Eignt 「世界の真実」


 ―――ついに僕達は知った。世界の真実を。そして、僕自身の使命を。

 翌日の昼ごろ。
 終点に辿り着いた一行は列車から降り、予定通りビルシュにクオンと連絡を取ってもらう事にした。
「さて…今はどの辺りにおられるかの…。クオン様に発見してもらった方が手っ取り早い。今からしばらく空に向けて炎を上げ続ける。時間がかかるかも知れんが、少し離れて待ってくれるか?」
 四人がビルシュの問いにうなずき遠ざかると、彼は目をかっと見開き、スペルを唱え始めた。
「熱よ、我が意志により焔となれ!」
 あれっ?とギルトは思った。自分の使うスペルとは全く文句が違う。ギルトは単語を組み合わせた唱え方をしていたが、ビルシュのものは完全な文である。人によって、心に浮かぶスペルの系統が異なるのだろうか。それとも、彼の唱え方が本来のスペルなのだろうか。
 尋ねてみたいが、今ビルシュは集中している。彼の周囲から激しい炎が吹き上がり、様々な色の光を放っている。太陽が大地を照らす明るさに割り込んでいくような、そんな光がしばらくの間上がり続けた。

 ミクシーが空に立ち上る光に飽き始めた時、耳元で不意に声がした。
 ―――ようやく、見つけましたよ。
 やや、小さな声だったが、確かにそう言った。澄んだ高い声だった。
「誰だ!!」
 ギルトは驚き、大声を上げた。
「どうした!?」
 キザミ達もギルトの様子の変化に驚き、声を上げた。
 ―――突然失礼。私は貴方達が探している者ですよ。私も貴方達に会いたかった。
 また、声が聞こえた。この声の主がクオンなのだろうか。
「ギルト君、この声は…!」
「もしかすると…。」
「アタシにも聞こえたぞ!!」
 今度の声は全員に聞こえたようだ。
「どうやら伝わったようじゃな。」
 四人で騒いでいると、ぜいぜいと息を切らしながら、スペルの発動を止めたビルシュが歩み寄ってきた。
 ―――ビルシュさん、ご苦労様でした。ここからは当初の予定通り、仲間を集めてください。
「解り申した。」
 ねぎらいの言葉にビルシュは応じた。
 ―――では、これから貴方達四人を私の城へ招待します。こちらで移動させますので、どうぞ楽にしていてください。
 そう言葉が聞こえるや否や、四人の身体がすこしずつ浮かび始めた。
 ビルシュはそんなギルト達を見上げた。
「ワシはここまでだの。ほんの少しの間だったが、久しぶりに若いのと話をしたわい。何が待っているのかは解らんが、頑張れよ。未来を作るのはお主らのような若い連中なんだからの。」
 その時、彼が見せてくれたのはとても落ち着いた表情だった。長く生きた年寄りにしか出来ない、人生の重みが滲み出てくるような顔だ。
 不意にマティアの事が思い出され、更に自分の祖父グラナの事が思い出された。老いた者は全て、自分の死期が近い事を理解している。だから、若い者に未来を託すのだ。マティアはミクシーの行く末を案じていたし、ギルトの祖父のグラナも出発する時、うっとおしいと思う程に心配していた。
 そんな想いが心に満ちて、ギルトは叫んだ。
「…ありがとうございました!でも、必ずまた会いましょう!!僕らにはまだ年寄りが教えてくれる知識が必要なんです!!」
「おうよ。」
 ビルシュはにいっ、と歯を見せて笑った。
「あっ、そうだ!」
 後ろにいたミクシーがいきなり声を上げた。
「じいさん!仲間を集めているんだったら、レヴォルードにいるレイジって男に会ってみてくれ!アタシ達の名前を出せば協力してくれるハズだ!」
 そうか、確かに大規模な部隊を率いる彼の力はこれからの戦いに必要になるだろう。スペルドライバーは伝説などを通じて世間的にも認知されているところがあるようだが、ハーモニクサーはあまり知られてはいない。この二者が手を取り合えば、力は更に大きくなるだろう。
「おう、解った。お前さんには裸を見せてもらったからな。ちいと割りに合わんがやってろう。」
「一言多いんだよジジイが!!」
 苦笑いをしながらミクシーがそう言ったが、直後彼女の身体が大きく後ろに傾いた。
「おや、スピードが上がっていないか?」
 それを見たキザミがそう突っ込んだ時、また声が聞こえた。
 ―――そろそろ、お別れは済みましたか?黙ってないと舌を噛みますよ。
 その一言を境に、地上が一気に遠ざかった。物凄い勢いで空中へと吸い上げられているようだ。
 声だけを遠くに飛ばし、離れた人を引きつける。これほど大規模に力を作用させられるとは、予想以上の人物らしい。
 真上を先を見上げると、空の中に僅かな亀裂が見えた。そこに向けてこの気流は吸い込まれているようだ。
(あっ、スペルについて訊くのを忘れた!)
