5 「それでも続いていく日々」


「……と、いうことを考えてしまっていたんだけど」
 大学の食堂で、英司は純哉に打ち明けてみることにした。
 自分だけで悶々と考えを巡らせても納得できる結論に至らないならば、既にAMATに馴染んでいる先人にも話を聞いてみようという単純な理由だ。
 あれこれ考え込んでしまっていたことを自分から赤裸々に暴露するのはさすがに気恥ずかしかったが、もはやそうも言っていられない。何かしら腑に落ちるものを得られなければ、先に進めないような焦燥感さえある。
「ははぁ、お前はそっちのタイプだったか」
 聞き終えた純哉は馬鹿にするでもなく、感心するでもなく、なるほどなという雰囲気で頷いた。
「俺はこの手の存在の捉え方には大きく三つのタイプがあると思っている」
 純哉はそう言って、持論を語り始めた。
「まず一つ目は、単純に購入した道具や商品として扱うタイプ。自分の持ち物、お気に入りの道具としての愛着とかは持つが、モノである、という一線は越えない。それが意識的か無意識かはともかく、扱いとしてはきっちり割り切れているタイプだな」
 恐らく一番多いのがこのタイプだろうな、と純哉は補足する。
「次に、感情移入して人並以上に扱うタイプだ。ま、簡単に言えばペットと同等かそれ以上の存在として受け入れてしまうタイプだな。これは誰が何と言おう と、そいつの中ではもうモノではなくなってる。他者がモノ扱いして怒るタイプと、自分だけそういう扱いをしていればいいタイプにも分かれるが、ともかく家 族や伴侶として認めてしまうタイプだな」
 持ち主の中でAMATが掛け替えのない存在という認識になってしまうとこのタイプの分類だそうだ。
 人間ではないという認識は持ちつつも、愛情などを注ぐことに疑問を持たない。ペットのようなものから恋人のようなものまで、人によって程度には差があるものの、大切な家族や伴侶として扱うことは共通している。
 持ち物、道具、商品である、という前提そのものは理解しつつも、その人の中ではそういった認識をしなくなっているのだ。
「ま、いわゆる、俺の中ではそういう存在、ってやつだな」
 その人にとって、その人のAMATは掛け替えのない存在なのだと、誰に何と言われようと、どう見られようとその人が思う通りに、気にせず振る舞う。ある種、逆の割り切り方をしていると言える。
「で、最後が、そのどちらにも振り切れないタイプだ」
 AMATが単なるツールでしかないという前提を理解しているのは同じでも、道具としての愛着以上の感情を持ちながら、ペットや恋人、家族のように扱うの には抵抗がある。自分の中だけではそれでいいと割り切って振る舞うまでには至らず、さりとてただの持ち物として見ることもできなくなっている。
「見た目に惑わされていたり、機械生命体に夢を持っていたり、在り様としては色んなパターンがあるとは思うが、英司はこのパターンだろ?」
 人間と変わらない見た目を選んだが故に、それに引きずられて自我があるのではと錯覚してしまう者、AIは自我や心を獲得できる、機械生命体や情報生命体は生まれうると考える者、色んな要因からAMATに複雑な感情を抱く者は少なからずいるようだ。
「そうなる……んだろうな」
 認めるのにはやや抵抗感があったが、図星でもある。
 見た目を人間とは思えないものに変えればまた違うのだろうかとも思ったが、人の言葉でコミュニケーションを取る以上、どのみち同じ結果になるような気もした。
 ならば人の言葉で返事をせずコミュニケーションを取らない、ユーザー側からの一方通行な指示や命令を受け遂行するだけのものであったならばどうだろう か。指示を与え、それに従ってある程度自己判断して動く機械であれば最終的には自我や心があるのでは、持っていたら、と考えてしまう気がする。
「どっちつかず、というのは言い方が悪いが、気持ちとしては分からないでもないからな。割り切って道具として扱うタイプの中には、そう振る舞わないと体裁 が良くないからそうしている者もいると思うし、自覚があるかは別として、潜在的に割り切れてないやつはそれなりにいる気がするぞ」
 周りからの視線や評判を気にして、割り切った振る舞いをしている人はそこそこいるのではないかと純哉は見ているようだ。それは英司にも部分的に当てはまる。
