第八章 「……お前、何のために戦ってんだよ……?」


 凄まじいまでの疲労感が遅れて襲ってきた。短時間で人間には無理な動きを繰り返した事による反動が、エニグマを完全に不活性状態にした時になって襲ってきたのだ。エニグマをあれほどまでに使用した回数が少ないが故に。
 エニグマをいつも通り光の筋を浮かび上がらせる段階まで使用し続けていれば、反動による疲労がなくす事もできる。しかし、それでは気配を消す事はできない。
 聖司はコンビニに入り、商品棚の中から冷え切ったスポーツドリンクを拝借し、渇いた喉を潤した。
(……どうする?)
 恐らく、麻衣ならば聖司の取った戦法に気付くだろう。
 次は通用しないはずだ。個別で警戒する事はしなくなると考えて間違いはない。
 麻衣がその事を思い付かないだろうという、希望的な事は考えない。戦局は、常に最悪の状況を考えて、それに対応できるように行動しなければならないのだから。
 次にぶつかるとなれば、麻衣達三人を相手にして戦う必要がある。その際、エニグマを活性化させた、第二形態は使用せざるをえない。
 玄武一人でさえ、第二形態を使用しなければ勝てなかったのだから、同等以上の戦闘能力を有すると考えられる白虎と青龍の二人を同時に相手しなければならないとなると、第二形態を発動させなければまともに戦う事さえできないはずだ。相手も第二形態を発動させてくる事は間違いないのだ。
(……問題は、麻衣か……)
 無論、エニグマを持つ二人も注意せねばならないが、それ以上に麻衣も警戒しておかなければならないだろう。
 今まで、麻衣が勝ち目のない戦いをしたところを聖司は見た事がない。まだ何か奥の手があると見て間違いないだろう。麻衣一人になったとして勝算がないのであれば、麻衣は聖司に対して直接敵対する事は宣告しなかったはずだ。
 つまり、麻衣は自分一人の状態でも聖司に勝てると考えていたから、聖司に自分が敵である事を告げたのだ。ユニオン・デバイスの稼動のための時間稼ぎ程度だったとしても、今の聖司には脅威なのだから。
(あまり、時間をかける訳にもいかないからな……)
 ユニオン・デバイスが稼動するまでにはまだ時間があるだろう。麻衣達が発動させていないのが何よりの証明だ。しかし、いつ、稼動可能になるのかは聖司には判らない。
 飲み終えたペットボトルを、コンビニの外に備え付けられているゴミ箱の中へと入れる。
 空中には相変わらず、ユニオン・デバイスが滞空しており、周囲に人気はない。
(……もう、他に手はないか)
 意を決し、大きく息を吐くと聖司は歩き出した。

 ユニオン・デバイスを正面に捉える道路の先に、白虎と青龍がいた。そこに麻衣の姿がない事は気にかかったが、聖司の姿も白虎と青龍には捉えられているはずだ。今更隠れても遅い。
「麻衣の言った通りだな」
 白虎が口を開いた。
「まぁ、最良の判断だと思うぜ。意外と早かったしな」
 口元に笑みを浮かべ、言葉を放つ白虎が一歩、足を踏み出す。
「麻衣ならばデバイスの調整だ」
 青龍も言い、白虎とは逆の足を踏み出した。
 同時に身構えた二人の身体に光を走らせる筋が浮かび上がる。白虎は黄金、青龍は蒼の光を流す黒い筋が浮かび上がった直後、エニグマが活性化し、周囲に燐光を放った。
 聖司のエニグマがそれに反応し、身体の内側で脈打つような感覚を味わう。
 白虎は黄金色の三本の爪を両手に、頬当てのついたヘッドギアのようなものを頭部に、腕や脛、胸部には薄い装甲を纏う。
 青龍は蒼い鎧を全身に纏い、左腕は龍の頭部を模したものに包まれ、右腕には短めの剣が握られており、背には翼が形成されていた。
「玄武を倒した力、見せてみな」
 白虎が告げると同時、聖司もエニグマを発動させる。
 全身に赤い光を流す筋が浮かび上がり、活性化したエニグマが周囲に燐光を放ち、身体の上、衣服の上にエニグマが物質化していく。背後に翼が生成され、両腕にブレードが作られ、各部に軽装の鎧が生成された。
「なるほど……確かに『神薙』だな」
 エニグマの鎧が脈打ったのを感じたのだろう、青龍が呟く。
「確かに、一人じゃあ少しキツイとこだろうな」
 白虎が呟き、聖司へと視線を向けた。
 自然体の聖司はその視線を見返し、相手の反応を待つ。
(――!)
