第六章 「求めたもの」


 老人が歩み出る。
 破壊された天井から差し込む陽の光が、老人の姿を映し出した。
 濃いしわが刻まれた顔は、どこか枯れたようにも見える。短い白髪を撫でつけ、髭の手入れも怠っているのか随分と適当だ。服装にも無頓着なようで、着ている白衣はしわだらけな上に汚れも目立つ。
「……あんたが、リギシア・テランか?」
 リオンは問う。
 恐らく、そうなのだろう。答えは聞くまでもなく判っていた。それでも、聞かずにはいられなかった。
「その通りじゃ」
 老人は目を細め、答えた。
 リギシア博士はリオンを見て、オメガの名を口にした。警戒はしていたが、マキナの気配はない。今この場にいるマキナはリオンだけだ。マキナがここへ来ることを読んでいて、オメガが真っ先に来ると思っていたとも取れる。
 博士にはリオンがオメガに見えたのか。
「聞きたいことがある」
 リオンは一歩、前へと踏み出した。
 聞きたいことは山ほどある。リオンもウィルドも、それらを知るためにリギシア・テランという科学者を今まで探してきたのだ。疑問が浮かんでも、彼と話せばすべて解決するだろう。
 デウスとマキナについて、総てを知っているのが彼なのだから。
「――どうして、私たちを創ったの?」
 リオンよりも一歩、ウィルドが前に出ていた。
「ルーン……」
 ウィルドを見て、リギシアはまた複雑な表情を見せる。すぐに見てとれたのは、安堵と、後悔だった。
 博士は身を翻した。通路の奥へと歩き出す。
「……着いて来るがいい」
 リギシアの言葉に、ウィルドが歩き出した。
 少女から一歩遅れて、リオンも博士を追った。
 通路の奥へ進むと、扉が見えた。博士は扉を開け、中へと二人を招き入れる。
 部屋の中には書類ばかりが散らかっていた。書物や、博士自身がまとめたらしいレポートの束が無造作に置かれている。まるで、目を通した書類をぶちまけたまま片付けていないようだった。
 人間が一人まるごと入りそうなシリンダーが部屋の隅にある。中は空だ。
 部屋の一画に置かれた執務机も随分と乱雑な状態だった。引き出しはバラバラに開け放たれ、机の上にある書類や紙束の扱いも雑だ。最低限人が座って作業できるだけのスペースしか空いていない。
 ソファの上には毛布らしいものがあったが、どちらも汚れてボロボロだ。
「何から話すべきじゃろうな……」
 リギシアはソファに腰を下ろした。
「俺たちは、三年間あんたを探してきた」
 リオンは口を開いた。
 二人がここへ来た理由を、恐らくリギシア博士は知っている。デウスとマキナのすべてに関わっているのなら、リオンとウィルドのことも知っていて当然だ。ならば、二人が博士を探すだろうことも、いずれはここまで来ることも解っていたはずだ。
 なのに、彼は姿を消した。
「あんたがここにいる理由より、あんたが何故、俺たちを創ったのかが知りたい」
 自分自身というものが、リオンにはまるで無かった。基本的な性格や意思というものならあったと言っていい。だが、自分を構成する、それまで、が無かったのだ。
 過去や経験、どんな人生を歩んで、どんなことを考えながら生きてきたのか。マキナであるリオンには無かった。ただ、ここに存在するという事実だけしか、リオンには与えられていなかった。過去という土台がないリオンにとって、これからの生き方など無いに等しい。
 どう生きていいのか、どう生きればいいのか、どう生きたいか。何も見えなかった。
 だから、ウィルドと出逢い、博士の知り合いだという男に拾われ、この世界の情報とマキナとしての知識を与えられていなかったら、リオンはきっとここにはいない。
「まずは、ウィルドのことを教えてくれ」
 リオンの言葉に、ウィルドがぴくりと反応した。
 隣に立つ少女がリオンを見上げ、そして視線を博士へ向けた。
 マキナという存在が創られたものであるなら、リオンに過去がないのは仕方のないことかもしれない。
 だが、ウィルドは元々人間だ。何故、人間であるはずの彼女までマキナと同じなのだろうか。事故だったとしても、何故、破棄する必要があったのだろう。
 彼女の方がリオンより精神年齢は幼いはずだ。そんなウィルドから過去を奪うことは、リオン以上に彼女の未来を奪っているのと同じだ。
「そうか……」
「俺も、ウィルドのことが知りたい」
 博士が目を閉じるのを見て、リオンは告げた。
