ファイル8 「ゲート・オブ・ウロボロス」 刃の先端が三つに分かれた禍々しく巨大な鎌を携えた女性の姿は、異質だった。 胸部と右肩、左脛にはヒビの入った漆黒の防具を身に着けている。ヒビの奥から微かに赤い光が漏れていた。鎧の無い部分はボロボロの包帯のような布が乱雑に巻き付けられている。 黒銀の長髪が揺れる。長い前髪の下で、真紅の瞳がヴァリッドを見ていた。 三つの結晶体が幾何学紋様で繋がれた杖を手にした女性も同様に、異様な存在感を放っていた。 青黒い外套にはいくつもの亀裂が走っている。外套の下には、継ぎ接ぎだらけの服が見えた。その継ぎ目から赤い光が漏れている。 黒銀の髪の下で、真紅の瞳が三人を見ていた。 肌はまるで影できているかのようだった。 「ドッペル、ゲンガー……」 ルーネが呟いた。 二人の姿は、まるでドッペルゲンガーのようだった。『The World』に存在するイベント用隠しモンスターとして実際に存在するドッペルゲンガーとはまるで異質だが、似た特徴が感じられた。 ヴェインとエンス。それはヴァリッドたち三人がかつて出会った放浪AIだ。三人の目の前で、消滅したはずの。 「どういう……ことなんだ……?」 アーティも混乱しているようだった。 ゆっくりを歩みを進める二人にターゲットカーソルが向いた。 「クビア……ヴェイン……!」 ヴァリッドは思わず表示された名を口にしていた。 クビアヴェイン、クビアエンス、二人はそう表示されていた。 「まさか、この武器の……?」 ルーネが自分の手にしているロストウェポンに目を向ける。 ロストウェポンに埋め込まれた結晶体は明滅を繰り返し、ヴァリッドには耳鳴りも先ほどより強まっているように感じられた。 恐らく、間違いない。ロストウェポン自体が反応しているのだ。 クビアヴェイン、クビアエンスはヴァリッドたちの持つロストウェポンに対する反存在だ。 気付けば、クビアゴモラは距離を取るように離れている。まるで、戦えと言っているかのようにすら思えた。 「どうする?」 アーティが問う。 「決まってる……あの時とは、違うんだ」 ヴァリッドは呟いた。 あの時は、二人の戦いをただ見届けることしかできなかった。ヴァリッドたち三人にできることなど、何一つなかった。ヴェインとエンスは三人に自分たちの存在を刻み付け、消えた。 けれど、何もできなかったあの時とは違う。 ヴァリッドたちの手には、あの時、ヴェインとエンスから託された力がある。バージョンが変わり、全く同じものだと言い切ることはできない。 だが、それでもAIDAという仕様外の存在にも対抗し得るだけの力を持っていた。 「そうだね……ボクらはあの時のままじゃない」 ルーネはロストウェポンを正面へ構えた。 「反存在って奴を倒さなきゃならないなら、これは俺たちにしかできない仕事だな」 淡い光を帯びた刀剣を構えて、ヴァリッドは呟いた。 「行くぞ!」 アーティが地を蹴った。 大きく引いた大鎌が陽炎の尾を揺らめかせる。 クビアヴェインが一歩、前へと歩み出た。片手で大きな鎌を掲げ、振り下ろす。 思い切り振り払ったアーティの鎌と、クビアヴェインの鎌が交差するように噛み合った。衝撃波のような突風が周囲に吹き荒れ、その場にいる者たちを襲う。 闇色の陽炎を帯びた鎌と、禍々しい空気を帯びた鎌がぶつかり合う。 「くっ……!」 アーティが呻き声を漏らした。 鎌を支える腕が震えている。じりじりとアーティが押されていた。 「さすがに、一筋縄じゃ行かないよな……!」 ヴァリッドは加勢するために駆け出した。 「……残骸ノ偽憶……」 ノイズのような耳障りな声が響いた直後だった。 「な……っ!」 クビアエンスの杖から生じた漆黒の球体が横合いからヴァリッドを襲った。 ヴァリッドは吹き飛ばされ、クビアゴモラで覆われた壁に背中から激突した。