Five 「牙をむいた優しさ」


 ―――その時、僕は初めて戦った。確かに、自らの意志で…。

 翌日、ギルト達はレヴォルードを発つ事にした。昨日、昼のうちに食料などの調達は済ませておいたので、準備が整えて都市の門に向かった。
 都市の門までは顔面がボコボコになったレイジ市長が同行してくれた。包帯や湿布などをあてがっていたが、ところどころに見える皮膚が紫色に変色していた。つまるところ、楽しんでやった拷問の報復を受けたわけである。しかし、彼はこうなる事を覚悟していたのか、笑ってこう言った。
「大丈夫、大丈夫。ハーモニクサーは傷の治りも普通の人と比べると比較的早いんだ。三日もすれば、腫れもひくさ。」
 まあ、自分以外にはこんな実験が出来る人間は今までいなかったのだ。報復を受けても試してみたかったのだろう。
 やがて、門に差し掛かると、列車で襲われた時に助けてくれた自警団の一人が待機していた。足元においてあったコンテナを抱えると進み出て、レイジの前にそれを置いた。
「レイジ様、指示通り用意しておきました。」
「ご苦労さん。後で給料割り増しにしておく。もう配置に戻っていいぞ。」
 兵士を帰らせると、レイジはコンテナを開いた。中には弾薬類や剣などの武器が詰め込まれていた。
「これを皆さんにお持ちいただきたい。」
「わざわざすまないな、ここまで面倒を見てもらって。」
 という割には嬉しそうにキザミが言った。
「いえ、いいんですよ。皆さんの旅は危険が付きまといそうですし。このくらいはさせてください。」
「何さ、人体実験の罪滅ぼしってワケ?」
 ミクシーがふくれっつらをして言うと、コンテナの中から二本一組の双剣を取り出した。
「そう言うなって。君にはコイツが丁度いいと思う。ぜひ使ってくれたまえ。簡単には壊れないはずだし、ハーモニクスの際に身体に同化させて使う事も出来るはずだ。」
 それは普通の剣ではなかった。奇獣鋼と呼ばれる金属で作られた剣であった。奇獣鋼とは、文字通り奇獣の身体を構成している金属の事だ。現在、人間が知っている金属の中で最も硬い。同時に価格も高い。
「へえ、コレって…。」
 刀身に目を見張ったミクシーをレイジが小さく笑った。
「なんかおかしかったか…?」
 すかさず、ニコニコしているレイジをにらみつける。
「いや、女の子なら宝石とか、もっと別の物の方が喜ぶと思ったんだけど。」
「アタシに…?飾り物なんてアタシには似合わねーよ。」
 手を振って否定すると、彼の手から剣をさらった。
「そうかな?そんななりじゃなくて、もっとキチンとしたのを着ればもっと可愛く見えると思うんだけどなあ…。」
 キチンとしたのを、と言ったところを見ると、彼は一般の感覚も持ち合わせてはいるようだ。異能と一般の間で生きている珍しい人だと思った。
 ミクシーは再び飛び出した可愛いという単語に頬を染め、困ったような顔をした。
「…堅苦しいのは嫌いだよ。」
「解ってるって。でも、俺としては、次は奇獣なんかじゃなくて普通の服を選ばせてあげたいね。」
「バカ…。」
 うつむいた。彼の前ではしおらしくなるなあ、不思議だ。
「こっちは私が貰っていいかい?」
 そんな事はお構い無しに、キザミは弾が付いたガンベルトを引っ張り出していた。
「ああ、どうぞ。そいつはフリーズブリットを装着してあります。黒い奇獣にも効果があるはずですよ。」
 フリーズブリット。それは液体窒素と呼ばれる低温の液体を詰め込んだ冷凍弾で、着弾した部位を凍結させる事が出来るらしい。また、急激に冷やされた物質はもろくなるそうなので、硬い金属の外骨格が相手でもダメージを与えられるようになるというのだ。これはかなり頼りになる。
 エアには銃器類を整備するためのツールや部品が渡された。キザミの銃は戦闘での要だ。整備は絶対に必要になる。これもありがたい配慮だ。
 だが、ギルトに渡されたのは小さなビンひとつだった。
「何です、コレ?」
 指差して尋ねると、レイジは頭をかいた。
「はははっ、睡眠薬さ。よく眠れるぜ。でも、いっぺんに沢山飲むと危険だからラベルの用法を守ってくれよ。…ホントはもっと役に立つ物を用意したかったんだが、スペルドライバーの戦闘スタイルなんて分からないからさ。すまん。」
「…いえ。助かります。」
