第四章 「想いを率いて」


 ユウキは、学校の屋上にいた。屋上から見下ろせる校庭には、多くの住民が集まっている。この地域に住む全ての人々が、それぞれの荷物を抱えて集まっていた。
 国連が攻撃を表明した夜から、二日目だ。
 昨日、つまり宣戦布告の翌日、ユニオンは答えを出した。
「全ての住民を、逃がす」
 ヒカルは、国内に向けて、そう告げた。
 そして、この国の民を逃がし、生かすために戦うことも伝えたのである。
 他の地区でも、同じように人々が集まっているはずだ。
 ユウキの傍では、シーナが不安そうに人々を見つめている。
 政府の見立てでは、国連による攻撃は恐らく、今日か明日という予想が立っている。だから、住民の避難は今から行う手はずになっていた。
 第二級以上のアウェイカーが、住民を誘導して国の外へと逃がす。予想される攻撃への対処は第一級以上のアウェイカーが行い、今回に限っては全てのアウェイカーが力を行使することが許可された。
 アウェイカーではない住民はただの避難民として、周りの国への亡命が国連からも許可されている。だが、この国の半数以上を占めるアウェイカーたちについてはそうもいかない。
 しかし、政府、つまりヒカルたちが丸一日をかけて、この国にいるアウェイカー全員分の偽造身分証を作成し、配布した。それを手に、アウェイカーたちは自分がアウェイカーではない避難民として周りの国へ逃れるのだ。
 そろそろ、この地域の住民たちも出発する時間だ。
 主に応戦を行うのは、ユウキ、リョウ、ヒサメの三人だ。誘導はハルカとシーナで行い、二人を補佐する形でナツミとアキナがつくことが決まった。他のアウェイカーは、周りに降り掛かる火の粉を払う役目を負うことになる。
 ユウキたち、強力なアウェイカーがいるためか、この地域の住民は人数が多い。元々、国の中心に近いというのもあるのだろう。
「えらいことになったな……」
 近くに立つヒサメが不満そうに呟いた。
 人々の中には色んな人がいる。元々の出身国籍すらバラバラだ。本当に、色んな人がこの国に住んでいたのだとユウキは改めて実感する。国、人種、言語、文化、あらゆるものに寛容なこの国だからこそ生きてこられた人たちなのかもしれない。
 この集団の中には、クラスメイトもいる。
 マーガレットも母親と共に荷物を持って立っていた。レェンもいる。ウルナも、両親と共に集まっていた。
 出発前のため、今は話しかけているだけの余裕はない。
「何かがあるんでしょうね。こんなことをするだけの」
 リョウが呟いた。
 国連が表明した攻撃の詳細は、まだ判っていない。ただ、これまでの空襲とは違うものであることだけははっきりしている。
「ユウキ……」
 背後から、声が聞こえた。
 振り返ってみれば、ユウキたちの下へヒカルとセルファが歩いてくるのが見えた。ジンやカエデもいる。要人と言われる、この国の設立にも携わった、いわゆる前大戦の英雄たちだ。いつの間に現れたのか、校庭の住民たちには一切気付かれていない。
 彼らは、ユウキたちの前で立ち止まった。
「……ユウキ、受け取れ」
 ジンが、ユウキに一振りの日本刀を差し出した。
 それはジンが昔使っていたものであり、彼が常に持ち歩いているものでもあった。
「これって……」
 ユウキは驚いたようにジンを見上げた。
 宝刀、雷閃(らいせん)。
 ジンの家と流派に伝わる、神器とも言うべき刀だ。
「俺が受け取るべきものじゃないんじゃ……」
 本来なら、彼の娘であるリョウが継ぐべきもののはずだ。ユウキはジンと刀を交互に見つめる。
「一刀流の技術は、お前の方が上だ」
「でも……!」
「合わなければ、後で交換でもすればいい」
 ジンの言葉に、ユウキは唖然としていた。
 見れば、リョウはカエデから二振りの小太刀を受け取っている。カエデが昔使っていた、風薙(かざなぎ)という双短刀だ。確かに、リョウは一刀流よりも二刀流に秀でていたが、だからと言ってヒカルがジンの家宝を受け取っていいものなのだろうか。
「そんな簡単に……」
「大切なのは、伝えて行くことだ」
 ユウキの言葉を遮って、ジンは言った。まるで、ユウキの疑問など全て見透かしているかのように。
 伝統として伝えていくことも確かに重要だ。しかし、今まで伝えられてきたことだからこそ、伝統と呼ばれるのだ。大切なのは形式のような表面ではない。次に繋げていくことが大切なのだ。
 ジンの真剣な瞳に、ユウキはそれ以上何も言い返すことはできなかった。
 ユウキだから託すのだと、彼の眼は語っている。拒否すれば、ジンの思いを裏切ることになる。ユウキにとって、ジンはただの師匠ではない。厳しい人物ではあったが、奥底には確かな優しさがある。だから、ユウキはジンたちを信頼していた。
 託された思いを裏切ることなど、できない。
 ユウキは、意を決して刀を受け取った。
