第十三章 「護剣騎士団」
 
 
 ニムエ技術研究所の執務室で、アルザードはエクターと共にドアを開けて入ってきた来訪者を出迎えた。
「久しぶり、ってのも変か」
 軽い調子で言ったのはグリフレットだ。
「そんなに時間は経ってないはずだけれど」
 共に部屋へ入ってきたサフィールが薄く笑う。
「色々、あったせいかな」
 アルザードは二人を見て、笑みとも苦笑いともつかない表情を浮かべた。
 グリフレットは右腕を上腕の半ばほどから、サフィールは右足を太腿の半ばほどから先を失っていた。
 報告書によれば、捕虜となっていた間に受けた拷問によって負ったものだそうだ。命に別状はないとのことだが、失われた部位が回収できなかったこと、失ってからの時間が経ち過ぎていることから高度な治療魔術を用いても元に戻すことは不可能との診断だった。
「……獅子隊の他の皆は?」
 敢えて、アルザードは聞いた。
 捕虜のリストに名前があったのはグリフレットとサフィールだけだった。それが意味することを、アルザードは知っている。それでも、最後まで一緒に戦って いたであろう二人に、その最後を聞かせてもらいたいと、知りたいと思った。所属していた期間は決して長くはなかったが、愛着は持っている。
「隊長はそりゃあもう派手に討ち死にさ。ありゃあ《バーサーカー》並だったね」
 ソファに腰を下ろして、グリフレットはどこか誇らしげに語り出した。
 曰く、本腰を入れてベルナリアを落としにかかってきた敵部隊を、自機が被弾するのも破損するのも構わずに最後まで戦い続けていたそうだ。弾を撃ち尽く し、剣も折れ、それでも落ちている武器を拾い、敵から武器を奪い取り、操縦席を貫かれるその瞬間まで敵を倒し続けたのだという。
 ギルジアはレオス隊長と共に捨て身の特攻に付き合い、撃破された。
 副隊長のテス以下、ボルク、キディルス、グリフレット、サフィールの五人は、操縦席を潰されずに戦闘不能となったことでアンジアの捕虜となった。
「でも、キディルスは撃破された時に負った怪我が致命傷だった」
 サフィールが静かにグリフレットの話を補足してくれる。
 機体が大破した際に死ぬことはなかったが、操縦席に攻撃の余波が及んでいたキディルスは捕虜となったものの直ぐに命を落とした。傷が深かったのもあっただろうが、収容所で治療は施されなかったそうだ。
 残った四人のうち、ボルクは拷問や尋問をされる前に自害したらしい。
「……それからはまぁ、悲惨だったよ」
 グリフレットは視線を落とす。
 捕虜となった女性騎士たちは尋問という名目で多くが慰み者にされ、男たちもまた拷問され、男女問わず嬲られることになった。
 ベルナリア防衛線で長いこと粘られ、予想以上に自国への損害もかさんで、アンジアの奴らも鬱憤が溜まっていたのだろう、とグリフレットは言う。
 一方的に攻め込まれ、必死に防衛していたアルフレイン王国からすれば逆恨みでしかないのだが、末端の者には大義のある戦いだと教え込まれたり考えたりし ている者もいる。友人知人家族が殺されて恨みを持つのもお互い様で、始まってしまえばどちらが良い悪い、という話ではなくなるのが戦争だ。
「副隊長は口に突っ込まれたモノを噛み千切って怒りを買い、銃を股に突っ込まれて射殺されたわ」
 サフィールは肩を竦めてそう語った。
 一矢報いてやろうと思ったのか、屈さぬ強気な姿勢を貫き通したのは獅子隊副隊長のテスらしくもあるだろうか。逆にそれが見せしめとなって、他の女性捕虜たちが大人しくなり、五体満足で帰れた者が増えることに繋がったという側面もあったようだが。
「死ぬ度胸もなく、慰み者にされながら、情けなく生き残ってしまったわ」
 サフィールが自嘲気味に笑う。
 彼女は抵抗の素振りを見せたため、簡単には逃げられぬようにと右足を切断されたのだそうだ。
