ファイル1 「ゲートウェイ・トゥ・ユートピア」 世界は変わる。個人の意思とは無関係に。 いや、無関係ではないのかもしれない。それでも、時として総ては一人の思いとは全く異なる方向へと進んでしまう。 この『世界』も、変わった。 『The World(ザ・ワールド)』 サーバの消失事故によって、一度その世界は終焉を迎えた。CC社本部の火事によりゲームデータが記録されていたサーバの半数以上が焼失、サービスは停止してしまった。だが、CC社は全てを刷新した新たな『世界』をプレイヤーたちに示した。 『The World R:2(リヴィジョン・ツー)』 データの引継ぎができないため、多くのプレイヤーが『世界』を去った。 そして、新規のプレイヤーが増えたことで『世界』は変わってしまう。 全盛期の二千万から、千二百万人へとプレイヤー人口は減ったものの、それでも世界最大規模のMMORPGであることに変わりはない。 ドアを開け、靴を脱いでマンションの中に足を踏み入れる。 「あいつは……まだ、か」 部屋の中を見回して、小さく呟いた。 一つ欠伸をして、手に持っていたバッグを部屋の壁に立てかけるように置く。 部屋に二つあるベッドの脇にはそれぞれナイトテーブルが備えられ、デスクトップ型のパソコンが置かれている。そのうちの一方の電源を入れ、枕元にあったマイクロモノクルディスプレイ、通称「M2D」を眼鏡のように装着する。小型のコントローラーを手に、パソコンのシステムが起動するのを待った。 そして、『ザ・ワールド』へと自らの分身を送り込む。 * 部屋の中では黄金の縁に彩られた円形の水晶らしきものが回っていた。カオスゲート、それがオブジェの名前だった。ザ・ワールドの世界を繋ぐ、門の役割を果たすものだ。 門の前に、光の輪が生じた。その輝きに導かれるように、一人の青年が降り立つ。 長い黒髪を首の後ろで纏めている。切れ長の双眸が、揺れる前髪の隙間から覗いている。前髪は寄せているようで、右目だけが良く見えない。 身につけた白いコートは袖がなく、背の部分だけ裾が長い。コートの下には胸部と肩を守る漆黒の軽装鎧が見える。左の腰には金色の紋章が腰と左腿のベルトで固定されていた。腕と脚は紺の装甲に包まれている。ただ、ベルトのある左腿だけ防具はない。 やや薄暗い部屋の中を、青年はゆっくりと歩き出した。 部屋の正面にある大きな扉を開け、外へと踏み出す。 Δサーバ。悠久の古都、マク・アヌ。 ザ・ワールドに足を踏み入れるならば誰もが立ち寄る、始まりの街だ。 夕日に染まる石造りの街並みを大勢の人が行き交っている。カオスゲートのある建物から真っ直ぐに大通りを進んで行くと噴水のある広場に出る。多くの人が店を出し、常に賑わっている場所だ。 噴水の広場を過ぎ、一本道を進む。その先には大きな橋がかかっていた。 橋の中央まで進んだ青年は手すりに両腕を乗せるようにして川の流れる景色へと視線を向ける。部分部分で建物の影に遮られながらも、夕日に照らされて輝く川に目を細めた。 この橋は昔から変わらずに存在している。 広さや長さ、グラフィックの一部は変わっている。だが、存在そのものは変わっていない。以前のバージョンからある、マク・アヌのとシンボルと呼んでも過言ではないかもしれない。 「あ、いたいた。ヴァリッドー!」 背後からの声に青年、ヴァリッドは振り向いた。 胸元が大きく開いたタンクトップのような青い服に、厚手のロングコートを羽織った少女が走ってくる。コートは肩から上腕にかけて紺色の生地が重なり、厚くなっている。左右の裾は脛の半ばまであるが、背面は腰までしかない独特なコートだ。甲の部分に水晶球が埋め込まれた手袋を身に着けている。 「何か依頼来てる?」 「一応な」 少女の問いにヴァリッドが答える。 「やっぱりPKK?」 PKKとはプレイヤーキラー・キラーの略だ。PK(プレイヤーキラー)に対してPK行為を働くことを、PKKと呼ぶ。