03.ジョーカー


 VAVAが示したシグマの研究施設へと続く階段の手前に、ハンターベースの所有する転送装置を使って、エックス、ゼロ、アクセルの三人は着地した。
「準備はできているな?」
「もちろん」
 ゼロの言葉にアクセルが答え、エックスは階段へと歩き出した。
 警戒しつつ階段を降りていくが、道中には何もなく、研究施設の扉まで辿り着いた。ドローンが偵察した時と全く同じだ。
 エックスは右手をバスターに変え、ゼロは背中のゼットセイバーに手を伸ばし、アクセルは両手に銃を抜いた。
 三人で目配せを交わした後、エックスは左手で扉に触れた。
 ロックはかかっていないようで、接触を感知してシャッター状の扉が上下に開く。同時に、暗かった施設内に明かりが灯っていく。
 入り口から見える室内は長年手入れがされていないようで、埃が積もり薄汚れている。
 ただ、一人分の道ができるように埃の積もっていない部分があり、奥へと続いている。恐らくはVAVAが出入りした痕跡だろう。
 注意深く周囲に視線を走らせながら進んで行くが、驚くほどに何も起こらない。
 侵入者を感知していないとは思えない。だが、警報は鳴らず、警備用メカニロイドのような敵性存在も出て来る気配がない。
「何も出てこないね?」
「拍子抜けだな……」
 アクセルとゼロが怪訝そうに眉根を寄せる。
 しかし、ある程度奥へ進んだところで、様子が変わった。
 通路の壁や天井に傷、戦闘の痕跡が見られるようになり、メカニロイドや施設の防衛装置らしいものの残骸が転がり始めたのだ。それも、奥へと進むほどにその痕跡は増えていく。まるで、奥から外へ出ようとする何者かを阻んで失敗したかのようだ。
「VAVAはここを目覚めた場所だと言っていたな……」
「まさかこれをあいつがやったって?」
 エックスの呟きに、アクセルが反応する。
「まぁ、だろうな」
 残骸を観察しつつ、ゼロもエックスと同じ予測に至ったらしかった。
 破壊された残骸たちや、壁や床、天井といった施設への損傷は昨日今日のものでこそないが、さほど日が経っているようには見えない。
 VAVAがエックスたちの前に姿を表した数日前ぐらいと考えると丁度いいくらいだ。
 言葉通りなら、VAVAはこの施設の奥で眠っていて、最近になって目覚めたということになる。見たところ、ここはシグマの研究所としてもかなり古い作りのようだ。
「あいつ、シグマの手先じゃなかったの?」
 施設から脱走しようとするVAVAを止めようとしたかのような戦闘の痕に、アクセルは困惑した様子で問う。
「さてな、それは本人に聞く方が早そうだ」
 ゼロは肩をすくめた。その予想は当たっているだろうとは思えたが、何故、どうしてそうなっているのかはエックスにもゼロにも分からない。
 何度目かの扉を抜けた先は広い大部屋だった。
 積み上げられたメカニロイドの残骸に腰を下ろし、項垂れるように俯くVAVAがいた。
 扉が開いた音か、あるいは気配か、VAVAがゆっくりと顔を上げる。
「やっと来たか」
 平坦な声でぽつりと呟く。
「どういうことか、説明はしてくれるんだろうな……?」
 警戒はしつつもエックスは対話を試みる。
 ここで何があったのか、VAVAの身に何が起きたのか、情報はこの施設のどこかに残されているのかもしれない。
「戦って、会話が出来なくなれば無駄足もいいところだからな」
 ゼロがそう言えば、VAVAは無造作にチップを放り投げた。
「俺がここで知り得た情報はそのチップにもコピーしてある」
 VAVAは立ち上がり、エックスたちと向かい合う。
 警戒は解かないが、まだ戦おうという様子はないようだ。
「エックス、お前は自分自身について、どれだけのことを知っている?」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ」
 意図の分からぬ質問に疑問を返せば、VAVAは淡々と答えた。
「レプリロイドというものが、お前を基に開発されたということぐらいはさすがにもう知っているだろう?」
 VAVAの言葉に、エックスは押し黙った。