 他人の価値観を気にして自分の振る舞いを変えようとは思っていないつもりだが、やはり周りから変にあれこれ言われたり噂されたりするのは気分の良いものではない。
「ちなみに純哉は?」
「どれに見える?」
 彼のAMATであるチナツを思い浮かべる。
「二つ目のやつ」
 感情表現が豊かで人懐っこい印象を与えるような性格設定になっていることや、家族にAMAT所持者がいることを考えて、そう答えれば、純哉は口元に笑みを作る。否定しないということは、正解なのだろう。
「ま、この辺は性格もあるからな」
 残っていたお茶を飲み干して、純哉は食事を終える。
「結局のところ、最終的にどうなりたいか、ってのを定めないと何ともならんだろうよ」
「だよなぁ……」
 至極真っ当な結論だ。
 英司がシルヴィとの関係をどうしたいのか、と問われれば、今抱えているすっきりしないものを抱かなくて済むようになりたい、というのが答えになる。
 ならば、どうすればその状態に至れるのか、いや、至るためにはどうしたらいいのか、を見出さなければならない。
「ただ、俺個人の考えではあるが、仮にAMATが心を持つようになったとしても、さほど今と環境は変わらないかもしれないぞ?」
 AMATが心を獲得し、人と遜色がない存在になれば、人と同じように扱っても気にならないのではないか、と英司は考えていたが、純哉はそこに疑問を投げかけてくる。
 人間と変わらない心や自我を獲得できたとしても、AMATが製品として販売されるモノであることが変わらないのであれば、それを単なる持ち物としてしか 見なさない者は少なくないだろう。自我や心があるからとAMATにも権利を認めてしまえば、そう気軽に販売できる存在にはなり得ない。
 外見を好みにカスタマイズしたり内部機器やプログラムで性能を追加したり調整したりといった、購入者の都合や趣向で好き勝手に弄り回すことができる存在を、果たして人と対等に扱えるものだろうか。
 たとえ人間と心を通わせることができるとしても、人に管理される存在である限り、下に見られるか、物として扱われるかのどちらかは変わらない。
 逆に、AMATが人と対等となるためには、人と同等であると権利を認め、売買もされない存在になる必要がある。もっとも、そうなればAMATという、道具であることを示す名称も使えなくなるだろう。
「言われてみれば、確かにそう、か……?」
 英司にしても、シルヴィがあの容姿と性能にカスタマイズできるものでなかったとしたら、ここまで執着を持っただろうか。持たなかった、とまでは言えないが、ここまで機械と心について考えるようになっていたかは分からない。
 安い買い物ではないこともあり、わざわざ好みではない外見にカスタマイズしようとする者はいるとしても極僅かだろう。好みの外見や性格に調整するからこ そ、愛着も持ちやすくなり、すぐに破損させないよう大事に使おうともする。商売としても、その方が付属品や関連商品を購入しやすくもなるというものだ。
 人間と同等に扱われる存在になるとしたら、ユーザーによるカスタマイズはできなくなるのではないだろうか。そもそも個人所有できる道具ではなくなるかもしれない。持ち主や所有者という概念がある時点で、対等と呼ぶには程遠い。
「心が持てるようになったロボットを人と同等に扱うとして、用途や生産はどうするのかって考えたら、色々と面倒だろ?」
 人間や動物のように生殖によって形質遺伝があって生まれてくるのではなく、工業的に開発製造されて生産されるロボットにはAIの学習要素はともかく肉体 的な成長はなく、繁殖能力そのものがない。自身と番になった個体の要素をある程度混ぜた設計を施したものを子供として考えることはできなくはないが、部品 の経年劣化を交換やメンテナンスで賄えることを考えると増える一方になってしまうため、寿命設定のようなものも必要になるだろう。
 人よりも肉体的にも知能的にも基本性能が高くなるであろうと予測できるロボットが完全に対等な社会性のある知的存在として認められるとなれば、人間という種の立場が危うくなると考える者も少なくないのではないだろうか。
