第六章 「命の力」 ユニオンの中央にそびえる大きな建物の屋上に、カソウ・ヒカルは立っていた。 人の気配が全く無くなった国を見下ろして、ヒカルは蒼い光に染まった目を細めた。 自分が立つ足場は、かつて、ヒカルが敵と見做していた組織の本部でもある。この真下の一室で、ヒカルはセルファと共にVANの総帥と対峙した。 VANという組織は消え去った。今まで求めていたものが全て手に入ったかと言えば、そうでもない。 「……全てのチームがそれぞれ壁に辿り着いたわ」 戦闘が行われている範囲をすっぽりと覆うほどの力場を展開しながら、ヒカルの隣でセルファ・セルグニスは告げた。 「随分と戦力を投入してきやがったな」 ヒカルの背後で、エンリュウ・ショウが小さく息をついた。 「……手間取っているのは、ユウキたちの方か」 ハクライ・ジンが呟いた。 「手を出す余裕、あるか?」 「難しいわね」 ヒカルの言葉に、ミズキが苦笑する。 いくら英雄と呼ばれた者たちでも、今の状況はかなり厳しいものだった。アウェイカーの力を封じるための電磁場フィールドは、確実にヒカルたちにも効果を上げている。 頭痛や眩暈を、精神力で抑え込みながら戦っている。 「さすがに、そろそろ限界だわ……」 カエデが呟く。 皆、平然としているようだがそうしているのがやっとという状態に近い。 「……あいつらなら、自分たちで乗り切るだろ」 ヤザキ・シュウが軽く笑った。 「……俺たちの最後の仕事が、俺たち自身の抹消になるとはな……」 ヒカルは苦笑した。 この国を救うためには、それしかない。ユニオンという国を作り上げ、アウェイカーたちが普通に生きられる世界を創ろうとしたヒカルには、この事態を防げなかった責任がある。 「ほんと、皮肉なもんだな」 シュウも苦笑していた。 「……お前なら、気付かれずに生きていくこともできるはずだが」 ジンが言った。 「ハルカは随分としっかりした奴に育っちまったからな、心配じゃないって言えば嘘になるが、大丈夫だろ」 シュウは笑った。 「まぁ、そろそろユキにも会いたかったしな」 ユキ。今は亡き、シュウの妻であり、ハルカたちの母の名だ。セルファの親友でもあった。 「それより、お前はいいのか、このままで?」 シュウがヒカルを見る。 「……二度も死んでる身だからな、俺は」 ヒカルは薄く笑みを浮かべた。 かつての戦いで、ヒカルは二度も命を落としかけた。一度は、戦いの中、その時には勝てぬ相手に敗北して。二度目は、最後の戦いで全力を振り絞り、バーストして寿命を使い尽くした。 ヒカルを救ったのは、妻のセルファだ。死にかけたヒカルの命を繋ぎ止めて蘇生させ、寿命を使い尽くして膝を着いたヒカルに、自らの寿命と力を分け与えて救った。 「二十年。長いようで、短かったわね……」 セルファが呟いた。 この二十年のうちに、世界はだいぶ変わった。一番大きいのは、やはりアウェイカーの存在が認知されたことだろう。 「また二十年前に逆戻りにならなきゃいいけどな」 ショウが苦笑いを浮かべる。 「どんなに争っても、アウェイカーは消えないのにね……」 カエデが溜め息をついた。 アウェイカーという存在は人間の中から生じた。第三次世界大戦が起こるよりも遥か昔から存在していたものでもある。ならば、アウェイカーが滅びることはないだろう。全ての人間がアウェイカーになるとも言い切れないが、それは逆にアウェイカーの存在がゼロにはならないだろうことも意味している。 「次の世代に期待するしかないわね」 ミズキが肩を竦める。 「大丈夫……」 セルファが優しげに微笑む。 「俺たちの子なんだから」 ヒカルも、笑みを浮かべて呟いた。 ヒカルやジンたちは二十年前に多くの命を奪ってきた。自分たちが信じるもののために戦ってきたのだということは解っている。その結果が、今ここにある国であることも、多くの人が平穏に暮らせるようになったことも、理解しているつもりだ。 それでも。 