 エックスがこの時代で目覚めた時にはレプリロイドが既に存在していた。だから、自身もレプリロイドなのだと自然と考えていた。ドクター・ケインとも話 し、それからしばらくしてイレギュラーハンターに配属となったのは覚えている。その頃は、自身が誰に作られたのかなど気にしていなかった。
 だが、今は。
 特にシグマの反乱以後、エックスに執着を見せる者がいた。シグマも含めて、エックスに何かしらの特異性を見出しているのは明らかだ。エックス自身に心当たりや自覚はなくとも、何かがあるのだろうと思うには十分だった。
「エックス、ゼロ、お前たちは厳密にはレプリロイドではない」
 エックスはレプリロイドが生まれる前に作られ、長い間眠っていた。それを発見したドクター・ケインがエックスを解析し、己の持つ知識と技術を合わせて創 り出したのが新しい世代の自立思考型ロボット、レプリロイドだ。そして同時期に作られたと推定されるゼロは、技術的にもエックスと同等の存在と言って良 い。
「言わば、レプリロイドはエックスを模して創られたコピーということだ」
 VAVAの物言いにアクセルが眉根を寄せ一歩踏み込んだが、ゼロが片手でそれを制した。
「最初期のレプリロイドの中には特にその傾向の強いもの、お前を再現する目的で創られたものもいた」
 今になってもなお、エックスの体は完全に解析ができていない。
 修理や補給こそ受けられているが、本質的にエックスはそれらを必要としない。太陽光をエネルギー源として取り込み、蓄積、増幅するエックスの動力機関は半ば永久機関の様相を呈し、緩やかだが自己修復機能も有している。
 それを再現できず、エネルゲン水晶を主なエネルギー源としている現代のレプリロイドとは根本的に異なっている。
 レプリロイドが開発された初期の頃は特に、様々な方面からエックスのブラックボックスとも言える要素を再現するために試作開発や研究がなされたことだろう。それ自体は何らおかしなことではない。
「最たるものはシグマだろうな」
 今でこそ、シグマは戦乱をもたらした者として有名だが、それ以前はドクター・ケインの傑作と名高く、レプリロイドの完成形の一つだと言われていた。
「あれがエックスの再現……?」
 アクセルが首をひねる。
「外見ではなく性能の話だな」
 ゼロにはどこか納得できる部分があったようだ。
 確かに、反乱以前の、イレギュラーハンターの部隊長を務めていた頃のシグマは全てにおいて当時のエックスを上回る性能を持っていた。
 だからこそ、エックスがシグマを倒したというのは衝撃的でもあったのだ。
 もっとも、当時のエックスはシグマの部下としてイレギュラーハンターの精鋭部隊に属していながら、その能力を発揮し切れずに過小評価されているところはあった。
 成長した、と言えばそれまでのように聞こえるが、基本的に機械であり肉体的な成長のないレプリロイドにとって、能力向上はそれ自体が驚異的なことでもあ る。経験によって思考の合理化や判断の高速化、動作の精密化がなされることで多少の技量向上は起きるが、一定以上の性能差を覆すのは難しいと言わざるを得 ない。
 分かりやすい例を挙げるなら、局地戦に特化した戦闘用レプリロイドがその能力を十全に発揮する条件下で、そうした特化設計がなされていない者が性能や状 況の不利、相性を覆して勝利するというのは本来想定されていないことなのだ。そうでなければ状況に合わせた特化仕様のレプリロイドを開発する意義がなく なってしまう。
 エックスとゼロの両名が一目置かれ特別視されるのは、そうしたことをこれまで幾度となく成し遂げ続けてきた稀有な存在だからでもある。
 もっとも、エックスが再評価され、その潜在能力の高さや可能性が知られるようになったのはシグマの反乱以後のことだ。
「そして俺も……エックス、お前を再現する目的で作られていた」
 漆黒のスリットから覗くVAVAの瞳の光が、エックスを見る。
「それを知ったのはここで目覚めた後のことだが……納得がいった」
 エックスは何も言わず、VAVAの言葉の続きを待った。
「お前を見ていると妙に苛立つ。思考がざわつく。そうでなくとも気に食わないことばかりだったのにだ」