 ずしりと、重みが両手に伝わってくる。
「必ず、お前の助けになるはずだ」
「ありがとう……」
 ジンの優しい言葉に、ユウキは礼を返すことしかできなかった。
「重いか?」
「うん……」
 ヒカルが、口を開いた。ユウキは、ただ頷いた。
 雷閃はユウキが思っていたよりも重かった。ジンの思いが詰まっているのかもしれない。
「時が来たら、今度はお前がそれを次に繋ぐんだ」
 ユウキは顔を上げた。ヒカルは、息子を真っ直ぐに見つめてそう告げた。
「お前たちには、本当はこんな世界を伝えたくなかった……」
 ヒカルが悔しげに眼を細める。
 自分たちが戦った、かつての第三次世界大戦で世界をもっと変えてしまいたかったのだろうか。ただ、今、ここにある現実は、ヒカルがかつて望んだ形でないことだけは確かだった。
「お前らにゃ、俺らの全てを叩き込んである。戦う分には、十分だろ」
 髪を掻きながら、ヒサメの父、エンリュウ・ショウが言った。どこか不満そうなのは、恐らく彼もヒカルと同じ気持ちだからだろう。
 今まで、ユウキ、リョウ、ヒサメの三人は道場で鍛えられてきた。アウェイカーとしての力を制御する術から、それを戦闘に活かす技術を学んできた。
 ジンやショウ、カエデ、ミズキのような師範たちに勝てたことは一度もなかった。それでも、彼らはユウキたちに教えられることの全ては伝えてあると言った。
「これから先、あなたたちが生きるためには、人の命を奪わなければいけないかもしれない……」
 カエデが、悲しげに呟いた。
 今までは空襲しか攻撃がなかった。だが、今回は空襲である可能性は低い。もしかしたら、生身の人間と戦わなければならないかもしれない。
 ユウキたちが生き延び、大切な仲間を守るためには、彼らを殺めねばならないかもしれない。
 覚悟が、必要なのだ。
「そんなことまで、あなたたちに繋げたくはなかったんだけどね」
 ミズキが苦笑混じりに呟く。
 ヒカルたちは、今のユウキより若い年齢の時、既に戦っていた。自分たちが信じるもののために、敵対するアウェイカーと命の遣り取りをしてきたのだ。殺されるかもしれない覚悟と、殺してでも生きようとする覚悟を胸に。
 この先、ユウキたちの前に誰かが立ち塞がるかもしれない。その時に、相手を殺してでも前へ進むだけの覚悟が必要になる。ヒカルたちが言っているのは、そういうことだ。
「……待って、じゃあ、皆はどうするのさ?」
 ユウキは、気付いた。
 彼らの言葉は、まるでユウキたちと一緒に暮らすことはできないとでも言っているかのようだ。ユウキたちが戦うことは当然としても、共に戦うという言葉が一切出ていない。
 なら、ヒカルたちはどうするというのだろうか。
 英雄とまで呼ばれた彼らが、何もしないとは思えなかった。一昨日見た、ヒカルとセルファの目には、何もしないという選択肢を選ぶような目には思えなかった。今も、彼らの目には強い決意のようなものが秘められている。
「俺たちは、一緒には行けない」
 ジンが答えた。
「この国を救うために、俺らも戦うからな」
 軽い口調で言ったのは、ハルカの父ヤザキ・シュウだった。
「パパ……」
 ナツミとアキナが不安げに父親を見上げる。
「作戦は知ってるだろ?」
 笑みを浮かべたシュウの視線が、ユウキに向けられる。
 避難の手はずは、アウェイカーが民を守りながら国を捨てて脱出する、というものだった。その際、アウェイカーたちは表立って力を使うことはせず、降り掛かる火の粉を払い、皆で目的地まで突き進むことだけを優先する。
 差し向けられるであろう敵の大半は、ヒカルたちが処理することが伝えられている。今まで、決して表立って力を使うことが無かったヒカルたちが、国を守るために囮になるのだ。
「囮なら、前にも一回やって慣れてるしな」
 エンリュウ・ショウが軽口を叩いた。
 かつての大戦で、ジンを始めとする四人は、ヒカルとセルファの進撃のために囮となって道を切り開いたと伝えられている。
「その後は、どうするつもりなんだ……?」
 静かな声音で、リョウが問いを投げた。
 ユウキたちは国を脱出した後、身分を偽って他国に逃れることが決定している。アウェイカー以外の住人たちは、脱出さえすれば難民として扱ってもらうことができる。アウェイカーは、自分がアウェイカーであることを隠し、偽造された身分で一般人に紛れて暮らすしかない。
「生きていれば、どうにでもできるでしょう?」
 ミズキは笑顔でそう言った。
 今は、ただ目の前の困難を乗り切ることだけを考える。後のことは、その時になってから考えればいい。まずは、全員が生き延びるために動くのだと、ミズキは言った。生きてさえいれば、その後はどうにでもなる、と。
「けど……」
 ユウキは俯いた。
 次に繋ぐというのなら、ヒカルたちも一緒に逃げるべきだ。ユウキたちは、まだ子供の域を出ていない。
