ファイル4 「ギルティ・ユニバース」


 ノイズの直後、また耳鳴りがした。AIDAが現れた時と同じように、武器が反応している。
 アーティ、ルーネと視線を交わす。二人とも、ヴァリッドと同じように武器が反応しているらしかった。緊張感のある表情を向けてくる。
 まさか、と思う。確かに、ここは一つのエリアだ。戦闘が可能な場所ではある。AIDAがこの場に現れたということだろうか。今までのことを考えれば、AIDAが関係している可能性はあるかもしれない。ただ、はっきりAIDAの存在が関わっていると断言できるわけではない。断定すべきではないかもしれないが。
 突然、辺りが騒がしくなる。
 悲鳴が、絶叫が、咆哮が、辺りに響き渡った。
「何だ……?」
 ヴァリッドはワープポイントの方へ振り返る。そこからエリア全体を見渡せるわけではないが、今いる場所はエリアの最奥部でもある。振り返るしかなかい場所なのだから、自然な反応だった。
 当然ながら、様子は全く解らない。悲鳴と怒号、絶叫は続いている。武器がぶつかり合う音や罵声なども微かに聞こえる。大規模な戦闘が起きているとしか考えられなかった。
「一体、何が……?」
 楓が呟いた。梓も心配そうに周囲を見回している。
「ちょっと見てくる!」
 そう言って、ルーネはワープポイントへと駆け出した。
「あれ? おかしいな、ワープポイント使えないよ!」
 ワープポイントの前でルーネが声を上げた。
 突然、ワープポイントの機能が使えなくなったらしい。確か、ワープポイントを使わないルートもあるはずだが、プラットフォームまではかなり遠回りだ。いや、プラットフォームまでが遠いからワープポイントが用意されていたと考えるべきか。
「……どうする?」
 ヴァリッドは自問する。
 以前のように自然に解決するかどうかは判らない。ルートタウンは正常なのだろうか。このエリアだけが異常なのかも判断できない。動こうにも、どれが最良の手なのか判らない。何より、ヴァリッドたちがどうにかできる問題なのだろうか。
「あ……」
 梓が小さく声を上げた。
 ワープポイントとは別の、通路の方から少女を連れた青年が歩いてくるのが見えた。
 楓の前に、青年が立っている。白と紫を基調とした和風の服を身に纏い、長い緑の髪を結った青年だ。ヴァリッドも知っている人物だ。七枝会の一番隊隊長、榊(さかき)。
 勝ち誇ったように、口元に笑みを浮かべている。
「まさか……内乱か?」
 アーティが小さく呟いた。
 プレイスタイルから、ヴァリッドたちの耳には様々な情報が入ってくる。その中の一つとして、「月の樹」の内情に関する噂を聞いたことがある。「月の樹」というギルド自体が、内部分裂寸前という話だ。事実上、既にギルドは欅派と榊派に二分されている。だが、欅はこの内情をどうにかしようというつもりはあまりないのかもしれない。
 榊が実質的にギルドマスターであると言われるほどだ。
「……さぁ、アトリ」
 榊が口を開いた。
 彼の背後にいた少女が前に歩み出る。背中に小さな翼にも見えるマントの着いた碧の服に、白く大きな帽子を被った少女だった。その目はどこか虚ろで、正気とは思えない。
 アトリの手が欅に伸びる。
「欅様っ!」
 楓が動く。
「邪魔をしないでもらおうか」
 欅を庇おうとする楓を、榊が制した。
 大剣を振り下ろし、楓の動きを阻む。焦りの表情を浮かべる楓の目の前で、欅が倒れた。
 ヴァリッドには欅が何をされたのか解らなかった。楓と榊に遮られて、欅とアトリの様子が良く見えなかったというべきだろう。ただ、欅がPKされたということだけは解った。
 欅のレベルは決して低いものではないはずだ。実力を実際に目にしたことはないが、欅は強い部類だろう。ヴァリッドの勘でしかないが、欅の持つ雰囲気は初心者や中級者のそれとは異なるものだ。
 その欅がいとも簡単にPKされた。
「く……!」
 楓が走り出す。
「どうする?」
 アーティがヴァリッドに囁く。
「この場にいるのは得策じゃないな」
