終章 「便利屋」


 日が傾きかけた都市を、一人の青年が歩いていた。ロングコートを着込み、長刀を背負っている。
「ふぅ、以外と楽な仕事だったな」
「ああ」
 長刀、十六夜の言葉に、青年、ヴィアライル・ウルフは頷いた。
「にしても、中々上達してきたな、お前も」
「まぁな」
 十六夜の言葉に、ヴィアは小さく笑みを浮かべた。
「追いつくだけじゃない。追い越さないといけないからな」
 どこか遠くを見るような目で、ヴィアは空を見上げる。
「そういえば、レンディはどうしたんだろうな?」
「確かに、あれから見ていないな」
 十六夜の言葉に、ヴィアも同意する。
 スプレンディ・ネウエストという便利屋は、一年前から姿を消している。ヴィアが行った時には既に事務所も引き払われて空き家となっていた。ただ、ヴィアの元に一通の手紙が届いていただけだった。
 ――いずれ帰る。
 レンディからの手紙にはそれだけ書かれていた。
 と、前方に、二人の男女が立っていた。すがるような目で、一つの建物を見ている。
 そこはヴィアの家であり、事務所だ。今は留守にしていたため、鍵が掛けられている。
「俺に何か用か?」
 男女に声を書け、ヴィアはドアの前に立つ。
 ――依頼遂行中。
 そう書かれた札を外し、ヴィアはドアを開けた。
「仕事の依頼なら、入れ」
 目を瞬かせる二人に言い、ヴィアは一人事務所の中へ入った。
「あ、あの! あなたが?」
 女性の方が先に食いついてきた。
 歳は、三十前後だろう。男の方もやや年上に見えるが、そう変わらない年齢に見えた。
「ここは俺の事務所だ」
 ヴィアが告げると、二人は顔を見合わせる。
「実は、僕達の娘がさらわれてしまったんです! 助けて下さい!」
「もうここしか頼めるところが無いんです!」
 娘、といったところからこの二人は夫婦らしい。
 さらわれた、という事は身代金目当ての誘拐か何かだろうか。
「ここしかない?」
「はい……実は、付近の便利屋を何軒も当たったのですが、どこも断られてしまって……」
 眉根を寄せるヴィアに、男性の方が弁解する。
「一つ前の便利屋の女性から、あなたなら引き受けてくれると聞いたんです!」
 女性が付け加えるように言った。
「キャットか。あいつ……」
 ヴィアは額を押さえて溜め息をついた。
 シルヴェストリス・キャスケット。ヴィアと同じ稼業をしていながら、気に入った依頼以外は全く受けず、賞金稼ぎに近い仕事ばかりを好んで受ける女便利屋だ。その趣向から、猫(キャット)と呼ばれている。もっとも、ヴィアはファミリーネームを縮めてキャットと呼んでいるのだが。
 彼女は、ヴィアと面識がある。ただ面識があるだけではなく、二人は互いの過去を知っている。一年前は、フィアという名前だった。
「もう、頼れるところがここしかなくて……」
 今にも泣き出しそうになる女性を、男性が肩を抱いて宥める。
「娘がさらわれた、か。相手は賞金首か?」
「はい……。ラウン・アウナスという、賞金首です……」
 ヴィアの問いに、男性が疲れきった声で答えた。
 ラウン・アウナスという賞金首は、有名だ。この付近では、もっとも名が知られている、高額の賞金首だ。額は確か、一億。
 賞金は高いが、相応にラウンという男の強さは尋常ではないらしい。確かに、普通の便利屋が受けられる依頼のレベルを超えている。一億という金額の危険度は、最高クラスだ。
 しかも、ラウンという男は殺しが好きだと聞く。人をさらい、いたぶって、じわじわと殺すのだそうだ。更に、その死体は人目につく場所に捨てている。
「報酬は五千万出します! これが今の全財産なんです!」
「五千万、か……」
 口元に手を当て、ヴィアは考え込んだ。
「やっぱり、少ない、ですか……」
 男性が項垂れる。
「いつ、さらわれた?」
「昨晩です。今朝、目が覚めた時にはさらわれた後でした」
 泣き崩れる女性の肩に手を回しながら、男性が答える。
「……二千五百万だ。報酬はそれでいい」
「え……?」
 男性が驚愕に顔を上げ、涙を流しながらも女性が顔を上げた。
「住所を教えてくれ。助け次第、連れて行く」
「は、はい……」
 半ば唖然としながら、男性はヴィアが差し出したメモ帳の切れ端に住所を書き記した。
 そのメモ帳をロングコートの内ポケットにしまいこみ、ヴィアは事務所から出た。依頼者二人を事務所の外へ促し、ドアを閉める。鍵をかけ、先程まで掛けられていた札をもう一度かけた。
「急いだ方が良さそうだな」
 小さく呟き、ヴィアは駆け出した。場所の見当はついている。
 人をさらい、拘束し、いたぶって殺すというラウンの行動をするためには、都市からそれほど離れた場所に身を潜めているとは思えない。せいぜい、郊外の寂れたスラム地区だ。都市の中に死体を捨てる手口も、場所を特定する手がかりになる。今までラウンによって死体が捨てられたと思われる場所は報道されている。その位置も、ヴィアの頭の中には入っていた。
 死体を捨てた場所の範囲が、即ちラウンの行動範囲だ。範囲が絞られれば、探し出す事は容易い。
 他の便利屋にも場所の特定ぐらいはできただろう。ただ、ラウン自身が便利屋達よりも強かっただけだ。
 だが、ヴィアは今までの便利屋とは違う。
 貧相な家の屋根の上に降り立った時、既に夜になっていた。
「見つけたな、ヴィア」
 十六夜が呟いた。
 無言でそれを肯定し、ヴィアは左手で背中の十六夜を回転させ、柄を右手の位置までずらした。そのまま、下げられた右手が柄を掴む。
「いくぞ、十六夜」
「おう」
 ヴィアの言葉に、十六夜が笑みを含んだ声で答える。
 微かに笑みを浮かべ、ヴィアは屋根から飛び降りた。

 夜空には、欠けた月が薄く輝いていた。

 ――終
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