ザ・ワールドがR:2に一新されてから、システム変更に伴ってPKが増えた。R:2となる前のバージョンのザ・ワールドにもPKの概念はあった。だが、システムの拡張に伴ってPKが正当化されるようになってしまったのだ。 故に、PKを狙ってPKをするPKKが現れたのである。 「まぁ、そうなるか」 青年は小さく溜め息をついて答えた。 ザ・ワールドは以前に比べて荒れてしまった。PKKの増加により、プレイヤー同士の協調意識は薄れ、殺伐とした面が強く押し出されてしまっている。もちろん、中にはPKを望まない者もいるが、全体を見渡すとPKの方が目立ってしまう。 「アーティは遅くなる?」 「もう少ししたら来ると思う」 少女の言葉にヴァリッドは答えた。 「ルーネは、どう?」 「ん、リアルのこと?」 ヴァリッドの言葉に少女、ルーネが問いを返した。 「両方、かな」 二人は互いの現実(リアル)を知っている。R:2にバージョンアップされる以前からの付き合いだ。PCネームも前に使っていたものをそのまま引き継いでいる。ヴァリッドもルーネも、いわゆる古株だ。 「大学はまぁ、ぼちぼちかな。そっちは?」 「こっちもまあまあかな」 問いを返すルーネに、ヴァリッドは答えた。 ふと、ヴァリッドは自分の周囲に人の気配を感じた。 「ん、来たかな」 そう呟いて、ルーネにも伝える。 「ごめん、遅くなった」 ルーネの背後から一人の女性が走って来た。真紅に染まった、腰まで届きそうな長い髪を靡かせながら。 胸部、腰部、脛は翡翠色の軽装甲に包まれ、腰は薄い碧色の布で彩られている。パレオのように斜めに巻いた布は半透明で神秘的だ。首には翡翠色の長いマフラーを巻き、腿まで届く両裾を背中の方へ垂らしている。両腕には指抜きの籠手を装着していた。 「急ぎの用じゃないし、大丈夫だよ」 ヴァリッドは女性に声をかける。 彼女がアーティ、二人の仲間であり、相棒だ。 「よし、じゃあ行くか」 言って、ヴァリッドは歩き出した。手際良く二人をパーティに誘い、来た道を引き返してカオスゲートの前へと戻る。 「今回の仕事内容は?」 「PKグループの掃除」 ルーネの問いにヴァリッドが答える。 三人は他のプレイヤーから何らかの依頼を受けて動く、いわゆる傭兵や何でも屋のようなことをしている。パーティの人数合わせや、レアアイテムの捜索と収集、高レベルエリアの先導、PK対策としての護衛、など、考えつくあらゆる仕事の依頼を受け付けていた。 似たようなプレイスタイルを取っている者たちに比べて依頼料が安いため、三人の評判は良い。そこそこ名が知られている。 「PKグループ?」 「定期的に集会してるらしいから、そこを狙ってくれってさ」 アーティの疑問にヴァリッドが言う。 仕事を持ち掛けられた場に居合わせたのがヴァリッドだけだったため、アーティとルーネは依頼の詳細をほとんど知らないのだ。もちろん、移動中に説明するつもりなのだが。 依頼の受け付けは基本的に個人行動だ。ヴァリッドが受けることもあればルーネやアーティに話がくる場合もある。ただ、時間的な都合が合う限り、依頼の遂行は三人で行動していた。 「とりあえず、エリアに飛ぶぞ」 二人が頷くのを確認して、ヴァリッドはカオスゲートのメニューを開く。 ザ・ワールドはカオスゲートに三つのワードを入力し、その組み合わせによってエリアが決定される。フィールドと呼ばれる単一マップのエリアと、ダンジョンと呼ばれる階層式エリアの二種類が主な分類だ。ワードによってエリアの適正レベルや出現モンスター、その属性傾向、出現アイテムのレベルなど細かいパラメータも変化するシステムになっている。 無限に近い組み合わせのエリアで冒険をするというのがザ・ワールドの基本的な遊び方だろう。 組み合わせたワードはダンジョンタイプのエリアのようだ。ヴァリッドは入力したエリアワードが正しいことをもう一度確認すると転送を決定した。 三人が光に包まれ、転送されていく。 