第五章 「捜索」 夜が明けて、リオンたちは朝食をとっていた。 「それで、博士の捜索はどうするんだ?」 リオンはパンをかじりながら問いを投げた。 「……昨日、私が博士の研究所にいたのは話しましたよね?」 咀嚼していたサラダを飲み込んでから、エオローが言った。 「そこの街にも、研究所があったんです」 エオローは窓から見えるクレーターに目を向けて語り出した。 オメガによって吹き飛ばされた街にも、リギシア博士が関わった研究所があったらしい。リギシア博士がそこで研究することはなかったようだが、その研究所跡に博士がいるかもしれないのだと言う。 「研究所のあった形跡は見えないぞ?」 リオンもクレーターに目を向けて疑問を口にする。 「地上にあった部分は、もう残ってないでしょうね」 エオローは小さく溜め息をついた。 もしかしたら、博士はあの街の地下施設にいるかもしれない。エオローはそう言った。 「あんな場所なら、すぐ調査されてるだろ?」 「ええ、調査はされたわ」 リオンの問いに、エオローは頷いた。 当然だ。 オメガの攻撃で吹き飛ばされたのなら、まずオメガというマキナの存在そのものについて調べるためにも街が調査されているはずだ。どの程度の破壊力を持っているのか、様々な角度から調査がなされ、オメガという存在の危険性を計る。ベルファート皇国にとって、一番危険な存在だと思われるオメガの力は知らねばならないものだ。 その際に街の周辺状況についての調査はされているはずだ。 どの程度の破壊が行われたのか、念入りに調査されておかしくない。 「忘れてないか? あそこは国境同然なんだぞ?」 ラーグはそう言ってコーヒーの入ったカップを煽った。 「帝国も無視はできないわ」 カイが告げる。 ベルファート皇国の領内だとしても、国境に触れるぐらい近い街だ。そこに調査隊がいればギヴァダ帝国側も無視はできない。ギヴァダ帝国とて、自分が扱う力の大きさは知りたいはずだ。国境付近に敵国の関係者が大勢いるのも気に食わなかったに違いない。 「皇国はオメガの攻撃による被害を危惧し、調査は長引かせられなかったのよ」 エオローが目を細める。 吹き飛んだ街の地下の様子を調査するだけの時間はなかったのだ。あまり街の調査を長引かせては、そこからまた戦いが激化しかねない。ベルファート皇国とギヴァダ帝国は、オメガの攻撃による被害によって双方が大きな打撃を被った。 国境付近で調査を進めてギヴァダ帝国を刺激しては、どちらともなく停戦状態となった現状を崩しかねない。 「調査自体はほぼ完璧にされているわ。目に見える範囲で、だけど……」 エオローは紅茶の入ったカップを手に取った。 紅茶を一口飲んで、カップを置く。 「そうか、そういう可能性の話か」 リオンは呟いた。 ベルファート皇国が調査を終えた後、ギヴァダ帝国も自分の国の領内で被害調査を行ったはずだ。 クレーターは国境を跨いでいる。 自国領内に入っている範囲の調査なら、ギヴァダ帝国もできるのだ。ただし、今度はベルファート皇国側がギヴァダ帝国の調査隊を監視していたのだろう。 お互いに、被害確認と調査は一定の範囲でしかできていないのだ。 地下の施設があるとしても、そこに潜るまでの調査は未だにできていないのだ。もし地下の調査などが行われれば、そこから領土侵犯がおきかねない。 例え調査隊にそのつもりがなくとも、監視する側は納得しない。色々理由をつけて攻撃するはずだ。 自分たちの知らない情報が相手に渡るというのは、戦争をしている両国にとって重要なことだから。 ましてや、そこにリギシア博士がいて、身柄を確保できたとしたら、いや本人でなくてもマキナに関する重要な書類が発見されたとしたら。 相手の戦力の増強に繋がってしまう。 双方共に、戦況が拮抗していたのはお互いが同じ数のマキナを保有していたことと、これ以上マキナが増やせないという状況に陥っていたからだ。貴重な戦力であるマキナを投入して、負けてしまえばマキナの数が減ってしまう。 マキナの数が減ることは、そのまま戦力の低下に繋がってしまう。オメガという強大な力を保有するギヴァダ帝国としても、オメガだけに頼ることはできない。