 元々、凶暴性の高さでVAVAは有名だった。命令違反で謹慎や処罰になることも多く、ハンターとしての能力は高いが扱い難い存在として知られていた。
「……俺は、お前の思考力を再現する目的で作られたレプリロイドのうちの一機だ」
 そう告げるVAVAの声音に、強い感情が乗った。
 敵意か、憎悪か、嫉妬、あるいはもっと複雑な、一言では表せないものがそこには籠もっていた。
 人格や性格を持つに至るほど高度な人工知能を持つレプリロイドであっても、悩み続けることはない。一時的に悩み、迷い、考えることはあったとしても、高度な演算能力を持つ電子頭脳はそのレプリロイドの特性や性質、性格に見合った答えを導き出し、結論を出す。
 そうでなければ、悩み、迷うことで生ずる思考のループが電子頭脳に負荷をかけ過ぎるからだ。バグの温床ともなるそれは旧来からイレギュラー発生原因の一つでもある。それを防ぐためにも、レプリロイドは迷いや悩みを抱き続けないように設計されている。
 故に、どれほど悩み、思考を巡らせ続けても破綻することがない、人間に限りなく近い思考性能、それはエックスのみが持つ異質さでもあり、ロボットとしての革新でもあった。
 VAVAはエックスの戦闘能力ではなく、思考回路を再現するための実験機の一つとして作られたのだと語った。
「そしてどうやら、負の感情を強く持つよう設計されたらしい」
 エックスの思考性能の再現を目的とした実験機はいくつか作られたようだが、その中でもVAVAは負の感情に関連した思考に偏った設計がされていたらし い。伝聞系なのは、VAVA自身も出自や開発目的は知らされていなかったのだろう。この研究所で目覚めた後、シグマの残した資料データから知ったというと ころか。
「なるほどな……」
 ゼロがどこか腑に落ちたとでも言うように小さく呟いた。
 イレギュラーハンターでありながら、常々問題視されるほどの凶暴性や過剰な攻撃性を露わにしていたVAVAだが、シグマの反乱が起きるまでついぞイレ ギュラー認定されることはなかった。与えられた職務自体は必ず達成しており、イレギュラーと判定される一線を超えることもなかった。
 何度も謹慎処分を受け独房に入れられながらもVAVAの思考回路は破綻することなく個を保ったのだ。それも、嫉妬や憎悪といった攻撃的な感情を強く持ちながら。
 ゼロにはそのことが長年の疑問だったのだろう。
 イレギュラーすれすれとまで言われ当時から危険視する者も少なくなかったたVAVAが何故、イレギュラーハンターであり続けられたのか。
 そうあるように設計されていた。と同時に、それを検証するためにもどれだけ問題視されようと、一線を超えない限りはイレギュラーハンターから除隊させられなかったのだ。
「シグマによれば、俺はかなり良い線を行っているそうだ」
 長い時間強い感情を持ち続けるということは、それだけ思考し続けるということにも近い。
「狂うことなく自らの意思でイレギュラーとなれることは、エックスを超え得る可能性であり、レプリロイドの進化にも繋がる。シグマはそう言っていた」
 VAVAの言葉に、エックスの表情が僅かに歪む。
 まるで、イレギュラーによる争いはレプリロイドを進化させるために必要なことであるかのような言い方だ。しかもそれがエックスに起因しているとでも言うかのようだ。
「だから、シグマはお前に敗れ、大破した俺を回収し、検証のためと複製を作ってお前たちにけしかけたのさ」
 VAVAは自嘲に満ちた声で、両手を広げて語った。
 完全なコピーではなく、部分的に改造を加え、それぞれに変化を持たせ、行動とその結果の違いをシグマは観察していたのだ。当事者であるVAVA本人は何 も知らされず、ただ修理ついでに手駒の一つとして改造されたか、あるいは死んでいたものを復活させられたのだと思い込まされて。
 それぞれの記憶の共有も完全ではなく、性格や思考にも手を加えられていた。
 大きな戦いの中でVAVAが現れる度に、その言動や行動に違和感や一貫性が感じられないことがあったのにはそういう背景があったようだ。
「つまり、本当に初対面だったってことか……」