 答えて、ヴァリッドも楓の向かった通路の方へと足を向けた。
 内乱であるなら、ヴァリッドたちは手を出すべきではないだろう。正式に依頼を持ち掛けられたわけでもなくいざこざに首を突っ込むのはヴァリッドたちの流儀に反する。梓からの依頼はもう終わっているのだ。ヴァリッドたちは何も依頼を受けていない。薄情かもしれないが、ギルド内の者たちだけで解決しなければならない問題かもしれないのだ。
 ヴァリッドたちが関わったことで余計に状況が混乱してしまう可能性だってある。状況や解決法が見えないヴァリッドたちにはどうしようもない。
「君は、月の樹の者ではないな?」
 榊が言葉を投げる。
「……ああ」
 振り返ることもなく、ヴァリッドは答えた。
「やけに落ち着いているな、いい度胸だ」
「まるでお前がこの状況を作り出したみたいな言い方だな」
 立ち止まり、半身程度に振り返る。
「だとしたら?」 
「別に、俺はどうもしねぇよ」
「どうすることもできない、の間違いではないのかな?」
「まぁな。ただ、どうにかできたとしても何もするつもりはないがな」
 ヴァリッドの言葉に、榊が微かに眉根を寄せる。
「あんた、自滅するタイプだな」
 思ったことを口に出す。
 もしも、榊の言うことが真実だとしたら、彼がこの状況の原因だろう。だが、この状況を作り出して何ができるというのだろうか。ヴァリッドにはその意味を推測することもできない。ただ、何も得られないのではないかとだけは思う。
「ほう、私が自滅すると?」
 榊はどこか面白そうに呟いた。
「俺にはお前が……いや、何でもない」
 そう言って、ヴァリッドは榊に背を向けた。
 新しい玩具を手に入れてはしゃぐガキにしか見えない。この言葉は口にはしなかった。既に一度挑発的な言葉を口走っている。これ以上刺激しない方がいいだろう。こんなところで喧嘩を売っても何の得にもなりはしない。敵を増やすのもあまり好ましいことではない。
「ふっ、食えん男だ」
 小さく呟く榊には何も言わず、ヴァリッドはアーティたちの後を追って駆け出した。
 通路に出た直後、ヴァリッドは周囲の光景に目を疑った。
 エリアにいる全てのプレイヤーが、気でも狂ったかのように戦っている。皆、正気とは思えない。欅派と榊派の内乱かと思っていたが、実際は違う。派閥など関係なく、手当たり次第に戦っているようにしか見えない。今まで共闘していたはずのプレイヤーにも刃を向ける者が多い。
「ヴァリッド、遅いよ!」
「悪い」
 ルーネの文句に一言謝って、直ぐ近くで足止めを食らっていた四人と合流する。
 アーティとルーネだけでなく、楓と梓も先へ進めないようだった。確かに、この乱戦の中を突破していくのは難しい。いつ、どんなタイミングで周りからの攻撃がくるか判らないのだ。高レベルのプレイヤーでも油断はできない。
「ヴァリッド殿……」
 思いつめたような表情で、楓がヴァリッドを読んだ。
「どうか、力を貸しては頂けませんか?」
 楓の言葉に、ヴァリッドはアーティたちと目を見合わせた。
「力を貸してって言われても……ねぇ?」
 ルーネは肩を竦めて、ヴァリッドを見る。
 この状況を治めるのは難しい。ギルドの部外者でもあるヴァリッドたちにできることはたかが知れている。榊を倒してくれ、とでも言うつもりだろうか。いや、戦うつもりがあるのなら、楓は直ぐに榊と戦っていたはずだ。何か考えがあるから逃げる道を選んだのだろう。だとしたら、ヴァリッドたちに何を望むのだろうか。
「判断するのは依頼の内容を聞いてから、だな」
 ヴァリッドの言葉に、楓の表情が引き締まる。
 正式にヴァリッドたちを雇うというのなら、力を貸すこともできる。ただし、依頼の内容がヴァリッドたちに可能であるなら、だ。あまりにも飛躍し過ぎた内容の頼みをされても困る。ヴァリッドたちも万能ではないのだから。
「私と梓を、プラットフォームまで護衛して頂きたく思います!」
 楓が放った言葉に、ヴァリッドたちは視線を交わした。
「どの道、私たちもここを突破しなければルートタウンには戻れない」