今までユウキが口に出して言うことは無かったが、ヒカルたちは殺人者であることに違いはない。英雄の息子だともてはやされることは、人殺しの子供だと言われているのと同じだった。両親の笑顔の裏には、いくつもの屍がある。どれだけ平穏を望んでも、どれだけユウキやシーナに愛情を注いでくれているとしても、消せない影はある。 どうしても、ユウキにはそれが心残りだった。自分の存在が、前の大戦で両親が殺めた人たちの命を踏みにじっているのではないかという疑念が消せなかった。 だから、自分の存在に自信が持てなかった。生きていていいのだろうか、と。 だが、ようやく気付いた。 そうではなかったのだ、と。 ユウキは、自分で自分の存在を否定しかけていただけなのだ。始めから、誰もユウキを否定してなどいないというのに。 ユウキは、咆えていた。 「ぅうぉぉぉぉぉおおおおお――っ!」 保護領域が展開される。五感全てが拡張され、身体能力が跳ね上がる。 敵の気配と動きが、把握できた。 右手の刃が、蒼い光の軌跡を描いて宙を翔ける。 目の前の機兵が、斜めに両断されていた。中にいる、搭乗者ごと。 切断された動力部が、ユウキの力が放つ高エネルギーに反応して爆発を起こす。 「なんだとっ!」 男が、驚愕に呻いた。 装置の影響はある。頭痛も、眩暈もある。一瞬でも気を抜けば、直ぐに倒れてしまいそうだった。 それでも、ユウキは力を使っていた。 目の前で人が死ぬのを、見たくなかった。誰かが悲しむ姿を見たくなかった。もしかしたら、ユウキが助けられる命だったのではないか。 マーガレットの母は、最期に娘を庇って爆死した。それにどんな意味や思いがあったのかは、ユウキには解らない。 もし、装置の影響下でもユウキが力を使えていれば、助けられたかもしれない。 たとえ、この国に住む人たちを危険に晒したとはいえ、彼女は確かにマーガレットの母親だった。マーガレットにとっては、彼女がどれだけこの国に背いていたとしても、大切な人だったのだ。 そして、いつの間にか、マーガレットもユウキにとっては失くしたくないものの中に入っていた。いや、最初から入っていたのかもしれない。ユウキも、彼女のことを気にかけていたのだから。 これ以上、目の前で大切なものが失われていくのを黙って見ていたくはない。 ユウキは左手を前面にかざした。 蒼い光が壁となって、放たれる攻撃の全てを呑み込んだ。 攻撃に晒されていた者たちが、その場にへたり込む。マーガレットも、ただ呆然とユウキを見上げていた。 「これ以上、好きにされてたまるか……!」 ユウキの口から、呟きが漏れる。 「冗談じゃないっ!」 ユウキは、吐き捨てるように叫んでいた。 壁を前方へと放つ。 あらゆるものが蒼い閃光に呑み込まれ、削り取られていく。砦の内装が消し飛び、巻き込まれた機兵が中の搭乗者ごと消滅する。 もう、相手の命など気にしている余裕など無かった。いや、相手の命を助けるという考えは、ユウキの頭からなくなっていた。 理解し合えないのではない、相手に理解する気がないのだ。どれだけこちらが歩み寄ろうとしても、拒絶されては相互理解などできるはずもない。 拒絶しかせず、理解し合おうともしない者たちに、無抵抗に殺されたくはなかった。 「何で、俺らが殺されなきゃならないんだ!」 ユウキだって生きたいのだ。 失くしたくないものもある。 「……そうだな」 風が、吹いた。リョウの声と共に。 雷鳴と突風がユウキの直ぐ脇を駆け抜けた。 「はいそうですかって、納得できるわきゃねぇさ!」 炎が、燃え盛る。ヒサメの声と共に。 爆音と熱風がユウキの横を通り抜けていく。 蒼い壁をかわした機兵が、雷鳴と暴風に切り刻まれる。いくつもの雷光が閃き、衝撃波にも似た鋭い風が辺りに吹き荒れた。 別の機兵が、爆発していた。冷気に凍らされた関節が砕かれ、装甲の内側に炎が流し込まれる。 リョウの刃が分厚い装甲を両断し、ヒサメの拳が堅牢な装甲を打ち砕く。 二人とも、相手の命をかえりみない戦い方をしていた。