第三章 第六話「当日ですよ」 老貴兄弟の土下座の時はやる気の無かった人間もいたのではあるが。翌日から練習を開始してみると、なんか皆、ノリノリでサッカーを楽しみ始めるようになっ たのである。何だかんだで、真剣に一つの目標を見据えて取り組む事は楽しいのだ。特に、ややあまのじゃくが入った彼らメンバーは、ダルイだのなんだの言い つつも、やるべき所ではキチンとやるのである。当然、生意気な物言いをした下級生への怒りの気持ちもあるにはある。 そんな訳で。実質、メンバーが10人しかいない彼らは、仕方ないので聖哉の旧友を呼んで欠番を補填することになった。中学時代の友人で他の学校に行って いる、赤川 海杜(あかがわ かいと)という少年である。他校のサッカー部で色々と忙しいはずの海杜だが、ありがたい事になるべく練習には参加してくれ て、チームワークを深めることができた。 そして、来るべき運命の日を迎えることになるのである。宣戦布告から三日後の真っ昼間。日陰の少ない河川敷のコートに、チャリンコこいでヒーヒー言いな がら集結してくるヤローども。今日は真夏日、日中30℃超の炎天下の中、彼らはこれから、スポーツをしなければならないのだ。 死人が出なければ良いですね。 * 聖哉が、真二と海杜を引き連れて河川敷に来た時には、すでにほとんどの人間が集まっていた。 うお、早いなぁ、と思いつつも、自転車を止めて汗を拭い、とりあえずメンバーの方へと駆け寄っていく。その気配に気付いた数人が振り向いたので、聖哉は手を挙げながら挨拶した。 「うぃっ」 すると返ってくる声は、 「よいっす」 「オリエント」 「マグロダイブ」 とことん変態な返事である。順番的に伊佐樹、輝、峻なのであるが、最後はすでに訳不明なのだ。ちなみに他の人間は普通でした。 「マグロダイブってなんだよ」 とは、後ろから来た真二の言である。 「秘密の暗号さ」 と答えたのは、何故か聖哉であった。 「いや、挨拶に使っちまったら秘密も何もないんじゃないの?」 「いいや、これは我が元に集いし英雄達にしか分からない、伝説の暗号なのだ」 「どんな伝説だよ」 「そんなの、これから作るに決まってんだろ」 「ってか既にネタバレしてんじゃねぇか。こんなマイナーなんパクんなよ」 真二は酷い暴言を吐いた。 「グキューン!」 聖哉は言葉の暴力に貫かれたのである。彼が力なく膝を崩しながら、よよよっ、と涙を見せると、英雄の暗号を答えた三人が一斉に慰めにかかる。つまりグルなのである。 そんな彼らに溜息を吐いてしまうのが真二。そして周りは苦笑である。 「ところで、伊佐樹と峻が変なことを言うのは良いんだが、何故に輝まで参加してんだ?」 海杜がそんな質問を投げかけた時、四人の背中がビクンとなった。ていうか伊佐樹と峻の扱いが酷い。 「いやね。実はまぁ、今回も罰ゲームを考えようかなってなった時に、何が良いかを聖哉と相談してたんだけどね。その派生で、今回の掛け合いをやったら、新しい罰ゲームを実行する、て話になってて……」 あっさりとゲロりましたね。 『罰ゲームぅ?』 全員の疑問の声がハモった。特に前回、ヒドイ目にあった祐人は、露骨に眉を顰めている。 「ヌハハハハハッ。どんな罰ゲームかは、実際に賞が発表されるまでの秘密なのじゃー」 ビョコン、と聖哉が復活して、奇妙な高笑いを上げ始める。そんな彼らに嫌な予感バリバリの他の面子だが、そんなことはお構い無しなのだ。 「グッフフ、兄貴。そういう訳で、例の話、頼みましたよぉ」 江戸時代中期(伝承によると田沼治世の時代)に流行った越後屋並みの悪徳商人よろしく、聖哉は役人のようにニギニギしながら輝に詰め寄る。 「うむ。分かっておるぞ、越後屋。それにしても、おぬしも悪よのう……」 「いえいえ、御代官様ほどでは」 「何、貴様! 私を愚弄するのか!?」 「いえ、決してそんなつもりは!」 「破門じゃぁ!」 「破門だけはぁぁ、それだけはお許し下さいぃぃぃ! 破門だけはぁぁ!」 「何をカノッサなんてやってんだよ……」 地面にひれ伏す聖哉を見て、真二は溜息を吐いた。 