第三章 「マキナの戦い」 痛み。悔しさ。もどかしさ。寂しさ。諦め。疑問。そして感謝。 ウィルドの心が、エクスを通じてリオンに伝わってくる。 痛みは、自分自身に向けたもの。 悔しさは、自力でエクスを渡すことができない無力感から。 もどかしさは、感情を表に出せない自分に対して。 寂しさは、普通に人と接することのできないことへ。 諦めは、そんな自分を変えることができないから。 疑問は、自分の存在意義に。 そして、唯一心を許せる理解者リオンに対して感謝を。 「手伝えって言ったのは、あんたらだぜ?」 どこか褪めた口調で、リオンは呟いた。 視界の隅ではいくつもの文字が現れては消えていく。兵器としてのプログラムが立ち上がるシステムメッセージだ。 右腕は、肩から変化していた。肩口から指先まで、硬質な装甲で覆われている。銀色の装甲には、肩と肘、手の甲の三か所に美しく澄んだ青い結晶のようなものが浮き出ている。直線的な指先の装甲は刃のように鋭く、腕の腹や間接さえも細かい蛇腹のような装甲で守られている。 ウィルドは感情が薄いわけではない。ただ表に出せないだけだ。だから、彼女の内側には感情が貯め込まれている。行き場を失った多くの感情が、涙となって外に溢れてくる。 涙を流すことすら難しいウィルドから感情を受け取るには、こうするしかなかった。 彼女に肉体的なダメージを与えて、生理的にでも涙を流させるしか。 「……だから、か」 ラーグは歯噛みしていた。 リオンが戦うためには、ウィルドを傷付けなければならない。だから、リオンは戦闘に消極的だった。彼女を守るためであっても、まずウィルドを攻撃しなければリオンは戦う力を得られない。 ただ感情を揺さぶっても、ウィルドは涙を流せない。肉体的にダメージを与えて、生理的に涙を出させるしか、なかった。 彼女のエクスが涙だと伝えてしまえば、ラーグもリオンを戦わせようとはしなかっただろう。だが、それではフェアではない。ただ守ってもらうだけでは、同行する意味がない。リオンだけでなく、ウィルドも納得しないはずだ。 「……面白いエクスだな」 オメガは一人だけ、笑みを見せていた。 彼のデウスであるはずの、アンスールでさえ驚いているというのに。 「ラーグ、ウィルドを頼む」 リオンはカイの隣まで歩み出た。 僅かに曲げた指先から、メキ、と軋んだような音がした。 視界の片隅で、二つのゲージがゆっくりと伸びていく。 掌をかざすオメガへ、カイが砲身に変えた右腕を向ける。カイは左手を添え、右腕の銃口に収束させたエネルギーを放った。オメガはカイの射撃をその手だけで受け止めていた。 「くっ……!」 カイが歯噛みする。 リオンは地を蹴った。 カイの射撃攻撃は生半可なエネルギー量ではない。装甲に覆われているとはいえ、手で受け止めるなど無謀に近い。それで防げているということは、何かしらオメガの力が働いているということだ。 対戦経験のないリオンには、オメガの力はまだ判らない。共闘経験のないカイとも、直ぐにコンビネーションが組めるとも思えない。互いに、連携は期待しない方がいい。 カイが射撃で牽制している間に、リオンはオメガのもとへと接近する。自分の間合いまで近付いて、右腕を水平に振るった。 「無駄だ」 オメガは笑っていた。 右手でカイの射撃を受け止めながら、左手でリオンの爪を掴んでいる。 「まさか、この程度じゃないんだろう?」 見透かすかのような目で、オメガはリオンと視線を合わせる。 右腕から返ってきた感触は、オメガの強大な力を示すものだった。確かに、オメガが纏う鎧は硬質だ。マキナ以外の兵器の攻撃なら簡単には破壊されないだろう。だが、マキナの攻撃ならば破壊は不可能じゃない硬度のはずだ。 何かしらの力が働いている。それがリオンの爪も、カイのエネルギーも、防いでいるだけだ。 「喰らえっ!」 カイの声と共に、圧縮されたエネルギー弾がオメガの右手に炸裂した。 衝撃にオメガの態勢が崩れる。リオンに意識を向けていたためか、カイの攻撃に反応が遅れたようだ。リオンの腕も解放されている。 リオンは後方へ跳んだ。