 アーティが言った。
 ワープポイントが使えないのなら、この混戦の中を強引に突き進むしかないのは明らかだ。
「ま、人数は多い方がいいよね」
 ルーネが呟く。
 共に進む仲間は多い方がいい。一人では凌ぎ切れない攻撃も、二人や三人なら防ぐこともできるはずだ。死角も補い合うことができる。
「でも、いいのか? 同じギルドのメンバーなんだろ?」
「皆、何かに取り憑かれたかのように争っています。私の声も届きません」
 ヴァリッドの言葉に、楓はやや俯いて答えた。
 護衛を頼むということは、プラットフォームに辿り着くまで同じギルドの仲間を倒しながら進むということだ。この状況では加減も難しい。PKせずに攻撃だけを防いで道を開いていくのは無理だ。
「……ですが、解決の手はあります!」
 顔を上げた楓の表情には、確信に満ちた何かがあった。
「タウンに戻ることさえできれば……!」
 助けを呼びに行く、ということだろうか。システム管理者に連絡をするためにログアウトする、という可能性もある。いや、システム管理者に連絡しても無駄だろう。これはプレイヤー間の問題によるところが大きいように見える。
 少なくとも、システム関連でのトラブルとは思えない。単に、バグで皆がコントロールを失っているというようにも見えない。マイクから入力される音声は入ってきているのだ。プレイヤーたちの側にトラブルが起きたにしては、同時に大勢の人間が錯乱するというのもおかしい。
 システム管理者にどうにかできる問題ではないようにすら思えた。
「オーケー、その依頼、引き受けた!」
 告げて、ヴァリッドは銃剣を取り出した。
 この混乱は楓に任せよう。とりあえず、ヴァリッドたちもタウンへ戻って一息つきたいところだ。
「轟雷爆閃弾!」
 ヴァリッドのスキルが真正面の敵を吹き飛ばす。何人かのプレイヤーを巻き込んで、一直線に道が開く。
 鎌を練成したアーティがすかさず間に入り込み、溜め攻撃で周囲の敵を薙ぎ払った。
「オルレイザス!」
 ルーネがいくつもの閃光の矢を放ち、前方から雪崩れ込んでくる敵を迎撃する。
 楓と梓はアーティの後を追うようにして走り始める。それを見て、ヴァリッドは武器を刀剣に持ち帰ると最後尾についた。銃剣は後方支援も近距離戦も行える武器だが、やはり接近した後は刀剣の方が取り回しがいい。
 遠方の敵を狙撃するだけなら銃剣でもいいが、ヴァリッドもプラットフォームまで辿り着かなければこの場を離脱できない。何より、敵の数が多過ぎる。銃剣のスキルでまとめて吹き飛ばすのも難しい。なにより、クールタイム中にスキルが必要になるのが最も危ない。ここはタイミング良く使い分けていくべきだ。
「凄い数だな……」
 アーティが舌打ちする。
 倒しても倒しても、次から次へと襲い掛かってくる。一体どれだけのプレイヤーがこのエリアにいるのだろうか。
「さすが、二大ギルドの一角だけはあるね」
 ルーネが苦笑する。
 確かに、「月の樹」は大きなギルドだ。専用エリアが与えられるほどに、人数の多いギルドでもある。これだけのギルドだからこその混乱なのかもしれない。
「解ってるとは思うが、全員相手にはするなよ!」
 ヴァリッドは言った。
 全滅させて事が収まる可能性もある。だが、ヴァリッドたちだけで「月の樹」に所属するメンバーの多くを敵にして勝ち目があるだろうか。さすがに、「月の樹」の全員がこの場にいるとまでは言わないが、かなりの人数がいるのは確かだ。全員を倒すのはまず無理だろう。ヴァリッドたちの人数では、攻撃を捌き切れないし、手数も足りない。一度に戦闘が可能な人数も現時点で限界を超えているのだ。
 レベル差でどうにか耐えられているに過ぎない。「月の樹」の中にも、高レベルに達している上級者はいるだろう。そういったプレイヤーが複数襲い掛かってきた時に耐え切れるだろうか。
「環伐乱絶閃(わぎりらんぜつせん)!」
 アーティが大鎌のスキルを放つ。全方位の敵を薙ぎ払い、衝撃波にも似たエネルギーを周囲に飛ばす。エネルギー波に巻き込まれて多くのプレイヤーが吹き飛ばされた。