オメガの力が諸刃の剣であることは、一戦で思い知ったはずだ。だからこそ、マキナの数という盾が欲しくなる。 ベルファート皇国にとっては、オメガに対抗し得るマキナの存在か、それに対抗できるだけの数が欲しい。 地下を調査して博士が発見されることだけは、お互いに阻止しなければならなかったのだ。 「だからマキナ二人に、オメガ、か……」 リオンは苦笑いを浮かべ、カリカリに焼けたベーコンを口に放り込んだ。 カイとゼラ、オメガを追い詰めたという二人のマキナがベルファート皇国にとっては最高の攻撃戦力に違いない。二人で対処できない戦力がいるとしたら、オメガだけだ。同時に、二人ならオメガを倒せる可能性もある。 ギヴァダ帝国がオメガを投入することは、ベルファート皇国にとっては最悪のシナリオだったはずだ。 両国が地下の調査をすることは、再び戦争が激化する可能性を秘めている。 ギヴァダ帝国がオメガを差し向けた時、最高の組み合わせとして二人を選んだというところか。あるいは、オメガが首都を狙う可能性も考えて、オメガ以外なら対処できる可能性の高い二人を選んだか。 どちらにせよ、ベルファート皇国もギヴァダ帝国も、沈黙を破る決心をするのに三年がかかったということだ。 「……あんたらに着いてきて好都合だったかもな」 ベーコンを飲み込んで、リオンは呟いた。 目の前の皿の上で既に黄身だけとなっている目玉焼きをフォークで突き刺す。貫かれた黄身が溢れ出すのも構わずに、リオンは目玉焼きを口の中へと放り込む。 三回ほど咀嚼したところでベーコンを一切れとちぎったパンを口へ。 「戦力としては期待させてもらうぜ?」 ベーコンを口に咥えて、ラーグが言った。 カイとゼラの二人がオメガに勝てる可能性の高いコンビだとするなら、そこへリオンが加わることで可能性は高まる。オメガは、もしかしたらリギシア博士を見つけたとしても気にせず殺してしまいかねない。そんな危険性を考えたら、ベルファート皇国に味方してリギシア博士と会う方が安全性は高い。 博士がその後どうするかはともかく、リオンとウィルドの目的はリギシア博士と会って話をすることなのだ。彼と話すことを認めてくれるなら、どちらに味方しても良かったのだから。 「……オメガは、気に食わないからな」 口の中のものを飲み込んで、リオンは小さな声で呟いた。目を細め、視線をクレーターへ向ける。 「あれを起こした力は、サーカム・フレックスよ」 エオローがぽつりと呟いた。 「サーカム・フレックス……」 黙々と食事を続けていたウィルドが、その言葉に反応した。 両手で持っていたミルクの入ったカップを置いて、エオローを見る。 「アンスール・ヴァイリーだけが発動させることのできる、マキナの最終形態のことよ」 エオローが目を伏せる。 第二形態、アキュート・アクセントを超える能力を引き出すことがオメガにはできるのだ。基本的に、第一形態のリミッターを外したものが第二形態であるとされている。 だが、アンスールはその第二形態を超える力を引き出せたのだ。 その結果が一戦の大惨事を引き起こしたのだとしたら、ギヴァダ帝国としては同じ力をベルファート皇国に渡すわけにはいかない。なんとしてもベルファート皇国がリギシア博士の身柄を確保するのを阻止しなければならないと考えるだろう。例えその結果、博士を殺してしまうとしても。 だから、オメガを阻止のために派遣してきたのかもしれない。ベルファート皇国もそれを見越してカイとゼラを組ませたということか。 「……なぁ、一つ聞いていいか?」 「答えられるか解らないけれど……」 リオンの問いに、エオローは頷いた。 「そのサーカム・フレックスを発動したエクスの感情って、何だ?」 エオローが僅かに目を見開いた。 ラーグとカイ、ゼラもリオンを見る。 「さ、さぁ……その場を見てたわけじゃないから私には……」 「……多分、恐怖だわ。とてつもない、恐怖」 エオローに代わって、カイが口を開いた。 「……だろうな」 今まで黙っていたゼラがそれを静かに同意する。 「オメガは物凄い形相だったわ。