第六章 「ザ・ワン」
 
 
 地平を埋め尽くすような敵性反応の群れに、ただ一人向き合う。処理を簡単にするための立体の継ぎ接ぎたちが、一斉に動き出す。
 ヒルトを握る手に力を込める。
 これはシミュレーションだ。撃破されたとしても死ぬことはなく、守りたい仲間も存在しない。遠慮や加減をする必要はどこにもない。
「……いいんですね?」
 搭乗前のそのアルザードの言葉に、責任者のエクターは確かに頷いた。
 ならば、アルザードがするべきは。
 ヒルトを握り直すと同時に、プリズマドライブの駆動音が跳ねるように大きくなった。
 うるさいぐらいに唸りを上げるその音に包まれながら、アルザードは機体に動くよう指示を出す。
 スクリーンに映し出されている映像が、動き出した。
 助走もなしに、一息で速度が《アルフ・セル》のトップスピードを振り切った。盾を構え目の前の立体に突撃する。衝撃を知らせるアラートだけが鳴り響き、 スクリーンに映る立体が吹き飛び、いくつかの敵を巻き込んで大地に転がる。すかさず右手の突撃銃で惜し気もなく弾丸をばら撒いてそれらにトドメを刺し、背 後から近付いてくる敵性反応に肩からぶつかっていく。
 左手の装備をアサルトソードに切り替え、盾を構えた敵を真正面から叩き潰す。出力に任せて強引に盾ごと敵を叩き割り、返す刃で水平に薙ぐ。近寄ってきていた敵が何体か吹き飛んだ。
 これらはすべてデータ上のものだ。実際に同じことができるわけではないし、現実には取れるはずの行動ができなかったりもする。
 自機が壊れる心配はなく、戦闘継続能力を気にして加減する必要もない。味方を気にする必要もなければ、武装の耐久力や残弾も考慮されない無制限設定だ。
 アルザードの魔力適正、その出力を計るためだけの設定なのだ。
 何を気にすることもなく、ただ暴れればいい。
 吹き荒れる嵐のような駆動音が、強さを増していく。
 そして、スクリーンは暗転し、シミュレーションは唐突に終わりを告げた。
 操縦席で目を瞬かせること数秒、ハッチが外側から開かれて、ヴィヴィアンが顔を覗かせた。その向こうから、エクターの大笑いする声が聞こえてくる。
「あの……すみません、機体が止まっちゃいました」
 ヴィヴィアンの顔に張り付いた苦笑は、またも信じられないものを見て笑うしかないとでも言いたげなものだった。
「ああ、うん……」
 アルザードは小さく溜め息をつくと、操縦席から出た。
 観測と測定用の大型機械の周りには作業員たちが集まっていて、全員がモニターを見て唖然としている。その脇でエクターだけが腹を抱えて大笑いしていた。
「《アルフ・カイン》用の最高品質プリズマドライブが五分と経たずに……?」
 そんな研究員の呟きが聞こえた。
 どうやら、このシミュレーターには近衛騎士用魔動機兵に搭載されているのと同品質のプリズマドライブが積まれていたらしい。
 作業員の一人が胴体だけのシミュレーターに駆け寄り、プリズマドライブのメンテナンス用ハッチを開けていく。
「プリズマ結晶、破裂していて原型を留めていません……」
 内部を確認した作業員は目を丸くして、振り返るなり震えた声でそう告げた。
 アルザードはその隣でばつが悪そうに頭を掻くしかなかった。
「いやはや、これは予想以上だ! 最高だよ!」
 笑い過ぎて目尻に涙を浮かべたエクターが駆け寄ってきてアルザードの肩を叩いた。
「やはりこの計画の要は君だな! このデータがあれば調整の方針も立てられるというものだ! 直ぐに再計算しよう!」
 一人だけ異様に高いテンションで、エクターは直ぐにその場で手近な紙の裏面にペンを走らせ始めた。
「ああ、そうそう、今日のところはもう君に頼む仕事はないから後は邪魔さえしなければ自由にしてくれていい。ヴィヴィアン、案内を任せるよ」
「分かりました」
 紙の上を走らせるペンの速度を落とすことなくエクターが言い、ヴィヴィアンは苦笑しながら返事をした。
 エクターが調整のための計算を始めたことで、アルザードに出来ることはなくなってしまった。指示できる仕事もないようで、とりあえず今日のところはこれで休んで良いということのようだ。
 ひとまず研究所の中をヴィヴィアンに一通り案内してもらい、最後に食堂で夕食を取ることになった。