洞窟を模したエリアに、三人は降り立った。 背後にはプラットホームと呼ばれる転送装置が置かれている。カオスゲートと違い、ワード入力はできない簡易転送装置だ。代わりに、ギルドのアイテム倉庫に接続するなど、カオスゲートにはない特殊な機能がある。とはいえ、ギルドに入っていなければ使えないものだったり、ギルドのランクが一定値以上なければならないなどの制限付きだが。 プラットホームは基本的にルートタウンへの帰還に利用するのが主なところだ。 「エリアレベル42?」 ルーネが呟いた。 ヴァリッドたちのレベルから見ると相当低い。エリアの探索自体は簡単だろう。 「高レベルだと目的地まで行くのが面倒なんだろ」 ヴァリッドはそう言って歩き出した。 灰色の岩肌が露出した洞窟の通路の脇には所々で滝が見える。 「依頼の詳細はどうなってる?」 移動しながら、アーティが問う。 「報復だってさ。PKに遭った人たちの仕返し代行」 今回、ヴァリッドが引き受けた依頼は複数のPKに対する報復だった。初心者や、自分よりレベルの低いプレイヤーを集団でPKしていたようだ。被害者たち数名が資金を出し合い、報酬を提示してきている。 ヴァリッドたちが受ける依頼の中では比較的多いタイプの仕事だ。 「この手の依頼、多くなったよねぇ」 ルーネが呟く。 R:2のバージョンになる以前はザ・ワールドのプレイヤーにPKはほとんどいなかった。ゼロではないが、全体の人数を考えるとかなり少なかったはずだ。しかし、今のバージョンになってからはプレイヤーの半数近くがPKを経験しているのではないかと思えるほどにPKが多く感じてしまう。 バージョン変更に伴ってプレイヤーの入れ替わりはあっただろうが、この変化の仕方は異常にも思えるほどだ。 「ネットはリアルの捌け口じゃねぇってのにな……」 ヴァリッドは溜め息混じりに呟いた。 顔が見えない匿名の世界だとはいえ、人と関わり合うことで成立しているという点ではネットもリアルも変わりはない。リアルと違って自分の本音を隠すこともできれば自分自身の全てを偽ることもできる。逆に、リアルで出せない自分を出せる者もいる。 役割を演じることも楽しみ方の一つではあると思うが、だからと言って望んでもいないのに一方的に襲われて不快にされては溜まったものではない。 PKが増えたことでPKKも増え、それらに異を唱える者も現れるようになり、ザ・ワールドは混沌としている。もちろん、平穏にプレイを楽しんでいる者もいる。 「敵は判ってるのか?」 アーティが問う。 「リーダーの名前だけだけどな」 「何て奴?」 「フューリィ、だったかな」 口を挟んだルーネに視線を向けて、ヴァリッドは答えた。 「フューリィ?」 ルーネが眉根を寄せる。 「どこかで見た名前だな」 アーティが呟いた。どこだったかは忘れたが、以前に一度出会っているような気がするのは確かだ。 マップ上にいる雑魚は無視して進んでいた。雑魚モンスターの視界に入らないよう、素早く通路を進んで行く。 事前に、報復の対象は最下層にいると聞かされていたこともあって、三人は止まることなく最下層まで辿り着いていた。 少し進むと開けた場所に出た。そこには、十人を超えるPCの姿があった。 「……もしかして、こいつら?」 ルーネが小声でヴァリッドに囁く。 「多分」 ヴァリッドは小さく答え、少しだけ歩みを進めた。 PCたちはヴァリッドの存在に気付いたらしく、扇状に散開した。中央に三人の女性PCを残して。 「来たみたいだね、傭兵さん」 三人のうちの一人が笑顔を見せる。 「なるほど、そういうことか」 ヴァリッドはさして驚くでもなく、溜め息をついた。 「どうした?」 アーティが問う。 「ああ、こいつらが依頼者だ」 ヴァリッドは素っ気なく答えた。その一言でアーティとルーネも理解したらしい。 つまり、三人は嵌められたのだ。被害者を装ったPKに誘き出されたと言い換えてもいい。