「うぅ……」
 梓が小さく声を上げた。
「大丈夫か?」
 ヴァリッドは彼女の背後について、敵の攻撃を防ぐ。梓は震えているようにも見えた。
「……私、怖いんです」
「怖い?」
 梓の言葉に、思わずヴァリッドは聞き返していた。
 確かに、この状況は彼女にとっては恐ろしい光景かもしれない。PK禁止の平穏なギルドであったはずの「月の樹」の内部でこれほどの凄惨な光景が繰り広げられているのだ。敵意を剥き出しにして仲間同士で殺しあうかつての仲間を見るのは辛いものだろう。それに、まともな決闘や喧嘩にも見えないのだ。
 まるで何かに取り憑かれて暴走しているかのように見える。狂気に満ちた目つきで仲間同士殺しあっているのだ。昨日まで共に笑い合って遊んでいたかもしれない仲間を。
「何かに呑まれてしまいそうで……」
 梓が呟いた。
「どういうことだ……?」
 ヴァリッドは敵を刀剣で弾き飛ばし、尋ねた。
 梓の言葉がいまいち理解できなかった。漠然とし過ぎている。この場の空気に呑まれてしまう、ということだろうか。怖気付くのも無理はないと思うが、今更足を止めて座り込んだりしてしまうほどではあるまい。周りにはヴァリッドたちだけでなく楓もいるのだ。
「怖いんです、私も気が狂ってしまいそうで……!」
 その梓の言葉に、ヴァリッドは違和感を抱いた。
 この場の空気に呑まれて気が狂ってしまう、ということだろうか。だとしたら妙な話だ。突然のことに混乱するのも解るが、梓までPKを始めるようになるとでも言うのだろうか。
 彼女は決して好戦的な性格をしているわけではない。いや、元々「月の樹」には非好戦的な性格の者が多い。この状況自体がかなり不自然なものだ。
 まさか、と思った。
 この場には何か得体の知れない力が働いているとでも言うのだろうか。その力に呑み込まれた者たちが正気を失っているということなのだろうか。
「落ち着いて、私たちもいるのよ」
 アーティが言った。いつの間にか話を聞いていたらしい。
「確かに、あまり空気の良い場所ではありませんね……」
 楓が呟く。
 その言葉を聞いて、ヴァリッドはまた違和感を抱いた。
 もしかしたら、楓と梓は何か同じものを感じているのだろうか。アーティ、ルーネは十分に落ち着いている。もちろん、ヴァリッドもだ。楓や梓が感じ取っているものを、ヴァリッドたちは感じていないのだろうか。
 他のプレイヤーに無くてヴァリッドたち三人だけが持っているものと言えば、あの武器ぐらいだ。碑文と同じ力を持っているかもしれないとクーンが言った、三つの武器しかない。この武器がヴァリッドたちを何かの悪影響から守ってくれているということなのだろうか。
 和風の城の中を彷彿とさせるエリアの中を、ヴァリッドたちは駆け抜けていく。互いに守りあいながら、道を切り開いて行った。
「ヴァリッド! プラットフォームが見えたよ!」
 先頭を走るルーネが声を上げた。いつの間にか武器を双剣に切り替えている。
 プラットフォームのある場所へ続く橋を、ヴァリッドたちは走って行く。
「……檜!」
 橋を渡る途中、梓が立ち止まった。
「楓さんはそのままプラットフォームへ!」
 振り返ろうとする楓を、ルーネが止めた。
 この場を打開する手が打てるのは楓だけかもしれない。策があると言ったのは楓だ。彼女は真っ先にその策を実行しなければならない。
「梓の護衛なら任せろ!」
 アーティの言葉に促され、楓はプラットフォームを使ってルートタウンへと移動した。
 最後尾にいたヴァリッドは梓の傍についていた。プラットフォームの近くとはいえ、いつ誰が襲ってくるか判らない。
「檜……」
 梓の視線の先には、一人の少年がいる。
 薄い赤色の服を着た少年だった。彼もまた、どこか虚ろな目をしている。手には大剣を持っており、ふらふらと足元がおぼつかない。周囲にプレイヤーがいなかったのは幸いだったかもしれない。
「あ、ずさ……?」
 ぼんやりとした視線のまま、檜が口を開く。