 白虎が動こうとすると同時に、青龍の左腕が閃光を吐き出した。
 脇へと逃れる聖司に、白虎が飛び掛る。振るわれた爪を腕のブレードで受け止める。エニグマの力が反発し合い、光を撒き散らした。
 聖司を引き剥がすように蹴りを放つ白虎に、聖司は後方へと飛び退いて蹴りをかわす。そこへ蒼い閃光が放たれ、聖司は空中へ逃れた。
 それを見た青龍も飛翔し、聖司へと左腕の龍の口から閃光を放つ。背中の翼をはためかせ、突撃してくる青龍の背後に回り込むように、聖司は空中で動きを変える。
 機動力は『青龍』よりも『朱雀』の方に利があるようだ。
 背後へ回り込んだ聖司へ、青龍が右手の剣を振るう。それをブレードで受け止めた聖司に、青龍が左腕の砲口を向けた。
「――!」
 瞬間的にブレードを剣から引き、聖司は横へと逃れる。
 直後、真下から白虎が飛び掛ってきた。周囲の建物を蹴飛ばして跳躍したのだろう、高度があると言っても、飛べないエニグマでも足がかりになるものさえあれば不可能ではない高さだ。
 舌打ちし、身体を捻るようにしてベクトルの向きをずらし、爪の一撃を回避すると共に白虎に回し蹴りを返す。
「……っとぉ!」
 聖司の蹴りを、白虎は足で受け止めた。蹴りのベクトルと、その足を蹴飛ばす力を利用して、白虎が大きく離れる。
 そして、白虎が離れるのと同時、聖司の目の前に青龍が滑り込んでくる。振るわれた剣をブレードで弾き、繰り出した突きを、青龍は後方へと飛翔してかわした。
 不意に感じた空気の流れに、聖司は後方へと身を退いた。直後、白虎が建物を蹴飛ばして飛び掛ってきていた。身を退いた事で攻撃を回避し、ブレードを薙ぐようにして反撃する。
 瞬間、聖司のブレードが蒼い閃光によって弾かれた。
 離れた青龍が、左腕の砲からエネルギーを打ち出し、白虎への攻撃を防いだのだ。それで破壊されなかったのは、直接力を発揮するであろうブレードがエニグマとしての純度が最も高いためなのだろう。
「っらぁっ!」
 咆え、白虎がもう一方の爪を振るった。
 その腕を右足で蹴り上げて攻撃を防ぎ、身体を捻って左腕のブレードを白虎の側面に叩き付ける。瞬間、白虎の背後にまで近付いていた青龍の剣が聖司のブレードを弾いた。
「……!」
 左右の翼で身体を覆うかのように、羽を動かす。
「――何っ!」
 白虎の爪が羽が放つ朱色の燐光で弾かれ、飛翔のための翼を一時的に防御に利用した聖司が失速する。そこへ青龍が左腕の砲を向けた。放たれた閃光を、翼を開くと同時に振り撒いた燐光で打ち消し、身体を空中へと持ち上げる。
(――厳しいな……)
 本来ならば想定していないはずの空中戦を行う白虎と、それの援護に見えて自身も積極的に攻撃してくる青龍。
 時には仲間を守るように、時には連携するように攻撃を繰り出す二人に、中々攻撃が通らない。一方に意識を向けてしまえば、もう一方への注意が多少なりとも疎かになってしまう。この状況下でそれは命取りだ。
 二人とも、まだ百パーセントの力は出していないのだろうから。
「白虎っ!」
 青龍が叫ぶと同時、白虎が聖司に正面から飛び掛る。
 振り下ろされる爪を、下方から打ち上げるようにしてブレードで弾く。白虎が浮かび上がるようにして空いた場所へ、青龍が滑り込んだ。
 横薙ぎに払われた剣を後方へと逃れて回避した聖司へ、青龍は左腕の砲口を向ける。その射軸から逃れた聖司は、見た。
(――!)