「お前たちには、俺たちの魂も込められているんだ」
 ヒカルの言葉に、ユウキは顔を上げた。
 真っ直ぐな父親の視線に、ユウキは言葉を失っていた。
 血が繋がっているだけではないのだと、そう言ったのだ。ユウキたちの存在には、親の世代からの想いも込められているのだと。
「必ず、生き延びろ。それだけで、俺たちは安心して戦える」
 ヒカルの表情が和らいだ。ユウキの頭に手を乗せて、言い聞かせるように告げる。
「……妹たちを宜しくな」
「解ってるわよ、そんなこと」
 父シュウの言葉に、ハルカは厳しい口調で返した。シュウは苦笑しつつも、どこか安心したような優しい視線を三人の娘たちに向けていた。
「心配して欲しいか?」
「親父のが心配だよ」
 ヒサメは、自分の父親と同じ笑みを浮かべて答えた。
「あんたは父親似で頑丈だからあまり心配はしないけど、気を付けなさいよ?」
「はは、解ったよ」
 母の言葉にヒサメは苦笑する。
「風薙で、いいわね?」
「ええ、大丈夫」
 カエデの言葉に、リョウは頷いて見せた。
 受け継ぐものが雷閃ではなく、風薙で良いと、リョウは納得しているようだった。カエデは、風薙を渡した時に伝えることは全て伝えたとでも言うかのように微笑を湛えて、リョウを見つめていた。
「お前が信じる道を進めば、それでいい」
「はい」
 リョウは、はっきりとした声で父の言葉に答えた。
 ジンは、鋭い目を少しだけ優しく細めて娘を見つめていた。
「……シーナ、これからはあなたが思った通りに生きなさい」
 セルファはシーナを抱き締めて告げた。
 もう、アウェイカーの等級による使用制限は無くなったも同然だ。ここから先はシーナも、戦うことができる。
「お母さん……」
 シーナはセルファの背に手を回して、母の胸に顔を埋めた。
「俺たちは、もうお前たちと会うことはないかもしれない」
 ヒカルは静かに呟いた。
 この戦いで命を落とすなどということはまず無いだろう。彼らは、世界でもトップレベルのアウェイカーなのだ。この戦いの後、アウェイカーが世界の敵と見做されてしまう可能性は極めて高い。だとしたら、アウェイカーの代表とも言える彼らは今まで通りの生活に戻れるとは限らない。
 ユウキたちと共に暮らせるようには、ならないかもしれない。
「父さん……」
 小さな声で呟いた言葉に、ヒカルは微かに目を細めた。
「お前にそう呼ばれるのも久しぶりだな」
 ヒカルは言った。
 今まで、父親を嫌っていたわけではない。面と向かって親父と言う呼び方をしたこともない。ただ、色んなことを考え過ぎて、自分を確立できなくて、父親のことをまともに呼んだことがなかっただけだ。
 ユウキから、ただヒカルのことを呼んだのは久しぶりだった。
「こんなことになったが、俺は後悔していない。この国を創ったことも、これから世界を敵に回したとしても」
 ヒカルは胸を張ってそう口にした。
 今までしてきたことを後悔するつもりはない。たとえ世界中を敵にしたとしても、怒りや哀しみはあったとしても、その時その時の選択は自分が思った通りに選んだものだから。
「ユウキ、後悔だけはするなよ。過去には憧れるな。振り返ることも、立ち止まることも、してもいい」
 ヒカルはユウキを見つめて、柔らかく微笑んだ。
「我がままでもいい。諦めるな」
 ユウキは、ただ父親の言葉だけを聞いていた。
 立ち止まっても、振り返っても構わない。ただ、前へ向かって歩くことさえ止めさえしなければ。自己中心的な我がままさではなく、後悔するような妥協だけはするな、と。妥協して後悔するぐらいなら、多少我がままであっても構わない。
「この国は、どうなる?」
 リョウが問いを投げた。
 実質、この国は崩壊しようとしている。住民全てを国外に逃亡させるのだから、この国はもぬけの殻となる。
 戦闘で破壊される部分も多いだろう。
 逃げた後、この国がどうなるのかは全く予想が付かない。戻って来るという見込みも立っていない。
 国連からの宣戦布告により、この国の立場はもう無いも同然だ。
「……この国は無くならないさ。どんなことがあっても、な」
 ヒカルはそう言って微笑むと、ユウキたちに背を向けた。セルファ、シュウ、ジンたちが後に続く。
「時間だ、行け」
 ジンが言い放った。
「……行こう」
 ユウキは、呟いた。
 親たちの背を見つめ、子供たちはそこに背を向ける。
 引き返して行く大人たちを背に、ユウキたちも足を踏み出した。
 もう、この場でどんなことをしても事態は変わらない。なら、動くしかない。
 今は皆の無事を願いながら、住民たちを誘導するしかなかった。

 国の境目が見えてくる。郊外を進む者たちの先頭を、ユウキは歩いていた。
 直ぐ隣には、力を解放したシーナがいる。周囲に力場を展開し、状況把握、つまりレーダーの役目を務めていた。
 今のところ、まだ敵影はない。
