるに従って、仕事を共にする時には「楽ができる」と冗談交じりに言うようになった。
「でも明確に師匠がいるってのは少し羨ましいな」
 タークが苦笑する。
「まぁ、魔剣士はそうそういないからなぁ……」
 ティシィも苦笑いで答える。
「いや、俺だって昔会ったことのある魔剣士に惹かれて魔剣士になったんだけどさ」
 どうやら、タークが魔剣士を志すきっかけも魔剣士だったらしい。シーカーになろうと思う前に見た魔剣士の戦う姿に惚れたようだ。
「その人って女?」
「いや、男だったけど」
 スバルの問いにタークが答える。
「……惚れたってそういう意味じゃないよな?」
「大丈夫だ。付き合うなら女がいい」
 神妙な面持ちのティシィに、タークは真顔で返した。
 そんなやり取りで、笑い合う。
 仲間に恵まれた、とつくづく思う。
 首都バルアに出てきたばかりの時は人の多さに圧倒され、自分のことだけで精一杯だった。チームに憧れはしたものの、田舎者な私にはあまり大きなところは 気が引けてしまっていた。大きなチームではメンバーそれぞれに何か義務のようなものがあったり、縛られるところが多いのではないか、と偏見を持っていた部 分は少なからずある。
 そんな中でティシィとタークに声をかけてもらったのは運が良かった。最初こそ他人行儀だったが、すぐに身内感覚で会話ができるほど打ち解けた。気を許せる者だけの小さなチームでもあるのだろうが、チームとしての縛りというものはほとんど感じない。
 良い師にめぐり合えたのも幸運だった。
 自分に無いもの、まだ持っていなかったものを得ることができたのは間違いなくプラスになったはずだ。
「……となると、あいつにも感謝しなきゃいけないかな」
 誰に聞こえるでもなく、小さく呟いた。
 酒場の喧騒や目の前で話に花を咲かせる仲間たちの笑い声に私の言葉は掻き消される。
 ティシィやターク、ガルフとの出会いにおいてきっかけとなったのはクライスだった。
 正直、クライスとの出会い方はあまり良いものではなかった。むしろ悪い印象の方が強い。
 とはいえ、クライスと出会っていなかったら、ティシィたちやガルフにめぐり会えていたかは分からない。クライスがいなくても、今のようになっていたかもしれないし、全く別の形になっていたかもしれない。
 縁というのは不思議なものだ。
 私としては、別段クライスを恨む気持ちもなければ毛嫌いもしていない。確かに彼のせいで怪我を負うことにはなったが、それを根に持ってはいなかった。
 むしろ、ああいう奴もいるんだなぁ、程度の認識でしかない。大勢いるシーカーの中には稀にクライスのようなタイプもいるのだろう。彼自身には問題がある かもしれないが、恋人や家族のような親しい間柄でもない、関わらないようにしようとすれば関わらずともいられる程度の関係だ。
 シーカーでなくともこの世界には多くの人が生きている。それを思えば、私には理解できない思考や性格の人間なんて山ほどいるだろう。その中の一人がクラ イスだったというだけの話だ。私が彼のために何かする必要もなければ、彼の方も私に何かされる必要もない。そういうことが必要になる間柄ではないのだか ら、考えるだけ無駄だとも思っている。
 定住する者の少ないシーカーはチームでも組まない限り、一期一会になることも珍しいことではない。だからこその考え方ではある。他者の言動や態度に口を出して空気が悪くなるのは極力避けたい。波風を立てないようにしたいというのが本音だ。
 とはいえ、懐かれてしまい、チームに入れることになったガルフとしては放ってはおけないのだろう。
 ガルフはああ見えて中々にお節介なところがあるように思う。面倒見が良い、と言うべきか。
 実際、クライスの腕は以前に比べて上達している。本人の言動や態度、思考がどうあれ、パーティを組んだ仲間への負担は減っているはずだ。
 そこから先は本人次第だろう。
 私の方はこの分ならランク二になるのもそう遠くないだろう。最終目標はガルフと肩を並べられることではあるが、さすがにそれはいつになるか分からない。今の目標はガルフの足手纏いにならない程度の実力を付けることだ。順調だからこそ気を引き締めなければ。
 そう、改めて思った。
 それから直ぐに、私はランク二に上がり弓滅士となった。
BACK     目次     NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送