 時間的にも丁度良い。直令が下り、前線部隊を離れて王都に戻ってきて、直ぐにこの研究所に連れて来られた。移動中に昼の時間も過ぎたが、その時は前線から離れなければならないことへのショックで、あまり食が進まなかった。
 前線で戦えないことに対する不満がなくなったわけではない。それでも、ここでの任務の重要性も理解できたことで前を向けたということなのか、食欲は戻っていた。
 前線で戦う仲間たちを救いたいのならば、一日も早く新型とやらを完成させなければならない。
「話には聞いていましたが、プリズマ結晶って破裂するものなんですね……」
 向かい合って夕食をとる形になったヴィヴィアンが、ぽつりと呟いた。
 情報として聞いてはいても、実際に目にすると驚いてしまうものなのだろう。
「俺もあんなに早くダメになるとは思わなかった」
 アルザードは肩を竦め、苦笑した。
 前線にいた頃は、搭乗する魔動機兵にはアルザード専用の調整が施されていた。まさかそれが魔力伝導率を下げるものだったとは話に聞くまで思いも寄らな かったのだが。とはいえ、魔力伝導率を極限まで落としていた《アルフ・セル》でもアルザードが全力を発揮できたのはせいぜい長くて十分程度だ。
 それでも、通常の調整と比べて倍以上に時間が伸びていたことになる。
「あの……すみません、合席してもよろしいですか?」
 不意に横から声をかけられた。
 見れば、紺色の髪をした一人の若い青年が食事の乗ったトレイを手に立っていた。温和そうな顔立ちをしているが、どこか頼り無さそうにも見える。緑色を基調とした制服から、低位騎士のようだ。
「ああ、構わないが……」
「ありがとうございます」
 アルザードが応じると、青年は丁寧にお礼を言って隣の席に座った。
「僕はギルバート・ラナ・パルシバルと言います。階級は三等騎士です」
「……パルシバル?」
 そのファミリーネームには聞き覚えがあった。
「ええ、サフィール・エス・パルシバルは僕の姉です」
 アルザードの疑問に答えるように、青年はそう言って笑った。
 ミドルネームを持つ貴族出身者のファミリーネームが偶然被るということは滅多にない。ファミリーネームが同じということは、血縁関係があるということだ。
「あなたと話がしたいと思っていたんです。姉からの手紙に書かれていた、無茶苦茶な新入り、というのがあなただと、先ほどのシミュレーターを見て確信したもので」
 ギルバートはゆっくりと食事に手を着けながら、アルザードに声をかけた理由について語り出した。
 騎士養成学校を優秀な成績で卒業したサフィールは、二、三の部隊異動を経てアーク騎士団第十二部隊に配属されるに至った。前線で戦う者の多くは、定期的 に家族や恋人など、大切な人たちへ向けて手紙を書くものだ。当然検閲はされるから機密情報などは書けないが、それでも自分の無事を知らせ、思いのやり取り は戦うための活力にもなる。
 サフィールからの手紙には、前線での日々が書かれていたのだろう。そこに、アルザードのことを仄めかすような記述があったらしい。
「僕は先日、騎士学校を卒業したばかりで、ここにも配属されたばかりなんです。お世辞にも良い成績だった、とは言えないのですが……」
 ギルバートは苦笑した。
 よほど良い成績を残したか、士官としての才覚を発揮して目をかけられない限り、通常は騎士養成学校を卒業し騎士になると低位騎士の最下位階級である五等騎士から始まるのが通例だ。
 この研究所が重要施設であることを鑑みても、並程度の成績の者がいきなり三等騎士の階級を得て配属されるというのは異例なことなのだ。
「人手不足、ということか」
「だと思います」
 アルザードの呟きに、ギルバートは頷いた。
 もはや人的資源も潤沢とは言い難い現状だ。王都の中で、目立たぬように開発をしている研究所の警備として、重要度を鑑みて多少階級を盛っておいたというところか。
 対外的には極秘の新型開発を行っている研究所なのだから、近衛騎士のような目立つ存在を警備に当たらせるわけにもいかない。それでも一応警備を付けると して、王都の中にあり敵に攻撃される可能性の低さも考慮すれば、回す人員は間に合わせ程度の新人でも良いだろうと判断されたのかもしれない。