 サフィールもグリフレットも、残されることになる家族のことが頭にちらついて、自害に踏み切れなかったと言う。
「ギルバートには?」
「ここに来る前に会ってきたわ」
 アルザードの問いに、サフィールは僅かに目を細める。
 彼女がニムエ技術研究所に呼び出されていることはギルバートにも伝わっていた。
「感情的になり過ぎるのは、まだまだ未熟者ってところかしらね」
 姉が生きていたことへの安堵、再会できたことへの喜び、捕虜となっていた間に受けた仕打ちへの憤り、湧き上がってくる様々な感情が抑え切れずにギルバートは号泣していたそうだ。
 戦争なのだからそういうこともある、と頭では分かっていても、いざ自分の身内にそういう理不尽が振りかかれば平静でいられる者は少ないだろう。
 彼女自身も平然としているかのように振る舞っているが、その内心はどうなっているか。
「それにしても、まさかお前が助けに来てくれるとはなぁ」
 グリフレットたちが施設から外に救出されるのとほぼ同時刻に、アンジアの試作兵器であるマナストリーム砲が発射されていた。それを防ぐ《イクスキャリヴル》の姿を、二人は目にしていたらしい。距離はそれなりにあったが、光を推し留める騎士のシルエットは見えたそうだ。
「あんな無茶苦茶が出来るのはお前ぐらいだと思ってたから、直ぐにピンと来た。まさか、とは思ったけどな」
 それから王都の病院へ搬送され、怪我の手当てや状態の確認などを終えて外へ出られるようになった辺りで、《イクスキャルヴル》の凱旋と正式なお披露目がされ、民に混じって二人も遠目から見ていたらしい。
「そうね、腑に落ちた感じだったわ」
 《イクスキャルヴル》の馬鹿げた性能を目の当たりにし、その騎手がアルザードであったことは獅子隊の《バーサーカー》と呼ばれていた頃を知る二人からすれば妙に納得できるものだったという。
「俺はちょっと落ち着かない感じだけど……」
 凱旋式典の時のことを思い出して、アルザードは肩を竦めて苦笑した。
 アルザードは《イクスキャルヴル》の騎手としてと同時に、王都を守り、捕虜を救い出した功績をアルトリウス王から直々に表彰された。銀と金を用いた刺繍 が入った白い制服と、特位騎士(グランナイト)の護剣騎士という専用の特別階級を与えられ、《イクスキャルヴル》とアルザードは名実共に国や民を救った英 雄、アルフレイン王国の新たな象徴とも言える存在になった。
 式典を見に集まった民の盛り上がり様も凄まじく、表情には出さないよう努めたが、恐らくはあの場でアルザードこそが最もたじろいでいたはずだ。
 とはいえ、国が滅び、自分たちが死ぬかもしれない絶望的な状況を救った英雄を王自らが公に表彰するともなれば、民たちが興奮するのも当然ではある。民達の明るい表情と喜びに満ちた歓声にも、応えなければという気持ちが湧いてくるのも事実だった。
「大出世ね」
「モーリオンの親父が生きていたら腰を抜かしてたかもな」
 サフィールとグリフレットがからかうように笑う。
「どっちかっていうと慎まく平穏に暮らしていたいんだけどな……」
 アルザードは乾いた笑みを返す。
「それで、俺らをここに呼んだ理由は?」
 グリフレットがちらりとエクターの方へ視線を向ける。
「おや、再会の挨拶はもういいのかい?」
 書類仕事と何かの計算を黙々とこなしていたエクターが、三人の方を見た。
「とりあえずは」
 相変わらずの様子にアルザードが苦笑すると、執務席を立ったエクターがソファの方へとやってきた。
「単刀直入に言うと、新設される部隊へのスカウトだ」
 エクターのストレートな言葉に、グリフレットとサフィールが顔を見合わせた。
「サフィはともかく、俺もか?」
 グリフレットが訝しげに問う。
