第五章 「闇を駆ける」


 光にとって、その日はやけに暇な一日になった。理由は簡単、珍しく修が欠席したためだ。
(……風邪でもひいたか?)
 たまに、そんな理由で欠席する事があるし、実際に家に寄ったら風邪で寝ていた事もある。だが、その疑問が間違っていた事はSHRの時間に打ち消された。担任の岡山が光に何か聞いていないか尋ねてきたからだ。
 修の無断欠席はありえないと言っても過言ではない。どんなにやばい状況でも、必ず連絡を入れる。勉学に関してはかなり不真面目だが、一般生活や礼儀の面ではかなりの生真面目、それが修だ。だからこそ、光は心配になっていた。
 下校になると、光は掃除もサボって帰路に着いた。サイクリングロードで家の方角へは曲がらず、修の住むマンションへと向かった。
(……嫌な予感がする)
 漠然と、そんな感覚が疼いていた。光が想定する最悪の状況は、VAN≠ノよって修が殺されるという状況だ。流石に非能力者である修にむやみに手を出すとは思えないが、もし、最悪の結果に繋がっていれば、光は――
(――全部潰してやる)
 一人でまともに戦っても、組織ぐるみの相手には到底及ばないだろう。しかし、聖一が言うには、閃光型のオーバー・ロードの最終段階では街一つを軽く消し飛ばせるだけのエネルギー放出が可能だという。本部まで行って、それが出来れば光一人でも組織を壊滅させる事は不可能ではないはずだ。代償が自分の命だとしても、修はたった一人の親友、下手をすれば家族よりも本音の言える相手なのだ。
 この状況で、光一人で生きる事は酷だ。具現力や能力者の抗争なんて関係なく、修が事故で命を落としたならともかく、光の存在のせいで修が殺されるのであれば、それは許せない。
(修、いてくれ……)
 マンション四階の左端の部屋、それが修の家だ。両親や親戚を信用していない修は、合鍵を光に預けている。これは、病気で倒れていても、見舞いに来るのが光だけだった事や、それ以外でも修の家を訪れるのが光ぐらいしかいなかったから渡された信頼の証でもある。
 その合鍵をドアに差し込み、ドアを開けた。部屋の中は、通り道はきっちりとされているものの、部屋の隅には服や教科書等が散らかっている。教科書は散らかっているのに、文庫本だけが整理されて本棚に並べられているのは修らしい。
「……修?」
 光は呼びかけた。
 人の気配は全くなく、静まり返る部屋の中はいささか不気味だ。トイレやその他の部屋にいる気配もない。修がいない事は明白だった。
(――まさか……)
 光の背筋に寒気が走った。最悪の光景が脳裏を過ぎる。心拍数が上がって行くのを感じ、恐怖を感じた。何をすべきかは解っている、修を探す事だ。しかし、その方法がないのだ。VAN≠ェ介入していると考えれば、跡形も残さず行方不明とする事が出来るだろうし、そうなれば光には成す術がないのだ。
「……くそっ、どうなってるっ!」
 光は怒りを言葉として吐き出した。それしか、怒りや恐怖を抑える手段がないから。
 頭をわしゃわしゃと掻き毟り、部屋の中を見回す。たとえ可能性が低いとしても、手がかりがないとは限らない。
「……?」
 光はある事に気がついた。修の靴と、鞄がないのだ。それはつまり、登校途中か下校途中に何かあったという事。そして、光が見る限りでは、修は昨日、家に帰って来ていない。散乱している教科書の中に、今日の授業に必要なもののうち、昨日の授業にも必要だったものが見当たらないからだ。
 光はマンションを出た。鍵を閉め、階段を駆け下りて急いで自分の家へと向かった。
「ただいま」
 一言言って、自分の部屋へと上がると、荷物を置いてすぐに一階へ下りる。
「今日は修んとこで夕飯食べるから」
 そう香織に断って、外へ飛び出した。
 サイクリングロードまで来た光は、具現力を解放させる。鋭敏になった感覚と、身体能力の上昇を感じ取り、光は周囲に視線を走らせると同時に感覚を開放する。
 最近、外にいるときに視線を感じた事があった。それに加え、聖一が言っていた監視がついているという言葉。光はその監視者を見つけて状況を聞きだすつもりだった。
「――ヒカル……」
 目の前に降り立ったのは、光と同年代ぐらいの青年だった。アッシュブロンドの髪に、端整な顔立ちの青年。暗い紫の燐光を帯びた瞳の青年の着込んだ黒っぽい色のスーツに、光は見覚えがあった。
「お前、VAN≠セな?」
 間髪入れず、光は問い質した。今までに出会ったVAN≠フ能力者は大抵、それと同系列のスーツを着ていた。
「俺はダスク・グラヴェイト」
 青年が頷き、名乗る。光の名前は知っているようだから、光は自己紹介を省く。
「修は?」
「安心しろ、生きている」
「どこだ?」
 生きているからとはいえ、まだ安心するのは早い。五体満足の健康な状態で生きているとは言われていないし、信用もしていない。
「案内する、ついて来い」
 そう言うと、ダスクと名乗った青年は地を蹴った。重力を無視するかのような跳躍で、一気に進んでいくのを、光は走って追い掛けた。すぐにダスクに追いついたが、それを確認したダスクは加速を加え、光はその速度に更に追いつく。
 数分も経たないうちに、二人は人家から離れた人気のない廃工場に辿り着いていた。
「ここに修が……?」
「ああ、俺の立場としては、手伝ってやれないがな」
 ダスクのその返答に、光は内心首を傾げていた。彼は光の考えを理解してくれているのだろうか。
「――それは内乱と見てもいいのか?」
 その声に、光もダスクも振り返った。
「ジン……!」
 ダスクが小さく洩らした。そこには、日本刀を携えた刃と、楓、霞の三人が立っていた。
「どうして、ここへ?」