 この薬はギルトにはありがたい物かも知れない。旅先では緊張がなかなか切れない。夜にゆっくり休む事が出来るのは助かる。
 それに、戦闘スタイルと言っても、未だに攻撃能力の無いギルトにはそんなもの知りようがないのである。
 全員がコンテナの中身を装備し終えると、レイジが別れの言葉を切り出した。
「さて、それではお別れですね。またこの都市に来た時はいつでも歓迎しますよ。」
 都市の若き市長に見送られ、レヴォルードを後にした。

 さて、次の目的地だが、一向はウムラウドという都市を目指す事になった。辺境に地にあり、そこまで列車のレールが続いていない。途中まで列車を乗り継いで、残りを歩いても一ヶ月はかかる距離だ。行くのに面倒な上、大都市というわけでもない。
 それでも向かう理由は、その都市にスペルドライヴに関する情報がある可能性があるからである。スペルドライヴは存在した事実のみが民間に伝えられ、その本質を知る者はほぼ皆無に等しい。しかし、そうした古から伝わる力は、伝説として残っているケースが多いらしい。
 レイジの話ではこうだ。
「確実性は無いが、スペルドライヴのような力は古から伝わっている力だ。最近はすっかり伝説や昔話は廃れたが、そういう話の中にヒントがあるかも知れない。実際、俺も小さい頃お袋から、超能力を使って戦う戦士の話を聞かされた事があったな。確か、ウムラウドから伝わった物語だと聞いた覚えがある。」
 つまり、ウムラウドはスペルドライヴが発祥した地である可能性があるのだ。オカルチックな話だが、望みはある。元々情報量が少ないのだから、行動を起こすには十分だ。
 途中にあるいくつかの都市に立ち寄りながら、のんびりとウムラウドを目指す事にした。

 徒歩の時は、敵に襲われる事が多かったので、実際に武器は役に立った。
 ミクシーの強化されたハーモニクスの力もこれまた役に立った。流石に一度でレイジのようにはいかなかったが、三体までいっぺんに操れるようになっていた。途中で奇獣に襲われた時も、相手を支配下に置き、戦闘回数を減らす事も出来た。
 黒い奇獣と戦う時も、キザミのフリーズブリットで凍結させ、もろくなったところに攻撃を加えると、まるで粉雪のように崩れ落ちた。
 危険な時はギルトが補助スペルで援護した。
 稀に、エアの白き翼が発動しギルトの力を増幅してくれた時もあった。
 しかし、何度も生命の危機に遭遇しているにも関わらず、ギルトは相手を攻撃するスペルを一向に覚えなかった。

 丁度、ウムラウドまでの工程を約三分の二踏破した頃だ。
 一向は途中にある都市ブレイカルにたどり着いた。ブレイカルは大都市という程ではなかったが、物資の流通は盛んでレヴォルードから輸入された武器類も扱われていた。勿論、現地から遠いため、少々値は張ったが。
「あの、少しこの都市で羽を伸ばしませんか?」
 宿を探す途中、エアが提案した。確かに、レヴォルードからここに来るまで一晩泊まってすぐ出発を繰り返していたので、都市は食事と宿以外はほとんど利用していなかった。
「…そうだな。二、三日ここに滞在してみるのもいいかも知れないな。」
 キザミも同意した。
「最近は戦い続きだったからね。やっと少し落ち着けるな。」
 ミクシーは首をボキボキ鳴らしながら回す。しかし、奇獣と融合していない時の彼女は本当にラフな印象を受ける。度々戦闘を行っていたせいで、キザミとミクシーの服はあちこちが擦り切れており、彼女の場合は余計にラフな印象を強めていた。
 ところで、ミクシーが支配した奇獣は都市内に連れ込むわけにはいかないので、平常時は都市の上空に待機させてある。
「じゃあ、とりあえず宿に荷物を預けてからですね!」
 ギルトも骨休めが出来ると喜んだ。レイジに会ってから都市を回る旅が次第に楽しくなっていた。それに、このメンバーなら順調にいきそうな気がする。自分にとって良い傾向だ。この気持ちのまま旅を続けたいと思った。
 都市の出口に最も近い宿を選んだ。荷物を預けるとすぐ外へと繰り出した。どこから見て回ろうか。皆で話し合いながら人が行き交う道の中を歩いた。
「こっちの通りから見てみようか。」
 キザミの言葉に同意して曲がり角を曲がった時、道の脇からこちらに向かって近づいてくる人影があった。グレーのローブに身を包んだ一人の人間が真っ直ぐに歩いて来ていた。
(…!?何だ?この感じは…?)
