ファイル2 「二人」


 自分の部屋のドアを開けて中へ。デスクの前に立ち、まずはパソコンの電源をつける。
 学校制服の上着を脱ぎ、クローゼットのハンガーにかけた。
 起動したOS、『ALTIMIT』を見てデスクに座る。
 いつものようにメールをチェック。今日は何も届いていない。それを確認してから、アイコンをダブルクリックする。

 『The World』

 画面が切り替わるのを見ながら、フェイスマウントディスプレイを顔に装着する。
 右耳のヘッドホンの付近から口の脇へと伸びる小型マイクを指で軽く小突いた。機能は正常、壊れてはいない。
 タイトル画面が表示され、そのメニューの中からBBSを選ぶ。
 掲示板、ユーザー同士が交流する場の一つだ。ゲーム内での質問や、仲間を集めたり、お願いや雑談といった、ゲーム内でも可能な記事が数多く存在する。ゲーム内で聞くのと違う事は、離れたサーバで遊んでいる人や、レベルの差が有り過ぎるなどの接点のない人との交流の機会が生まれるという事だ。
 新着記事の一つに目を向ける。手に持ったコントローラを操作してカーソルを合わせ、記事を展開させる。
『初心者を狙うPK、出没しなくなりました。協力して頂いた方に感謝致します』
 つい先日の記事だ。
 小さく笑みを浮かべ、記事を閉じる。次に目を引いたのは、更に新しい記事だ。
『奇妙なキャラクターを探しています。普通にはエディットできないパーツで構成されたキャラで、見た事もない武器を持っています。情報を持っている方がいましたら、教えて下さい』
 少しだけ興味が湧いた。
 オンラインゲームでは自分自身を見せる必要はない。普段と違う自分になる事もできる。
 それは、人それぞれ。

