第一章
 第二話「祐人くんドッキドキの新罰ゲームの正体とは!?」



 サバゲから数日が経った、ある平日の午後くらい。有名ファーストフード・チェーンで「M」のマークでお馴染みのハンバーガーショップ。
 昼時を過ぎて、その日の佳境を乗り切った店内は、一種のダレた空気に包まれていた。レジの中には細身で背の高い、美人だけど少し化粧が濃い感じのアルバ イトの女の子が立っている。店の中には三人の学生と思われる客が雑談しながらバーガーを齧っている程度。それと持ち帰りの注文をした男が一人、ボーッ、と しながら外を眺めているだけだ。
 そんな最中、BGMに混じって入り口が開いた特長ある音が響いた。店員がそちらを向くと、Gパンにシャツ、ベストとオシャレ用の細身のネクタイと、ラフ な格好をした青年がこちらへと歩いてくる。いらっしゃいませー、と店員が決まり文句を上げるが、その声に緊張感が含まれていないことに気付いた女の子は、 少しだけ反省して気を引き締めた。
「ご注文はお決まりですか?」
 聞きながら、目の前に来た青年の、淡いコロンのような匂いに気づく。それは薄く、決して不快ではない、フワリとした自然な空気感を持った香りであった。
「え〜っと、ハンバーガー6個とテリヤキ、ダブルチーズ、チキンフィレオを一個ずつ。それと……」
 青年の声は綺麗なテノールだ。高いようで、響くような低音が絶妙に混ざった、スッ、と入ってくる音程。読み上げられる注文に素早くレジを合わせ、店員は自然な気持ちでその作業を終える。
「お持ち帰りですか?」
「はい」
 彼女は内容を確認し、間違いがないな、と頷くと、再び青年に向き直る。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、あともう一つ」
 えっ? という感じで彼女は青年を見た。何を言うのかと思ったら、彼は「スマイルを一つ」、といらない注文を付けて来たのだ。
 これには少しウンザリする。いくら暇な時間でも、そんな事をやらされるのは嫌なものだ。それに、これをやると業務評価が下がって時給にも影響するのである。
 だが、言われた以上はやるしかない。バレない様に溜息を一つ吐いて、その後で皮肉にも似た気持ちで、最高の作り笑顔を彼に向けて披露してやる。
 青年は、ニコリ、と笑った。
「やっぱりね」
 えっ?
 彼の呟きに女の子は呆けた気持ちになる。
「君の笑顔は、とても可愛いよ」
 そう言葉を続けた青年を、少女は始めて、マジマジと見たのだ。その彼の瞳は美しく輝き、爽やかな笑顔は、整った目鼻立ちと相俟って、とても魅力的だった。
 彼女は自分の頬が熱くなるのを、まるで他人事のように感じてしまった。一瞬、業務を忘れて、彼女は青年に見惚れてしまったのである。
「あっ……」
 彼女は次の動作に移ろうとした時に、自分がどういう状態かを忘れていて、戸惑ったようにあたふたとしてしまった。顔が真っ赤なことや、心臓が早鐘のように鳴っている事に、パニックを起こしているのだ。
 その後、なんとかレジを終わらせて勘定の支払いが終わっても、彼女の気持ちは全く落ち着かなかった。注文待ちをしている青年の横顔を見て、さっきの笑顔が焼き付いていることに気付いてドキドキして、仕事が手に付かない状態である。
 少女は自分の立場を忘れて彼にだけ視線を注いで、それがどうしてなのか分からない様な複雑な気持ちと、恥ずかしいような気持ちがない交ぜになって、胸の中が熱くなるのに、呆然としたように動揺するだけだったのだ。

「ぶわーっはっはっはっ!」
「だーははははっ!」
「ゲハゲハゲハハっ!」
 などなど。
 人の笑い声は様々で、皆して一様に腹を抱えて大爆笑をしていたのだが。
 その輪の中心にいる祐人にしてみれば、面白いことなんか一つもないのである。
「えーい、うるさいうるさい、黙れ黙れー!」
 彼は顔を真っ赤にしながら、笑い転げる非情で薄情な友人たちに怒りをぶちまけているところなのだ。