 上昇中に気付いたが、これからスペルドライバーの始祖に会うのだから問題無いか、と思い直した。
 四人は気流に身を任せ、クオンとの邂逅を待つ事にした。

 そこはまさに空中庭園だった。
 眼前にはレヴォルードで見たビルディングに似た巨大な塔がそびえ立ち、それを中心に見た事の無い植物が規則正しく生えていた。その植物は葉が真っ黒だが、花の方は一枚一枚の花びらの色が全て違い、虹の七色であった。花壇が整えられ、剪定された後がある事から人の手がかかっている事は明らかだった。
 しかし、一度視線を塔から外すと、あるのは空、空、空。小さな島ひとつが丸ごと宙に浮かんでいるのだ。
 ビルシュが言った通りの事象を証明する事実が今、目の前にある。
「こんな景色を拝めるとは…!」
 未知の宝石箱にキザミは目を輝かせていた。
 しかし、その宝石箱の持ち主は未だ姿を見せていない。やはり、塔の中だろう。そう思ってギルトが塔の入り口に向けて足を進めようとした時、入り口がギィーッ、と音を立てて開いた。入って来い、という事か。
「…行きましょう。」
 ギルトは未だに周囲の情景を見ている仲間を促した。
 四人は門をくぐった。あの声に敵意は感じなかったので、さほど警戒をしてはいなかったのだが、これがちょっとした仇になった。
 中は外装と同様にレヴォルードで見たビルの内部に酷似していた。が、明らかに場違いな異物が空中に浮かんでいる。光の玉である。といっても、照明器具ではない。小さな太陽のようなものがふわふわと天井近くに浮かんでいたのだ。
「何だ?アレ…。」
 ミクシーが気の抜けたような声でそう言った瞬間、それはこちらに向かって飛んできた。
「うわっ!」
 慌てて頭を下げて避けたが、それはぐるんと円を描くと再びミクシーを狙って突進して来た。
「少し、貴方達を試させてもらいますよ。アレを止めてごらんなさい。」
 声だけがこだました。
「くっそー!何だよコレ!!」
 ミクシーが小さな太陽を避けながら叫んだ。
 今、彼女は奇獣を持っていない。更に武器も無い。見たところ、あの光の玉はエネルギーの塊だ。素手で殴るのは危険だろう。
「バーニンギャレオ!」
 ギルトは横合いから、光の玉に向けて炎をぶつけた。が、これがいけなかった。玉は炎を吸い込んでもう一回り程大きくなってしまったのだ。その上、その玉は狙いをギルトに変更した。
「ゲッ!」
 慌てて防壁を展開したが、表面をじりじりあぶりながら突き破ろうとしてくる。
「ギルト君!そのままでいろよ!」
 キザミはガンベルトから弾丸を装填し、トリガーを引いた。フリーズブリットだった。液体窒素がはじけて大量の水蒸気が吹き上がる。なるほど、少しずつ熱を奪っていけば止められる。
 十数発撃ち込むと、やがて完全に蒸発して無くなった。
「うーん…。ギルト君にもう少し頑張ってもらいたかったんですが…。」
 また声だけが響く。少しがっかりしているようだ。
「ふざけんな!どこにいるんだ!!」
 ミクシーが辺りを見回し怒鳴った。
「皆さんの目の前にいるんですがね…。分からないかなー…。」
 その言葉にギルトはハッとした。今、聞こえている声は頭に響くような声ではない。この中に入ってから、声自体は近くから聞こえている。そう、気配はある。しかし、姿は見えない。
(もしや…。)
 試してみるか。
「皆、ちょっと伏せててくれる?」
 仲間達を自分の後ろで地面に伏せさせると、ギルトは大きく息を吸い、大声でスペルを唱えた。
「スパークオブギガンティック!!」
 今までの一直線に電光を放出する方法ではなく、全身から周囲へ水平に電気の帯を放った。すると、景色の中で電光が揺らいでいる部分を発見した。
「そこかーッ!」
 電光をその部分に収束させた。電光は景色の一部分だけを突き抜けていた。地面が焼け、炎が立ち上った。ちょうど、紙の上に描いた一本線の一部を隠されたようだ。
