第一章
 第一話「すっかり仲良し☆サバイバルゲーム」



「わっかめ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 奇声が響く。
 そんな昼下がりの野山の中。
 号令一過、男たちは駆け下りていくのである。
「こんぶ!」
「もずく!」
「こんぶ!」
「もずく!」
「こんぶ!」
「もずくー!」
 目標はただ一つ。
 敵の殲滅、それだけだ!
「はっちょ〜!」
 先陣切って突っ込んでいく聖哉。彼の手の中に握られるイングラムM11が、吼える。
 パパパア、パパパア、パパパパアッ
「さん、かぁ…いっ!」
 迎え撃つ真二。その声と同時に、隊列を組んでいた祐人、利一、秋寛、啓一が散り、坂道を転がり落ちてくるかのような勢いの敵に向けて弾幕を張る。
 今、真夏の緑が生い茂った野山は確かに、戦場と化しているのである。
 弾ける弾丸。飛び散る血飛沫。霧散する汗。そして、男の意地が、砕け散る。
 シュパァン!
「ぎゃふん!」
 電動ガンの集中砲火を受けた聖哉が崩れ落ちた。先頭だから当然である。
 ゴロンゴロン。仰け反って倒れ伏した聖哉の身体は、本当に地面を転がって下へと落ちていってしまった。
「オボッ、ヘガ、ニフンっ!?」
 悲惨な叫びが遠ざかっていく。
『………………………』
 誰も、その姿を気にするものはいなかった。
「隊長がやられたぁ、敵討ちじゃー!」
 何故か、スナイパーなのに突撃している伊佐樹が気勢を上げる。彼は自分の行動に、欠片も疑問を持っていないのだ。
 横で、スコープを覗きながら走っている峻もまた、同様なのである。
 スパァン!
「あぶしっ」
 峻の足に弾丸が弾ける。もんどりうって倒れた彼もまた、聖哉と同じように転げて行った。
「うわぁぁぁ、助けてください、減速できません少佐、シャア少佐ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ゴロゴロゴロ。
 悲惨な悲鳴も遠ざかって行く。
「峻く〜ん!」
「君の死は、無駄ではないぞ……!」
 輝が涙を流しながら二人を見送る。
「まぁこの作戦は、ダメだとは思ってたけど、さっ!」
 ザッ。
 春輝が跳ぶ。同時にトリガーを押し込むと、G36ライフルが咆哮を上げた。フル・オートで放たれる射撃はサイトのブレを補填するのだ。
「うわっ、ヒット!」
「やられた!」
 毒づくように秋寛と利一が退散すると、真二もクソッ、と思うのである。
「これで五分か」
 そう呟いた、その瞬間。
「大丈夫、まだ行ける!」
 啓一が身を乗り出した。迂闊だ、と抑えようとしたところで、輝がそれを逃さない。スペツナズの黒光りする銃身が啓一をポイントし、次には引き金を押し込んでいる。
「うわあっ!」
 彼の悲鳴を聞きながらも、真二はP90のセレクターをフルに変更した。ヒット、と啓一が両手を挙げて退散するのを横目に、広く周囲を観察する。
 相手三人は走っている。早々照準がポイントできるものではない、だからこそ余裕を持って次の動作に移れるのだ。
 とりあえず左に二歩を踏み出すと共に、愛銃を肩のポケットに当てる。ストックが固定されたのを感じてからドットを覗いて、あとはタイミングを計るだけ。
 輝の体が、下の方へと流れていった。
 ヒュパパパパパパパッ
 サブレッサーの付いた銃口が唸りを上げる。モーターの駆動が軽い衝撃を身体に伝え、射線上の伊佐樹がズベッ、と転んだ。
「ひ、ヒット!」
「伊佐樹もか!?」
 輝が叫んだようだった。真二は、背後に流れてしまった輝の方へと向き直ると、彼が後ろを向いて旋回しようとしているところであった。
 すぐさまトリガーを引いた。だが弾丸は濃いブッシュに阻まれて相手に届かない。チッ、と舌打ちして身を屈めると、そのまま横へ移動する。
 真二の後を付いてくるように白色弾が横薙ぎにはらわれた。輝の攻撃だと理解して、手近な木の幹に身を隠す。横を気にすると、春輝と祐人の戦いはまだ続行しているようだった。ならそっちは気にする必要はない。
(とりあえず、目の前の輝をどうにかしなきゃな)
 そう思った。
「俺、まだ何もしてなかったのになぁ……」
 呟きに目を向けた。VSRライフルを翳しながら渋々と戦場を後にする伊佐樹がどことなく哀愁をそそる。ご愁傷様、としか言いようが無い。
 伊佐樹にちょちょいと手を振ると、彼は苦笑しながら去っていった。
「ハリー、いるか?」
 輝の声だ。ハリーとは春輝のことである。
「います、まだ大丈夫ですよ、トレさん」
 応答の声が聞こえる。どうやら向こうも膠着状態らしい。
 上手く分かれたもんだ。丁度、一対一のタイマン勝負になっているのだから。
(さて、どうするか)
 真二は思案した。周囲に目を配って、祐人が草叢に隠れているのを見つけると、彼もこちらに気付いたようだ。二時の方向に約十メートル。遠い。
 祐人の周りに弾幕が降り注いでいる。草叢のお陰で当たってはいないが、春輝の牽制は正確で、身動きが取れないようだ。
 どうするか。
 お互いに苦笑を交換しながら、先程と同じことを考えていると、
「ハリー、さっさと決着をつけよう」
 輝の不穏な発言が聴こえた。
(なにっ!?)