 ――だからこそ、そこへ。

 いつものように、藍川雪(あいかわゆき)はザ・ワールドへログインした。

 *

 高山都市ドゥナ・ロリヤック。
 Θ(シータ)サーバとも呼ばれる、下級サーバの街だ。
 近接している山岳地の頂上同士を橋で繋いだ、雲の上に存在する都市である。雲を下方に見下ろす都市全体は、青空と太陽に照らされて常に明るい。突出した大きな岩壁に穴を開けて石で直線的な壁を作り、建物としている。辺りには爽やかな風が吹き、建物の付近に立てられた旗を揺り動かしていた。
 その都市の開けた一角には、カオスゲートが存在する。
 ゲートの前に転送エフェクトのリングが生じ、剣士が降り立った。
 ヴァリッドだ。
「さてと、どうしたもんかな……」
 小さく呟く。
 BBSにあった記事は読んだ。恐らく、先日ヴァリッドが見た謎のPCを、他に目撃した人間がいたに違いない。もっとも、複数存在する可能性もあり、同一のPCだとは断定できない。ただ、それでも情報は多い方がいい。
 たとえ同一のキャラクターでなくとも、似たようなPCを追って行けば辿り着ける可能性もある。
 ヴァリッドはBBSで返信を打とうかとも考えたが、止めた。元々、ヴァリッドはBBSには余り書き込みをしない事をプレイスタイルとしている。情報交換ならば面と向かって行う、というのが自分で決めたルールだ。そのために場所を打ち合わせる程度にしようする以外は、もっぱら記事を読むだけだ。
 レベルを上げるならもっと上級者向けのサーバに行くべきだが、今はそのつもりはない。興味がある事といえば、先日の謎のPCだ。ただ、その行方や存在を探すとなると骨が折れる。
 いきなり姿を消した事といい、ヴァリッドのみに告げた言葉といい、誘っているようにしか見えない。
「まぁ、する事もないしな」
 そこまで考えて、ヴァリッドは溜め息をついた。
 特にしたい事がないのなら、あのPCを追うというのも悪くない。興味を持っているのなら、尚更だ。
「チーターにからかわれていたんなら、ぶっ倒せばいいだけだし」
 勝ち気な笑みを浮かべ、ヴァリッドは歩き出した。
 チーターとは、チート、即ち不正行為を働いているプレイヤーの事だ。不正行為といっても、他者に対する誹謗中傷やBBSでの罵詈雑言などといったマナー的なものではない。オンラインゲームのプログラムを解析し、自分の都合の良いように改良したりする者の事だ。
 ザ・ワールドの世界自体かなりの規模であると同時に、プログラムに掛けられているプロテクトは強固なものだが、プレイヤー個人に関しては少し異なってくる。
 それぞれのパソコンにインストールされて形成されたプレイヤーデータは、パソコンの方にもセーブされている。そのセーブデータに手を加えれば、チートは可能なのだ。普通のプレイヤーにとっては、そのセーブデータを改造するだけの知識もないため、チートができるのはハッカーぐらいだ。セーブデータの複雑に暗号化されているのだから。
 謎のPCも、チートで手を加えられたデータである可能性がある。むしろ、その方がしっくりくるかもしれないぐらいだ。
 彼女がチートPCであり、からかわれていたのなら、ヴァリッドは迷わず剣を振るう。データ改造をしているPCを倒せる保障はないが、せめて一太刀でも浴びせようと思う。
 からかわれたままというのも癪だ。
「あの〜……」
「ん?」
 不意に声をかけられ、ヴァリッドは視線を巡らせた。
「良かったらPT組みませんか?」
 見れば、背に小さな翼を生やした女性型PCが立っている。小柄な身体に斧を重そうに持っているデザインから、重斧使いだと分かる。チェルシィという名が表示されていた。
 PTはパーティの略だ。フィールドへと向かうのに、仲間を増やそうとしているのである。
「どこへ行くんだ?」
 即決せず、ヴァリッドは確認を取るために問い質した。
「エリアレベルが38辺りに行きたいんだけど、ちょっと心配でさ」
 チェルシィの隣にいた槍を持った男型PCが口を挟んだ。鎧を着込み、槍を持っている事から職業は重槍使いだろう。Rickyという名は表示されている。
「二人のレベルは?」
「えと、私は25」
「俺は26」
 ヴァリッドの問いに二人が答える。
「そんなレベルで38の場所に行くのか?」
「レアアイテムがあるんだよ」
 呆れるヴァリッドに、Rickyが言った。
 レアアイテムを取りたいがために、自分のレベルに見合わない難易度のエリアへと向かうプレイヤーは少なくない。いくらパーティを組んでいても、補えるレベル差はせいぜいプラスマイナス5ぐらいだ。10以上離れたレベルに挑むというのは無謀である。
「手助けしてやってもいいけど、礼金ぐらいは貰うぜ?」
「げっ、金とんのかよ!?」
 溜め息交じりのヴァリッドの言葉に、Rickyが表情を歪めた。
