終章 「……いつまでも」


 あの事件から、異空間の存在がこの空間でも公に発表される事となった。
 この空間では有り得ない現象を、人々の多くが目にしたためだ。激しい光のぶつかり合い、戦闘の様子や、それによって倒壊した建物。そして、この空間では説明のできない物質を身に纏い、姿を晒した聖司。それによって救われた、藍璃。
 その一部始終は、その場にいた人々だけでなく、近くにやってきていた報道陣が世界に流していたのだ。また、世界各地で起きた暴動はそのほとんどが周囲に被害を出すなどの影響を及ぼしそれも無視できるようなものではなくなっていた。
 委員会は他に暴動を起こした局の鎮圧のために部隊を割いていたために、報道・情報規制が行えなかった。それによって、委員会は異空間の存在と、それに関わる事象を含めて、今回の一件を説明せざるを得ない状況に置かれたのである。
 公には、空間全てを滅ぼさんとしたテログループによって準備された爆薬を、委員会の構成員である神薙朱雀が自らの身を挺して爆発を抑え込んだ、とされた。
 聖司は、戻ってこなかった。
 公式には、死亡したと判断され、その栄誉を称えるテレビ番組がいくつも組まれた。藍璃も、その中に何度も呼ばれる事となった。幸いだったのは、藍璃の傷は聖司が持つエニグマの力で癒したのだと周囲に思われた事だろう。事実としては間違っていないが、藍璃が聖司と同じ力を扱えるかもしれない、という見方を周囲にされなかった事で、藍璃はまた普通に生活する事ができている。エニグマの力は強大過ぎて、まだ一般に受け入れられるかどうかは判らない。それは、あの場で戦いやデバイスの消滅を見ていた藍璃には理解できた。
「ふぅ……」
 コンビニの店内に客がだれもいなくなったところで、藍璃は一息ついた。
 報道もうまく誤魔化したものだと思う。
 朱雀、本当は聖司を称え、それで特番を組ませる事で、今まで異空間に関する様々な事を隠してきた事から人々の視線を逸らさせる。そして、それらの番組などの情報ツールで、徐々に異空間に関する知識を植えつけて行くのだ。そうする事で、大衆は委員会が今まで故意に異空間関連の事を伏せてきた事実を忘れさせる。
 委員会にとって最も伏せておきたい事実を、藍璃は聖司からエニグマを分け与えられた事で知った。テログループなどではなく、局という存在があった事、それが委員会の内部に入り込んでいた事。それに気付けなかったのは委員会の失態だ。
 もっとも、今の藍璃にはそんな事はどうでも良かった。
(もう、あれから一週間か)
 人類は逞しいと思う。
 街の復興は半分以上進み、まだ大きな建物は半分ほども機能を失っているが、街全体としては八割は復旧していた。委員会や政府からの援助もあって、順調に復興している。
「委員会、か……」
 小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
 結果としてエニグマを手に入れてしまった藍璃は、委員会から勧誘を受けた。戦闘力としてのエニグマの発動はできないかもしれない。まだ試した事はなく、あえて試そうというつもりもない。委員会での仕事には本部内での雑務もあると聞かされたが、藍璃は考える時間が欲しいと答えた。
 聖司は、帰って来ない。
 だが、死んだとは思っていない。まだ、それを誰かに言った事もなく、自分の胸のうちだけで藍璃は聖司の生存を確信していた。根拠なら、ある。
 傷を受け、聖司がエニグマを埋め込んで癒した場所へ、自然と手が触れる。そこにある感覚は、全く同じエニグマを持つ聖司を感じていた。
 同種でも、同純度でもない、全く同じ一つのエニグマから分け与えられた藍璃のエニグマ。それは、聖司の持つエニグマと共鳴し、あの時は意志の疎通を行った。そして、その際に感じていたのは、確かな意志だ。
 今でも、藍璃の身体の中にあるエニグマには、聖司の意志が感じられる。それが、聖司が藍璃の傷を癒すために注ぎ込んだ意志の残りだと言われても反論はできない。だが、藍璃は信じたかった。
 恐らく、生きていたとしても聖司はこの空間にはいないだろう。他の空間に吹き飛ばされたのか、空間と空間の狭間に放り出されたのかは解らない。それでも、生きているのであれば、聖司は帰還を諦めないだろう。ここに、藍璃がいるのだから。
 全ての空間、世界そのものが崩壊するという事象に対処するためにユニオン・デバイスを発動させるよりも、今、藍璃のいる世界を守るために聖司は戦った。同じエニグマを共有する藍璃には、その意志がなんとなく理解できた。
「あ、そうだ……」
 もし、聖司が帰ってきたら、言わなければならない事がある。
 大勢の人がいる前で聖司は藍璃しか見ていなかった。大勢の人に、あの光景を見られていた事に気付いた藍璃はその場から逃げ出してしまいたい程に恥ずかしかったのだ。
(……帰ってきたら早々に怒鳴りつけてやろう)
 そう、密かに決める。
 聖司はどんな顔をするだろうか。それを思い浮かべて、小さく笑みを作る。
「――これからは、前向きに生きよう」
 一つ頷き、決めた。
 聖司が戻るまで、藍璃はできる事をする。まずはしっかりと生きる事。今までのように過去に落ち込んでいるのではなく、前向きに生きていこうと思う。
「――聖司……」
 カウンターの背後、ガラス張りの壁から空を見上げる。青空が広がっていた。聖司が守った、空。
「……いつまでも」
 静かに、口にする。遠くにいても、その想いが伝わるように。
「待ってるからね――」
 エニグマを通してでも、届いただろうか。
 きっと、届いたと思う。想いが、力になるのなら、意志の架け橋にもなる。それは、聖司が世界に示した力だから。

 ――終。
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