 恐らく、この要塞を隠すのと同じ手段を取っていたのだろう。部分的に空間を歪ませて、自分のいる位置を隠していたのだ。
「やれやれ、ようやく気付いたようですね。」
 炎が消え、揺らいだ景色の辺りからするり、と人が現れた。
 それは女性であった。歳は三十代前半だろうか。黒髪は地面に着くか着かないかというくらい伸びており、瞳は夜のように黒い。二重まぶたで、その上には力の抜けた下がり眉毛がある。顔の輪郭は細く面長で、鼻は筋が通っていてやや高い。女性にしてはかなり背が高く、ギルトより拳骨ひとつ分くらい高かった。また、その身体は白くて薄いローブをまとっており、その背の高さもあってスタイルは良かった。ただ、唯一大きな胸だけが全体のバランスを乱していたが。
 全体的に落ち着き払った印象を受ける、美しい女性であった。
「あなたがクオンか?」
 ギルトは尋ねた。
「いかにも。私がクオンです。色々、私に聞きたい事があるのでしょう?まず、それから解決しましょう。」
 クオンはそう言うと、部屋の壁の方に足を進めた。そして、壁にある突起を押した。すると、壁が開いた。エレベーターのようだ。
「どうぞこちらに。上で話をしましょう。」
 四人が乗り込むと、クオンは少し考えていた。
「さて、何階がいいですかね…?お客様が来たのなんて三百年ぶりですからねえ。二十階あたりがいいですかねえ?」
 一人で色々呟くと、エレベーターの中にある沢山のボタンのうちからひとつを選んだ。扉が閉まり、エレベーターが上に向かって動き出す。
「三百年ぶり…って一体いつからここに?」
 エアが驚いて聞くと、クオンは笑った。
「私の記憶が正しければ大体八百八十年前からですかね。私は生まれた頃から既にスペルの力を使っていたようです。五歳の時に能力の存在を自覚しました。二十歳になった時、私は自分に流れる時間を止め、この要塞を作りました。そして、今に至るというわけです。勿論、たまに解除したりしてはいますがね。特に食事などは肉体の時間を止めていると意味が無いので。食事の後に過ぎた時間を戻して老化を防いでいるというわけです。」
「では、九百年以上も生きているというわけか。随分、暇を持て余したのでは?」
 キザミも尋ねた。
 確かに計算上はそうなる。しかし、その孤独に耐えてきたのなら凄まじい精神力の持ち主である。
「ふふっ、確かにそう思った時期もありました。でも、地上の世界もどんどん進歩しているし、その人間を見ていれば飽きませんよ。たまに地上に降りたりもしてますし、ね。」
 ここまで言ってから、クオンは少し間を置いた。そして、四人の顔を眺めた。
「…なぜ、私が時間を止めて永遠に生きる道を選んだのか、気になっているんでしょう?これからの事にも関係があるので、それについても上の階でお話しますよ。一気に色々話すと思いますが、皆さん心の準備はしておいてくださいね。」
 スペルドライバーとは何か。ハーモニクサーとは何か。ウィルチェンジとは何か。変異奇獣とは何なのか。そして、敵の正体とは。
 今までの様々な疑問が解決されようとしている。一体、その答えとは。
 やがて、エレベーターは指定した階に辿り着いた。扉が開き、全員が歩みを進める。
 そこは紅い絨毯が敷かれた部屋で、壁や天井にはきらびやかな装飾が施されていた。
「どうぞ。かけてください。」
 クオンが部屋の中央にあるテーブルのそばまで行き、手で催促した。全員がそれに従い、用意されていた席につく。
「さて、どこから話しましょうか…。そうですねえ…。」
 クオンはあごに手を当てて考え始めた。
 四人は彼女が話し始めるをじっと待った。
「そうだ!…皆さんは、神を信じますか?」
 ギルトは拍子抜けしてしまった。
(な、何を言っているんだ、この人は…!?)