「だっ、だって、だってよ? き、『君の笑顔は可愛いよ』……って、ぶふ〜!」
「く、くくくっ、クサ過ぎるよな……プククッ」
「ひゃっひゃっひゃっ、キザだキザだ、ぶひゃひゃひゃひゃ」
「恥っずかしい〜! 俺だったら絶対言えないよ、いやあ流石だ。さすが祐人だ。ダハハッ」
「先輩はスゴイな〜。あんなことをドモらずに言えるなんて」
「ほんと、尊敬の域だよな。わはははっ」
 思う存分に笑い声を上げるムカつく野郎どもに、祐人は恥ずかしいやら殺したいやらで、とても頭の中が混乱していた。先程まで自分がやった行動を、自身でも物凄くイヤな感じで反省しているのである。
「あのなぁ! お前らがやらせたんだろうが! それなのに思うさま笑いやがって、くそったれファッキンどもが!」
 と声を大にして怒りを露わにしても、彼らの脳髄にムカムカ響く笑い声は暫く、絶えることはなかった。
 つまりこれが、例のサバゲでの罰ゲームなのである。輝が命名するところの、「恥ずかし爆死、恥辱で屈辱のMk.do,naldo(マーク・ド・ナウド) 襲撃、大罰ゲーム!」なのである。某ファーストフード店で人数分のバーガーを買い、レジの店員に恥ずかしいセリフを吐いて、戻ってくるのだ。これは死にた くなるくらいの屈辱である。ちなみに監視員が一人ついて、バーガーはそいつと半々で注文と言うことになっている。代金は事前徴収制だ。
「いやー、生で見てる俺としては、あの時の爽やかな祐人が鮮烈だったね! 祐人主演で映画を撮ったら、金熊賞も夢じゃないぜ、きっと!」
 見張り係を務めた聖哉が、飛び切り良い笑顔で状況報告をしていた。すでに祐人は諦めの境地で、拷問のような現状を投げやりに聞いているだけだ。
 一報、祐人のベストに仕掛けた盗聴器で状況を確認していた他のメンバーは、もう彼の勇気を賞賛しつつ、目撃者の聖哉の言葉を熱心に聞いているところであった。
「いやはや、流石は祐人くんって感じ。俺らが言ったら顰蹙もんの台詞でも、彼が言うと洒落になんないくらいカッコいいんだよな。ターゲットの店員の、あの 上気した頬ったら、見物だったよ。あのあと祐人が出てくまでずっと、情熱的な視線を注いでたもんな! しかもシットリとした、色っぽい視線だぜ! い やぁ、もう流石はスティーヴィー・ジェラードの名を冠する男! きっとあの子、お前のことをドッキン・ラブだぜ!」
 からかってる以外の何者でもない聖哉の言葉に、輝や伊佐樹がニヤニヤした表情で、「本当かよ、え? どうだった手応えは?」なんて、親父じみた質問で小突いてくる。それを鬱陶しく思いながら、祐人は赤い顔で、必死に黙秘権を行使し続けるのであった。
「俺も見たかったなー、祐人の勇姿!」
 笑い収まらぬ顔で真二が言う。声は完全に笑っている。
「でも、自分だったら聞いてるこっちが恥ずかしそうでヤダな。聖哉くんは凄いね」
 変な感嘆を漏らす啓一。それに、いやあ、と照れくさそうな顔をする聖哉だが、本当に凄いのは台詞を吐いた祐人なのである。
 その後も興奮冷めやらず、皆してヤンヤヤンヤと祐人の話題で持ち切りだ。もう祐人は黙って、居心地悪げに座っているだけなのであった。
 んで、それからちょっとして。少し場が落ち着いてきたところで、祐人はようやく、ゆっくりと頭を抱えることができたのである。
「あー! もう、ここのナウドには来れねー!」
 心底からの気持ちなのだ。
「まぁまぁ、良いじゃん。俺らの家から一番遠いナウドを選んだんだぜ、これでも」
 俺って優しー、て自画自賛の輝をとりあえずブン殴りたい衝動を押さえ込み、祐人は憔悴した顔で、
「もう良いや……とりあえず食おうぜ」
 せっかく買ってきたバーガーである。ちょっと冷めたけど、とりあえず配ることにした。
 好き勝手に注文したバーガーに、二人で一つのMサイズポテト、事前にスーパーで買っておいた幾つかのジュースとお菓子。紙コップ片手に、彼らはグッと拳を突き出した。