 時間が早いというのもあるのだろう。政府、つまりヒカルたちが推測した国連の攻撃予測時間よりも半日以上早い。全国民が逃げ切るためには、時間が必要だ。だが、国連側も見過ごしてはくれないだろう。今の行動が、精一杯でもあった。
「お兄ちゃん、来た!」
 シーナが呟いた。
 前方から、いつもと同じ輸送機が接近してきていると、シーナは告げた。
「待って、何か……違う?」
 シーナが額を押さえる。
 空間干渉の力で、遠くにある輸送機の差異に気付いたらしい。何が違うのかを調べようと、意識を集中させているのだ。
「人が、いる?」
 シーナの呟きに、ユウキは眉根を寄せた。
 何故、人がいるのだろうか。今までは輸送機ですらオートパイロットの無人機だったというのに。
「機兵……じゃない?」
 シーナは驚いたように目を見開いていた。
「どうしたんだ?」
「人が、大型の機兵に乗り込んでいるんです」
 リョウの問いに、シーナは驚いた表情のまま答えた。
「どうする?」
 ヒサメが小声で囁く。
 つまりは、敵を葬るか否か。
 今までのように、無人機が相手ではないということだ。ただの殺戮機械ではない。中には、人がいる。今までのように敵を倒すということは、中にいるであろう人たちをも殺めることになる。
 カエデが言ったことが、現実のものになっていた。
 この場にいるアウェイカーは、ほぼ全てが対人戦は未経験だ。訓練などはともかく、相手の命を奪うという経験をしている者はまずいないだろう。第三次世界大戦を生きたアウェイカーでもない限り。
「どうするって……」
 答えは決まっている。
 撃破しなければ、住民たちを逃がすことは難しい。
 アウェイカーたちを牽制するためだけに、人が操縦するわけではないだろう。今までの機兵よりも、上の戦力を持っていると考えた方がいい。だとしたら、余計に攻撃を躊躇うわけにはいかない。
 しかし、人の命を奪うということをそう簡単に割り切ることもできない。
「やらなければ、やられる……」
 リョウの表情は、僅かに強張っていた。
 いつもより幾分か緊迫感を帯びている。
「まぁ、それしかないよな……」
 ヒサメも、緊張した面持ちでリョウに同意していた。
 ここで戦わなければ、ユウキたちがここにいる意味はない。住民を守り、自分たちも生き延びるために、ユウキたちは進んでいる。何もせずに殺されることだけは、絶対にしてはならない。
 ユウキたちには、この場にいる住民たちを守るという使命がある。ここにいる者たちを守れるのは、ユウキたちアウェイカーしかいないのだから。
 ユウキは汗ばんだ掌を軽く握り締めた。
 覚悟を決めなければならない。
 もう、接触まで時間がない。あれこれ悩んでいるだけの時間はない。覚悟が決まっていなくても、戦うしかないのだ。
 それでも。
 いつも先制攻撃を仕掛け、輸送機ごと敵を破壊していたリョウとヒサメが攻撃を躊躇っていた。
 ユウキも、どうすればいいのか、混乱しかけていた。人の命を奪うことは、ユウキが一番嫌っていたことだ。ユウキが戦わなかったことで死者が出たのなら、その命はユウキが殺したも同然だ。救えるかもしれない命を見殺しにすることは、人殺しになるのと同じだとユウキは思っている。だから、ユウキは今まで陰口や憎まれ口を言われても戦ってきたのだ。周りにある平穏を守り、自分が人殺しにならないために。
 空襲が、全て無人機であることに安心していたのも事実だ。人を殺すことがないと解っていたからこそ、ユウキは心置きなく戦えたのだから。
 ユウキたちが逡巡している間に、輸送機は視認できる距離まで近付いていた。まだ点ではあるが、何かが向かってくることだけははっきりと判る。
 僅かに奥歯を噛み、拳を強く握り締めた瞬間だった。
 ユウキたちの背後から、一筋の光条が空を突き抜けた。
 閃光は輸送機に直撃した。一瞬の間を置いて、爆発が起きる。その爆発の寸前に、搭載されていた機械兵器が投下されるのが見えた。
 リョウの雷撃でも、ヒサメの炎でも、ユウキの閃光でもない。だが、ユウキはその山吹色の光を知っていた。
「レェン……!」
 ユウキたちの直ぐ後ろまで来ていたレェンが、保護領域を展開していた。
 山吹色の光を帯びた瞳で、レェンがユウキを見る。
「話は聞いてた。心配すんな」
 ユウキの言葉を遮るかのように、レェンは言った。
 先ほどの会話は聞いていた。人がいることも構わずに、自分は攻撃したのだと、レェンはユウキに告げていた。
 レェンの力は、特殊なものだ。身体に受けた太陽光などの熱量エネルギーを、自身の保護領域内に蓄積し、それを攻撃に用いるのである。蓄積された熱量が無くなった時は、単純な身体能力向上効果しか得られない。蓄積された熱量しか扱うことができないため不安定な力ではあるが、蓄積された熱量が多ければ多いほど、消費させるエネルギーが多ければ多いほど、レェンの戦闘能力は高くなる。