ヴァリッドたちを狙った理由には心当たりがある。 「この前のお礼をしたくてね」 中央に立つ女性PC、フューリィが口の端を吊り上げる。 以前、フューリィというPCはヴァリッドたちがPKしていたのだ。傭兵というプレイスタイルを選んだヴァリッドたちには、PKKの依頼が数多く流れてくる。そのPKの名前を一々憶えていないから、依頼を持ち掛けられた時には気付かなかった。 特に、今回は深い付き合いのあるプレイヤーからの依頼ではなかったのだ。 「そんなにPKがしたいのか」 ヴァリッドはもう一度溜め息をついた。 背中に手を伸ばし、銃剣を右手に生成する。それを合図に、アーティは両の拳に攻撃用の拳当を、ルーネは腰から双剣を取り出すように、各々の武器を生成する。 「今度は容赦しねぇ!」 荒々しく叫ぶと、フューリィが飛び出した。手には大きな槍を握り締めている。斬るのではなく、突くことに主眼を置いた重槍だ。フューリィは防御とリーチに優れた重槍士(パルチザン)だ。 彼女の声を皮切りに、周囲のPKたちが動き出す。 「轟雷爆閃弾(ごうらいばくせんだん)!」 ヴァリッドの手にした銃剣から閃光が放たれる。襲い掛かってきた二人のPKに炸裂し、彼らを吹き飛ばす。 「虎咬転進撃(ここうてんしんげき)!」 アーティの拳が敵を殴り飛ばし、追撃を仕掛ける。近付いてきたPKに回し蹴りを浴びせ、背後の敵に裏拳を放った。 「無双隼(むそうはやぶさ)落とし!」 ルーネが斬撃でPKを空中へ跳ね上げる。自らも跳躍し、空中で無防備になったPKに左右の短剣を連続で叩き付けて行く。 PKの刀剣をヴァリッドは銃剣の刃で受け止めていなすと、返す刀で斬り付けた。 「骨破砕(こっぱさい)!」 大剣を持ったPKがスキルを発動する。水平に大きく大剣を振り回し、円形に周囲を薙ぎ払う。ヴァリッドは銃剣の刃で攻撃を防御し、踏み止まった。刃のぶつかり合う甲高い金属音が響く。 スキルを使ったPKの後方に、フューリィが槍を構えているのが見えた。 「喰らえっ!」 フューリィが槍を大きく突き出した。 渾身の一撃がヴァリッドの防御を崩し、大きく吹き飛ばす。 「くっ……!」 岩壁に背中を叩き付けられ、ヴァリッドは体勢を崩して膝を着いた。そこへPKが殺到する。銃剣を持った敵は銃口をヴァリッドへ向けていた。 PKたちの向こうでフューリィが勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが見えた。 「何勝ち誇った顔してんだよ」 鼻で笑い、ヴァリッドは口元に笑みを浮かべた。 襲い掛かってくるPKたちを見据え、銃剣を左手に投げる。銃剣のグリップを掴んだ左手は背中へ回し、右手は腰の紋章へと伸ばす。背中に回した銃剣が光の粒子に分解されるように消えていく。同時に、紋章から引き出すように右手へ剣が生み出されていった。 「夜叉車(やしゃぐるま)っ!」 刃が閃き、前方の敵を薙ぎ払う。剣閃の中でかまいたちが生まれ、更にPKたちを切り刻んだ。 「錬装士(マルチウェポン)か……!」 フューリィが目を見開いた。 錬装士。ザ・ワールドがR:2にバージョンアップしてから追加された新たな職業だ。複数の武器を錬金術で生成し、使い分けることのできる特殊なジョブが錬装士だ。複数の武器を使用できることで戦略の幅は広がり、トリッキーな戦いができる反面、育成の難易度が極めて高いという欠点がある。プレイヤー人口としては最も少ないジョブだ。 「敵が多いと銃剣じゃやり難いからな」 近距離にも遠距離にも対応できる銃剣だが、スキルによる射撃攻撃は隙が大きい。大勢の敵を一度に相手するとなると銃剣では捌き切れないことが多い。 その点、刀剣はバランスに長けた扱い易い武器だ。取り回しも良く、あらゆる状況で安定した性能を発揮する。 「それに、俺のメインはこっちなんでね」 周囲の敵を刀剣で切り伏せ、ヴァリッドは告げた。 「オルバクドーン!」 空から炎が降り注ぎ、多くのPKを巻き込んで爆発する。 