「……ウィルド・フェニキアとは、お主の本当の名前ではない」
 博士は告げた。
 ウィルドが目を見開く。
「ルーン・ルトエリア、それがお主の本来の名前じゃ……」
「ルーン・ルトエリア……」
 リギシアの言葉を、ウィルドが繰り返す。
 その名前に聞き覚えはあったのだろうか。それとも、初めて聞く自分の名前として噛み締めたのか。
「お主の母はわしの娘で、助手をしていたメルアニア・テランじゃった」
 つまり、ウィルドはリギシアの孫娘ということになる。
 リオンは僅かに眉根を寄せた。
 自分の孫娘を、デウスに選び、失敗したということなのか。
「リキル・ルトエリア、お主の父親はわしの助手を務めていた優秀な科学者じゃ」
 目を細めるリギシアの言葉を、ウィルドはじっと聞いている。
 リギシア博士と共に研究する科学者の中で、リキルという男は博士に次いで優秀な科学者だったらしい。そのリキルと同じ博士の助手をしていたメルアニアが結婚し、生まれたのがウィルドだったのだ。
「わしは、ただお主を治したかった」
「治す……?」
 両膝に肘をつき、組んだ両手に額を押し付けるリギシアを見て、ウィルドは問いを返す。
「不治の病、そうとしか呼べなかったんじゃ」
 原因不明の奇病に、ウィルドは発症したのだ。
 研究や調査を重ねても原因は解らず、症状を遅らせることすらできなかった。最初はただの風邪のようだった症状が、少しずつ変わっていったらしい。
 全身の筋肉がゆっくりと破壊されていき、発熱、衰弱していく。やがて咳と共に血を吐くようになった。
「手遅れになる前に、どうにかせねばならんかった……」
 それは、間に合わなかったと言っているのと同じだ。リギシアの声は、低いものだった。
「でも、私は生きている……」
 ウィルドが呟いた。
 間に合わなかったのなら、何故、ウィルドはここにいるのだろう。治療の後遺症か副作用で過去の記憶と感情を失くしたのだろうか。 
「マキナとは、何じゃ?」
 顔を上げた博士の表情は、真剣なものだった。
「……兵器だと言われているな」
 リオンは言った。一般的に、マキナとは最強の人型生物兵器を示す言葉だ。
「わしは兵器が創りたかったわけではない」
 怒りにも似た真剣な目を向けるリギシアから、リオンは目を逸らさなかった。
「一番最初のマキナ、アルファの力を知っとるか?」
「――自己再生、ですね」
 ドアが開く音と共に、少女の声が室内に響き渡った。
「エオロー……!」
 リオンは少女の名を呟いた。
 そこにいたのは、エオローを始めとするマキナ二人とラーグの四人だった。
「遅くなったけど、追いついたわよ?」
 カイが笑みを見せる。
「オメガがいなかったのは気になるけど、今は博士との話が先かな?」
 ラーグは周囲を見回しながら告げた。
 どうやら、本当に四人はあの包囲網を短時間で殲滅してきたようだ。オメガに対抗できるマキナのコンビ、というのも頷ける。
「お久しぶりですね、博士」
「……シエラか」
 どこか苦笑を含んだエオローに、リギシアは少女の本当の名を呟いた。
 デウスの名前は、その人間の本当の名前ではない。デウスとしての名前だ。ファミリーネームはそのままで、デウスとしての名が与えられるらしい。
 となれば、ファミリーネームまで与えられているウィルドは特別ということなのだろう。
「最初のマキナ、アルファの力は自己再生でしたね」
 エオローは再び、リギシアの問いに答えた。
 一番最初にマキナとして生まれた存在が、アルファだった。今はベルファート皇国に所属する、最高のマキナだと噂されている。
「そう、アルファには自己再生能力を持たせた」
 リギシアは話を続け始めた。
 アルファというマキナの力は、自己再生だった。アルファの身体を構成する細胞に組み込まれた機械粒子は、構造を変えるのではなく、損傷を瞬く間に治すための機能が入力されている。
 いくら肉体に傷を受けようとも、マキナとしての力がそれを一瞬で治療する。故に、彼は肉体の限界を超えた動き、筋力を発揮しようとも耐えることができるのだ。
 戦おうと思えば、マキナとしての機能中枢を一瞬で消し去らない限りいくらでも戦うことができる。どれだけの傷を負おうとも、どれほど肉体に負荷をかけようとも、決して戦うことを止めなければ負けることはない。
 オメガの力とは対極に位置する存在かもしれない。
