ファイル3 「グレイスレス・ユニゾン」


 世界は変わる。変わらぬまま存在するものが無いように。
 変化を望む者も、望まない者もいる。だが、望む望まないに関わらず、あらゆるものは変化を続けていく。
 この『世界』にも、反映されているのだろう。

 『The World』は一度、大きな変化を迎えた。
 CC社での火事がその転換期となった。今まで存在していたデータの大半が使い物にならなくなったのが原因だ。火事によって焼けたサーバに記録されていたデータが、物理的に破壊されてしまったのだから。
 変化を迎えた『世界』は、沢山のものを取り込み、多くのものを失った。
 ゲームとしてのシステムは進化したと言って良い。だが、新たに取り入れられたシステムやゲームとしての世界観は、今までの『世界』を望む者たちの多くを手放す結果となった。
 代わりに『世界』が手に入れたプレイヤーは、更にその『世界』の変化を加速させる結果となった。

 ドアを開け、自分のマンションの中へと入る。手早く靴を脱ぎ、奥の部屋に足を進めた。
「丁度良い時間かな」
 腕時計で時間を確認し、部屋で一人呟いた。
 買って来たコンビニエンスストアのビニール袋を壁に立てかけるように置き、部屋の隅にあるパソコンの電源を入れる。
 袋の中からサイダーのペットボトルを取り出しながら、M2Dを顔に装着する。ペットボトルのキャップを外し、一口飲み込んでから再びキャップを閉めた。
 机の横にペットボトルを置くと同時にシステムの起動が完了した。それに小さく笑みを浮かべると、小型のコントローラーを手に取る。
 そして、『ザ・ワールド』にログインした。

 *

 ヴァリッドたちはドル・ドナへと戻って来ていた。カオスゲートの近くでクーンから知っているだけの情報を聞いていた。
「AIDAに碑文、か……」
 ヴァリッドは腕を組んでクーンの話を聞いていた。足元ではルーネが腰を下ろして空を見上げている。一応、話は聞いているらしく時折口を挿んでいた。アーティはヴァリッドの隣で黙ったまま、話が終わるのを待っているようだった。
「ドール症候群の原因がAIDAに、ってのはちょっと信じられない話だな」
 最近、ニュースとしても取り上げられているドール症候群の原因がザ・ワールドの、それも未知のプログラムデータであるAIDAによって引き起こされているというのはにわかに信じがたいものだ。
「まぁ、はっきり断言できるかっていうと困るんだけどさ」
 クーンが肩を竦める。
 立証できないのだから仕方が無い。とは言え、碑文の力がプレイヤーの精神とリンクしているというのも驚きだった。碑文は限られた極僅かのプレイヤーにしか扱えない。そもそも、碑文という存在自体がAIDAに近いものだという可能性もある。
 理屈では説明できないことだらけだが、妙に納得してしまう部分があるのも確かだ。
「けど、その武器はどこで手に入れたんだ?」
 クーンの問いに、ヴァリッドたちは顔を見合わせた。
「痛みの森、って聞いたことは?」
「ああ、確かそんな名前で滅茶苦茶難しいって噂のイベントがあったな」
 ヴァリッドの言葉に、クーンは思い出したように相槌を打った。
 以前、『痛みの森』と題された公式のイベントがあった。クリア不可能とまで言われたイベントだ。高レベルのプレイヤーですら中々進むことができなかったほどだ。最深部に到達できたプレイヤーはほんの一握りだろう。
「あのイベントの時、最深部で手に入れたんだ」
 ヴァリッドたちは三人でそのイベントに参加していた。
「あれはしんどかったねー」 
 ルーネが苦笑いを浮かべる。