「お前とはな」
 納得したような、呆れたような表情で呟いたアクセルにそう応え、VAVAはエックスとゼロを見る。
 その視線と態度が、エックスとゼロとは初対面ではないと語っていた。自分はイレギュラーハンター時代に、シグマが最初に反乱を起こした時に存在していたVAVAのオリジナルだと。
「少なくとも、この俺は俺自身を最初の俺自身だと認識している。だから……」
 VAVAが背後を、部屋の奥を見るように手で誘導する。
 その先に開かれた扉の向こうには、レプリロイドだったと思しき残骸がいくつも転がっているように見えた。
「目覚めた時に周りにあったコピーは全てぶっ壊した」
 底冷えのするような、鈍く、それでいて鋭ささえ感じる声音だった。
 この存在感は、確かにエックスとゼロが知るVAVAのものだ。
 最初のVAVAの完全な複製個体という可能性もあるが、それは今更考えても仕方のないことだろう。
「……シグマが何を考えていたのか、何を目指していたのかは知らん。興味もない」
 だが、と言葉を区切ったVAVAがエックスを睨み付ける。装甲に覆われ、スリットから眼光しか見えないが、その表情、感情は伝わってきた。
「気に食わない」
 苛立ちを隠そうともしない声で、VAVAは吐き捨てた。
 この世界のありとあらゆる事象全てを、何もかもを憎悪するかのような響きだった。抑えられていた敵意が溢れ出し、ゼロは背中のセイバーに手を伸ばし、エックスも身構える。
「手を出すなよ、ゼロ、アクセル。俺が戦いたいのはエックスだけだ」
「イレギュラーの言葉を聞く必要なんてある?」
 VAVAの言葉にアクセルが銃口を向ける。
「同感だな」
 ゼロも目を細め、VAVAを見据える。
「何故、俺なんだ?」
「全ての元凶がお前だからだ」
 エックスが問えば、VAVAはそう答えた。
 レプリロイドの誕生も、シグマの出生も反乱も、VAVAの存在も、これまでのレプリロイド同士の争いも何もかも、全てはエックスの存在が引き金になっているのだと、VAVAは言う。
「俺のこの苛立ちも、何にぶつければいいのかも分からない怒りも、恨みも、どうしようもない衝動も、全てはお前がいたからだ」
「逆恨みもいいところじゃないか」
「だが、多少なりとも気は晴れるだろうさ」
 口を挟んだアクセルの言葉を、VAVAは否定しなかった。
 それがただの責任転嫁だということはVAVA自身にも分かっている。だが、設計上植え付けられた感情や衝動はそう定められたレプリロイドであるVAVA自身にはどうにもできない。
「その後に何が変わるわけでもない。そんなことは分かっている。だが、俺は俺自身のためにお前と決着をつけたい」
 既にレプリロイドが生み出され、世に広がってしまった以上、それ以前の世界には戻れない。度重なる戦乱で荒廃した地上の復興にも、地下に逃れた人々の生 活を支えるのにも、レプリロイドは不可欠な存在となってしまっている。今ここでエックスが消えたとしても、イレギュラーの発生がなくなるという保証はな い。
 ただ、己の執着のために、エックスとの一騎打ちを望む。そこに理屈などないのだろう。
「……ゼロ、アクセル、ギリギリまで手を出さないでくれ」
 一度目を閉じて数瞬考え、エックスはそう告げた。
「いいんだな?」
「ああ」
 鋭く細めた視線を向けてくるゼロを見ることもなくエックスは短く答え、一歩前に出た。
「出し惜しみはなしだ」
 獰猛な気配を放つVAVAの背後にあった瓦礫と残骸が崩れ、その裏に隠れていたライドアーマーが姿を表す。
「シグマのお膳立てに乗るのは癪だが、あるものは使わせてもらう」
 この施設にはVAVAが使うことを想定したライドアーマーも配備されていたのだろう。
 ゼロとアクセルが部屋の隅の方へと下がると同時に、VAVAはライドアーマーへ一息に飛び乗った。
 それは重武装の完全な戦闘用ライドアーマーだった。背部には高出力のブースターユニットとミサイルポッドがあり、両肩には大口径のキャノン砲が積まれ、 四連装型ドリルとなっている腕部側面にはガトリング砲も装備されている。脚部側面にも連装式ロケットランチャーがあり、胴体下部にもマシンキャノンが備え 付けられている。