 少なくとも、新型が完成するまではこの施設をよくある普通の基地と見せておく必要がある。
「シミュレーターでのあなたの戦う様を見て、言葉が出ませんでした」
 どうやら、アルザードがシミュレーターをしていた時、格納庫にあった三機の《アルフ・ベル》は敵役に紛れて参加させられていたらしい。
 警備を担当する騎手に、模擬戦ながらも経験を積ませるためか、あるいは敵の視点からアルザードの戦闘を観測した意見が欲しかったのか、もしくはその両方か。
「当たり前ですが僕には実戦経験もありませんし、自分が未熟なのも良く分かっているつもりです」
 ここまで言われれば、アルザードにもオチが読めた。
「お願いします……! 僕を鍛えてもらえませんか」
「そうは言ってもな……」
 予想通りの言葉に、アルザードは困り顔で返した。
 確かに、直前まで最前線に配属されていたアルザードは並の騎士より経験豊富だと言えるだろう。部隊損耗率も屈指と言われていた獅子隊で戦い、生き延びた経歴だけ見ても、他の騎士からすれば精鋭だ。
 だが、だからと言って誰かに教えられるほどアルザードの軍歴も長いわけではない。獅子隊にいたとは言え、アルザード自身は部隊の中では一番の下っ端のようなものだ。例え、どれだけの戦果を挙げていたとしても。
「訓練に付き合って下さるだけでもいいんです。実戦に出る時のために、少しでも強くなっておきたいんです」
 ギルバートに熱意はあるようだった。
「……何故そう思う?」
「僕らが住むこの国のため、というのもありますが……家族を守りたい。生きて姉に会いたい。姉を守れるぐらいになりたい」
 アルザードの問いに、ギルバートはそう答えた。
 話を聞くに、ギルバートはパルシバル家の長男なのだそうだ。最初に生まれた子ではあるが女性のサフィールではなく、男性であるギルバートをパルシバル家は正式な跡継ぎに決めたというところだろうか。
 責任感が強いのか、真面目なのか、恐らくは両方だろう。少し会話をしただけだが、ギルバートという青年の持つ実直さは伝わってくる。
「空いた時間で訓練に付き合うぐらいならできるとは思うが……」
 結局、アルザードも断り切れなかった。
 上に立ち、誰かを鍛えることができるほどの人物ではないと自覚はしている。それでも、ギルバートの強くなりたいという熱意は本物で、それを無碍にすることもできない。
「ありがとうございます!」
 ギルバートはぱっと表情を輝かせた。
「とはいえ、恐らく、俺が魔動機兵に乗っての訓練はできないと思ってくれ」
 アルザードは釘を刺すように言って、ちぎったパンを口に放り込んだ。
 魔動機兵は無限にあるわけではない。戦況を鑑みればむしろ貴重なものだ。専用の調整もできていない機体にアルザードが乗れば、シミュレーターの二の舞になるのは明らかだった。
 演習用の装備を使った模擬戦などは論外である。極秘の新型開発をしているこの施設周辺で目立つようなことはすべきではない。
「多分、俺にできるのはシミュレーターの設定とアドバイスぐらいだ」
 そうなると、アルザードにできるのはシミュレーターの設定をいじって難易度を変えたり、そこでの戦闘結果を見てアドバイスをすることぐらいだろう。
 実際にギルバートの相手をするのは難しい。
「それで構いません」
 ギルバートは頷いた。
「ヴィヴィアン、すまないがこの後シミュレーターを使うことはできそうか?」
「大丈夫だと思います。シミュレーター自体は、新型開発にはあまり関係がありませんから」
 通常の魔動機兵とは異なるものを開発しているだけに、従来規格のシミュレーターは開発作業に使われているわけではないようだ。主に、ここの警備担当の騎手たちの日課としての訓練と、せいぜい暇潰しにしか使われていないとのことだった。
「あ、でもそういえばシミュレーターは……」
「あれはアルザードさんの魔力適性を確認するためのものでしたから普段は使っていなかったんです。訓練用のシミュレーター自体は《アルフ・ベル》にも搭載されていますし、そちらでやればいいかと」
 日中にアルザードが壊してしまったシミュレーターは、元からアルザードが来た時に魔力適性を調べるためにエクターが用意させていたものだったらしい。
「それでプリズマドライブが高品質だったのか……」
