エピローグ


 食堂のカウンター席には三人の青年が座っていた。
 一人は、青みがかった灰色の長髪を持つ長身の男だ。精悍な顔立ちに、細いサングラスをかけている。彼の脇には一振りの刀が立てかけられていた。もう一人は、無駄なく引き締まった身体を持つ銀髪の青年だ。鋭い双眸を持つ顔には、少し影がある。残りの一人は、やや長めの黒髪の青年だった。最も線の細い、柔和な瞳を持つ青年だ。
 カウンターの中では、一人の女性が三人に向き合って談笑している。
「やっぱりねぇ。イルゼらしいや」
 亜麻色の髪を揺らして、女性、フィオラが笑った。
「もっとも、そのお陰で報酬は上乗せされたんだがな」
 溜め息混じりに、サングラスをかけた男、ヴィルノアが呟いた。
「あのままだったら皆殺さなきゃならなくなってたんだから、いいじゃないか」
 苦笑しながら、黒髪の青年、イルゼは言った。
「一人で仕事をこなすなと言ってるんだ」
 銀髪の青年、レイヴァートがイルゼの頭を軽く小突く。
「でも、イルゼも結構頑固だからね」
 フィオラが笑みを深める。
 あれから、一年の歳月が流れていた。
 秘術書の強奪という大罪を働いたレイヴァートには死刑が下された。秘術書を、公の許可無く扱う事は禁じられている。もしその法を破れば、問答無用で死刑とされていた。だが、レイヴァートは死刑を免れている。
 理由はイルゼにある。
 フェニックスとドラグーンという、二つの最高位種族の魂が混ざり合った力を持つイルゼに、大陸の政府は目を着けた。政府は、イルゼを特殊機関『グングニール』に勧誘していた。かつて、イクシオ達が三人で構成していた機関に。
 イルゼは、『グングニール』に所属する代わりにレイヴァートを自分の片腕として引き取るという条件を出した。そして、もしレイヴァートを死刑にした場合、政府を燃やすと威しもした。
 リクシアとの約束を、イルゼは守りたかった。レイヴァートを、彼女の分まで生かしてやりたいと思えたから。
 政府は、底知れぬ力を持つイルゼに従う他なかった。
 死刑を免れたレイヴァートは、イルゼの申し出を受けた。彼もまた、リクシアから伝えられた言葉で生きる意思を取り戻していた。もう道を踏み外さないと、レイヴァートはイルゼに誓った。
 イルゼはガルムからヴィルノアも勧誘し、三人で『グングニール』を再結成したのだ。
 一年間、色々あった。だが、今ではレイヴァートも昔のように、笑うようになっている。兄妹の関係もほとんど元通りだ。
「っと、注文取って来るね」
 店内に視線を向けたフィオラが、手を挙げる客がいるのを見つけてカウンターから出て行った。
 イクシオがいなくなってから、フィオラに戦う力はなくなった。今まではフィオラの中にいたイクシオが『ドライバー』だったために戦えただけだ。イクシオの力がイルゼに移った事で、イルゼは力を増した。だが、代わりにフィオラは力を失った。
 彼女は今、食堂の従業員として働いている。
「お客さん困りますよ」
 不意に聞こえたフィオラの声に、イルゼは視線を向けた。
 数人の客がフィオラの腕を掴んで何事か囁いている。
「ちょっと言ってくる」
 イルゼは席を立ち、フィオラの下へ歩いて行った。
「どうかした、フィオラ?」
 笑みを浮かべて、イルゼは問う。
「あ、イルゼ……」
 フィオラがその名を呟いた瞬間、客が固まった。
 顔から血の気が失せ、恐る恐るといった表情でイルゼを見上げる。
「俺の『妻』に何か用ですか?」
 イルゼが微笑む。
 一年の間に、『グングニール』の三人の名は知れ渡っていた。今や、恐怖や尊敬の対象として挙げられる回数も少なくない。
 だから、本人がいる場所で名を出せばほとんどの人は縮み上がる。
「す、すみませんでしたぁ!」
 慌てふためく人たちはあっという間に静かになり、フィオラに注文を告げた。
 イルゼはあまりこういう方法は好きではなかったが、殴り合いになるよりは幾分かマシだとも思っている。力の使用に対する躊躇いはなくなったが、やはり、イルゼは暴力を好まない。
「もう少し経てば声をかける奴も減るだろう」
 カウンターに戻ったフィオラとイルゼに、レイヴァートが呟いた。
「早く子供も見てみたいものだな」
「まるで父親みたいだな」
 ヴィルノアの言葉に、レイヴァートが苦笑する。
 失礼な、とヴィルノアも笑った。
「食事中、失礼します。イルゼ・トラシナ様」
 突然、食堂に一人の男が駆け込んできた。
「何かあったんですか?」
 問い質すイルゼに、男が耳打ちする。
 内容を聞いて、イルゼは溜め息をついた。
「解りました。準備が済み次第直ぐに行きます」
 それだけ告げると、男は大きく一礼して出て行った。
「……仕事?」
「うん、悪いね」
 フィオラの問いに、イルゼはどこか申し訳なさそうに笑った。
「俺一人で行って来ようか?」
 席を立ったイルゼが尋ねた。
「馬鹿野郎。何のために俺達を引き込んだ」
 その言葉を聞いたレイヴァートが席を立ち、イルゼの頭を掌で押さえ付ける。
「俺達も現場に行かないと給料が貰えんからな」
 ヴィルノアも立ち上がり、刀を手に呟いた。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
 直ぐに帰るよ、そう告げて、イルゼは食堂の出口へと歩き出す。
「行ってらっしゃい」
 笑顔で見送るフィオラに、イルゼも笑みを返した。


 ――終――
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