 ギルトは何とも言えない不安感を覚えた。頭に深くかぶさったフードのせいで顔が見えないが、間違いなくギルトはその人間に不安感を感じたのだ。だが、その不安が何なのかよく解らない。思案している間にもそのローブの人物はこちらにどんどん接近して来る。元々移動していた四人と距離は次第に縮まり、グレーのローブはこちらの前にたどり着くと足を止めた。
「あの、あなた達四人はそれぞれギルト・シオンさん、キザミ・コウリュウさん、ミクシー・ライザーさん、エア・エルグリムさんですよね…?」
 その声は女性のものだった。突然の質問にすぐに答える事が出来ずにいると、彼女は更に続けた。そして、その言葉に一同は戦慄を覚える事となった。
「ねえ…どうして死んでくれないの…?」
「なっ…!?」
 ギルトは思わず声を上げた。不安感の正体が解った。彼女から鳥肌が立つ程の殺気が放たれている。あの黒い奇獣が持つ、邪悪な意志のような。
「…!!…ぷ、プロテクトシールド!」
「…アイスコフィン。」
 恐怖が弾けたギルトはとっさに防御壁を展開していた。そこに無数の氷の刃がぶち当たり砕ける。間違いなく目の前の彼女の攻撃、しかもそれは…。
(スペルドライヴだ…!!)
 間違いない。あれはスペルだ!一体どうなっているんだ!?どうして僕達がスペルトライバーに襲われなければならない?頭が混乱し始める。
 恐らく、今回ギルトが覚えた恐怖感は今までで最高のものだっただろう。
 通りを歩いていた周囲の人間も驚いて遠ざかる。
「…いきなり何をするんだい?」
 キザミは冷静に、しかし警戒しながら尋ねた。銃にも手がかかっている。
「折角、私が人生の全てから開放してあげようとしたのに…。まだ生きたいの…?」
 冷めた言葉と共に氷塊が投げつけられる。これをキザミがブラストブリットで即迎撃する。爆発が巻き起こり、氷風が吹き付ける。その風の勢いによって彼女のフードが取れた。なんと彼女はミクシーと同じくらいの少女であった。青い髪に青い瞳、整った美しい顔立ちをしていたが、その表情は凍り付いていた。無表情なのである。無表情のまま、周囲に身震いしたくなる程の憎悪を振りまいているのだ。
「何者だあッ!!」
 ミクシーは横合いから彼女に飛び掛った。そのまま上空に待機させていた奇獣を呼び戻し、空中で融合する。翼で勢いをつけ、メタルパーツで硬質化した拳で殴りかかる。
「…プリペンドシェル。」
 しかし、その攻撃は遮られた。顔色ひとつ変えずに唱えたのは、ギルトのプロテクトシールドとほとんど同じ効果のスペルだ。だが、威力が違う。ギルトのシールドはミクシーに破られた事があったが、彼女のものとは力が拮抗している。
「変異奇獣を使えばどんな生き物も絶対に死んだのに…。ねえ…?どうしてあなた達は生きているの…?」
「まさか、てめえが黒い奇獣を差し向けていたのか!?てめえッ!!」
 ミクシーが怒りをあらわにする。
 考えてみれば異常だったのだ。ミクシーに助けられた森での戦闘以来、やたら黒い奇獣と遭遇していた。通常の奇獣に混じって都市を攻撃してきたヤツらもギルト達を狙ってきていたのかも知れない。ここに来るまでに出会った連中も恐らくこの少女が差し向けたものだろう。
「あなたは一体何者なの!?何をしようというの!?」
 エアも叫び声を浴びせた。
「私が誰かなんてどうでもいいわ。何をするかもあなた達が知る必要は無いわ。さっさと死んでくれればそれでいいのよ…。」
 まるで感情のこもっていない、冷たい言葉。彼女は人の死を何とも思っていないようだ。むしろ、自ら人を死に追いやろうとしている。
「…バックブリンク。」
 ポツリと呟くと、少女の姿は掻き消えた。対象がいなくなり、ミクシーが着地する。まるでマッハエスケープのようなスペルだ。
「…今度こそ、死んで。」
 既にそこにはいないのに声だけが響いた。
「逃げたのか…?」
 キザミは銃をしまおうとした。が、その手は止まる。かすかな地響きを足の裏で感じた。続いて都市の出口の方がにわかに騒がしくなった。
「何かしやがったな!」
 ミクシーが地を蹴り、出口に向かって飛ぶ。ギルト達も後に続いた。
 出口の門にたどり着いた時、そこには都市の門は無かった。代わりに人間の五、六倍はあろうかという化け物が待ち構えていた。全身が黒いメタルパーツに覆われており、昔話に記された鉄巨人のようだ。人型をしているが間違いない、変異奇獣だ。鉄塊と化した両腕を振り回し、当たり構わず破壊している。足元にはいくつか人であったものがひしゃげている。
「とんでもない贈り物を置いていってくれたな…。ギルト、周囲の人を避難させてくれ。今まで通り、私とミクシーでコイツを倒す!」
「は、はいっ!」
 キザミの言葉に返事をしたが、周囲の人々は混乱し、逃げ惑っている。自警団は期待できそうにない。敵の周りで潰れているのがほとんどそうだ。僕一人では…。いや、キザミが自分にそう言ったのは可能だからだ。考えろ。スペルが使える僕なら出来る方法があるはず、いやある。
(そうだ!この方法なら出来る!!)