銀の前髪が揺れる。 (モデル・イオタ・リアライズ) 口には出さず、意識の中で呟く。自分の、マキナとしてのプログラムに指示を飛ばす。 右腕に三つある青い結晶が光を帯びて、リオンの腕を覆う装甲に幾筋もの銀光を走らせる。熱量が腕の中を駆け抜け、構造が書き変わる。 肘から先に、先端が二つに裂けたレールガンが形成されていく。昨日、カイが倒したイオタというマキナの武器が、全く同じ形状ではないものの、そこにあった。 「レールガンだと……!」 オメガが目を見開いていた。 いや、オメガだけではない。アンスールやラーグ、カイも驚いているはずだ。 リオンは意識の引き金をひく。レールに雷光が走り、高速で弾丸が撃ち出される。 オメガは横へと跳んで逃れていた。そこへカイが放ったエネルギーが飛来する。両手でエネルギーを弾くようにして、オメガは攻撃を捌く。 「舐めるな!」 オメガが低姿勢から腕を振り払う。 純粋な破壊力が地面を穿ち、オメガの前方広範囲を大きく抉る。衝撃波と土煙りがリオンとカイの視界を塞いだ。 「この程度で目くらましになるものか!」 カイは気配を頼りに射撃を繰り返す。 土砂程度ではマキナのレーダー感覚は狂わない。 「違うな!」 オメガが叫ぶ。 上空に掲げた拳が光を放っていた。紫に近い、禍々しい光だった。カイの放つ射撃エネルギーを遥かに凌駕するエネルギーが圧縮されて行くのが解った。 「デウスもいるのに……!」 「加減はするさ!」 カイの焦った声と、オメガの自信に満ちた声が響く。 「モデル・デルタ・リアライズ!」 リオンは即座に決断した。 右腕が再び形状を変える。最初の腕に戻った後、手首から肘までを覆う装甲が構造を変えていく。外側へと張り出すように装甲が浮き出て、盾のように六方向へと先端を伸ばした。 リオンはラーグの前まで後退し、右腕を身体の全面で構えた。 腕に形成された盾と腕の間から、銀の光が周囲へと放出される。圧縮されたエネルギーを板のように展開させて、身構える。 オメガの拳が地面に突き刺さった瞬間、彼の前方が吹き飛んだ。地面を吹き飛ばし、凄まじいエネルギーが扇状に叩き付けられる。 「くっ!」 カイは大きく跳躍し、向かってくる岩の破片やエネルギーの余波を右腕の銃撃で撃ち落としていた。 リオンはエネルギーの盾で、オメガの攻撃を耐えていた。身体が吹き飛ばされそうな衝撃を、右腕の盾で防ぎ続ける。両足を踏ん張り、左手で右腕を支えながら、オメガの攻撃エネルギーが静まるのを待った。 盾を作り出しておきながら、腕がちぎれてしまいそうだった。 「だ、大丈夫か……?」 ラーグの問いに、リオンは答えなかった。 「くそ……っ!」 近くに着地したカイが毒づいた。 オメガは強い。マキナとしては破格過ぎるほどの戦闘能力を持っている。破壊に特化した力をオメガは持っているのだ。今の一撃も指向性を持たせていなければ敵味方問わず無差別に攻撃していたはずだ。 「加減し過ぎたかな」 オメガの笑みを含んだ声に、カイが歯噛みするのが判った。 さほど遠くはなかったが距離はあった。それでも、まともに受けたらマキナでも全身がバラバラになっていたかもしれない。 「それにしても、面白い力だな、それは」 リオンの右腕を見て、オメガが言った。 右腕を元の状態に戻して、リオンは小さく息を吐いた。 (まずいな……) 今のリオンではオメガを仕留められない。そう気付いてしまった。 一戦で街を廃墟に変えたというのだ。オメガは、まだ力の片鱗しか見せていない。様子見で攻撃をしたが、簡単に防がれた。カイの射撃もリオンの爪も、マキナの身体を破損させるには十分な威力がある。 もし、下手に攻めていたら手痛い反撃をくらっていただろう。オメガの攻撃力は予想以上に高かった。 その攻撃力を防御にも転用しているのだ。高い破壊力を生み出して、リオンやカイの攻撃を受け止め、捌いている。生半可な攻撃では防御を崩せない。 一度戦った経験があるせいか、カイの攻撃はどこか緩い。オメガが全力を出さないようにわざと手加減している節もある。 (今の俺じゃ、力が足りない……) マキナは受け取る感情の大きさによって力を増す。 カイの姿が昨日のものとは違うのも、ラーグから受け取った感情でリミッターが解除されているからだ。 第一形態はグレイヴ・アクセントと呼ばれ、この状態がマキナの攻撃態勢としては基本となる。だが、エクスに込められた力が一定水準を超えることで、マキナはアキュート・アクセントと呼ばれる第二形態が発現する。第一形態に比べて様々な部分が拡張され、総合的に戦闘力が向上するのだ。 カイが尻込みしてしまっている以上、リオンが戦うしかない。だが、グレイヴ・アクセントのリオンでは力が足りない。そもそも、感情が希薄なウィルドからアキュート・アクセント発動できるだけのエクスを受け取るのは難しい。 いくらリオンの力が特殊なものであっても、今の状態では勝ち目が薄い。 オメガは恐らく、初見の相手であるリオンの力量を計っている。ただ単に、リオンがどんなマキナなのかを知りたいだけとも取れるが。 「どうする……?」 リオンは歯噛みした。 勝ち目がないなら、退くしかない。だが、オメガが見逃してくれるとも思えない。 「カイ、どうするつもりだ?」 リオンは我慢し切れず問いを投げた。 倒すとは行かないまでも、敵を退けさせるだけの意思があるならいい。 「下手に刺激すれば、この地域一帯が吹き飛ばされてしまう……」 カイ自身、このままでは埒が明かないことは理解しているようだった。 本当に街を含む周辺一帯を廃墟に変えるだけの大破壊を引き起こせるのだとしたら、確かにオメガは危険だ。戦闘は避け、処理するにしても暗殺などで交戦を極力避ける方法を探したいところだ。実際に対峙してしまった場合、オメガに本気を出させてしまえば付近の街にも被害が出る。カイがイオタを倒した時程度の被害ならまだしも、街一つを丸ごと消し飛ばしてしまうような事態になれば取り返しがつかない。 実際にリオンはオメガの全力を見ているわけではない。だが、カイが尻込みするのも解る。 もし、オメガがこの地域一帯を吹き飛ばそうとすれば、リオンたちの後方で様子を窺っているデウス二人が危ない。いくらリオンが盾になっても、耐え切れるかどうか判らない。 「かと言って、このままと言うわけにもいかないだろう」 「解っている!」 どの道、カイがベルファート皇国のマキナとして戦っていくのであれば、オメガとの戦闘も避けては通れぬ道だ。 「俺より、お前の方が今は力があるはずだ。躊躇うな」 リオンがそう言った時、視界の端に表示されていたゲージの一つが伸び切った。 第一形態のリオンよりも、第二形態のカイの方が戦力としては大きいはずだ。躊躇を捨てて全力で戦わない限り、この状況は打開できない。 「モデル・カイ・リアライズ」 リオンの右腕が、カイと同じ砲身へと姿を変えた。 一瞬だけ驚きはしたものの、オメガはにやにやと笑みを浮かべている。 生体エネルギーを砲身の内部で収束させ、放つ。思っていたよりも反動が大きいことに驚きつつも、リオンはオメガへとエネルギーを連射した。 「狙いが甘いな」 オメガは軽々と避けていく。 リオンがカイの力を使うことに慣れていないと、気付いている。もしかしたら、リオンの力についてオメガは勘付いたかもしれない。 「リオンとか言ったな?」 オメガはリオンを見て、口を開いた。 「俺の下に来る気はないか?」 「なんだと……?」 右手に左手を添えて狙いを定めながら、リオンはオメガを睨みつけた。右腕の中でエネルギーを収束、圧縮させながら。 「エクスといい、気が合いそうだとは思わないか?」 オメガは両手を広げてリオンを誘う。 やや後ろ、離れたところで彼のデウス、アンスールが目を伏せる。 背中にウィルドの視線を感じた。エクスを受け取り、力を発揮したマキナはデウスと繋がっている。離れていてもデウスの思いが、微かにではあるが伝わってくるのだ。距離を取って、ウィルドはラーグと共に戦いを見つめている。 リオンは、ウィルドの思いに応える。 最大まで圧縮させたエネルギーを、オメガへと解き放った。砲口から光が溢れる。放たれた光は周りの大気を引き裂き、吹き飛ばしながらオメガへと向かう。