桜の下の滅びの道

 <作品紹介>
 サイト「FANCIFUL」にて公開されている前編・後編に渡る中編小説です。

 2072年、戦争は人々から様々なものを奪っていた。荒廃した世界、続く争い、逃げるしかない多くの人々。
 今では珍しくなってしまった桜の下、穏やかな時間を過ごしていた夏月は、一人の少女と出会う。
 彼女の姿は、死んだと思っていた姉にそっくりだった……。
 <批評本文>

 まずは全体的にざっと読んで、まず感じたことを。
 良く考えられていると思います。深い話だと感じました。
 しっかりテーマは伝わって来ますね。
 ただ、残念なのは描写の少なさでしょうか。

 というわけで少し細かく書いていきます。
 まず、前編から。
 冒頭部分は世界観の説明が入っています。
 個人的な見解ですが、これは本編の中に組み込んでしまう方が良かったかもしれません。世界観を最初には明かさず、会話の合間などに織り交ぜた方が雰囲気が出たような気がします。前編の終わり際に、由紀が語っていく場面があります。そこで世界情勢などをある程度知ることができるため、あえてここで世界観の説明を入れても良かったのではないでしょうか。
 早いうちに世界観を明かしておくことは重要ですが、短編や中編ではこういった設定を間を持たせて明かすことで自然に強調することもできると思いますから。

 次に感じたのは、情景や人物など、描写の少なさでした。
 一人称寄りの視点のため、最初に登場した主人公「夏月」は書きにくいとしても、周囲の景色や周りにいる人物たちといった部分で描写の少なさが目立つように思います。
 また、ご馳走であるはずの食事の描写もやや簡素なように見えました。どういう経緯や状態なのか、という点においては十分な説明があるのですが、夏月が食べた時の感情が薄いように思います。白米や肉の味を忘れるほど、ということから、食事に関してはもっと色んな感情があるのではないでしょうか。もう一文、二文ほど、味や、それを噛み締める時の心の動きや思考を描写しても良かったと思いますね。
 姉そっくりの少女「ハルキ」が登場した際も、どのような人物なのか思い浮かびませんでした。
 後々になって服装について描かれていますが、ここは登場した際に書いておくべきです。登場した直後に描写しておくことで、戦うという行動への伏線にもなり、キャラクターのイメージも想起しやすくなります。また、夏月の姉である春月についても冒頭で描写した方が良かったかもしれません。夏月が桜の下で独白している場面に織り交ぜ、容姿を思い描かせておくことで、ハルキの登場シーンがいっそう引き立つのではないでしょうか。
 争いに巻き込まれそうになる場面でも、夏月の抱いた恐怖感を強調すべきだったと思います。加えて、そこへ自ら向かい、敵を皆殺しにしてしまうハルキを見た際の夏月の描写も足りないように思いました。
 どう覗き見たのか、どれだけの範囲で様子が見られたのか、人を殺すハルキの表情や、そんなハルキに何を思うのか、もっと描写が欲しいです。姉にそっくりなハルキが人を殺していく様に、夏月は恐怖を抱いたりはしなかったのでしょうか。
 戻って来たハルキを、何もなかったかのように受け入れてしまう夏月は少し不自然にも見えました。ワンクッション、描写や心理を描いた方が良かったと思います。
 由紀が夏月を呼び出す場面も説明不足のためか少し不自然です。どれだけの人数で行動しているのか、その中で夏月はどんな人付き合いをしてきたのか、中野さんとは親しかったのか、といった日常に関しての説明が少ないため、呼び出された理由が解りません。話したことのない人もいたわけですから、特別親しいというわけでもない。ならば何故、そこに呼び出されたのか、といったものが一言二言でも欲しいところです。
 印象的ではあるのですが、私はこの細かい部分が引っ掛かってしまい、どうにもこの場面で夏月が浮いているように感じてしまいました。
 それに加えて、この場面にはハルキの描写がほとんどありません。ハルキの様子はどうだったのか、夏月にはハルキを見る余裕はなかったのか、描写が欲しいです。後編にも繋がっていく重要な部分でもあると思うので、ハルキについて描写が欲しいところです。
 夏月の語る悲しみの言葉に関しても、少し首を傾げてしまいました。相応しくない、ということではありませんが「こういう感情は今までに抱いているのでは?」と思ってしまいました。友達とはぐれたり、姉を失ったり、行方不明、もしくは死者が出る度に近い思いは抱いていたのではないでしょうか。この場面だけ特別、というには先ほど書いた「呼ばれた理由」の点で納得しきれません。どこか、「言わせている」ような気がしてしまいました。
 また、由紀の語る長いセリフですが、分割しても良いのではないでしょうか。これだけの長いセリフですから、由紀の身振り手振りや口調、語気の強弱、視線、表情、強調していける要素はまだまだ沢山あります。恐らく、夏月にとっても小さくない言葉や内容でしょうから、強く印象付けるのも効果的ではないでしょうか。
 