「リアルマネートレードじゃないんだから、いいだろ。そんなにぼったくらねぇよ」
 ヴァリッドの言葉に、Rickyとチェルシィが顔を見合わせる。
 リアルマネートレード、ゲーム内の通貨ではなく、現実の世界の通過を遣り取りする事を指す言葉だ。通常、禁止されているものだが、裏で密かにやっている者は少なからずいるらしい。無論、ヴァリッドがした事はない。
「あの、レベルは?」
 チェルシィがヴァリッドに問う。ヴァリッドのレベルを確認して決めようというのだろう。
「85」
「85っ!?」
 Rickyが声を上げた。
 85、といえば本来は最上級のサーバにいるレベルだ。傭兵というプレイスタイルをする以上、ヴァリッドには相当な腕前が要求される。主に戦闘能力に関してだが、一人で依頼をこなさなければならない場合も多いのだ。そうなった時、重要なのはヴァリッドが依頼を遂行できるだけの能力があるかどうかだ。これだけのレベルがあれば、最上級のサーバ以外での依頼は一人でもこなす事ができる。
「俺は傭兵だからな。連れていけばレアアイテムもそう苦労しないで取れるぜ」
 口元に笑みを浮かべ、ヴァリッドは言う。
「いくら払えばいいんだ?」
「1000GPってとこかな」
「そんなんでいいのか!?」
「ぼったくりはしない主義だ。格安だろ?」
 驚いた表情のRickyに、ヴァリッドは笑ってみせる。1000GPといえば、初期回復アイテム約十個分の値段だ。低級なサーバでも一度か二度、ダンジョンへ潜れば稼げる金額である。
「じゃあ、お願いします!」
「任せとけ」
 お辞儀するチェルシィに笑みを返し、ヴァリッドはカオスゲートへと歩き出した。
 Rickyから聞き出したエリアワードを入力してフィールドへと転送し、ダンジョンを目指して歩き出す。途中にあった魔法陣から出てきた敵も、ヴァリッドが一太刀のもとに斬り捨てた。
 チェルシィやRickyは敵の攻撃を一度受けただけでもHPの半分以上を削られてしまい、戦闘は専らヴァリッドがこなしていた。二人の援護も、下級呪紋を唱え、敵の動きを止める程度だ。レベル差自体が相当なものであるため、仕方がない。
「凄ーい!」
 モンスターを一撃で排除するヴァリッドを見て、チェルシィが声を上げる。そんな声を聞くのも、悪くない気分だ。
 順調にダンジョンを進み、三人は最奥部のアイテム神像へと辿り着いた。
「さ、どうぞ」
「ありがとー!」
 ヴァリッドの言葉に、チェルシィが神像前に置かれている宝箱を開ける。
「はぁ〜、なんだか格好悪いな、俺」
 Rickyの呟きにヴァリッドは苦笑した。目の前では、チェルシィがレアアイテムである斧を手に喜んでいる。大体の事情は読めたが、ヴァリッドは何も言わなかった。言ったところでどうにもならない。ならば言う必要もないだろう。
「ありがとうございます!」
 チェルシィの言葉はヴァリッドへ向けられたものだ。Rickyへ向けられたものではない。多少、Rickyに同情しないでもないが、この場合は運が悪かったとしか言いようがない。
「用が済んだなら、戻ろうぜ」
 そう言って、ヴァリッドは精霊のオカリナを使用した。
 ダンジョンから抜け出し、フィールドからルートタウンへと戻る。
「じゃあ、報酬1000GP」
「ん、確かに受け取った」
 Rickyから報酬の金額を受け取り、ヴァリッドはパーティから抜けた。
 ダンジョンへ潜ったとは言え、レベルが低いためにさほど苦労はしなかった。大して時間も経っていない。
「ん?」
 不意に、視界の中に光が見えた。それも、翡翠色の。
 思わずヴァリッドは駆け出していた。普通にエディットされたPCかもしれない。それでも、追わずにはいられなかった。
 高山都市は見晴らしが良い。直ぐに問題のPCが視界に入った。
 翡翠色の鎧に、絹の帯を巻き付けたような服装と、斧とも槍ともつかない奇妙な武器。先日、ヴァリッドが出会ったキャラクターと同じ女性が歩いていた。
 周りにいるPC達は彼女に気付いていないかのように、平然と歩いている。見た事もないPCを見れば、大抵の人間は注目するというのに。
 女性はただ真っ直ぐに歩いている。周りの人間とぶつかる事もなく。まるで、他の人が無意識のうちに彼女を避けているかのように。
 人の隙間を縫うように、ヴァリッドは駆け抜けていく。彼女へと手を伸ばそうとした時、女性が動いた。丁度、ヴァリッドが伸ばした手から逃れようとするかのように、身体を右へと進ませている。
 そして、女性が振り返った。
「――お前は……!」
 ヴァリッドが口を開く。
 異常さに気付き、言葉が途切れる。
 目の前の女性の頭上に、名前が表示されていない。空欄を名前にする事は通常はできないはずだ。だが、空欄などでもなく、名前が表示されていないのだ。
 女性は全てを見抜いているかのような笑みを湛え、ヴァリッドを見返していた。