「セルファに聞いた。ここにVAN≠フ部隊がきている、とな」
 光の問いに刃が答える。
「……俺は俺として、ヒカルの考えに賛同したいだけだ」
 ダスクが刃に向かって告げた。
「ここは私達が戦うわ。何でここに来ているのか知らないけど、あなたは中立なんだから――」
「そうもいかないんだ。俺は俺であいつらに用がある」
 楓の言葉を遮り、光は廃工場の敷地内に鋭い視線を投げた。そこに潜んでいる気配が感じられる。かなりの数が潜んでいるのが判った。
「敵になるなら斬るぞ」
「今はあんたらに近い」
 刃の指摘に、光は振り返りもせずに言い返す。
「修が人質にされている」
 そう告げた瞬間、刃達三人が黙り込んだ。
 と、工場の方から二つの影が歩み出てきた。一人は男、もう一人は片腕の無い女だった。
 二人とも光は見覚えがあった。一人は、光が片腕を吹き飛ばした相手、フィルサであり、もう一人は光が覚醒した時に襲ってきた二人組みの片割れだ。確か、光の攻撃を受けてサイクリングロードから転げ落ちた方だ。
 その二人は真っ直ぐに光へと向かってきていた。明らかな敵意の篭った瞳が光に向けられていた。
「喰らえっ!」
 フィルサが右手から水流を、男がかまいたちを放つ。光は一歩横に跳んでそれを回避した。
「――邪魔だ」
 光は左腕を横に薙いだ。その腕に纏わせた閃光を、腕を振り払うと同時に押し出した。その閃光を受けて、二人とも上半身を吹き飛ばされて絶命する。
 今までの光には出来なかった、相手の排除。その抵抗はもう失せた。光は恐らく、これ以降の戦闘で敵を殺す事に躊躇う事はないだろう。
「行かせてもらう」
 光はそう言い、地を蹴った。
「――光、一つ言っておく、熱くなるな」
 刃はその時、光にそう言った。
 その光は工場の敷地内へと踏み込んでいた。


 戦闘を避けたい、昔はそう思う事が多かった。だが、避けられないという現実的な理由に強制させられるままに戦い続け、いつしか戦闘を避けたいという気持ちは失せてしまった。逆に現れたのは、戦闘は早く終わらせたい、という思いだった。
 昔は戦闘が起きるたびに、かつての平穏な生活を羨んだ。けれど、その平穏な生活が二度と戻らず、戦う道しかない事に、いつしか気付いてしまった。いや、気付かされてしまった。気付かせたのは、平穏な生活を共に暮らした者達。こちらの意見は全く聞かず、ただ力があるからというだけで追い出された。それが、いつしか怒りに変わり、今ではその怒りも冷めてしまった。
 ただ、力を持つ者が、それだけで差別されない場所があったら、そこで暮らしたい。その場所を作るのに、手を貸せるのであれば、手を貸したい。だから、ダスクは組織に入った。そこで色々な人と知り合い、笑い合ったりもした。同じ苦労を味わった者が大勢いて、ダスクはその中で平穏さを見出していた。
 けれど、昔のような平穏さとは少し違っていた。それは今でも羨望の対象である。たとえ手に入らないものであっても。
 その生活を維持しようとする者の考えが、ダスクには理解出来た。だから、あの時反対もしたし、説得も試みた。しかし、駄目だった。同じ組織の人間として、味方を処罰するのは躊躇われるし、その相手が言う事も間違ってはいないのだ。
 ――ヒカルが障害になる。
 確かに、敵に回れば大きな障害になるだろう。覚醒した直後であっても能力者を一人打ち倒し、それから数日のうちに第六特務部隊長を瀕死に追い込み、その翌日にはついに相手の命を奪う事への抵抗を捨て去った。その時の戦闘能力は今までで最高のものだった。
 その戦闘能力だけを見れば、かなり大きな障害になりうるだろう事は理解出来る。だが、そこまでにさせてしまったのもVAN≠ネのだ。手を出さなければ中立で敵対対象に含まれないものを、わざわざ手を出すというのは逆効果に思えた。しかし、それはダスク個人の考えであり、組織としては一人の人間の考えで動くわけにはいかない。厄介な不確定因子は排除した方が後々の心配事は減るだろう。それは解るのだが、中立を望む相手を始末しようとするのには賛成出来なかった。
 友人を人質に取り、勧誘したところで、組織に入るとは思えなかったし、下手をすれば逆上させて敵にしてしまう可能性さえあるのだ。ダスクとしては、ヒカルが友人を上手く取り返す事が出来る事を祈るしかなかった。しかし、それは味方がヒカルに負ける事を意味しており、ダスクとしては複雑な心境であった。
 光が敷地内に踏み込むのを確認すると、ダスクは刃に向き直った。
「悪いな。俺としてはヒカルを応援してやりたいが、ROV≠ヘ敵だからな」
「俺としても、VAN≠ヘ全て敵だ」
 そのまま相手を貫いてしまいそうな程に鋭い視線がダスクに突き刺さる。
(……こいつが、ジン)
 緊張感が体を満たして行く。それは相手がそれだけ強敵である事を体が感じ取っている証拠だ。
「所属を聞いておく」
「第一特殊機動部隊長ダスク・グラヴェイト」
 ダスクは答えた。
 VAN≠フは適材適所で部隊の割り振りや、人員選出を行っている。ダスクの場合は、その具現力の特性や強さから、その地位となった。組織の主な戦闘部隊は、突撃・機動・特務の三種類あり、その順番で地位は高い。そして、その三種類の上に、特殊≠ニ呼ばれる高位の部隊が存在する。その隊長の戦闘能力は桁外れに高く、ダスクもその一人に含まれていた。
 ジンが地を蹴った瞬間、ダスクも地を蹴っていた。ジンの持つ具現力は雷を操るタイプの自然型。対するダスクの具現力は、重力を操る特殊型だ。
 ダスクは地を蹴る瞬間、自分にかかる重力を抑え、上方から重力を発生させて体を引き上げる。こうする事で、相乗効果を生み、凄まじい加速力を発揮出来るのだ。