 続いて後編です。
 開始から直ぐに発覚するハルキの真実。
 ここは、どうなんでしょうか。前編にある世界観と、ハルキの登場の時点で既にこうなるだろうと推測が立ってしまう気がします。伏線の回収としてはややインパクトに欠ける感が否めません。
 また、ただの避難民ではない、と思っていた時点である程度この事実は覚悟してしまうのではないかとも思います。戦っていた、という時点で既に普通の人ではないわけですし。
 上記に記しましたが、世界観をハルキ登場後の由紀との会話で挟んでおいたら少しは違ったように思います。
 ハルキの思考の変化も、そこまでに至る経緯の描写が少ないため、少し唐突な気もします。前編後半、夏月と由紀の会話場面にいた、という一言だけなので物足りないですね。こういった心情変化は重要な要素だと思うため、どこかでしっかり書いておくべきだと思います。
 このままハルキは夏月の下を去り、エンディングを迎えますが、やはり押しが弱い終わり方だと感じました。
 私は前編の冒頭と、ハルキ登場後すぐの戦闘シーンでオチが読めてしまいました。何かどんでん返しはあるのかと思っていたのですが、予想した通りだったので少し残念です。
 結末としてはリアリティのある締め方だと思いますが、簡単な言い方をしてしまうと「ありがち」でした。夏月の独白も締め方としては後一歩、といったところです。
 夏月とハルキについてのみで、前編に出て来た由紀たちはどうなってしまったのか、夏月が共に過ごしてきた人々はどうなってしまったのか、触れて欲しい部分が残っています。特に、由紀については前編では夏月と特に親しくなった人物だとありましたので、後編では全く触れられいないのが残念でした。

 文章について少し気になったことを。
 基本的な文章作法はできているように思います。ただ、記号の使い方が少し気になりました。
 「・・・」は「…(三点リーダ)」として「……」のように二つセットで使用するのが一般的です。また、「―(ダッシュ)」も二つセットが基本です。場合によっては「―」は長く伸ばす時もありますが、「…」に関してはまずないことですので、覚えておいて損はないと思います。プロ志望ということで、原稿を応募する際は「…」については気をつけた方がいいですよ。
 今回は中々読み易く、テンポも悪くありませんでしたが、一文一文が長い時が結構あります。また、「た止め」が多いように思います。
 長くなりそうな時は、内容について分離した方が理解しやすくなることも少なくありません。「〜で、〜く、〜だった。」などのように複数の動作や内容が入る場合は二文や三文に分解してみるのも悪くないですよ。

 続いて、設定について。
 戦闘描写ですが、少し簡素な印象を受けます。夏月が見ていたのでしたら、動作を細かく描写した方が良いと思います。クランの設定にもよりますが、どれだけ常人離れした力を持っているのかがイマイチ伝わってきません。どんな動きで敵を倒したのか、私は戦闘シーンに気を遣っているので気になりました。
 クランという言葉についても、何か意図はあったのでしょうか。現実に存在する言葉を使う場合、意味を把握しておくのは重要なことです。世界観の設定が現実との地続きなようなので、この辺は注意した方がいいですよ。
 技術力についても、明言はされていません。その影響で、作品の細部に不明瞭な部分が見受けられるように思います。
 この時代の技術力でできること、できないこと、その結果としてどのような状態になり、今に至るのか、考えていましたでしょうか。
 前編の食事の描写にも関わってきますが、放浪生活をしていた夏月たちの食料はどうやって確保していたのか、日常生活はどうしていたのか。
 話の大筋だけ進んでしまって、世界観や場面を中々イメージできません。

 ただ、総じて物語の内容や構成については中々纏まっていると思います。
 ですが、位置を変えたりした方が効果的だと思う部分はいくつか見受けられます。既に記した、世界観説明や姉についてが大きな部分ですね。
 どうしたらその演出が良く見えるのか、というのは常に考えておくべきですね。もちろん、これは私もですけれど。
 また、映画に影響されて書いた、というだけあって、その雰囲気は伝わって来ます。ただ、影響されたということが逆にオチのパンチの弱さや細部の不自然さに繋がっているのかもしれません。少し「創られた世界」といった印象を抱きました。そこが勿体無いように思います。
 ただ、中々重いテーマではありますが、どこか綺麗な、神秘的な雰囲気で描かれているので読み終えた後に少し余韻が残りました。
 個人的な感想ですが、こういう雰囲気は好きですね。
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