第四章
 第十話「ハーフタイム、そして後半へ」



 カッ!
 と照りつける太陽の中、ハーフタイムにベンチに下がるホシノさんFCの面々の顔には、色濃い疲労が表れていた。普段から運動不足な帰宅部まがいが主の チーム構成だから仕方がない事なのだが、30分を猛暑の中で走り続けるのはやはりキツイ。だが彼らは、終了間際に追い上げの得点を挙げた、という事が自信 と希望を与えて、まだまだ活気に満ちてもいるのだ。
「お疲れ、そしてナイス」
 それぞれがタオルを取り出して汗を拭く中で、全員に向けて声をかけたのはキャプテンの祐人だ。そして、持ってきたペットボトルの水を頭から被って暑さを忍ぶ面々は、温くなったそれで喉を潤しながら、円を描いて顔を突き合わせるのである。
「ここまでは想定内の事態だと言える。ただ、相手のカウンターは速く、正確だ。センターラインが整っていて、特に気を付けるべきはボランチの6番だと感じた。異論はないか?」
 祐人の確認に、全員が首を縦に。意見は一致しているのだ。
「ただ、センターフォワードはスピードが足りないし、セカンドトップは試合から消えていて目立った活躍はない。あいつらをペナルティーエリアの中に入れな ければ、あまり脅威にはならないだろう。ミドルも少なかったしな。とりあえず和真を調子に乗らせなければ、それほど突破は恐くない」
 そういう言葉も頷ける。確かにサッカー部攻撃陣は嵌まった時の勢いが素晴らしいが、個々が孤立して試合から消える場面も少なくない。展開によって極端な姿勢は、流れによってこちらがゲームをコントロールできる、という事なのである。
 つまり攻略法は、なるべくゲームを支配して、こちらの都合の良いように進めること、そして決定機は絶対に決めること、に集約されるのだ。
「そういう訳で、予定通りに、後半はシステムをチェンジする。細かい説明は聖哉に任せよう」
「おう。やっぱ老貴兄弟の分析は正しかったな。今までの敵の弱点をしっかりと点検すると、練習してきた通りの布陣で臨むのがベストだろう。ただ気を付けるのは、やはり相手のスピードだ。裏を取られないようにだけ注意して、サブ・システムに切り替える。良いか?」
「ああ、大丈夫だ」
 自信満々に、真二。みんなもニヤリと悪どい笑みを浮かべているので、心配はいらないだろうと、聖哉も安心である。
「よし、じゃあオプションに切り替えて、それぞれが仕事を果たせるように頑張ろう。風向きはこっちに来てる、押し込むぞ!」
『オオッ!』
 この号令と同時に気合を入れて、後は各々がマッサージやストレッチで肉体の疲労を回復しようとした時だ。
「えーっと、終わりましたー?」
 と、マヌケな声が飛んで来て、思わず全員がそちらに振り向いてしまう。
 そこには何やら、デッカいクーラーボックスを抱えた美玖たち四人の姿があった。
「あ、どうやらお取り込みは終わったみたい。丁度良い感じじゃない?」
「は、はぅはぅ。失礼だよ杏里ちゃん〜」
 少女たちはそんな会話をしながら近づいてくると、ニコッ、と素敵な笑みを浮かべてから、地面に下ろしたクーラーボックスをおもむろに開けたのである。
 するとそこには!
『オオウッ!?』
 という男性陣の驚愕の声。
「どうぞ、差し入れです。好きなのを持って行ってください」
 なんと、とても冷やされた飲み物がギッシリだったのである!
「うわは〜、助かるよ」
「水がやたらヌルくて困ってたんだよ〜」
「正直、飲んだ気しなかったもんな」
「いやはやはやいや、気が利くね〜」
 などと良いながら500mlペットボトルのスポーツ飲料を受け取る彼らの頬は緩みっぱなしなのである。しかも差し入れはそれだけではなかったのである。
「はい、これもどうぞ」
 と差し出されたのは、同じクーラーボックスにて冷やされた素敵なタオルであったのだ!
 これは有難い。強い日差しにオーバーヒート寸前だった皮膚も冷やされ、熱を持った筋肉も収縮してくれるという物である。
「……ありがとね、美玖ちゃん」
 と、二つのブツを受け取りながら聖哉がお礼を言うと、
「いえ、良いんです。頑張ってくださいね」
 ハニカミながらこんな会話をするバカップルの照れくさい雰囲気がイヤ。周囲の人間も顰蹙の表情である。
 そんな、自分たちの世界に浸っているアレな二人とは別に、こちらもアレな雰囲気を醸しだす男女がいるには居るのである。
「樹理ちゃん、ありがと。オレのために」
「ふ、ふん! 別にアンタのためじゃなくて、その、……ミクちに誘われたから来ただけなのよ。早く持ってきなさいよ」
「うん、そうだよね」
 ニコッと微笑んでタオルを手にした峻。しかし樹理の手がそれを離さなかったので、どうしたんだろうと疑問に思いつつ、振り返りかけた身体をもう一度、少女の正面に戻す。
 すると彼女は、やや俯きながら、上気した頬を隠していたのだ。
「ゼッタイ……勝ちなさいよ。お、応援、してるんだから、ね」
 ボソボソ、と呟くように。しかし確かに、樹理はそう言ってくれたのだ。それが嬉しくて、峻は笑みを深くして、ありがと樹理ちゃん、と繰り返した。
 ………………。
「なんか、甘ったるいな、この空気」
「ああ。……俺ら、何やってんだろうな」
 とボヤいてしまうのは輝と海杜である。彼らはこの恥ずかしい光景に毒気を抜かれてしまっているのである。
 しかし輝は、海杜に対するツッコミも忘れてはいなかった。
「お前、今日は彼女、どうしたよ?」
「んぅ? ああ、梨花子はちょっと、用事でな」
「来てくれる様には言わなかったのかよ」
 からかい半分で言ってみると、海杜は至極普通に、
「言ったけどさ、親戚の法事だってさ。それじゃしょうがないだろ」
 あっけらかん、と言ってのける海杜には気負いも何も感じられない。それで輝は、この二人は一年近くも付き合っていて、未だに変わってないんだなぁ、と呆れてしまった。
 信頼感が、あの頃と同じなのである。
 その事を口にしようとした輝だが、その前に聖哉が横槍を入れてきてしまい、開けた口は閉じることになってしまったのだが、これこそが仕方のない事であろう。
「おーい、海杜」
 という声に振り向くと、聖哉が海杜に向けてビブスを差し出していたのだ。それを見て海杜は、ああ、と納得するように自分もビブスを脱いで、聖哉のそれと交換する。
 次いでキーパーグローブも渡されたところで、
「うわっ、お前これ、中ベチョベチョじゃねぇか」
 と海杜が不満を漏らす。
「あ〜? しょうがねぇだろ、暑い中をずっと付けてたんだから」
「そうだけどよぉ。お前、次につける奴のために、汗腺の開きを控えめにするとか、そういう気遣いできないんか?」
「おぅ、残念だけど俺は人間だからな。そんな真似は不可能だ」
 なんて受け答えの間に、ハーフタイムの15分が過ぎてしまったのであった。
 んじゃ、行きますか。と全員が腰を上げて、タオルとペットボトルを置き、口々に少女たちへとお礼を述べる。そして最後尾の真二も、目の前の類に感謝を告げている横で、聖哉は美玖の前に立った。
「聖哉さん、オ・ブラ・ディ、オ・ブラ・ダ、ですよ!」
 お礼を言おうとしたところを、先に美玖が口を開いてしまった。その事に少しだけ目を見張った聖哉だが、すぐにその口角に笑みを刻むと、
「了解。オ・ブラ・ディ、オ・ブラ・ダ、だね」
 そう言って、親指を立てて見せた。そんな聖哉を、美玖もニッコリ笑顔でグラウンドに送り出してくれる。それはとても嬉しいことだ。
 そして、美玖の後ろではまた、樹理が小さく峻に手を振っているのも分かったので、その光景はより微笑ましいものだったのである。