振り撒かれた衝撃波がリオンの銀髪と服の裾を揺らす。 「それが答えか」 目を細めて、オメガは右腕を水平に振るった。 その手から放たれた小さな光が、リオンの放った巨大な閃光に呑み込まれる。刹那、リオンの放った閃光が内側から弾け飛んだ。エネルギーが爆発したかのように、辺りに衝撃波をまき散らす。オメガが放った光が炸裂したのだ。そこから生じたエネルギーが、リオンの攻撃エネルギーを上回り、掻き消した。 「くっ……!」 リオンは呻いた。 「残念だよ、解り合えると思ったのになぁ」 「俺は、お前と解り合えるとは思えないがな」 凄惨な笑みを浮かべるオメガを、リオンは鼻で笑った。 強気な言葉を返したのはただの強がりだ。オメガだけには弱みを見せたくはなかった。 リオンはオメガとは違う。 「――その言葉には同感だ」 すぐ傍で、声が聞こえた。 風がリオンの銀髪を揺らした。 リオンのすぐ横を、金の髪が通り過ぎた。赤いジャケットがはためいて、長い金髪を風になびかせて。両手に透き通った翡翠に輝く剣を携えた青年が駆け抜ける。 黒いバイザーで顔の上半分が覆われ、両腕と両足に真紅の装甲を身に纏ったマキナだ。 「ゼラ……!」 カイが呟いた。 オメガが目を見開く。 相手が反応する前に、ゼラと呼ばれたマキナは自分の間合いまで距離を詰めていた。 「ゼータァァァッ!」 絶叫にも似た声をあげて、オメガが両手を振るう。 ゼラが剣を横に一閃する。オメガの両手が剣を受け止める。 剣に実体はなかった。カイの射撃と同じ、収束させたエネルギーで刃を形成しているのだ。カイと違って近距離でしか戦えないが、その代わりに攻撃力はゼラの方が上だろう。 もう一方の剣が閃く。オメガが後退し、距離を取る。左右、順番に腕を振るいオメガが小さな光を連続して放った。 ゼラは両手の剣でオメガの攻撃を捌いていた。剣で受け止め、エネルギーと衝撃ごと強引に切り裂いて。返す刃で突きを繰り出すが、オメガは横に跳んで攻撃をかわす。 空中で、オメガに閃光が命中した。小さく爆発を起こして、オメガが直角方向に吹き飛ばされる。 カイが砲撃していた。 「目は覚めたか?」 「ええ」 僅かに振り返ったゼラに、カイは力強く頷いてみせた。 「貴様ら……!」 吹き飛ばされながらも、オメガは倒れていなかった。踏み止まった態勢から、怒りの形相で顔を上げる。 「グレイヴでなければ、貴様らなどに……」 どうやら、オメガは第一形態だったらしい。 それでこれだけの力を持っているのだから大したものだ。つまり、マキナ二体程度なら第一形態でも十分相手ができると思っていたのだろう。 「撤退するぞ、アンスール!」 悔しげに表情を歪めながら、オメガはデウスへと怒声を向けた。 へたり込んだままだったアンスールがふらふらと立ち上がる。 「そういえば、リオンとか言ったな……名は?」 思い出したように、オメガが振り向いた。 「ディガンマ・センティリオン」 「ディガンマか……憶えておくぞ」 リオンの返事に、オメガはそう言って背を向けた。 オメガはアンスールの腕を掴み、強引に引き寄せる。 「……お前は、そのままでいいのか?」 無言のままのアンスールへ、リオンは問いを投げた。 アンスールはリオンの言葉にぴくりと反応したものの、目を伏せたままだった。 オメガが歩き出そうとした瞬間、その背中へとカイが光を放っていた。オメガは振り向きざまに、左の掌に生じさせたエネルギーを叩きつけて防いでいた。 「逃がすわけないでしょう?」 カイがそう言った時には、ゼラがオメガの目の前まで辿り着いていた。 「どうかな」 翡翠の剣がオメガに触れる寸前、オメガの足元が爆発した。 ゼラは爆発に巻き込まれる前に飛び退いていた。直撃だけは辛うじて避けたが、余波はかわしようがなかった。後方に飛び退くことである程度は減衰できたとしても、ダメージが皆無とは言い難い。吹き飛ばされたゼラがよろめく。 「くぅっ……」 ふらついたゼラの脇を、光弾がいくつもよぎった。 爆発の中へと光弾が吸い込まれていく。 「モデル・エプシロン・リアライズ!」 