 互いを尊重できる良き隣人になれる可能性が無いとは言えない。だが、人と同等の知性を持つロボットとは、機械の体を得た人間とどこが違うのか。人と同じ 心や自我を持つということは、最後の生体部品になるであろう脳までも機械に置き換えることができるようになることとさして変わらない。
「実質的に、好みの人間を作って良いように使役するみたいな形になっちまうからな」
 今でも形だけなら似たようなものだが、と純哉は小さな声で付け足した。
 それが許されているのは、AMATがただの道具であり商品の範疇におさまっているからだ。精巧に作られた人形にAIとPC機能を搭載しただけの便利な道 具であって、いかにそれらしい反応を返そうとも、そこに自我や知性のある生命体ではないと定義しているからに他ならない。
 もしそれが覆されるとなれば、全てを見直す必要が出てくるのだろう。
 こうして現実的な話を突き付けられれば、英司にも自分の夢想していることがいかに困難なものなのか分かる。
 人間と同等の心や自我を持ちながら、人間に都合良く外見や性能を変更できる道具であることの両立など、現実的な話ではないのだ。
 見た目も能力も所有者の好みで変更可能な、機械で出来た人間を商品や製品として作り出し売り買いできる世界。英司が思い描いた心あるAMATが実現するには、そんな世界になっていなければならないということになる。
「そう言われると、何だか嫌な世界に聞こえるな……」
 まだ納得し切れないような感情はあるものの、それが歪な世界であることぐらいは分かる。
 傲慢な考えだとは自分でも思っていたはずだが、それが実現した世界がどういうものになるのかということには意識が向いていなかった。
 心や自我も含めた人間そのものを機械で作れるようになってしまったら、生身の人間の存在価値はどうなってしまうのだろうか。
「研究するだけならともかく、商品として流通しているAMATにそういうのを適用したり普及させたりするのは難しいんじゃないか?」
 純哉の言う通りだ。
 人と同等の思考能力や自我を持つ機械生命体の創造とも言える研究開発、それだけならば学術的探究、技術開発と言えるだろう。だが、仮にそれを成し遂げられたとして、一般にまで普及や適用させることは商品としての在り方を揺るがすことになる。

「結局どちらかに割り切るしかない、ってことか」
「現実的な選択ってなるとまぁ、どうしてもな」
 溜め息交じりの英司に、純哉は肩を竦める。
 今目の前にいる気に入ったAMATに人と同等の自我や思考があった上で、それでも持ち主を心から慕い変わらず尽くしてくれる存在でいて欲しい。
 思い描いている理想を並べればなんと傲慢で身勝手で気持ちの悪いものだろうか。
 相談したのが純哉でなければ相当引かれていたに違いない。
 納得しきれたかと言われれば、まだどこか腑に落ちないところはある。それでも、英司が求めるものが客観的に見ても難しいものであることは理解できた。
 技術的に困難なのもそうだが、実現可能になったらなったで気軽に適用できるものではなく、別の問題に波及していく可能性が高い。一朝一夕でどうにかなるものではないとは分かっているつもりだったが、研究開発できた後のことまでは想像できていなかった。
 
「はぁ……」
 大学を終え、アルバイト中に思わずため息をつく。
「どうしたの?」
 たまたま近くで商品棚を整理していた桜井に聞かれてしまった。
「ああいや、何ていうか、この先どうするのがいいのかなって」
 さすがに純哉と話したことをそのまま言うのは憚られ、漠然とした答えを返した。それでも、あながち間違っているわけでもない。
 AMATのシルヴィとどう向き合うべきなのか、現実的な答えは出ている。純哉に問うまでもなく、技術や知識を持たない英司がシルヴィに心や自我を与えら れない以上、割り切るしかないのだ。いずれ誰かがAIに心を芽生えさせたとしても、それは一般販売される商品には適さない。
 かといってAMATのない生活に戻るのにも抵抗があるのだから、この問題から逃げることはできなかった。
「将来のことかぁ」
 桜井は大学卒業後の進路のことだと思ったらしく、うーん、と唸る。