 今と比べれば多少低いレベルではあったが、当時のヴァリッドたちも相当な高レベルプレイヤーだった。アイテムの類もほぼ完璧に準備していったつもりだったが、最深部に着く頃には一割残っているかいないかという状況になっていたほどだ。それでも節約して進んできたのである。
「最深部に、この武器があった」
 アーティが呟く。
 イベントエリアの最深部には石版のようなオブジェがあり、そこに三種類の武器が突き立てられていた。まるで、持つべき者たちを待っているかのように。
「そういえば、あれも不思議なイベントだったよねー」
 ルーネがぽつりと漏らした。
 確かに、まともなイベントとは思えなかった。公式のイベントではあったが、それにしては難易度が高過ぎる気がした。エリアマップも通常のマップではなく、専用のフィールドが用意されていた。いや、専用マップがあること自体は公式イベントなのだから不自然ではないのだが。
 エリアに現れるモンスターのレベルが軒並み高く、ステータスも凄まじく高く設定されていた。ソロで挑めばかなりのレベルアップは期待できそうだが、最深部まで辿り着くには相当厳しかっただろう。
「イベントのクリア報酬、か……」
 クーンが考え込むように呟いた。
 クリア報酬にしては性能が高過ぎる気がする。レベル制限が付けられているのならばまだ判らないでもないが、だとしてもこの武器は強過ぎた。それに、『痛みの森』をクリアしたプレイヤーが凄まじく強力な武器を手に入れたという話は聞いたことが無い。もっとも、クリアしたプレイヤーの数自体が極めて少ないのだから、情報自体も決して多くは無いのだが。
 ヴァリッドたちはそっと視線を交わしていた。
 思い当たることは一つだけある。だが、確証は無い。推測の域を出ない予想は、恐らく三人の中で一致しているはずだ。
 もし、今のバージョンのザ・ワールドに以前のバージョンのデータが一部でも引き継がれているのであれば、ヴァリッドたちの手にした武器は、それぞれが持っているべきものだった。以前のバージョンで、ヴァリッドたちは同名の武器をある特殊なイベントで手に入れていたのだから。
 以前のデータの持ち越しができなかったため、ヴァリッドたちも一からPCを育て直すことになった。もちろん、かつて手に入れたアイテムも装備も、ステータスも全てゼロからのスタートだ。
 仮に、今のバージョンに以前のプログラムが流用されている部分があるとしたら、もしかしたら同名の武器も存在しているかもしれない。そんな淡い希望を抱いていた。
「とりあえず、AIDAにはくれぐれも注意して欲しい」
 クーンの言葉に、ヴァリッドは頷いた。
「また何かあったら連絡してくれ。俺たちにできることなら、手伝うよ」
 そう言って、ヴァリッドはクーンにメンバーアドレスを渡した。
「もちろん有料でね」
 ルーネがにっと歯を見せて笑う。
「って、金取るのかよ!」
「一応、私たちは傭兵だから」
 苦笑するクーンに、アーティが微笑む。
 ヴァリッドたちにできることはクーンよりも限られている。恐らく、クーンの方からヴァリッドたちを頼ってくることはまずないだろう。碑文使いであるクーンと違い、ヴァリッドたちは武器の力が無ければAIDAとは戦えないのだから。
「でも、ありがとう」
 礼を言うクーンに、ヴァリッドは笑みを返した。
「何があったか知らないけど、仲間は大事にした方がいいぞ」
 そのヴァリッドの言葉に、クーンは驚いたように顔を上げた。
 クーンの口ぶりから、恐らく碑文使いの仲間と一時的に別行動しているのだという推測はできる。喧嘩でもしたのだろうか。詮索するつもりは無いが、最終的には仲直りして欲しいと思う。
「……ああ」
 静かに、クーンは頷いた。