アンスールが毎回オメガに傷付けられてエクスを渡しているのなら、きっと恐怖が込められるはずよ」 追い詰めていたマキナ二人は、オメガがアンスールの下へ向かうところを目撃していた。 カイとゼラが見たオメガの姿は、二人でさえ恐怖を感じるほどのものだったのかもしれない。昨日のアンスールの様子から推察するにしても、恐怖が原動力だったと見て間違いなさそうだった。 「……そうか」 リオンはパンの最後のひとかけを口に放り込んだ。 エクスといい、気が合いそうだとは思わないか? オメガの言葉が脳裏に蘇る。 「やっぱり、あいつは、気に食わねぇ……」 自分の中に渦巻く怒りを、リオンはクレーターへ向けた視線に込める。 リオンは戦うためにウィルドを傷付ける。涙を貰うために、彼女が望むときだけに限って。リオンがそれを楽しんでやったことは一度だって無かった。 それでも、オメガはリオンの全てを見透かしたかのように気が合いそうだと言った。 リオンが申し訳なさそうな表情をすれば、ウィルドは自分を責める。感情が上手く出せないから、リオンにそんな表情をさせているのだとウィルドは自分を責めてしまう。それでは彼女の心は更に閉じこもってしまうのではないか。そう思ったからこそ、リオンは戦いに望む時感情を抑え込んできた。ウィルドを傷付ける時も、表情だけは彼女と同じようにしていた。 オメガに、自分と同じだと言われたことが、リオンには思いのほか心外だった。 「リオン……」 ウィルドが、リオンを見上げていた。 どこか眠そうにも見える無表情な瞳で、ウィルドがリオンを見つめている。 「ウィルド……」 少女の頬には卵の黄身が少しついていた。 「卵、ついてるぞ」 ふっと、リオンは笑った。指先でウィルドの頬を擦り、拭ってやる。 柔らかいウィルドの肌に触れて、少し気分が落ち着いた。 リオンが怒れば、ウィルドもあまり良い気分ではないはずだ。自分のせいでリオンが苛立っていると思わせてしまう。 そのことに気付いた。 「いいなぁ」 「え?」 唐突なラーグの呟きにリオンは間抜けな声を出していた。 「俺もやりてぇ……」 口を尖らせて、ラーグはエオローとカイを交互に見る。 「あの、ラーグ……?」 「あんた何考えてんのよ」 エオローは戸惑った声をあげ、カイは呆れたように肩を落とす。 「だって二人ともしっかりしてるんだもん」 「あのねぇ……」 ラーグの言葉にカイが額に手を当てる。 「あぁ、そうか俺がしてもらう側になればいいのか!」 「言っとくけどやんないわよ」 「えー……」 「水ぶっかけるわよ?」 「ちぇー……」 ラーグとカイの遣り取りに、エオローが笑みを見せる。ゼラも微かに苦笑しているようだ。 リオンはウィルドと顔を見合わせて、笑った。ウィルドはリオンから目を離した後は二人の様子をじーっと見つめていた。 事態が変わったのは、それから少ししてのことだった。 「大変です! ラーグ様、エオロー様!」 食事を終えて出発の準備を整えている時、この施設に詰めている兵士の一人が駆け込んできた。 「なにがあったの?」 エオローが返事を返し、兵士のもとへ駆け寄る。 「敵に囲まれました!」 「攻めてきたか……」 兵士の言葉に、ゼラが寄りかかっていた壁から背中を離す。 「昨日も言ったけど俺に様も敬語もいらないっつっただろ」 溜め息混じりに、ラーグも寝転がっていたベッドから身を起こした。 「オメガはいるの?」 「いえ、確認できていません」 カイの言葉に、兵士は首を横に振った。 「応戦は私たちで行います。施設の防衛に徹して下さい」 「了解しました!」 エオローの言葉に、兵士が敬礼して部屋を出て行く。 「まったく、食休みぐらいさせて欲しいぜ」 ラーグは肩を竦める。 「……どうする、ウィルド?」 リオンはウィルドに視線を向けた。 「あなたたちは戦わないで」 ウィルドが返事をするより早く、エオローが言った。 「……いいのか?」 「恐らく、これは時間稼ぎだわ」 エオローはリオンに目を向ける。 オメガもマキナ三人を同時に相手するのはさすがに難しいはずだ。なら、ここで足止めをしてリギシア博士を確保もしくは抹殺する方が得策かもしれない。 現時点でリオンが見た限り、オメガの性格では大勢の兵士と共闘するのも嫌いなはずだ。