 片腕を失ったグリフレットは、そのままではヒルトが一つしか握れない。片足を失っているとはいえ両腕が健在のサフィールならまだしも、魔動機兵の騎手と して隻腕は致命的と言えた。二本のヒルトを握り、それぞれに魔力を送ることで魔動機兵は細かな動きに対応できる。片腕で操縦するとなれば、今まで以上に扱 うのが難しくなるだろう。
「まずは概要から説明しよう」
 エクターはアルザードの隣に腰を下ろし、今回の要件の説明を始めた。
 捕虜奪還作戦の成功を受けて、アルフレイン王国は首の皮一枚繋がっていた王都防衛直後から立ち直れそうな状況になりつつある。
 アンジア首都アジールへの強襲作戦は、アルフレイン王国首脳陣の目論見通り、《イクスキャルヴル》のデモンストレーションと同時に他国への牽制にもなった。
 内情的にはシュライフナールが再配備できるという前提ではあるものの、《イクスキャルヴル》には単独で首都を制圧できる力があるということを他国に見せ付けることができた。
 直接手を出してきた三ヵ国連合以外にも、密かにアルフレイン王国を狙っている国は多いとアルトリウス王は見ており、その見解は首脳陣でも一致している。 もしもアルフレイン王国が三ヵ国連合に落とされていたら、それを発端として周辺他国が一斉にこの地を求めて戦端が開いていたとしてもおかしな話ではない。
 《イクスキャルヴル》の存在感は、迂闊に攻め入ることを躊躇させる抑止力として機能し始めた。
 王都防衛戦だけでも相当なインパクトを与えることには成功していたが、単独で一国の首都を制圧するだけの力があることも示せた今、《イクスキャルヴル》は敵対する意思のある国にとって見過ごせぬものとなっている。
「実際には運用コストが馬鹿にならないから、そう頻繁に動かせるわけじゃないんだけれどね」
 エクターはそう補足して、話を続ける。
 《イクスキャルヴル》に用いられている資材、一度の運用で消費する資源、作戦後の整備費など、それこそ目玉が飛び出るようなコストがかかっている。その コストには時間も含まれており、整備や修理、資材などの準備にかかる時間も踏まえると、《イクスキャルヴル》を毎日のように戦闘参加させることはとてもで はないができるものではない。
 《イクスキャルヴル》運用の欠点の一つはここにある。
 幸いだったのは、そうした運用面の詳細が外部に漏れておらず、王都防衛から一週間程度でアンジアの首都を強襲することが出来たことだった。捕虜交換の返 答期限の指定が一週間であったこともあり、《イクスキャルヴル》の準備に時間がかかったのか、対応を決めるのに時間がかかったのか、外部から判別するのは 難しいだろう。
 即ち、《イクスキャルヴル》が連続で動かすことはできないとしても、その頻度、最低限必要なインターバルがどの程度かは他国に知られていないということだ。
 そして、もしも《イクスキャルヴル》に出て来られたら、魔動機兵部隊では歯が立たないことも実証されている。
 アンジアが開発していたマナストリーム砲を不意打ちで当てることが出来れば撃破すること自体は可能ではあるが、気付かれた時点で正面から防げることも実証してしまった。
 アルフレイン王国に対し、迂闊な行動や態度を取れば《イクスキャルヴル》を差し向けられるかもしれない。いささか脅迫的ではあるが、これは強力な外交カードになりうる。
 元々、アルフレイン王国は他国とは良好な関係を築こうと、和平方面に力を入れて外交政治を行ってきた背景がある。だからこそ、三ヵ国連合も戦端を開いて からは一気に攻め落とそうとしてきたわけだが、《イクスキャルヴル》の投入によって簡単に言えば、怒らせたら怖い、という印象を与えたはずだ。
 穏便に外交をしていた方が得策だ、と思わせられていればアルフレイン王国としては喜ばしい。
「で、ここでもう一つの欠点が浮き彫りになった。まぁ、僕は元々分かってはいたことではあるんだが」
 エクターが人差し指を立てる。
「《イクスキャルヴル》に連携できる部隊がいない」