 戦いに置いてはアルファの力もとてつもなく厄介な力だ。
「それは、戦うためのものではないのじゃ……」
 リギシアは表情を曇らせた。
「あの技術が、医療に使えたら、どれだけの人が救えたのか……」
 エオローも目を伏せる。
「そうか、そういうことか……」
 リオンは呟いた。
 ウィルドもきっと気付いただろう。
 マキナの研究とは、ルーン・ルトエリアという少女の病を治す技術の開発を目的としたものだったのだ。
「機械粒子という概念はリキルが考案したものじゃ」
 娘を救うために、リキルは粒子サイズの機械を使うという発想を考え付いた。
「じゃが、どうやっても人間の細胞に機械粒子を埋め込むことはできなかった」
 たとえ埋め込むことができたとしても、正常に機能しなかったのだ。微細な機械を使うという概念は良かったのかもしれない。ただ、人間にそれを移植するとしても上手く機能しなければ意味がない。
 機械粒子は自己増殖し、移植された人間のすべての細胞に行き渡らなければ成功とは言えなかった。だが、実験段階で自己増殖は途中で止まり、機械粒子は自壊してしまったのだ。
「ならば、先天的に機械粒子を持った人間から移植すれば、可能ではないかと考えたのじゃ」
 誕生の瞬間から、細胞に機械粒子を持っていれば共生できる可能性があった。
 その理論を生み出したのがリギシア・テランだったのだ。
 結果として、アルファというマキナは完成した。
「けれど、マキナの持つ機械粒子は人に移植できなかった……」
 エオローが言葉を継いだ。
 アルファから採取した機械粒子を人間の細胞へ移植しても、やはり機能は失われてしまったのだ。
「機械粒子の設計を見直して、何通りものパターンを考えた……! じゃが、そのどれもが固有の変化を遂げてマキナとなるばかりでわしが望む形にはならなかったんじゃ!」
 リギシアは頭を抱えて叫んでいた。
 機械粒子を調整した結果、アルファとは別の方向性が見えたのだ。体の構造を改変したり、生体エネルギーを操るなどの力だ。
「皇国も帝国も、兵器に転用できると判った途端に掌を返したのよ」
 エオローが小さく溜め息をついた。
 当時から戦争は続いていた。リギシアはどちらの勢力にも付かず、独自に研究を進めていた。既に天才として名を知られていたリギシアは両国から、正確には科学者たちから平等に援助を受けていたらしい。彼の研究所には両国から派遣された科学者もいたに違いない。それがスパイかどうかは、当時のリギシアにはどうでも良かったのだろう。
 だから技術を利用されることも構わずに研究していたに違いない。リギシアは娘を治すための研究が続けられる費用とチームが維持できれば良かったのだろうから。
 アルファとは違う方向性は、マキナを兵器に変えるには十分な成果だった。
「奴らは、マキナの調査のためと言ってわしの話を聞こうとはしなかった」
 マキナの持つ特性がどれだけ分岐させられるのか、どれほどの力を持っているのか調べれば今後の研究の役に立つかもしれない。そんな言い訳でもしたのだろう。
 マキナを兵器とし、それぞれの国に持ち帰るために動き始めたのだ。
「……彼らは、マキナの力を利用しようとしながらも、その力を怖れたわ」
 過去を思い出しているのか、エオローの表情は暗い。
 マキナの力を怖れた科学者たちは、それを制御するための安全装置の開発を求めた。
「それが、デウス処置という技術に繋がったのじゃ」
 リギシアは大きく息をついた。
 恐ろしい存在には、制御するための手綱が必要だ。そうしなければ、いつマキナの力が自分たちに向くか判らない。武器として使うためには、人間が扱える形とする必要があったのだ。
「機械粒子を制御するための技術とは、指示を出すための機械を人に持たせるに等しい」
 技術の根幹は同じものということだ。
 機械粒子を制御するための、異なる機能や特性を持った機械粒子を人に植え付ける。
「それが、デウス化処置の基本概念なのよ」
 エオローは、ようやく顔を上げた。
「幸いなことに、デウス用機械粒子は人に馴染んでくれたんじゃ」
 リギシアはエオロー、ラーグと交互に視線を向けた。
 機能が限定的だったためか、デウス用のものは全身に浸透させる必要がなかった。人の思考を司る脳にさえ、機械粒子が馴染めば十分な機能が期待できることが判明したのだ。
「そうして、マキナと、デウスが生まれたのじゃよ……」