 ギルトは両手をかざし、腹の底からスペルを叫んだ。
「マッハエスケープ!!」
 逃げ惑う人々は全てそこから消えた。自分達以外の周囲の人間全てにマッハエスケープをかけたのだ。もう都市の反対側に飛ばされているはずだ。
「グッジョブ!!」
 フリーズブリットを放ちながらキザミが言った。
「キザミさん!援護します!!」
 ギャザリングスレッドで相手の動きを止めた。しかし、十秒も足止め出来なかった。
『ナゼアガク…。ナゼイノチニコシツスル…。』
 地の底から響いてくるような低音で呟くと、力任せにスペルを打ち破った。
「ぐっ!」
 発動していた念力が破られた衝撃で、身体がよろめく。また前よりも強くなっている。それも、今までとは強さの幅が桁違いだ。
「無理すんな!下がってろ!!」
 ミクシーが背後に回り込み、剣を腕と同化させて斬りつける。が、刃が通らない。カウンターの剛腕を食らい吹き飛ばされる。すぐに翼を使い、静止する。すんでのところで両腕を使って防御したようだが、その腕にはヒビが入っていた。表情が歪んでいる。
 キザミも正面から銃を連射し続けていたが、敵の身体がでか過ぎて部分的にしか凍結しない。
「ならばコレでどうだ!!」
 今度はショットガンでフリーズブリットを撃ち出した。着弾と同時に液体窒素が弾け、全身が凍結する。
「今だ!」
「よおおおしッ!!」
 ダメージを受けた奇獣と分離し、二体目の奇獣と融合する。一体目に同化させていた剣も同時に分離させ、二体目との融合時に再び同化させる。こちらの奇獣には飛行能力は無いが、鎧の形をしているため、ほぼ全身をカバーする事が出来る。白い奇獣鋼が頭部を兜のように覆い、腕部と脚部の装甲も厚くなっている。ただ、胸部を覆った部分だけが黒く変色していた。
 前傾姿勢で突撃し、敵の前で跳躍、頭部に向かって刃を振り下ろそうとした。
『ムダダ…。オマエノコウゲキモ、イキルコトモスベテ…!』
 何と凍った相手の身体から煙が上がり始めた。かと思った瞬間、一気に氷解し、攻撃に転じた。敵の身体が熱を発していたのだ。
 またも特殊な力を持つタイプ。コイツは熱を身体から放射するようだ。フリーズブリットとの相性は最悪である。
「何ッ…がふっ!?」
 驚き目を見張った時には腕がミクシーのわき腹を捕らえていた。そのまま吹き飛ばされ、近くの人家の壁を突き破り、崩れた壁の破片に埋もれる。すぐにその瓦礫の中から立ち上がるが、彼女の額には血の筋が見えた。
「くっそ…何本か骨持っていかれたかな…。」
 血をペッと吐き出し、よろめきながらも足を突っ張って耐える。その痛々しい姿に、助けに行かねばという気持ちに駆られたが、下手に動けば自分がせんべいにされてしまう。それに、後ろのエアも守らねばならない。無防備な彼女は下がっていなければ真っ先に狙われてしまうだろう。
(攻撃能力さえあれば…!)
 強く力を求めたが、スペルは応えてくれなかった。そんな!今までは求めたスペルが引き出せたのに!このままじゃ…!
