第四章 「交錯する二人」


 月の明かりに照らし出されたヴィアの姿に、セトは寒気すら覚えた。ヴィアの纏う空気が変わっている。今までの落ち着いた空気から、風のように鋭い空気に。殺気など感じないというのに、セトは動く事ができない。
「もし、俺がお前を殺す依頼を受けていたら、どうするつもりだ?」
 無表情で、ただ静かにヴィアは問う。
 ヴィアがセトの敵であるという事態は、考えていなかったわけではない。最初はセトもヴィアを疑っていたのだ。
 ファストと接触した事で、セトの警戒心は強まっている。ファストの言葉を全て信じているわけではない。セトを惑わすために接触したという事も十分に考えられるのだから。
「……その時は、俺はお前を殺して生き延びるだけだ」
 セトは告げる。それだけは変える事のできない意志だ。例え相手が誰であろうとも。
「どうするつもりだ、ヴィア?」
 十六夜の問いに、ヴィアは行動で答えた。
 背負った十六夜を左手で回転させ、柄を右手の傍へと移動させる。そのまま右手で柄を受け止め、一瞬でヴィアは抜刀可能な体勢へと移っていた。
「俺はお前を殺す依頼を持ち掛けられている」
 それを聞いた瞬間、セトの身体は動いていた。
 右手の銃が跳ね上がり、銃口がヴィアを捉える。
「お、おい、ヴィア……?」
 十六夜が何か言いかけるが、それを制するようにヴィアは十六夜を抜き放った。
 銃声が響き渡る。
 セトは息を呑んだ。
 ヴィアは魔力を纏わせた十六夜の腹で銃弾を弾いていた。刀身に刻まれた紋様に白銀の光が走っている。
 眼前にかざされた刃の脇から覗くヴィアの鋭い視線がセトを射抜く。
 瞬間的に、セトはヴィアの戦闘能力が極めて高い事を理解していた。銃口を向けられた時点で放たれる弾丸の軌跡を見抜き、それに即応できる反射神経は並の人間が持ち得るものではない。
 目の前に立つ便利屋ヴィアは、セトがこれまでに出会った誰よりも強く見えた。唯一、セトが勝てなかったファストに匹敵するかもしれない。
「くっ!」
 歯噛みし、セトは銃を連射する。
 ヴィアは地面を軽く蹴って横へ飛び退いてかわした。着地したかと思った瞬間、ヴィアが大きく跳躍した。人間の可能な高さを遥かに超えた跳躍力に、セトはヴィアを見上げる。
「鎖刃(さじん)!」
 空中でヴィアが放った言葉に、十六夜が二つに分離する。同時に、分離した刀の柄に淡い光を帯びた鎖が生じた。
 セトが上空へ右手の銃を上げた直後、ヴィアが右手の長刀をセトへと投げ付けた。
「っ!」
 凄まじい速度で飛来する刀に、セトは空間跳躍を行って回避する。ただ回避するだけでなく、セトは空中にいるヴィアの真横に転移していた。そのまま銃口をヴィアへ突き付けて引き金を絞るセトに、ヴィアは鋭く目を細めただけだった。
 しかし、セトが引き金を引くよりも早く、ヴィアの姿が目の前から消え失せる。
 空中を落下していくセトが視線を下方へと向ければ、ヴィアは屋上の床に突き刺さった長刀と繋がっている鎖を片手で握り、引き寄せるようにして落下速度を増加させていた。
 上空からセトは銃を三連射した。ヴィアは片手に持ったままの長刀の腹で銃弾の方向を逸らし、着地する。
 落下を始めると同時に空間跳躍を行い、セトはヴィアの背後に回り込む。右手だけでなく、左手の銃もヴィアへと向けた。
 瞬間、ヴィアが振り返る。右手の刀を横薙ぎに振るわれ、セトは後方へと飛び退くようにして回避した。それと共に、両手の銃をヴィアへと向ける。
 だがその直後、ヴィアの手から刀が離れ、セトへと投擲されていた。
 空間を跳躍する事でヴィアの真横に移動したセトだったが、その時にはヴィアの空いた手が鎖を掴み、引いている。途中で鎖を引っ張られ、違う方向へのベクトルを加えられた上弦の月が、セトへ迫る。
 寸前で空間跳躍を行い、セトはヴィアの背後に回る。
 そこへ振るわれたヴィアの下弦の月を、セトは後方に身を退いてかわした。どうにかかわせた一撃だったが、ヴィアの刃はセトの服を裂いていた。
 着地したセトの頬を、一筋の汗が伝っていく。
 今まで、誰一人としてセトの服に近接武器で触れた者はいなかった。だが、ヴィアは触れた。
 それがセト自身の隙だったとしても、ヴィアはセトを捉えているのだ。
 ほとんど無表情のまま、ただ鋭く細められた目だけがセトへ向けられている。月を背負い、刃を両手に、ヴィアはセトと向き合っている。
「狼(ろう)月(げつ)……」
 ヴィアの言葉と共に、二つの柄を繋ぐ鎖が消える。手首を返すように、ヴィアは両手の刀を逆手に持ち替えた。
「それが全力ではないだろう?」
