シーン08 「喧嘩」 シーカーのランクアップはギルドへの報告時に伝えられる。ギルドカードに記録されたそれまでの情報を元に判断されるようだ。 ギルドへの報告時にランクアップを伝えられて直ぐ、私は弓滅士への試験に臨んだ。元々ガルフの指導もあって、特に問題もなく試験は終了し、私は弓滅士に スタイルアップすることができた。ギルドから新たに認可された技法もギルド内にいる指導教官から教わり、使えるようになった。それを使いこなせるかどうか は私次第だ。 弓滅士になったことをガルフに報告し、実際に使えるようになった技能の手解きを直に受けた。言葉や習得演習などで知識としては先に教わっていたが、やは り実際に使えるようになってから戦場で直に指導されると印象が違う。知識上の性能と実際の使い勝手の差というのも重要だ。 一通りのことを直に教わったところで、実質的な弟子入り修行は終了ということになった。 「お前は飲み込みが早いから、後は実戦経験ぐらいだろ。もう口で教えることはないな」 ガルフにそう言われて、彼の下へ通う日々は終わった。 もちろん、それで完全に交流が無くなったわけではない。ギルドカードも交換してあったし、何より彼のチームはこの都市アルバを拠点としている。ギルド前に行けば彼のチームメンバーと顔を合わせることもある。ガルフのチームの溜まり場となっている場所や店も知っている。 弟子を卒業したからといってガルフが私にとって師であることに変わりはなく、丁度居合わせれば仕事に誘われることも、誘うこともある。 通い詰めて教わる日々が終わったというだけの話だ。 それから数日後、私はバルアの一画でクライスが女性と歩いているのを見かけた。恐らくそれがクライスの彼女なのだろう。視界の中に映った程度で、この時 は特に何も思うことはなかった。クライスに声をかけて二人の時間を邪魔してしまうのも悪いし、何よりその時の私は宿に帰って買ってきた本を読みたかった。 クライスと彼女のツーショットが印象に残っているのは、更にそれから数日後の出来事のせいだった。 その日、私はチームでの仕事の予定がなかったため、ギルドから最も近いガルフのチームの溜まり場の一つに向かった。 いつもなら談笑しているガルフのチームメンバーがいるはずの広場の一画の空気は、その時は違っていた。何やら皆、疲れたような呆れたような、何とも言えない表情をしている。 「……ねぇマイル、どうしたの? 何かあったの?」 私にとっては兄弟子とも言える弓滅士の青年、マイルを見つけるとやや小声で話かけた。 いつも飄々とした雰囲気のマイルもその時はどこか冷めた表情をしていた。 「ん、リエナか……まぁ、ちょっとねー……」 いつもと違って歯切れが悪い。 言おうか言うまいか迷っているような、話したいような話したくないような、とても微妙な雰囲気だ。 普段サバサバしている彼がここまで言い淀むのは初めてだった。 「師匠はいないみたいだけど……」 周囲を見回して、ガルフがいないことに気付いた。 「あー、マスターはこれとは関係ないんだ」 ガルフがいないことに関係があるのかと思ったが、違うらしい。単に用事があっていないだけのようだ。 「じゃあ何があったの? 変だよ皆……まるで喧嘩でもしたみたいな……」 喧嘩、という言葉にマイルだけでなく、他のチームメンバーもピクリと反応した。 「……黙ってても仕方ないか、まぁ、リエナもうちらとは親交あるし全くの無関係ってわけでもないか」 大きく溜め息を吐くと、マイルは座っていたベンチから立ち上がった。 「とりあえず場所を変えよう」 どう考えても良いことがあったとは思えない。この場でそれを私に話してぶり返すのも良くないと思ったのだろう。マイルの提案に私は頷いて近くの喫茶店に入ることにした。 「それで、何があったの?」 私は紅茶、マイルはコーヒーを頼み、向かい合って座る。 「……クライスって、リエナも知ってるだろ?」 「え、ええ……」 また何か問題を起こしたのか。そんな風に思ってしまった。 クライスは度々小さな問題を起こしていた。ちょっとしたものの口論だったり、態度の悪さだったり、無茶をしたり。とはいえ口論も些細なものだったし、態 度の悪さ、といってもクライスのあの馴れ馴れしい態度がほとんど改善されないことだったり、後ろにガルフやマイル、私がいるからと無茶をしたりと言った程 度だ。大抵の場合、ガルフがクライスに軽く説教して終わる程度だった。 「フラストって人、分かるよね?」 「うん」 フラストはガルフのチームメンバーではないが、私と同じように個人的にメンバーと親交のある魔術士の青年だ。 私も何度か即席パーティとして同行したことがある。それに、彼も交えてマイルたちと話をしたこともある。 「クライスとフラストが大喧嘩したんだ」 頬杖をついて呆れたように呟くマイルを見て、何となく私にも察しがついてしまった。 ガルフがいない時はマイルがサブリーダーとしてチームを纏めていたため、ガルフ不在時はマイルがクライスを宥める役を担っていた。あまり無駄に感情を表に出さず、物事を淡々と捉えて処理できるマイルだからこそガルフも信頼しているのだろう。 「大喧嘩?」 「まぁ、仕方ないことだったとは思うんだけどな」 元々、クライスのことを良く思っている人は少ない。第一印象から変わらない彼の態度や性格が大きな原因だ。それでもやってこれたのはクライスの指導をしようとしていたガルフがいたからだろう。 チームのメンバーも、何も知らずにクライスとパーティを組んだらまずい、と薄々感じ取っていたに違いない。どういう人かを知っていれば、いざと言う時の 予測や対処もし易く、そうなる前にクライスを止め易い。それに、ガルフに指導されていることである程度の技量や知識は保障されているようなものだ。 