 ヴィヴィアンの返答に、アルザードは乾いた笑みを返した。
 警備用の魔動機兵は《アルフ・ベル》ばかりであったのに、アルザードが使ったシミュレーターのプリズマドライブはそれに搭載するにはやけに高品質なものだった。
 シミュレーター自体は専用の端末を機体に接続すれば使えるようになる。エクターや他の作業員たちが見ていた大型の機械から伸びているケーブルを、シミュレーターとして使っていた魔動機兵のコアパーツからギルバートの《アルフ・ベル》に繋ぎ変えれば良い。
 シミュレーターを使う用事がないタイミングであれば、エクターや他の作業員たちの邪魔にもならないだろう。
「とりあえず、この後一度やってみるか?」
「是非お願いします!」
 ギルバートは机に頭をぶつけそうな勢いで頭を下げたのだった。

 食事を取った後、アルザードはギルバートと共に格納庫を訪れていた。
 ヴィヴィアンはエクターの手伝いをすると言って先に格納庫に向かったが、特に割り振ることのできる仕事がなかったらしく、シミュレーターの前でアルザードたちを待っていた。
「端末、《アルフ・ベル》に繋ぎ変えておきましたよ」
「ありがとう、助かるよ」
 ヴィヴィアンに礼を言って、アルザードは外部端末の方に目を向けた。
 ギルバートには《アルフ・ベル》の操縦席に入ってもらう。
「まずはどの程度動けるのかの確認をしたい。設定は三対三、オーソドックスなトライアルパターンでいこう」
「了解です」
 外部端末に備え付けられている通信機に向かって言いながら、設定を入力する。
 小隊行動の単位として良く使われる三機同士の戦闘をシミュレートし、ギルバート本人の実力と味方との連携能力を見ようという趣旨だ。
 地形は平野に設定し、純粋に魔動機兵のみでの戦闘を見ることにする。機体設定は敵も味方も全て《アルフ・ベル》とし、武装も標準的な剣、盾、突撃銃という構成にした。
 外部端末には戦場を真上から俯瞰している地形図と、敵味方の座標のみが表示される。詳細な動きは外部端末からでは映像化できないため、画面下に表示されるログの文字を追うしかない。
 シミュレーションが始まり、マップ上の点が動き出す。
 障害物のない地形にしたこともあって、両勢力共に直進して会敵し、戦闘になった。盾を構えた撃ち合いをしている。
 機体の能力や数は互角、ギルバート以外の敵味方の行動パターンも特に捻りのない設定にしてある。つまるところ、勝敗を左右するのはギルバート次第ということになる。
「どうでしたか?」
 《アルフ・ベル》の操縦席から降りたギルバートが、戦闘のログを見つめるアルザードに問う。
 多少の被弾はしつつも、堅実な立ち回りを見せてギルバートは勝利した。
 味方が狙っている敵に合わせて標的を切り替え、攻撃を集中させて着実に倒していく。味方が集中攻撃をされるようならフォローに回り、自分を中心に戦うというよりは味方との連携を重視する戦い方をしていた。
「悪くはないと思う」
 それは純粋な感想だった。
 自身が実力不足である場合は、味方機と連携して事に当たるのは理に適った戦い方だ。
 今回のシミュレーションの設定では、勝ち筋は大きく分けて二つある。一つは自分を攻めの中心に据えるパターンで、もう一つは味方の支援に徹するというも のだ。シミュレーターの性質上、あまり複雑な行動パターンは設定できないため、味方のフォローに徹すれば勝利自体はそう難しいものではない。
 実戦においても、味方機をしっかり援護するというのは重要なことだ。
 今回のログを見る限り、ギルバートに致命的な欠点はないように見える。
「教本通りにしか動けていないのではと不安になるんです」
 ギルバートは自信なさげに呟いた。
 教本や定石は騎士養成学校で一通り学ぶことであり、それ自体に問題があるわけではない。ギルバートが心配しているのは実戦において十分な力が発揮できるのか、というところが大きいのだろう。
 実際、新人騎手が初陣で想定外の事態に遭遇してパニックに陥るというのは珍しい話ではない。魔動機兵戦闘の定石やセオリーなど、敵側も知っていることだ。
「そうだ、ならもう一回やってみるか。設定はかなり変えるぞ」
 そこでアルザードはふと思いついたことを試してみたくなった。