衝撃でいくつものクビアゴモラが消滅し、ヴァリッドのHPが半分を下回る。 微かに、右手に痛みを感じた気がした。 「ファリプスっ!」 ルーネのスペルが即座にヴァリッドのHPを回復する。 「ルナフェイズ!」 ロストウェポンに秘められたスペルが、ヴァリッドたち三人を強化する。 HPとSPを固定するこのスペルがあれば、まず負けることはない。 「これなら!」 淡い光に包まれながら、ヴァリッドは地を蹴る。 「ルーンレイド!」 ルーネがスペルを発動していた。 一瞬のうちに巨大な閃光がクビアエンスの真上に生じ、落下を始める。 「……残骸ノ反憶……」 ノイズ混じりの声と共に、クビアエンスの頭上に漆黒の光が揺らめいた。 漆黒の光は零れた水が地面に滲み渡るように水平に広がり、落下する巨大な光を受け止めた。底なしの沼に沈んでゆくように、光が闇に呑み込まれていく。 「そんな……!」 ルーネは言葉を失っていた。 ヴァリッドは闇の下にいるクビアエンスへと剣を振り下ろす。クビアエンスが動き、杖で剣を受け止める。強引に押し切ろうとしたが、びくともしなかった。 歯噛みし、一度剣を引いて再び斬りかかる。ヴァリッドの攻撃に合わせて、クビアエンスが杖を掲げ、受け止める。その頭上では、ルーネのスペルが完全に呑み込まれていた。 光が消えると同時に、闇が収束を始める。黒点となった闇に、クビアエンスは杖を掲げた。杖である結晶の先端が触れると同時に、闇が拡散する。 剣を振りかぶっていたヴァリッドは、至近距離で拡散する闇を浴び、衝撃で吹き飛ばされていた。 「……っ!」 驚愕に目を見開く。 ルーネのスペルで固定されているはずのHPが、激減していた。 無敵だと思っていた効果が、通用しない。いや、もしかしたらスペルが無ければ即戦闘不能に陥っていたかもしれない。 「くぁっ……!」 アーティが声を上げる。 斬り合いに押し負けたアーティがクビアヴェインの攻撃を受けていた。激減するHPを、ルーネが即座に回復させる。また鎌を振るうアーティに、クビアヴェインは無表情のまま応じている。 「翡翠……裂閃っ!」 返す刃で、アーティがスキルを放つ。 翡翠の光を振り撒きながら、大鎌が水平に振るわれる。 「……絶骸ノ反閃……」 耳障りな呟きと共に、クビアヴェインは真っ向からアーティに鎌を振るっていた。 水平に振るわれた漆黒の影を纏った禍々しい鎌がアーティの鎌と正面から噛み合う。刹那、轟音と共に衝撃波が嵐のように吹き荒れた。 弾き飛ばされたのは、アーティの方だった。壁に叩きつけられ、特殊な補助効果があるにも関わらずHPが減少している。 「くそっ……」 アーティの呻き声が聞こえた。 強い、などという表現では足りない。クビアヴェインとクビアエンスはロストウェポンを持ってしても不利な相手だった。強過ぎる力のストッパー、という欅の言葉を信じるなら、確かに止めるに足る力を持っている。 鎌を手に立ち上がるアーティの目に、諦めはない。ヴァリッドも駆け出していた。 「白虹一閃!」 クビアヴェイン目掛けて、ヴァリッドは光速の居合を放つ。 だが、一瞬ですれ違うはずの踏み込みが、途中で止まった。禍々しい鎌がヴァリッドの剣を受け止めている。そのまま鎌を振り払うクビアヴェインに体勢を崩され、返す刃が振り下ろされる。 ヴァリッドの前に割って入ったアーティが横合いから鎌を叩き付け、辛うじてクビアヴェインの鎌の向きを逸らした。 「受け止められるなんて、初めての経験だな……」 ヴァリッドは口元に苦笑いを浮かべながら、クビアヴェインへ剣を振るう。 「こいつら、まともに動き始めたらどうしようもないぞ……」 アーティが囁く。 今のところ、二体のクビアは自発的には動いていない。