「楓、霞、敷地内の敵を掃討しろ!」
 ジンが指示し、左右についていた二人が敷地内に踏み込んで行く。
「行くぞっ!」
 瞬間、ジンの体が雷光に包まれ、爆発的な加速を生んだ。急接近し、雷光を纏った刀を一閃。その鋭い一撃をダスクは自分の体を別方向から引く事で交わした。重力操作の強みは、全方向へそのまま急速な移動が可能な事だ。
「――飛雷刃っ!」
 向き直ったダスクに、雷撃が飛んだ。刀に乗せた雷光を、横薙ぎに切り払うようにして射出する遠距離攻撃。仰け反るように重力を操作し、その雷撃をかわすと、そのまま逆上がりするようにして体勢を整えた。重力操作の能力を持つダスクは空中のその場に滞空する事が出来る。
「ハァッ!」
 ダスクは上空へかざした掌を振り下ろした。同時に、地を蹴って滞空していたジンに凄まじい重力をぶつける。失速して、着地した場所を、圧縮するかのように加重を加えて行く。
 地面に立ったジンの足元が減り込んで行くのが、ダスクには見えた。
(――小細工は通じないか…)
 ダスクは内心で舌打ちした。重力を操作する事で、自分の身体能力を引き上げるだけでなく、相手の行動に制限を与える事も出来る。同時に行えば、かなりの相乗効果が生まれ、大抵の能力者は身体能力でダスクに追い付く事は出来ない。だが、その重圧に耐える事が出来るだけの具現力を持つ者もいる。ジンは、まさにその能力者だった。
 左掌をかざし、ジンが雷光を放つ。その雷光を避けるために、ダスクはジンに対する重力操作を緩めざるを得ない。そして、緩めて出来た余裕に、自分自身の位置を移動させる重力を発生させて回避行動を取る。その間にジンは圧力を加えている場所から逃れ、地を蹴って突撃して来ていた。
(――流石に強い……)
 ダスクは掌に重力球を生じさせた。力場で包んだその空間の内側には、全てを押し潰すブラックホールが発生している。この重力球を防げる具現力はほとんどない。その重力球を両手に一つずつ生成し、ジンへと投げ付ける。ジンは足元に雷光を生じさせ、空気を蹴るようにしてその進行方向を転換して回避した。空気は最も電気を通しにくい物質だ。雷撃を足元に圧縮させる事で、空気を蹴飛ばせるだけの抵抗を生み出したのだ。そうして、命中しなかった重力球は消滅させ、精神力の浪費を防ぐ。ジンも、進行方向の修正が終わると、雷撃を攻撃にまわしている。
 と、鈍い振動が工場の方角から伝わってきた。
 視線を走らせると、一人の人間が壁を突き破って外に吹き飛ばされていた。恐らく、絶命しているのだろう。外ではカエデとカスミが戦闘を繰り広げ、今、ダスクの目の前にはROV<梶[ダー、ジンがいる。となると、工場内でヒカルが戦っているのだろう。
「中には誰がいる?」
「第三特務部隊長ヴェルゲル・ヘンディッツ」
 ジンの問いに、ダスクは答えた。自分の事ではないのだから無理に答える必要もなかったが、恐らくジンもヒカルの事が気になっているのだろう。そうだと判ったから、ダスクは答えた。
「となると、これは第三特務部隊か…」
 ジンが呟く。
 突撃部隊は、主に大規模な戦闘のために、機動部隊は広範囲な戦闘のため、特務部隊は一つの目的のために組織された部隊だ。そのため、突撃部隊は戦闘に関してはエキスパートであり、その隊長ともなれば戦闘能力で勝るものは少ない。対して、機動部隊の場合は、援護や牽制等、機動力の高い、動かし易い部隊となっている。特務部隊は、要人暗殺や、施設破壊、制圧など、定められた目的を達成しやすいような人員配置が行われていた。
 今回、特務部隊の第三位が来ているのはヒカルの排除のためだ。ただ、それは隊長であるヴェルゲルの独断といっても過言ではないものだったが。
「覚醒したばかりのものにこれだけの部隊を引っ張るとは、相当光が厄介なようだな」
 ジンが言う。
 たった一人の能力者を排除するのに、部隊一つを丸々投入するのは珍しい事だ。だが、ヒカルが強力な閃光型の具現力を持つ事を考えれば、妥当であるといえない事もない。
「俺が言い出した訳じゃない」
 ダスクは一言断る。ダスクの任務は、ヒカルの動向を探る事であった。本来戦闘が主な第一特殊機動部隊長としては、かなり特殊な任務であったが、一度その戦闘能力を見て、納得がいった。閃光型の能力は成長が早い。そのため、慣れさえすれば、すぐに使いこなせてしまう。その上、戦闘能力が極めて高い。いざという時に抑えるために、VAN≠フ中でもトップクラスの戦闘能力を誇るダスクを遣わせたのである。
 ヴェルゲルも一般の能力者に比べれば遥かに強いが、見たところ、ヒカルはそれと渡り合うだけの力は備えているように思えた。もし、ヴェルゲルがヒカルに負け、ヒカルが組織の敵となるようであれば、その時はダスクがヒカルを殺さねばならないのだ。
「――っと!」
 ジンの刀の一閃を何とか回避し、ダスクは距離を取った。
 ヒカルの事を考えるのを一時中断し、目の前の相手に意識を集中させる。ジンは今まで戦った相手の中では最強とも言える能力者だった。下手に隙を見せれば命取りになり兼ねない。
「グラビティ・ストーム!」
 ダスクはジンの足元に力場を作り出し、それを持ち上げるようにしてその空間にジンを引き込んだ。上方への重力と下方への重力を交互に織り交ぜた力場を竜巻のように捻り上げる。この力場の内部に入った相手の体は、一部は上下に押し潰され、すぐ下の部分は上下に引き伸ばされる重力が交互にかかる上に、それを捻り上げる事で、普通の人間はそれに耐え切れずにバラバラになってしまう。ダスクが使う大技のうち、最も使用頻度が高いものだ。手頃かつ、強力。欠点があるとすれば、最初に地面が重力によって抉れるために、発生させる位置を悟られやすい事だ。