確実に仕留めるための一撃を、躊躇うことなく繰り出している。 「ちっ……!」 舌打ちが聞こえた。 強化外骨格の男を、ユウキは見据えていた。 周りの機兵はリョウとヒサメが片付けてくれるだろう。 ユウキは、地を蹴った。 一瞬で男との距離を詰め、右から左へ刃を一閃する。間一髪のところで身を退いてかわした男へ、ユウキは返す刀で二撃目を繰り出した。柄に左手を添えて、やや斜めに刃を滑らせる。 蒼い光が尾を引いて軌跡を描く。 強化外骨格による身体能力の向上効果なのか、ユウキの動きを寸前でかわしていた。それでも、反撃の隙は与えない。避けるだけが限度なら、ユウキの方に分がある。 身体の奥底にある力を引き出すように、ユウキは咆えた。頭痛が強くなり、眩暈も酷くなる。それでも、ユウキは歯を食い縛って目の前の敵を見据えていた。 輝きの増した保護領域が、ユウキに力を与える。踏み込んだ足が、今までよりも強く地面を蹴飛ばす。刃を振るう腕が、速度を上げる。 振り切った刃から左手を放し、男へと閃光を放つ。装甲を蒼い光が掠め、僅かに削り取った。間髪入れずに右手を振るい、刃を叩き付ける。かわされた瞬間には左手で柄を握り締め、刃を返して追撃する。 刀での切り上げがかわされた直後、ユウキは腰を捻り、男へ蹴りを叩き込んでいた。 男の腹に、ユウキの蹴りが突き刺さる。 「ぐぉっ!」 呻き声だけを残して、男が吹き飛ばされた。 「こんなもの、作りやがって……!」 ユウキは、自分の隣に置かれた装置を見つめて、吐き捨てた。 男を追い詰めるうちに、部屋の奥にあった装置の傍まで辿り着いていた。 同時に、感情の昂りとユウキの意思によって拡大された力が、装置の奥にある気配を感じ取っている。 あの装置の中には、アウェイカーがいる。いや、精確にはアウェイカーの脳だけなのかもしれない。意図的に創り出された、アウェイカーのクローンなのだろう。 その力だけを、装置に組み込んでいるのだ。 「いくらお前でも、それは壊せまい……」 男の挑発的な言葉に、ユウキは右手を握り締めた。 力場を破壊するフィールドと、空間を捻じ曲げる力場の二つが装置を包んでいる。アウェイカーにとって、手出しができない構造になっているのだ。 ユウキは右手に力を込めた。 「どうして、こんなことまで……!」 握り締められた刃が、銀の光に包まれていた。 アウェイカーという存在を、人間とは見ていないのだろう。だからこそ、アウェイカーの力を兵器にも利用している。 ユウキの右手が跳ねた。 一閃された刃が、銀の粒子を振り撒いた。 装置が、切断面から崩れ落ちた。 頭痛と眩暈が消える。 「……予想外だな」 忌々しげに、男が呟いた。 ユウキの持つ力は、高エネルギーだけではない。力場を破壊するという力もある。装置の根本がアウェイカーのメタアーツであることさえ解れば、ユウキの力で壊すこともできるのだ。 「……ふふ、だが、お陰でお前らを殺しやすくなったよ」 男の姿が掻き消えた。 「なにっ……!」 リョウの右肩が裂けていた。血が噴き出し、よろけるリョウの前で、今度はヒサメの脇腹が背後から撃ち抜かれていた。 「こいつ……!」 斬撃も、弾丸も、見えない。相手の姿すら、捉えられてはいなかった。 ただ、気配だけを除いて。 「アウェイカー……!」 ユウキは、目を見開いた。 男の気配は、ある。だが、ただの人間にこんなことができるはずがない。強化外骨格は単純に身体能力を向上させるための機能しか持ち合わせていなかった。他に何か特殊な装置が組み込まれていそうな部分はなかったはずだ。 だとすれば、男がアウェイカーであるとしか考えられない。 決定的なのは、ヒサメを攻撃する際に、男の気配と似たものが一瞬で飛んだことだけだ。アウェイカー特有の、力場を発生させていたのだ。 「……お前らと一緒にするな」 嫌悪感を剥き出しにして、男が言った。 ユウキの目の前に再び姿を現した男は、両手に銃を携えている。グリップに取り付けられた刃から、僅かに血が滴り落ちていた。 