 ヴィアの一言に、セトは駆け出していた。
 長刀の間合いに入る寸前で空間を飛び越え、ヴィアの背後に移動する。右手の銃を向け、引き金を絞った瞬間、ヴィアの姿が視界から消えた。身に危険を感じたセトはすぐさまその場から転移し、屋上の隅に着地する。距離を取ったセトの視界に、ヴィアが刃を空振りしているのが見えた。
 一瞬前まではセトがいた場所を、横薙ぎに刀を振り抜いている。
 セトは左手の魔工銃を向けた。
「十六夜!」
 声に応じるかのように、二つの刀身に白銀の光が走る。
 魔工銃から雷撃が放たれ、白銀の光が閃く。
 セトが放った雷撃を、ヴィアは二つの刃で弾いた。身体の正面で交差させるように、内から外へと振るわれた長刀は、魔工銃の雷撃をその身に受ける。雷撃を帯びた刃は外へ振り抜かれた瞬間、切っ先の方向へと放出されて散った。
 魔力を刀身に纏わせる事で、魔工銃から放たれた雷撃を受け止める。そして、纏わせた魔力を振り払うと同時に、受け止めた雷撃をも排出したのである。
 ヴィアが十六夜の力を全て把握していなければできない芸当だ。同時に、十六夜がヴィアの意思をたった一言だけで汲み取る事ができなければ不可能なものでもある。互いに信頼しきっているのだ。
 セトは、ヴィアとだけ戦っているのではない。ヴィアと十六夜の二人と戦っているのだ。
 それに気付いた時、セトは自分でも知らないうちに息を呑んでいた。
 だが、セトも一人で戦って来たわけではない。左手に握り締めた魔工銃は、シェラが残したものだ。彼女の意志を背負い、手には彼女の使っていた武器がある。セトも、今まで二人で戦い抜いてきたのだ。
 ――こんなところで死ねない。
 心の底から、セトは思う。
 セトが床を蹴る。その一歩が人間の歩幅を超え、ヴィアとの距離を一瞬のうちに埋める。セトの繰り出した蹴りを、ヴィアは右手の刀の腹で打ち払った。弾かれた身体が空間を飛び越してヴィアの背後に移動したセトが右手の銃をヴィアへと向ける。
 ヴィアが床を蹴る。人間のものとは思えない瞬発力で、ヴィアがセトの視界から逃れる。直感的に横へ飛び退くセトの背後から、ヴィアが左手の刃を突き出していた。飛び退いた事で突きをかわし、セトは着地するよりも早く左手の魔工銃を背後のヴィアに向ける。ヴィアの右手の刃が横薙ぎに振るわれ、セトは空間を跳躍して回避した。
 やや離れた場所に着地したのもほんの一瞬の事で、間髪入れずにセトはヴィアの懐に飛び込む。回し蹴りを放つセトに、ヴィアが刃を振るった。
 セトはヴィアの腕が動いたのを見た瞬間に空間を飛び越え、背後に回り込んでいた。回し蹴りを放ったまま。
 ヴィアの脇腹にセトの蹴りが突き刺さる。だが、そこには違和感がある。ヴィアは自ら蹴りの方向へ飛び退く事で、命中したセトの攻撃の威力を最小限に留めていたのだ。
 よろめく事なく着地したヴィアが右手に持つ上弦の月を投げ放った。いつの間にか、長刀の柄には淡い光を放つ鎖が生じている。
 身を横に投げ出してかわすセトへ、ヴィアは左手の下弦の月をも投げ付けた。転移し、ヴィアの背後に回り込んだセトの眼前に、上弦の月があった。ヴィアは鎖だけを手に持ち、自分を中心に二つの刃を振り回している。
 転移を繰り返し、上空へと逃れたセトが魔工銃をヴィアへ向けた
「招夜(しょうや)!」
 鎖を下方へと引き、ヴィアが叫んだ。
 二つの長刀が空中のセトへ、左右から挟み込むように迫る。空間跳躍でヴィアの前方に移動し、二つの刀をセトが回避した。ヴィアは床を蹴り、刀がぶつかろうとしている上空へと跳び上がっていた。
 ヴィアの頭上でぶつかり合う二本の刀は、元の十六夜へと戻る。その次の瞬間には、頭上へと伸ばしたヴィアの右手が十六夜の柄を握り締めていた。一瞬遅れて、左手が柄に添えられる。
 見上げるセト目掛け、ヴィアは十六夜を振り下ろした。
 セトはその一撃を横へ身を投げ出してかわす。かわしながら、セトは両手の銃口をヴィアへと向けた。ヴィアは振り下ろしたばかりの長刀を強引に横へ切り払う。刀身を白銀の光が駆け巡り、雷撃と通常の銃弾を弾き飛ばした。
 意識を集中させ、セトは右手の銃の引き金を絞る。放たれる銃弾を空間跳躍でヴィアの身体寸前まで移動させようとした瞬間、ヴィアはセトに近付くように踏み込んでいた。
 後方に逃れるものと予測していたセトの計算が狂い、弾丸がヴィアの背後に移動する。
「月壊撃(げっかいげき)――」
 引いた右手に握り締めた十六夜の背へ左手を添え、ヴィアが踏み込んだ。凄まじい瞬発力がセトとの距離を一瞬でなくす。空間を飛び越え、ヴィアの背後へと逃れたセトの目に、振り返るヴィアが映った。
