序章 「依頼」


 銃声と同時に、白銀の光が閃いた。
 人の身長ほども達するかと思うような、巨大な長刀が光の尾を引く。幾何学紋様の刻まれた美しい刀身が光の粒を振り撒いて、弧を描いた。
 それを握るのは、一人の青年だ。
 首の後ろで束ねた長い黒髪が揺れる。同時に、着込んだロングコートの裾もはためいていた。
 刃のような切れ長の双眸は、無表情に前髪の隙間から敵を見据えている。
 青年と対峙しているのは、一人の男だ。
 手には拳銃を持ち、銃口を青年へと向けている。
 引き金が引かれると同時に、青年が長刀を振るった。音速を超えて放たれる弾丸が、傾けられた刀の腹で弾かれ、青年を逸れていく。見た目はそこらにいる青年と変わらないというのに、普通の人間とは思えない反射神経を持っている。
 立て続けに銃弾を放つ男に、青年が地を蹴った。
 左右を高い建物に囲まれた暗い路地裏を、青年が駆ける。
 右前方へと跳び、青年は銃弾をかわす。そのままの速度で壁を蹴って軌道を修正し、男のへと突撃した。青年が振り上げた長刀の紋様が、白銀の光を放つ。
 着地と同時に振り下ろした刃が、男を両断する。振り抜かれた長刀が地面に触れた瞬間、男の身体がズレた。左肩から右脇腹を結ぶ一直線を切れ目に、男が二つに分かれる。
 青年は後ろへと退き、死体から噴き出した鮮血を避けていた。
「楽な依頼だったな、ヴィア」
「そうだな」
 針のように細い月が照らす中、手元から聞こえて来た声に青年、ヴィアは答えた。周囲には人影はない。
 斬り捨てた男は賞金首だ。同時に、ヴィアが受けた『依頼』の標的でもある。たとえ殺害してしまっても、罰せられる事はない。むしろ、報奨金が手に入る。
 長刀が円を描くように、逆手に持ち替えられる。それを、ヴィアは背中から右手側に差し出されている鞘へと収めた。鞘はロングコートのウェストベルトに装着された連結部で固定されている。連結部は回転させたりベルト上を移動させたりできる造りになっており、青年が長刀を取り回し易いようにされていた。
「さっさと帰って報酬貰おうぜ」
 背中から掛けられた声に、ヴィアは無言で歩き出す。
「少し、待って頂けませんか?」
 不意に、ヴィアの背後から声が掛けられる。
 言葉を聞くや否や、ヴィアは振り向き様に長刀を抜き放った。逆手に握り締めた長刀を水平に、目線よりもやや低い高さに構える。
「ああ、敵ではありません。私はあなたに仕事を依頼したいのです」
 そこには、一人の男が立っていた。
 年恰好から推測するに、二十代後半か、三十代前半のいずれにしてもヴィアよりも年上に見える男性だ。引き締まった長身の身体に、髪は短く切られていうる。柔らかな表情を浮かべた男性の眼は、真っ直ぐにヴィアを見ていた。一見すると綺麗な笑顔に見えるが、そこに温かさは感じられない。造られた故の歪みとでも呼ぶのだろうか、気味の悪い表情だった。
「……何者だ?」
 ヴィアは油断無く、問う。
 気配を読むという事に、ヴィアは多少なりとも自信があった。だが、ヴィアは声を掛けられるまで男の気配を感じる事ができなかったのだ。
 気配を絶つという技術はそう容易く習得できるものではない。仮に、会得していたとしても、人間として存在する限り完全に気配を消す事は不可能だ。どうやっても、多少の存在感が周囲に漏れ出してしまうのである。それを、男は全く感じさせなかった。
 加えて、ヴィアは男からは何か異質なものを感じていた
「レジウム・デュレイ、とでも名乗っておきましょう」
 丁寧な口調で、男が名乗る。
 だが、彼の言葉には明らかにおかしな点がある。名乗っておく、その言葉が冗談ではないのなら、レジウムという名は仮のものだ。
「政府の手の者か?」
 ヴィアが鋭く眼を細める。
 普通の人間とは違うヴィアを、政府は一目置いている。故に、ヴィアは命を狙われる事も少なくない。誰の手にもかからず、ヴィアが生きているのは、彼自身の実力あってのものだ。
 そんなヴィアですら寸前まで気配を感じ取れなかったレジウムは、怪し過ぎる。
「先程も言いましたが、私は依頼者です。そう構えないで下さい」
 ヴィアの問いには答えず、レジウムは柔らかな口調で言う。
「何故、俺に頼む?」
 ゆっくりと構えを解き、ヴィアは問い質した。
 完全に信用したわけではなかったが、戦う事が危険であると感じていた。だが、それほどの力を持っているのならば、わざわざヴィアに依頼する必要はない。彼自身の力で依頼を完遂する事ができるはずだろうからだ。
「事情がありましてね。ですから、腕利きのあなたに、と」
 そう言って、レジウムは一枚の紙を差し出した。何かが印刷された薄い紙だ
 紙を受け取ったヴィアは、レジウムに警戒の目を向けつつも、ゆっくりと視線を落とした。紙切れには、一人の少年の顔が写されていた。
 少年の顔を見た瞬間、ヴィアは息を呑んだ。それが、ただの少年ではない事が判ったから。
「その人物、セト・ラトランスを抹殺して頂きたい」
 レジウムの言葉に、ヴィアは顔を上げた。しかし、既にレジウムの姿は無く、気配すらも感じ取れなかった。
 気配の移動を感じさせる事もなく消え去ったレジウムに、ヴィアは言葉を失っていた。
「そいつ――」
 今まで黙り込んでいた、背中の刀が声を出した。
 ヴィアが紙切れに視線を落とす。
「お前そっくりじゃねぇか……!」
 長刀の言葉に、ヴィアは口を引き結ぶ。
 ――ボサボサの黒髪に、整った顔立ちと切れ長の双眸。
 髪型は違えど、写真の少年の顔付きはヴィアとうりふたつであった。
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