 そうして、ヴァリッドたちは一旦ログアウトするというクーンと別れた。その日はそれ以上AIDAと出会うこともなく、適当にエリアをぶらついて資金稼ぎとアイテムの備蓄を行い、ヴァリッドたちもログアウトした。

 マク・アヌのカオスゲート前で、ヴァリッドはアーティと共にルーネを待っていた。
 アリーナのタイトルマッチも終わったらしく、今日は戴冠式とやらが催されるらしい。アリーナとは無縁のヴァリッドたちにとってはどうでもいいイベントだ。こういった専用のイベントに主役として招かれてみたい気もするが、注目を浴びるというのも中々気が進まず、結局三人はアリーナには数回しか参加していない。
「時間ぴったり、お待たせ!」
 ログインするなり、ルーネがヴァリッドたちに手を振る。
 すぐさまパーティに勧誘し、いつものメンバーが揃う。
「じゃ、行こうか」
 そう言って、ヴァリッドはエリアワードを入力する。
 転送された先は、『月の樹』と呼ばれるギルドの所有するエリアだ。大型のギルドに発展した「月の樹」と「ケストレル」という二つのギルドはCC社から特別に専用のホームエリアが与えられている。
 本来はギルドの@HOMEに入るためには専用のキーが必要だが、ヴァリッドたちは既にゲストキーを受け取っている。「月の樹」のメンバーから依頼を受けるのは初めてではない。以前に依頼を持ちかけられた時にゲストキーを受け取っていた。もちろん、「ケストレル」からの依頼も受けたことがあり、そちらのゲストキーも持っている。
 今回ヴァリッドたちが受けた依頼は、「月の樹」に所属するメンバーの一人から持ちかけられたものだった。
 約千人というメンバーを抱え、平和主義の反PK思想を掲げるギルドだ。公式の組織ではないため、どちらかと言えば自警団に近い形である。そういった理念のため、「月の樹」に所属するメンバーは自衛以外でPCに攻撃を加えることが禁止されている。PKされたプレイヤーのカウンセリングや、時にはセミナーまで開いているらしい。
 「月の樹」と聞いてあまり良い顔をしない者は少なくない。
 和風の、城を連想させる造りのエリアに三人は降り立った。ルートタウンへ戻るためのプラットホームから、屋敷の扉へと大きな木の橋がかけられている。その先、扉の前に数人のPCが立っている。
 ヴァリッドたちはゆっくりと橋を進んで行く。
 一人は小さな子供のようなPCだ。白い服に水色の髪をした、可愛らしい少年である。鹿の角のような髪飾りを着けた、どこか不思議な印象を与える少年だ。彼が「月の樹」のギルドマスター、欅(けやき)である。
 隣には真紅の着物に身を包んだ長い黒髪の女性型PCが寄り添うように立っている。どちらかと言えば欅の親といった印象を抱きそうだ。三番隊隊長の楓(かえで)である。
 「月の樹」は七つの部隊で構成されており、その隊長たちが七枝会と呼ばれる幹部会を組織している。言わば、ギルドの首脳部というべきだろう。
 二人の他に、もう一人、少女型のPCが立っている。欅と楓よりも一歩か二歩ほど前に出て、ヴァリッドたちが近付いてくるのを待っているようだ。
 髪の色は翡翠のような色をしており、細身のPCだ。緑色を基調とした上下の服に、赤いベストを着込んだような服装だ。彼女が今回の依頼人だった。
「お待ちしてました」
 少女が頭を下げる。PC名は、梓(あずさ)だ。
「依頼人は梓だけ、のはずだよな?」
 ヴァリッドは梓の背後に控えている二人を見て呟いた。
 わざわざ七枝会の人間が、それも二人も出てくるものだろうか。
「申し遅れました、私は三番隊隊長の楓です」
「二人とも名前は知ってるからわざわざ名乗らなくても大丈夫だよ」
 丁寧にお辞儀する楓に、ルーネが言った。
「楓様は私の所属する隊の隊長なんです」