 移動方向はそのままに、ヴィアが身体だけを百八十度回転させる。同時に、遠心力を加えて十六夜を突き出す。その刀身には、白銀の光が走っていた。
 反射的にセトの身体が後方へと転移している。
 十六夜の切っ先から白銀の閃光が矢のように放たれた。一直線に突き抜けるその閃光は、距離を取ったセトにまで届く。屈んだ体勢のセトの顔の直ぐ左脇を、白銀の光が駆け抜けた。
 凄まじいまでの魔力と剣圧が、触れてもいないセトの左頬を浅く裂いた。衝撃波にも似た突風がセトの長い髪を靡かせる。
 ヴィアが床に足を着ける。床を削るかと思うほどの勢いでヴィアは床の上を滑り、左手を着いてようやく停止した。その前傾姿勢から間髪入れずに、ヴィアはセトへと駆け出す。
 次の一撃で終わる。
 何故か、セトはそう感じた。
 凄まじい勢いで接近するヴィアの横に回り込むようにセトも駆け出す。その瞬発力はヴィアにも劣っていない。足を止め、ヴィアがセトへと身体の正面を向けようとするのを見てとり、セトはその背後へと転移する。
 セトが回し蹴りを放つのと同時に、ヴィアも同じ行動を取っていた。セトの繰り出した蹴りと、ヴィアの繰り出す蹴りとがぶつかり合い静止する。
 鋭く細められたヴィアの視線を、セトは真っ直ぐに見返していた。
 互いに足を弾き合った直後に、セトは右腕で肘打ちを放つ。ヴィアが左手でそれを受け止め、払い、もう一度回し蹴りを放った。屈んでかわしたセトが繰り出す足払いを、ヴィアは飛び退いてかわす。
 セトが銃撃を行わないのと、ヴィアが十六夜を振るわないのには同じ理由がある。
 攻撃を行った直後の隙を相手が狙っているからだ。先に攻撃した方が、負けになる。それを解っているから、二人は格闘技を仕掛けて牽制し合っていた。互いに、相手の攻撃を引き出すために。
「俺は――」
 セトが駆け出す。ヴィアに真正面から飛び込み、跳び蹴りを放った。
 ヴィアは右手で身体を抱くように十六夜を構え、外側へと振り払う。
「――負けない!」
 刃が触れる寸前で空間を跳び越え、セトはヴィアの後ろへ、背中合わせになるように着地する。振り向きざまにヴィアが横薙ぎに切り払う十六夜を、セトは屈んでかわしながら振り返った。
 左手の銃を握り締め、下方からヴィアの顎に突き付けた。
 同時に、ヴィアは左手の刃をセトの首筋に当てていた。
 いつの間にか、十六夜は二つに分離していたのだ。セトが背後に跳んだ時、ヴィアは右手の上弦の月を振るっただけだったのである。左手に下弦の月を残し、セトのカウンターに備えていたのだ。
 相討ちだ。
 止まった瞬間、セトの全身から汗が噴き出した。ヴィアのこめかみから頬、顎へと汗が伝っていくのが見える。
 二人は互いに視線をぶつけ合ったまま、その姿勢で停止していた。
 セトが引き金を引けば、ヴィアはセトの首を刎ねる。その逆も然り。
 空間跳躍の可能なセトに対して反応できるヴィアならば、セトが逃れようと転移する前に刃を振るうはずだ。互いに身動きが取れない。
「――お前等、何やってるんだ!」
 不意に聞こえた声にも、二人は動じない。そのままの姿勢で固まったままだ。
「セトを殺す事にしたってのか?」
「いや、そのつもりはない」
 ヴィアがセトの首筋から刀を遠ざける。顎に突きつけられたままの銃に構いもせずに身を退き、ヴィアは両手の刀を十六夜に戻して鞘に収める。
「なら、何してたんだ?」
 そこで初めてセトは新たな声の主に視線を向けた。
 ヴィアよりも長身で、体格の良い男が屋上の出入り口のところに立っている。ヴィアとの戦いに没頭していて、セトは声がするまで彼の気配に気付かなかった。
「セト、部屋に戻るぞ」
 そう言葉を投げて出入り口に向かって歩き出すヴィアに、セトは何も言う事ができなかった。


 丁度良い時に来てくれたものだと、ヴィアは内心でレンディに感謝した。
 部屋に戻ったヴィアはセトにレンディを紹介した。最初は警戒していたセトだったが、ヴィアがレンディを旧友だと告げた事でいくらか安心したようだ。ただ、敵意のない事を確認しただけで、レンディへの警戒自体は解いていないようだが。
 先の戦闘で傷のついたセトの頬には絆創膏が貼られている。
「丁度、こっちに来る用があってな」
 レンディはそう言って苦笑気味に笑った。何故そんな表情をしたのか、ヴィアには判らなかったが、用事とやらが関係しているのだろうという事は推測できる。
 連絡先として、宿泊するホテルの事をヴィアは彼に事前に伝えていた。
「依頼か?」
「まぁ、そんなところだ。内容は聞くなよ」
 ヴィアの問いにレンディは頷いた。