「ミクシー!大丈夫か!?」
 キザミは丸太のように太い腕を避けながら叫んだ。だが、器用に攻撃を避け続けるキザミに対して、鉄巨人は新たな攻撃手段を取った。
『オノレ…チョロチョロト…!』
 奇獣特有の透明な瞳の中にドス黒い邪気が渦巻いている。それが目から溢れ、針のように放たれたのだ。一瞬だった。その黒い邪気の針はキザミの両腕を貫いていた。
「ぐっ!何だと…!?」
 刺さった針は揺らめきながら消え、傷口からは血がじわじわと流れ出した。握っていた銃が地面に落ちる。
「ミクシー、めちゃヤバイのを使え!手に…力が入らない!!」
 直後、剛腕にキザミが突き飛ばされた。
「それしか無いようだな…!」
 それを見たミクシーは即決した。
「…うおおおおおおおオオオオオオオッ!!!!」
 獣のような咆哮を上げながら、ミクシーは昼でも眩しい程の閃光を放ち始めた。
『グッ…ナニヲ…?』
 その眩しさにギルト達だけでなく、黒き奇獣も腕で目を覆った。
 閃光が消えると、そこにミクシーはいた。だが、それは普段のミクシーではなかった。先程の融合していた時のミクシーとも違った。全身が融合した奇獣の外骨格に包まれている。顔も、腕も、足も、胸も、腹も、全てがメタルパーツに覆われており、レイジから貰った剣は腕と完全に同化していた。彼女特有の燃えるような真紅の目はギラギラと殺気を放っている。
 異形の姿となったミクシーは眩しさに固まっている奇獣に飛び掛った。そのスピードは彼女が融合して飛行していた速度より遥かに速い。瞬間的に間合いを詰め、目を覆っていた腕を殴りつけた。ガーン、という音と共に腕が砕け落ちた。
『ガッ!?ナンダト!?』
 遅れを取った事に気付いた変異奇獣は慌ててもう片方の腕でなぎ払おうとした。だが、今回はその腕が彼女を跳ね飛ばす事は出来なかった。片腕で攻撃をブロックしたミクシーは、その腕を脇に抱えるようにつかんだ。
「…おおおおぉぉぉっ!!」
 そして、強引に腕を引きちぎった。とんでもない馬鹿力だ。
「せりゃあああぁぁっ!!!!」
 狂ったように叫び声を上げ、ちぎった腕を膝蹴りで砕く。その鬼神の如き戦い方に、ギルトは怒ったミクシーと空中で戦った時を思い出し、ブルッと身震いした。
 両腕をもがれた相手は瞳から黒い針を放つ。一発が命中し、ミクシーの腹部を貫通した。が、ミクシーは止まらない。ただでさえ鋭い目つきが更に鋭くなり、首に抱きつく。
「があああああぁぁっ!!!!」
 そのまま全身をひねり、首をへし折り、胴体から引きちぎる。
『バ、バカナ…!ナゼ…!』
 言い終わるより早く、奇獣の中枢たる目玉に拳を叩き込む。急所をぶち抜かれ、残った胴体は後ろに倒れた。
「ミクシー!」
 彼女に駆け寄ろうとする。
「…来るな!」
 ミクシーが静止した。
「今の姿じゃ、近づく者は皆、殺しちまうっ…!」
 震えながらミクシーは呻いた。
「その姿は…?」
 恐る恐るエアが尋ねた。
「これがアタシが完全に奇獣と融合した姿さ。この姿になると奇獣が持つ力と自分の身体能力を限界ギリギリまで引き出せる。だけど、アタシ自身の敵を倒したい気持ちと、奇獣本来の人間を狩る衝動が両方フルパワーで引き出されてしまうから危険なんだ…!今、解除するから待ってて…。」
 まさに完全融合。今まで彼女が部分的にしか融合しなかったのはこのせいだったのだ。全力を引き出せるが、同時に破壊衝動も全開。見境が無い分、奇獣を自爆させるよりもタチが悪いかも知れない。
「それにさぁ…。」
 閃光が放たれ、彼女の身体が次第に分離していく。しかし、閃光が治まり始めると、彼女がぐらりと倒れそうになった。ギルトは眩しさに目を細めながらも駆け寄り、身体を受け止めた。
「…うわっ!」
「…きゃっ!」
 ギルトとエアが声を上げたのはほぼ同じタイミングだった。
 ミクシーの身体を抱きかかえたギルトは目を見開いた。少し硬直してから慌てて目をそらす。自分でも顔が真っ赤になってるのが解った。
「…これやると、いつもこうなっちゃうんだよねえ…。」
 少し困ったように言ったミクシーは身体に何も着けていなかった。完全融合した時、服が弾け飛んでしまったのだった。
「ご、ごめんっ…!」
 視線を空に泳がせながらそう言ったギルトだったが、バッチリ見てしまった。引き締まったその身体も、やや小さいその胸も、更にその下も…。わななきわななきミクシーを一旦地面に下ろすと、ぎこちない動きでジャケットを脱いで彼女に被せた。
「別に減るもんじゃないからいいけどさぁ…。」
 そう言ってはくれたが、こっちは恥ずかしくて仕方が無い。忌むべきは男の性か。