「お前らがいるから、俺はこんな身体にされちまったんだよ」 男から、怒りが溢れ出した。 アウェイカーの存在や、力の原理などを解明する研究はずっと行われていたに違いない。ユニオンでは皆、自由に暮らしていたが、他の国でも同じように、とは行かなかったのだ。 「……俺は、力を使えるように手を加えられたのさ」 犯罪者などのアウェイカーは捕らえられた後、解剖されたり人体実験の材料にされていたのだ。もしかしたら、生きたまま、力を使用させられたまま。 その研究結果を元に、男は身体を改造されたというのだ。脳に手を加えられ、アウェイカーと同じメタアーツが使える身体に。 「お前らがいなければ、俺は人でいられた」 男の、怒りと悔しさの入り混じった言葉に、ユウキは言葉を失っていた。 どうして、そこまでするのだろうか。 アウェイカーを受け入れず、人間を後天的にアウェイカーに改造するなど、意味があるとは思えなかった。 アウェイカーという存在が、手が届くところにあると証明したいのだろうか。アウェイカーのメカニズムさえ解明できれば、アウェイカーが人工的に作り出せれば、アウェイカーという存在を排斥する理由はないだろうに。 「じゃあ、あんたは自分が人間じゃなくなったと思ってるって言うのか……!」 ユウキは言った。 アウェイカーが人間ではないと言うのだろうか。元々、人間の中からアウェイカーが現れたというのに。 「そうさ、俺は化け物になっちまったんだよ、お前らのせいでなぁ!」 男の姿が消えた。 気配だけが一瞬で移動する。 ユウキは反射的に身を退いていた。 拡張された反射神経と身体能力が、間一髪のところで男の攻撃をかわす。見えない弾丸を、殺気から逃れるようにしてかわす。 「見ろ、アウェイカーの国の最後だ」 背後に移動した気配へと振り返ったユウキの視界に、ユニオンの姿が見えた。 今まで背にしてきた景色だ。 その景色が、一瞬で光に包まれていた。 爆発だと気付くのに、時間がかかった。世界が崩壊するかのような轟音と、地響き、地震が遅れてやってくる。視界を覆い尽くすような閃光に、ユウキはただ目を見開いていることしかできなかった。 「あの装置の磁場を強力なものにすれば、こんなことだってできるんだよ」 男の嘲笑うかのような声だけが聞こえた。 装置は、国を囲むようにいくつも配置されていた。その装置が放つ電磁場を、全て特定のレベルで合わせることで、中央に膨大な熱量を生み出すことができるのだ。電磁場が交わる部分で発生した莫大な熱量は、核融合にも似た高エネルギー、プラズマを発生させる。超高温のプラズマが、今見ている爆発の正体だった。 「お兄ちゃん……」 シーナの声に、ユウキは視線を向けた。 リョウやヒサメと共に、追いついていたのだろう。シーナは、ユウキが破壊したゲートの傍で爆発を見つめていた。翡翠の輝きに染まった瞳を見開いて。 「……みんな、あそこに……」 シーナは、爆発の中に誰がいたのか、知っていた。 その一言だけで、ユウキには解った。 「これで、お前らも終わりだ」 男が、動く。勝ち誇った声と共に。 「くっ!」 リョウが雷に身を包み、跳んだ。 男の気配を追うが、追いつけない。辛うじて致命傷は避けているが、身体中に切り傷が増えていく。横合いから冷気と熱風が叩き付けられる。 その時にはヒサメの身体が吹き飛ばされていた。男の蹴りが、ヒサメを弾き飛ばす。 「このっ!」 蹴飛ばされたヒサメが男の脚を掴む。熱量を叩き込もうとした瞬間、男の姿が消えていた。 「……お兄ちゃん、みんなが……!」 シーナの目から涙が溢れた。 何もかもを失くしたかのような、妹の視線が、ユウキを見つめている。もう、他に縋れるものがないとでも言うかのように。シーナは、今にも発狂してしまいそうだった。今にも砕け散ってしまいそうだった。 男の敵意だけが跳ね回っている。 「皆、死んでしまえばいいのさ!」 憎悪が、無差別に向けられていた。 リョウやヒサメですら追いつけない相手を前に、皆が絶望しているようだった。