シーン11 「大説教、後篇」


 ガルフが一時的に場を離れ、私はクライスと改めて向き合った。
 それまで不機嫌さを無理やり押し隠していたような表情を緩め、クライスが息をついた。
「何かと思えば説教かよ……」
 ぼやくように小さく呟いて、クライスは座ったまま大きく伸びをした。
 その様子には、反省の色が見えない。何がガルフに説教をさせているのか分かっていないようだった。
 私は何か言うべきか迷って、口を噤んでいた。
 反感を持っているチームのメンバーや、近くで何度もクライスを諌めたりしているマイルやガルフではなく、部外者の私が口を出していいものか迷っていた。既に一度クライスに声をかけてしまっているのだから悩むこともないのかもしれない。
 ただ、ガルフがいない場であれこれ言ったとしてクライスは聞いてくれるだろうか。
 これまでのことを考えると、何も変わらない気もする。自分の意見はガルフにも聞いてもらっていた方がいいのではないかとも考えてしまう。
「……まー、俺が悪いのかもしれないけどさ」
 ガルフが席を外していて気が緩んだのか、それとも私が押し黙っていたせいか、クライスがぽつりと口にした。
 その言葉に私は少し驚いて、クライスを見る。
「俺、人に謝るの嫌いなんだよね」
 続く言葉に、愕然とした。
「ほら、俺ってガキだからさ」
 更に私は絶句した。
 クライスは照れたような苦笑を浮かべていた。それは悪戯がばれはしたが許してもらえた子供のような表情だった。
 そこへ、用を済ませたガルフが戻ってきた。
 言葉を失っている私に気付いて、ガルフが僅かに眉を動かした。
「……どうした?」
 ガルフに声をかけられて、私は顔をそちらへ向けた。
 横目でクライスを窺うと、さっきまでの表情は消えている。不機嫌そうな顔に戻っている。まるで、先ほど私に言った言葉はガルフに聞かれたくなかったかのように。
 実際、私にだけ言った本音ではあったのだろう。それをガルフに言うべきか、迷う。
 ガルフは私とクライスを交互に見て、何かあったのだということは察したようだった。ひとまず元の位置に腰を下ろし、クライスに向き直る。
「お前は他人を気遣うってことを覚えろ。少なくとも人の迷惑を考えろ」
 あえて私に何があったかを聞くことはせず、ガルフは説教を再開した。
 他人の立場に自分を置き換えて考えることを覚えろとクライスに語るガルフに、当の本人は気だるそうに、不機嫌そうに、渋い表情で目を逸らしている。聞きたくないとあからさまに態度で言っている。
 それでも構わずにガルフは続けていた。
「クライス、あのさぁ……」
 何だか馬鹿らしくなってきて、私は溜め息混じりに口を開いた。
「ガキだから、って何? 謝るのが嫌、って何それ?」
 クライスは私の言葉に僅かに目を丸くして、ガルフも驚いたように口を閉ざした。
「そりゃ私だって謝るのは好きじゃないよ。誰だってそうだと思うよ。だけどさぁ、だったらそれはそれでやりようがあるじゃない。そんなことも分からない?」
 私だって人に謝罪するのが好きなわけではない。むしろ、謝るのが好き、という人の方が少数だろう。だが、だからと言って謝らなくていい理由にはならない。
「人に謝りたくなかったら、謝らなくて済むような行動とか、態度とか言葉使いとか、分からない?」
 謝らなくて済む一番の方法は、謝罪しなければならない状況を作らないことだと思う。そのために必要なのは相手の立場になって考え、不快だと思うことを避 けることだ。態度や言動、行動、色々なところで気を使っていれば、そうそう謝らなければならない事態にはならないはずだ。
 それでも、些細なミスを犯してしまうことはあるだろう。それが運悪く大事になってしまうこともあるだろう。
「普段からそうやって、謝らなくて済むように気を遣っていれば、もし何かあった時だって、ちゃんと謝れば許してもらえるんだよ」
 他者のことを考えて行動をしていれば、いざ何かあった時も許してもらいやすくなる。誰もが自分に対して、普段から気を遣って行動しているということを理解してもらえていれば、尚更だ。
 人柄が良ければ、たまの失敗や迷惑も許してもらえるものだと思う。少なくとも私はそう思う。
「居心地が悪いって、それはあなたが周りのこと考えてなかったからでしょう? あなたのためにすべてがあるわけじゃないんだよ? 分かってる?」
 喋り出すと止まらなかった。
「ガキだからって、そんなの理由にならないよ。礼儀正しくできる子供だっている。むしろそういう子供に失礼だって思わないの?」
 子供が皆考えなしの自分勝手なわけではない。きちんと躾けられて正しい教養を親から教わっていれば、礼儀正しい子供にも育つはずだ。多少やんちゃでも、 悪いことを悪いと分かっていれば謝ることだってできる。むしろ、大抵の子供は怒られたら渋々でもごめんなさいと言うものだ。それがないクライスは子供以下 ということだ。
「子供は叱られれば謝るよ? あなたは何を言われても謝らないじゃない。それって子供とは違うよ」
 叫んだり、まくしたてたりはしていなかった。ただ、淡々と私は話していた。
 クライスは子供っぽい謝り方すらできない。それはガキだから、というのとは違うはずだ。
「私はクライスに対してあまりこういうこと言ってなかったけどさ、それは私があなたの味方だからっていうことじゃないからね?」