となれば、エオローの言う通り時間稼ぎである可能性は高い。兵士を使い捨てるつもりであるなら、オメガの指示だと考えてもあまり不自然だとは思わない。 オメガ自身が博士のもとへ向かった場合も考えなければならない。 もしそうだとするなら、時間稼ぎに対応している暇はない。仮にこの施設を守るとしても、残るべきは戦力として最も不安定なリオンだろう。 オメガを倒せる可能性の高いカイとゼラは先へ進むべきだ。 だが、リオンは元々無所属のマキナでもある。ラーグやエオローから見れば守るべき施設や人も、リオンも同じように見ているとは限らない。 だから、エオローはリオンとウィルドを先に進ませる方を選んだのだろう。 「ここを囲んだ敵は私たちで対応するから、あなたたちはこの場所へ向かって」 リオンに、エオローは小さな紙を差し出した。 紙には、クレーターとなった街が描かれている。現在のクレーターの地図の上に、過去の街並みを記した地図が薄く重ねあわされている。地図の中には、一箇所だけ後から手書きで加えられたものと解る印があった。 「この地図の位置が間違っていなければ、そこから研究所の地下部分に入れるはず……」 エオローが告げる。 「聞きたいことがあるんだろ?」 ラーグが笑みを見せる。 どちらの勢力にも属していないリオンが味方なのは、リギシア博士に会うという目的が一致しているからだ。ラーグたちが先に進んだ場合、リオンが博士に会える可能性は低くなるかもしれない。オメガとの戦闘が待ち受けているとしても、リオンが後から追い付いた時に戦いが始まっていたら博士とは会話できないということもありうる。 「直ぐに追いつくわよ。できればそれまでに話を終わらせておいてくれるかしら?」 カイが言った。 「いいんだな?」 リオンはもう一度問う。 博士と会った後、リオンとウィルドはラーグたちと敵対する可能性だってある。博士との会話の内容次第ではあるが、リオンがオメガに味方することになってしまえばラーグたちに勝ち目はないかもしれない。 ラーグたちが先に博士と会えば、少なくともリオンとウィルドは博士と話をするまではベルファート皇国に味方することになる。 「戦力として期待してはいるけど、戦う度にその子を泣かせなきゃならないってのはさすがにな」 ラーグが苦笑する。 「でも……」 「申し訳ないと思うなら、笑う練習しときな」 ウィルドの言葉を遮って、ラーグは歯を見せて笑って見せた。 「行くぜ、カイ!」 ラーグはカイを抱き寄せて、その唇を奪う。 「……口臭い」 「うぇ、うそっ!」 「冗談よ」 うろたえるラーグを見て笑うカイの身体に、装甲が纏わりついていく。 服の上に鎧が形成され、白いプロテクターの追加された青いヘルメットが顔を覆う。第二形態でカイは戦闘態勢となっていた。 「ゼラ、お願い」 エオローがゼラを見る。 「……任せろ」 ゼラは、そこでリオンたちと出会ってから初めてエオローの目を見た。 目は口ほどにものを言う。そんな言葉がある。エオローにとって、感情が最もこもるエクスは、視線、アイコンタクトだった。 両腕と両脚に真紅の装甲が形成される。黒いバイザーが顔の上半分を覆い、両手に創り出された柄から、翡翠に輝くエネルギーが刃を生み出す。ゼラの姿も、第二形態のようだった。 「それじゃ、先に博士の捜索は頼んだぜ?」 そう言って、ラーグはカイを連れて部屋を出て行った。 ゼラ、エオローが続き、リオンはウィルドと共に部屋を出た。階段を下りて一階まで戻り、扉を開けて外へ出る。 施設に詰めている兵士たちはエオローの言いつけ通り、戦闘には参加していなかった。武器を構えてはいるが、施設に近いところで周囲を警戒している。 マキナであるゼラが先行し、既に敵と戦っていた。 翡翠の光が尾を引いて、兵士を斬り伏せていく。流れるような軌跡を描く翡翠の光と真紅の影が敵の包囲網に穴を開ける。 空いた穴の付近にいる敵が閃光を浴びて吹き飛んだ。カイは少し前に出た場所で、近付いてくる敵へと射撃を行っていた。外れたからと言って狙い続けることはせず、牽制を重視しているようだ。直撃が目的の攻撃と、牽制で相手を退かせるための攻撃を使い分けている。 