 彼の力を知った時、日光浴が好きなレェンらしいメタアーツだと、ユウキは思ったものだ。
「今ので、誰か死んだか?」
 レェンの言葉に、シーナは僅かに首を横へと振った。
 輸送機自体は自動操縦のもので、人は全て機械兵器に身を包んだらしい。中には無人機もあるだろうが、有人型のものも少なくはないようだ。
「あんた……」
 ハルカが驚いた表情でレェンを見る。
「なんだったら、俺がみんなトドメを刺すさ」
 覚悟は決まっているとでも言いたげなレェンを見て、ユウキは奥歯を噛み締めた。
「俺には――」
「レェン、今、どれだけ溜まってる?」
 親友の言葉を遮って、ユウキは問いを投げた。
 熱量エネルギーの残量が少なくては、レェンは満足に戦えない。確認しておかなければ、戦力に数えるのは難しい。だが、それよりも何よりも、ユウキはレェンにその言葉の先を言わせたくなかった。
「……まぁ、当分は大丈夫かな」
 ユウキを見て、レェンは微かに微笑んだ。
「ハルカ、皆を頼む」
「ユウキ?」
「先に行って、障害を排除する」
 ハルカの返事を待たずに、ユウキは力を解放した。
 蒼い保護領域に身を包んで、大きく一歩を踏み込む。一気に加速して跳躍し、ユウキは左手に提げていた刀に右手を伸ばす。柄を軽く握り締めて、先ほど輸送機が爆発した地点へと向かう。
「お兄ちゃん……!」
 シーナの声が頭の中に響いた。
 ユウキの視界に、機械兵器たちが映った。いつもの無人機が多数と、いくつかの有人機がいる。人の気配を漂わせる、大型の機械兵が後方に控えているように見えた。
 まだ、覚悟は決まったわけではない。だが、ここで戦わないという選択肢だけはない。なら、相手を殺さずに戦えるだけの技術が自分にあるのかを見極めなければならない。
「決まってるんだ、俺の中では……!」
 小さく呟いて、ユウキは柄に伸ばした右手を握り締めた。
 腕の銃器を向ける無人機目掛けて、ユウキは一直線に駆け抜けた。射線を見切り、弾丸が放たれる寸前に身を翻す。右へ、左へ、体重を移動させながら、上半身をタイミング良く屈ませる。連続して吐き出される弾丸をかわして、ユウキは翔けた。
 間合いに届いた瞬間に、ユウキは刃を抜き放った。
 鋭く研ぎ澄まされた、美しい刀身が宙を滑る。鞘から抜き放たれたその瞬間から、刃は蒼い光を帯び、振るわれていた。
 ユウキと無人機がすれ違った時、既に機械兵器はただのがらくたと化していた。一閃されたその軌跡のままに、無人機は両断されていた。爆発することさえしないまま、機能を停止して沈黙する。
 前方から向けられる銃口へと、ユウキは鞘を握り締めた左手を突き出した。蒼い光が壁となり、弾丸を全て呑み込んで掻き消す。そのまま、壁を解き放ち、前面へと撃ち出す。蒼い光の壁は前方にいた機械兵器をいくつも巻き込んで蒸発させた。
「危険度SSSのアウェイカー、カソウ・ユウキだ。心してかかれ!」
 声が、聞こえた。
 大型の機械兵器の中で、人が喋っている。普通なら聞こえない声量だった。元々、外部に音は漏れないようにされているのだろう。だが、アウェイカーの力で拡張された聴覚は、その遮断された声を辛うじて拾っていた。
 全部で九機の大型機械兵と、ユウキは対峙していた。
 大きな胴体と、それを支える太い脚部に、多数の武装が施された腕部を持った大型の機械だ。頭と呼べる部位はなく、機体の各部にセンサーが備え付けられている。腕部に装備されている武装は個々に異なっている。
 展開する九機の敵の位置に気を配りながら、ユウキは駆け出した。戦うしかないのなら、迷っている暇はない。この戦いで、相手を殺さずに戦えるかどうかを見極めるしかない。
 放たれる弾丸を、銃口の動きと殺気で見切ってかわす。四方からの集中砲火も、今までの無人機が搭載していたような銃火器なら交わすのも難しいことではない。人の意思が込められている分、むしろ避けやすい。
 姿勢を低くして、火線の下を駆け抜ける。切っ先を後方へ下げた姿勢から、右足を強く踏み込んで腰を捻り、右腕をしならせて大振りに右下方から左上方へと振るった。速度と角度を合わせて、装甲へと刃を滑らせる。
 踏み込みの瞬間に加速したユウキが、大型機兵の腕の下へと潜り込む。振るわれた刃は、機械兵の太い両脚を切断していた。
 搭乗者の驚愕の気配が伝わってくる。脚を失って体勢を崩し、背中から倒れ込んだ機兵は、それでも両腕を向けてきた。
 だが、その瞬間には、ユウキの腕が一閃されている。白銀の刃が蒼い光の軌跡を残して空を舞う。
 切断された腕部が、断面から滑り落ちる。
 腕の武装を失ったはずの機械兵からの殺気に、ユウキは飛び退いていた。胸部後方から隠し腕が伸び、先端に取り付けられた成型炸薬弾頭が発射される。
 ユウキは蒼い閃光を前面に張り巡らせて防いだ。