すべてヴァリッドたちの攻撃に応じる形で反撃してくるのみだ。それですら対応し切れていない現状で、どちらかでも自発的に行動を開始したら為す術がないかもしれない。 まともに攻撃が当てられればまだ勝機はあるのかもしれないが、防がれている。 「もう、なりふり構ってられないね……」 ルーネが呟いた。 「十分、本気だったけどな」 苦笑して、ヴァリッドは踏み込んだ。 「極光閃破!」 「蒼穹翔閃!」 「ルーンレイド!」 タイミングを合わせ、三人で同時にクビアヴェインへとスキルを放つ。 跳躍したヴァリッドが打ち下ろすように剣を叩き付け、懐へ滑り込んだアーティがクビアヴェインを上空へ打ち上げようと鎌を下方から振り上げ、その二人の頭上で巨大な閃光が落下を始める。 「……破骸ノ絶刃……」 鎌の柄を急接近したアーティに叩き付けて吹き飛ばし、返す刃を振り上げてヴァリッドを迎撃、そのまま鎌を回転させて閃光を削るように掻き消す。 カウンターを食らったアーティが地面を転がり、空中で弾かれたヴァリッドは壁に激突する。 「ラファリ――」 「……妨骸ノ闇光……」 すぐさま回復に転じようとしたルーネへ、クビアエンスがいくつもの漆黒の閃光を放った。 詠唱中だったルーネにクビアエンスの放った闇の光が直撃し、吹き飛ばされる。 クビアヴェインが動いていた。鎌を縦に振り下ろし、漆黒の衝撃波を放つ。立ち上がったアーティは水平に鎌を振るい、衝撃波を相殺する。 クビアエンスが闇色の閃光を放ち、ヴァリッドは剣で切り裂いて凌いだ。 「……絶骸ノ滅刃……」 「白虹……一閃っ!」 アーティへ鎌を振り上げるクビアヴェインの前に、ヴァリッドは飛び出していた。 スキルを放つために鎌を振り上げた無防備なクビアヴェインへ、ヴァリッドはロストウェポンを思い切り叩き付けた。 「連閃・零……っ!」 再びすれ違い、追撃スキルを叩き込む。 弾き出されたダメージは決して小さなものではなかった。だが、それでもクビアヴェインのHPの十分の一にも満たないダメージでしかなかった。 「翡翠裂閃……っ!」 ヴァリッドの攻撃でクビアヴェインが一瞬硬直した瞬間に、立ち上がったアーティが鎌を振るっていた。 「……妨骸ノ閃闇……」 「ルーンレイド!」 アーティの行動を妨害しようとするクビアエンスへ、光球が炸裂する。 「追閃・虚っ!」 追撃スキルで鎌を投げ放ち、アーティの鎌がクビアヴェインを切り刻む。 「アルテミスレイっ!」 いくつもの閃光がクビアエンスを貫く。 「まだまだ……極光閃――」 「望骸ノ反滓」 跳躍し、ヴァリッドが光を帯びた剣を叩き付けようとした瞬間、ノイズ混じりの声が聞こえた。 クビアエンスの持つ杖の結晶体が赤黒く禍々しい光を放った。空中にいたヴァリッドだけでなく、アーティとルーネも吹き飛ばされていた。 三人揃って壁に叩き付けられ、崩れ落ちる。 「望骸ノ刃滓」 クビアヴェインの持つ鎌が振るわれ、無数の衝撃波が土砂降りの雨のようにヴァリッドたちへ降り注ぐ。 「くっ……!」 ロストウェポンを構え、降り注ぐ漆黒の衝撃波を防御し、耐える。 体勢こそ崩されないものの、終わる気配の無い攻撃にHPが削られていく。 「このままじゃ……!」 ルーネが呟いた時だった。 微かに軋んだ音がして、アーティの手にしていた鎌に、ヒビが入った。 「あ……」 目を見開くアーティの目前で、鎌のヒビは広がり、無数の衝撃波によって砕かれ、散った。 防御できなくなったアーティの体を、漆黒の衝撃が切り裂いた。 「え……?」 ルーネの魔典も、砕け散っていた。 見れば、ヴァリッドの剣にもヒビが入っている。 ヴァリッドは防御を解き、攻撃に曝されることを承知で駆け出した。 「白虹一閃っ!」 強引に、クビアヴェインへと剣を振るった。 クビアヴェインが鎌を振り下ろし、刃がぶつかり合う。