「それでは、祐人の勇気ある行動に――」
 溜めて、溜めて、溜めて。
「チンチーン!」
『カンパーイ!』
 輝の音頭を無視してグイッとコップを突き出すと、一気に飲み干す彼ら。
 こうして10人の変態たちは、先程の話を肴に盛り上がりながら、遅めの昼食兼おやつを楽しむことにしたのだ。
 さっきのナウド近くの公園で。恥も外聞もありませんね。



 公立小川南高等学校は現在、絶好調に夏休み中であった。7月の後期に入り、終業式を終えてから三日くらいが経ったある日。2年E組の4人の華と呼ばれる少女たちが、皆で街に繰り出しているところなのだ。
 そして現在、夏真っ盛りの都会の中は、恐ろしい程むわり、とした熱気が立ち込めて大変なのである。自然、彼女たちは薄着で、その美しい肌を世間様に曝しているのであった。
「これからどうしよっか?」
 涼を取るために入った喫茶店の中。ノースリーブのキャミソールにデニムのショートパンツで、スレンダーで美しいプロポーションを惜しげもなく披露してい る美玖が、アイス・ソーダの中の氷をストローでツンツンしながら聞いた。長く綺麗な彼女の脚は、思わず見る者の目を惹き付けてしまう。
「もうちょっとここに居ようよ……あっつい」
 うだっ、としながらコーラをストローでチューチューする杏里。TシャツにGパンとラフな格好だが、スラリとした健康的な肢体はそれだけでも充分に活き る。杏里の頭の上には、ロッソネーロ、つまり赤と黒の縞々が特徴のACミランのスポーツキャップが乗っていて、その後ろから垂れたポニーな髪の毛がユラユ ラと揺れる様は面白い。
「ダレてるわねぇ。しっかりしなさいよ」
 と苦笑交じりにアイスコーヒーを口に運ぶのは類だ。首筋が暑くなるのを嫌ったのか、今日の類は長い髪の毛をアップにして束ねている。そこから覗く白いう なじは、しっとりとした肌がなんとも妖艶である。それに、身体の線が目立たないようにと着込んだ薄手のシャツも、彼女の素晴らしいプロポーションを隠すこ とはできていない。早い話が乳がデカイのである。
「とりあえずショッピングだよね。サンダル欲しいんだ、付き合ってよ」
 ニコニコと愛嬌のある笑顔で、メロン・ソーダをちるちる飲んでる樹理。最も背が低くて最も凹凸の目立たない彼女は、白いワンピースという服装のチョイスと相俟って、今の姿はまるで同い年に見えないものであった。
「………………」
 テーブルに突っ伏しながら樹理を見詰めていた杏里は、そんな少女の様子にからかいたい衝動が芽生えたのである。
「樹理。ブラの線、透けてる」
「ぅえっ、ウソ!?」
 バッ、と慌てて身体を見下ろす樹理。
 しかしワンピースは真っ白だった。
 今の服は凄いのである。白でも下着の色が透けないのだ。
「うっそー」
 杏里はダラダラしながらそう言った。感情が篭っていない。
「あ、アンタねぇ……!」
 樹理が怒りマークを頭上に張り付けながら震える様子は、いささか面白い物がある。迫力があるんだかないんだか。
 そんな訳で、美玖と類は思わず、プッ、と噴き出してしまった。
「あはははははっ」
「クスクスクス」
「な、なんで笑うのよー!」
 当の樹理は顔を真っ赤にして困惑している。コロコロと表情が変わる、こういう可愛いところが彼女の魅力である。
「ごめんね樹理ちゃん。でも、なんだかその、可愛かったから」
 未だに笑いを抑えながらそう釈明する美玖に、不満そうに眉を顰める樹理。納得はしていないのだ。
「可愛かったって、そんなの全然、嬉しくないよ! ――ルイ、あんたもいつまで笑ってるの!」
 類は楽しそうにクスクスと笑い続けているのだ。そんな彼女に、恥ずかしさで樹理は逆上しているのである。
「でもさ、樹理。あんたってホントに子供っぽいよね」
 杏里が突然、そんな事を言ってくる。
「はぁ? どういうことよ、それ」