 刹那、周囲の兵士たちが一斉にユウキへと銃口を向けた。ユウキが機械兵と接近していたため攻撃できなかったのだ。だが、ユウキが防壁を張っている時ならば攻撃しても問題はない。ユウキの防壁が、味方の盾にもなると知っているからだろう。
 しかし、銃声が響くよりも先に、雷鳴が轟き、爆炎が巻き起こった。
 機械兵の一機が、両腕と両脚を切断されて転がる。別の一機が、同じ場所を爆破されて転がった。コクピットだけを残して、武装が全て破壊されている。
「先に行くなんて水臭いぜ、ユウキ」
 右拳を炎に包みながら、ヒサメが言った。
 新たな敵の登場に、機械兵たちが後退し、隊列を組み直そうとする。
「させるか!」
 リョウは二振りの小太刀を手に、踏み込んだ。
「くくっ」
 笑い声が聞こえた。
「うぐっ……?」
 次の瞬間、ユウキは強烈な頭痛に襲われていた。眩暈も、耳鳴りもする。五感全てが悲鳴を上げているかのような感覚に、ユウキは倒れそうになった。辛うじて、左手の鞘を地面に突いて身体を支える。
「何だ、これ……!」
 リョウとヒサメも、同じ症状が出ているようだった。
 耐え切れず、ユウキは力を閉ざしていた。保護領域を展開しているだけの精神力が保てない。
 だが、メタアーツを閉ざした瞬間、身体が軽くなった。今までの症状が全て消えたのだ。
「これは……」
 リョウが息を切らしながら呟く。
 リョウもヒサメも、ユウキと同じように力を閉ざしたことで症状が消えたようだった。
「ふざけやがって……!」
 ヒサメが再び保護領域を展開する。
 だが。
「ぐぉっ……!」
 力を解放すると同時に、頭痛に見舞われたらしかった。
「効果は、あるようだな」
 ユウキが破壊した兵器の中から、操縦用のスーツらしいものを身に着けた男が現れていた。頭部は黒いバイザー付ヘルメットで覆われ、顔は確認できない。
 ただ、どこか勝ち誇ったようにユウキたちを見下ろしているのだけは判った。
「やれ!」
 男の指示なのか、周りの機械兵たちが動く。
 銃口の動きを見て、ユウキたちは駆け出していた。精密な動きで、銃口がユウキたちを追いかけてくる。少しずつ追いついてくる銃口よりも少しだけ早く、ユウキたちはそれぞれ一機の機械兵の懐へと飛び込んでいた。
 リョウの両手に握られた小太刀が閃く。振るわれた腕部の力の向きを僅かに逸らしながら、右手の刃が表面を滑る。左手の刃は、寸前に切断された装甲の間に食い込み、内部の機器を切り裂いた。片腕の機能を破壊された機械兵が、もう一方の腕をリョウへ向ける。リョウは身を捻り、向けられた腕部を足掛かりに機械兵を跳び越えていた。真上を通過する瞬間に、肩の関節の隙間へと刃を滑らせる。防ぎようのない場所への攻撃に、機械兵の両腕が切断される。隠し腕のグレネード弾も、放たれる前に弾頭だけを切り落として防いでいた。
 ヒサメの掌が、銃口を押し上げる。放たれた蹴りが脚の関節に突き刺さる。脆い部分に、ピンポイントで伝えられた衝撃が内部を破壊し、機械兵がバランスを崩した。その瞬間に、蹴りの勢いで更に踏み込んだヒサメが振るわれた腕部へ掌底を繰り出す。接触の瞬間、ヒサメは渾身の力で一点に破壊力を集中させた。衝撃として伝えられる破壊力を、内部の一箇所へと集中させる。装甲を突き抜けた衝撃が、内部の機器を破壊し、機能を狂わせる。的確に関節を狙い、四肢をもぎ取るようにヒサメは各部を破壊していた。
 向けられた腕の直ぐ脇をすり抜け、ユウキは下げていた刃を振り上げる。下方から円を描くように手首を捻りながら、機械兵の腕を切断した刃を構え直す。もう一方の腕を回し蹴りで押し退けて、ユウキは押し退けられて開いた腕の肩関節へと刃を滑るように振り下ろした。切断された腕部が地面に落下する前に、返す刃で腰を両断する。
「な……!」
 指示を出した男が、絶句していた。
 確かに、ユウキたちの動きはメタアーツを使っていた時よりも遅い。力も弱くなっている。
「舐めるなよ、俺らを」
 ヒサメが笑みを浮かべて呟いた。
 ユウキたちは、力を使わなくともある程度戦うことができる。確かに、力を使うことでユウキたちアウェイカーとしての全力を出すことはできる。だが、鍛えられた技術は力を使っていない時でも発揮できるものだ。
 多くの無人機を薙ぎ払うだけの力は出せずとも、一機ずつ仕留めていけるだけの技量は持ち合わせている。
 力を用いての戦い方の前に、生身での武術を教え込まれていた。個人で異なるメタアーツは、自身が会得した技術と組み合わせることで飛躍的に戦い方の選択肢が増える。
 もちろん、力を使えないことでハンデとなる面も多い。
 真正面から力任せにぶつかっても、ユウキたちに勝ち目はない。技術で、隙を突いて戦うしかないのだ。関節の隙間や、稼動箇所のような、どうしても装甲で守れない部分を狙うしか、破壊する術はない。ヒサメの拳も、まともに装甲を殴り付ければ痛めてしまうだろう。ユウキの雷閃も、リョウの風薙も、ただ叩き付けるだけでは刃こぼれするだろう。一歩間違えば、折れてしまうことだって在り得る。