エオローは周囲を見回し、ゼラへと時折視線を向けている。恐らく、それでゼラにはエオローの指示や考えが伝わっているのだろう。視線がエクスであるエオローなら、彼女のマキナであるゼラには視線でも言葉が通じるのかもしれない。 ラーグはゼラとカイの間の距離で敵兵士と格闘していた。 槍を手首でいなすように打ち払い、懐へ潜り込んで掌底で顎を打ち上げる。背後からの敵をカイの射撃が吹き飛ばし、向かってくる兵士の武器を掴んで引き寄せては投げ飛ばす。 「ラーグってね、格闘術に関しては侮れないのよ?」 隣を通り過ぎる瞬間、カイが自慢げに呟いた。 人間としてはかなり強い人物だろう。マキナの援護があるとは言え、武器と防具を身に着けた兵士を素手で軽々と薙ぎ倒している。その表情にいつものような余裕はなく、研ぎ澄まされた戦士の目付きがある。 戦っている中を、リオンはウィルドの手を引いて走っていた。 「急ごう、ウィルド」 カイやゼラだけではない、ラーグやエオローも戦っている。折角気を遣ってくれたのだ。無駄にしてはならない。 リオンはウィルドを抱きかかえて、走り出した。ウィルドもリオンの体に手を回してしがみつく。 目の前に迫る敵は背後からの射撃が排除してくれる。それでも対処し切れない敵は、ラーグが殴り倒してくれた。 「まぁ、思った通りではあったか……」 ラーグの傍で、リオンは苦笑した。 やはり、ラーグたちはウィルドに配慮したのだ。涙を流すことは難しい。だからこそ、二人の力が必要にならない限りは戦わなくても良いようにしようというのだ。 マキナがいないのなら、カイとゼラだけでも戦力としては十分だ。リオンとウィルドは戦場にいれば的になる。マキナとしての力を使わなければ、リオンはともかくウィルドが危険だ。だから、先へ進ませるのだろう。 目的地周辺にオメガがいないのは、施設の監視台から確認済みだ。 先にリオンとウィルドを博士に合わせて、二人の用事を解決させる。その上でベルファート皇国が博士の身柄を確保する、という算段かもしれない。 「そんな可愛い女の子が泣く姿なんて見たかないんでね」 ラーグが苦笑する。 「お前らしい」 リオンはラーグに笑みを返し、すれ違った。 ラーグから離れたところで、前方にゼラがついた。 ゼラが振るう翡翠の光が敵を薙ぎ倒す。剣状だったエネルギーが、鞭のように長く伸び、しなりながら振り回されていた。リオンの左右を翡翠の光が閃いて守ってくれる。 ゼラは単に剣を用いた近接戦闘型というわけではなく、近接武器を操るマキナなのだろう。ゼラの武器は特性として、様々な武器の形状に変化できるに違いない。普段はゼラ本人が一番使い易い剣という形状をとっているに過ぎないということか。 足を止め、振り返るゼラとリオンがすれ違う。 「……助かる」 「……油断はするな」 リオンの言葉に、ゼラは目を合わせることもなくただそう呟いただけだった。 敵陣を突破したリオンの背後を守りながら、ゼラ自身はエオローやカイがいる方へと引き返していく。 平原が少しずつ荒地へと変わっていく。草が生えていない土地は、一戦の余波の影響なのだろうか。荒地を少し進んだところで、クレーターの縁に辿り着いた。 衝撃が大き過ぎて、逆に盛り上がった縁の部分を、リオンは一息で飛び越えた。 円形に、爆心地へ向けて削り取られた斜面を滑り降りる。 先ほど見た地図と今いる場所を頭の中で照らし合わせながら、リオンは目的の場所を目指す。 「……間近で見ると、少し寒気がするな」 リオンは目を細めた。 何もない。 草も後から生えた様子はまったくなく、これから生えるような気配すら感じない。建物の破片や瓦礫、廃墟すら見受けられない。ただ、ここにあったものが何もかも消し飛んでいるのが良く判る。このクレーターの中だけ、時間が止まっているのかと錯覚するほどに殺風景だった。まるで、一定の範囲がそのまま消滅させられてしまったかのようだ。 粉々になったものがまとめて地面になっているのかもしれない。きめの細かい砂で地面ができているような気さえしてくる。 「何も、ない……」 ウィルドが小さな声で呟いた。