 見たところ、一部の武装は真新しさが感じられる。シグマが用意したのはベースとなるライドアーマーとある程度の武装類で、最終的に組み上げ改修し仕上げたのはVAVA自身なのだろう。
 VAVAはそれまで作業用にしか使われていなかったライドアーマーを戦闘に用いた史上初のレプリロイドだった。イレギュラーハンターとしてライドアー マーを実戦に持ち込み、戦果を上げてきた。その実績が後に本格的な戦闘用ライドアーマーの開発へと繋がって行ったという背景もある。
 それほどまでに、VAVAはライドアーマーの運用に長けている。
 エックスとゼロもかつて苦戦させられた記憶がある。
 起動したライドアーマーを前に、エックスは両手を顔の前で交差させるように組んだ。
 ヘルメットの額中央にある結晶が光を放ち、交差させていた腕を左右に振り払うようにして腰まで引く。その動作と共にエックスの体が一瞬光に包まれた。
 次の瞬間には、黒と金で縁取りがされた透き通った濃い青の装甲に身を包んだエックスが立っていた。
「アルティメットアーマー……!」
 アクセルが思わずというようにその名を呟いた。
 エックスの特異性の一つに、アーマーパーツによる拡張性の高さがある。元々、レプリロイド自体がエックスを参考に作られているという事情もあって、イレ ギュラーハンターなどで開発されたアーマーや追加装備などのほぼ全てをエックスは運用できる。だが、それとは別に、エックス専用のアーマーもいくつか存在 する。
 過去の争乱の最中、エックスは度々どこからかアーマーを入手し、その力を活用して戦い抜いてきた。
 エックス専用に開発されたと思しきそれらのアーマーは、戦いの後そのいくつかがイレギュラーハンターのラボに預けられ解析も行われたが、エックスと同様に現代の技術力を持ってしても完全な再現や複製が困難な代物だった。
 その中でも、アルティメットアーマーと呼ばれるそれは、今ではエックスの戦闘能力を極限まで高める装備として知られている。
 即ち、エックスが本気で戦う時に着用することが多かった。
 己を見据えるエックスの表情を見て、VAVAが笑みを浮かべたような気配があった。
 VAVAがライドアーマーの操縦桿を握り、トリガーを引く。
 背部のミサイルポッドから一気にミサイルが発射され、空になったポッドが即座にパージされた。その連続する発射音を合図にするかのように、エックスも動き出した。
 床を蹴って滑るように移動し、縦横無尽に降り注ぐミサイルの中を潜り抜ける。そのエックスの行き先を阻むようにガトリング砲が弾丸をばら撒くも、エックスは跳躍してそれを飛び越えるようにしてかわした。
 正面から迫るいくつものミサイルへと、空中でエックスはバスターの砲口を向ける。収束されたエネルギーが巨大なプラズマの塊となってミサイルの群れを吹き飛ばした。
 射線から逃れるようにライドアーマーを滑らせ、VAVAは肩のキャノン砲でエックスの着地を狙う。エックスは脚部スラスタを使って空中で軌道を変え、砲撃をかわして着地した。
 ライドアーマーの脚部側面に装備された連装ロケットが一斉に放たれ、空になったところでパージされる。
 背中の飛行ユニットが展開し、エックスは高エネルギーを纏った突進、ノヴァ・ストライクで無数のロケットの中をものともせず突き抜けた。そのままVAVAとの距離を詰め、バスターを向ける。
 VAVAはライドアーマーを後退させながらガトリング砲を乱射するも、エックスはその弾丸の中を掻い潜って追いすがる。
 エックスの放ったプラズマチャージショットが射線上から逃れたライドアーマーの右腕を掠め、ガトリング砲が吹き飛んだ。
「クク……」
 VAVAの口から笑い声が漏れた。
 そこに嘲笑や侮蔑の感情はなく、愉快そうな響きがあった。
 戦いが楽しい、と口にするレプリロイドはエックスも何度か相対したことがある。だが、VAVAの声にはそれとはまた違うものがあるように感じられた。
 空になった武装を次々に切り離し、VAVAはライドアーマーを向かってくるエックスへと突進させた。