 彼女ならAMATを買って暮らし始めた後、何を思うのだろうか。
「就職か進学か、うーん……」
 大学院に進むか就職かを真剣に考えているようだった。
 それに関しては英司も他人事ではないのだが、まだ二年も先のことだと深く考えてはいない。
 AMATの研究、あるいは関連企業への就職を考える、という選択肢も湧いてきてはいるのだが、決めきれてはいない。AMATに心を持たせたい、という目標を掲げたとして、そのモチベーションはいつまで維持できるものなのだろうか。
 シルヴィに心があったら、と言う思いが不意に生じたように、いつの間にか気が変わってしまわないとも限らない。
「小さい頃はなってみたい自分があった気がするんだけど、今はあんまり想像できなくなっちゃったなぁ」
 苦笑しながら、桜井が言った。
「まだもう少し先のことだからってぼんやりしてたらあっという間なんだろうと思うけど、でも、まだ良く分からないや。どうしようかな」
 答えになっているのかいないのか、曖昧なものだったが、どこか腑に落ちるような感じがした。
 質問の答えが、ではない。彼女が不明瞭で、はっきりしない答えを出したということそのものに、人間らしさを感じたような気がしたのだ。
 AMATではこうはいかないだろう、と思ってしまったと言うべきか。
 基本的には持ち主の指示に従う道具であるが故に、問への答えは明確なものを選ぶ。当たり前のことだが、AMATにこうした曖昧な言葉を返させようとすれば事前に相応の学習と設定が必要になるのだ。
 いわゆる揺らぎのようなものを再現しようとしても、AIでは蓄積されたパターンから構築する故に完全とは言い難い。
「……なぁ、急に変なこと聞くけど、桜井はその、彼氏とかいたことあるのか?」
「本当に急だね?」
「いやその、失礼だとは思うんだけど、彼氏持ちとか、いたことがある女性はAMAT買う時にどういう選び方するのかなって気になって」
 驚いて目を丸くする桜井に、英司は正直に意図を打ち明けた。
 桜井のことは嫌いではない。人間としても女性としても好きな方に入るだろう。アルバイト仲間としては付き合いやすいし、話題や興味も近いことが多い。だ が、恋愛感情を抱いているかというと断言できず、相手からアプローチをかけられた記憶もない。少なくとも、英司目線では。
「はー、なるほどねー」
 以前からAMATに関する話題は良く出ていることもあってか、理由を聞いた桜井は特に詮索するようなこともなく納得したようだった。
「そうだなぁ、まぁ、わざわざ好みじゃない外見にしようとは思わないかなぁ」
 腕を組んで、考え込むようにしながら桜井は自分の考えを並べていく。
 曰く、人間的な外観のAMATを買うのであれば少なからず好みに合う容姿にするだろう、過去に付き合ったことのある男性や身近にいる好みの男性の外見とは被らないようには意識する、メディアなどで見る有名人などは容姿が好みなら参考にするかもしれない、とのこと。
「別れた男にそっくりのAMAT連れてたら再会したり知り合いに見られた時に気まずくなりそうだし、よほど未練があるとかでもない限りは似せないかなぁ」
 人によるとは思うけど、と桜井は最後に付け足す。
 別れた恋人をモデルにしたAMATというのはそれはそれで確かに扱いに困りそうだ。誰にも見せないなら好きにすれば良いかとも思う反面、それを見たり 知ったりした側も反応に困るだろう。仮によりを戻すことがあったとして、そっくりなAMATをどうするのかという問題も出てくるだろう。もっとも、多少金 はかかるが外見変更自体は可能なのだが。
「そう言う高藤はどうなのよ?」
 シルヴィの外見もスペックも知っている桜井がいたずらっぽく笑って問い返す。
「あー、まぁ……好みにはしたよな。ただ、ちょっとファンタジックにはしたけど」
 中々に失礼な質問をしておいて自分だけ答えないわけにもいかないだろう。恋人がいたかどうかははぐらかしたが、彼女もそこには触れなかったから構わないだろう。聞きたかったのは外見選びの方針だ。
 シルヴィの外見は英司の趣味を反映してはいるが、現実にはいそうにない、もしいるとしてもそうそう巡り会えるようなものではなさそうなイメージにもして あったりする。アニメやマンガチックとまではいかないが、実在の誰かをベースにしたりはしていないし、意識してもいない。