野良のパーティとしてクライスと組むことになる危険性は私が身に沁みている。 その点、こと戦闘に関してはガルフの指導でだいぶマシになった。 「クライスがフラストに文句を言い出したんだ」 詳しく聞いてみると、ことの発端はクライスとフラストがパーティを組んでギルドの仕事をしたことのようだ。 クライスは何度も足を運んでいる場所だったが、フラストは一、二度程度の慣れない場所だったらしい。加えて、メンバーもチームの者ではなくギルド前で募集した者を二人ほど加えた四人だったようだ。 当然、フラストもそれなりに場数を踏んだ上級者ではある。 ただ、魔物の徘徊するテリトリーでは何が起こるか分からない。どれだけ準備を重ねようとも事故のような事態に陥ることが無いとは言い切れない。 メンバーそれぞれが噛み合わなかった、というのもあったのかもしれない。まったく連携が取れなくなってしまえばパーティなど脆いものだ。 その狩りは散々だったらしい。 そして、クライスはそれをフラストのせいだと言ったのだ。フラストが下手だったのが悪い、と言い出して口論になったらしかった。もしかしたらフラストだけでなく他のパーティメンバーにも暴言を吐いていたかもしれない。 「実際に俺が見たわけじゃないから何とも言えないけどな」 マイルはそう言ったが、周りでその口論を聞いていたガルフのチームメンバーたちのほとんどはフラストの味方をしたらしかった。 人柄というものを考えれば当然の反応だろう。クライスの方が周りに合わせるということをしていないのだから、彼を知っている者のほとんどは同じ反応をすると思えてしまう。 彼と関わっていてマイルのように客観的な判断ができるものは少ない。ガルフがサブリーダーにするのも納得である。 「それにあいつさ、この前自分で主催したチーム狩りに大幅に遅刻しておいて謝りもしてないんだよ」 「え、そんなことがあったの……?」 チーム狩り、というのはチームメンバー総出で狩りやギルドからの依頼をすることを指す。大抵は親睦を深める交流会や高額なお宝を狙うチームの資金稼ぎなどの目的で行われる。 それを企画した本人が遅れてきたとなれば皆腹を立てて当然だ。しかも謝罪がなかったとなれば尚更だろう。 「で、態度があれだろ?」 「なるほど、みんな爆発しちゃったわけね……」 マイルの言いたいことが分かって、私は苦笑いを浮かべた。 いくらガルフが鍛え直すと言ったところで、同じチームにいる以上、全く接触がないというのは不可能だ。チームというものを組んでいる以上、直接言葉を交わすことはなくても接近する機会はある。先のチーム狩りもそうだが、溜まり場にいれば見かけるのは必然だ。 クライスの態度が不愉快だと思っている者が少なからずいたのだろう。クライスの性格や態度はそう思われても仕方がない。むしろ、初対面では嫌われる可能性の方が高いぐらいだろう。 いくらシーカーで実力主義な部分があるとはいえ、一般的には礼儀正しく振る舞える人物の方が好感は持てる。 今まで蓄積されていたフラストレーションが今回の口論の際に爆発してしまったのだ。 「リエナは俺たちとも親交があるから、知っておいた方がいいよな、やっぱり」 「そうね……ありがとう、マイル」 苦笑するマイルを労うように礼を言う。 私もガルフのチームには顔を出す身だ。チーム内に生じた問題は知っておいて損はない。むしろ知らなくて空気の読めない行動を起こしたくはない。 「態度を直せ、ってのはいつも言われてるはずなんだけどな」 気心の知れた相手ならまだしも、初対面であろうとなかろうと、クライスの態度は変わらなかった。ガルフも口を酸っぱくして言っているだろうに、一向に改善される気配がない。 「謝ってもいないなら、尚更ね……」 私もマイルと共に呆れるしかなかった。 「それで、フラストさんは?」 「怒って帰った。クライスのいるところには二度と行かない、って言ってたよ」 フラストはクライスに対して絶交宣言をしたらしい。 「それに対してクライスは何て?」 「二度とくんな、って返して二人とも帰った」 「うわぁ……」 子供の喧嘩みたいな返し方だと思った。 その場にいたガルフのチームメンバーがあんな雰囲気になるのも分かる。フラストに加勢なり擁護なりしていたとしても、互いにギスギスしたまま別れたとなれば周りの空気も悪くなる。 今までイラついていた分、皆も気分が悪いだろう。 「さすがに俺にもフォローは無理だね。あの喧嘩はクライスが悪い」 マイルが言うのだから相当酷い喧嘩だったのだろう。 「ま、俺は見てただけなんだけど」 最後にそう小さく付け加えてマイルはコーヒーの残りを煽る。 マイルは喧嘩の仲裁や介入をせず、傍観していたようだ。成り行きを静観していたと言うべきか。薄情かと思われるかもしれないが、マイルとしては下手に口 出ししたくなかったのだろう。全員がフラストに味方していたから、というのもあるかもしれない。クライスに味方する者はなかったようだ。 マイルはどちらにもつく気はなかったようで、喧嘩そのものに干渉する気がなっただけの話だ。どちらかを庇ったり、一方を非難したり、特に喧嘩のようなくだらないことで感情的になることをマイルは好まないドライだが公正な性格だ。 「それにしても、変わらないわね、あいつ」 ガルフやマイルほど近くにいるわけではないが、私もクライスとの距離は近い。顔を合わせれば会話ぐらいするし、都合が合えばギルドの仕事も共にする。 「マスターが帰ってきてからどうするか、だな……」 用事で不在のガルフが戻ってきた時、今回の事態を知ってどうするのだろう。 「まぁ、間違いなく説教はあるだろうなぁ」 溜め息交じりに呟くマイルと顔を見合わせて、二人で苦笑した。 |
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