 ミクシーとエアも呆れて肩をすくめている。
「怪しい宗教団体の勧誘ならお断りだよ。」
 だが、キザミだけは緊張した表情を崩さなかった。
「実在するんだな…!?神は…!!」
「あなたは実に話の飲み込みが早いですね。加えて冷静です。面白いですねえ。」
 その返答は神が現実に存在する事を意味していた。だが、それがギルト達にとって何だというのか。
「まさか、神が人間を創った、というのは本当なのですか?」
 エアもまだ半信半疑のようだ。神などという不確定なものは文字通り神話の世界でしか聞いた事がない。
「そうです。要点だけかいつまんで話しましょう。」
 そう言うとクオンはテーブルに肘をつき、手を組んで顔をこちらに近づけた。
「いつ生まれたかは神々自身にも定かではないようですが、神々が最初に生まれたのは事実のようです。神々が自我を持った時、法則を形作って現在の世界を創り上げたのです。しかし、その後何かミスがあって神々は自身が成長する能力を失いました。そこで、自分達のコピーを作り、そのコピーを生まれた瞬間までリセットしました。神々はその成長する能力に生命の未来を賭けたのです。始めはたったひとつの小さな細胞でしたが、それは環境に合わせて分裂、増殖、進化を繰り返し、今の人間や様々な生物に至っているのです。」
「どうして、そんな事が分かるんだ!?」
 未だに信じきれないギルトは食って掛かった。
「…私が現実に、神に出会って直接聴いたのですよ。神は三体存在するそうです。私の前に姿を現したのはそのうちの一体でしたが…。ギルトさん、過去に竜の出てくる物語を読んだ事がありますか?」
 竜の出てくる伝説なら、祖父が子供の頃よく読み聞かせてくれたからはっきりと覚えている。そのほとんどが人類の危機に降臨し、邪悪を打ち破る物語だ。
「その物語のルーツが神にある、と…?」
「ええ、私の前に姿を現したのは竜人の姿をした神でした。自身をドラグナーと名乗っていました。彼が私の前に姿を現したのは、初めてスペルドライヴの能力を身に着けた私が、神である自分を超えているかを確かめるためだったそうです。私はその申し出を受け、戦いました。結果は手心を加えてもらった上に惨敗でした。それ以来、死ぬのが怖くなって寿命を引き伸ばしているんですよ、私は。」
 なるほど、とキザミが会話に割り込んだ。
「という事は、昔話は本当に昔話だったわけだ。スペルドライヴは人類の新たな進化という事か。」
 クオンがクスリ、と微笑んだ。
「その通り。スペルドライヴは元を辿ればドラグナーの能力です。世界を形作った時に使用された力で、世界の法則に干渉し、自在に操作する。それがスペルドライヴの本質です。人間がこの能力に目覚めたという事は、恐らく神が持つ力を進化の中で再び獲得したという事なのでしょう。スペルを操る条件は、『生きるために強く心が動く事』だそうです。感情を高ぶらせるために言葉を使ったからこの名前になっただけで、本来は言葉無しでも使えるのですよ。」
 そういう事か。ビルシュと自分のスペルが違う理由が分かった。一種の自己暗示で、どの言葉で自分の感情を高ぶらせるか、という事だったのだ。
「そうそう、貴方達がハーモニクスとかウィルチェンジとか呼ぶ力も恐らく、他の二体の神が持っていた力でしょう。」
 偶然にも、このパーティには進化の境にある者が揃っていたのだ。
「では人間は今、神と同レベルにまで進化しようとしているのか!なんて壮大な話だ!!」
 まさか、ここまで話が広がるとは思っていなかった。キザミは言うまでも無く、探究心が騒ぎ出したようだ。
「まだ話は広がりますよ。人は既に神を超えつつあります。」
 ここまで話してから、クオンはギルトにキッ、と視線を向けた。
「神を超えつつある者、それがギルト君、あなたです。」
「…へ?」
 恐らく、今まで生きてきた中で最も間抜けな声だっただろう。
 自分が神を超えつつある?そんな馬鹿な。確かにスペルドライヴの能力はある。だが、世界を変えてしまうような力が自分にあるとは到底信じられない。
「…な、何を言うんです?僕にはあなたのような大きな力は持っていない。それにあなたですら神には敵わなかったという話じゃないですか。」
 うわずった声で否定するが、クオンは語気を強めて言い聞かせてきた。
「いいえ、あなたに私以上の力があるのは間違いありません。何せ、神がそう言ったんですから。」
 どういう事です、と尋ねると、どうやら神には新たな進化の兆しを感知出来る力を持つ者がいるらしい。最近、それによってようやく感知されたのがギルトだというのだ。
