終章 「意志」 光は一人、暗闇の中に立っていた。自分の姿は見えるが、それ以外には何も見えず、立っているはずの足場すら見えない。背景が黒一色の部屋にいるような感覚だった。 「……ヒカル」 かけられた声に、光は振り返った。 少し離れたところに、一人の少女が立っていた。長く艶やかな金髪に、整った顔立ち。そこには、翡翠の燐光を帯びた瞳。 「君は……?」 「私はセルファ。セルファ・セルグニス……」 光の問いに、少女は名乗った。 それは、前に聞いた事のある、ROV≠ノ情報を流している者の名前だった。超越の能力と空間干渉能力を持つ能力者。 「ここは?」 「あなたの意識に、私が干渉しているの。だから、ここには私達しかいない」 セルファの言葉を光はすんなりと受け入れる事が出来た。 その事自体は信じられるような事ではないはずだったが、事実、ここには二人しか気配がない。それに、背景が黒の空間は普通の光景ではありえないのだから。 「それで、俺に何の用?」 光は問い質した。 彼女が光の意識に干渉してきたという事は、光に何か用があっての事なのだろう。そうでなければ光と交信する必要などないはずだ。 「あなたは、どうして戦う事を避けるの……?」 セルファは問う。 何故、能力者として、その戦いの中に身を置かないのか、と。 「俺の人生を壊されたくないから」 光はそう答えた。 戦う事で、光の居場所は崩れていってしまう。それは、光の望む生活が消える事を意味しているのだ。今まで通りの生活で十分だと、戦う事よりもその方が良いと、光には思えた。だから戦う道は選ばなかった。 「あなたの力は、世界を変える事も出来るはずなのよ?」 「そんな事関係ないさ」 セルファの言葉に、光は穏やかにそう返した。 「どんなに強い力を持っていても、それを使うのは俺だから」 光の力は光だけのものだ。それを使えるのは光だけであって、他の誰かが使えるわけではない。そして、光が力を使うのは、光自身が必要と感じた時に、その目的のために使うのだ。 「俺には俺の意志がある。君だってそうだろ?」 セルファは母親と密かに敵対している。それは、セルファの意志であり、他の誰の考えでもないのだ。 「わ、私は……」 セルファは哀しげな表情を浮かべ、顔を俯かせる。 「何があったかは俺は知らない。でも、君だって何か目的があって戦ってるんだろ?」 「……ええ」 小さく、それでも頷いたセルファに光は続けた。 「だから、俺も目的のために戦うんだ」 「でも、あなたは……!」 光はセルファの言葉を手で遮った。そして、言い聞かせるように告げる。 「俺の目的は、自分の生き方を続ける事だからな」 自分が望む生き方の邪魔になる者、邪魔する者と戦う。それが光の戦いなのだ。彼女には彼女の戦いがあって、他の人にはその人だけの戦いがある。組織が生まれるのは、それぞれの戦う目的が被ったり、似通っていただけの事だ。 「……強いのね…」 ぽつりと、セルファが呟いた。 「どうかな」 光は自嘲気味な笑みを浮かべて言った。 恐らく、光はそんなに強い人間ではない。むしろ、弱いのかもしれない。自分の生活が崩れる事を恐れ、そうならないように戦うのだと言い換える事だって出来るのだから。 「ごめんなさい、いきなり現れて……」 「いいよ、別に」 「あなたと話せて良かったわ。また、話に来ても良いかしら……?」 心配そうに訊いてくるセルファに光は微笑んで答えた。 「勿論」 セルファの表情に、仄かに笑みが浮かぶのを、光は見た。 そして、光の意識は暗転した。 気が付いた時には朝になっていた。いつも、学校がある時に目が覚める時間。ベッドから起き上がり、光は窓にかかっているカーテンを開けた。朝日に目を細め、光は晴れ渡った空を見上げる。 誰もが、それぞれの意志を持って戦っている。セルファだけではなく、ダスクや刃、修だってそうだ。 だから、光も自分の意志で戦うのだ。これから先に何があろうとも。 ――終 |
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