 振り切られた青龍の持つ剣の上に、白虎が着地し、足掛かりにしていたのだ。
 白虎が跳躍するよりも早く、青龍の砲口が閃光を放つ。回避できぬよう、拡散された蒼い閃光を、聖司は翼を盾にして防いだ。エネルギーの圧力を押し退けるように翼を開いた聖司へ、白虎が肉薄していた。
「――貰った……!」
 白虎が小さく呟いたのが、聖司には聞こえた。
 咄嗟に、突き出された爪にブレードを咬ませて身体への命中は防いだが、勢いは止まらない。
「……!」
 防御に使ってしまった事で翼は直ぐに動かせず、聖司は白虎と共に背後の建物に突っ込んだ。
 コンクリートでできている建物の壁を、鉄骨ごと打ち砕き、建物の内部に背中から突入する。背に翼があるお陰で、衝撃はいくらか軽減されていた。
 建物内のデスクを薙ぎ倒しながら、聖司と白虎は対角の壁の近くまで食い込んでいた。
 鋭く息を吐き、爪の間に交差させて差し込んでいたブレードを思い切り左右に引き離す。耐え切れず、白虎の爪が砕け散った。ガラスとも金属とも違う綺麗な破砕音が辺りに響き渡り、光の粒が散った。
「ちっ!」
 爪を破壊されて逆に自由になった白虎が床を蹴って距離を取る。
 砕かれた爪は黄金色の燐光となって大気中に霧散し、白虎の腕からは砕け散った爪の残った部分から先が復元された。元々、エニグマのエネルギーの物質化したものであるために、復元が可能なのだ。
「……お前、何のために戦ってんだよ……?」
 白虎が問う。
 聖司が喋れない事は白虎も知っているのだから、返答を期待してのものではない。聖司自身に確認させたいのだろう。
「委員会の仕事だなんて理由じゃあ認めねぇぞ」
 その言葉に、聖司は無言で立ち上がった。
(……何のために、か……)
 随分と懐かしい問いかけだ。
 四年前から見失い、探す事を諦めた問い。ただ、生きるためと考えて、委員会の仕事をこなし、ただひたすらに訓練に打ち込む事で今まで生活してきた。
「……一つ、いい事を教えておいてやろうか」
 白虎が口元に笑みを浮かべ、言う。
「――委員会は、動けないぜ」
 その言葉に、聖司は微かに眉を顰めた。
「局の動向を伝える連絡員は、お前と麻衣が処分してるからな。そう仕向けているし、例えユニオン・デバイスがこの空間に転送された事をその瞬間に察知していても、委員会はそう簡単には動けない」
 白虎の言葉は、聖司にとってある種過酷なものだった。
 つまり、委員会からの援軍は見込めないという事になる。
「他の空間でも、この空間でも、局はいたる所で行動を起こしたからな。そっちに人材を割かせて、その上でユニオン・デバイスを持ってこさせた。気付いたとしても、動かせる奴はいないだろうさ」
 口元に笑みは浮かべているものの、白虎の表情は楽しんでいるようには思えなかった。
 全ては、仕組まれていたのだ。局は入念に準備を行い、このユニオン・デバイスによる計画を実行している。
 ユニオン・デバイスの移送についての情報や、局の作戦計画の情報を握っていた連絡員は、局からの追っ手によって追い込まれ、思い通りに別空間に移動できずに、不正干渉と見做された。そして、それを居合わせた聖司と麻衣が処理したのだ。恐らく、麻衣は知っていたのだろうが。
 そして、その情報伝達が絶たれたために、この空間には局の作戦が伝わらなかったのだ。狙われているのが、この空間である事、陽動作戦が複数展開するであろう事、エニグマを持つ特殊対処員の三人が局の人間である事。それらの情報が伝わらなかった事で、この空間の委員会は局の作戦にはまってしまったのだ。
 他の地域で局の構成員が大規模に動き、それを収拾させるために、委員会は対処員を派遣して行く。そうして、ユニオン・デバイスへ向けられるであろう戦力の全てを別の方向へ向けさせたのだ。
 ユニオン・デバイスの周囲に局の構成員がほとんどいないのはそのためだったのだろう。
 恐らくは最大の障害になるであろう、エニグマを持つ他の特殊対処員を別の場所へ派遣させるために、その部隊のほとんどを陽動に回してしまっているに違いない。
 そして、いざという時のために、ユニオン・デバイスには白虎達を護衛につけたのだろう。
 情報伝達も時には兼ねている、委員会ではそれなりに高い立場にある特殊対処員が三人も局の側についたのだ。情報の一部が遮断され、偽の情報が流されても不自然ではない。