「あのさあ、私の方も気にかけてくれよ…。血がなかなか止まらないんだ…。」
 後ろから傷だらけになったキザミがよろよろと歩いてきた。黒い針がヒットした両腕の出血はゆっくりであったが未だに止まっていなかった。
 こちらにはエアが駆け寄り肩を貸した。

 宿に戻ると、キザミとミクシーを部屋のベッドに寝かせて医者を呼んだ。あの黒い針で受けた傷だけ、ギルトのリカバーサークルで治せなかったのだ。
「この傷は異常です…。消毒や傷薬もまるで受け付けない。」
 医者の話では本人の自然治癒力で治す以外に方法が見つからないという事だった。幸いにも、出血は止まり、回復には向かっているという事ではあったが。
「…どうやら私とミクシーはしばらく戦えそうにないな。」
 両腕を貫かれたキザミは銃を握る事が出来なかった。腹部にダメージを受けたミクシーもまともに動けなかった。
「だけど…あの女はまた来るぜ。多分、奇獣がしくじったと知ったらアタシ達の体勢が整う前に襲ってくるはずだ。多分、アイツはそういうヤツだ…。」
「とにかく、今は養生してください。」
 とりあえずそう言って二人を眠らせたが、どうしたものか。
 あの少女…。スペルドライバーでありながら、人間でありながら黒い奇獣を操り、世界を憎んでいる。非常に危険な存在だ。
 医者が帰った後、宿の主人が教えてくれたのだが、あの少女、名をメルダ・レーリンというそうだ。賞金稼ぎに身を置いていた時期もあったらしいが、いつからか賞金稼ぎに狩られる対象になったという事だ。つまり、賞金首である。かなり高額の賞金がかかっているようだったが、最近は姿を見せていなかったらしい。
 それを聞いたギルトとエアは部屋の前に広がる廊下の壁に二人で寄りかかっていた。
「ギルトさん…どうするんです…?」
 エアが心配そうな顔で尋ねた。
「…。」
 ギルトは考えた。戦うのは恐ろしいが、戦わなければ皆殺される。戦うとしても、攻撃手段が無ければあの少女、メルダとはまともに戦えない。先程の戦いでも、自分に攻撃手段が無いせいでパーティの負担が増大していた。だが、仮に攻撃スペルが使えたとしても、人間に向けて使いたくは無い。同じ人間なのに傷付けなければならなくなる。
(僕はどうすれば…。)
 ギルトは黙ったままうつむいた。
「ギルトさん…。」
 そんなギルトを見てエアもうつむいた。二人はしばらく並んでうつむいていた。
 僕が戦わなければならない。なのに、戦う力が無い。それに戦いたくない。異なる三つの考えがぐるぐる回ったままで答えは出ない。
「あの…私、ずるい事言ってもいいですか…?」
 不意に横でエアが言った。黙って彼女の言葉を待つ。
「ギルトさん…戦って!」
 ギルトはハッとして顔を上げた。エアはうつむいたままだったが、言い終わった唇はきゅっと結ばれ辛そうだった。
「エアさん…。」
「ごめんなさい…。もし、私がミクシーさんみたいに戦えたら私が戦います…。でも、私にはその力が無い。力の効果もよく解らないし…。今、戦える力があるのはギルトさんだけなんです!だから…!ごめんなさい、やっぱりずるいですよね…!」
 彼女は二度も謝っていた。何となくギルトにはエアの心中が理解出来た。何かしたいのに自分には何も出来ない。その状況で自分に出来る事をしようとしているのだ。それはギルトに闘志を与える事。
 そんなエアの姿を見ていて、妹のチェルが大怪我をした時や、ガートボルグでミラ達が殺された時の事、ミクシーの義母マティアが亡くなった時の事を思い出した。あの時、僕は何も出来なかった。このまま手をこまねいていてはまた何も出来ずに終わってしまう。理不尽な事象の前でただ生命が奪われるのを黙って見ていたくは無い。いや、見ているわけにはいかない。エアでさえ、行動を起こしている。だったら、取るべき道はひとつじゃないか!
「…僕がやるよ。」
「ギルトさん…!」
 エアが顔を上げた。感謝と申し訳なさが入り混じっている表情だった。
「僕がやるしかない…!スペルドライヴ…今、同じものを持ってるのは僕しかいないんだ!僕が戦うよ…!」
 攻撃が使えなければ、戦いの中で使えるようにするしかない。そして、出来ればメルダも助けたい。攻撃が出来れば、両方を救う事だって出来るはずだ。たとえ相手を傷付けるやり方でも、それしか方法が無いのならやってやるのが優しさだ。
(僕が戦い、そして勝つ…!)
 そう決意した時だった。心にいくつもスペルが浮かび上がってきた。湧き上がる勇気の如く。
「あっ…!」
 感動して思わず声を上げた。
(スペルが応えた…!応えてくれた…!!)