見れば、ルーネが双剣ではなく魔典を使用していた。本と楽譜置きが融合したような武器だ。攻撃系の呪紋(スペル)を使う魔導士(ウォーロック)が扱う装備だ。 どうやら、ルーネは敵の数を見て武器を変更したらしい。手数と素早い攻撃で攻める双剣よりも広い範囲に高い攻撃力を撃ち込んでいける魔典を選んだようだ。元々、ルーネのメインウェポンは魔典だ。双剣よりも使い慣れている方を選んだに違いない。 「環伐弐閃(わぎりにせん)!」 アーティが大鎌を二連続で薙ぎ払い、周囲の敵を一掃する。 取り囲まれた状態では通常攻撃が全方位をカバーする鎌の方が適している。 「これで残りはお前らだけだな」 ヴァリッドが告げた。 ルーネは魔典を自分の前に滞空させ、アーティは逆手に握った鎌の先端を地面に着けてフューリィへと視線を向けている。 残っているのはフューリィと、ヴァリッドに依頼を持ちかけて来たプレイヤーの計三人だけだ。 「キサマら……」 「その辺の特化職より強いぜ、俺たちは」 苛立ちを露わにするフューリィへ、ヴァリッドは余裕を見せ付ける。 錬装士は一つの武器に特化したジョブに比べるとやや劣る形になっている。成長何度の高さもあるが、複数の武器を扱うためにステータスのバランスが特化職とは異なるからだ。 だが、ヴァリッドたちは違う。レベル自体も相当高めてあるが、パラメータの点においてもかなり強化を施してある。入手が困難なステータスの基本値を上昇させるアイテムを数多く使用してきたのだ。 「さ、どうする?」 ルーネが笑顔を見せる。 「舐めるなぁーっ!」 フューリィたちが駆け出した。 敵が一歩を踏み出した瞬間に、ヴァリッドはアーティ、ルーネと視線を交わしていた。 「ランキレィ!」 ルーネがフューリィの仲間の一人に状態異常スペルを発動する。 「うわっ!」 混乱状態になったPKはプレイヤーの操作とは無関係に仲間へと突撃していく。大剣を振るわれたPKは、寸前で攻撃を防御したものの、状態異常を回復するアイテムが無いのか防御を続けていた。 そこへ、アーティが大鎌を構えて突っ込んで行くのが見えた。 「蒼天大車輪(そうてんだいしゃりん)っ!」 大鎌を大きく振り上げ、同士討ちをしているPK二人を上空へ打ち上げる。同時に自らも跳躍し、追いついたところで水平に大鎌を薙ぎ払う。振り切った鎌を切り替えし、もう一撃を叩き込むと同時にPKたちを周囲へと吹き飛ばした。 アーティが着地する後方で、色を失ったPKたちだ背中から地面に叩き付けられる。 ランキレィによる状態異常で同士討ちをけしかけ、二人を一箇所に集める。そこへアーティがスキルで一気に体力を奪う。混乱した仲間に攻撃された敵は防御の向いていない方向からのスキルを防ぎ切れない。混乱している者も防御は不可能だ。 「刺々舞(ししまい)ッ!」 フューリィが重槍を突き出す。 「無影閃斬(むえいせんざん)!」 真っ向から、ヴァリッドはスキルで勝負をしかけた。 刃がぶつかり合い、火花を散らす。互いに弾き合い、距離が開いた。突っ込んで来るフューリィの突きをかわし、ヴァリッドが刀剣を袈裟懸けに叩き付ける。槍の柄で刃を防ぐフューリィを見て、ヴァリッドは連続攻撃を中断し、刀剣を後方へ構えた。力を溜め、防御を崩す渾身の一撃を放つ。 「くぅっ!」 ガード崩しで弾き飛ばされたフューリィが岩壁に背中を叩き付けて止まる。 ヴァリッドは刀剣を腰の紋章の中へ納めるように分解させ、背へ伸ばした右手に生成した銃剣をフューリィへと向けた。 「雷光閃弾(らいこうせんだん)!」 銃口から放たれた閃光がフューリィを貫く。 「く、そぉ……」 フューリィのPCから色が抜け落ち、モノクロになったボディだけが地面に横たわる。 「片付いたかな?」 ルーネが呟く。 魔典を閉じ、背中へと回して粒子に分解する。アーティも、刃についた血を振り払うように鎌を一閃し、背中へとしまい込む。ヴァリッドも銃剣をしまった。 