 ――私は、ヴェイン。

 声と共に、文字が流れる。
 女性、ヴェインが視線を横へと動かした。
 その先を見れば、アーティが立っている。呆然と、目を見開いて、信じられないものを見ているかのような表情で、アーティはヴェインと、ヴァリッドを見つめていた。

 ――私の名は、ヴェイン。

 ヴァリッドではなく、アーティへと身体を向けて、ヴェインは言葉を投げた。
 周囲の人達は呆然と立ち尽くすヴァリッドやアーティには目もくれない。勿論、ヴェインにも。

 ――あなたの意志は、意思?

 ――それとも、ただの理想?

 声に、アーティが身を強張らせた。
 それを見て、ヴェインは微かに笑みを深くする。目を閉じ、僅かに頷くように首を動かす。目を開け、彼女は言葉を紡いだ。

 ――必然と偶然は相反するものではなく、絡み合う事象。

 言いながら、ヴェインは視線をヴァリッドへと向けた。
 ヴェインが身を退く。
「――待てぇっ!」
 叫び、ヴァリッドは手を伸ばす。
 ヴェインは、笑みを深くしてヴァリッドを見返した。その身体が薄らいでゆく。
 伸ばした手が、半透明となったヴェインの身体を突き抜ける。一瞬遅れて、ヴェインの身体は消滅した。跡形も残さずに。
 通常の転送とは全く違っていた。エフェクトも無く、ただその場から存在が消失したかのようだ。
「くそっ……!」
 虚空を掴んだ手を握り締め、ヴァリッドは呻いた。
「――あいつは……」
 アーティが呟いた。
 その場から全く動けないようで、呆然と立ち尽くしたままヴェインの消えた空間を見つめている。
 恐らくはアーティにもヴェインの声が聞こえたのだ。姿も見えていたのだろう、周囲のPCと違って、彼女だけが足を止めている。加えて、ヴェインの言葉に反応した。
「ヴェイン、とか言ってたな」
 アーティに視線を向け、ヴァリッドは口を開いた。
「あんたは、この前の……」
 何故ヴァリッドがここにいるのか、と問いたげにアーティは表情を歪める。
「そんな事はどうでもいい。お前はあの、ヴェインとかいう奴に会った事はあるのか?」
「いや、今日が初めてだが……」
 ヴァリッドの真剣な口調に、アーティは少し驚いたようだった。
「イベントか、チートか……くそ、さっぱり分かりゃしねぇ」
 ヴァリッドは忌々しげに吐き捨てる。
 通常のPCに、ヴェインのような消失するような現象を起こす事はできない。ゲームの仕様上、不可能なはずだ。道具を使ったとは考えられない。あのようなエフェクトを起こすアイテムの存在なんて、聞いた事がないのだから。
 だとすれば、残るはチートかイベントのどちらかだ。それ以外に考えられない。公式サイトにイベントを行うといったような記事は載っていない事から、チートの可能性も高い。
 なんにしても情報が足りなさすぎる。
 分かった事といえば、彼女の名がヴェインだという事ぐらいだ。
「あれは、何だ?」
「俺にも分からない。なぁ、とりあえずパーティ組もうぜ、話が漏れる」
「それのどこが悪い?」
 ヴァリッドの提案を、アーティは蹴った。
 基本的に、オープンチャットでは周囲の人間にも声が届く。長期間の会話をするのなら、パーティチャットをするのが一般的だ。関係ない者には声も聞こえないし、周囲の会話もある程度遮断できる。
「相当俺が嫌いなんだな」
 ヴァリッドは呆れたように呟いた。
「報酬さえあれば動くだなんて、低俗な人間そのものじゃないか」
「そこまで言われると流石に腹立つな」
 アーティの見下した物言いに、ヴァリッドは溜め息をついた。
「やぁ、ヴァリッドじゃないか」
 不意に横合いから声を掛けられ、ヴァリッドはアーティから視線を外した。
「ん? あぁ、アイジスか」
 見れば、そこには青い法衣を着込んだ青年の呪紋使いが立っていた。
「どうだい? 吉田さんの使い心地は」
「うむ、悪くない。それよりも他の者に頼むよりずっと安くて驚いたぐらいさ。得をした。感謝しているよ」
 呪紋使い、アイジスがヴァリッドに笑みを見せた。彼の手には、以前ヴァリッドが依頼を受けて手に入れた杖が握られている。
「何かあったらまた気軽に雇ってくれよ」
「そうさせてもらうよ」
 笑みを返すヴァリッドに微笑み、アイジスは遠ざかって行った。
「今のは、知り合いか?」