 全くといって良い程に避けようのない大技もいくつかあるが、それを使うにはこの場所は狭過ぎる。加えて、味方を巻き込む可能性や、出来れば戦いたくないヒカルをも消し去ってしまうものだ。使うわけにはいかない。
「――!」
 ジンを中心にした地面が抉れ、足元を掬った。重力が捻り上げられ、ダスクはジンを力場で包み込もうとするのを意識する。だが、それが完成させられる事はなかった。
「散雷!」
 上空に向けられたジンの掌から、雷光が周囲に飛び散った。空中全方向へランダムに発散された雷撃を避けるため、ダスクは技の完成を断念せざるを得なかった。
 ジンが地を蹴り、ダスクに突撃して来る。その手に握られた刀が、雷光を帯び、輝いた。
 恐らく、次の攻撃は避けられないだろう。ダスクはそう判断を下すと、両手に剣をイメージした。黒い、重力球と同じ要領で生み出した全てを飲み込む漆黒の剣が、その手に形成される。ジンは、刀を後方に引いて振り被るように構え、左手を前方に突き出してこちらの攻撃に備える構えを取っていた。
「――破雷刃っ!」
 後方へと大きく引かれた刀が、翻り、やや斜めの角度から横薙ぎに斬り付けくる。同時に、その刃の後方に左手が添えられ、攻撃の圧力を増す。刃に纏わりついた雷光が激しく輝き、空気を裂く雷のような音を生じさせた。
 その雷光の刃を、漆黒の剣が受け止めた。衝撃がダスクの腕を伝わり、全身を駆け抜けていった。鋭く、重い、強力な一撃。本来ならば漆黒の剣は刀を飲み込み、消滅させてしまうのだが、ジンの具現力はそれを拒むだけの力を備えていた。力場同士が反発し合い、衝撃として力が打ち消される。刀はブラックホール化した剣に触れる事はなく、飲み込まれる事はない。
 時折、力場が反発し合う事がある。通常、力場はその場に重なり合い、干渉はしないものだ。しかし、強い意志を秘めた者の力場は他の力場の干渉を拒む事があった。ダスクも、その一人であり、ジンもそれに含まれた。
「翔雷閃っ!」
 刀を包む雷光がその輝きを回復し、ジンが刀を振り払う。まずは袈裟懸けに刀を振り下ろし、返す刃を横に一閃、更に下方から斜めに斬り上げ、縦に一撃。その連続攻撃を、両手に握り締めた漆黒の剣を巧みに振るってダスクは捌いた。左右交互に振るい、攻撃を凌いで行く。衝撃が手を痺れさせたが、止めるわけにはいかない。刀、近接武器の攻撃には圧倒的にジンに利があったが、それをダスクは双剣、攻撃回数を二倍に増やす事で対応したのだ。
 連続攻撃を終えた直後のジンに二つの剣の同時一点集中攻撃を行うが、ジンはそれを雷光を纏わせた刀一つで防いだ。それでも何とか吹き飛ばし、距離を取る。
(――ROV≠ェ一筋縄じゃいかないのも頷けるな)
 呼吸を整えつつ、ダスクは思った。いつの間にか冷や汗もかいている。ジンは、VAN≠ノ所属する能力者と比べても、トップクラスの戦闘能力を身につけていた。恐らく、特殊部隊の上位クラスでなければまともに張り合う事は出来ないだろう。
 と、突如、工場内部で凄まじい音が周囲に轟いた。その衝撃はダスクやジンだけではなく、その場にいた全ての者が感じ取り、その凄まじさに、全員がその方角へ視線を向けた。
 工場の一画を吹き飛ばし、一つの影が外に飛び出してきた。それは、一つに見えて、実際は二つの影が縺れ合っていた。一方はヒカルであり、もう一方は、この作戦を実行した張本人、第三特務部隊長ヴェルゲルだった。
 ヒカルがヴェルゲルに突撃する形で、工場内部から飛び出してきたように見えた。双方共に傷付き、敵意を剥き出しにして互いに睨み合っていた。傷はヒカルの方が多いように見えたため、ヴェルゲルの方が優勢なのだろう。
(――状況はどうなった……?)
 ダスクは思案する。ヒカルがヴェルゲルと戦闘になるであろう事は予測出来ていたから、その事に関しては別段驚く事はない。戦闘能力やどちらが優勢なのか、という事は今見た限りでは判断し辛いが、普通に考えればヴェルゲルの方が優勢に見える。傷の負い具合だけではなく、今までの戦闘経験を考えると、どうしてもヒカルは経験でヴェルゲルには及ばないだろうからだ。だが、ダスクはそれよりも、ヒカルの友人であるシュウがどうなったのかが気がかりであった。
 ヒカルとヴェルゲルの戦闘は熾烈なものだった。攻撃を撃ち合い、打ち消しあい、片方がその攻撃を貫けばもう一方はその攻撃を避けて反撃を繰り出す。それが数回続いた後、ヴェルゲルの多段攻撃でヒカルが工場内部へ吹き飛ばされた。壁を貫いて轟音を響かせ、ヒカルが工場内部に消えた。その時、一瞬だがダスクの目にシュウが映った。
(……生きていたか)
 内心、安堵した。しかし、それも一瞬だった。ヴェルゲルが無差別に工場に攻撃するのが見えた。
「――まずい!」
 ダスクは思わず口に出していた。そして、ジンとの戦闘を放って駆け出していた。

 ――数時間前。
 ダスクはビニール製の袋を提げて、廃工場奥の一室に入った。その中にいるのは、第三特務部隊長ヴェルゲル・ヘンディッツと、今回ヒカル勧誘のために派遣された能力者が二人。そして、一番奥にいるのは、そのヒカルの親友、ヤザキ・シュウ。
「腹も空いただろう」
 そう言いながら、ダスクはシュウにビニール袋を渡した。中身は近くのコンビニで買ってきたサンドイッチ類だ。
「あ、わざわざ悪いね」
 シュウはそれに軽く礼を言い、中からサンドイッチを引っ張り出して包装を解いて齧り付いた。
「……毒とかの警戒はしないのか?」
 ダスクはその態度に訝しんだ。一応、ヒカルとシュウは立場上中立だが、この瞬間は彼らは敵とされている。毒を盛って殺す、という事だって十分に在り得る事だし、この場にいる者の中にはシュウを始末したいと考えている者もいる。