 今回の話はここからが本題だった。
 《イクスキャルヴル》が魔動機兵という枠を超えた新機軸の兵器である故に、現行の魔動機兵部隊では足並みを揃えることができない。
 そもそも、エクターからすれば《イクスキャルヴル》は連携を必要とせず単独で状況を覆すことを目的に開発されている。連携できる存在がいないことは事前に分かり切っていたことであり、そもそも連携を必要としない機体としても設計されている。
「まぁ、だからと言って《イクスキャルヴル》と連携できる魔動機兵を作れるか、っていうとまた難しい話ではあるわけだけど」
 エクターはソファに背中を預けるように力を抜いて、息をついた。
 《イクスキャルヴル》が正式にアルフレイン王国の戦力として認知、公表されたことで、部隊組織をする必要性も出て来た。
 特に、先の捕虜救出においては、作戦そのものは問題がなかったが、《イクスキャルヴル》の回収が運用の難点として挙げられる結果となった。
 《イクスキャルヴル》を前線まで投入するのは、シュライフナールのような外部装置で何とかなる。しかし、戦闘後に《イクスキャルヴル》が動けなくなってしまった場合、シュライフナールのような機動力を補助する装備があっても単独で帰還することができなくなってしまう。
「戦闘を終えた《イクスキャルヴル》の回収と護衛ができる部隊を新設し、それを《イクスキャルヴル》を運用する際の単位としたいってわけ」
 騎士団側から、回収用の部隊を毎回編成しなければならないことが手間だ、という意見が出た。
 《イクスキャルヴル》自体も、一度戦闘を終えて停止してしまうと再起動は難しく、その直後に敵が現れたとしたら即応することができない。《イクスキャル ヴル》の魔力感知能力があれば、撃ち漏らしや伏兵に気付かず停止するという事態は考え難いが、用心するに越したことは無いし、備えておいて損することもな いだろう。
 何より、停止した機体の回収を含む後始末までを《イクスキャルヴル》運用チームで賄えるようになれば、騎士団はこちらに意識を割く必要がなくなる。エクターたちも要請に従って《イクスキャルヴル》を投入した後、自分たちで回収して帰還できるようになる。
「というわけで、発想を変えて、《イクスキャルヴル》を支援する部隊を作ってしまおうって方向で考えてみることにした」
 そういった話を受けて、エクターはいっそ《イクスキャルヴル》の運用を支援する部隊を編成することを提案し、了承されたと明かした。
「編成は《イクスキャルヴル》の支援に特化した設計の魔動機兵を三機。君たちにはそのうち二つの騎手をやってもらいたい」
 エクターの話を聞いて、グリフレットとサフィールは再び顔を見合わせる。
「手足のことなら心配は要らない。義手義足を用意するし、むしろそれを有効活用する案もある」
 二人の言いたいことを先読みするように、エクターが言う。
 魔力を使って動作させる義手義足、というのは既に存在する。ただし、当然ながら魔動機兵のように魔力を増幅する機構を搭載するスペースはないため、本人 の魔力のみで動かさなければならない。魔力伝導率の高い素材は高価なこともあり、関節部など整備も定期的に行う必要があったりと、まだ一般に普及するほど のものにはなっていない。
「特に義手は設計段階から魔動機兵との接続を前提としたものにして、操作の柔軟性と魔力制御の効率を上げようと思っているんだ」
 エクターは、魔動機兵の操縦系統と連携させる前提で設計した義手を用意すると言い出した。
 《イクスキャルヴル》関連ということで、費用や資材に関しては融通が利くことを利用し、高品質かつ専用の機能を持った義手を作るつもりらしい。
「とはいえ、常に着けていられるような代物にはならないから、普段使い用の義手も手配するし、費用はこちらが持つ」