 どうやら梓は三番隊のPCらしい。楓との繋がりは判ったが、欅がいる理由とは繋がらない。そもそも、何故、七枝会の重役二人が梓の背後に控えているのだろうか。
「僕がここにいるのはただの気紛れですから、お気になさらず♪」
 ヴァリッドの疑問に気付いたのか、欅はそう言って微笑んだ。
「それに、ヴァリッドさんたちとは一回直接会ってみたかったんです♪」
 屈託の無い笑みを見せる欅に、ヴァリッドは返す言葉が見つからなかった。隣では楓が小さく溜め息を漏らしている。本当に欅の親代わりに見えてしまう。
「今日は私の隊の梓を宜しくお願いします」
「はい」
 礼儀正しい口調の楓に、ヴァリッドは頭を掻いた。
「では、行ってきます」
 背後の欅と楓に振り返り、梓は告げた。
 それを見て、ヴァリッドたちはプラットホームの方へと振り返り、来た道を引き返す。ルートタウンへ一度戻らなければエリアへは飛べない。
「豪華が見送りだったね」
 ルーネが呟いた。
「二人とも、今日は暇だったみたいで」
 梓はくすりと笑った。
 どうやら、ヴァリッドたちに依頼をしたと報告したら着いてきたらしい。気紛れで身にきた欅に楓が着いてきたという形だろうか。
「それで、依頼内容は、武器探索の護衛とレベル上げ、だったな?」
 アーティが問う。
 梓から依頼を持ち掛けられた時点で提示された仕事の内容はレベル上げ兼、武器アイテム探索の護衛というものだった。一人でダンジョンに潜るにはレベルが足りない、といったところだろうか。
「ギルドメンバーの人を誘う方が簡単なんじゃないの?」
 ルーネが疑問を口にする。同じギルドに所属する人間同士でパーティを組む方が自然と言えば自然だ。とはいえ、同じギルドだから仲の良い者ばかりかと言えばそうでもない。
「今日は、仲の良い人は皆用事があるらしくて」
 梓が苦笑いを浮かべた。
 別の隊に所属する者であれば、何らかの活動のために都合がつかないこともあるのだろう。
「それで、俺たちに、か」
「はい、あなた方なら信頼できると聞き及んだもので」
 ヴァリッドの呟きに、梓が頷いた。
 確かに、と思う。「月の樹」に所属するメンバーを目の敵にしているプレイヤーも少なくない。仲間になるふりをしてパーティを組んで、エリアに飛んだ後でPKへと繋げる者はいるかもしれない。事実、そういった話は決して少なくない。ヴァリッドたちもそういやって誘い出されたPCを助けてくれと緊急の依頼を受けたことが何度かある。
「以前助けて頂いた友達、檜から聞きました」
 梓の言葉に、ヴァリッドは記憶を辿る。
 初めてログインしたプレイヤーにゲームシステムを説明し、最深部まで辿り着いた後でPKする物好きがいる。いわゆる初心者狩りだ。それに掴まったプレイヤーを見て、周りのPCたちが不運だと囁いているのを聞いたプレイヤーから、ヴァリッドたちは救出の依頼をその場で受けたことがあった。
 その中に檜というPCがいたのだ。
「あれ? その友達は今日はいないの?」
「リアルの事情で今日はもっと遅くなるそうです」
 ルーネの問いに、梓は首を横に振った。檜とパーティを組んで行けば良いと思ったのだろう。もっとも、共に行くとしても檜のレベルにもよるのだろうが。二人で挑めるレベルならいいが、もっと上のレベルのエリアへ行くつもりなら、檜と梓だけでは厳しい場合も十分にありうる。
「なので、あなた方に頼むことにしたんです」
 今日はギルド内に頼れる人物がいなかったのだろう。欅や楓は立場上頼み辛かったに違いない。もしかしたら、PKに対する用心棒の役目も含まれているのかもしれない。
「それで、目的の武器は?」
「大剣・把裂です」
 アーティの問いに、梓が応える。
「装備レベル80だぞ? 大丈夫なのか?」