「まぁ、そういう事だ。時間稼ぎで仲間の応援を待つ暇なんてねぇぜ」
 白虎は言うと、身構えた。
 身を低くし、床を蹴って瞬間的に距離を詰めた白虎が爪を突き出す。左腕のブレードを、爪を外側へと弾くように振るい、そのまま身体を回転させるようにして回し蹴りを放った。屈んで蹴りをかわした白虎が下方から爪を突き上げてくるが、それを右腕を薙いでブレードで弾き、右足を蹴り上げる。
 蹴りの寸前で自ら後方へと宙返りし、白虎が聖司の蹴りを回避する。そして、足が床に着いた瞬間には、聖司へと踏み込んでいた。
「――俺はな、この世界は不自然なんだと思ってる」
 爪を振るいながら、白虎が呟く。
「それぞれが別の性質を持つ空間が、十三も存在しているなんて、不自然だとは思わないか?」
 突き出したブレードをかわし、白虎が一歩踏み込んだ。
「どうして、異空間が存在する? 皆、同じ世界、同じ時間を生きている。違うか?」
 左右の爪の連続攻撃を聖司はブレードで捌く。
 時間軸が同一かどうかは、その空間の性質にもよるだろう。時間の単位そのものが違うのだ。しかし、それは単位が違うだけで、同じ時間を共有していると言えるものだ。それぞれの生命体の時間の流れは個別で、成長や寿命にかかる時間は違うが、別の空間で過ごした時間と、元の空間で過ぎ去った時間は、単位は違えど同じ時間だ。
「枠なんて必要ない」
 白虎の爪が聖司の頬を掠める。途中で切断された髪が一、二本舞ったが、頬には傷すらついていない。
「俺は、十三の閉鎖された空間を解放する……それが俺の局での目的だ」
 他の者の理由とは関係なく、白虎自身はそう思っているのだと、そういう事だ。
 身体を捻り、回し蹴りを放つと、その直後にブレードを突き出す。蹴りをかわし、ブレードを爪で防いだ白虎に、聖司は身体を回転させて背中の翼を思い切り叩き付けた。
 朱色の燐光を放つ翼に弾き飛ばされ、白虎が吹き飛ばされる。突入してきた時とは別の壁を突き破り、白虎が建物の外へと落下して行く。
(――!)
 感じた殺気にその場から飛び退き、建物の外からの青龍の射撃を回避した。白虎を誤射せぬよう、射撃を控えていたのだろう。建物の外へ白虎が吹き飛ばされたのを見て、攻撃してきたのだ。
 建物の中を駆け抜け、最初に聖司が突入してきた穴から外へと飛び出す。
 放たれる閃光を、青龍を中心に弧を描くようにして避け、聖司はブレードを振るった。青龍とはまだ距離があり、近接攻撃の届く間合いではない。しかし、欠けた月のような円の形状を取って朱色の閃光が放たれていた。
「――ちっ!」
 舌打ちし、青龍が回避したのを見て、聖司は高度を上げる。落下して行った白虎が追いついてくるまでの時間を稼ぐためだ。
 聖司の挑発に乗って、青龍が追ってくる。翼をはためかせ、青龍が加速するが、聖司には追いつかない。それに対して青龍が歯噛みする。
 息を吸い、聖司は上昇を止めた。瞬間的に息を吐き、右腕のブレードを後方へ引き、左腕を前へと突き出すような姿勢で青龍へと加速する。相対速度を考えれば、青龍に左手の砲を構える時間はない。それを理解したのだろう、右手の剣を正面に構える青龍と聖司が交錯する。
 すれ違う瞬間、聖司は左腕を引き、右腕を振るった。神経を研ぎ澄まし、精神を集中させる。ブレードが朱色の光を帯び、尾を引きながら青龍の構えた剣へと向かう。鋭く細められた聖司の視線が、青龍を射抜いた。
 聖司の刃と青龍の剣がぶつかり合い、閃光を放つ。
「――!」
 青龍が驚愕に目を見開いた。
 ブレードが剣に食い込み、そのまま切り裂いていた。剣の向こうにある、青龍の右胸の鎧を破って突き刺さり、聖司と青龍の二人の慣性によって、刃は青龍の身体に食い込み、切り裂く。そのまま静止する事はなく、聖司の腕のブレードは青龍の身体を右胸から右脇までを切り裂いてすれ違った。
 突き出すような姿勢となったブレードが、振るわれた奇跡のままに朱色の光と鮮血を散らす。
「……私は……負けない……っ!」
 青龍の声が聞こえた瞬間、聖司のエニグマが震えた。
 背後を見やれば、そこにはエニグマが放出するエネルギーを無制限に身に纏う青龍がいた。物質化していくエネルギーが青龍の傷口をも覆い、人の形を失わせていく。
(――!)