 依頼の中には、時として他言無用のものがある。丁度、レンディはそういったプライベートな依頼を抱えているのだ。依頼に興味が無いわけではないが、機密のものを詮索するのは同業者としてマナー違反である。
「で、結局何やってたんだよ?」
 部屋にあるテーブルの上へ荷物を置き、レンディが問う。レンディはそのまま手近な椅子に静かに腰を下ろした。
「……セトの力を見ておきたかっただけだ」
 ヴィアはレンディからセトへ視線を移し、告げた。
 空間を跳び越える力を、ヴィアは自分の目で確かめておきたかった。その力に自分の力で対抗できるかどうか、知っておきたかったとも言える。レジウムは恐らく、空間跳躍と同じか、それに似た力を持っているはずだ。
 即ち、レジウムに勝つためには、空間跳躍についていけるだけの反射神経と身体能力が必要になる。それを、セトで試したのである。
 先の戦いから得られた答えは、五分、といったところだ。レジウムとセトの戦闘能力が同程度だと仮定すれば、ヴィアとレジウムが戦ったとしても、先の戦闘と同じ結果になるだろう。
 もっとも、セト自身の戦闘能力に興味が無いわけではなかった。彼の生い立ちから得られた身体能力の高さと、事故によって得られたヴィアの身体能力と、どちらが上に位置しているのか。戦う事を主な稼業にしているヴィアには見ておきたかったものでもある。
 ヴィアは十六夜を背中から外し、ベッド脇に立てかけた。ロングコートを脱ぎ、ベッドの上に放る。
「シャワーを浴びてくる」
 一言告げてから、ヴィアはバスルームへと向かった。
 セトが何者かと戦っていた事はヴィアにも察しがついたが、仕留め損なったとは考えにくい。仮にそうだとしても、セトを上回るような腕の持ち主ならば逃げたりはしない。空間跳躍の攻撃から逃れるのは至難の業だ。
 居場所が割れたとしても、直ぐに追撃を仕掛けてはこないだろう。ここにはセトだけでなく、ヴィアもいる。
 脱衣室で黒い袖無しのシャツを脱ぎ、髪を解いてヴィアはバスルームへ入る。頭からシャワーを浴び、汗を流し、髪を洗う。シャワーを頭から浴びたまま、ヴィアは目の前にある鏡に目を向けた。曇った鏡をシャワーで拭く。
 同年代の青年よりも引き締まった身体には、傷一つない。魔力を浴びた事で変化したのは身体能力と強靭さだけではなかった。自然治癒能力も上昇し、致命傷に近い傷ですら治ってしまった事がある。
 無表情な顔が鏡に映る。長い髪が顔の半分を隠して見えた。
 水の弾ける音が響く中で、ヴィアは微かに表情を崩す。一見、何も感じていないかのような表情の中に哀しみが浮かんでいた。疲労感など残ってはいないというのに、ヴィアの表情は暗い。微かに細めた視線と、その中にある確かな意志を秘めた瞳が、自身を見つめていた。
 鏡に背を向け、シャワーを浴びる。解かれた髪が背中の上に振りかかる温水に揺れる。首を動かし、ヴィアは背後の鏡に視線を向けた。鏡に映ったヴィアの背には、紫色の三角形の痣がある。内側へ先端を向けた三角形が四つ、ヴィアの地肌を十字に残すかのように存在していた。
 ヴィアの背に痣がある事を知る者はいない。レンディは勿論、普段からヴィアの背に乗っている十六夜ですらその事実を知らない。
 魔力を浴び、ヴィアの身体が変化してからその痣が現れた。
 事故に遭った時、ヴィアは背中から魔力を浴びた。十字に白い肌が残っているのは、リュンヌがヴィアの背後にいたためだ。多少離れていた事で、リュンヌによって遮られた部分に地肌が残り、魔力を直に受けた部分に痣ができている。彼女がヴィアの盾になったという事実が、ヴィアの背中には刻まれているのだ。
 視線を鏡に映った自分の背中へと向ける。氷のように冷めた視線でヴィアは自らの背を眺めた。そこに存在するあらゆる感情を、抑え込むかのように。
 無言で身体を洗い、ヴィアはバスルームから出た。備え付けのバスタオルで身体を拭き、服を着る。
 ズボンとシャツを着たヴィアは、背中から肩にバスタオルをかけ、まだ乾いていない髪で服が濡れぬようにしながら脱衣室を出た。
「セト、お前も汗を流して来い」
「もう入ったからいい」
「いいから入れ。替えの服を買ってきた。それを着る前にもう一度身体を洗っておけ」
「……解った」
 少しだけ考えた後、セトはヴィアの指示に従った。仕方なく、という様子が見て取れる。
 セトが脱衣室に入った事を確認し、ヴィアは部屋の入り口近くに置いておいた紙袋を拾い上げた。それを持って脱衣室のドアを開けた。
「上がったらこれを着ろ」
 一方的にそう言って、ヴィアは紙袋をセトに突き出した。
