エピローグ


 存在の証。ルーネが今装備している杖の名だ。全ての召喚呪紋を行使でき、全てのパラメータが上昇する最強の杖。そして、エンスが残した杖でもある。
 流離いの記憶。アーティが手にしている槍の名だ。凄まじいまでの攻撃力を持つ、最強の槍。ヴェインが手にしていた斧槍だ。
 黎明の絆。ヴァリッドが手に入れた剣の名。極めて高い破壊力と防御力を兼ね備えた、最強の剣。ヴェインとエンスが消えたその場に落ちていた剣だ。折れたヨルムンガンドが落ちていた場所に、この剣があった。
 三つの武器は、それぞれに見たことのないスキルを持っていた。騎士団が使う、デバッグスキルに似た力だ。それが、ヴェインとエンスがヴァリッド達に残したものだった。
 ヴァリッドは一連の出来事をワイズマンに話した。
 彼はドットハッカーズにヴァリッドを勧誘した。これだけの体験と意思があるのなら、ドットハッカーズの一員になる資格がある、と。だが、ヴァリッドは誘いを断った。
 ドットハッカーズという勇者に名を連ねるよりも、ヴァリッドは傭兵稼業が似合っている。傭兵という肩書きの方が、他の人達と付き合い易いから。
「お待たせ、ヴァリッド」
 マク・アヌの橋の柵に背を預けていたヴァリッドの下に、ルーネが駆け寄ってくる。
「遅いぞ、ルーネ」
 ヴァリッドの隣に立っていたアーティが言う。
「集合時間には間に合ってるからいいじゃん」
 口を尖らせるルーネを見て、ヴァリッドは笑った。
「うっし、行くか」
「今日の依頼は何だ?」
 柵から背を離して歩き出すヴァリッドに、アーティが問う。
 ヴェインとエンスに関わって、ヴァリッド達の絆は深まった。
 あの一件以来、三人はチームを作っていた。傭兵として、依頼をこなすチームだ。三人がそれぞれ依頼を受け、実際に遂行する際は三人で動く。
 今回はヴァリッドがいくつか依頼を受けていた。
「PKへの報復が一件と、アイテム探索が二件」
「まずはどれから?」
「PKから行こう。三人パーティでPKをしてるらしい」
 ルーネの問いに、ヴァリッドは言った。
「パーティかぁ」
 ルーネが呟く。
「だが、私達の敵じゃないな」
 アーティが口元に笑みを浮かべる。
「まぁな」
 ヴァリッドも笑みを浮かべる。
 PK達もそこそこレベルが高いようだが、カウントストップ目前の三人には敵わないだろう。
 ヴァリッドは一度だけ、橋を振り返った。
 人が行き交う中、ヴァリッドはヴェインに出会った。
 恐らく、ヴェインもエンスも、自分の存在を誰かに知っておいて欲しかったのだろう。二人が残した武器の名が、それを物語っている。エンスは逃げ続けて生き延びるよりも、ヴァリッド達の中にエンスという存在を残したかったのかもしれない。ヴェインも、使命が終われば自らも消さねばならなかった。だから、自分が消えるとしても誰かにその存在を知って欲しかったのかもしれない。
 ヴェインとエンス、二人の存在はヴァリッド達の中に刻み込まれた。ちょっとやそっとのことでは忘れられないだろう。
 結局、二人のことはヴァリッド達にとっても手の届かない雲の上の存在だった。ヴァリッド達にできたのは、二人の最後を見届けることだけだった。いや、ヴェインとエンスはそれを望んでいたのかもしれない。
「ヴァリッド?」
「いや、何でもない」
 不思議そうな顔をするルーネに、ヴァリッドは首を横に振った。
 少しだけ目を細め、ヴァリッドは歩き出す。
 ヴェインは、この世界を守ろうとしていたのだろうか。エンスがこの世界を壊そうとしているようには見えなかった。ただ、この世界を壊してしまいそうな危険な因子は持っていたかもしれない。それを取り除くことがヴェインの目的だったのではないか。
 ヴァリッドはそう思う時がある。
 自らも危険性を持っている。だから、全ての危険性を回収したら自分自身をも抹消する。この世界を守るために。それが、ヴェインの使命だったのではないか。
 ならば、ヴァリッド達にできるのは、ヴェインとエンスがいたこの世界を見続けることだ。二人の放浪AIが存在したこの世界を、残された武器を手に、見届けよう。
 途中でザ・ワールドというゲームに飽きてしまうかもしれない。
 それでも、その時が来るまで、この世界を見つめよう。
 口には出さなかったが、アーティやルーネも同じ思いを抱いたに違いない。そうでなければ、三人がチームを組むことはなかっただろうから。
「アーティ、ルーネ、行くぞ」
 二人が頷くのを確認して、ヴァリッドはカオスゲートにエリアワードを入力した。

 ――完
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