 どんなスペルなのかは使ってみるまで解らない。だが、ギルトには効果が予測できた。少なくとも攻撃スペルである事は間違いない。
「ギルトさん…?」
 驚いてエアがこちらを見たが、ギルトは手の平を真っ直ぐ見つめた。
「今、スペルが聞こえた…いけるかも知れない…!だけど、君を守りながら戦うだけの自信は無い。あの娘が来ても、ここにいて。キザミさん達の面倒を見てて欲しいんだ。」
 ギュッ、と手の平を握り締めてそう言うと、エアは嬉しそうにうなづいた。

 ギルトはひとり、宿の外に出た。そこからしばらく歩き、崩れた出口の門の前まで来た。自警団もほぼ壊滅させられてしまっているため、まだ修復作業は始まっていない。ただ、人が近くにいないのは幸いだった。気にせずに戦える。
 そこは吹きすさぶ風だけが唯一、静寂を乱していた。旅立ちの時から着ているジャケットがゆらゆらなびく。
 次第に緊張してきた。相手は恐らく殺す気で来るだろう。だが、ギルトは違う。覚えたての力で彼女を止められるだろうか…いや、ここで止めねば後が無い。止めてみせる。
「…どうやらまともに動けるのは、やっぱりあなただけみたいね。」
 崩れた門の後ろから、ゆらりとローブが現れた。
 メルダだ!全身に一気に張り詰めた空気が伝わる。
「変異奇獣の目を通して見せてもらったわ。あなたさえ消えれば、残りの三人も簡単に死なせてあげられる…。」
「君はどうして…そこまで人を憎むんだ?」
 ギルトは彼女と何とかコミュニケーションを取ろうと試みた。
「人だけじゃないわ。私は何もかもが憎いのよ。こんな世界消えてなくなればいいの。」
「正気で言っているのか…!」
 ギルトは身震いした。ダメだ、心が壊れてしまっている。少なくとも今の状態では和解はありえない。やはり戦うしかない。
「だから、私はあの方と共に全てをゼロにするの。」
 冷たい微笑が浮かび上がっていた。
「あの方?」
「おしゃべりはここまでよ。一秒でも早く消えて頂戴…。」
 眉をひそめて聞き返したが彼女の返答は攻撃のスペルだった。
「…コールブリザード。」
 発動と同時に彼女の身体から強力な冷気が撒き散らされた。崩れかけた周囲の建造物の表面が凍結し始め、続いてギルトの着ている服も凍り始めた。
「…ッ!プロテクトシールドッ!」
 全身が凍結する前に防壁を張る。新たなスペルの覚醒で防御力も上昇しているようだったが、彼女は吹雪の勢いを更に強めた。視界が吹き荒れる氷雪に遮られてよく見えない。
「今までの戦いぶりではあなたは私に攻撃すら出来ないはず。ふふっ、いつまであがくのかしらね…。」
 その向こうから彼女の嘲笑が聞こえた。
 今こそ、僕が戦う時だ。今まで先頭で戦い続けてくれたキザミとミクシー、そして自分を奮い立たせてくれたエアのためにも。左手でシールドを張ったまま、右手を突き出す。
「…バーニンギャレオォッ!!」
 発動中の防壁を突き破り、右手から火炎放射が放たれた。今、ギルトの心で燃え盛る闘志のように、吹雪を溶かし、その中心たるメルダの下まで伸びてゆく。
「何ッ…!?プリペンドシェルッ…!」
 凍り付いていた表情のメルダが初めて顔を歪めた。防御スペルを繰り出し、炎を受け止めるが、吹雪は止まってしまった。
「そんな…?攻撃スペルは使えなかったはずでは…。」
 驚愕するメルダの表情には焦りが生まれ始めていた。たったひとつの攻撃スペルが彼女の戦い方を狂わせたのだ。
「ついさっき使えるようになったのさ。僕も驚いたよ。」
「くッ…!クリスタルカッター!」
 すぐさま反撃を繰り出す。巨大な透き通った蒼い刃が出現した。
「プロテクトシールド…。」
 防御スペルを唱えたが、これは『攻撃』への布石であった。
「…プラスッ!」
 一度右手を身体の後ろに引いて、シールドを後ろから殴りつけた。
「ガーディアンプレス!!」
 エネルギーの防壁がそのまま飛来する蒼い刃に向かって弾き出された。二人の中間で衝突し、お互いに相殺する。
「そんな!?防御スペルを攻撃スペルに転化した!?」
 メルダが叫ぶ。あからさまに焦りだしている。これは使える。本来の効果に別の効果を付加する事が可能になったらしい。いいぞ、勝てるかも知れない。
「もういいだろう!?もう止めるんだ!同じスペルドライバー同士戦っても仕方ないじゃないか!!」