剣が砕け散り、体勢を崩したヴァリッドへ鎌が振り上げられる。咄嗟に、銃剣を取り出してクビアヴェインへと向ける。 クビアエンスがヴァリッドへ放った閃光を、間に割り込んだルーネが双剣を構えて受け止める。双剣が砕け散り、ルーネが吹き飛ばされる。 それでも、一瞬の時間稼ぎはできた。ヴァリッドが銃剣のトリガーを引く。しかし、クビアヴェインには傷一つ付かなかった。弾かれた弾丸が空しく消失し、鎌が振り下ろされる。ヴァリッドを押し退けて、アーティが割り込んだ。振り下ろされる鎌へ、左の拳を叩き付ける。 アーティの拳当は切り裂かれ、そのまま吹き飛ばされていた。 ヴァリッドは刀剣を取り出し、斬りかかっていた。普段使っている、何の力もない刀剣を。 刃はクビアヴェインの鎌に砕かれ、柄で鳩尾を突かれたヴァリッドは追撃の鎌をかわしきれなかった。辛うじて直撃は避けたが、鎌が右脚を掠めた。 瞬間、足に痛みを感じた気がした。 「嘘……だろ……」 ヴァリッドは目を疑った。 右脚が、膝から下が無くなっていた。削り取られたように、モデルデータが途切れている。 「腕が……!」 アーティの震えた声に目を向ければ、鎌と正面からぶつかり合った左腕が上腕の半ばから消滅していた。 キャラクターのモデルデータが損傷するなど、仕様外のことだ。本来起こり得ない事態だ。画面の端にエラーが表示されている。 歩こうとしても、上手く動けなかった。 「くそ……!」 砕かれた刀剣の柄を投げ捨て、銃剣を生成する。無駄だと分かっていても、ヴァリッドはクビアヴェインへと銃口を向けて引き金を引いていた。 「また、何もできないの……?」 ルーネが呟いた。 ロストウェポンは、砕け散った。ヴァリッドたちが反存在と戦えていたのは、ロストウェポンがあったからだ。それを失ったヴァリッドたちに、反存在を倒す手立ては残されていない。 通常の武器ではダメージすら与えられない。巨大な力に対抗するための反存在なら、生半可な力では歯が立たない。 「どうして、消えない……!」 アーティが呻くように声をあげた。 もし、クビアヴェインとクビアエンスがヴァリッドたちのロストウェポンの反存在だというなら、ロストウェポンが消滅した時点で反存在としての存在意義も無くなるはずだ。だが、二体のクビアは未だに存在し続けている。 元凶が存在し続けているからなのだろうか。だとしたら、ヴァリッドたちはクビアヴェインとクビアエンスを抑え込まなければならない。もしもクビアヴェインとクビアエンスが他のプレイヤーにも刃を向けたなら、碑文使いでもなければ止められないだろう。 だが、碑文使いたちの手を借りることはできない。そもそも、碑文使いたちが失敗すれば『The World』は終わりだ。ネットワークの異常を考えれば、世界そのものが終わってしまう可能性もある。碑文使いたちが成功すれば、反存在はすべて消えるはずだ。 「それまで戦えってこと……?」 ルーネの声に絶望が滲む。 それまで戦い続けるのがヴァリッドたちの仕事であり、依頼だ。 「……諦めるな」 ヴァリッドは引き金を引き続けていた。 ダメージは与えられていない。クビアヴェインが振り下ろす鎌を、地面を転がって辛うじて避けている。のたうちまわっているようにしか見えないが、それでもまだヴァリッドは生きている。 ダンジョンの中ではログアウトできない。戦闘中はタウンへの転送もできない。そもそも、大量のクビアゴモラに塞がれてプラットフォームへ向かう道も閉ざされている。 逃げ場はなかった。 「諦める気なんて、ないけどさ……!」 ルーネの回復スペルでも、欠損した腕や足は治らない。 ロストウェポンのスキルによる保護も、ロストウェポンが砕け散った瞬間から消えている。 「どうすれば……!」 