「……そんな回りくどい事しなくてもあんたらなら俺ぐらい瞬殺でしょ」
 的確な答えだった。殺したいのであれば、毒を使う必要は全くない。何せ、この場にいる者はダスクを含め、攻撃系の具現力を持つ能力者達しかいないのだ。非能力者である彼を抹殺するのは造作もない事だし、毒殺は手間がかかるだけだ。それに、人質という状況にある彼が両手両足が自由となっているのも、簡単に殺す事が出来るが故だ。
「……そろそろ下校の時間だろう、ヒカルはどう出る?」
 ヴェルゲルが口元に薄い笑みを浮かべて呟いた。
 ヒカルの目に、シュウの欠席がどう映っているのか、それが最も気がかりな点だ。もし、シュウの欠席が普通の欠席だと映ってしまえば、シュウが人質となった事に気付くまで欠席が続く。
「……味方に引き込むつもりはないんだな?」
 ダスクはそう問うた。人質を取るという事は、有無を言わせずにヒカルを引っ張り出すという事だ。そして、交渉するのであれば、もっと穏便な方法を取る方が効果は高い。相手を殺すため、相手の攻撃を封じる手としての人質なのだ。
 ダスクとしては、出来れば仲間に引き込むか現状維持が良いと考えていた。覚醒したばかりとはいえ、戦闘能力が高過ぎる。無難な方を選ぶべきだと、そう思っていた。
「当たり前よ、あいつは私の左腕を奪った」
 片腕のない女性が忌々しげに口を挟んだ。ヒカル勧誘のために派遣された構成員のだ。彼女は、ヒカルとの交渉が失敗となった事で、彼等を抹消しようと攻撃を仕掛け、反撃で左腕を失った。
「それはお前のミスだろう」
 その言葉にダスクは一言述べた。勧誘を断られたのであれば、手出しせずに、同盟という形で不可侵の契約でもすれば良かったのだ。ダスクならばそうしただろうが、彼女のように、排除しようという考えも解る。左腕を失ったというのは、彼女の責任であり、むしろそれだけで済んだ事に感謝すべきだ。
「俺としては先にこいつを殺したいがな」
 派遣されたうちのもう一方の男が、口を挟む。彼は、ヒカルの覚醒の時に居合わせた二人の構成員のうちの生き残りで、今までヒカルの攻撃を受けて傷付いた右腕の回復に専念していた。ようやっと傷も回復し、戦闘に参加出来るまでになっていた。
「殺すならヒカルの目の前で、だ」
 それにヴェルゲルが釘をさした。
「逆上するだけだぞ?」
 閃光型の特性は、ここにいる全員が知っているはずだ。感情の変化で攻撃能力が上下する。それは、逆上すれば戦闘能力が跳ね上がる事を意味していた。
「それに、この作戦は保留だったはずだ」
 実行に移す段階で、手を出す事に危険を感じた組織は、計画した作戦を保留とし、後回しにした。それは、事実的な破棄と等しい扱いだったが、ヴェルゲルはそれを実行に移そうとしていた。
「組織のためだ」
 この言葉に嘘や偽りはない。ヴェルゲルは、彼が信じる方針で組織の力になりたいのだ。そのために、不確定因子となっているヒカルの排除を選んだだけの事だ。それはダスクも理解していた。
「それにしてはリスクが大きいんじゃないのか?」
 ダスクの言葉の意味も、ヴェルゲルは理解しているだろう。この付近の街にはROV≠フ初期メンバーである、ジンとカエデの二人の住居があるのだ。その二人の戦闘能力は、VAN≠フ中でもまともに戦える者がいない程だ。特に、ジンの戦闘能力は半端なものではない。恐らく、ヴェルゲルでは、彼の部隊を全て動員したとしても勝てないだろう。それはヴェルゲル自身も解っているはずだ。
「成功した時のメリットは大きいだろう」
 ROV≠ノ気付かれず、それでいてヒカルの処理が上手く行けば、敵対する可能性のある強力な能力者が一つ消える。閃光型の能力者はVAN≠ノもいるが、いずれも高い戦闘能力を持っていた。それと敵対する事を考えると、その被害は大きくなってしまう。その危険が回避出来るのであれば、組織としては助かる部分が大きいのも事実だ。
「やるんだったら家ごと吹き飛ばせば良いんだ」
 壁に寄り掛かっている男が口を挟む。
「それは組織の意志に反する。解っているだろう」
 これにはヴェルゲルが反論した。まだ、能力者の存在を一般に知られるわけにはいかないのだ。確かに、ヒカルは脅威となりうる能力者であるが、そこまでして排除する事は許可されていない。家、家族ごと対象を処分するというのは、他に手がない場合のみだ。まだ、ヒカルはそこまでしなければ排除出来ないような力に成長しているわけではない。それに、家ごとというのは、周囲に見られる可能性が極めて高く、そうなった場合、見た者も排除せねばならず、事後処理が大変になる。また、それでVAN≠フ事が知られる可能性は低いのだが、時が来るまでは極秘裏に、というのが組織のルールになっているのだ。
「ところで、俺はどうなるんだ……?」
 遠慮がちに、シュウが口を挟んできた。
「ヒカルが組織に入ってくれれば無傷で返してやれるな」
 ヴェルゲルが答える。
「私としては、ヒカルには死んでもらいたいけどね」
 ぼそりと、女が呟いた。
「……なら、結局のところ俺は殺されるわけね」
 溜め息をつき、シュウは言った。
「まだそうとは決まってないだろう……?」
「いや、光なら逆上するぞ、この状況なら」
 ダスクの言葉に、シュウは即答した。
「キレたら怖いぜ、あいつは」
 シュウが、口元に小さな笑みを浮かべて、付け加える。それが意味するのは、具現力の事か、それとももっと別の、深いところの何かか。いずれにせよ、ダスクがその疑問の答えを出す前に、ヴェルゲルがシュウに言葉を向けていた。
「お前を見捨てても戦う、と?」