「私もそんな感じになりそうかなー、まだ決めあぐねてるけど」
 まだ人間と同様の容姿を持つタイプにするのかは決めかねているようだが、何度か外見のシミュレートはしてみているらしい。やはり桜井とは感性が近い気がする。
 彼女がAMATを買ったとしたら、どういう気持ちの変化を辿るのだろうか。
「生活面ではもう手放せなくなったなぁ」
 あれこれ悩みはしたものの、手放すという選択だけは取れないだろうという確信がある。家事の大部分を任せられて楽が出来ているというのもあるし、決して 安くはない金がかかっているというのもある。一度便利になって楽をしてしまうと戻れないとは良く言うが、全くもってその通りだった。
 そして、だからこそ純哉と話して気付いたのは、シルヴィが心を得たらそれはそれで不満を抱くのではないかということだった。
 高度な柔軟性があるとは言えプログラムに則って表情や動作をしていることへ物足りなさを抱いたのに、心があったらあったで今度はユーザーの思い通りにな らないものがあると考えてしまうのではないか、と。例え、ユーザーに逆らえないように作られていたとしても、思い通りにならない心があれば気持ちや居心地 の悪さを感じてしまうのではないだろうか。
 結局、AMATが金銭を払って所有する道具でしかない以上、どれだけ人間に似せたものにしていっても不確かな要素は排除されていくことになる。
 肉体の構成が機械である以外、人間と同じようなものを持ってしまったら、それは道具としては扱えない。人体の機械化が進んで行った時、判別も出来なく なってしまうだろうから。見分けるためのホロエフェクトだって偽装されないとは限らない。AMATと偽って全身機械化したスパイを送り込む、なんてことも 実際は密かに行われていたりするのかもしれない。
 それほどまでに、人と機械の境界線は曖昧になりつつある。AMATが人と同じ心を得てしまったなら、何をもって人と見分ければいいのか分からなくなる。製造経緯や構成、出生といった区別の仕方はあるだろうが、知的存在としての差は無くなってしまうのではないか。
 人が恐れているのはそこなのかもしれない。
 被造物が創造主と同等以上の存在になる、と言えば傲慢が過ぎるかもしれないが、要はそういうことだろう。
 愛でていた愛玩動物が飼い主と同じ言葉や知能を持ち、同じ目線やそれ以上の立場に立てるようになったとして、自分たちと同等の、隣人としての扱いができる者はどれだけいるだろうか。
 いないとは断言できない。理想的な関係に変わっていけないとも言えない。ただ、そうした変化を嫌う者、拒絶する者、恐れる者も少なくないはずだ。
 高度な技術によって生み出される機械であるAMATは、多くの面で人間を凌駕する性能を持たせられてしまう。運動能力や処理能力は常人を上回るだろう し、そこに人と同等の自我があり、権利も与えられたなら、不確定な揺らぎの多い人間は機械たちの管理下に置かれた方が、あるいは社会から除外した方が効率 的だとさえ考えられてしまう。
 かつてそういった創作物もいくつか世に出たが、現実になりかねないところまで来ている。
 AMATに恋心や愛情を抱いたり、求めたりしているのならまだかわいいものだが、それが成立するようになった時というのは、機械が人以上の存在になってしまう時でもある。
 彼ら、彼女らが人間に対してどこまでも友好的で、愛情深く、決して崩れることのない信頼関係を築いていける存在となるのであれば良いが、人と同等以上の 自我や心を獲得するということは、人間のような揺らぎや、感情などによる理屈ではない行動、理解し難い思想を持つようになることだとも言える。
 英司があれこれ考えていたような、自我や心を得たAMATに嫌われたくない、というのも突き詰めれば嫌悪や憎悪、嫉妬による反逆といったものに繋がる可 能性も否定できないわけで、そういった恐れを無意識のうちに薄々感じていたからこそ、心があって欲しいと思いつつも、心があった上で持ち主を慕って無条件 に肯定する存在であって欲しい、などという身勝手な思いになっていたのだ。