 シャツを脱いだ上半身裸のセトがそれを無言で受け取る。それを確認し、ヴィアはドアを閉めた。閉める直前に見えたセトの背中に、ヴィアのような痣はなかった。
「お前等、似てるな」
「そう見えるか?」
 苦笑を浮かべながら言うレンディに、ヴィアはさして興味もない様子で言葉を返した。
「まぁな。知り合い以外に接するお前に似てるよ」
 テーブルに頬杖をついたレンディが苦笑を浮かべたまま言う。
「昔の事だろ」
 ヴィアは小さく溜め息をついた。
 三年前以降の、便利屋になってからのヴィアの事ではない。普通の生活をしていた頃のヴィアは人付き合いがあまり得意ではなかった。今でも得意というわけではないが。
「どうだ? 弟っぽいか?」
 苦笑から一転して真顔になったレンディが問う。
「さぁな」
 レンディの問いにヴィアは曖昧な返答をした。
 まだ、そう判断できる段階ではない。
「それより、レンディはこれからどうすんだ?」
 十六夜が言葉を投げた。
「俺か?」
「寝る場所もそうだけど、ヴィアと行動するってわけじゃないんだろ?」
「あぁ、まぁな。寝る前にちょっと様子が見たくて来ただけだしな」
 十六夜にレンディが頷く。
「依頼内容は言えねぇが、暫くはこの都市内を動き回る事になりそうだ」
「ふーん、時間かかりそうなのか?」
「そうだな。いつまでかかるかは判断できねぇな」
 レンディと十六夜の会話を聞き流しながら、ヴィアはバスタオルで髪の水気を拭き取っていた。
「じゃ、そろそろ行く事にする」
「気を付けろよ」
「お互いにな」
 ヴィアの一言にレンディは笑みを浮かべて部屋を出て行った。その表情に陰がかかって見えたのは、ヴィアの見間違いではないだろう。
 その後でセトがバスルームから出てくる。
「帰ったのか、あいつ」
「ああ」
 セトは髪をバスタオルで拭きながら、ベッドに腰を下ろした。
 服装はヴィアが着ているものと同じ、黒い袖無しのシャツにどこにでも売っていそうな簡素なズボンだ。そのズボンの左腿と腰の後ろにホルスターを着け、既に銃を装備している。
「髪、束ねてみたらどうだ? 結構印象変わるぞ」
 十六夜の言葉にセトは無言のまま髪を拭いている。
「服、不満か?」
「別に」
 ヴィアの問いにも素っ気無く答えるセトに、十六夜が苦笑したように感じた。
「セト、お前に銃は向いてない」
 話を切り出したヴィアに、セトが睨むような視線を向ける。
「確かに、お前の力なら銃の命中率は格段に上げられる。だが、攻撃が単調になりすぎる」
 半ば一方的に、ヴィアは語った。
 空間を跳躍するというセトの持つ特異な力は、戦闘においてかなり優位に立つ事ができるものだ。その力は回避能力としてだけでなく、攻撃への応用もできる。ただ、今のセトは銃という武器を使う事で応用の幅が狭くなりすぎているのだ。
 基本的に、銃の攻撃方法は撃つだけしかない。いくら命中精度を上げる事ができても、引き金を引くという動作の後に攻撃が行われるという事は変わらないのだ。格闘戦で補うというのなら、そもそも銃は必要ない。
「お前の力なら、近接武器の方が合うはずだ」
「これは、シェラの形見だ」
 セトは左手に握り締めた銃を持ち上げて呟いた。
「なら、持っていればいい」
 それだけを使って戦う事に拘るなと、ヴィアは言った。
「お前以上に強い相手に勝つには、攻撃の幅を増やせばいい」
 ヴィアは告げる。
 攻撃の手段を増やせば、相手が予想していない攻撃を行う可能性が高まる。単一の攻撃方法を持つよりも、いくつか全く別の方向性のものがある方がいい。十六夜に型があり、それぞれに技があるのもそれが理由だ。
 多彩な攻撃方法を持つ事で、様々な状況に対応できるようにしているのだ。
「……なんで、そんな事」
 俯いて、セトがぽつりと呟いた。
「結局、ヴィアは俺に雇われただけで、敵になるかもしれない」
「信用できないか?」
 ヴィアの言葉に、セトは黙り込んだ。
 セトからしてみれば、ヴィアは雇った便利屋というだけの存在だ。いつ敵に寝返るか分からないとセトに言われれば、どんな返答をしたところで実際に便利屋という職のヴィアを信用する事などできないだろう。賞金首からすれば、便利屋などその程度のものなのだから。
「俺は、お前を殺すという依頼より、お前自身から受けた依頼を承諾したはずだ」
 ヴィアが受けている依頼内容は、セトの味方となる事だ。レジウムから受けた依頼よりも、ヴィアはセトからの依頼を引き受けているのだ。
「それは、そうだけど……」
「それに、俺が過去の話をしたのはお前が初めてだからな」
 俯いていたセトがヴィアの言葉に顔を上げた。