 エクスとは、デウスがマキナの力を解除するという指示を意識するための動作や暗示に近いものだ。その行動が引き金になって、必要な情報をマキナへ送り込む。
 それがエクスだ。
 マキナの製造が始まり、デウスの選出も同時に行われていった。
「その過程で、わしはルーンにもデウス処置を施したんじゃ」
 選出され、処置を施されたデウスの経過やデータも詳しく調べていたのだろう。その研究結果から、デウス処置によってルーン・ルトエリアの病を治療できる可能性が出てきたのだ。
 原因不明の病は脳に由来していたものだったのかもしれない。デウス用の機械粒子を移植することで、病の原因になっていた部分が正常な機能を取り戻したのだろうか。
「その時、私はすでにデウスの処置を受けて研究いたから彼女のことは知らなかったのね……」
 エオローが呟いた。
 当時、完成して成立したデウスとマキナの組み合わせから両国は奪って行ったらしい。アルファなどがベルファート皇国に渡り、オメガがギヴァダ帝国に奪われ、エオローはデウスに志願したのだろう。自分たちが人のためにと研究していた技術と存在が、人殺しの道具にされるのが耐えられなくて。
 自分が抑止力になることすら考えていたかもしれない。
「結局、詳しいことは何一つ判明せんかった……」
 リギシアはウィルドへ視線を向けた。
「じゃが、わしにとってはお主の命を救えただけでも報われた気がしていたんじゃ」
 そんな中でも、リギシアにとってはルーンという孫娘が一番だった。
「しかし、お主は記憶と感情を失ってしまった」
 ルーンがウィルドとなった時、病の治癒の代償として過去の記憶と感情を失った。脳に浸透させた機械粒子が何かしらの悪影響を与えてしまったのか、病によってすでに過去と感情を失くしていたのか、知る術はない。
 最終的に寝たきりで瀕死だったはずのルーンの意識を確認することはできなかっただろうから。
「周りを見ていなかった天罰、なんじゃろうな……」
 目を閉じ、リギシアはそこで言葉を区切った。
「それ以前に、メルアニアは、マキナの奪い合いで研究所が襲撃された際に命を落としておった」
 研究所は何度か襲撃を受けていたようだ。マキナとデウスを奪うために、両国は強引な手段も取るようになったのだ。研究所が再起不能にならない小規模な襲撃だったのだろう。
 それでも、死者は出る。
「メルアニアのお腹の中には、子供がいたんじゃ……リキルはそれを機に、科学者を辞め、わしのもとを去った」
 ウィルドには、弟か妹ができていたかもしれない。
 しかし、母は子供と共に命を落とし、父はそれにショックを受けて研究所を去った。娘が助かる見込みの無かった時なら、リキルがすべてに絶望してもおかしくはない。
 リギシアは一人になっても、ウィルドを救うため研究所に残ったのだ。
「わしは何もかもを失ってしまった……」
 記憶と感情を失ったウィルドは、外見はリギシアの孫娘と同じでも中身は全く違う人物と言ってもいい。リギシアにとって、ウィルドと共に生きることは想像を絶する辛さと毎日向き合わなければならない。
 リギシアは孫娘から何もかもを奪ってしまった。だが、リギシアが行動を起こさなければウィルドは死んでいたのも事実だ。
 どちらが正しかったのか、迷ったはずだ。当然、どちらも正しく、どちらも身勝手で自己中心的だ。善悪という区分けはできない。
「じゃが、わしは償わねばならん」
 リギシアが次に視線を向けたのは、リオンだった。
「平和利用のために生み出したマキナたちは、今や兵器として多くの犠牲者を出しておる」
 エオローが険しい表情をしていた。
「シエラ、お主らが来た目的は解っておるよ」
 ソファに座っているリギシアは、立ち尽くすエオローを見上げて告げた。
 ベルファート皇国へと渡ったエオローが国の指示で、戦争を終わらせるための切り札としてリギシア博士の身柄を探すのは自然な流れだ。
「わしはもはや、どちらにも手を貸すつもりはない」
「まぁ、そんなんじゃないかとは思ってたよ」
 リギシアの言葉に、ラーグが溜め息をついた。
「もうこれ以上、わしは戦争に関わる気はない」
 リギシアが言い放つ。
 ラーグも、エオローも、リギシアの返事は予想していただろう。特にエオローは、立場上リギシアに近い場所にいた。抱いていた思いも似通っている。
「ウィルドを棄てたのは何故だ?」