左腕を失ったアーティは武器を持つことすらままならない。 クビアヴェインとクビアエンスの攻撃が続く中、アイテムは急速に数を減らしていく。 「ニセモノに……負けてたまるか!」 ヴァリッドは叫んでいた。 目の前の反存在は、ヴェインとエンスではない。かつて出会ったヴェインとエンスなら、ヴァリッドたちの敵にはならないだろう。 「そうだね……二人は、いつもボクらと一緒にいたもんね」 砕け散ったロストウェポンに視線を落として、ルーネが呟いた。 「結局、頼り過ぎていたな……」 アーティは苦笑を浮かべ、片手で鎌を振るう。 形は変わっても、ロストウェポンにはヴェインとエンスがいた。少なくともあの二人の一部はロストウェポンとしてヴァリッドたちと共にあった。 ヴァリッドたちにはただのプレイヤー以上の力はない。今まで仕様外のことに対処できていたのはヴェインとエンス、ロストウェポンの持つ力に頼っていたからだ。 「その、ツケかな……?」 ヴァリッドは小さく呟いた。 苦しい状況ではあったが、口元には僅かな笑みが浮かんでいた。力に頼り過ぎたから、その力を抑え込む力に圧倒されているのかもしれない。 結局、ヴァリッドたちのようなただのプレイヤーは、それを逸脱してしまえるような強大な力がなければ仕様外の異常事態には対処できない。 片足を失い、片腕を失い、もしかしたらクビアヴェインとクビアエンスに負けたらヴァリッドたちのキャラクターデータは消滅してしまうかもしれない。 「……けど、一緒に世界を見て回れたよ」 ルーネが呟く。 ロストウェポンとなっていたとしても、ヴァリッドたちはその中にヴェインとエンスがいたと信じている。ロストウェポンを構えることがない時でも、三人はいつも持ち歩いていた。だから、共に世界を見て回ることはできたはずだ。 ルーネはクビアエンスの攻撃を引き付け、ギリギリでかわすことで周囲を取り囲むクビアゴモラを倒している。自力で倒すだけの余力はもうほとんどない。だから、クビアエンスの攻撃力を逆手にとってクビアゴモラの数を少しでも減らそうとしていた。 「……PCなら、また創ればいい」 アーティがぽつりと漏らした。 キャラクターのデータが消失しても、新しくキャラクターは創り直せる。 アーティもまた、クビアヴェインに攻撃をしかけ反撃を誘い、それを利用してクビアゴモラの数を減らそうとしていた。交わしきれなかった攻撃がアーティの体を掠め、鎧はボロボロになっている。 「ああ、俺たちは――」 ヴァリッドは振り下ろされる鎌に真正面から銃口を向けていた。 もう回避は間に合わない。HPも残り少なく、回復アイテムの残りも、使用するだけの暇もない。 それでも、最後まで諦めない。 ただのプレイヤーでしかないヴァリッドには、それしかできない。諦めずに戦い続けて、時間を稼ぐしかない。それが解決のための行動になるかどうかは分からない。 ただ、諦めたくはなかった。 あの時も、ただ自分にできることをやろうとしていただけだ。今も、自分のものではない力を手にしていたとしても、それを使って自分にできることをしていた。 「――ここにいるんだ!」 たとえ、新しいPCを創ってもそれを操る人物が変わるわけではない。 ヴァリッドは、名前や姿が変わっても、ヴァリッドでいられる。アーティやルーネだってそうだ。 ヴァリッドというPCを通して、この世界にいるのだから。 振り下ろされた鎌に、ヴァリッドが銃弾を放つ。その弾丸が鎌に命中し、散った。 刹那、周囲に砕け散っていたロストウェポンの欠片が、輝いた。 眩い光が辺りを照らし、クビアヴェインが初めて驚いたようにたじろいだ。 砕け散った剣の欠片が浮かびあがり、ヴァリッドの銃剣を覆うように飛来する。 ヴァリッドの目の前で、銃剣は光に包まれ形を変えていく。