エピローグ あれから『The World』の異常は、AIDAも含めてすべてとある人物が引き起こしたものだという発表や報道がなされ、事態は収束した。まだ騒がれてはいるものの、システムの異常などはほとんど無くなったと言っていい。 原子炉のメルトダウンも、人工衛星の落下も、現実になることはなく、なんとか持ち直すことができた。 『The World』も正常だ。 サーバ移動も問題なく行える。AIDAの目撃情報も無い。少なくとも、碑文使いのような存在が必要な異常というのは起きていない。 「そういえば、梓と檜は交際始めたらしいぞ」 マク・アヌの橋の手すりに背を向けて寄りかかるように両肘を突いて、アーティは笑みを浮かべてそう言った。 アーティには梓からメールが届いていたらしい。 「へぇ、上手くいったんだ?」 ルーネも笑みを浮かべる。 「月の樹は無くなったも同然だけど、まだ楓や欅との繋がりはあるみたいだしな」 ヴァリッドにも檜からメールが届いている。 ギルド自体はほぼ解体されたと言ってもいい。だが、そこで知り合い、交流を深めた人たちとの繋がりは途切れていないようだ。 クビアとの一件で装備のほとんどを失ったヴァリッドたちは、また地道に武器を集めながら今まで通りの傭兵稼業を続けていた。@HOMEの倉庫に一つずつ残しておいた武器で今はやりくりしている。 「あ、そうそう。ボクCC社に入ることにしたよ」 「唐突だな」 ルーネの言葉に、ヴァリッドは苦笑した。 「どうしたいか決まらなかったけど、知りたくなったんだ、この世界のこと」 「なるほどな」 アーティが苦笑する。 一般プレイヤーとしてだけでなく、管理する側の人間としてもこの世界を知りたくなったのだろう。違う見方をしてみたいのかもしれない。ルーネらしいと言えばルーネらしい。 「そうなっても、また一緒に組んでくれる?」 「当たり前だろ。そのPCでも、社員用PCでも、お前なら断る理由はないさ」 ルーネの言葉に、ヴァリッドは笑って答える。 たとえCC社の側の人間となっても、ルーネはルーネだ。ヴァリッドたちと変わらず付き合う気持ちがあるのなら、何も問題はない。 ヴァリッドたちの絆はそう簡単に切れやしない。 「あ、いたいた♪」 無邪気な明るい声に目を向ければ、そこには欅が立っていた。 「今日は一人か?」 「まだ来てないだけです♪」 ヴァリッドの問いに、欅は笑って答える。 いつも楓といる印象が強いせいか、欅も言いたいことを察したらしい。 「そう言えば、報酬まだ貰ってないよね」 ルーネが言った。 クビアの一件は欅からの依頼でもあった。ヴァリッドたちの意思でもあったが、何か報酬を考えていたからこその依頼だったとも言える。ただ頼みたいだけなら、依頼という言い方をする必要はないのだから。 「はい、そのために来たんですよ♪」 笑顔でトレードを申請してくる欅から、ヴァリッドたちは報酬を受け取った。 「これって……」 受け取ったのは、武器だった。ヴァリッドたちがクビアヴェインたちとの戦いで破壊された、普段使っていた武器だ。アビリティのスロットこそ空いているが、しっかり限界まで強化されている。 刀剣と銃剣、大鎌と拳当、魔典と双剣、合計六つの武器が報酬として手渡された。 「いいのか?」 「はい♪」 アーティの確認に、欅は頷いた。 「……欅、分かってたんだな」 ヴァリッドは小さく呟いた。 欅は、ヴァリッドたちがロストウェポンを持っているから、あの場所へ行って欲しいと頼んだのではない。反存在がいるから、頼んだのだ。ただの武器では太刀打ちできないことも、破壊されてしまうだろうことも最初から知っていた。 「……反存在は、強かったですか?」 欅は少しだけ真面目な顔をして、聞いてきた。 「ああ、滅茶苦茶強かったよ」 「ロストウェポンも一回砕かれたもんね」 ヴァリッドの言葉に、ルーネが苦笑して付け加えた。 「どれだけ、力に頼っていたのか思い知ったよ」 アーティが溜め息交じりに呟いた。 「……気付いたんですね」 見上げてくる欅は、優しい表情をしていた。 「ああ、力じゃなく、思いに頼るべきだったんだ」 ヴァリッドは言った。 ヴェインとエンスが残したのは、力だけじゃない。あの時、ヴェインとエンスが抱いていた思いも、ロストウェポンには込められていた。ヴェインとエンスが居たこと、二人がもっと生きたかったこと、そんな思いが力として武器の形になっていただけなのかもしれない。 忘れていたわけではない。ただ、はっきりと二人に伝えていなかった。 だから、あの時ヴァリッドたちの思いに反応して、ロストウェポンは進化したのかもしれない。 「いつでも、世界を変えるのは人の思い……ですね♪」 欅は笑って、身を引いた。 「また何かあったら気軽に声かけてね」 「はい♪」 ルーネに頷いて、欅が歩き出す。 「思いが世界を形創るなら、もしかしたらどこかにいるのかもしれませんね」 ふっとそんなことを呟いて、欅はカオスゲートの方へと歩いて行った。 ヴェインとエンス、そのままの姿でも、存在でもないかもしれない。一人の存在になっているかもしれないし、複数に散ってしまっているかもしれない。ただ、ヴェインとエンスという存在を継ぐ存在がいてもおかしくはない。 そんな口ぶりだった。 「ああ、そうだな……」 欅の背中を見送りながら、ヴァリッドは小さく呟いた。 「……確かに、聞こえた」 アーティは静かに呟いて、空を見上げた。 「うん、聞こえた……」 ルーネも頷いて、目を閉じる。 「あれは、きっと……」 ヴァリッドは目を細め、夕陽を見据える。 反存在への最後の攻撃を繰り出して、視界が光に包まれていた時、三人には確かに声が聞こえたのだ。 ありがとう、と。 ヴェインなのかエンスなのか、はっきりとは分からない。ただ、二人の思いは確かに聞こえた。 「……探すか」 ヴァリッドはそう呟いた。 「それもいいな」 アーティが小さく笑う。 もしこの世界に二人がいるのなら、探してみるのも悪くない。 「ボクらのペースで、ね」 ルーネも笑みを見せる。 焦る必要も、急ぐ必要もない。ゆっくり、今まで通りこの世界を見つめながらでいい。 ヴァリッドたちの手には、二人の思いが残されている。二人の思いと共に、この世界で歩き続ければ、いつか出会うかもしれない。きっと、その程度でいい。 「あのー……」 ふと、声をかけられた方へ振り返れば、呪療士(ハーヴェスト)らしい少女が立っている。初心者と思しきPCがもう一人、直ぐ後ろで不安そうな顔をしている。 「はいはい依頼かなー?」 明るく人懐っこい笑みを浮かべて、ルーネが歩み寄る。 ヴァリッドはアーティと顔を見合わせ、肩を竦めて笑みを交わす。 ルーネが二人と言葉を交わしながら歩き出し、アーティがその後に続いた。ヴァリッドも一歩遅れて歩き出す。カオスゲートへ向かう階段を上りながら、二人と依頼内容について確認する。 階段を上り切ったところで、ヴァリッドはふと橋を振り返った。 夕陽に照らし出された橋を多くの人が行き交っている。 「ヴェイン、エンス……俺たちは今、ここにいる」 心の中で呟いて、ヴァリッドは歩き出した。 ――完―― |
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