僅かに、しがみつく腕の力が強くなった気がした。 クレーターの中へ踏み込むということは、国境に近付くということでもある。リオンは周囲を警戒しながら歩みを進めた。 不思議なことに、周囲に気配はなかった。オメガが連れてきた兵士はラーグたちを包囲した者たちですべてなのだろうか。エオローの推測が間違っているとも思えないが、オメガが先回りしている様子もない。 釈然としないが、だからと言って敵がいて欲しい状況でもない。今は博士と会うことを考えるべきだ。 「確か、この場所のはずだ」 施設から進んできた方角、クレーターの縁からの距離を頭の中で計算し、記憶の中の地図と重ね合わせる。そのシミュレートが間違っていなければ、リオンは印の付けられた場所に立っているはずだ。 ウィルドを下ろし、リオンは地面に手を触れる。 他の場所と何も変わった様子はない。手で砂を左右へ払い除ける。 「……カイかゼラのどっちかに同行してもらうべきだったな」 リオンは歯噛みした。 地面を掘るにしても、道具がない。カイかゼラがいればマキナの攻撃能力で一気に地面を抉ることもできただろう。リオンがそれをするためには、ウィルドの涙が必要だ。 「ふぁ……」 小さく、ウィルドの声が聞こえた。 手で口元を押さえて、ウィルドがあくびしていた。 「リオン、使って……」 そう告げるウィルドの目尻には、あくびで生じた涙が浮いていた。 「良いタイミングだ。助かるよ」 リオンは微笑んで、ウィルドの目尻から涙を拭い取る。 ――システム・デウス・エクス・マキナ・スターティング。 視界に文字が浮かび上がる。 ――モード・グレイヴ・アクセント。 右腕の構造が書き換わる。感覚が拡張されていく。 伝わってきた感情は、ほとんど二つだけだった。期待と不安、それと少しだけの安心感。 博士に会えるかもしれない期待と、会えないかもしれない不安、リオンに負担をかけずにエクスを渡せた安心感が伝わってくる。その中には、博士から知らされるかもしれない自分たちの話への不安や、ようやく会えるという安心、これまでの旅に対する感情も混じっているようだ。 リオンは装甲を纏った右腕を地面に突き込んだ。 確かに、博士から得られる情報がすべてリオンたちにとって良いものであるとは限らない。今までの自分たちを根底から覆してしまう真実があるかもしれない。そんな不安があるのは否定できない。 思い切り腕を払い、大量の砂を横へと払う。 博士が本当にいるかも判らない。もしかしたら、この先で博士は既に死んでしまっているかもしれない。生きている可能性はどれだけあるだろう。 再び腕を地面へ突き込む。 それでも、今得られている情報が、一番リギシア博士に近いとも思う。 砂をどかした先に、壁のようなものが見えた。 「モデル・ミュー・リアライズ」 腕にある三つの結晶体が淡い光を放つ。 そこから指先、掌、腕へと光の筋がいくつも走り回り、装甲が僅かに変化する。光の筋が走ったところでパーツが僅かに分断され、小さな隙間が開くように展開する。 掌を壁へと押し付け、リオンはミューというマキナの持っていた力を発動する。 振動を操るマキナの力で、腕を高速で振動させる。それによって、触れた物質を破壊する。轟音と共に、超音波振動が壁を一気に削り取った。 人が入れる大きさまで壁を破壊し、リオンはその中へと飛び降りた。 「ウィルド!」 地上のウィルドを呼び、飛び降りてきた少女を受け止める。 内部は、研究施設と思われる内装だった。通路の一つに降り立ったと言うべきか。タイル張りの床と、元は白塗りだっただろう色褪せた壁でできた廊下が奥へ続いている。 この先に敵がいないとは限らない。安全が確認できるまではマキナのシステムは落とさない方が良さそうだ。 ウィルドと視線を交わし、先へ進もうとしたところで人の気配を感じた。 「……ついに、ここに踏み込まれてしもうたか」 老人の声が聞こえた。 しわがれてはいたが、はっきりと聞き取れる声だ。 「――お主か、オメガ……」 続くその言葉に、リオンは微かに眉根を寄せた。 |
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