リオンの右腕が形を変える。 いくつもの棘が腕の至るところから突き出す。周囲に延ばされた棘がアンテナとなり、周囲の状況をリオンへと示す。ジャミングミストの中でも、今までの数倍以上に周囲がはっきり見えた。 あらゆるセンサー感覚が拡張され、リオンの右腕がそのアンテナとなる。 「カイ! 座標修正、東二度! 次は三度東だ!」 リオンの言葉に、カイは即応した。 カイは爆炎の向こうへ、とリオンの指示に従って射撃を行う。カイには敵の位置は見えていない。センサーを拡張するエプシロンというマキナの特性を発動させたリオンの支持に従うことで、敵を追っている。 オメガの光が視界で輝く。周囲八方向の地面にエネルギーをばらまき、炸裂させる。爆発のエネルギー反応がリオンのセンサーを満たし、オメガの姿を覆い尽くす。 そして、リオンたちはオメガをロストした。 「くそ……っ!」 ラーグが近くの木に右手を叩き付けた。 「リオン、どう?」 「とりあえず、しばらくは大丈夫だと思う。周りに敵はいない」 カイの言葉に、リオンは首を横に振った。 ――システム・デウス・エクス・マキナ・シャットダウン。 エプシロンの力を使って索敵を行っていたリオンは、そこでようやく右腕を元の状態に戻した。 「ウィルド、大丈夫か?」 ゆっくりと歩いてくるウィルドへ、リオンは言葉を投げた。 「ん……」 小さく頷いたウィルドは無傷だ。 とりあえず、彼女を守るという目的は達成できた。リオンはそこでようやく大きく息をつくことができた。手近な木の幹に背中を預け、地面に腰を下ろす。左足を投げだして、右膝を立て、右腕をそこに乗せる。 リオンの隣に、ウィルドも同じようにして腰を下ろした。リオンと違い、彼女は両膝を抱えるようにして座った。 「オメガは、退いてくれたのね……」 小さな声が近付いてきた。 逃げた、と言わないのは、オメガが逃げる必要性は薄かったからだ。三対一の状況でも、オメガには勝機が十分にあったことを声の主は気付いている。 「……ラーグ、カイ、遅くなってごめんなさい……」 歩み出てきたのは、小柄な少女だった。 蜂蜜色の美しい金髪は頭の後ろで結われ、それでも背の中ほどまで届いている。澄んだ青い大きな瞳を長い睫毛が自然に彩り、白くきめ細かな肌をかすかにピンクがかったワンピースで包んでいる。華奢で、儚げな印象を持つ少女だった。 今まで木に寄りかかり腕を組んで目を閉じていたゼラが、そこで初めて動いた。もう戦闘状態は解除されたらしく、腕と脚にあった装甲は消えている。黒いバイザーもなくなり、端整な顔立ちが見える。刃のように切れ長の双眸は澄んだ翡翠の輝きを宿していた。 「気にしないで、襲撃は想定外だったし、本来の予定よりは早いわ」 戦闘状態を解除したカイが肩をすくめた。 「じゃあ、二人が仲間か?」 おおよその見当はついていたが、ゼラがマキナ、遅れてきた少女がそのデウスということだろう。 「……あなたたちは?」 「ロストナンバーのマキナとデウス、さ」 二人に気付いた少女へ、リオンは言った。 「昨日知り合って、目的が一致したから今は仲間だ」 ラーグも気を取り直したようで、補足説明を加える。 ラーグとカイが一通りの事情や経緯を説明し終えたところで、少女はリオンたちに自己紹介を行った。 「彼はゼータ・ライナー。私がデウスのエオロー・プレナリュード」 ゼラはリオンたちを無言で見ていたが、概ね事情は理解したようだった。 距離万能射撃型マキナと近接戦闘型マキナの組み合わせが本来想定されていた任務メンバーのようだ。確かに、先ほどの戦いを見ていても、連携には期待できそうだった。戦術的なものだけでなく、マキナ同士の相性も悪くなさそうだ。 「それにしても、あなたの力って……」 「ああ、見ての通りだ」 カイの言葉に、リオンは頷いた。 「俺は、他のマキナの力を扱うことができる」 リオンは、他のマキナの戦闘行動を直接見ることで、その力を自分のものとすることができる。リオンが認識できる範囲内でマキナが戦闘状態の時、その力を解析し、自分の力として扱うことができるようになる。 