 ヴィアの過去を知る者は、セトを除けばレンディだけだ。便利屋になってから今まで、ヴィアは誰一人として自分の過去を語った事がない。事情を知っているレンディも、その時の事は誰にも話していない。ヴィアとレンディの間でさえ、あれから当時の事について語り合う事はなかった。
「もっとも、お前が他人に見えないってのもあるが」
 ヴィアの言葉に、セトが驚いたように目を丸くした。
「ん? ヴィアが変な事でも言ったか?」
 それを見てか、十六夜が口を挟んだ。
「い、いや……」
 十六夜の問いにセトは首を横に振る。
「ま、俺達の過去を知ったからには知人以上は確定だな」
 笑みを含んだ十六夜を背に、ヴィアは部屋の壁に備え付けられている機器を操作していた。
「かなり遅くなったが、夕食にしよう。何か注文はあるか?」
「何でもいい」
「なら適当に頼んでおくぞ」
 セトの返答を予測していたかのように即決し、ヴィアが機器の操作を終える。
 数分経った頃、ナイトテーブル脇にある壁の小型エレベーターから料理が運ばれて来た。皿に乗せられていたのは、二人分のサンドイッチとスープにサラダだ。
「えらく簡素なもん頼んだな」
「豪勢なのは少し苦手だからな」
 十六夜の言葉にヴィアが僅かに苦笑する。
 部屋のテーブルに皿を運んだヴィアはそのまま席についた。セトもそれに従い、ヴィアと向かい合うように椅子に座った。
 黙ったままサンドイッチを口に運ぶヴィアを見て、セトは手をつける。
 口に運ぼうとして、手を止めた。一部を千切って口に入れる。半ば癖になっている毒見だ。
 もっとも、いくらホテルとはいえ、ファストには居場所が割れている。空間跳躍ができるファストには隔離された空間など関係ない。途中で毒を盛る事も十分に可能だ。
「毒が入っているとでも思ったか?」
 サンドイッチを齧りながらヴィアが言う。
「ファストが入れているかもしれない」
「そんな事をするぐらいならお前の首を直接切り落としていると思うが」
 セトの言葉を、ヴィアは苦笑しつつ否定した。
 空間跳躍が可能ならば、ファストはセトの首筋に刃物を転移させて切り裂いているというヴィアの推測はもっともだった。いくら強力な毒物でも即死というわけにはいかない。魔工学の発達した現在では、即効性の毒物をも浄化する特殊な技術が存在する。
 確実性を選ぶなら、直接、物理的に息の根を止める方が合理的だ。
 弁解の言葉がなくなり、セトは押し黙った。躊躇いがちに、セトはサンドイッチを齧る。
「……美味い」
 小さく呟いたセトに、十六夜が笑い声を上げる。対して、ヴィアは微笑を浮かべただけだった。
「なぁ、セト」
「ん?」
 サンドイッチを齧るセトに、頬杖をついていたヴィアが口を開いた。
「俺達、似てると思わないか?」
 目を細め、微笑んだような表情のヴィアに、セトは動きを止めた。その時のヴィアは、今までの無表情からは想像もつかない穏和な表情をしていた。


 その日の夕食は、セトにとっては今まで食べた事のないご馳走だった。サンドイッチやスープ、サラダといった類のものを食べた事はあるが、どれも寂れた店で食べたものか、売り物を盗んで食べたものだ。
 ホテルのような場所で安心して食べた事もなければ、ちゃんとした料理人の作ったものなど見た事もない。
 サンドイッチが美味い。柔らかなパンと微かに甘さの残る上品なバターに、具材が見事に合っている。
「美味い」
 セトの口から自然にその言葉が出ていた。
 十六夜が笑い声を上げる一方で、ヴィアはただ微笑んだだけだ。
 一度も口にした事のない料理を味わうように咀嚼し、セトはスープに手をつける。スプーンで掬い、口に運ぶ。暖かく、ほのかに甘い。薄味のさっぱりとした風味のスープだ。次に手を伸ばしたサラダは、程よい酸味のドレッシングがかけられたものだった。新鮮な野菜の本来の味をドレッシングが引き立てている。
「なぁ、セト」
「ん?」
 二つ目のサンドイッチを齧った時、不意にヴィアが話しかけてきた。
「俺達、似てると思わないか?」
 ヴィアの言葉に、セトは手を止めた。
 ゆっくりと口の中のサンドイッチを咀嚼してから、セトはヴィアに視線を向ける。穏やかな表情でセトを見返すヴィアに、セトは返答に詰まった。
 確かに、似ている。外見だけではなく、中身も。
 人間としては突出した極めて高い身体能力に、無愛想な性格。聞けば、ヴィア自身も過去に様々な事があって今に至る。セトと全く同じというわけではないが、想いを背負っているという点では同じだ。
 ただ、人間としての生を失った者を背負い続けているヴィアには、死んだ者の想いを背負ったままのセトにない強さがある。