「あなたの他にも、何人かその兆候がある者はいたらしいのですが…。劣悪な環境で生命を落としてしまったり、逆に優遇されすぎて自ら進化の必要性を失ってしまった者もいたりで…。ちなみに私も神に敗れて以来、スペルドライヴの力はほとんど拡張していません。今確認出来るのがあなたしかいないらしいのですよ。」
 たった一人の超越者。それが自分なのだ。いくらなんでも、ここまで手の込んだ嘘をつく者はいまい。
(僕が神を超える者…。)
 そう思った瞬間、物凄いプレッシャーがのしかかってきた。
「ぼ、僕はどうすれば…?」
 声が震えてしまった。ここまで旅を続けてきたのだから、多少の事には驚かないつもりだったが、この話はギルトの許容量を軽く超えてしまっていた。
「あなたには最低でも私を超えてもらわねばなりません。そして、神々と邂逅し、勝利せねばなりません。でなければ、世界は滅びに向かうので。」
 非常に重い事をぽんぽんと軽い調子で強制され、そんなあ、と情けない声を上げたが、他の三人は乗り気だった。
「いやー、凄いなギルト君!私が代わりたいよ!!」
 キザミはギルトとは逆に嬉しさが限界を超えてしまったようで、すっかりはしゃいでいる。ああ、うざってえ。ホントに代わってくれよ。
「いいじゃないの、神様に喧嘩売れるなんて。今まで旅してきた分、ぶん殴ってやろうぜ。」
 ミクシー、君はいいかも知れないけど、僕はそんなに前向きにはなれないよ…。
「ギルトさん、ようやく答えが分かりましたね。それに、これからすべき事も決まったんですし、今まで通り前に進めば大丈夫ですよ。」
 こんな答え、ちっともよかないやい。神と戦う事が僕の使命だなんて…。人間代表を務める覚悟なんてそう簡単には出来ないよ。
 すっかりうなだれているとクオンが席を立ち、ギルトの肩に手を置いた。
「あらあら、すっかり萎縮させてしまったようでごめんなさいね。でも、分かってください。神に敗れた私は、人間の進化を監視する役目を頼まれた。死を避け続ける私にとって、あなたの存在は生きる目的でもあるんです。」
 人生の暇つぶしに付き合えという事か。何と言われても自分が一番責任重大なのは変わらないじゃないか。
 いや待て。僕はスペルドライヴについて知りたくてここに来た。そして、それが人類の新たな進化だという事が分かった。少なくとも、この力は得体の知れぬものではない。神によって与えられた、目覚めるのが必然の力だった。そして、その力は人間の中で独立し、一人歩きを始めようとしている。もし、別の人が自分と同じ立場に立たされたら。逃げて得るものは何も無い。むしろ、失う事になる。戦う事を選べば苦しいが、それでも望みはある。滅びの道だけの未来を救いか滅びかの二択にする事が出来る。
 ―――人生を入れ替える事が出来たらいいんだけどね。
 レイジの言葉が思い出された。彼も市長になる際、苦悩したのかも知れない。無論、市長の立場を捨てる事は出来たはずだ。だが、彼はそうしなかった。かつて市長だった父の想いを引き継いだのだ。
 あらかじめその状況に相応しい者などほとんどいない。自分がその状況に相応しい者になるしかない。
「…全く、僕はどこまで運のいい人間なんでしょうね。自分の力に翻弄されて生きてきて、行き着くところが神との戦いなんて、他の人間には絶対出来ない人生ですよッ!」
 口から出たのは皮肉である。だが、ギルトは現状から目を背けようとする思考と戦っていた。受け入れようが受け入れまいが事実は変わらない。どう対処するかだ。
「そう思えるなら望みはあります。大丈夫、神も殺しはしないでしょう。私の時もそうでしたから。」
 クオンはギルトの肩から手を離してそう言ったが、フォローになってない。落ち着けたいのか、からかっているのか。つかみどころのない人物だ。
 しかし、ここまで聞いただけではまだ疑問が残っている。
「そうだ。クオン、あなたは僕が勝たねば世界が滅びると言った。それはどういう意味なんです?あなたが仲間を集めて変異奇獣を操る存在に対抗しようとしている事と関係があるのですか?僕が戦うのだから、他の人間は関係無いはずでは…?」
 そういうとクオンは顔をしかめた。
「ああ、いけません。肝心な事を話すのを忘れていました。確かに一番大変なのはあなたですが…。最初にこっちから話すべきでしたかね?」
 ここで狂喜していたキザミが正気に返った。
「もしかして、変異奇獣を操っているのは神々だとか言うんじゃないでしょうね?」
「当たらずとも、遠からずですね。でも、本当によくそういう考え方がすぐ出来ますねえ。」
「と、言いますと?」
 キザミが続きを促す。