先の爆発で、既に混乱しているというのもあるのだろう。 誰も、動けなかった。 「もう、イヤ……!」 マーガレットが、呟いた。 「お兄ちゃん……!」 シーナが、泣いていた。 「何してるのよユウキっ!」 ハルカの怒声が飛んだ。 ユウキの奥歯が音を立てた。 胸の奥につかえていたものが、弾けた。身体の奥の方から、絶え間なく力が溢れ出してくる。 ユウキは、叫んだ。腹の底から、力の限り。 蒼と銀の入り混じった光が、保護領域から溢れ出す。おさまり切らない力が、粒子となって辺りに散った。 ユウキの知覚が男を捉える。 その瞬間、ユウキの感覚が男の力の正体を解析していた。力場を感じ取り、その力を把握する。 男は、自分の身体を光と同化させていた。恐らくは、力場で包んだ範囲のものを光に同化させられるのだろう。弾丸を光に変えて放ち、加速させた後は物質に戻す。光に近い速度で放たれた物質の動きを見切れる者などいない。 男の動きも、だから肉眼では捉えられない。 リョウの雷の速度でさえ追い付けないのだから。 だが、ユウキなら。 蒼と銀の粒子が舞い散り、ユウキの姿が消える。残像だけを残して、ユウキは男の目の前へと跳んでいた。 ユウキには、操れる力の限界がない。力を引き出し続ければ、極限まで身体能力を高めることができる。バーストすることで、ユウキはジンやリョウの速度を凌駕する。 「俺が、お前を止める!」 ユウキの刃が、男に触れた。 光と同化している男の頬に傷が走った。ユウキのエネルギーが干渉している。攻撃が、届く。 ユウキがかわした弾丸は、ハルカが張り巡らせた歪曲空間によって逸らされている。 「今のうちに走れ!」 レェンが叫んだ。 走り出す住民を背に、ユウキは男と対峙していた。 「お前が、俺たちを殺すと言うのなら、俺はお前を殺す!」 ユウキは言った。 初めて、人に殺意を抱いたかもしれない。 もう、自分に対する迷いや不信感はなかった。 大切なものを守りたい。 ようやく、意味が解った。 自分が、どう生きたいか。迷ってばかりでも、疑念を抱いてばかりでもない。ただ、そうありたいと願う道さえあればいい。 誰かの命を奪うなら、そうしてでも譲れないものを見い出さなければならない。 まだ、生きていたい。 マーガレットとも、話したい。 両親たちも、かつてこんな思いを抱いて戦っていたのだろうか。 「ほざけぇっ!」 男の姿が消える。 ユウキは刃を振り上げた。雷閃にありったけの思いを込めて、水平に薙ぎ払う。 蒼い閃光が、銀の粒子を纏いながら宙を切り裂いた。 跳び越えた男の保護領域が、消えた。力場を破壊するユウキの力が、男の保護領域を掻き消していた。 「そこだ!」 リョウの刃が、男へと向かう。雷撃を纏った一撃に、一瞬遅れて風を纏う追撃が続く。 辛うじて防いだ男へ、リョウは雷撃で加速した回し蹴りを繰り出していた。脇腹に減り込んだ回し蹴りが男に電撃を流し込み、突き飛ばす。その先に、ヒサメがいた。 「喰らえやぁっ!」 振り被った拳を炎と冷気が螺旋状に包み込む。突き出された拳が命中する瞬間に、交じり合った二つのエネルギーが水蒸気爆発を引き起こした。 爆発を伴った強烈な一撃が、頭部の強化外骨格を打ち砕く。 ユウキは、男の頭を掴んでいた。銀の光が、男のアウェイカーとしての力を封じている。 「見てろ、俺たちは、生きてやる!」 言い放ち、ユウキは左手に力を込めた。 左手を中心に蒼い光が生じ、男を呑み込む。 傷だらけのリョウが膝を着いた。 ヒサメが大きく息を吐き出して座り込んだ。 ユウキが振り返った時、そこに立っていたのはマーガレットだった。ユウキが手放した、鞘を持っていた。 「行こう、一緒に」 差し出された鞘を受け取って、ユウキは頷いた。 刃を鞘に納めて、ユウキは外へと目を向ける。 その先で、シーナと、レェン、ハルカたちが待っていた。 |
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