「檜! どうしたの? 大丈夫?」
「待て! 様子がおかしい」
 駆け出そうとする梓の肩を、アーティが掴んだ。
 ヴァリッドもアーティと同じ意見だった。他の者たちよりも錯乱の度合いは薄いようだが、正気を保っているのがギリギリといったような感じだ。下手に刺激を与えない方がいいかもしれない。迂闊に近付くのも危険だ。
「でも……!」
「焦っちゃ駄目だよ。何か手はあるかもしれない。冷静に考えなきゃ」
 ルーネが優しく言い聞かせる。
 狂気に支配されて暴れていないのなら、もしかしたら檜をPKすることなく元に戻すこともできるかもしれない。そう簡単なことではないかもしれないが、希望が無いわけではない。
「ルートタウンに戻って、混乱が静まるのを待つのも手だな」
 ヴァリッドは言った。
 この状況を打開する策があると楓は言った。そうなれば、錯乱していた者たちも元に戻る可能性は高い。状況が沈静化するまで安全な場所に避難するのも手だ。ただし、ルートタウンが安全であるなら、の話ではあるが。
 自分には力が無いのだと改めて実感する。榊には力があったのだろうか。何かしらの方法で力を得たからこの状況を起こしたのだろうか。
 何のために、と考えても無駄だろう。榊と親しい間柄にあるわけでもなく、彼のことを深く知っているわけでもないヴァリッドに彼の考えは読めない。
 この場をどうにかしたいわけではないが、漠然と無力感を抱いた。力がないわけではないが、あの武器を檜に使っても大丈夫なのだろうか。何か普通とは違う力を秘めているのはあの武器ぐらいだが、それで確実に檜を正気に戻せるとは思えない。高い攻撃性能が檜をPKしてしまう可能性だって十分にあるのだ。
「助けたいと思うのも解るけど……」
 ルーネが呟く。
 知り合いがおかしくなってしまったのなら、助けたいと思う気持ちは理解できる。だが、助ける手段があるかと問われればイエスとは答えられない。
「はや、く……逃げ……」
 檜がどこか辛そうに言葉を紡ぐ。
 その背後に、黒点が生じた。蠢きながら広がっていく黒点を見て、ヴァリッドたちは瞬時に武器を切り替えていた。
「え……?」
 梓を庇うように前に出て、ヴァリッドたちはそれぞれの武器を構える。
 AIDAが関わっているのではないかと、薄々は感付いていた。ただ、確証は無かった。ヴァリッドたちにはAIDAにダメージを与えられる武器はあるが、それだけしかないのだ。
 実際にAIDAを見るまでは早合点すべきではない。どの道、ヴァリッドたちはAIDAが現れた時に反撃できる力しかないのだ。それに、AIDAの出現を予測できるわけでも、倒していかなければならない義務もない。
「ヴァリッド!」
 アーティの言葉に、ヴァリッドは視線を向けた。
 周囲に黒点が広がっている。複数のAIDAが出現するのだと、直感的に解った。戦える数かどうか、そこだけが気がかりだ。いざとなったら梓を連れて離脱した方がいいかもしれない。
「ルナフェイズ!」
 ルーネが武器が持つ特殊スペルを唱える。
 美しい青色の光がヴァリッドとアーティ、そしてルーネを包み込む。今までのダメージが全て回復し、SPも最大まで補充された。青色の輝きはヴァリッドたちの身体を包み込んだまま、力を与え続けている。
「来るぞ!」
 ヴァリッドは刀剣を構え、黒点から這い出してくるAIDAを見据えた。
「極光閃破!」
 跳躍し、高高度から剣を振り下ろしてエネルギーを飛ばす。這い出してきたAIDAが黒点の中に押し戻された。
 SPの減少は無い。あったとしても、一瞬で回復する。HPとSPを回復し、最大値で一定時間固定する。それがルーネの唱えた特殊なスペルの力だ。
「翡翠裂閃!」
 黒点から再び現れたクリオネのようなAIDAを、アーティの大鎌が切り裂く。
「ルーンレイド!」
 巨大な閃光がAIDAに炸裂し、周囲に光を撒き散らす。
 ルーネのスペルのお陰でSP消費を気にせずに、戦える。反則的なスペルだが、AIDAのような規格外の存在と戦うためにはありがたい力だ。