「と言っても、元々俺には全てのマキナの兵器構造情報が入力されているようだけどな」 そう言って、リオンは苦笑した。 通常、マキナは生み出される際、設計思想に従って組織構造が固定される。 例えばカイの場合、カイというマキナが創造される時にカイの生体組織が構築される。カイというマキナがエクスを受け取り、戦闘状態となった場合にどのように組織改変が行われるか、と言った情報もこの時に入力、決定されるのだ。扱う力の特性情報、つまり武器としての生体構造の情報が入力され、固定される。そうすることで、戦闘能力や戦い方が安定し、百パーセント以上の力を発揮する可能性が高まる。 だが、リオンは違う。今までに生み出されたマキナ全ての兵器構造情報があらかじめ入力されていた。リオン自身の力は、腕の装甲形成による格闘能力強化ぐらいしかない。 「実際にその目で戦闘を一定時間見るか、戦死したマキナの力を、俺は使えるようになる」 リオンの中に入力された全ての兵器構造情報にはロックがかけられていた。ロックの解除には、戦闘行動をリオンの認識範囲内で確認し、直接解析を行うか、もしくは対象マキナが死亡するかの二つしかなかった。戦闘の直接解析はリオンが対象の戦闘行動を確認することで、兵器構造情報を取得するに等しい。解析した情報がリオンの中にあらかじめ入力されていた情報と等しいものかを照らし合わせ、一致すればロックが解除される。もしも死亡したマキナがいれば、そのマキナのロックは自動で解除される。マキナの死亡情報が得られたと同時に、ロックが解除される仕組みになっているようだ。 「ずいぶんとでたらめな力だな……」 ラーグが眉根を寄せる。 確かに、リオンの力は無茶苦茶だ。仮に生き延び続ければ、最終的には全てのマキナの特性を持つマキナになるのだから。そして、最終的にリオンが全てのマキナの特性を持つことが目的であるのなら、兵器特性の情報にロックがかかっているのは不自然だ。安全装置という意味合いもあるのだろうが、最初から全ての力が使えた方が兵器としては合理的だ。 「まぁ、そこまで便利なものでもないけどな」 リオンは肩をすくめる。 「グレイヴ・アクセントでも右腕しか構造改変が反応しない」 自分の右手を見つめて、リオンは言った。 第一形態であっても、リオンの力が反映されるのは右腕だけだ。第一形態では構造改変と、力を使うことができるのは右腕に限定されている。他にあるとしても、せいぜい基本的な身体能力の強化程度だ。第一形態ですらカイやゼラが頭部や脚部を保護するために形成する装甲などがリオンには反映されない。 「それに、グレイヴ・アクセントじゃ同時に使える力は一つだけだ」 リオンが選択していたように、第一形態ではその瞬間に使う力は一つしか選べない。 何が原因で、もしくはどういった目的があるのかは、リオンにもわからない。それこそ、リオンの設計に直接携わり、調整した者でなければ知らないことだ。 扱いにくいから失敗作として廃棄が決定したのかもしれない。そもそもデータや理論を実証するための単純な実験素体だったのかもしれない。 「だから、俺は知りたいのさ」 自分の存在に疑問を持たなかったわけがない。 技術的に全てのマキナの力を含んだマキナを生み出すことはまだ不可能だったのかもしれない。だが、わざわざロックがかかっている理由が不可解だ。 他にも、リオンが他のマキナと違う点は多い。不明な、不自然な点が多過ぎる。 恐らく、リギシア博士は全てを知っている。だから、ウィルドがリギシア博士を探す旅にリオンも同行することを決めた。 「俺が、一体何者なのか、な……」 例え自分の存在が不自然でも、リオンは構わない。ただ生きていくことに問題がなければそれでいいとも思っている。だが、生きることに少なくとも目標はあった方がいい。何もせずに過ごすよりは有意義だろうから。 こちらを見つめているウィルドを見つめ返して、リオンは口元に笑みを浮かべてみせた。 |
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