「似てるとは思う。でも、違う」
 小さな声で、セトは言った。
 何故、ヴィアはセトの味方をしたのだろうか。セトの事を考えるのだろうか。セト自身は、自分の身を守る事を考えるだけで精一杯だというのに。
 たとえ二人が似ていても、別の人間である事に変わりはない。ヴィアだって今までに何度も感じているはずだ。
 ――……お前が他人に見えないってのもあるが。
 セトは、気付く。
 ヴィアの言葉は、シェラがセトにかけた言葉と似ていた。
 ――……という点から見れば、あなたは私の弟だから。
 同じ立場にいるセトを見て、シェラがかけた言葉は、セトを他人に思えないというものだった。似たような経緯や容姿から、ヴィアもセトに自身を重ねているのかもしれない。
「そうだな、俺達は違う」
 ヴィアが言う。
 似ている事は、同じという意味ではない。近いけれど、別々のもの、それが『似ている』という事だ。ヴィアとセトは似ていても、二人ともれっきとした人間だ。決して同一人物ではない。
「ただ、俺とお前はもう無関係じゃない」
 ヴィアはそう言葉を続けた。
 過去を語り合ったために、二人は互いの事を知った。まだ出合ってから一日にも満たない二人だが、既に互いの深い部分を知っている。ただの知り合いというレベルを超えている事は間違いない。
「俺に協力する事にしたのは、何でだ?」
 セトは問う。
 納得できない訳ではないはずなのに、問わずにはいられなかった。ヴィアが何を思い、考えてセトに協力する事にしたのか、その明確な答えが欲しかったのかもしれない。
 二百億という額を捨ててまで、ヴィアがセトの味方につく理由を。
「お前を生かしてやりたい」
 表情を崩さず、静かに告げるヴィアに、セトは驚愕に目を見開いた。
「そう、俺が思ったから、それだけじゃ納得できないか?」
 ヴィアの言葉に、セトは視線をテーブルへ落とした。
「ほんと、昔のヴィアそっくりだな」
 十六夜が漏らした言葉に、セトは視線を意思のある長刀へと向ける。
 昔のヴィアがセトに似ている。それが事実ならば、セトもいずれヴィアのようになれるという事だろうか。いや、不可能だ。
 賞金首のセトに、平穏な生活を得る事などできるはずがない。二百億という破格の賞金がかけられたセトならば、なおさらだ。
「俺が、ヴィアの昔に……?」
「おう、似てる」
 セトの言葉に続けて、十六夜が笑みを含んだ声で答える。
「何をしたいのか解っていても、それが直ぐに実行できない。そのくせ、決断する時は早い。ヴィアそっくりさ」
 十六夜が笑う。ヴィアは小さく苦笑を浮かべただけだった。
 何をしたいのか、セトは理解している。
 ――安らぎを得たい。
 だが、それを直ぐに実行できず、躊躇い、考え悩む。十六夜の言った通りだ。
 ヴィアに対しても、いや、誰であろうと油断してはいけないとセトは常に考えている。隙を見せた瞬間に、殺されるのではないかと、どこか警戒しているのだ。ヴィアはセトへの敵意が無いと判断できているにも関わらず、それが偽りなのではないかと疑っている。
 あわよくば隙を見せたヴィアを射殺しようかと考えている部分もある。しかし、本当にそれをすべきなのか迷っているのも事実だ。
 ヴィアは強い。セトと互角の戦闘能力を持つヴィアが味方に着いてくれるという状況は、悪いものではない。ヴィアが仲間として戦ってくれるのなら、セトの生き延びる可能性が高まるのは間違いないだろう。
 一人になれば、セトが安心できる場所は存在しない。仲間が完全に守ってくれると思えなければ、セトは安心して過ごす事などできないのだ。
 決断が早い。それも否定はできない。
 ヴィアが、セトを殺す依頼を持ち掛けられていた、と知っただけでセトは先制攻撃を仕掛けた。受諾したか否かは確認せずに。会話の途中や、相手の真意が見えない場合でも、セトは相手が敵だと判断した場合は攻撃を行う。相手の隙を突く事が、生き残るために最も有効な手段だったからだ。
 ただ、セトが殺気を向けた時でも、ヴィアは殺気を返す事はなかった。それは、殺すつもりがなかったという事に他ならない。誰しも、相手を殺すつもりで攻撃すれば殺気が放たれるのだから。
「……信用、するよ」
 ようやく、セトはそう言った。
 人に優しくされたのは、シェラ以来だった。淡々としているように見えて、ヴィアは細かな部分でセトを気遣っている。内面が自分に近いと感じたせいか、セトはヴィアの無表情の中に彼の感情を読めそうな気がした。
 今までセトに近付いてくる者は、敵意か殺気しか向けて来なかった。だが、ヴィアは殺気だけでなく敵意すら向けて来ない。戦闘中であっても、だ。