 ヴァリッドは尋ねた。梓のジョブは拳術士(グラップラー)だ。大剣は装備できない。
 恐らく、梓も知っているだろう。この問いは確認のためのものだ。
「はい、いいんです。今のうちに用意しておきたいので」
 梓の返答に、ヴァリッドは納得したと言う代わりに頷いた。
 撃剣士(ブランディッシュ)である檜へのプレゼントとして用意しておきたいらしい。梓も檜もレベルは70に達していない。気が早いような気もするが、準備しておいて損はないだろう。それに、装備レベル80の武器を取りに行くということは、エリアレベルも80前後のところへ行かなければならない。二人でパーティを組んだとしても厳しいレベルだ。
 四人はマク・アヌに戻り、カオスゲートからサーバを切り替えてドル・ドナへと移動した。マク・アヌではエリアレベル50までが限界だ。それ以上のレベルのエリアへ向かうためにはサーバを切り替える必要がある。
「よし、じゃあ先にパーティを組み替えておくか」
 ヴァリッドの言葉に、アーティとルーネが頷く。
「え? 組み替えるんですか?」
 梓が首を傾げた。
「ああ、梓のレベルじゃ即死しかねないからな。そのための護衛だろ?」
 そう言って、ヴァリッドは笑った。
 梓のレベルでは今から向かうエリアのモンスターに太刀打ちできない。一撃食らっただけでHPがゼロになるだろう。三人以下でなければパーティは組めない。今のまま向かったとしたら、梓は実質ソロでエリアへ向かうのと変わらない。もし、梓が攻撃を受けて戦闘不能になったらペナルティと共にタウンに戻されるのがオチだ。
 それを避けるためにも、ヴァリッドのパーティに梓を入れる。一人は後方支援兼交代要員として、状況に応じて入れ替わる。今回はルーネが後方支援に回ることになっていた。ヴァリッドとアーティのパーティに梓が加わり、四人でエリアへと飛ぶ。
 洞窟内を意識したダンジョンにまずヴァリッド、アーティ、梓の三人が降り立つ。一瞬遅れてルーネが到着した。
「そいじゃ、まず補助かけるよー」
 ルーネはそう言って補助スペルを次々に唱え始めた。
 梓にのみ、物理防御、魔法防御、移動速度を上昇させるスペルをかける。更に、HPとSPを徐々に回復させるスペルを重ねがけした。
「わ、凄い……」
「はいおっけー」
 ルーネが親指を立てる。魔導士は本来、味方のステータスを上昇させるスペルを覚えない。魔導士が自然に修得するのは敵のステータスを下げるタイプのスペルだ。しかし、ルーネは本来覚えないスペルの全てを修得していた。スペル修得アイテムを掻き集め、使用してきた結果である。恐らく、ルーネは全てのスペルを使える数少ないPCだ。
 ヴァリッドは頷いて、走り出した。アーティと梓が一歩遅れてついてくる。その数歩後から、ルーネが後を追う。
 道中のモンスターは案の定、梓には強過ぎる敵だった。ダンジョンの構造上、戦闘が避けられない状況がいくつかある。もっとも、アイテムなどで戦闘を回避することも不可能ではない。
 もちろん、梓のレベル上げも兼ねているのだから戦闘を避ける必要はないのだが。
 ヴァリッドは積極的にモンスターに先制攻撃を仕掛けて戦闘を挑んで行った。
「ひゃああっ!」
 モンスターの攻撃を防御したはずの梓のHPは八割近く減少する。
 レベル補正によって、梓にはこのエリアのモンスターと戦うだけの戦闘能力は無いに等しい。まともにダメージを受けていたら本当に即戦闘不能になるはずだ。ルーネによる補助スペルも気持ち程度のものでしかない。
「撥球弾(はっきゅうだん)!」
 ヴァリッドの銃剣から放たれた弾丸が空中を飛んでいるモンスターを撃墜する。梓とは逆のレベル補正により、ヴァリッドの攻撃でモンスターが受けたダメージはカウントストップしていた。