 後半のFCホシノさんのポジション、名前、背番号の変更は、
GK 赤川 海杜  1
MF 上井 聖哉  18

 システムにおいては、

  11 9 14
   13 8
    18
 10 3 5 7
    1

 という、4‐3‐3へと変化したのである。




「なっ……?」
 思わず漏れた声、だが二の句の告げない絶句ぶりは、長山 良樹の混乱を如実に表していると言えるだろう。ハーフタイム終了と同時に審判に促され、ピッチに入って、前を見て。敵陣に広がる光景を目にし、こうなった。それは、まさかの展開だったのである。
(な、なんで、こんな形に?)
 端的に表すと、こんな気持ちであろう。最前線に小兵の9番が、その横には、やや左に張り出しているとは言え老貴弟がいるのは同じ。真ん中に老貴兄ともう一人がコンビを組んでいるのも一緒だが……。
 ――センターバックが、前に?
 右に張り出したウイング。同学年の里辺 利一が居たはずのポジションに、前半には最終ラインに居た14番が構えている。しかも先程までウィンガーをやっ ていた二人は遠い位置に居り、左サイドバックだった3番が14番だった位置に入っているのだ。更に、後半で最も脅威だと感じていたはずの赤川 海杜が、 キーパーグローブを着けてゴールマウスに陣取っているのである。代わりにキーパーだった男が、CBの前、ピボーテの後ろで、まるでアンカーマンのように構 えているのだ。前半からはあまりにも違うフォーメーションに愕然としてしまうのも当然である。
 何の真似だ、と疑うのが筋であり、同時に周囲のチームメートも、怪訝な表情で相手を見返していた。
 これは一体、どういうことだ?
 そんな、一種、呆然としたような心境の中で。しかしピッチに並んでしまった状態では、時間が止まってくれることはないのである。
 止まった視界の中で動く相手選手。敵のキックオフだということを思い出した良樹は、その直後に審判が笛を咥えているのを見て、ヤバイ、と思った。
 今のサッカー部チームは、全員が思考ごと停止しているのだ。
 その危機感が焦燥に変わる前に、試合再開のホイッスルは甲高く、河川敷に響き渡ってしまったのである。
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