銃身を覆うように、極彩色の淡い光を帯びた結晶が美しい刃を形作る。銃口が隠れたその姿は刀剣としか思えない。だが、柄である持ち手にはトリガーが残っている。 「これは……」 ――永久ノ絆。『トワノキズナ』 武器の名前を見て、ヴァリッドは目を見開いた。 振り返れば、アーティとルーネも新たな武器を手にしていた。 ――魂ノ記憶。『タマシイノキオク』 翡翠の輝きを帯びた、透き通った美しい刃によって形作られた鎌が、アーティの目の前に突き立てられている。刃の付け根には淡く極彩色の光を反射する絹のような長い布が結ばれ、風もないのに揺らめいている。アーティの右手は、翡翠の光を帯びた結晶で形作られた籠手で包まれていた。上腕の、籠手の途切れる部分に巻かれた布は、鎌に結ばれているのと同じもののようだった。 ――生命ノ証。『イノチノアカシ』 極彩色を帯びたいくつもの結晶が翼のように連なり、澄んだ光を広げている。魔典の中央にある結晶に色はなく、周りの結晶が放つ光によって重なり合った輝きが複雑な色合いを見せていた。 「……フルリバイバル!」 ルーネに呼応して、魔典を構成する無数の結晶が上空へ光を放つ。光は空中で一点に集約し、爆発と見紛うほどの閃光を周囲にまき散らした。振り撒かれた光がヴァリッド、アーティ、ルーネの三人を包み込み、HPとSPを全回復させた。同時に、すべての補助効果がヴァリッドたちを強化する。 失われていたヴァリッドの足も、アーティの腕も、再構成されていた。 「戦え、と……言ってるんだな」 再構成されたアーティの左腕は、すでに籠手で覆われていた。動きに合わせて揺れる二つの絹布が神秘的に煌めき、アーティは両手で鎌を掴んだ。 立ち上がったヴァリッドは剣を手に、駆け出した。 「望骸ノ刃滓」 距離を置いたクビアヴェインが鎌を振るい、漆黒の衝撃波が降り注ぐ。 「……閃刃裂光弾(せんじんれっこうだん)っ!」 ヴァリッドは叫び、剣を振るう。 刃を構成する結晶が輝きを放ち、振るった剣の軌跡を刃として解き放つ。縦へ、横へ、斜めへ、連続で剣を振るう度に光の刃が漆黒の衝撃波を切り裂いてクビアヴェインへと向かう。 五度目の斬撃と共に、剣は付け根からほぼ直角に可変し、刃を構成していた結晶が展開、銃口を覗かせる。その銃口をクビアヴェインへ向け、ヴァリッドは引き金を引いた。 放たれた光弾は、結晶で構成されたバレルで極彩色の輝きを螺旋状に纏い、クビアヴェインに炸裂する。 ダメージを受けて仰け反るクビアヴェインへ、アーティが突撃する。 「翡蒼連閃牙(ひそうれんせんが)!」 大きく後方へ引いた鎌を力任せに横合いから叩き付け、その勢いのままに二回、三回と回転切りを加える。その勢いのまま鎌を上空へ放り投げ、よろけたクビアヴェインを籠手で殴り付ける。一撃、二撃、三撃と強烈な拳を叩き込み最後の一撃を鳩尾へと叩き込んで上空へと打ち上げる。アーティ自身も同時に跳躍し、空中で落下してきた鎌を掴み、目の前の無防備な敵へ勢いのまま鎌を叩き付けた。 地面に叩き付けられたクビアヴェインがくぐもった呻き声をあげる。 「望骸ノ反滓」 「させないよ! 連滅双斬閃(れんめつそうざんせん)!」 まだ空中にいるアーティへ攻撃を仕掛けようとするクビアエンスに、ルーネが魔典を向けた。 無数の結晶体から極彩色の閃光がクビアエンスに炸裂する。翼のような結晶体は真ん中から避けるように左右へ分離し、その付け根をルーネが掴み、駆け出す。残った魔典はルーネを加速させ、一瞬でクビアエンスの懐へと移動させる。クビアエンスへ、ルーネが双剣となった結晶体を振るう。連続で斬り付け、最後はクビアエンスを打ち上げる。ルーネの目の前へ転送された魔典の中央へ双剣の柄を戻し、上空のクビアエンスへルーネは右手を掲げた。結晶体から一斉に光が放たれ、無防備なクビアエンスを貫いた。 