 詳しいことは何も言わず、ギルバートを《アルフ・ベル》の操縦席に座らせ、シミュレーターに設定を入力していく。
「実戦を想定したいってことなら、今、前線で戦ってる状況をシミュレートしてみよう」
 場所は都市部、領域の南側に防衛ラインを設定し、北側から進軍してくる敵を迎撃する形にした。敵が一機でも防衛ラインに到達したらその時点で敗北。敵を全滅させるか、あるいは撤退まで追い込めば勝利とする。
 味方機の数は八。二機一組の状態で防衛ラインのやや北に展開している状態だ。
「敵の総数、種別はあえて教えない」
 それだけ言って、アルザードは戦闘を開始させた。
 敵として設定した機体種別も、行動パターンも、アルザードは細かく指定している。
 これは、アルザードがベルナリアの前線で《フレイムゴート》と戦った時を可能な限り再現したものだ。
 《フレイムゴート》のような改良機はシミュレーターには設定できないため、そこは重装型の機体などで誤魔化しているが、状況や敵の戦術はほぼ再現できているはずだ。
 違いがあるとすれば、部隊の能力とギルバートが指揮官をする、という点だろう。シミュレーターでは獅子隊の能力は再現できない。隊長機の設定もしていないため、放っておけば味方機は数の不利に潰されることになる。
 通信機ごしにギルバートが出した指示を、アルザードが端末を操作して味方機の動きに反映し、擬似的に指揮させる形だ。
「勝利条件が満たされたら教える。それまで思うようにやってみてくれ」
「分かりました!」
 ギルバートの返事を合図に、シミュレーションを始める。
「七番、八番が砲撃を受けている。敵影は三」
 味方機の交戦報告はアルザードが代わりに行い、指示を出すか行動するかはギルバート次第だ。
 七番、八番はボルクとキディルスがいたポジションだ。
 まずはボルクとキディルスが砲撃部隊と接触した状況を再現する。この時、アルザードはレオスの指示でギルジアと共に援護に向かった。
「……防衛を最優先。六番と北上します」
 ギルバートは一瞬考え、そう指示を出した。
 六番機はギルジアの位置である。
「了解、防衛優先に設定する」
 アルザードはやや驚きつつも、ギルバートの指示通りに七番、八番の味方の設定を変更した。敵の撃破を優先せず、現在の防衛ラインを維持するため、建物も利用して回避と防御に重点を置いた動きをさせる。
 一方、ギルバートは戦場のほぼ中央に位置しており、すぐ東側にいた六番機を引き連れて北上する。その先にいるのは軽装の偵察機を模した敵が一つ。それを視認すると同時に六番機と共に攻撃を仕掛け、難なく撃破した。
「一番、二番が接敵。敵影六。三番、四番の前方に重武装の敵影五」
 それから間を置いて、ほぼ同時にアルザードが接敵を伝える。
 一番、二番はレオスとテス、三番、四番はグリフレットとサフィールの位置付けだ。
 アルザードが《フレイムゴート》と戦った状況よりも、ギルバートは北寄りに位置している。東側への援護に向かわず、偵察機を早いタイミングで発見、撃破したためだ。
「六番は僕に追従、西へ向かいます」
 ギルバートは六番機を引き連れてそのまま真っ直ぐ西へと移動を始めた。
 そのまま重武装の五機の敵を三番、四番の味方と挟み撃ちするように動き、攻撃を始める。奇襲の形にできたこともあり、敵二機を素早く撃破した。
「六番機はこのままここで三番、四番と共に攻撃でお願いします」
 ギルバートは敵の数が減ったのを見て、更に西へと移動を開始した。
 一番機、二番機の援護に向かうつもりのようだ。《フレイムゴート》役の敵機は残っているものの、数自体は三対三の状況に持ち込めた。
 ギルバートが西側で一番機と二番機と交戦する六機の敵部隊を横から攻撃し、劣勢を立て直す。
 そこの敵の数が三機まで減ったところで敵全体に撤退を始めさせる。ギルバートは深追いはせず、撤退し始めた三機のうち一機を味方と連携して仕留め、シミュレーションは勝利条件達成での終了となった。
「どうしてあのような判断を?」
 格納庫前の第二休憩室に場所を移し、アルザードはギルバートに問う。
「防衛戦、とのことでしたので味方の損耗を極力抑えようと考えた結果です」
「だとしたら最初の砲撃部隊の援護に行かなかったのは何故だ?」