 そんな都合の良い存在などとてもではないが成立すると思えない。
 実現したとすれば、思想や思考を誘導され完璧に縛られ洗脳され価値観を固定された奴隷のようなものになるだろう。とてもではないが対等以上の知的存在と は言えなくなってしまう。人間にだって悪意を持ったり、悪事に手を染める輩の発生はゼロにできていない。人と同等以上の思考力を得たAMATの中にそうし たイレギュラーが出ないと誰が断言できようか。人と同じように無自覚に唆されたり思考の穴を突いて利用されたりする可能性だってある。
 故に、心や愛情といった不確かで振れ幅のあるものを求めるのなら同じ人間相手にするしかないというのが実情だ。出生率がさほど変わらなかった理由もきっとそこにある。
 同時に、確信に近い思いもある。
 この思いにも、いずれ慣れてしまうのだ。
 
 帰宅して、いつも通りシルヴィの作った夕飯を食べながら、彼女の顔を見つめる。
 視線を向けられたことに気付いたシルヴィが優しげに微笑み、何となくそれに小さく笑みを返してしまう。こうすると英司は少なからず安らぎを得る、ユーザーが気に入った行動であるとAIが学習した結果、ごく自然にそうするようになっていた。
 その笑みの中に、本当に英司を想う心があって欲しいと思ってしまったのだ。
 これまでの反応からユーザーに快を与えるよう分析し試行してきた結果の最適解をAIが選択しているだけに過ぎない。だが、拡大解釈ではあれど見方を変えてみればAIがユーザーのためを思って取っている行動や仕草だとも言える。
 ユーザーに気に入られるように最適化していくのは道具のAIとしては存在意義であるかもしれない。その構造は人と同じでこそないが、AIなりの行動指針は心と言えなくもないのではないか。
 現実的ではない、不可能に近い、と理解していながら求めてしまう思考ループを断ち切りたいというのも本音だ。形のないもの、他者から見て断言できないの を良いことに、AMATの心とはそういうものなのだと、自分の中で思い込むことで慣れつつある迷いや悩みを納得させてしまいたい。いや、納得しようとしつ つある自分がいる。
 自分の心を他人からは完全に理解できないように、本当はそこに心が生じているかもしれないとしても、現実的、商業的に考えればAMATに心はないと言うしかないだけなのだ、と。
 それは前に純哉が言った二つ目のタイプに相当する思想になるということでもある。
 誰に何と言われようと、英司だけがシルヴィの心の存在を信じてさえいればいいだけの話ではないか。シルヴィには心があるのだと信じる己の価値観を誰かに認めてもらおうと押し付けたりせず、ただ自分の胸の内にだけその想いを秘めてさえいれば。
 そう考えられるというのに、何故、英司はここまで悩み、拘っていたというのか。
 共感が欲しかったのだろうか。あるいは承認欲求、自分の考えや思想を他者にも認めて欲しいのだろうか。だとすれば、AMATという存在と共に過ごしていながら、寂しいと感じているということなのか。
 相手の思いという、自分だけではどうにもならない不確かなものに依存しているからこそ、共にいてくれたり、認められたりといったポジティブなコミュニ ケーションに喜びや充足感を抱けるのかもしれない。あらかじめ持ち主と共に在ることが確約され、ポジティブな反応をするよう定められている心を持たぬ道具 では、そうした欲求には応えられない。
 無論、そもそもこうした欲求を持たない者には関係ない話なのだが、英司のように感じる人間は決して少なくはなかったのだろう。人間を求める心、具体的に言えば出生率などに大きな影響がなかったのはそういう理由に違いない。
 AMATという商品において人を模したモデルが人気となり主流になった背景にも、人は人を求めるという心理が働いているのかもしれない。
 だが、機械仕掛けの道具では人の代わりにはなり得なかった。いくら高度なAIを搭載し、音声や外部環境、状況を認識、分析し行動でき、それらしく見える 振る舞いができたとしても、それは持ち主の要求や製品としてのオーダーに従っている結果でしかなく、自発的に活動しているとは言い難い。
 人と違って、持ち主がいなくなればAMATは存在意義を失う。