「やっぱり、レベル差って大きいんですね」
 梓が苦笑する。
 戦闘終了時に得られる経験値もヴァリッドたちと梓では桁外れに差がある。ヴァリッドたちには経験値が入っていないのに対し、梓が得られる経験値は適正レベルのエリアで得られるそれを遥かに上回る数値だ。最下層に辿り着くまでに、梓のレベルは70を超えていた。
「後少しだな。この階層で最後だ」
 そう言って振り返るヴァリッドはほぼ無傷だったが、梓は着いてくるのがやっとという様子だった。エリアレベルを考えれば当然だが、良く着いて来ている。今まで似たような依頼もこなしてきたが、その八割近くは依頼主が何度も戦闘不能になり経験値が中々上がらなかった。
 戦闘で死亡したPCのみ、戦闘後に得られる経験値が減算されるのだ。故に、戦闘不能になればなるほどレベルは上がり難くなる。三人で援護しているとは言え、戦闘不能にならずにここまで着いてこれる依頼主はそう多くない。
 レベルが上がるにつれて、少しずつではあるがモンスターの攻撃に耐えられるようになりつつある。モンスターを倒すこと自体はまだ難しいが、戦闘不能になりにくくなっていた。
「厳しいか?」
「は、はい……」
 アーティの言葉に、梓は正直に頷いている。
「もう少しだから、大丈夫だよ」
 ルーネの激励に梓が頷く。
「……誰かいるな。先客か?」
 数歩進んだところで、ヴァリッドは立ち止まった。
 部屋の中に、三人組みの背中が見えた。ヴァリッドたちに気付いたのか、三人組みが振り返る。全員男だ。あまり友好的な顔はしていない。
「お、丁度良いところに来たな」
「モンスターよかPC相手のがやっぱり燃えるよな」
「俺あの男やるわ。女三人も引き連れやがって気に食わねぇ」
 三人が口々に言った。それだけでこの三人組がPKなのだと判断できる。
「ルーネ、梓を頼む」
 ヴァリッドはそう言って、梓をパーティから外した。
「おっけー、任せて」
 ルーネは笑顔で答え、梓をパーティに誘った。
 攻撃に特化したヴァリッドとアーティよりも、ルーネと組ませておいた方が梓は安全だろう。PKに応戦するなら、回復や蘇生スペルを持っているルーネに梓を預けて置いた方がいい。
「あ、あの……」
「大丈夫大丈夫、あの二人の強さは見てたでしょ?」
 不安そうな梓に、ルーネが笑いかける。
 梓をルーネに預けたのは念のためだ。高レベルのPKが待ち伏せしていたようには見えなかった。このエリアに来ていたPKと偶然ぶつかっただけだろう。だとしたら、そうレベルは高くないはずだ。だが、適正レベルに達していない梓には強敵に違いはない。
「見逃してはくれそうにないな」
 ヴァリッドは小さく溜め息をついた。相手がPKを仕掛けてこないなら応戦するつもりはない。
 アーティがメインウェポンである鎌を練成し、構えた。もちろん、流離の記憶ではない、普通に手に入る鎌だ。ヴァリッドもメインウェポンの刀剣を腰の紋章から引き出した。黎明の絆ではなく、普段使っている普通の刀剣だ。
「三体二とは、舐められたもんだ」
「掛かってくる気がないなら、大人しく退いてくれないか」
 挑発的な笑みを浮かべる三人組に、アーティが言い放つ。
 その言葉に三人組が一斉に走り出した。雄叫びを上げ、それぞれの武器を構えて突撃してくる。
「はい、オルアンゾット」
 ヴァリッドの背後でルーネがスペルを唱えた。
 固まって突っ込んできた三人は全員スペルの範囲内に入っている。動きが止まり、地面から漆黒の爪が弾かれるように飛び出し、三人組に襲い掛かる。
「無影閃斬」
「環伐弐閃」
 スペルによる攻撃で身動きが取れない三人組に、ヴァリッドとアーティは容赦なくスキルを発動させた。刀剣による一閃と鎌による二連撃を避けられずにまともに食らい、三人のHPが一瞬でゼロになる。元々のレベル差もあったのだろう、ヴァリッドたちの敵ではなかった。