 ここでギルトは戦いを終わらせたかった。だが、彼女は聞く耳を持たない。かえって逆上し、自分最大のスペルを発動しようとしていた。
「私とあなたが同じ…!?そんなはずあるわけない…。日の光だけをたっぷり吸って育ったようなあなたなんかと…同じはずがあってたまるかーッ!!」
 彼女の周囲に強烈なエネルギーが起こり始めているのが判った。冷気エネルギーだが、先程の比ではない。残念だが、こちらも全力で迎撃する以外に無い。
「マターオブフリージングッ!!」
 メルダは憎悪を爆発させて、ギルトに向けて一直線に冷気の光線を放った。放たれた後の地面が凍結しながら光線の先頭を追っている。
 ごめん。そう心の中で呟きながら、目覚めたスペルの中で最も力の息吹を感じるスペルを発動させた。
「スパークオブギガンティック!!」
 ギルトの全身から轟音と共に雷撃が放たれた。水分の塊に電光がぶつかり、光線の表面を蒸発させながら、同時に表面を伝わって流れる。まもなく、発射していた元であるメルダへと到達する。
「ヴあああああぁぁーっ!!」
 感電した彼女の全身から煙が上がった。僅かな時間、そのまま固まっていたが、程なくして地にくず折れた。
(勝った…のか…。)
 ギルトは勝利の余韻に浸ろうとせず、仰向けに倒れたままの彼女に駆け寄る。だが、うかつに触れては反撃もありうる。立ち止まって叫んだ。
「僕の勝ちだ!人が戻らないうちに早く君はここから去るんだ!もう誰も憎んだりしなくていい!!」
「どうして…?私はあなたを消そうとしたのよ…。どうして…私にそうまで言ってくれる…の…?」
 弱々しい声が口からこぼれた。思いのほか雷撃はダメージが大きかったようだ。攻撃を発した時、彼女自身が水分を大量に帯びていたせいかも知れない。もう戦えはしないだろう。
「僕は君も助けたい…。目の前で人が死ぬのはもうゴメンだ!!」
 そう思いのたけをぶつけた時だった。天から落ちてきた一本の黒い槍がメルダの胸を貫いた。深々と刺さった槍は心臓を正確に捉えていた。そして、彼女に致命傷を与えた槍は役割を終えたとばかりに分解して消えてしまった。傷口からは勢いよく血が噴き出す。
「…あ…私は…もう要らないのですね…。」
 メルダは悲しげな、しかし恍惚とした笑みを浮かべた。
「なっ!?なんだコレは…!!早く回復しなければ…!!」
 ギルトは慌ててリカバーサークルを唱えたが、彼女の胸に空いた穴は全く塞がらない。
「無理よ…。あの方の槍だわ…。それに、私の身体は元々、もう回復スペルも…補助スペルも受け付けない状態に…なってしまって…いるし…。」
「えっ!?ええっ!?どうして!!??」
 ギルトは突然の事にすっかり狼狽していた。彼女が苦しそうに血を吐き出しながら詳細を教えてくれた。
「私は…この世界の破壊…いえ…消滅に…加担していた身…既に黒い力が…私の全身を侵して…いるわ…。自分を保存するようなものは…受け付けないの…。」
 しかし、今のギルトの頭にはほとんど入らない。リコールタイムも使ってみたが、肉体の時間を戻す事は出来なかった。
「もう…いいのよ…。私…生きる事が…辛かったの…。これで私…この世界から消えられる…から。」
「馬鹿な事を言うんじゃない!!君が死んだら!僕はどうして戦ったんだぁッ!!」
 ギルトはメルダの身体を抱き起こすと、大声を浴びせた。それは怒号と言っても差し支えなかった。
「…ふふ…もっと早く…あなたに会いたかっ…た…な…。」
 ローブの少女はうっすらと微笑みを浮かべて目を閉じた。
「そんな…!」
 ギルトはわなわなと震えた。抱いていた彼女の身体は、彼女の生命を奪った槍のように分解して消えてしまった。手元には、彼女のローブだけが残った。
「こんな…こんな事が…!」
 全身の力が抜けてしまった。がっくりと膝を落とし、彼女の血が広がった後に力無く手をついた。
(僕は…僕は…一体何のために…。)
 これじゃあ何も変わらないじゃないか。また助けられなかった。折角、自ら戦ったのに、非情な結末を迎えねばならなかった。
「畜生…!ちくしょおぉぉぉぉーっ!!!!」
 悲痛な叫びが戦いで凍結した大地に響き渡った。
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