終章 「意識」 何もない暗闇の空間で光は目を覚ました。足場すら見えない暗闇だというのに、自分の身体ははっきりと見える。背景が黒一色の部屋にいるような感覚。 「ここは……!」 光は気付いた。 この空間は前にも一度見た事があった。 「……また、来させてもらったわ、ヒカル」 「セルファ……」 一瞬の間に現れた少女を、光は知っていた。 長く、美しい金髪に翡翠色の燐光を帯びた虹彩の、整った顔立ちの美しい少女だ。 セルファ・セルグニス。VANの中にいて、VANに賛同していないものの一人だ。母、セイナはVANにいるというのに、刃にVANの情報を流している人物でもある。 超越能力と、微力ながら母から受け継いだ空間干渉能力を用いて、こうして交信出来るのだ。 「……その、残念な事になってしまって……」 セルファが俯き、小さな声で言う。 「気を遣わなくてもいいよ。俺の責任だし、もうどうしようもない事だから」 光はセルファの言葉を遮るように言った。 美咲の事を言っているのだと、すぐに解った。空間干渉という能力を微力ながらも持つセルファは、大抵の事象を察知する事が出来るのだ。美咲が殺された事も知っているだろう。 「……それでも、VANとは戦わないの?」 「敵だとは思うよ。けれど、俺は戦うよりも平穏に暮らしたい」 セルファの問いに、光は答えた。 襲われ続ける事は平穏ではないかもしれないが、真正面から戦う道を選んでも平穏な生活は得られない。だから、少しでも平穏な生活が出来る方を選んだのだ。 「VANを、止めてはくれないの?」 「……それは、どういう意味?」 セルファの言葉に、光は眉を顰めた。 「あなたにはVANを止められる力があるはずなの……だから……」 「……それは刃に言うべきだと思うよ。俺は、刃に負けたから」 「でも、それはあなたがまだ力を使い慣れていないから……」 「俺と修の二人だけの力より、刃達ROVの力の方が大きい。もっとも、俺が戦いたくないのは変わってないけど」 光は肩を竦めて苦笑して見せた。 たとえ光と修の具現力が強力なものであったとしても、VANには圧倒的に数量で負けていても刃達のように組織として存在するROVの方が総合的な戦力はあるはずなのだ。ならば、VANを倒してくれというのは、刃に頼むべき事だ。 「……私は、あなたが羨ましい」 セルファが、光を見て言った。 一瞬、その表情に寂しげな影が差す。 「羨ましい?」 意味が解らず、光は訊き返した。 「あなたは、自由だから。自分の思った通りに動く事が出来る」 セルファが胸に手を当てるようにして答えた。 「……セルファは、違うのか?」 光は尋ねた。 自分の思った通りに動くのは、光がそれを望むからだ。それが出来ないというのなら、セルファはそれを望む事が出来ないという事になる。 「私には、出来ない」 「何故?」 「私は籠の中にいる鳥のようなものだから」 光の言葉に、セルファが告げる。 俯いたセルファの表情は読み取れないが、そこに孤独感や無力感があるのは声から感じられた。VANの内部にいる事で身動きが取れないという事なのだろうか。 「……多分、自由じゃないと感じるのは、君自身がそこに自分を縛り付けてるからだと思う」 「え……?」 「確かに、VANに賛同していなくて、VANの中にいるのは窮屈に感じるかもしれないし、息苦しいと思う。けど、だからって何も出来ないわけじゃないだろ? 現に、セルファは刃に情報を流しているし、俺と会話もしてる」 「あ……」 「それに、俺は自分が自由だと思った事はないよ。勿論、縛られてると思った事もない。自由なんてのは、望めばすぐに手に入るものなんじゃないかな」 光は言った。 セルファが刃に情報を流す事も、光と会話するという事も、光には出来ない事だ。セルファでなければ出来ない事をするためには、セルファ自身が望むしかない。 自由でないのならば、セルファにはそれらの事を出来ないはずだと光は思う。自由とは、縛られていないと考えるだけで手に入るものなのではないだろうか。 セルファが自由でないと感じるのは、恐らく、自分のいる場所と、考えが一致しないからだ。それが、VANの中で息苦しさを感じさせているのだとすれば、セルファは自分で自分をVANに縛られていると思っているからだ。考える事が出来、動ける事が出来るのならば、自由だと言えるのではないだろうか。 「自由じゃないと感じるのは、セルファがそう思ってるだけじゃないかな……?」 光の言葉に、セルファがゆっくりと顔を上げる。 「……そう、かな…?」 「そう思った方が、少しは気が楽だと思うけど?」 光の言葉に、セルファが小さく笑みを見せた。 「……あなたがこれから生きて行くために一つ、教えてあげる」 「……?」 「……あなたの寿命は、今までの戦いで二十年程縮んでしまっているわ」 「――!」 セルファが一瞬、目を伏せて言った言葉に、光は返す言葉がなかった。 現在の日本人の平均寿命は約八十五歳だ。それで計算すれば、光は六十五歳までしか生きられないという事になる。 「一ヶ月前の、まだ具現力に慣れていない状態でオーバー・ロードした事で十年。今回の、刃との戦いのオーバー・ロードで七年と、ロウ達との戦いで三年縮んでしまったの」 セルファが告げる。 オーバー・ロード状態の時の光は、望むままに力を上乗せしていける。しかし、それがそこまで生命力を消費しているとは思わなかったのだ。寿命を縮めている事は知っていても、流石に衝撃は大きい。 「これから、あなたが戦う事になる能力者は、もっと強くなる。オーバー・ロードで戦って勝ったとしても十年は寿命が縮む事を覚悟した方がいいわ」 つまり、光がオーバー・ロード状態で戦えるのは、あと四回が限度という事になる。 四回オーバー・ロードして、二十五歳まで生きられる事になる。そうなれば、現在十五歳、あと数ヶ月で十六歳になる光の寿命は、十年に満たない。 「私も出来る限りの事はするから、死なないで……」 「……解った。寿命が縮んでも、その場で死ぬよりは良い」 やっと返せた言葉が、それだった。 もう過ぎた事を言っても仕方がないのだ。ならば、残り制限が分かっただけでも光にはありがたい事だ。 「……出来るだけ、オーバー・ロードはしないで」 「そうするよ」 セルファの言葉に、光は頷いた。 「じゃあ、また、機会があったら……」 「いつでもいいよ、俺は」 光の言葉に、今度はセルファが頷いた。 視界が霞んで行くのを感じながら、光はセルファの気配が薄れて行くのを感じていた。やがて、セルファの気配がなくなった時、光は眠りに落ちていた。セルファが来る前と同じように。それでも、セルファとの会話の記憶はなくならない事を、光は知っていた。前もそうだったから。 これからの生活がどうなるのかは判らない。それでも、光は自分の思った通りに行動し、生きて行くだろう。 |
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