「奇獣を作ったのは神々なのですよ。奇獣は生物が増えすぎて一気に絶滅するのを防ぐための存在です。人口統制用なので、本来は必要以上に人を襲わないようにプログラムされています。しかし、ある時人間の方からそのプログラムが改竄されてしまいました。原因の全てがそうではないのでしょうが…人間がハーモニクスの力を持った事が大きいのでしょうね。」
 やはり。ミクシーの例があったから予想はしていたが。
「ですが、最近の変異奇獣の増え方はおかしい。ハーモニクサーはまだまだ数が少ないし、これほど短期間で人口が激減するはずがないのです。空から見てるとよく分かるんですよ、都市のにぎわい具合とかでね。私も神から全てを聞いたわけではないので、いくつか見落としている事があるかも知れませんが…変異奇獣を使って全生物を滅ぼそうとしている存在がいるのは確かです。」
 しかし、そこまで分かっているのに神々はなぜ変異奇獣を止めないのだろうか。
 それを聞いてようやくギルトが戦う理由とつながった。
「変異奇獣は人間自身が生み出した存在です。ならば、人間は滅びを望んでいるとも解釈出来ます。神々は迷っているのですよ。生命が生きようとする意志を尊重するか、死のうとする意志を尊重するのかを。」
 つまり、神々はギルトを生命存続の選定基準にするつもりなのだ。ギルトが勝てば神々は人類に味方する。だが、負けてしまった場合、神々は変異奇獣の増殖を放置するだろう。
 ならば、クオンの行っている事は保険という事になる。敵は変異奇獣が数を増やしていき、全生物を滅ぼせる程に規模が膨れ上がった時、一斉に侵攻させる。それにあがくための仲間なのだ。
「これは…逃げられない…!ここで逃げたら僕に生きる資格は無い…!!」
 先程のプレッシャーに更なる上乗せがかかった。だが、もうやると決めた。
「…戦います。クオン、訓練の方よろしくお願いします。」
 クオンに頭を下げた。今からこの最初のスペルドライバーに師事するのだ。そして、可能な限り早く超えなければならない。
「ふふ、頼まれずとも教えますよ。でも、あなたが自分で決心してくれて助かりました。元々ここに縛り付けてでもやるつもりでしたから。明日からみっちり教えてあげますよ。」
 クオンが怪しい笑みを浮かべた。一体どういう訓練方法なのか見当もつかない。やっぱり恐ろしくなってきた。
「さて、ギルト君の覚悟も決まったようだし、皆さん長旅で疲れたでしょう?お風呂を沸かしてあるので、案内しますよ。疲れを取り除いて、英気を養ってください。」
 そんなギルトの心境を無視してクオンがエレベーターの方に向けて歩き出した。
 そういえば、今まででまともに風呂に入ったのはレヴォルードくらいだ。宿屋などでは良くてシャワーだし、人気の少ないウムラウド周辺では薪をくべて火を維持するような古い造りの物がメインになっていた。
 単なる回復だけなら、彼女の力で容易に出来るだろうが、それでは心はついてこない。スペルだけで十分生きていけそうな彼女でも、人間的な住まいが必要らしい。
 とにかく、全ては明日から始まる。疲れは取っておくに越した事は無い。
 四人はクオンに続いて再びエレベーターに乗り込み、久々の湯を待った。

「残念だ…。」
 キザミは肩を浴槽の縁にもたれて天を仰ぎ、ボヤいた。
「…まあ、それは僕も同意しておきます。」
 ギルトは彼の隣で肩までどっぷり浸かってそう言った。
 浴槽は石を敷き詰めて造られており、露天風呂のようになっていた。数十人は入れそうな巨大な浴槽である。湯加減も丁度良く、文句は無い。ただひとつ、横に大きな壁ある事を除いては。
 木製の板で仕切られているが、それが仕切っているのは空間だけではない。あまりにも大きな男女の壁なのである。
「たった一枚なのになんて厚いんだろうなあ…。」
 クオンはここに一人で生活している。だから、てっきり混浴になるのだろうとキザミは思い込んでいたようだ。だが、よく考えればここには彼女の配下であるスペルドライバーが出入りしているのだ。お客様用に施設をあつらえてあるのは当然である。いや、彼女の力ならこの一部屋くらい、一瞬のうちに造り直せるのかも知れない。
 それはともかく、ガッカリしているキザミを見ていると、つくづく感情豊かな人だと思う。先刻はあたかも自分が神と戦うかのように狂喜していたのに、壁ひとつでこの有様だ。
 振り返ってみれば、キザミがギルトに加わって旅をしてきた理由はとても軽い。興味が湧いたから、の一言で説明出来てしまう。ここまで旅をしてきたメンバーの中では最も場違いな人物である。けれども、同時に彼なしでは今の旅はありえない。彼が旅に同行し一番最初の道標を示してくれたから色々な人に会えたし、ミクシーやエアとも共に来れた。