「よし、パーティ戻すか」
 ヴァリッドは小さく息を吐いて、アーティとのパーティに梓を戻した。
 梓は呆気に取られていた。
 気を取り直して四人は最深部へと向かった。
「ちょっと待っててくれ」
 最深部の獣神像に辿り着いたところでそう言って、ヴァリッドは宝箱を開けた。目的の武器が手に入ったのを確認して、ヴァリッドはその大剣のスロットにアビリティ付加アイテムをセットした。
「はいよ」
「重力剣・把裂になってる……」
 受け取った武器を見て、梓は目を丸くした。
「スロットのアイテムはおまけだ」
 ヴァリッドは口元に笑みを見せた。
 装備品にはスロットというものが空いている。そのスロットに特定の種類のアイテムを嵌め込むカスタマイズにより、特別な性能、つまりアビリティを付加することができる。その際、付与されたアビリティによって装備品の頭に様々な単語が付くのだ。
「ありがとうございます!」
 梓が頭を下げて礼を言った。
 三人は互いに視線を交わし、笑みを浮かべる。
「じゃ、戻ろうか」
 ルーネの言葉に、梓が顔を上げて頷いた。「月の樹」まで送り届けるまでが依頼内容だ。本来ならルートタウンに戻ったところで報酬を貰うのだが、梓がどうしてもと言うので「月の樹」まで同行することになっていた。
 プラットホームからドル・ドナへ戻り、カオスゲートからマク・アヌへとサーバを切り替える。そこからエリアワードを入力して「月の樹」本部へと飛んだ。
「楓様に話したら、奥まで連れて来なさいと言われたんです」
 梓は少し恥ずかしそうに笑った。
「報酬、ちょっと期待しちゃうね」
 冗談めかしてルーネが笑う。
 橋を渡り、大きな扉を開ける。その先にあるワープポイントが最深部へ続いているらしい。梓に続いてワープポイントから移動し、「月の樹」の最深部へと足を踏み入れた。
 奥には玉座のように畳の敷かれた小さな部屋が設けられている。砂利の敷き詰められた地面には七つの石を繋ぐように葉脈のような細い石が埋められている。七枝会の立ち位置を示しているのだろう。
「この度は梓がお世話になりました」
「ボクらは傭兵だからね」
 丁寧に頭を下げる楓に、ルーネが苦笑する。依頼があれば応じる。それがヴァリッドたちのスタイルだ。もちろん、内容によっては却下するものもあるが。
「さすがですね、ヴァリッドさん♪」
 奥の小部屋に座っていた欅が前に歩み出てくる。梓のレベルアップ度合いや戻って来た時間を見ての言葉だろうか。
「これは梓と私からのお礼です」
 ヴァリッドが受け取ったのは予想以上の報酬だった。梓が用意した報酬金だけでも十分だったのだが、楓によるものと思われる上乗せ金があった。
「本当は装備品を差し上げたいのですが……」
 申し訳なさそうに楓が呟く。
「気を遣わなくてもいいですよ。俺たちがしたいようにやってるわけですし」
 ヴァリッドは頬を掻いた。丁寧過ぎて敬語を使ってしまうことに苦笑する。
 楓なら装備品を用意することも可能だろう。ただ、ヴァリッドたちが、用意したものと同じかそれ以上のものを装備している可能性があることを言っているのだ。事実、ヴァリッドたちは今のレベルで装備可能な最高品質の装備を身に着けている。それも、ギルドのシステムで強化できるだけ強化したものだ。アビリティもしっかりセットしてある。
「それじゃあ、俺たちはこれで……」
 ヴァリッドがそう言ってルートタウンへ戻ろうと振り返ろうとした時だった。
 画面に、ノイズが走った。
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