「囮だと考えたためです」
 アルザードの疑問に、ギルバートが答える。
「実戦を想定すると、魔動機兵の積載重量、つまり携行弾薬には限界がありますし、砲撃を行う部隊は拠点防衛には向いていても進軍や強襲には向いていないと 思うのです。遠距離砲撃を行うための武器も弾薬も重量が嵩みますから、砲撃部隊だけであの場所を突破するとは思えません」
「なるほど、それで別働隊を警戒して北上したのか」
 アルザードの言葉にギルバートは頷いた。
「砲撃はどちらかと言えば支援や援護に向いていますから、それを利用する別の部隊がいるはずだと思ったんです」
 西側に敵の数が集中したことで、砲撃部隊は援護や支援が目的ではなく、そう思わせて意識や敵を引き付ける囮だと確信したようだ。
「中央付近から南下してきていた軽量機は囮が効いているか確認するためのものだと推測します。あわよくばそのまま防衛ラインを突破しようとしていた、というところかなと」
 偵察機役を早期に撃破したことで、ギルバートの立ち位置は重武装の敵部隊の背後に回り込みやすいものとなっていた。
「しかし驚いたな……完全に同じというわけではないが、あれは先日俺が戦った《フレイムゴート》の戦術だ」
 敵も味方も戦闘能力を完全に再現したわけではない。似たような状況にしただけで、攻略難易度は大幅に下がっていると言って良い。
 だが、ギルバートはこの状況に対して素早くかつ的確な判断が下せていたように思える。
「当時はどのように対処したのですか?」
「最初に接触した砲撃部隊の対処のため、東の援護に向かった。撃破後、バディを組んでいたギルジア……六番機が偵察機を発見、挟み撃ちにした。その後は三番、四番の援護に向かって《フレイムゴート》と戦った」
 アルザードは手短に説明する。
 ギルバートに比べてレオスの指揮が劣っているという話ではない。
 レオスも砲撃部隊が囮である可能性は当然考慮していただろう。ギルバートが言ったように、砲撃部隊の援護を受けて進攻してくる部隊を想定して、迎撃を優先したのだ。
「今回はたまたまだと思います。僕が敵ならこうするだろう、って読みが当たっただけではないかと」
 ギルバートは謙遜していたが、アルザードにはたまたまであっても《フレイムゴート》に近しい戦術を考えうる能力があるとしか思えなかった。
 戦闘のログを見る限り、ギルバート自身の技量に目立ったところはない。特筆して秀でているとは言い難い。無難にまとまっていて、基本に忠実、良く言えば堅実といった印象だ。一人で場を引っくり返すような能力があるとは言えない。
 もしかすると、指揮官や司令官には向いているかもしれない。
 ただ、アルザードが指導したとして彼自身の技量を向上させられるかはあまり自信がなかったが。

 それから二日後、アルザードはエクターに呼び出され格納庫に来ていた。
「早速君の仕事だ」
 相変わらずあまり寝ていないようだったが、エクターの口元には笑みが浮かんでおり、瞳も輝いているように見える。
 目の前にあるのは、魔動機兵の胴体部のフレームだ。各種データ採取のためであろう端末に繋がっているコードやケーブルは接続されているものの装甲や余計な部品も取り付けられておらず、操縦席と動力部だけが組み付けられただけのものが鎮座していた。
 だが、その動力部と思しき部分は通常の魔動機兵に用いるものよりも一回り以上大きい。三つの筒状のパーツが無理矢理突き立てられたような外観をしている。
「これは……?」
「新型に搭載予定の動力システムの試作品さ」
 アルザードが問うと、エクターは待ってましたと言わんばかりに説明を始めた。
「君の魔力が既存の機器では計測不能だというのは事前に知っていたからね。いきなり完成品に乗せられるわけがないだろう?」
 エクターは笑いながら言った。
 この新型の魔動機兵の能力は高ければ高いほど良い。しかし、ただ理論を突き詰めて高性能を目指せばいいという話でもない。この計画には、破格の性能を 持った新型魔動機兵と、その性能を十二分に発揮できる騎手が必要不可欠だ。それはつまるところ、計り知れない魔力適正を持つ騎手が全力で振り回せる機体が 必要ということでもある。