 まるで龍を思わせるような形状にエニグマの蒼い装甲が形成されていく。大きさも五メートル程に達し、その頭部にある透き通った結晶の瞳が聖司に向けられる。
 咆哮を上げ、龍がその口腔から蒼い閃光を放射した。横から叩き付けるように、放射し続ける蒼い閃光を聖司へと向けてくる。咄嗟に上へと逃れ、回避した聖司は、龍へと視線を向けた。龍が吐き出す閃光をかわしながら、両手を身体の真正面で伸ばして指を絡ませ、両腕のブレードの先端を龍へと向ける。
 集中させた意思に呼応して、エニグマのブレードが朱色の光を放った。ブレードの付け根から先端部へと、朱色の光が何度も何度も脈打つように駆け巡る。二本のブレードの先端部の間に朱色の光球が生じていた。刃に光が走る度に光球は密度も、大きさも増していく。
「撃たせるかっ!」
 向かい、龍の後方にある建物の屋上に白虎の姿があった。屋上を走り出す白虎の姿が徐々に人間のものではなくなっていく。
 青龍と同様に、白い虎の姿へとエニグマの鎧が変貌していく中で、その身体能力が上昇していくのが判った。走る速度は増し、聖司のエニグマが震えるように共振する。跳躍した虎がその鋭い前足の爪を聖司へと向ける。
「がぁぁああああっ!」
 白虎の爪を寸前でかわすと同時、聖司は光球の狙いを虎へと変えた。
 虎の足が黄色の光を帯び、空中で、空気を蹴るかのようにして向きを変える。物質化したエニグマが空間の性質を無視した行動を可能にしていた
「――!」
 仰け反るようにして、横合いからの虎の爪をかわす。そうして、聖司の真上を虎の身体が通過する瞬間に、聖司は両腕を虎に叩き付けていた。
 爆発のような閃光に、叫び声を上げて虎が吹き飛ばされる。そのまま、逆上がりするような動きで体勢を整えた聖司は、龍の攻撃を掻い潜って虎へと突撃した。
 周囲の建物が龍の吐き出す閃光を受けて崩壊して行く。
 脇腹の辺りから黄金色の光を撒き散らしながら落下する白虎に聖司は追い討ちを仕掛けた。振り上げた右腕のブレードを叩き付け、それを防いだ前足を左腕のブレードで切断する。間髪入れずに右腕を白虎の胸部辺りに突き刺し、反撃しようとするもう一方の前足を左腕のブレードで両断。背後からの龍の攻撃を翼で弾いて防ぎ、白虎に突き刺したままのブレードを思い切り横へと振り払い、脇にある建物へと虎を叩き付ける。
 頭上から降ってくる蒼い閃光の間を縫うように、聖司は白虎を叩き付けた建物に突入した。
「……何でだ?」
 苦しげな問いが聞こえた。
 建物の内部、デスクや棚などを薙ぎ倒し、柱に半分埋まるようにして、白虎が倒れていた。その姿は、虎ではなく、人間の状態に戻っている。
「お前が訓練しまくってたのは知ってたが……それだけでここまで戦えるものか……」
 白虎が身を起こし、折れた右腕の爪を復元させる。
「……見つけた、って事か……」
 白虎は言い、身構える。確実にダメージを受けているのが目に見えて分かった。恐らくは、虎の状態を維持できないだけの精神的ショックを受けているのだろう。
「……勝負――!」
 白虎が走り出すのと同時、聖司も地を蹴った。
 聖司の翼が朱色の光の尾を引く。右腕のブレードが朱色の光を放ち、構えた切っ先が白虎を捉える。その一撃に全てを懸けたのだろう、今までとは比にならない速度で接近する白虎と、聖司が交錯した。
 突き出された爪を、身体をずらして致命傷を避けると同時に右腕のブレードを突き出す。
「――がぁっ……く、そぉ……!」
 白虎の胸には深々とブレードが突き立っていた。聖司は左肩を爪で切り裂かれたが、浅い傷だ。
 口から血を吐き、白虎の身体から力が抜けていく。ブレードを引き抜き、聖司は白虎を見下ろした。
「……最後に、教えてやる……『神薙』じゃ…麻衣は、倒せ…な、い……」