 四連装ドリルが唸りを上げて回転し、エックスへと突き出される。
 身を屈め、エックスは飛び込むように床を蹴ってドリルをかわす。そのまますれ違い様にライドアーマーの横腹へとバスターを向けるが、それを予測していたVAVAはライドアーマーを加速させて逃れる。放たれたプラズマ球がライドアーマーの右肩のキャノン砲を吹き飛ばす。
 VAVAはライドアーマーを横滑りさせながら左肩のキャノンとガトリングを放ち、かわしながら距離を詰めるエックスにドリルアームを突き出す。
 跳躍したエックスがバスターを操縦席のVAVAへ向ける。
 同時に、VAVAも肩のキャノンをエックスへと向けていた。
 視線が互いを捉え、射線が重なる。放たれたエネルギーと砲弾が二人の間で弾け、爆発を起こした。
 しかし、破壊力と貫通力はプラズマチャージショットが勝った。僅かに軌道が逸れ、VAVAには直撃しなかったが、ライドアーマーの背面を貫いた。
 前のめりに倒れ込むライドアーマーの操縦席から飛び出したVAVAの手にはコントロールユニットが握られていた。倒れ込もうとしていたライドアーマーが踏み留まって上半身を捻り、着地しようとしているエックスへドリルを振るう。同時に、VAVAのキャノン砲も放たれる。
 背部ユニットを展開させ、エックスは着地する前に身を翻した。
 ライドアーマーの足元へと潜り込むように身を滑らせ、エックスが右手を一閃する。その手に握られていたゼットセイバーから放たれた高エネルギーの光の刃が軌跡を描き、ライドアーマーの両足を水平に断ち切った。
「ハ……!」
 短いVAVAの笑い声からは高揚が聞き取れた。
 指先に内蔵されたマシンガンを乱射するVAVAへ、エックスが駆ける。それを阻むようにVAVAは脚部からナパームをばら撒き、弾倉を切り替え右肩のキャノンからレーザーを放射しながら砲口を振るって薙ぎ払う。
 それらを飛び越えるように跳躍したエックスの背中へ目掛け、倒れていたライドアーマーの腕から高速回転するドリルが発射されていた。
「エックス!」
 アクセルが声をあげるが、エックスは空中で身を捻り、ゼットセイバーを横薙ぎに叩きつけて飛んできていたドリルを切り払う。
 VAVAが後退しながらナパームをばら撒き、ブーメラン状の刃を複数投げ放つ。エックスはそれらをプラズマチャージで撃ち抜き、距離を詰める。
 エックスが向けたバスターの射線から逃れるようにVAVAは身を屈めながら前へと踏み込む。懐に飛び込むような形で肩のキャノンをエックスの頭へと押し付けるように向ける。
 エックスは身を横へ逸らしながらVAVAとすれ違う。瞬間、エックスの手に握られたゼットセイバーが下方から振り上げられる。だが、VAVAはそれを光の刃で受け止めた。
 高エネルギーが反発し合い、火花を散らす。
 VAVAの手にあったのは、シグマの使っていたものと同型と思しきビームサーベルだった。
 一度、二度、三度と、刃をぶつけ合う。その度に火花と閃光が散った。
 出力の違いか、斬り結ぶ毎にVAVAの方が後ずさっていく。
 四度目のぶつかり合いと同時、VAVAは曲げた膝からナパームを放つ。自爆も顧みない一撃だったが、エックスはノヴァ・ストライクの際に身に纏う高エネルギーを全方位に放出、身を守るバリアとすると同時にVAVAに叩きつけた。
 吹き飛ばされながらもVAVAはビームサーベルをエックス目掛け投擲、両手のマシンガンを連射する。その時には既にエックスのバスターがVAVAを捉えていた。
 高圧縮されたプラズマがビームサーベルを弾き飛ばし、弾丸を掻き消し、VAVAを貫く。
 寸前で僅かに身を捩ったために直撃こそ避けたようだが、頭部を除く右半身を大きく削り取られる形となったVAVAが勢いのままに床を転がり、倒れ込む。
「……まだ続けるか?」
 油断なくバスターの砲口を向けて、エックスが問う。
「続けるとも」
 倒れたままのVAVAの目がエックスへ向けられ、残った左手と左足を動かそうとする。
 すかさず鋭く絞られたプラズマショットがその手足を撃ち抜いた。