 リオンは問いを投げた。
 まだそれを聞いていない。ウィルドがデウスとなった経緯は解った。だが、それではウィルドを棄てる理由にはならない。リギシアの言葉や態度から考えても、母が死に、父がいなくなったからと言うだけで棄てたわけでもないだろう。
「棄てたわけではない。そうしなければ、外へ連れ出せなかったんじゃ……」
 リギシアが目を伏せる。
 感情が欠けたデウスは、武器の安全装置としては不合格だ。エクスを思い通りに渡せないと言うことは、マキナを扱うための手綱には成りえないということでもある。
 だが、元の生活が無くなっていたとしても、処分される理由にはならない。
「お主らを拾った男、覚えておるか?」
「名前は教えて貰っていないがな」
 リギシアの確認に、リオンは頷いた。
 リオンとウィルドを拾い、一時的に匿ってくれた男の名を、二人は知らない。聞いても答えなかった。
「あやつが、リキルじゃ」
 ウィルドが目を見開く、リオンは目を細めた。
「わしのもとを去ったあやつに連絡をつけ、お主ら二人を預けるためには、ああする以外に手がなかったんじゃ」
 リギシアが呟く。
 研究所を辞めたリキルを探し出したリギシアは、ウィルドとリオンの二人を預けるための算段を話したのだろう。何かしらまだ理由はあるのだろうが、外へ出すための手段として廃棄処分に見せかける必要があったのだ。
「なるほど、どうりで……」
 リオンは納得した。
 マキナやデウスに詳しかったことは科学者か何かの繋がりだったと思えば不自然ではない。だが、旅の資金などを提供してくれたのはそもそも彼がウィルドの親だったからなのだ。
 自分が親として彼女の前に立つことはできない。そう思っていたのかもしれない。だから名前は告げず、偽名を名乗ることもしなかった。リオンたちが不思議がるのを理解しておきながら、偽名を名乗るだけの度胸もなかったのかもしれない。いや、名乗るかどうか迷っていて、結局言えなかっただけという可能性もある。
 ウィルドが親の顔を見ても何も思い出さなかった時はショックだっただろう。まったくの他人として接してくる娘に、そのまま他人として付き合う選択をしたのだろうか。
 リギシアに会いに行く、と告げた時に反対しなかったのは、真実を知って欲しかったからなのだろうか。
「棄てた理由を言いたくないなら今は後回しだ。次は、俺のことを教えてくれ」
 リオンは言った。
 結局、リギシアはウィルドを破棄した理由について明らかにしていない。今はまだ語るつもりはないということか。聞き出すにしても、あまり手荒なことはしたくない。
 ウィルドの情報はかなり得られた。彼女の過去や、感情を失くした経緯も知ることができた。デウスとなって直ぐ親に会っていて、気付かなかったことを、彼女はどう思っているだろう。
 未だ読み取れない無表情の中で、ウィルドの瞳はリギシアをずっと見つめたままだ。
「俺は何者なんだ? 何のために生み出された?」
 リオンは問う。
 ようやく、答えを持つ相手のもとへ辿り着けた。自分の推測と、リギシアの答えが一致しているのか、違うのか、知りたい。
 ディガンマ・センティリオンという存在そのものについて、知りたい。
「わしは、償いたかった」
 リギシアは小さく息をつき、リオンへと視線を向けた。
「わしが生み出したマキナが人殺しに使われてしまう。わしはただ、人を救うための力を求めていただけじゃというのに……」
 兵器としての開発が進んでいくマキナの存在に、リギシアは強い危機感を抱いたのだ。
「ルーンの命を救ってから直ぐに、わしは自分のしたことの愚かさを知ったんじゃ」
 リギシアの孫娘がウィルドとなってから、彼は初めて周りを冷静に見ることができるようになったのだろう。
 結果だけを見れば、リギシアはウィルドの命を救ったことになる。だが、リギシアがしたことはそれだけではない。マキナという存在は兵器として転用され、同じ数だけの人間がデウスとして人生を変えられた。
「いずれ、ここのような大惨事が起こることは予測できた」
 一戦の破壊は、マキナを用いた全面戦争が始まれば予想できる事態だったのかもしれない。すべてのマキナの力は、戦うことに特化されてしまった。国が指示を出すことはできても、被害がゼロとはいかない。
 お互いが決着をつけようと大きく動けば、より多くのマキナを投入して戦うだろう。そうなれば、加速度的に被害が広がっていくのは当然だ。マキナを使わずとも、戦争は被害者を出すのだから。