「だってさ、チビだし成長ないし……そういう体以外のところでも、感情が豊かなところなんか、まさにお子様じゃない」
「お、お子様って、ちょっと……!」
「だってそうじゃん。それに趣味もなんだねぇ。今日の服装もよりによって白いワンピース一枚、洗濯板のあんたが着てると、より幼く見えるってもんよ」
「そ、そんなこと無いわよ!」
「いーや、あんたは今、確実に幼いわ。事情を知らない周りの人間は、あんただけ年下だと思ってるでしょうね」
「な、ななな……!」
 急に元気になって冷静な分析を見せる杏里。まるで普段とは全く違う理路整然とした物言いに困惑した樹理はなにも言い返せない。隣で類が、この分析力をもう少し学業に活かせれば……、と嘆いているのは、二人は知らない。
 樹理は少し萎れて、自分の姿を見下ろしてみた。白いワンピースは胸元のリボンやスカート部分のフリルなども相俟って、確かに子供っぽく見える。
 むぅ……、と樹理は眉根を寄せた。
「子供っぽい……かな?」
 なんだか自信を失くしてしまったらしい。美玖は慌ててフォローしようとする。
「た、確かにちょっと子供っぽいけど……でも大丈夫! 樹理ちゃんの魅力を充分、引き立ててるよ!」
 ちょっとフォローになっていないが、美玖はその事に気付いていないのだ。
「うう……ミクちぃ」
 樹理は美玖の友情にちょっと感激した。だから的外れなフォローも気にならなかった。
 そこに、類が優しい声音で話しかけてきてくれる。
「美玖の言う通りよ、樹理。その服装は、あなたにとても似合っているわ。だってこんなに可愛いじゃない。この可愛さは、私たちの中でも、樹理、あなただけ が持っているものなのよ。純情可憐な年下の女の子風味な樹理の魅力は、皆にも伝わってるわ。だから自信を持って! その、ロリぃ〜な可愛さが、あなたの最 大の強みなのだから!」
 最後は鼻息荒く興奮してる、ちょっとプレッシャーが強烈過ぎる迫力ではあるが、褒めてくれているニュアンスだけは伝わったので、樹理はお礼を言うことにした。
「あ、ありがと、ルイ……」
「うふふ。分かってくれて嬉しいわ」
 類は優しく微笑んだ。その麗しい笑顔にほだされて、子供っぽいところが魅力だと言われた事には、結局は気付かないのである。
「ま、確かにあんたは見た目低年齢なところが魅力だよね」
 杏里がそう結論付けたが、樹理はなんとなく怒る気になれなかったので、とりあえずそのままにしておくことにする。
「そういえばさ。今日のミクち、なんか大胆だね」
 樹理は話題を転換した。矛先を美玖に向けたが、これは先程から気になっていたことだ。ちょっと内気な美玖は、普段はこんな露出度が多い格好はしない。
 確かに。という感じで他の皆が頷く。
「ミクちーにしちゃ珍しいよね。でも、似合ってるよ」
「そうよ! 美玖のスレンダーで均整の取れたスタイルに合致する服装だわ! 私、以前から美玖には薄着の方が魅力でると思ってたのよ! 特に脚線が凄い整ってて、物凄く綺麗だと思ってたから、今日の格好は美玖の魅力を十二分に引き出してるわ! 美しいくらいよ!」
 再び類が興奮しだして、目をキラキラさせながら猛烈に言葉を紡いでいく。その様子に他の三人が若干、引き始めたので、類は落ち着く様に咳払いをした。
「オホン。確かに珍しいわね。美玖はあんまり肌を露出させるタイプじゃなかったのに」
「そ、そうかな」
 美玖は思わず好評だったので、少し頬を染めて照れた。確かに今日の格好は大胆だと思っていたのだ。
 だがそれには、少し理由があるのである。
「実はね。こないだのデートで先輩に、美玖ちゃんは脚が綺麗だね、て褒められたんだ」
 テレテレしながらの発言に、急に他の三人が冷たい視線を向ける。なんだノロケかよ、て感じの空気になったが、空気の読めない美玖はさらに続けるのだ。
「なんだか嬉しくなっちゃってね、次のデートではもっと大胆なカッコにしようかなって、こないだの日曜日に買ってきたんだ」