「人質ってのはそう上手く行くもんじゃない。相手が他の全て投げ打ってでも失いたくない者が人質ならば違うかもしれないけど、今の光には全てを捨ててまで俺を助ける理由はない。今までは俺がその全てに入っていただけだ。比重としたら俺一人の方が軽い」
 ダスクの問いに、シュウは頷いて答えた。確かに、シュウの言う通り、人質は掛け替えのないものでなければ効果がない。その点、親友であるシュウは問題ないはずだ。人命はかけがえのないものであり、それがヒカルにとって数少ない親友であれば尚更だ。だが、ヒカルには他にも守りたいも思う者達、家族がいる。単純に数だけならばシュウ一人の方が明らかに少ない。
「それでも、親友だろう?」
 思わず、ダスクは訊いていた。ダスクが監視した限りでは、ヒカルの友人は彼一人のようにしか見えなかった。友というものは、同年代であり、同じ時間を過ごすために家族には言えないような事を打ち明けられるものだ。そうであればこそ、最も親密な友人は見捨てられないものではないのか。
「俺のせいであいつが望まない道を歩まねばならないのなら、俺は死んだっていいさ」
 平然とシュウは答えた。
「この場で死んでも構わないってことか?」
 不満そうに、男が言う。それをダスクは視線で制した。
「それに、もし助けようとしても、それは俺がさせない」
 呟くような、シュウの一言に、ダスクは視線をシュウに戻した。
 強い信念の持ち主だと、思った。ヒカルがシュウを助けに来た時、もし、ヒカルがシュウの命を優先させようとしたら、シュウ自身がそれを止めるというのだ。普通、助けてもらえるのであれば、感謝をするはずなのだ。その全く逆の事を、シュウは口にした。だが、それもまた友を思うが故のものだ。
「……さてと、俺らは先に出させてもらうよ」
 男が言い、女も動いた。
「最前線で、来たらすぐに仕掛けるわ」
 女は、そう言って部屋を出て行った。この廃工場の周りには、今、ヴェルゲルの率いる第三特務部隊が展開して、潜んでいる。その最前線、敷地の入り口付近で二人はヒカルを待ち伏せするつもりなのだ。今までの仕返しをするために、不意打ちでもなんでも、ヒカルに真っ先に攻撃を仕掛け、殺してやりたいのだ。
 あの二人は、ヴェルゲルがヒカルを殺す計画を実行に移したと知った直後から、その計画に賛同していた。ヴェルゲル本人の元まで行って、その作戦の中心にまで食い込んでいたのだ。シュウを拉致したのも、出て行った男の方だし、その周囲の警戒には女の方がついていた。その二人の行動のため、ヴェルゲルは部隊の人員を割く事なく、部隊配置を指示する事に専念出来ていた。
「……俺も、戦えれば良かったのにな……」
 溜め息とともに、シュウが呟くのが聞こえた。
「そうすれば、あいつ一人に背負わせなくても済んだだろうに……」
 続くシュウの言葉。ヒカルは覚醒し、中立の立場となる事を決意した時から、一人で戦闘を切り抜けてきた。その戦闘の時の葛藤は、いくら親友とはいえ、シュウに負担出来るものではない。戦っている本人だけが考える、葛藤。その葛藤がある事を、間近で見ていたシュウには判ったのだろう。
「――残酷だよな、現実ってさ」
 諦めにも似た口調で、シュウが呟いた。
 自分が戦えない事だけじゃなく、死んでしまうかもしれない事、自分が死ぬべきなのかもしれない事。それら全てが残酷な現実に含まれていた。
(……少し、羨ましいかな……)
 これほどまでに、ヒカルの事をシュウは考えている。ダスクは、そんな友人を持っているヒカルが羨ましくなった。
(――よし、行くか……)
 それで決心をつけたダスクは、部屋の出口へと向かった。ヒカルにこの場所を教えに行くのだ。ダスクには、それしか出来ない。シュウがいない事に不信感を覚えていれば、ヒカルにはこの事は伝えておくべきだろう。それからどうするかはヒカルが考え、実行する事であり、ダスクが口出し出来る事ではない。
「確認しておくが、退く気はないんだな?」
「無論だ」
 ダスクの問いに、ヴェルゲルは即答した。小さな溜め息を漏らし、ダスクは部屋を出た。


 ――そして、今。
 光は建物の入り口へと向けて疾走していた。
 左右から、光を取り囲もうとするように動く、人の気配。それが、普通の人間の気配と少し違って感じるのは、その相手が全て能力者だからなのだろう。前方から取り囲むように隊列を組んだ能力者達は、光へと攻撃を繰り出した。向けられた殺気に、光は進む軸をずらした。すぐ脇を掠めていく様々な攻撃を避けた光は、部隊の中央に飛び込んでいた。
「どけぇーっ!」
 叫び、光は両腕を左右に薙いだ。その腕を覆う防護膜が厚みを増し、蒼白い閃光が腕を延長するかのように伸びて敵を薙ぎ払う剣と化す。光に接近していたVAN≠フ構成員達はそれをまともに喰らい、胸部辺りから体を上下に切断されて絶命した。辺りに鮮血が飛び散る。左右からの気配に、光は咄嗟に後方へ跳んだ。そうしながら、両手から光弾を数発打ち出し、光に跳びかかってくる敵の首を吹き飛ばす。着地と同時に横に跳び、その瞬間を狙った攻撃を回避すると、廃工場の入り口へと駆け出した。前方で待ち構える敵に、光は左掌から閃光を放ち、障害を取り除いた。左右から跳び出してくる敵には、横合いから腕を叩き付けて胸の辺りで両断する。血を撒き散らしながら絶命する敵。辺りに血の臭いが広がり初め、光は眉をしかめた。
「……道を開けろ……!」