 今まで身体に叩き込まれた技術で、補っているに過ぎない。
 メタアーツが使えれば、力任せに叩き付けるだけでも装甲を切り裂くことができる。エネルギーを纏わせた刃や拳なら、それほど技術は必要ない。
 それに、恐らくメタアーツ無しで機械兵器を倒せるのはユウキたちぐらいだ。シーナやハルカたちが追いつく前に、ここにいる者たちを無力化しなければならない。
「怯むな!」
 残り三機の敵が動く。
「リョウっ!」
 ヒサメが叫ぶ。
 すかさず、駆け出したヒサメの背後にリョウが付く。敵機の腕が向けられる寸前、ヒサメは身体を前後反転させリョウと向き合った。両手を組んでリョウへと差し出す。リョウは跳躍し、片足をヒサメの両手へと乗せる。折り曲げた足に力を込めて、リョウはヒサメの手を踏み台にして跳んだ。ヒサメはリョウを後方へと跳ばすように、両手を踏ん張って振り上げる。
 加速されたリョウが大きく跳躍し、突き出された敵機の腕に着地する。振り払おうとする腕の装甲を蹴って再び跳躍し、肩の隙間へと刃を滑り込ませる。関節部が切断され、腕が音を立てて地面に落ちる。
 空中のリョウへ向けられたもう一方の腕は、ユウキが肘関節へ白銀の刃を閃かせていた。ヒサメが腰部に蹴りを打ち込んでバランスを崩させ、その間にリョウが両脚を破壊、隠し腕をユウキが切断する。
「この、ガキがぁっ!」
 コクピットが開き、搭乗者が姿を現す。
 だが、拳銃を手にした搭乗者の腕を、リョウの刃が切り落としていた。
「うおあああああっ!」
 絶叫する男の腕から鮮血が噴き出し、赤い飛沫が撒き散らされた。
 返り血がリョウの頬に飛んだ。リョウは小太刀の刃を返して、柄で男の首を叩き付けた。昏倒する男から飛び退くようにその場を離れ、リョウは次の標的へと駆け出している。
 躊躇うことなく相手の腕を切断したリョウに、ユウキは驚いていた。相手の命だけは奪わなかったが、もし気絶を狙えない状況だったならどうしていただろうか。
 身を翻し、ユウキも走った。
 銃弾を寸前でかわしながら、敵機へと接近する。背部のバーニアを噴かして距離を取ろうとする敵に、ヒサメが舌打ちした。
 さすがに、保護領域を展開しなければ機械に追いつく速度は得られない。距離を取られたら、ユウキたちには分が悪い。
「くそっ……」
 思わず、毒づいた時だった。
 空から轟音と共に迸った落雷が無差別に敵へと直撃した。既に破壊されていた機械兵器にも、雷撃は命中していた。さきほどリョウが昏倒させた兵士と、指示を出していた男だけを除いて。
「これは……!」
 リョウが目を見開いた。
 ジンの力だ。
 住民やアウェイカーへ向けられる敵意をターゲットに、無差別に雷撃を落としている。相手の命のことなど、全く考えていない。始めから殺す気での一撃だった。
「そんな、馬鹿な……!」
 今まで勝ち誇っていた男が、うろたえた声を出した。
「……俺たちを、甘く見ないことだ」
 男の背後に、ヒカルが立っていた。
 蒼い光に身を包んだヒカルの姿を見て、男が尻餅をつき、そのまま後退る。蒼と白の混じり合う瞳の中には、揺ぎ無い意志と、殺気が込められている。
「馬鹿な……確かに効いているはずだ!」
 焦った様子の男へと冷徹な視線を向けて、ヒカルは一度だけユウキを見た。
 僅かに瞳を翳らせて、ヒカルは再び男に目を向ける。
 そして、ヒカルの手が振るわれた。
 空中に生じた蒼い閃光が柱となって男の真上に落下する。純粋な破壊エネルギーに呑み込まれて、男は消滅していた。
「今、この国を覆うように強力な電磁場のフィールドが展開されている」
 ヒカルは、そう言った。
 先ほどの頭痛の原因は、対アウェイカー用に開発された新兵器なのだと。その装置は、ある種の強力な電磁場を広域に放射し、範囲内のアウェイカーに作用する。アウェイカーがメタアーツを使用する際に活性化する脳の一部分に作用し、強烈な頭痛と眩暈、嘔吐感を引き起こすらしい。
 ほとんどのアウェイカーは、その拒絶感によって力の発動を解除されてしまうのだ。
「なら、父さんたちは……!」
「俺たちのことは気にするな。お前たちは、先へ進め」
 ヒカルは、そう言って僅かに笑んだ。
 ヒカルとジンだけではない。恐らく、大人たちの多くが強烈な頭痛に見舞われながらも戦っている。並の精神力ではない。
「俺には、俺の戦いがあるからな」
 それだけ言うと、ヒカルは一瞬で姿を消した。
 ユウキが力を使っていれば、どの方角へ跳んだのかも見えたかもしれない。鍛えられてはいるが、メタアーツの拡張がない視覚では、ヒカルの動きを捉えられなかった。
「お兄ちゃん!」
「ユウキ!」
「ユーキぃ!」
 ヒカルが去って直ぐに、シーナたちが追いついてきた。