置き上がったクビアヴェインがルーネへと鎌を振り上げる。 「させるかっ!」 割り込んだアーティの鎌がクビアヴェインの鎌を受け止める。 武器が砕ける気配はない。それでも、単純な力はクビアヴェインの方が上だ。じりじりとアーティが押されていく。 ヴァリッドはそのクビアヴェインの背中へ銃口を向け、光弾を放った。よろめくクビアヴェインの隙を突いて、アーティが鎌を弾く。体勢を崩したクビアヴェインを狙うヴァリッドへ、クビアエンスの放った黒い光が炸裂する。減ったHPをルーネが回復する。 戦闘の余波で、いつの間にか周りのクビアゴモラの数は激減していた。 クビアヴェインとクビアエンスのHPも、底が見え始めている。 「もし、お前らがあの二人の影だというなら――」 アーティが刃を振るい、呟く。 「――憶えておいてあげるよ、ボクらが――」 それにルーネが続き。 「――お前たちが、この世界に居たことを!」 ヴァリッドが最後の言葉を紡いだ。 「極蒼翠閃(きょくそうすいせん)っ!」 頭上に掲げた鎌を回転させ、アーティは勢いを付けて大きく刃を振り被る。翡翠の光が周囲に舞い散り、構えた瞬間に刃の輝きが増大した。その大鎌を、袈裟掛けにクビアヴェインへと叩き付ける。返す刃は水平に大きく振り払い、クビアヴェインが吹き飛ばされる。 「彩牙閃煌(さいがせんこう)っ!」 クビアエンスへ、ヴァリッドは下方へと構えた刃を逆袈裟に一閃する。結晶が光を纏い、極彩色の閃光が幾重にもクビアエンスを切り刻む。勢いのまま体を回転させ、水平にもう一閃、斬り払う。周囲へ極彩色の輝きが衝撃波のように舞い散り、クビアエンスは閃光に斬り裂かれ続けながら吹き飛ばされた。 ヴァリッドとアーティの同時攻撃で吹き飛ばされたクビアヴェインとクビアエンスが、中央で激突する。 「秘術・命(みこと)!」 ルーネの声と共に、魔典を構成する結晶が極彩色の光を放つ。クビアヴェインとクビアエンスの激突したその瞬間、二人の真下に光で幾何学紋様を刻まれた魔法陣が描き出された。魔法陣から放出された極彩色の閃光は幾重にも螺旋を描き、その中にいるクビアヴェインとクビアエンスにダメージを与え続ける。螺旋を描く光が収束し、爆発を起こして周囲に舞い散る。 散った光に触れたヴァリッドとアーティのHPとSPが回復していく。 「秘閃・魂(たましい)!」 アーティが鎌を回転させ、投げ放つ。 翡翠の円刃と化した鎌がクビアヴェインとクビアエンスを切り刻み、追い付いたアーティが渾身の一撃をクビアヴェインに叩き込む。拳が命中した瞬間、翡翠の光が爆発したように放たれた。飛来した鎌を左手で掴み、体を捻りながら右手を柄へ。両手で柄を握り締め、鎌を水平に薙ぎ払う。翡翠の光がクビアヴェインとクビアエンスをまとめて吹き飛ばす。 「秘閃・絆(きずな)!」 ヴァリッドの居合が二人を斬り裂き、軽く上空へと浮き上がらせる。 振り返ったヴァリッドの手には、銃形態へ展開した刃があった。放たれた閃光が、極彩色の煌めきを纏いながらクビアヴェインとクビアエンスを貫く。炸裂した光が周囲に舞い散り、再び剣へと形を変えた刃をヴァリッドは縦に一閃した。極彩色の閃光が大地を裂くように突き抜け、二人のクビアを切り裂く。周囲に散っていた光が呼応するかのように煌めき、視界を埋め尽くすほどの閃光の爆発を起こした。 光がおさまった時、その場に立っていたのは三人だけだった。 クビアゴモラさえも、すべて消滅していた。 視界を埋め尽くした閃光の中、ヴァリッドには、懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。 |
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