 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話す美玖には、もうお手上げである。っていうかあれから二ヶ月近く、よく持ってるよなぁと三人は感心しきりだ。
「日曜に一人で? その先輩はどうしたのさ?」
 杏里がコーラをチビチビしながら尋ねると、
「あ、うん。その日はサバイバルゲームをやるって言ってたよ」
 あっけらかんと言ってのけた美玖だが、それには樹理たちは呆れるだけだ。
「なにそれ? 夏休み最初の日曜日に彼女を放って、そんなことやってたの?」
「ちょっと配慮が足りないんじゃないかしら。付き合ってから初めての夏休みなのよ?」
「ホントに何を考えてるんだか、あの変態。ミクちーはそれでいいの?」
 思わぬ大不評に、今度は美玖が目を丸くする番だった。
「え? あ、うん、次の日曜日にはまた会う約束してるし……。それに私がいるからって、お友達との付き合いを止めるわけにもいかないでしょ?」
 と返す美玖に、一転して少女たちは生温かい目で彼女を見るのだった。
「え、ええ子や〜……」
「ミクち、なんて健気なの……」
「優しいのね、美玖。流石は美玖だわ……」
 三者三様に感動の涙を拭う姿に、美玖は思わず困惑である。
 ど、どうしたの? と美玖がアタフタしていると、類が静かに一つ、頷いた。
「そうね……こんな健気で良い子、あの変態にはもったいないけど――美玖、私はあなた達を応援するわよ」
 類は唐突にそう言った。それに追従するように杏里も、
「そだねー。もう一ヶ月以上も続いてるんだし。あの変態も、変態だけど悪い奴じゃなさそうだし。あたしもミクちーを応援しよっと」
「2人とも……」
 突然のことだが、親友がそう言ってくれることを、美玖はとても嬉しく思った。
 ありがと、と呟いて浮かんできた涙を拭おうとした時だ。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
 止めに入ったのは樹理だ。
「なんで認める方向で動いちゃってるわけ? あたしはまだ反対だよ。ミクちにあんな変態はもったいないよ。あんた達もそう思ってたはずでしょ?」
 慌てたように捲くし立てる樹理だが、まるで落ち着けと言わんばかりに、杏里が言葉を挟む。
「まー確かにもったいないよ、ミクちー可愛いもん。でもさ、本人たちが幸せなら、もうそれで良いかな、と。とりあえず悪い奴に騙されてるわけじゃないんだし」
「そうよ。私たちが頑なに反対しても、問題は美玖の心なんだもの。上手く行ってる以上、認める以外にないでしょう」
 類の的を射た意見まで加われば、もう反論することはできないだろう。樹理は言葉に詰まって、気勢を削がれたように俯いてしまった。
「樹理ちゃん……」
 美玖は悲しい気持ちだった。同時に、どうして樹理がこんなにも強固に反対するのかも、疑問に思う。
 樹理は顔を上げると美玖の目を真っ直ぐに見詰めて、口を開けた。
「いいわ……確かに、あたしが今ここで反対してても始まらないもんね。でもね、ミクちには、もっと相応の人がいると思う。それだけは覚えていてね」
「うん……」
 美玖は頷くことしかできなかった。
 そんな重苦しい空気を裂くように、類が溜息交じりに場を仕切りなおす。
「さぁさ、楽しい休日にそんな話をしててもしょうがないわ。これから楽しいショッピングに出かけましょ」
「さんせー。暑っ苦しい太陽に負けないくらい、思いっきり休みを堪能しよー」
 杏里も類に賛同する。美玖と樹理はお互いに顔を見合わせると、気持ちを切り替えるように笑顔を向け合った。
『うん!』
 2人が頷いたのを確認すると、少女たちは立ち上がって出口へと向かった。せっかく四人集まっての買い物なのだ、夏休みを楽しまなきゃ、若さの損なのである。
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