「元々断る理由なんかないんだが、聞いてる限りじゃ待遇が良過ぎて逆に不安になってくるな……」
 エクターの追い討ちとも言える言葉に、呆れたようにグリフレットが答える。
 貧民出身のグリフレットにとっては申し分のない条件だった。利き腕でもある右腕を失った今、これからどうやって家族を養っていけばいいのか途方に暮れていた彼にとって、騎士団に再配属できるというのは願ってももないことだった。
 騎士団として国のために戦い、片腕を失くすほどの大怪我を負って退団せざるを得ないとなれば、国からもある程度の手当ては出る。だが、それだけではグリフレットが養いたい全員の生活は保障できない。
「そうね、私も断れる立場にはないわ」
 サフィールは貴族の生まれだが、家督を継ぐのは弟のギルバートとなっている。その分、彼女はある程度自由に人生を選ぶことができる。しかし、今回の捕虜となっていた件で、彼女自身には消すことの出来ない傷がいくつもできてしまった。
「……嫁の貰い手もなくなっただろうし」
 自嘲気味な呟き。
 事情を考えれば、サフィール自身に落ち度はないし、パルシバル家にとって悪影響とまではいかないだろう。むしろ、最後まで戦い抜き、生き延びたこと自体は騎士としても称えられていい。
 だが、それはそれとして、一人の女性として、貴族の女性としては凌辱されたという事実が重く圧し掛かる。彼女自身に対しても、周囲に対しても、気にするな、というのはさすがに無理だろう。
「それで、最後の一人はどうするの?」
 グリフレットが何か言いたそうにしていたが、サフィールは話を進めようとエクターに問う。
 《イクスキャルヴル》支援用の魔動機兵部隊は三人編成だとエクターは言った。グリフレットとサフィールがこの話を引き受けたとしても、あと一人足りない。
 アルザードは当然ながら、《イクスキャルヴル》に乗るため候補からは除外される。《イクスキャルヴル》を出すほどでもない、様子見の出撃、として魔動機 兵に乗るという手がないわけではないのだが、《イクスキャルヴル》を出すとなった時にアルザードが前線で戦っていては本末転倒だ。何より、通常の魔動機兵 の枠に含まれる機体であれば、いくらエクターの設計であったとしてもアルザードが乗るには適さない。
「三人目はギルバートだ」
 疑問に答えたのはアルザードだった。
「人選に関してはいくつか制約があってね、その中でアルザードの推薦も加味して選んでいる」
 それに続いてエクターが説明を始める。
 エクターとしても《イクスキャルヴル》の支援部隊の騎手は誰でもいいというわけではない。《イクスキャルヴル》の能力が抜きん出ているとはいえ、支援機体の騎手は可能な限り優秀な人材であるべきだ。
 エクターが考えている支援部隊の役割としては、《イクスキャルヴル》出撃までの時間稼ぎや斥候、移動経路上の露払い、《イクスキャルヴル》との連携戦闘等になる。それら、様々な要求に対し、柔軟な対応ができる者が好ましい。
 しかし、既に近衛部隊などの精鋭として配属されている騎士を引き抜くのも難しい。窮地を脱したとはいえ、アルフレイン王国の内情が万全になったわけではなく、騎士団の再編成もまだ続いており、優秀な人材はどこも欲しがっている。
 いくら《イクスキャルヴル》を抱えるエクターがコスト度外視で融通の利く立場にいるとしても、余裕のないところから引っ張ってくるというのは難しかった。
 アルザードに関しては、計画の要であったこと、通常の魔動機兵の騎手としての運用面においては難有りということですんなり引っ張ってこれたようだが、逆 に《イクスキャルヴル》の能力が規格外過ぎたこともあって、それ以外の支援部隊の人員要請を軽んじられているところもあるというのがエクターの見立てだっ た。
「とまぁ、そういうわけで、君たちならアルザードのことも良く知っているだろうし、怪我を理由に退団するとなればスカウトを上から渋られることもない」