 仕掛けてくるのか、と危惧すると、春輝の応答も耳に入った。
「そうですね。このままじゃ埒が明かない」
 ツ、と首筋を、嫌な汗が伝う。いつもながら慣れない感触だ。
 くそ、と毒づきながら祐人の方を見ると、彼は真二を見ながら手を動かしていた。それが簡単な手記信号だと気付くのには、大した時間が必要ではない。
 祐人は自分の顔に右手を近づけて、人差し指と中指で自分の目を指す。その後、右手を指し示すように真二の後ろにやると、次には指を立てて数字を表し始めた。
「背後、東約三メートルのところに敵……。挟撃される恐れあり? ポジションを交換して、こちらから速攻をかけよう――、てことか!」
 祐人の意図を理解した瞬間、真二も了解のサインを送る。そしてこちらから確認できる春輝の位置を簡単に教えた後、一回だけ振り返って輝の様子を確認した。
 その瞬間に、牽制の為の一斉射が放たれたが、それは木に当たっただけで関係ない。輝の位置を了解して、そこから割り出される時間経過を計算し、真二は動くタイミングを決める。
 四秒後だ。
 ジリジリと近づいてくる敵の気配を感じながら、真二は指を立てた。祐人が見たのを確かめて、カウントに入る。
 3……2……1……。
(GO!)
 その瞬間に、確かに真二と祐人は、お互いの目を見たのだ。アイ・コンタクトで完全な意思統一を果たし、真二は屈んで走り出す。祐人は立ち上がって輝をポイントした。
 戦場が動いた。
 パパパパパッ、銃声が交錯する。祐人が立った瞬間に、春輝もまた撃ったのだ。その白色弾の弾道を捉えながらも、真二はドット・サイトに春輝を納めていた。
 セレクターはフルのままだ。
 シュパパ、小さく銃身が振動して、弾丸は無防備な春輝の横腹へと向かった。
 当たった、そう確信する。真二は同時に、素早く身を翻し、身体を反転させた。前進するエネルギーを、踏み出した足で押さえ込み、無理矢理ベクトルを変え たのだ。反動で身体が縺れ、体勢がムチャクチャになる。それでも腰を基点に全身を後ろに廻し、身体が宙に浮いているような状態で、確かめた。
 敵の、今を。
「うわっ!」
「でっ!」
「ひ、ヒット!」
 三つの悲鳴があがり、視線の先には輝が硬直して立ち尽くしていた。唐突に動き出した事態に追いついていないのだ。彼は祐人によって仕留められた事に、気づいていない様子であった。
 ドサッ、と真二は仰向けに倒れて、ふう、と息を吐く。草叢がクッションになって、ダメージは少ない。
 そんな真二の前に、スッ、と春輝が来て手を差し伸べる。彼の顔には苦笑が浮かんでいた。
「まさか、ここに来てこっちにターゲットを変えてくるとは……ちょっと思いませんでしたよ」
「ははは、まぁね。祐人の機転に助けられたよ」
 ありがたく手を借りて身を起こす。その後でこっちに駆け寄ってきた祐人に笑いかけて、
「お疲れ。輝を仕留めてくれてありがとな」
「結局、俺はやられちまったけど。ま、勝ててオーライだ」
 コツン、と拳を付き合わせた。
 それで、このゲームは終わったのだ。
 一方。
「え? なに? 俺、ヒットになったの?」
 未だに事態を把握しきれていない輝が、少し途方に暮れている様は、少しばかり滑稽である。
 避難していた伊佐樹や啓一たちは、それを見て含み笑いを懸命に堪えていたとかいないとか。



 つう訳でサバゲを終えた10人の少年たち。いかな真夏の陽気と言っても、時刻はすでに6時を半分ほど廻ったところ。日はそれとなく沈み行き、西の空の紅さが全体を覆うようにして、世界を夜へと誘っているのであった。
 まぁ平たく言うと夕方なのである。よってさっきの「わっかめ〜!」がラスト・ゲームだったのだ。
 そういう事で、今回のサバゲ参加メンバーはいつものように、帰り仕度前の反省会がてら集合している訳である。