「ああ、最近、俺に依頼をしたPCだ。知り合いってほどでもねぇな」
 アイジスを見送ってから、アーティがヴァリッドに問いを投げた。アイジスとヴァリッドには直接繋がりはなく、パーティを組んでフィールドへと向かった事もない。ただ、ヴァリッドが彼の依頼を請け負った事があるだけだ。
「何か変か?」
 いきなり黙り込んだアーティに、ヴァリッドは問う。
「いや、少しお前を誤解していたみたいだ……」
「あ、もしかしてお前、俺が無理矢理報酬を取ってると思ってたんだろ?」
 ヴァリッドの言葉にアーティが人差し指で頬を掻いた。図星だったのだろう。
「ま、俺は貸しを作りたくないだけなんだけどな」
 アーティの言葉に、ヴァリッドは小さく笑った。
 傭兵のようなプレイスタイルをしている者は、報酬をより多く取ろうとする。そういった者がほとんどなのだが、ヴァリッドやルーネは違っていた。
 オンラインゲームをプレイしていると、恩を感じる事も多々ある。それは、初心者や下級者から上級者に向けられる場合が多い。手解きを受けたり、無償でレアアイテムを貰った、など親切にしてもらった場合に恩を感じる。大抵はいつか恩を返そう、と思うだろう。
 だが、ヴァリッドの場合は恩を報酬として支払ってもらう形を取っているのだ。無論、格安で依頼を受けるヴァリッドに対して恩義を感じ、報酬を上乗せしようとする者も多い。そういった場合には、ヴァリッドも上乗せされた報酬も快く受け取る。
「ギブアンドテイク。後腐れなく別れられるだろ?」
 オンラインゲームは一期一会の場合も多い。恩義を感じてしまえば、また会おうとする者もいる。別にそれで困るわけではないが、ヴァリッドは一期一会でもさっぱりと別れられる関係にするために今のプレイスタイルでやってきたのだ。
「変に馴れ合いもしたくないんでね」
 ヴァリッドの正直な言葉だ。
「……すまない」
「いいって、気にすんなよ。俺もこんな事はあんまり話さないからな」
 アーティが申し訳なさそうに視線を逸らし、ヴァリッドは苦笑した。
「申し訳なく思うんなら、一旦パーティ組もうぜ」
「ああ、解った」
 ヴァリッドはアーティをパーティに誘い、チャットモードを切り替える。
「道の真ん中で話すのも邪魔になるし、場所を変えるか」
「そうだな」
 アーティが頷くのを確認して、ヴァリッドは人の少ない空き地へと移動した。
 武器屋の奥へ移動し、ヴァリッドは腰を下ろす。高山都市、というだけあって、見晴らしが良い。下方に雲を見下ろすような景色が視界一杯に広がる。
「話を戻そう。ヴェイン、だったな」
 アーティは立ったままで会話を切り出した。
「ああ。俺は前に一度、会った事がある」
「本当か!?」
 ヴァリッドの言葉に、アーティが驚いたように問う。
「あいつの声、聞こえたか? 俺も同じ事を言われたんだ。それも、前にお前と会った後、ダンジョンを出てからマク・アヌでな」
 アーティが頷いたのを見て、ヴェインを見る事ができる者とそうでない者がいるという推測が立った。
 ヴェイン自身が、他者に干渉して選定しているという可能性もあるが、現状では見る事ができた者とそうでない者の区別しか判断はできない。
「あの言葉……」
「何か思い当たる事でもあるのか?」
「いや……」
 ヴァリッドの問いに、アーティは曖昧な返事を返した。文字だけ見れば否定しているようだが、口調はそうでもなさそうだった。
「お前は、どうなんだ?」
「俺か? 俺は……う〜ん、解らないってのが正直なとこだな」
 逆に問いを返してきたアーティに、ヴァリッドも曖昧に答えた。
 深い、哲学的な言葉であると思う。何も感じないといえば嘘になるが、具体的に説明できるほど感情は固まってはいない。チートキャラだとするなら、言葉に特に意味はなく、ただヴァリッド達の気を引こうとしているだけとも取れるが。
「BBSに書き込まれていた記事が指すのがあいつなら、俺達以外にも目撃している奴がいるって事だよな」
 掲示板の記事を書いたPCは、ヴァリッドでもアーティでもなく、最も親しいルーネでもなかった。全く見ず知らずのPC名が記載されていた。
「確か、書き込んだ者の名は、エンスだったな?」
 アーティが確認を求めるように言う。
「まずはそいつを探すっていうのも有りかもしれないな。どこまで情報を持っているかは知らないが……」