 仲間が倒され、怒りを込めた瞳で光を阻もうとする構成員に、光は苛立った。仲間が殺されれば怒りが生じる。当たり前の事だ。だが、ほとんどの人間は、殺し合いの場ではそれが相手にも適用されている事が判らなくなる。光は、そんなほとんどの人間には含まれていない。相手を殺せば、相手方の仲間に様々な感情が生まれ、それが結果的に光の立場を悪化させるかもしれないと、そこまで考えていたからこそ、戦う事を躊躇ったのだ。それでも、避けられなくなった戦いの中、光はその躊躇を捨て去った。相手側で受ける感情は、全て、自分を攻撃するせいだ。そう考える事にしたし、それに間違いはないはずだ。中立という立場を選ぶと、VAN≠ニもROV≠ニも戦わないと、そう宣言したはずの光達を殺そうとするVAN=Bあくまでも戦闘から無縁でいたかった光に攻撃をするというのは、反撃を受ける事も承知のはず。そうであれば、殺されるのは攻撃してくる方が悪いはずだ。
「――!」
 光の前方と、左右にいた構成員が吹き飛んだ。細く、鋭く、紅い閃光が周囲に突き刺さり、敵の命を絶って行く。
「霞――」
 背後で、霞が戦っていた。その相手は、光を後方から狙っていた者達に間違いはなかった。
 不意に感じた風に、光は視線を前方に戻した。羽のように、身軽な動作で楓が光の前方に降り立つ。
「――楓!」
 その両手には、薄い緑色を帯びたダガーが握られていた。
「――連風刃!」
 楓が舞った。風のように、敵の間を擦り抜け、それでいて一人につき三回以上斬り付け、確実に仕留めて行く。緑色の燐光が尾を引き、その軌跡が周囲に広がっていった。離れた位置にいる構成員が、緑色の燐光に切り裂かれていた。近くにいた者は直接斬り付け、遠くの敵には刃に乗せた具現力を延長し、切り裂いているようだ。
「あなたは先に――!」
 霞の声が聞こえた。
「ここは私達でやるわ。あなたは早く友達を助けてあげて!」
 楓の声がそれを後押しする。
「すまない!」
 光は、一言そう言うと、楓が開いた道を駆け抜けた。遠慮してなどいられない。修が捕らわれているのだから、光の問題であり、本来は光一人しかいないはずだったのだ。二人の気持ちを受け取るという事もあったが、光自身、先に進みたかった。今、生きていて戦える、それも強い者よりも、修の方が心配だ。霞の戦闘技術の高さは知っているし、楓の動きも戦闘能力がずば抜けて高い事を示していた。恐らくは、今の光よりも強いだろう。
 建物の内部に入った途端、物陰から二人の能力者が飛び出してきた。光は無言でそれを振り払った。右掌から、閃光を放出し、それを剣にするかのようにして下段から斬り上げていく。二人とも上下に両断し、その死体が地面に落ちるよりも早くその場を駆け抜けた。狭い通路の、左右に取り付けられた扉を隔てて数多くの敵の気配が感じられた。両手に閃光の剣を形成し、光は踏み出した。ドアを破壊して、通路に飛び出してきた数人を、右手の剣を一閃し、全員切り裂く。左右に設えられたドアを突き破って光の道を塞ぐ能力者達を、手に握った蒼白い閃光の剣で葬りながら、光は進んだ。前後左右から光を狙う能力者の動きが、朧げにではあるが、光には感じ取る事が出来た。現れる敵を全て切り捨て、光は奥の部屋の前に辿り着いていた。
(……修、生きていたか……)
 中から感じられた、修の気配に、光は安堵の息を漏らした。生きていたが、無事とは限らない。光は気を引き締め直した。もう一人、別の気配がいるが、それが親玉だろう。両手の剣を消し、光はドアを開けて中に踏み込んだ。
「――光!」
「修、無事……だな!」
 室内に入ると同時に、修の安否を確認した。五体満足な状態だった。それに安心しながら、今度はもう一人の気配の主へと視線を移した。
「お前が、隊長か……!」
 そこにいた男に、光は問い質した。
 VAN%チ有の黒っぽいスーツ。男の体格は良く、顔立ちもややごつい印象を与える。土色の燐光を帯びた視線が、光に向けられていた。
「まさか突破してきたのか……!」
 意外そうな表情に、顔を歪め、呻くように男が呟く。指揮する立場であろうその言葉に、光はこの男が指揮官であろうと判断した。
「修は返してもらう」
 鋭い視線を突き付け、光は男に継げた。
「お前が仲間になるのならば、良いだろう」
「……ここまで殺そうとしてきてか?」
 光は相手の言葉に噛み付いた。
 勝てないから仲間にするというのは、死んでいった者達の命を無駄にする事だ。
「ただの確認だ。その気がなければ二人とも死んでもらう」
「死ぬのはお前だ」
 光は男を睨み付け、身構えた。
「おっと、動くな」
 男の掌が修に向けられていた。光はそれに体を硬直させた。
「何の真似だ?」
「お前が大人しく死ねばこいつは助けてやっても良い」
 男が口元に笑みを浮かべ、告げる。自分が有利な場所にいる事を確信しているが故の言葉だ。
「騙されるなよ光、こいつはもとから二人とも殺すつもりだ!」
 修が口を挟んだ。
「解ってる」
 頷く事もせずに、光は答えた。
 元から殺すつもりでいる事は解っていた。修は光をこの場所に誘き出すための餌に過ぎない。用が無くなればVAN≠フ事を知っている者として処理されてしまうはずだ。そして、光の戦闘能力が高い事を知っていれば、修を殺すと目の前で脅す事で動きを封じる事が出来る。戦って、光が勝ってしまう事も考慮に入れれば、その方が合理的だ。
「人質に取るんだったら、先に出てくるべきだろ」
 光は男に言葉を投げた。
 光の戦闘能力を考慮して人質を取ったというのであれば、光が部隊と交戦をするまでに人質で脅して攻撃を封じた方が効率が良いはずなのだ。それをしないというのは、何か策があるのかもしれない。
「こいつを奥の手にしたかっただけさ。突破されるとも思っていなかったからな」
 男が言った。それは光の戦闘能力を侮っていた、という事になる。もっとも、そのお陰で、最も強いであろう隊長と一対一になれた事は幸運と言えたが。
「で、どうする?」
「お前が死ねばいい」