 性質上、《イクスキャルヴル》の機密情報となるものを多く知ることとなるため、信頼のおける人物である必要もある。騎手であるアルザードとの連携を考え れば、かつて同じ獅子隊で同僚だった二人は技量的にも人物的にも申し分ない。体の一部を失う怪我を負ったことで、これまで通りの働きが難しくなり、退団せ ざるを得ないとなれば、エクターが新設する部隊に勧誘したところで上から難色を示されることもないだろう。
「色々と条件が合致したってことさ」
「ギルバートについては、指揮能力の高さが理由だ」
 エクターに続いて、アルザードはギルバートを推薦した理由を話した。
 ギルバート自身の戦闘能力そのものに関しては、突出したところがあるわけではない。だが、戦場における状況判断や、部隊指揮における潜在能力は高かった。
 《イクスキャルヴル》を開発する日々の中で、ギルバートの訓練に付き合ってシミュレータを見ていたアルザードは、彼が最適解とも言えるような采配をする のを何度も目撃している。そして、そのどれもがまぐれではなく、ギルバートが考えて判断した結果であることも確認していた。
「支援機体は、接近戦を重視した《イクサ・リィト》、中遠距離戦重視の《イクサ・レェト》、指揮官的な役割の《イクサ・エウェ》という構成になる」
 エクターは機体設計の概要を記した書類を机の上に置き、二人の前へと差し出した。
 《アルフ・セル》をベースに、《アルフ・カイン》と同等品質のプリズマドライブとフレームを使ったワンオフの魔動機兵三機が《イクスキャルヴル》を支援する部隊の構成となる。
 一つは、接近戦を意識した設計で、中近距離で敵の矢面に立つ《イクサ・リィト》。この機体は装甲を前方側に偏らせることで機動性と出力を維持したまま耐 久性を高めた設計になっている。背面側が脆くなることと、機体バランスが偏ってしまうという欠点があるが、それを他の機体との連携で補う。
 その一つが、中遠距離から支援することに重きを置いた《イクサ・レェト》。この機体は機動性と出力、射撃精度を重視した設計になっており、《イクスキャルヴル》や《イクサ・リィト》への援護射撃や支援攻撃に特化させている。
 最後の一つは、《イクスキャルヴル》も含めた戦場全体を俯瞰し、支援性能に特化させた《イクサ・エウェ》。この機体は、性能自体は汎用的なものに落ち着いているが、高性能センサー類を複数装備した指揮官機の役割を担う。
「グリフレットには《イクサ・リィト》、サフィールには《イクサ・レェト》、ギルバートには《イクサ・エウェ》に乗ってもらうことになるかな」
 エクターの説明を聞きながら、グリフレットとサフィールは渡された設計書に目を通す。
「俺の機体、随分ピーキーだな」
「そう、だからそれを軽減するために特注の義手が使えるかもしれないわけさ」
 グリフレットの言葉に、エクターはそう答えた。
 設計からすると、最も扱い難い機体は《イクサ・リィト》だ。エクターはその扱い難さを、機体との接続を前提とした専用の義手を用いることでカバーできると考えている。
 エクターのことだから、その辺りを考慮した設計はもう既に出来上がっているのだろう。
「ギルバートにこの話は?」
「昨日のうちに通してあるよ」
 サフィールの問いに、エクターが答える。
 王都防衛戦の時も、捕虜救出作戦の時も、何も出来なかった自分自身に悔しい思いをしていたギルバートは、《イクスキャルヴル》支援部隊の騎手への勧誘には驚きつつも承諾してくれた。
「まぁ、指揮官機に乗ると分かったら慌てていたけど」
 アルザードはその時の様子を思い出して苦笑する。
「役割分担であって、実際の指揮官というわけではないんだけれどね」
 エクターが補足する。