ちなみにカノッサというのは、十一世紀のヨーロッパで、時のキリスト教皇グレゴリウス七世が聖職売買や聖職者の妻帯を禁じ、また聖職者を任命する権利 (聖職叙任権)を世俗権力から教会の手に取り戻して教皇権を強化しようとしたのだが、皇帝ハインリヒ四世がこれに反発して教皇の改革を無視しようとした為 に、ハインリヒ四世を破門したという話である。これに対してハインリヒは、1077年にイタリアのカノッサで、教皇に三日三晩も裸足で謝罪し続けてようや く許されたという、世に有名なカノッサの屈辱事件だ。 何故、彼らがここでこのネタを出してくるのか。それは、彼らが世界史でこの部分を習った時に、教諭から配られたプリントに漫画が載っていて、その中でグレゴリウス七世はハインリヒ四世に対して、 『破門じゃー!』 と指を突きつけていた事から派生したのだ。今では、彼らが良くやるネタにまでなっている。 っていうかこれもパクリだが。そんな事はどうでもいいのである。 ワハハッ、と自然とみんなに笑顔が宿る。こんな下らない掛け合いも、試合前の緊張を解すためには必要なのだろう。 特に、責任感で表情筋を硬くしていた二人の少年たちが浮かべる笑顔は、完全にリラックスしていた。それを見れただけで、聖哉は、こんなアホな漫才もやって良かった、と思えるのだ。 その為だけに、みんなに相談してまで、一芝居うったのだから。 「よし。みんな、アップだ」 場の空気が和んだことを察知して、祐人が手を叩いた。おうっ、という返事は全員、力強い。これで良いんだ、という思いが去来する。 軽く身体を温める為のランニング、そして全身を解す為のストレッチ。それらを入念に行った後で、シュート練習や戦術確認が入る。今後の行動をシュミレートし、今まさに実行に移そうとした時だ。 「おい」 と、無愛想な声が聞こえた。急ぎ振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべた数人のサッカー部員たち。一歩前に出てきた、やや後ろ髪が長く切れ長の瞳が特徴の少年が声をかけてきたのだろう。 「なんだい?」 こっちを代表したのは春輝だった。彼が試合を受けたのだから、その権利がある。事前に申し合わせた通りだ。 「俺たちは大抵の準備を整えた。あとはそっち待ちだが、どれくらい必要だ?」 「えっ? ん〜……そうだねぇ」 春輝が振り向いたので、祐人が「30分」と答えた。 「大体、30分くらいだ。悪いけど、そっちももう少しウォームアップしててくれないかな」 「はん。お前ら寄せ集めに、30分も必要なのかよ」 完全に嘲弄である。そんな後輩の言葉に、思わずカチンとくる3年生たち。だが、ここは年長者の貫禄として、耐えることにした。 「ああ、時間は必要なんだ。そういう訳だから、ルールや審判の調整でもしててくれ。僕たちは、ジャッジが正確であることを祈ってるよ」 特大の皮肉。春輝がそんな事を言うのは珍しいので、聖哉は思わず、口笛を一吹き。 サッカー部員が眉を顰めたが、彼はそれだけしか表さなかった。頭の良い男だ。 「じゃあ、30分後に始めるぞ。――心配せずとも、公平を期すようには言ってあるさ」 ふい、と後ろを向いた、先頭の少年。それに続いて、サッカー部員たちも自分たちのエンドへと戻っていく。その後姿を追いながらも、手強いかもな、と感じつつ。 「感じの悪い奴らだったな」 彼らは別のことを口に出していた。 「ええ。あれが、僕たちに喧嘩を売った、長山です」 「いけ好かない野郎だろ?」 「ああ、確かに」 輝の苦笑。聖哉が見回す限りでは、チーム内の士気は上がっているように見える。そういう意味では、件の長山君に感謝だな、と笑った。 「よーし、お前ら。さっきの生意気な態度を見たな? 奴らをケチョンケチョン(死語)にノシてやる為にも、今日の試合を勝ちに行くぞ!」 さっ、と手の甲を翳した輝。それぞれがその上に手を重ねると、みんなが一斉に頷いて、輝が気勢を上げるのだ。 「『チーム・FCホシノさん』、ロール・アウト!」 『フォルッツァ、ホシノさん!』 なんとも不思議な掛け声と共に、チーム・FCホシノさん(仮)が始動したのである。 ちょっとマヌケである。 |
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