 男の掌が修からずれた瞬間、光は言い放ち、掌を男へ向けた。それと同時に掌から閃光を放つ。
「――ッ!」
 横へ跳んで男が攻撃をかわしている間に、光は修に駆け寄っていた。男がすぐに反撃してくる事は解っていた。会話をしている暇などはなく、光は修の前に立つようにして防護壁を張り、男の攻撃を防いだ。
「修、巻き込まれるなよ?」
「それぐらいは何とかする」
 修の返答を聞き、光は床を蹴った。掌から光弾を生じさせ、男へと向けて左右交互に二発ずつ、合計で四発発射する。男は床へとかざした掌を上方に振り上げるようして、地面から土砂の壁を引き上げた。光弾は全てその壁に阻まれて打ち消され、今度はその土砂の壁から槍のように鋭い土砂の塊が打ち出された。光はそれを横へ跳んでかわし、着地と同時に掌をかざして閃光を放つ。突撃してきていた男が横へ跳ぶようにして回避した。光はその着地を狙い、光弾を放ったが、床を突き破って迫り出した土砂に防がれ、男が反撃に転ずる。
「今までの奴らと一緒にするなよ……?」
 男の口元に笑みが浮かんだ。光の周囲の床から土砂が巻き上がり、光はすぐさま床を蹴って空中に逃れた。直後、床が崩れ落ち、土砂の槍が何本もその床下から突き出してきた。掌を下方へ向けて光は防御用の盾を張り、槍を防いだ。衝撃が下から突き上げ、光の体勢を崩すが、盾の威力を上げて下方向へと飛ばし、槍を吹き飛ばして着地した。男の位置を気配で探り当て、すぐに攻撃を始める。大きな隙を与えてしまえば修が狙われるため、出来る限り男の注意を光に向けさせなければならない。
(……強い……)
 光は顔をしかめる。今までの誰よりも強く感じた。
 左右の床を突き破って現れた土砂の槍の間を潜り抜け、光は男に接近する。男の手に土砂の突撃槍が生じ、それを見て光も両手に閃光の剣を生み出した。男が突くのと同時に、それの力を逸らすように剣を横へ薙ぎ払うが、その槍の攻撃は重く、光が受け止める形になってしまった。その瞬間に、光の真下から槍が突き上げる。それを殺気として認知した光は、剣で槍を弾くようにして自らを弾き飛ばし、真下からの攻撃を回避した。
「喰らえっ!」
 男が手に持った槍を投げ付け、同時に両手を光へとかざした。
「――っ!」
 光の左右に土砂の壁が生まれ、左右への回避軌道を塞いだ。上方に逃れようにも、左右から迫り出した土砂は空中で不自然に力の方向を逸らされ、光を包むようにして上方への移動をも制限していた。前方から向かってくる槍に、光は前面に盾を形成し、受け止めたが、その衝撃で吹き飛ばされ、床に打ち付けられた。
「ぐっ……!」
 その衝撃に呻きながらも、すぐに起き上がって追撃に備える。先程と同じように、突撃槍が投げ付けられていた。両手で形成した剣を握り締め、光は思い切り槍に叩き付けた。砂を吹き飛ばすような音が響き、槍が砕け散る。すぐさま光は駆け出し、三本目の槍を打ち払うと、男に斬りかかった。
「甘い!」
 男が叫び、左右の壁から小さな矢のような土砂がいくつも飛び出してきた。
「くっ……!」
 掠った痛みに呻きながらも、光は何とかその矢の間を潜り抜け、男を斬りつける。男は後退してそれを回避したが、意識の集中が途切れたのか、今まで迫り出していた土砂が崩れた。そして、すぐに男は光の懐に飛び込み、土砂で尖らせた拳を突き出してきた。首を横へ逸らして顔面への攻撃を避けた。頬に掠り、一筋の痛みが走るが、それを無視して光は回し蹴りを放った。男を守るように迫り出した土砂に弾かれ、足に痛みが走ったが、すぐに攻撃を変え、近距離から光弾をぶつける。
「ちっ!」
 男の左肩を掠り、そのスーツの一部を吹き飛ばした。男が反撃で腕を側面から叩きつけるように振り、土砂を光に叩き付けた。
「がぁ……っ!」
 その衝撃に床に叩きつけられ、その土砂から矢が放たれて光に追い討ちをかける。衝撃に逆らわずに床を転がり、なんとか矢の命中だけは防いだが、体中に擦り傷を負っていた。起き上がった光は盾を形成して矢を防ぎ、その盾に突撃するようにして、体の前面を半球形の盾で包み、突撃した。左右からの攻撃に、引き伸ばした盾で対応し、その前面に穴を開けて、光だけが飛び出した。
(もっと…威力をっ……!)
 光の思惟に答えるように、体の防護膜が厚みを増し、光は男に体当たりを仕掛けた。男の前面に張られた土砂の壁を、直前に形成した盾で突き破り、土砂のある部分に盾の筒を残して出来た穴を通って男に体当たりを喰らわせた。そのまま部屋の壁を突き破って外へと飛び出した。互いに相手の顔を睨み付ける。敵意を込めた視線が交差し、光は腕を薙いで男を突き飛ばした。着地したところに打ち込んだ光弾を避け、男が地面から槍を何本も作り出し、光へと飛ばす。その間を潜り抜け、光は掌から閃光を放ちながら着地し、そこへ打ち込まれる槍を空いていた左手で打ち払うと、横へ跳んで別方向からの攻撃を回避し、男へ反撃を繰り出す。
 男が咆え、土砂の槍を構えて突撃してきた。回避行動を取ろうとする光に、それを阻止する位置に地面から矢が放たれ、光は身構えた。咄嗟に形成した剣を両手で握り締め、男の突撃を受け止めたが、先程のようには弾けず、衝撃に手が痺れる。直後、槍が周囲に裂け、それが弧を描いて光へと突きつけられ、後方へ跳んだ光に男が下方から掌を叩き付けた。
「がふっ……!」
 その威力に、光は吹き飛ばされ、工場の壁を数枚突き破り、その一枚に体が埋まるような状態で止まった。そして、その衝撃は工場全体にも伝わり、壁が崩された場所は崩壊した。
BACK     目次     NEXT
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送