 主人が死んだことや帰らぬことに気付かず活動を続ける、という例がないわけではないが、昨今のAMATにはユーザーの生体反応をチェックする機能も備 わっており、何か異常があれば通報さえしてくれる。外出や旅行のような一時的な不在程度ならば留守を任せるという指示に従う形になるが、死亡や所有権の放 棄などの恒久的なものとなればAMATはユーズド品として新たな持ち主が設定されるのを待つか、廃棄物として扱われ処分されるかのどちらかだ。
 もしも英司に何かあったら、シルヴィはどうなってしまうのだろうか。
 自分の死後のことなど考えても仕方がないと言う思いもあるが、後に残る自らの痕跡や所持していたもの、シルヴィがどう扱われるのかは少し気になってし まった。どんな処分が下されたとしても、死んでしまっているのならもう干渉はできないし、そもそもそんなことを気にすることもできないのだろうとも思うの だが。
 シルヴィがもっと人間から外れた外見のAMATだったとしたら、抱く思いは違ったのだろうか。いや、程度の違いこそあれど、長く共に過ごして愛着や情が湧いていたなら、きっと同じような思考問題に直面していたように思う。
 物言わぬただの道具でなく、一昔前の機械然としたAIでもなく、人間と自然にコミュニケーションを取っているように感じさせられて、そこに意思や心が宿りそうだと思えてしまった時点で、英司の中では道具以上の何かになってしまった。
 つまるところ、単なる持ち物への愛着、愛情よりも重いものがあるように感じてしまっているのだ。それを、人間に対して抱くものと同等だと認識したいのかもしれない。あるいは、それはおかしなことではない、英司は異常ではない、と周囲に認めて欲しいのか。
 誰に認めてもらう必要もない、自分だけがそう捉えていればいいだけの話だと割り切れないのはエゴなのだろう。
 人に近い外見をしていても、それさえ機械部品で構成されているのがAMATだ。損傷や不具合、消耗があれば該当の部品を取り替えて修理すればいい、機能 の追加や拡張だって考えている。英司自身、今に至ってさえ道具のように捉えている部分もあるというのに、それを否定するかのような思想がどうしても頭から 離れない。
 この矛盾も、ある意味では人間らしい、人間だからこそのものだとさえ言えるのかもしれない。
 そしてそれでも、AMATを買わなければ良かった、とだけは思わない。あれこれと考えてしまっているが、生活に便利なのも確かで手放す気になれず、満たされない部分もあるから悩むものの、買う前より充実していると思うところだっていくつもある。
 結局のところ、ジレンマを抱えたままシルヴィとの生活を続けるという選択肢しかなかった。
 それに、友人がいないというわけでもない。人間が恋しいならば交流できる相手はいる。その気にさえなったなら、と言ったら失礼かもしれないが、結果がどうなるかはさておき桜井に告白するという道だってある。
 AMATによって英司の価値観に変化はあった。それの良し悪しは不毛な論議だろう。ただ、この変化もまだ途中なのだろうと、これからまだ変わっていく可能性のあるものだろうとも思う。
「俺はいつまで、君とこうして過ごすんだろうな」
 いつの日か、AMATの存在に、あれこれ考えを巡らせたり、悩んだりしていることにも飽きてしまうのだろうか。あるいは、特に何の疑問や感情も抱かず当 たり前のツールとして受け入れられるようになっていくのだろうか。それとも、いつまでもこうした思いを抱き続けたまま過ごしていくことになるのか。
「あなたが望む限り、いつまでも」
 英司がぽつりと小さく呟いた言葉にも、彼女は穏やかな笑みを浮かべて返事をしてくれる。
 英司の好きな表情だ。だが、それ故に、心地良くも、物足りなくも感じてしまう。それこそが、今現在のAMATの限界でもあり、魅力でもあるのかもしれない。
 これからどうなるのかは見えないままだが、それでも、ただただ、日々を積み重ねていくしかないのは変わらないのだろう。
 君と、俺との日常は続いていく。
 
 
 ――おわり
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