 ヴァリッドはAIDAの体当たりを刀剣の腹で受け止める。すかさずアーティの大鎌がAIDAを弾き飛ばし、ルーネのスペルが大ダメージを与える。トドメにヴァリッドが剣の一閃を見舞った。
「やった!」
「いや、何かおかしい!」
 声を上げるルーネに、ヴァリッドは言った。
 ダメージを受けて崩れ始めるAIDAの背後に黒点が生じる。崩れ始めたAIDAを取り込むように、背後から細い触手のようなものが伸びる。這い出してきたのは、蜘蛛のような形状をしたAIDAだった。
「どういうことだ……?」
 アーティが上擦った声を上げた。
「強化型、いや、それとも、進化系か?」
 ヴァリッドは呟く。
 今までのAIDAとは違う。形状から考えても、微生物のような以前のAIDAと蜘蛛の形をした新たなAIDAとでは明らかに大きさも攻撃手段も違う。更に強い個体が作り出されたのか、それとも進化したのか。
 脅威であることだけは確かだ。
「スペルの効果があるうちに叩くしかないな」
 アーティの言葉に、ヴァリッドとルーネは頷いた。
 蜘蛛がその身体から白い糸のようなものを放つ。ヴァリッドは剣で、アーティは鎌で糸を切り払う。ルーネはその場を飛び退いてかわしていた。
 AIDAが赤い光弾を放つ。ヴァリッドはそれを刀剣で受け止め、弾いてルーネの方へ向かう光弾に命中させた。小さく爆発を起こして光弾は消失する。その間に接近したアーティが鎌を横薙ぎに切り払う。だが、蜘蛛は三本の足で鎌を押さえ込んでいた。さらに別の足でアーティを攻撃する。
 その足を剣で弾き、ヴァリッドは返す刀で蜘蛛を斬り付けた。
 ダメージはあるようだが、手応えは薄い。以前のクリオネのようなAIDAよりもかなり強いタイプのようだ。
「白虹一閃!」
「蒼穹翔閃!」
「ルーンレイド!」
 三人がほぼ同時にスキルを発動する。
 ヴァリッドの剣が蜘蛛を斬りつけたところへアーティが鎌を振り上げる。アーティが大鎌を水平に振り払い、その後で縦に叩き付ける。鎌が叩き付けられる瞬間に、ルーネのスペルが炸裂した。
「連閃・零!」
「追閃・虚!」
「アルテミスレイ!」
 それぞれが追撃スキルを間髪入れずに発動していた。
 一瞬の連続切りが蜘蛛を滅多切りにし、回転する大鎌が更にAIDAを切り刻む。凄まじい数の閃光が蜘蛛を貫き、体力を奪った。
「これで、どうだ……!」
 ヴァリッドは距離を取ってAIDAを睨みつけた。
 既に蜘蛛は全ての足を飛ばされ、斬撃を食らった場所から淡い光を放出している。AIDAが震え、身体が崩れ始めた。だが、その直後、蜘蛛が糸を周囲に放った。
 ヴァリッドたちはそれぞれの武器で糸を振り払う。だが、糸の数は凄まじい量だった。
「檜!」
 梓の声に、ヴァリッドは振り返った。
 檜を庇って、梓が糸を食らっていた。
「梓!」
 ヴァリッドの声と檜の声が重なる。
 後方にいたルーネが梓に絡まった糸を魔典で振り払った。その上で回復スペルをかける。
「極光閃破!」
 跳躍したヴァリッドの刀剣が光を帯び、振り下ろされた刃からエネルギーが一直線に蜘蛛へと伸びる。崩壊しかけたAIDAは光に飲み込まれて消失した。
「大丈夫か?」
 梓の下に駆けつけたアーティが問う。
「は、はい……」
 ダメージ自体はそれほどでもないようだった。既にルーネが回復もしてある。糸は単に行動力を奪うものだったのかもしれない。最後の足掻きだったということだろうか。
「檜も、大丈夫みたいだな」
「はい、梓のお陰です」
 ヴァリッドの言葉に檜は頷いた。梓の顔にも安心したような笑顔が浮かぶ。
「よし、今のうちにここを離れよう」
 全員が頷く。ここに留まっていればまたAIDAが現れる可能性もある。今のうちにルートタウンに戻るべきだろう。ヴァリッドたちはともかく、梓と檜の安全のためにも。
 ヴァリッドたちはプラットフォームへと駆け出していた。
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