 実質的に《イクスキャルヴル》運用部隊の実権を握っているのはエクターだが、実働部隊としてはアルザードが部隊長という扱いになる。ギルバートが乗るこ とになる《イクサ・エウェ》は指揮官機としての設計や役割を持ち、実戦においては目となり耳となり、部隊の進行ルートや作戦考案、指示出しなどを行う。だ が、部隊の責任者はアルザードやエクターであり、《イクサ・エウェ》の騎手は搭載されている機能や性能からその役割を担当するだけだ。
「《イクスキャルヴル》のセンサー類も特注品だし、防御性能を考えれば指揮をしながら戦うのも不可能ではないけれど、その辺りの負担を減らせばその分目的遂行に意識を割いていられる」
 騎士学校で優秀な成績を修めていたアルザードにも指揮官を務めることはできる。だが、気質的にその役割が合っているかというと話は別だ。資質が秀でた者が別にいるのであれば、その人物に任せた方が効率も良い。
 《イクスキャルヴル》に搭載されているセンサー類は当然ながら、《イクサ・エウェ》に搭載予定のそれらを凌駕したものであるし、ミスリル素材が惜し気もなくあらゆる箇所に使われていることで魔力感知能力も非常に高い。
 性能を尖らせているとはいえ、通常の魔動機兵である支援機が《イクスキャルヴル》より秀でている部分はない。
「《イクサ・エウェ》には《イクスキャルヴル》と連携した機能を搭載する予定でね。《イクスキャルヴル》が得た情報の一部を受信できるようにするつもりだ」
 言わば、自身よりも優秀な《イクスキャルヴル》をアンテナ代わりにできる機能を《イクサ・エウェ》は搭載する。さすがに全ての情報を騎手であるアルザードのようにそのまま受け取ることは出来ないが、魔動機兵としては破格の情報量を得られるだろう。
 《イクスキャルヴル》を自由に暴れさせるために、支援部隊は雑事を担う。
「そして部隊名はアルザードの貰った階級にちなんで護剣騎士団だ」
 グリフレットとサフィールからの返事が拒否ではなかったことを確かめたエクターは立ち上がり、部屋を出ようと執務室のドアを開ける。
「義手義足の調整でその都度呼び付けることになるだろうから、その時はよろしく頼むよ」
 エクターは手をひらひらさせながらそう言って、部屋を出て行った。
 恐らくは格納庫か、その手前にある相変わらずエクターの私室と化している第二休憩室へ向かったのだろう。部隊編成の話が必要な関係で、それが終わるまで執務室にいたというところか。
 《イクスキャルヴル》の整備や調整の関係もそうだが、新たに三機の魔動機兵も用意しなければいけなくなったのだから、エクターにしか出来ない仕事は増えてしまっている。
「凄ぇ人だな……」
 グリフレットが呟く。
「エクターは本物の天才だよ」
 アルザードはそう言って立ち上がった。
 感性もさることながら、エクターの知能は図抜けている。時代を先取りという次元を超えているようにさえ思えてしまう。
 碌に試験稼動も調整できていない組み立てただけの《イクスキャルヴル》をぶっつけ本番で実戦投入し、求められていた性能を発揮させたのだから驚異的だ。 エクターの計算と設計がそれだけ精確であり、本来は試験を繰り返して調整していくはずの部分でさえ、彼の頭の中ではほぼ完璧にシミュレートできていたとい うことでもある。
 にも関わらず、エクターからしてみれば《イクスキャルヴル》はまだ完成したとは言えないのだ。二度目の実戦となった捕虜救出作戦の時も、猶予期間であっ た一週間の間に《イクスキャルヴル》を試験稼動させるだけの時間的余裕はなかった。エクターは王都防衛線の際に得られたデータを基に調整を施し、可能な限 りの最適化を進めてはくれたが、大きな変更や改良を加えるには至らなかった。
 それでも、騎手として《イクスキャルヴル》を操ったアルザードには、一度目の搭乗時よりも反応が良くなっている実感があった。機体との一体感が、王都防衛時よりも増していたように思えたのだ。