「よぅーう、し。皆、今日はお疲れ様!」
 輝が腕を組んでふんぞり返りながら、他の者たちを前に言葉を紡ぐ。彼の前に直立不動で整列している9人の中には、岩にぶつけた頭からとめどなく流血して いる峻と、新鮮な青い竹をどたまに突き刺した聖哉がいた。2人とも貧血気味で青白い顔をしながらフラフラと直立し、時々どこかにトリップしているのか、眩 しい夕陽に目を細めつつ「うふふ、うふふふふ。神だ、俺は神になったんだ……」などと怪しく呟いている。
 そんな2人を目の前にしながらも輝は全く意に介した素振りもなく、
「今日も無事、怪我人を一人も出すことなくサバゲを終了させることができ、とても嬉しく思う!」
 と切り出した。
 他のメンバーは一斉に、右端に並ぶ峻と聖哉に視線を集中させた。
 しかし輝は、やっぱり意に介さないのである。
「それでは今日も恒例、『本日もやっぱり輝くことができなかったでshow!』な者を発表する! そいつは罰ゲームやってもらうからな!」
 輝はウキウキワクワク、ドキドキドックン、待ちきれない様子でソワソワ興奮しながら話していた。その間、峻と聖哉は「おお、そこにおはしますは、かの有 名なロペス・ピエール様では……そうか、貴方も神になったんですなぁ、グフふふふ」と未だ醒めないトリップに恍惚である。なんだか虚空に向けて握手を求め る様子は、不気味としか形容し難いものがあった。しかも二人。
 しかし他の者たちは、その2人の異常行動もいつもの事なので、特に気にした風もなく、瞳を子供のように爛々と輝かせる輝の方へと視線を戻すのである。
 ただ二人だけ、春輝と秋寛は放心しながら電波を受け取る峻と聖哉に、「いつもの事なんだ……」と複雑な眼差しを向けるのであった。
 それはともかく。
「ほんじゃ、今日の『サイキで賞(←『最も輝くことが〜』の略)』を発表するぞ! そいつの名はずばり、瀬良 祐人! お前だ〜!」
 ズビーシ、と勢いよく、輝は祐人を指差した。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
 たっぷり数秒間、堪えきれないほどの笑顔を浮かべた輝と、指をさされて半ば呆気と状況を把握できていない祐人は、互いの視線を交錯させあっていた。
 その後になってようやく、
「な、なに―――――――――――――っ!?」
 祐人は大声を上げたのである。
「ちょ、ちょっと待て! 俺は別に、今日もっとも輝いてなかった訳じゃないぞ! っていうか最後の方まで生き残ってたんだから、むしろ輝いていた方に数えられないか、普通!?」
 至極もっともな意見である。祐人の反論に、周囲の人間も思わず頷いてしまうほどに。
 うんうん。
 しかし当の輝は口笛を吹きすさびながら、
「いや、俺には分かるね。お前は今日、一番、輝いてなかったよ。それは俺が保障するよ。だから罰ゲームはお前がやるべきなんだよ、分かるか?」
 などと聞く耳を持たなかったので、祐人は怒り心頭で更なる正論をぶつけることにしたのである。
「ふざけんな! どう考えても、あそこで虚空を眺めて何かを見ちゃってる二人の方が輝いてなかっただろうが! 特に聖哉なんて、真っ先にやられて坂道転げて戦線離脱しやがったのに!」
 またしても的を射た意見である。確かに、聖哉がもっとも輝いていない――というより、何もしていないのだから。
 ちなみに、今日は午前中から四半日以上の時間をかけて数ゲームをこなしたが、この「サイキで賞」を決定するのに適用されるのは最後のゲーム、つまり先程 の戦闘の結果を考慮して、この賞は確定されるのだ。まぁ聖哉は他のゲームでも思う存分、役に立たないぶりを発揮したんですがね。
 と、そんな祐人の意見に逆ギレした輝は、カハァ、と大きく口を開くと、そこから大声で理不尽な言葉を発し始めるのである。