 ヴァリッドは返答の代わりにそう言葉を返した。
 エンスという人物がヴェインを見たとしても、ヴァリッドやアーティのように言葉を掛けられて一方的に消えてしまった可能性も少なくは無い。新しい情報は何もないかもしれない。
「BBSに書き込むか?」
「どうすっかな、あんまり人が集まってきても困るしな」
 アーティの提案に、ヴァリッドは溜め息をついて口元に手を当てて思案するように空を見上げた。
 見た事もないPCだとか、エディットできないキャラクター、というのは注目され易い話題だ。たとえ情報交換のために会う約束をしたとしても、野次馬が集まってくる可能性もある。できれば関係のある者達だけで、というのがヴァリッドの希望だ。
「人目を引くためのデマ、と考える人もいるかもしれないが……」
「実際にデマって可能性もゼロじゃないからなぁ」
 その言葉にヴァリッドは苦笑する。
 注目を集めたいがために嘘の情報を書き込む者は少なからず存在する。それが偶然、ヴェインを指すかのような記事になっている可能性もある。そういった可能性が存在する事もあって、無視する者も大勢いるわけだが、真実だと思って食い付いてくる者もいるのだ。
 嘘か本当か、その境界線は読み手には分からない。判断を下す事はできても、事前に見抜く事は難しい。
 特に、ヴェインを見る事ができない者が大勢いるのだから、デマである可能性も高いのである。逆に、そういった書き込みがある、と捉えれば信憑性も増してくる。
「難しいところだな……」
「こればっかりは俺らじゃどうこうできないからな」
 考え込むアーティに、ヴァリッドは苦笑した。
 インターネット上であるがために、情報の真偽は確認するのが難しい。嘘をあたかも真実のように書き込む事だってできるのだ。インターネットの恐ろしい部分でもある。
「まぁ、たとえデマでも動いてみなきゃ始まらないと思うけどな」
 言って、ヴァリッドは立ち上がった。
「それもそうだな……。BBSを確認してくる」
「あ、俺も」
 アーティの言葉に同意し、ヴァリッドはフェイスマウントディスプレイを外した。
 パソコンのディスプレイに視線を向け、操作する。ザ・ワールドのBBSを開き、記事を探す。目的の記事を見つけると、それを選択して展開した。
「返信がある……?」
 呟き、エンスというPCが書き込んだ記事の返信に目を通した。
『謎のPC? そんなイベント情報もありませんし、デマなのでは?』
『特定のキャラ向けのイベントって可能性も考えられるけど、少なくとも俺は見てないなぁ』
『ボクは見たよ! 翠色の鎧に、絹帯の服を着てた女性型PCでしょ!? あれ、なんだったんでしょうね?』
『そんなキャラ見た事ないぞ。街中で誰かが「見た」って騒いでいたけど、そいつ以外誰も見てないって言うし、単なる妄想なんじゃないの?』
 ヴァリッドやアーティが考えていた事と、ほとんど変わらない内容の議論になりつつあった。三つ目の返信をした人物がルーネだった事には驚いたが、少なからずその内容だけは信用できる事が分かった。しかも、ルーネが書き込んだ特長はヴェインと一致している。
 だが、何よりもヴァリッドの目を引いたのは、最後に書き込まれた記事だった。
『謎のキャラクターを見た方にお話があります。Λ 漠然たる 資格者の 集い場 に来て頂けませんか?』
 書いた者の名は、エンス。エリアワードを提示してきた事から、直接会って話をしようというのだろう。
 FMDを顔に装着し、ヴァリッドはザ・ワールド内に意識を戻した。
「アーティ」
「ヴァリッドも見たか」
 ああ、と頷き、ヴァリッドはアーティに向き直った。
「それらしいワードを持ち出してきたな」
 苦笑し、ヴァリッドはアイテムを確認する。特に補充が必要なアイテムもなく、直ぐにでもフィールドへと向かう事ができる状態だ。
「このまま、行くか?」
「準備は済んでる。いつでも行ける」
 ヴァリッドの言葉にアーティは頷いた。
「おっしゃ、じゃあ、行ってみるか!」
 歩き出すヴァリッドの後に、アーティが続く。
 人の合間をすり抜けるように駆け抜け、二人はカオスゲートを目指した。
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