Zero 「言葉が力に変わる時」 ―――それが、僕がスペルドライバーとして目覚めた瞬間だった。 よく晴れた日の昼下がり。 「晴れた!晴れたよ!お兄ちゃん!」 窓から身を乗り出して、少女が言った。その表情は本当に嬉しそうで、横で見ているこちらまで嬉しくなってくる。 「こらこらチェル、あんまり乗り出すと危ないぞ。」 ギルトも本から目を外し、笑顔で三つ歳の離れた妹の名を呼んだ。本当はチェルシー、というが、いつも短くチェルと呼んでいる。 しかしながら、よく晴れたものだ。午前中は嵐の如く雨が降りしきっていたのに。どうやらスコールだったようだ。これなら、仕事に行った父も帰ってこれるだろう。 穏やかな気分で、読みかけの本に視線を戻す。 「あ、帰ってきたよ!」 もう一度、チェルが伸び上がった。父を発見したようだ。が、その足が再びこの部屋の床に着くことは無かった。窓枠の下の辺を支えにして、鉄棒をした時のように身体が回転してしまったのだ。 「あッ…!!」 気付いて立ち上がった時にはもう遅かった。 「きゃ…!」 満足に悲鳴も上げられないまま、彼女は落下した。まもなく、ドサリという鈍い落下音が耳に届いた。 ギルトは震えた。たっぷり十秒動けなかった。 (チェルが落ちた…!) その事実を認識するのに、五秒。 (助けなければ…!) そして、次にすべき事を確認するのに五秒を要してしまったのだ。 ようやく、弾かれたように部屋を飛び出した。この部屋は三階であった。急いで階段を駆け下りる。急く気持ちで段を踏み外しそうになる。何とか一階まで降りると、玄関を飛び出し、この家のチェルが落ちた面に回り込む。 再び、硬直した。チェルが仰向けで倒れ、その頭の下にじわじわと血が広がっていたのが見えたからだ。 「おい!おいっ!大丈夫か!?」 止まりそうになる思考を振り払って駆け寄り、身体を揺すったが返事は無い。意識が無いようだ。焦って周りを何度も見回す。立ち上がりかけたり、そばにしゃがみかけたりと右往左往した。完全に狼狽してしまっていた。 「ギルトッ!!」 すぐに父も慌てて駆け寄ってきた。恐らく、下からも見えていたのだろう。 「父さん…。」 すっかり気が抜けた表情で父を見た。 「早く助けを呼んでこなくては…!私が医者を呼んでくるからお前はそばについているんだ。いいな!」 そう言うと父は駆け出していった。 ギルトはその場に取り残され、絶望感にへたりと座り込んでしまった。 僕が、僕さえ、しっかり注意していれば…こんな事には…。チェルの流血は止まる気配を見せない。このままでは…。 ―――死ぬ。 その語句が脳裏を過ぎる。 嫌だ!チェルが、こんなところで命を落としていいはずがあってたまるか!たまるものか!! 強い想いが心で弾けた時、先程とは別の語句が浮かび上がってきた。 《リカバーサークル》 先程のように自分で思ったのでは無い。心の底から勝手に現れた《言葉》であった。何だか始めから知っていたような気もするし、全く未知の言葉のような気もした。 「リカバーサークル…?」 口をついて出たその言葉は、発音した瞬間、驚くべき力を発揮した。倒れているチェルの周りに紫色の文様が浮かび上がり、それが輪を形成した。更に、まばゆい光を発し、彼女の身体を包み込んだ。 「何だ…?何なんだ…!?」 何が起こっているのか判らなかったが、光が消えた時、妹の無事な姿がそこにあった。しかも、落下した時に出来た頭の傷は無くなっていた。 (今のは…僕がやったのか…?) すやすやと寝息を立てているチェルを尻目に、自分の手をじっと見つめた。 「ギルト!チェルは!?」 白衣を着た医者を引き連れ、父が戻ってきた。 「父さん…。大丈夫だ…と思うよ。もう治ったみたいだし…。」 「治った…!?」 ギルトの言葉に父は怪訝そうな顔をした。 その後、念のため、連れて来た医者に見てもらったが、傷は完全に無くなっており、全く問題は無いとの事だった。 日が傾きかけたその日の夕方、食卓でその話が上がった。父と母、目を覚ました妹、そして祖父がその話を聞いた。ギルトはその不思議な言葉の事を話した。 話し終えると、祖父が強く反応した。 「それはもしや、『スペルドライヴ』やも知れぬ。いや、間違いない。ギルトよ、お前は『スペルドライバー』となったのだ。」 スペルドライヴ?ときょとんとした顔をしていると、祖父は更に語った。 「わしもかつて若い頃、何度か見たことがある。昔、奇獣どもが大群を率いてこの都市に攻めてきた時があった。わしは戦士として、戦いに赴いた。そこで、不思議な力を使う兵士に出会ったのだ。そいつが不思議な言葉を唱えると、敵は倒れ、味方は救われた。遥か太古に失われた力だと聞いていたが、それが今のお前にも宿っていたとはな…。」 語る祖父は感慨深い表情をしていた。昔の戦友を懐かしんでいるのだろう。しかし、すぐに明るい表情になって、 「だが、まあ…それは昔の話だ。今は以前ほど連中も襲っては来ん。ひとつ特技が増えたとでも思えばよかろう。」 ギルトを励ましてくれた。 「うん…。」 その気持ちを無駄にしないために、ひとまずは首を縦に振っておいた。 しかし、ギルトは不安でたまらなかった。今、この十五という歳で、未来に希望が見出せない気持ちを持っていたところに、更に未知の力を上乗せされてしまったのだから…。 |
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