「うるせぇうるせぇ、バーカバーカ、バーカ! バーカ! 輝いてたとか輝いてなかったとか、正直、どうでもいいんだよ! 肝心なのは俺が何もしてなかった ことだ! せっかくゲームを決めようと動いてたのに、何もしないうちに俺を仕留めやがって! これはその報復だい! なにさ、格好良く勝ったからっていい 気になってんじゃないっての、ぷーん!」
 最後にはまるで小学校低学年のように頬を膨らませて横を向く様に、兎にも角にも皆、呆れ顔である。屁理屈ですらない、単なる私情を並べ立ててアレなことを言う輝に、その場の全員が固まっていた。(トリップしてる二人を除いて)
 つかなんだよ、ぷーん、て。
「あ〜……。要するに、俺に仕留められて悔しいから、嫌がらせで罰ゲームをやらせよう、と。そういう訳だな?」
 祐人がそうまとめると、
「Oh! Yeah!」
 輝は素晴らしい発音でそう答えた。
「ふ・ざ・っ、けんな!」
 フュゴ、祐人の拳が唸りを上げて、輝の横面に襲い掛かる!
 しかし、パシッとそれを押さえた輝はまるで弁明する気すらなく、ニヤリと悪どい笑みを浮かべる。
「ニヤリ。残念だが、君に拒否権はない。これに関しては俺が全てだ」
 セリフまで悪どい。
「な! そうだよな、みんな!」
 と輝がその他に振り返ると、
「あー……、うん。それでいいや、もう」
「めんどくさいしね」
「俺じゃなければなんでも良いや」
 などなどの声が上がった。
 正直、皆の心は一つなのである。
 ――俺じゃなくて良かった!
 この一言に尽きるのである。
 しかしこれに納得できないのは当の本人であり、そんな祐人は声を大にしてこう主張するのだ。
「いやおい、ちょっち待てよ! どう考えてもおかしいだろ! こいつが間違ってるって、お前ら知ってんだろ!?」
 しかしその声は、自らの保身のために仲間の身を売った彼らには届かない。みんなしてあらぬ方向を向いて、無闇に口笛なんぞを吹きすさぶのみである。
 そんな人々の様子に驚愕した祐人は、眼を見開いて思いっきり息を吸い込むと、
「こ、の……っ、裏切り者――――――――――――――――!」
 と腹から本気で罵声の言葉を浴びせるが、その声は沈み行く夕焼けの紅へと吸い込まれ、染み出た夜空の藍へと消えていくのみ。
 その後ろで輝は、見事に理不尽な仕返しができたことにほくそ笑みつつ、
「ふふふ……。実は聖哉と、ウッチョリドッキリ素敵で恥ずかし新罰ゲームを考え付いたばかりなのだ。それを試すぞ、おいそれと実行させて見せるぞ、その余りの恥ずかしさに悶え苦しむが良いわ……。くっくつくつ、ふはっはっは、ガーハハハハハハハハ!」
 堪えきれなくなった高笑いで謀略を練る輝の姿は、さしずめ鬼とでも形容できようか。それかキ○ガイ。
「う、うぅぅ、う……嘘だドンドコドーン!」
 そんなボスの姿にどうしようもなく嫌な予感がした祐人が、その他の者たちに助けを求めたり、薄情な奴らに毒づいて逆ギレしたり逆ギレされたり、堪えきれなくなって自分の運命を呪うかのように空に嘆いたりする悲痛な叫びが、サバゲ山の頂上に響き渡る、そんなころ。
 未だにトリップしたままの峻と聖哉は、
「どぅぉうふふふふふ、神よ、我らが神よ……我らの願いを叶えておくれよ、素敵で不敵な小麦色の美しいバウムクーヘンよ、何故に艶やかで欲情を刺激する曲線を描いているのだ、我らが黄金の丸い食べ物よ。貴方は最高だ、空洞バンザイ! 折り重なってマンセー!」
 訳の分からない事をいいながら、二人して熱くきつい抱擁をして、感動の涙にむせいでいたのであった。
 う〜ん、カオス。
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