 シーナたちも、発動していたメタアーツを解かれている。やはり、効果範囲内でのメタアーツ使用に耐えられる人物はいなかった。
「行くぞ、一気にここを抜けるんだ!」
 ユウキは右手の刃を握り締めて、言い放った。
 住民たちを率いて、ユウキたちは再び歩き出す。
「お兄ちゃん、お母さんが……」
「解ってる。父さんが教えてくれた」
 泣きそうなシーナの声に、ユウキは振り返らずに告げた。
 今は、両親たちの想いを無駄にしないため、一刻も早く磁場領域内から逃れなくてはならない。
 ユウキたちの前に立ちはだかる敵は、視界に点として入った瞬間に殲滅されていた。蒼い閃光や雷撃、炎などが空から狙い撃ちにするかのように敵機を呑み込んでいく。
 ユウキはきつく奥歯を噛み締めながら、進んで行った。
 恐らく、ヒカルたちだって相当辛い思いをしているはずだ。それでも、これほどまでに強大な力を振るえる。それだけの意志が、彼らにはあるのだ。
 磁場領域を作り出している大掛かりな装置は、ユウキたちが辿り着いた時、既に護衛している敵影は無かった。
「これ、何で……?」
 ユウキは、小さく呟いた。何故、この装置を破壊していないのだろうか。
 疑問に思ったユウキは、保護領域を展開し、攻撃を試みた。
 だが、ユウキの攻撃は装置に届く前に消滅していた。
「力場が、ある?」
 力場を感じ取れるユウキには、装置の正体が何となくではあるが、掴めた。
 力場を破壊するという、ユウキの持つメタアーツと同じ特性の力場があり、その内側にもう一つ、別の力場があった。内側にある力場は、物理的な接触を拒む、空間を歪ませる力場だった。二重の力場に守られていて、手が出せないのだ。
「くそっ……!」
 手が出せるようなら、ヒカルたちが破壊しないはずはない。ユウキは毒づいて、目を逸らした。進行方向へと目を戻し、歩き出す。
「この先は二手に別れた方がいいわね」
 ハルカが提案した。
 この先、大人数を率いていては的になる。たとえ、ユウキたちが優秀なアウェイカーだとしても、人数が多ければその分立ち回る範囲が広くなってしまう。連携が取り難くなる上に、戦闘になれば住民の移動も制限が多くなるはずだ。人々の移動を優先するなら、二手に別れた方が得策だ、と。
「俺たちはどうするんだ?」
 レェンが口を開いた。
「私はシーナちゃんとリョウ、ヒサメを連れて行くわ、あんたはユウキと妹たちをお願い」
「ナツミとアキナは一緒じゃなくていいのか?」
 ユウキは驚いてハルカを見た。
「そりゃあ、凄く心配だけど……」
 ハルカは心底つまらなさそうに言った。
「私たちはユー君やレェ兄(にぃ)と一緒に行くよ」
「その方が、みんな安心できるから」
 ナツミとアキナが口を挿んできた。
「ああ、そうか……」
 ユウキは納得した。
 つまり、ハルカがいるチームは空間歪曲で住民が守られるが、ユウキたちのチームにはそれがない。比較的安全性の低いユウキたちのチームには、回復役がいた方がいい。
 また、お互いのチームの位置を確認するために、ユウキはシーナと別行動を取る。空間干渉で位置を把握するのだ。シーナなら、いつも空襲の時にユウキに声を送っている。ユウキの気配を察知するのはシーナなら直ぐできる。
「この先に、砦ができているみたい」
 シーナが、ユウキに一枚の紙を差し出した。先ほど、母が送ってきたのだと一言添えて。
 紙には、この先の簡単な地図が描かれていた。二つの道が合流する場所に砦があると書かれている。そこを突破すれば、住民たちの避難は完了する、とも書かれていた。
「解った、砦で落ち合おう」
 ユウキの言葉に、ハルカが頷いた。
 それから、ユウキはレェン、ナツミとアキナへ。ハルカはシーナとリョウ、ヒサメに視線を向けた。目配せを受けたアウェイカーは頷いて、左右に別れる。
「ここから先は二手に別れて移動する! それぞれ、俺かハルカについて来てくれ!」
 声を張り上げて、ユウキは住民たちに告げた。
 シーナが力を使い、ユウキたちの意図を全員に伝えて行く。即座に、皆が二つのグループに分かれた。
 ハルカのチームはユウキの方よりも人数が多くなったが、その方がいいだろう。さすがに全員を空間歪曲の力で保護するのは難しいが、全体の三分の二程度なら大丈夫そうだ。人数が多い分、リョウとヒサメがいる。代わりに、ユウキの側にはアウェイカーが多かった。ハルカの保護が無い分、戦力を増やすような配分になったようだ。
 二手に別れて、歩き出す。
「行くぞ、後、少しだ!」
 ここから先の道程自体は、そこまで長くはない。
 砦さえ突破できれば、目標は達成できる。
 両親が戦っている。砦を突破し、皆を無事に国外へ出せたのなら、戦いも終わるはずだ。
 ユウキは手にした刀の柄を力強く握り締めて、足を踏み出した。
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