エピローグ 「彼女が笑う時」 旅が始まったのはベルファート皇国領からだった。歩き回ってきたのも、ベルファート皇国の中だけだった。 だから、今度はギヴァダ帝国領に行こう。 そう言い出したのはリオンだった。 目的が無い旅というのもいいかもしれない。ただ気ままに世界を旅して、色々なものをその目で見る。 ベルファート皇国領を三年間旅して、リギシアに会った。なら、ギヴァダ帝国領を見て回れば一通り世界を見たことになる。大陸を見回った後は海外に目を向けるのも有りだ。 「折角だからな、世界を見て回ろう」 リオンは隣を歩くウィルドへ言った。 「うん」 ウィルドは頷いた。 まだ見たことのないものは沢山ある。そういうものを見ながら、気の向くままに旅してみるのもいいだろう。 そうやって、色んなものを見て、触れて、感じていれば、ウィルドに感情が戻る日が来るかもしれない。いや、感情自体はもう持っているのだから、感情を表へと導く回路が繋がるかもしれない。 「それにしても、忙しい数日間だったな」 リオンは溜め息をついた。 都市に辿り着いて、ラーグたちに出会った。 「……うん」 ウィルドが頷く。 オメガたちに待ち伏せされ、苦戦した。ゼラが参戦して撃退し、エオローたちも一緒に行くことになった。 六人でリギシアに会い、色々なことを知った。 デウスやマキナのことだけじゃなく、ウィルドやリオンのことまで。 本当に慌しい数日間だった。 「良い奴らだったな……」 リオンは小さく笑みを浮かべていた。 ラーグは気持ち良いくらいすっきりした青年だった。彼の気ままな性格に振り回されながらも、それを最終的には楽しめるカイとは良いコンビだと思う。 エオローは優しく責任感のある少女だった。それを無言で支えようとしていたゼラとも互いに信頼し合っているのが判った。 ほんの数日だけしか行動を共にしていないのに、別れてしまったのが少し寂しい。 「うん……」 ウィルドも頷く。 「色々終わったら、会いに行くのもいいな」 この戦争が終わって、マキナが力を失い人になる技術が完成して、ただ平和に暮らせるようになったらまた会いに行くのもいい。 「うん」 これから旅をしていて、また会うことだってあるかもしれない。 「その時には、笑えるようになっておきたいな?」 リオンはウィルドを見て微笑んだ。 ウィルドは、ただ無言で頷いた。 「リオン……」 「ん?」 リオンを見上げるウィルドを見返して、言葉を待つ。 「私、リギシア博士のところに居なくて良かったのかな?」 リオンと一緒に行きたいと言ったのはウィルドだ。 リギシアがウィルドと一緒に暮らしたいと言ったわけではない。ただ、リギシアはどうするか、どうしたいかを聞いただけだ。リギシア自身は研究を続けると言っていたが、孫娘と一緒に暮らしたいかどうかは口にしていない。 「さぁな」 リオンは小さく息を吐いた。 どうすれば一番良かったのかなんて判らない。リギシアと暮らしていた方が良い部分もあるだろう。だが、リオンと共に世界を見て回るのだって一長一短だろう。 「まぁ、ウィルドが望むなら今から戻ったっていいけどな、俺は」 もしも、彼女がそうしたいと言うのなら、リオンはウィルドをリギシアのもとまで送り届けても良いと思っていた。 「リオンはそのあと、どうするの?」 「俺は一人でも世界を見て回るかな」 ウィルドの問いに、リオンはそう答えた。 彼女がいた方が、リオンにも楽しい部分は多いはずだ。それでも、彼女がリギシアのもとに留まることを望むなら、リオンは彼女を祖父のもとへ送り届けて、一人で旅に出るつもりだった。彼女の思いを強引に捻じ曲げようとは思わないし、リオンが彼女に合わせる必要もない。 今まで一緒にいて、慣れ親しんでいるとは言っても、望んでいないのに互いに合わせるのもおかしな話だ。 「戻りたいか?」 「……今は、いい」 リオンの問いに、ウィルドはそう返した。 戻りたいと思う時がくるかもしれない。けれど、今はそう思ってはいない。だからリオンと一緒に行く。そんなところだろうか。 彼女にとってリギシアは自分を知っている相手だ。祖父だったという血の繋がりもある。ただ、リオンはリギシアのもとで暮らすつもりはなかった。 今までの経緯もあるが、地下で研究を続ける老人に付き合うのはリオンには無理だ。研究の手伝いもできない。知識の飲み込みは早くとも、科学者になれるほどの頭脳はない。足手まといになるだけだ。同時に、地下で暮らしていくことにも息が詰まりそうだ。 リオンも、自分が思った通りに生きたい。 「海が見たいな」 ぽつりと、リオンは呟いた。 不意に、海が見たくなった。三年間、内陸部を旅してきたが海には行ったことがない。崖下が海だったり、遠くに薄っすら見えるぐらいまで近付いたりしたことはある。だが、海岸まで直接行ったことはなかった。 「海……」 ウィルドが小さな声で呟く。 「よし、とりあえずギヴァダ帝国の海岸にでも行ってみようか」 「うん」 リオンの提案に、ウィルドは応じた。 「次に辿り着いた街でこっち側の地図買わないとな」 「お金、ある?」 「大丈夫、ラーグたちに協力料ってことで少し貰ったから余裕はある」 ウィルドの問いに、リオンはすまし顔で答えた。 「夕飯は少し豪華なもの食うか」 「……ん」 笑ってみせるリオンに、ウィルドは小さく頷いた。 リオンも、ウィルドも、今まで何をすべきか考えて生きてきたわけではない。 いつも、どうしたいかを考えて歩いてきた。 なら、これからもそれでいい。 「――ありがとう、リオン」 小さな、だけどとても澄んだ声だった。 ウィルドの言葉に、リオンはただ微笑んで彼女の頭を撫でる。 「街が見えてきたな」 前方に、街の入り口らしきものが見えてきた。 「リオン、行こう、お腹空いた」 見上げてくる少女の顔には、僅かだが優しい笑みが浮かんでいた。 ――終わり―― |
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