「……はぁ、損したな」 ヴァリッドは溜め息をついた。 基本的に、依頼の代金は仕事が終了してから受け取ることになっている。だが、PKに誘い出された今回のケースは依頼料が貰えない。依頼者自身が敵だったのだから、代金を払うことはまずないと言っていい。 アイテムを捜索するような形の依頼ならば、目的のアイテムを手渡す際に代わりに報酬を受ける。しかし、PKへの報復は後払いの場合が多い。前金を貰うこともあるが、前払いになるケースは少なかった。報復の依頼を受け、遂行した後に報告を行い、その際に受け取ることがほとんどだ。 パーティメンバーの空きを埋めたり、高レベルダンジョンへ潜る際の護衛など、依頼者と共に行動するタイプは依頼者によって報酬のタイミングが違う。 今回はヴァリッドたちに対する復讐だったのだろう。報酬は諦めた方がいいだろう。 「とにかく、まずはルートタウンに戻ろう」 アーティが言い、歩き出した。 ヴァリッドとルーネも彼女に続いて歩き出す。近くにあったプラットホームでルートタウンへと帰還する。 光の輪が三人を包み、ルートタウンのカオスゲート前へと転送する。 転送が終了したところで、三人はゆっくりと歩き出した。カオスゲートの部屋から大きな扉を開けて、街の中へと足を踏み出す。 「他に依頼はあるのか?」 アーティの問いに、ヴァリッドは首を横に振った。 「今日の仕事はさっきの一件だけだ」 依頼がないとなると後の行動は自由だ。 三人それぞれが知り合ったプレイヤーとエリアに飛ぶも良し、ルートタウンで買い物をするも良し、知り合いとただ喋っているのも良し。レベル自体は三人とも相当な位置にある。レベル上げをするならもっと上級のサーバでなければ経験値が入らない。 「じゃあ、俺は@HOME(アットホーム)に行くわ」 「私も行くわ」 タウン内にある転送装置へ向かうヴァリッドの後をアーティが追う。 「予定もないし、ボクもそうしようかな」 そう言って、ルーネもヴァリッドたちに続いてマク・アヌの傭兵地区へとワープする。 マク・アヌの傭兵地区には装備品や魔法系の店があり、ギルド用に貸し与えられる個室「@HOME」への入り口がある。 三人はギルドに所属している。とは言っても、大きなギルドではなく、たった三人だけで結成したギルドだ。名を『黎明の絆』という、かなりマイナーなギルドだ。 他者の勧誘はしておらず、ギルドメンバーは三人のみに固定している。一つのギルドにしか所属できないというわけではないため、しようと思えば他のギルドに入ることもできる。三人の繋がりのためだけのギルドに近い。 @HOMEへの入り口へ向かう短い階段を下り始めた時だった。 不意に、視界にノイズが走った。 「何だ……?」 アーティが周囲を見回して呟く。 ほんの一瞬だった。もしかしたら気付かなかった者もいるかもしれない。 「ノイズ?」 ヴァリッドも辺りを見回す。 インターネット回線の不調だろうか。 「何だろ……?」 ルーネもノイズが気になったらしく、周りを見回していた。 周囲に変化はない。ゲームシステムに異常はないようだ。バグが発生したようにも思えない。 ザ・ワールドを運営しているCC社の方で何かあったのだろうか。可能性としては低いような気がした。 M2Dの不調かとも思ったが、アーティやルーネも感じたとなるとプレイヤー側の機器が原因ではないだろう。普段なら気にならないようなことだとも思えた。 しかし、何か違和感を抱いている。一体、何なのだろうか。 「ね、ねぇ、ヴァリッド……ボクたち、M2D、着けてる、よね……?」 途切れ途切れに、ルーネが言葉を紡ぐ。どこか、引き攣ったような口調だった。 そして、ヴァリッドとアーティは息を呑む。 顔に触れていたはずの、僅かなM2Dの感触は、無かった。 |
|
BACK 目次 NEXT |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||