 エクターは自らの理論の実証も兼ねて、新型に使うことを想定した新しい動力システムの試作品を用意していたのだ。
 そして、それを搭載したこの実験装置でアルザードに動力システムを稼動させることで、すり合わせるべき問題点、改善点、改良の余地というものを見極めようと言うのだ。
「急ごしらえではあるけれどね、上手く行くようならこれをシェイプアップしたものを、そうでなければ今回のデータを基に設計を見直すことになる」
 エクターの目が動力システムの試作品に向けられる。
「とにかく君は思い切り魔力を込めてくれればいい。僕の考えたアレがどれだけ持つのか、どれほどのエネルギーを出力できるのか、どんな反応を示すのか、それらを確認する」
 胴体部フレームの隣には出力された魔力を流すことで発光するよう術式が施された大型の結晶灯が置かれている。結晶灯が光を放つことでエネルギーを発散させると同時に、その光の強さでエネルギー量も推し測れる。
 アルザードは頷いて、操縦席へと乗り込んだ。
 胴体フレームに《アルフ・セル》をそのまま使っているらしく、操縦席はアルザードにとっては慣れ親しんだものだ。必要なもの以外が付けられていないため、ハッチはおろかスクリーンすらついていない。
 それもそのはず、スクリーンも本来プリズマドライブから動力を得て機能しているものだ。今回の実験においてはシミュレータープログラムさえも余計なエネルギー消費先なのだろう。
「勝手が違ってやり辛いかもしれないが、始めてくれ!」
 エクターの声が聞こえた。
 理屈の上では莫大なエネルギー出力が得られるはずだが、実際にどんな反応が起こるかは未知数だ。エクターは自分の理論のみでしか設計できておらず、アルザードは精確なデータを提出できない。
 アルザードは大きく深呼吸をしてからヒルトに手を触れた。
 目を閉じ、《フレイムゴート》や《ブレードウルフ》と対峙した時のことを思い返す。本気で動かそうとすれば自壊してしまう《アルフ・セル》を壊さないよ うに、機体が敵と戦ってくれるギリギリを見極めるような力の絞り方ではない。仲間が危機に陥った時の、思い切り力を込めた時の感覚を呼び覚ます。
 自壊することも厭わずに機体を突撃させた時の感覚、それさえも抑えていたものだ。先日のシミュレーターの時のような、徐々に勢いを増して行くような力の 込め方はしない。自分に出来る限りのトップスピードで最大に持っていく。そして、アルザード自身が限界だと思うまで全力を込める。
 腹の底から絶叫するかのような、最大音量の声を吐き出すような、それを両手からヒルトを経て動力炉に送り込むように。
 鈴が鳴っているような、高く澄んだ音が響き渡り始めた。それは少しずつ大きさと高さを増して行く。
 一拍置いて、結晶灯が光を放ち始める。その輝きは強さを増し続け、格納庫内を眩く照らし出す。
「炉心エネルギー量が規定値を超過、炉心内エーテル濃度急落!」
「一番充填!」
 外から聞こえてくる作業員とエクターの声にも、アルザードは意識の集中を崩さない。エクターの指示があるまでは、アルザードは動力システムに魔力を送り続けなければならない。
 液体がぶちまけられたような音が聞こえた直後、バチン、と音がした。
「二番も開放!」
 エクターの指示の後、同じ音がした。
 もはや格納庫の中は光で満たされ、裸眼では何も見えない程になっていた。広い格納庫内に並べられた機材によって生じるはずの影さえ分からなくなるほど、強烈な白が満ちていた。
「三番も入れるんだ!」
 三度目の指示が飛び、また何かが弾けたような音がした。
「先生、このままでは!」
「構わない、最後まで続けるんだ!」
 ヴィヴィアンの声を遮るようにエクターが叫んだ。
 目をきつく閉じているはずなのに、視界は白く染まっている。
 全力疾走をしながら叫び声をあげ続けているかのようだ。全身を流れるありとあらゆるものを全て手のひらからヒルトに送り込んでいるようにさえ感じられる。
 鈴のような高く澄んだ動力の音が次第に荒々しさを含んだものになっていく。
 そして、ひときわ大きく、高く澄んだ破裂音が格納庫に響き渡った。
     目次     
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