 途切れ途切れになる言葉を聞き、聖司は白虎に背を向けて駆け出した。
 まだ、青龍が残っている。壁に空いた穴から外へ出た時には、白虎に受けた傷は治癒していた。翼を広げ、聖司は蒼い龍と対峙する。
 白虎が敗北した事を察したのか、龍が一際大きく咆哮を上げ、その口から閃光を撒き散らす。聖司の背にある翼が朱色の尾を残し、蒼い閃光の間をすり抜けて行く。
 龍が手から光弾を作り出し、放った。見境というものがなくなったかのように、蒼い光弾がばら撒かれ、口からは閃光のブレスが撒き散らされている。
 光弾のいくつかをブレードで弾き、聖司は龍に肉薄した。懐に飛び込み、ブレードを突き立てる。傷口から蒼い燐光を散らし、龍が絶叫する。全体的な大きさは増しているが、速度にあまり変化はない。多少、遅くなっているように感じるのも、攻撃の威力に意識を向けているからなのだろう。
 神経を研ぎ澄まし、ブレードを龍に突き刺したまま、聖司は龍の周囲を翔けた。研ぎ澄まされた意思が、聖司の素早さを引き上げ、龍の身体を切り裂いていく。
 全身から蒼い光の粒を撒き散らし、龍が悶える。暴れる龍の身体を切り裂き続け、やがて聖司は龍の身体の一部を切断した。胸部の一部を引き剥がされ、龍が絶叫を上げた。切断面は蒼い光に満ち、その全てがエニグマである事を告げている。その龍の身体から、エニグマとは違う部分を見つけ出し、聖司はそれを掴むと翼を羽ばたかせ、力任せに引き抜いた。
「うがぁああああっ!」
 龍のものではない、人間の絶叫と共に、青龍がエニグマの龍の中から引きずり出される。身体とほぼ同一視できる感覚を共有しているエニグマの中から引き出されたのだから、苦痛は凄まじいに違いない。
 そうして、心臓部とも言える青龍を失った龍が光の粒となって霧散する。
「くそっ! どうして負けるっ!」
 目に涙を薄っすらと浮かべ、青龍が叫ぶ。
 エニグマを再発動させようとする青龍を空中へ放り上げ、聖司は右腕を大きく振り上げた。朱色の光が収束し、ブレードを包む。
「くそぉぉおおおっ!」
 青龍が、エニグマの発動がもう間に合わない事を悟り、絶叫する。
 瞬間、ブレードが振り下ろされた。朱色の光はブレードの刃を延長するかのように一直線に伸び、青龍の身体を両断する。紅い鮮血を撒き散らし、落ちて行く青龍を見ようともせず、聖司は最も近くにあった建物の屋上に降り立った。
 翼を畳んだ瞬間、今まで抑えていた疲労が溢れ出した。全身から汗が噴き出し、呼吸が乱れる。胸を押さえて膝をついた聖司は、倒れそうになった体を左腕を床につけて支えた。
 荒い呼吸と心拍を、経験から得た呼吸法で強引に抑え付ける。額の汗を腕で拭い、聖司は建物の中に入り、水道を見つけると躊躇う事なくその蛇口を捻った。水を浴びるように飲み、失った水分を補給する。
 その上で大きく息を吐くと、聖司は建物の屋上に戻った。
 屋上から見える、ユニオン・デバイスには外観上の変化は見受けられない。しかし、何かが違うという事だけは分かった。雰囲気というものではない、エニグマがそう感じ取っている。
「三人、倒せたのね……驚いたわ」
「――!」
 背後から聞こえた声に、聖司は振り返った。
 声がするまで気配がなかった。感じ取れなかったのではない。そこに『なかった』のだ。聖司にも突然現れたとしか思えなかった。だが、よくよく考えれば、アフェクト・クリスタルを持っているのだから、それも不可能ではないと気付く。
(……麻衣――!)
 いつもと変わらない様子の、麻衣がそこに立っていた。しかし、それは聖司には一層、不自然に見えていた。
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