 彼に出会わずに過ぎていたら、今自分はどうなっているだろう。最も刺激のある方向に向かいたい、という単純な理由がギルトには無かった。いや、あったのだろうがそれに向かおうとする事を恐れ、あきらめていたのだ。半ば強引だったが、キザミはギルトを引っ張ってきてくれた。
 それを考慮すると世の中というのは全く不思議だ。どんなに強く願い、どれだけ努力をしようとも、その願いが必ず叶うわけではない。生命の進化というヤツは随分賭け事が好きなようだ。
 しかしながら、運よくその賭けに勝ち続けてきたからこそ、人間という結果がある。そして、今度のギャンブルにも勝たねばならない。
 そんな事を思って精神を高ぶらせていると、壁の向こうから会話が聞こえてきた。女性陣も入ってきたようだ。
「おお、広いなー!」
「こういうお風呂は久しぶりでしょう?どうぞ存分に。」
 ミクシーとクオンの声が聞こえた後、ザブーン、と音がした。飛び込んだな。ガキか。
「ほらあ、早くエアも来いよぉ。」
「あ、は、はい。」
 エアが遅れているようだ。一瞬、どうしたのだろう、と思ったがすぐに合点がいった。他人と一緒に入るのはこの旅では今回が初めてのハズだ。恥らっているのだろう。
「うはっ、こうして見るとやっぱエアの胸でかいなー。アタシなんて…。」
「そ、そんなにじっと見ないでくださいっ。」
「隠すなぁ!くそぉ、こうしてやるぅ!」
 水のはねる音が聞こえ、エアが嬌声を上げた。
「やだっ!ダメですよぉ!そ、そんなところっ!!」
「あらあら、仲がいいんですねえ。」
 二人のやり取りをクオンはばっちり見ているのだろう。
 いかん、別の事に精神が高ぶってきてしまった。
「くうぅ、入る時間をずらすべきだったか…。」
「声が聞こえるだけ良しとしましょうよ…。」
 再びボヤくキザミをなだめると、彼はフッ、と鼻で笑った。
「まあ、そう思う事にしておこうか…。男としては潔くもあり、不本意でもあるが。」
(…そこでカッコつける意味が分からないよ。)
 少々呆れていると、壁の向こうからまた声が聞こえてきた。
 ―――いい事を教えてあげましょうか?
 いや、これは壁の向こうからの声ではない。耳元から直接聞こえた。クオンだ!
 ―――大丈夫です。貴方達二人だけにしか聞こえていませんよ。
 彼女の言葉は脳裏に浮かんだ不安を先回りして解消した。
 ―――実はですね、この横の壁、一ヶ所だけ穴が開けてあるのですよ。
 ギルトとキザミは思わず顔を見合わせた。
(罠、ではないか…。)
 まず、そう思った。わざわざこんな事を言ってくるとはあやしい。こちらを陥れようとしている悪意があるように思ってしまう。
「どれどれ…。」
 タオルを腰に巻き、キザミがゆっくりと立ち上がる。
「ま、待ってください。罠じゃないでしょうか?気付かれたら絶対気まずくなりますよ…。」
「折角相手方からチャンスをくれたんだ。最大限に生かそうじゃないか。」
 小声で話し合う。二人の意見は完全に対立していた。
「じゃあ、こうしよう。私が壁を調べて安全を確かめて来ようじゃないか。」
 彼は何が何でも行く気らしい。あきれた探究心だ。
 ギルトだってその気が無いと言えば立派な嘘つきの仲間入りである。だが、同時に紳士のする事ではないとも思っていた。そして何より、ただでさえ恥ずかしがっているエアに気付かれた時の事が心配だった。ミクシーは抵抗がないからいいが、彼女は違う。それに、かつて自分の弱さを受け止めてくれた人に対して覗きなど、あまりにも無礼ではないか。
 そんな事を考えていると、なんだか自分がバカバカしくなってしまった。先刻までは神との戦いに必要以上に不安を感じていたのに、現在は目の前のごく日常的な事を真剣に悩んでいるのだ。
 結局、人はその場面に直面した時にしか、その場面についての事を真に考える事は出来ないのだ。無論、あらかじめ準備をする事が無駄なわけではない。物事を有利に進めるための努力はしておいて損は無いだろう。しかし、いくら準備をしていてもその全てが役立つとは限らない。
 悩む事が自分なりに解決の糸口を求める、準備に当たる事だとしたら、それは人間として必要な事だし、当然の事だ。だが、いくら悩んでも、今すぐに解決出来ない事は沢山ある。ならば、自分は無駄な悩みをしているのではないか。
 そうだ。明日悩むべき事は明日悩めばいい。だんだん気が楽になってきた。
 見れば既にキザミは調べをすませ、壁の方で手招きをしているではないか。
 ギルトは腰にタオルを巻くと、さも仕方なさそうな顔を装って、彼のいる壁へと歩みを進めた。
 なるほど、確かに指先くらいの小さな穴が壁の中央付近にあった。さしづめ、向こう側は禁断の聖域だ。
(…あっ!)