 私にとってクライスは気になる人ではある。ただ、それは恋愛対象だとか友達になりたいとか、そういう感情ではない。見ていて特に面白いというわけでもない。むしろ、ガルフのチームメンバーや他の多くと同じように、不愉快さの方が勝る。
「私はね、確かにあなたのこと嫌いじゃないよ。趣味の話はそこそこ合うし、別に悪人ってわけでもないと思ってるから。でもね、だからって好きなわけじゃない。はっきり言えばどうでもいいんだよ」
 だから何も言わなかった、と私は付け加える。
 クライスが気になるのは、その態度や行動が起こすであろう問題ごとが気になるという意味だ。クライスは悪人ではない。確かに自分勝手で自己中心的で、良い人とは言えないが、だからと言って悪人かと言われるとそうでもないと思う。
「世の中には色んな人がいると思ってるし、シーカーやってれば一期一会なんてしょっちゅうだし、余計なことを言って場を乱したくない。不愉快な空気や気まずい中で仕事なんてしたくないから、最低限失礼にならないよう振舞ってるつもりだよ」
 それは私の心構えのようなものだ。堅苦しいまでの礼儀正しさは息苦しく感じて苦手ではあるが、最低限の礼儀というのは必要だと思っている。人を不快にさせないような言葉使いや態度はその基本だ。
 敬語だってただ使えばいいというわけではない。敬語で話していても他者を不愉快にさせる人はいる。
 ギルド前でのパーティメンバー募集では、共に仕事をするのも一度きり、ということは珍しくない。シーカーをやっている以上、組んだ人が違う街へ行くこともあれば、どこかで命を落としてしまっていたりすることもある。
 中には気に食わない人、自分と相性の悪い人もいる。それでも、たった一度しか共に仕事をしないのであれば、わざわざ食ってかかって険悪にする必要もない。自分が少し我慢すればいいだけだ。
「居心地が悪いって、そりゃ当たり前だよ。だってあなたがいると他の人が居心地悪くなるんだもの。あなたが居心地悪くしてるんだもの。あなたが居心地悪くしたんだもの」
 他人に気を遣い過ぎても疲れるだけだ。あまり気を遣わなくても良い付き合い方、距離感、態度、というのはあるはずだ。チームというのはそういうもので繋がっているのだと思う。
 もちろん、根本的に互いを思いやる気持ちがあるのは言うまでもない。気持ちよくやっていこうと互いに思うからこそ、自然と相手を気遣える。不快な思いをさせないようにあろうと思い合う。
「自分のことを考えてくれない人のことなんて、皆考えたくないのは当たり前だよ」
 吐き出すように言い切って、私は大きく溜め息をついた。
 クライスは相手のことを考えず、自分のことだけしか見ていない。それでは気持ちがすれ違うのも当たり前だ。それどころか、クライスが居心地の良かった空気を壊したのだ。
 そんなクライスを気遣う者などいなくなるのは必然だ。空気を壊す者がいるのに、また心地良い空気を作る気にはならない。そんなクライスを気遣う者もいなくなって当然だ。
「自分のことをガキだって言うなら、お前の場合は躾のされてないクソガキだ」
 言いたいことを言い終えた私の後を継ぐように、ガルフが言い放った。
「何度言えばお前は分かるんだ。子供の方がまだ物分りがいいんじゃないのか?」
 もしかしたら、私が口にした内容もこれまでにガルフが何度か言ったことのあるものだったかもしれない。
 それでも変わっていないのだから、今回私が言ったところで何も変わらない気もする。それでも、言っておきたかった。今まで何も言わなかった私ならば、もしかしたら効果があるかもしれないとも思っていた。
「あー! もう! 二人して、何なんだよ!」
 黙っているのが我慢できなくなったように、クライスが大声をあげた。
「皆して俺を悪者にしやがって!」
「当たり前だろ、お前が悪いんだから」
 クライスの言葉に、ガルフがぴしゃりと言い返す。
「俺は悪くない! 仮にそうだとしても、そうさせたのはあいつらだ!」
「馬鹿か」
 これもガルフが一蹴する。
 そんなものは責任転嫁でしかない。私は心底呆れた表情で溜め息をついた。
「へーへー、俺を悪者にすりゃ気が済むんだろ。俺が悪かったってことにすりゃいいんだろ」
 言いながら、飽き飽きしたようにクライスは立ち上がった。
「おい、どこに行く気だ」
 睨み付けるガルフを一瞥して、クライスは口を尖らせる。
「何で俺ばっかり怒られなきゃならねえんだ。もういいよ」
 吐き捨てるように言って、歩き出す。
 ガルフはその背中を睨み付けていたが、後を追う気はないようだった。
「……追わないんですか?」
「ああなったらもう何を言っても無駄だ」
 問うと、首を横に振ってガルフは姿勢を崩した。
 ああなると何を言っても無視されるらしい。
「逃げやがっただけだ」
 毎度のことだと言いたげだった。きっと、過去の説教も同じように逃げ出して終わっていたのだろう。容易に想像できた。
「子供っぽい捨て台詞ですね……」
「ほんと、ガキ以下だよ……」
 クライスが見えなくなって呟いた私に、ガルフはうんざりしたように漏らした。
「こりゃ、もう無理そうだな」
 呆れと諦めの混じったガルフの呟きと溜め息が、私には確かに聞こえた。
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