「とりあえず、ギルバートにも伝えてくるよ」
 グリフレットとサフィールの二人が正式に部隊配属されることが決まったなら、ギルバートにも話していいだろう。サフィールもギルバートと顔を合わせたとは言っても、落ち着いて話をする時間はまだ取れていないはずだ。
「……さっきの話なんだが」
 二人が頷いたのを見て執務室を出た辺りで、グリフレットの声が聞こえて、思わずアルザードは足を止めた。
「どの話?」
「その、貰い手がいないって言ってたやつ……俺じゃダメか?」
 グリフレットにしては珍しい、どこかはっきりしない言い方だった。それでも、言いたいことは分かる。
「……お互いに辛くなるだけよ」
 意図するところを察したサフィールの声は、やや沈んで聞こえた。
「気にするななんて言えねぇし、気にしないってのも無理だ。どうしたってちらついちまう」
「だったら――」
「でもな、だからって放っておくのも嫌なんだよ」
 グリフレットの声は真剣なものだった。
 仕方の無いことだったとは言え、体を汚された事実はサフィールにどうしても付き纏う。同時に、グリフレットもまた近くにいながらそれをどうすることも出来なかった。
「忘れることも、忘れさせてやると言い切ってかっこつけることも、俺にはできねぇ。このまま何も言わず、戦友、同僚で終わることだってできるが、それはそれで悔いが残るだろうよ」
 サフィールは何も言わず、グリフレットの言葉を聞いている。
「俺は貴族じゃねぇし、裕福でもない。むしろ貧しい方だ。気にしなくていいとまでは言わないが、貴族よりは気が楽だと思うし、何せ初めて惚れた女なんだ。 ああなる前にはっきり振られたわけでもねぇし、あれを理由に断られたって納得はできねぇ。それに、綺麗な体じゃないのはお互い様だ」
 グリフレットも片腕を失くしている。それ以外に何をされていたのかは、彼自身が語らない限りは分からない。ただ、腕を落とされただけではないことだけは分かる。
 捕虜になってしまう前に想いを告げていたら。グリフレットの後悔が既に滲んでいる。
「……もしかしたら、別れるきっかけになっていたかも、とは思わない?」
「仮定の話なんてどうとでも言えるからな……ただ、だとしても、俺はお前と離れたいと思いたくはないよ」
 捕虜になる前に二人が結ばれていたら、収容所でのことが別れるきっかけになった可能性は否めない。抵抗できない状況とはいえ、好きでもない男たちに慰み 者にされた者を、以前と変わらずに愛せる男はどれだけいるのだろう。実際に自分たちがそうなった時、仮定の話を笑い飛ばしていた者の中で、それらを平然と 実践できる者はどれだけいるのか。
「しんどい時もあるかもしれねぇ。それが原因で喧嘩だってするかもしれねぇ。いつか心が離れて別れることもあるかもしれねぇ。でも、今、この瞬間は、お前のことが気になって仕方がねぇんだ。傍にいたい、いて欲しいって、どうしようもなく思っちまうんだ」
 これでくっついたとして、その先どうなるかは誰にも分からない。むしろ、あんなことがあった二人だからこそ通じ合えるところだってあるかもしれない。
「情け無い話だが、お前と一緒になって幸せになれるか、してやれるのか、俺にも分かんねぇんだ。でも、ここで何も言わずにお前と離れてしまったら、きっとずっと後悔する。だから、言う」
「……馬鹿正直にも程があるでしょう。そこは幸せにしてやる、ぐらい言ってみせなさいよ」
 呆れたような、苦笑いを含んだサフィールの声は、どこか柔らかいものだった。
「そこまで言うなら、そうね……心が離れる時っていうのが来るまで一緒にいてあげるわ」
 それはきっと、彼女の精一杯の照れ隠しだ。
 そこまで聞いて、アルザードはそっとその場を立ち去った。
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