 警戒は解かず、バスターを向けたままゆっくりと歩み寄ってくるエックスを見るVAVAが、何故か笑みを浮かべたように見えた。
「殺せ。それで終わりだ」
 淀みなくVAVAが言う。まるで最初からそれを望んでいたかのようだ。
「……俺はお前を認めてはならないんだろう」
 戦闘能力を完全に失いながらも、VAVAの闘争心、感情は潰えていない。ボロボロになったVAVAの兜から除く目にはまだ強い光がある。そこに宿るものが濁った炎のようなものだとしても、VAVAは己が存在している限りそれを捨て去ることができない。
 何かを憎み、嫉まずにはいられない。そういう存在として作られてしまっている。いつか平和な世界になったとして、そこにVAVAの居場所はなく、ただ背負わされた感情だけを持て余すことになるだろう。
 平穏な世界を目指すエックスは、VAVAのような存在を認めてはならない。彼のような、世界に馴染むことができない存在が生まれて来ない未来に向かわなければならない。
「……なぁ、エックス」
 バスターの砲口を向けるエックスに、VAVAがぽつりと語りかけた。
 それが最後の言葉になるかもしれないと思うと、撃つのは躊躇われた。
「お前なら……人間を撃つことができるのか?」
「……!」
 その問いに、エックスは直ぐに答えることができなかった。
 そして同時に理解した。
 VAVAは狂うことができなかったのだ。
 イレギュラーハンターだった頃、周囲への被害や影響を顧みない苛烈さが問題視され、狂っていると陰口を叩かれることもあった。イレギュラースレスレだと 言われ、何度も謹慎処分になりながら、それでも任務の達成率だけは高かった。イレギュラー認定されずにハンターとして居続けられたのは、命令違反や過剰な 破壊行動はしても、目的を達成した上で人命を損なうことはなかったからだ。
 そういう振る舞いになるよう作られ、その通りにしかVAVAは動けなかった。周囲の被害を顧みず、むしろ拡大させるような戦い方が多かったのも、直接的 に狙うことができない故のVAVAなりの反抗だったのかもしれない。VAVAの認知外であわよくば巻き添えの死人が出ないものか、と。あえてそう振る舞っ ていたのだとしたら。そうすればイレギュラーとして処分されると考えたのではないか。
 シグマによって手を加えられたVAVAのコピーたちはどうだったか分からないが、少なくとも最初のVAVAは自らの意思で人を撃つことも、狂うこともできないただのレプリロイドに過ぎなかったのかもしれない。
「……できてしまうようだな」
 答えることも、撃つこともできないエックスを見上げてVAVAが微かに笑ったような気がした。
 エックスは人を撃ちたいとは、人間と敵対したいとは思っていない。
 だが、それが可能かどうか、は別の話だ。
 抵抗感や忌避感はある。躊躇も迷いも惑いも苦悩もするだろう。
 しかし、できない、とは思えなかった。
 必要だという判断に至れば、エックスは人を撃てる。
 エックス自身、今、確信を得てしまった。
「エックスはそんなことしないよ」
 アクセルが声を挙げる。
 だが、もしも、その判断を、選択をしなければ世界が滅びるというのなら。エックスの守りたいもの、望む未来が得られないというのなら。相手が人間であっても撃たないとは言い切れない。
 愕然とするエックスを見上げ、VAVAが笑う。
「世界を決められるお前が憎らしい……せいぜい足掻くといいさ」
 VAVAの視線がエックスから外れ、天井へと向かう。あるいは、その先へ向けたものか。
「……エックス、お前には味覚もあるのか?」
 唐突な問いの内容にエックスは困惑した。
「ある、と思うが……」
 それが人間と同一の感覚なのかまでは分からない。人間のような食事を必要としない機械の体ではあるが、食物を摂取すること自体はできた。
「そうか……それは、心底羨ましいことだ……」
 目を閉じるかのように、VAVAのヘルメットのスリットから覗く光が消える。
 そうして沈黙したVAVAはそれ以上、何の反応も示さなかった。
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