 警戒する事に疲れたのかもしれないと、セトは思う。一年半、警戒心を捨てた事は一度も無く、常に緊張感を持ち続けていた。心身共に、消耗している。どこか自身と同じ匂いのするヴィアならば、信用してもいいのではとセトは思い始めていた。
「信頼がなければ依頼はできないからな」
 ヴィアが笑みを浮かべ、頷く。
 その後の食事は静かに進んだ。
 食べ終え、空になった食器を小型エレベーターに戻し、ヴィアはベッドに腰を下ろした。セトもベッドに腰を下ろす。
「なぁ、ヴィア」
「なんだ?」
「さっき戦った時、ヴィアは俺の攻撃をかわしていたよな? それだけじゃない、俺に攻撃を当ててもいる」
 頬の絆創膏に触れ、セトは続ける。
「何で、空間移動できる俺の攻撃が読めたんだ?」
「読めるさ。お前の殺気は感じられたからな」
 ヴィアはいともあっさりと返答していた。
 あの時、ヴィアはセトの攻撃に完全に対応していた。いくら反射神経などが通常の人間以上に鋭敏なものになっているといっても、それだけで空間跳躍を行うセトを追う事ができるとは思えない。空間跳躍は、ほんの一瞬で長距離を移動できる能力なのだ。先に攻撃されると分からない限り、応対する事はできないのである。
 互角には見えても、先の戦いはセトの負けだ。
 特殊な能力の存在を考えれば、セトが有利であった事は間違いない。それでも相討ちになったのだから、セトは自分の能力を引き出しきれていないという事だ。
 身体能力自体はほぼ互角だったのだから。
「殺気を?」
「ああ。あの時のセトからは殺気を感じた」
 ヴィアの言葉に、セトはその真意が理解できた。
「殺気があれば、どこに瞬間移動したとしても気配が分かる。殺気が移動先からのものに変化すれば、攻撃先は読める」
 殺すつもりで攻撃をすれば殺気が生じる。その殺気を読む事で、セトに対応できたというのだ。
 簡単な事だ。
 今までセトが相手にしてきた者達の中には、ヴィアのように殺気を感じ取る事ができた者もいただろう。ただ、身体能力が伴わなかっただけなのだ。身体能力と反射神経が飛躍的に向上しているヴィアだからこそ、セトに反応できたとも言える。
 セトはそれを失念していたのだ。だから、殺気を感じて反応するという、セト自身もしている事を、ヴィアができたと考えられなかっただけなのだ。ヴィアが殺気を放たなかった事も気付かなかった要因の一つだろう。
 確かに、セトはヴィアの殺気を感じなかったために彼の動きを中々先読みする事ができなかった。気配を読んで反応していたとも思うが、殺気と気配では存在感の強さは全く違う。
「そうか、そうだよな……」
 納得したようにセトは頷いた。
「殺気……」
 もう一度反芻し、考え込むように視線を落とす。
「なら、殺気を持たずに攻撃していれば俺の動きは読めないと思うか?」
 セトがそれを聞いたのは他でもない、ファストへの対抗手段を見出すためだ。
 同じ空間跳躍能力を持つファストに反応する手段を得るために、セトと戦ったヴィアに意見を求めたのである。空間跳躍能力に反応できた者は、今のところヴィア以外にはいない。
「そうだな。お前が殺気を持たずにいれば、厳しかっただろうな」
 セトの推測にヴィアは頷いた。
 もし、ヴィアの言葉をファストにも適用できるとすれば、セトが反応しきれなかったのはファストが殺気を持っていなかったからだという事になる。殺気を持ったファストとならば、セトは互角に戦えるかもしれない。
「そうか」
 笑みが浮かぶのを堪え、セトは呟いた。
 本気で戦ったならば、セトにも勝機がある。それが解っただけで、セトは嬉しく感じていた。
「さて、そろそろ寝るぞ?」
「解った」
 ヴィアの言葉に頷き、セトはベッドに潜り込んだ。
 それを見て、ヴィアが部屋の電気を消す。
 柔らかく全身を包み込んでくれるかのようなベッドの中で、セトは緊張を解いた。今まで、仮眠を取る時さえも保っていた緊張感を全て解き放ち、セトは暖かなベッドの中に身体を埋める。今まで一度も使った事のないベッドは、心地良かった。
 同時に、急速な眠気にセトは襲われた。まともに熟睡した事がなかった影響だ。緊張を解いた事と、心地良いベッド、それに加えてヴィアという味方を得た事による安堵感が、セトの身体に休息を求めさせたのである。
 そう時間が経たないうちに、セトは眠りに落ちていた。
 安らかな寝息をたてて。
 それから間もなく、ベッド脇にやってきたヴィアがそっと頭を撫でた事に、セトは気付かなかった。
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