「故に、わしはお主を創ったんじゃ」
 リオンを見つめ、リギシアは告げた。
「オメガ・エスペラント。それがお主本来の名前じゃ」
 リオンは僅かに眉根を寄せ、目を細めた。
 全員の視線が集中する。ウィルドも、リオンを見上げていた。
「オメガ、だって……?」
 ラーグが驚いた表情で呟いた。
「そう、だったのね……」
 エオローが目を伏せる。
「そうか、やっぱり、俺は……」
「そうじゃ、お主はただのマキナではない……」
 リオンは小さく笑った。
 それが苦笑だったのか、自嘲だったのか、リオン自身にも良く解らなかった。
 ただ一つ言えるのは、リオンやエオローが考えていた推測は、正しかったということだ。
「マキナを滅ぼすためのマキナ、エクスマキナ。それがお主の正体じゃ……」
 確かな意志を秘めた老人の瞳を、リオンは見返していた。
「リオン……」
 隣に立つウィルドの頭に、リオンは左手を乗せて軽く撫でた。
 大丈夫だと、口に出す代わりに。
「俺が棄てられたのは、俺がエクスマキナだから、か」
 リオンはリギシアへ向けて問いを投げた。
 他のマキナのデータが入力されていることを考えれば、リオンは最後に生み出されたマキナということになる。それはつまり、ベルファート皇国やギヴァダ帝国がマキナの取り合いをしている最中か、実際に何体か奪われた後にリオンが創られたということだ。
 ベルファート皇国も、ギヴァダ帝国も、マキナを滅ぼすためのマキナの存在があると知ればまた奪い合うはずだ。エクスマキナという存在を手に入れた方が、有利になると考えるだろうから。
 もしくは、エクスマキナの存在を排除しようとするはずだ。すでにマキナが両国に渡っていたとすれば、マキナを滅ぼすエクスマキナは大きな戦力であると同時に、自国側のマキナも滅ぼす毒となりかねない。
「わしは、どちらの国にもお主を渡したくなかったんじゃ」
 エクスマキナの存在すらも戦争に利用されてしまったら、リギシアになす術はない。エクスマキナだけは戦争に利用させるわけにはいかなかった。
 この戦争に巻き込まれたすべてのマキナを止める存在でなければならない。
「お主まで利用されるわけにはいかなかったのじゃ」
 リギシアと、彼を慕うごく僅かな者たちがエクスマキナを創った。しかし、エクスマキナの存在が察知される危険性が高まり、計画は失敗し、実験体は廃棄処分したという事実が必要になったのだ。
 そうして、リオンは生きたまま廃棄された。そうすることで、リオンの存在を隠蔽したのだ。
「お主には話しておかねばならないことは多かったが、伝える時間はなかったんじゃ」
 リギシアが申し訳無さそうに目を閉じる。
 エクスマキナとして生み出されたのなら、リオンはすべてを知っていなければならない。自分がマキナを滅ぼすためのマキナであることを知らなければ、リオンはエクスマキナとして動けない。
 だが、リギシアはエクスマキナの計画を企てたことと、マキナの製造を中止したことで二つの国から狙われることになった。マキナという戦力を欲し、エクスマキナ計画に反逆の疑いを抱きながら、自分の国が有利になるように二つの国はリギシア博士の身柄を確保したがったのだ。
「わしが身を隠したのは、わしと、わしの持つ知識をこれ以上悪用されたくなかったからじゃ」
 ウィルドの面倒を見ることも、リオンにすべてを伝えることも、リギシアにはしているだけの余裕がなかった。
 二人を預けることにしたリキルにすら、伝えてはいなかったようだ。
「まぁ、そんなとこでしょうね」
 カイが呟いた。
「博士、あなたはここで何をしていたの?」
 エオローが問う。
 死を選ばなかったのは、まだ何かやり残したことがあると思っているからだろう。
 もしかしたら、リギシアは自分ができるすべてのことをやり遂げたと感じたら自分の存在を消してしまうかもしれない。結局、リギシアが死んだという事実がなければ二つの国は彼を追い続けるだろうから。
 部屋の中を見る限り、リギシアは何かの研究をしていたのは間違いない。
「……わしは、わしの罪を償うための研究をしているだけじゃ」
 静かな声で、リギシアはそう答えた。
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