 一番先に視界に入ったのはクオンだった。浴槽の縁に腰掛けている。
 元々こちらを見ていたようで、目があってしまった。視線を外そうとも思ったが、意外にも相手の方から目を逸らしてしまった。どうやら閲覧許可をくれた事に関しては疑わなくてもいいようだ。ゆえに、そのままそのプロポーションを一通り拝見させていただいた。
 服を着ている時もそれ自体が薄かったため、スタイルがいい事は判っていた。でも、実際直に見てみて改めてその肢体の艶やかさが解った。とても、九百歳とは思えない。
 一瞥して、再び顔に視線を戻した時、彼女の口元にうっすらと笑みを浮かべているのが見えた。やはり、何か企んでいるのだろうか。あまり、長時間見ているとこっちが恥ずかしいので、クオンからは完全に視線を外し、くんずほぐれつの二人へと標的を変更する。
 ちょうど、ミクシーが後ろからエアに抱きついていた。顔を真っ赤にしているエアが可愛らしい。
 ミクシーは何度も見ているので、問題のエアを凝視する。ミクシーが言う通り、エアのバストは大きい。
 ギルトが自分の無力に涙した、あの時。ただ両手で抱きしめてくれた優しい彼女。はっきり意識していなかったけど、僕は一度あの胸元で癒してもらったんだよな。温かかったよなあ。
(…いけね。)
 自分の男が反応し始めている。完全に目覚めさせてはタオルの意味がなくなってしまう。穴から目を外した。
 キザミがニヤニヤしながらこっちを見ているので、こっちもニヤニヤしてみた。それから風呂を上がるまで、男二人はずっとニヤニヤしていた。

 風呂を上がる直前、クオンが声を飛ばしてきた。
 ―――やっぱり、男の人を元気にするにはこういうのが一番いいみたいですね。やる気が出て良かったですよ…。
 ギルトは頭に血が上ったまま、ため息が出るという妙な状態になった。
 なんという女だろう。彼女の筋書き通りという事か。完全に踊らされていた。これほど狡猾な彼女の精神を、果たして自分は超えてゆけるのだろうか。
 しかし、クオンが放った次の言葉は思考を粉々に打ち砕いた。一枚どころの騒ぎではない。精神において、彼女は二枚も三枚も上手である事を思い知った。
 ―――そうそう、お二人だけだと不公平なので、私も視覚を拡大してそちらを覗かしてもらいました。なかなか立派なものをお持ちなのですね、フフ…。

 翌日、昼を過ぎた頃に修行は始まった。
 ギルトが通されたのは、畳が敷き詰められた広い部屋だった。ギルトとクオン以外は部屋の外に下がっているように言われ、外側の窓から眺めている。
「さあ、早速始めましょう。貴方の全力を私に叩き付けてごらんなさい。」
 クオンが来い、と手招きする。
 敵と自分の力量差を計るには自分の最大攻撃をぶつけてみるのが一番いい、という事だろう。ギルトは現在最高のスペルを叫んだ。
「スパークオブギガンティック!」
 拳を彼女に向け、電光を束にして打ち出した。しかし、彼女に到達する前に見えない膜に遮られたように消えてしまう。
「…そんなものではないハズです。もし、貴方が意識的に出せる限界がそれだけだとすれば…。」
 クオンはため息をついた。そして、桶をひっくり返したかのように全身から殺気を放ち始めた。
「貴方に、死んでもらうしかありません…!!」
 彼女を中心に衝撃が発生した。全身をビリビリ揺する激しい振動が襲った。それはクオンのスペルドライヴだった。彼女は無音無動作でスペルを発動出来るのだ。
 しかし、それ以前にギルトは面食らっていた。弟子に向けて突如殺意を向けた事にだ。殺してしまっては元も子もないハズなのに。
 驚きの目を向けるギルトを無視してクオンは室内に力を撒き散らし続けた。
(…本気だ!殺される!!)
 慌ててシールドを張ろうとスペルを叫んだが、障壁は現れない。それどころか、ギルトの身体は振動によって徐々に足から崩れ始めていた。
 ダメだ…。今の自分では絶対に勝てない。
 抗う事の出来ない死が足を崩し、ひざを上り、腹を砕き、胸を吹き飛ばしていく。
「うわああああああああああああああああああああああ!!!?」
 口から絶叫が飛び出した。だが、まもなくそれも聞こえなくなった。
 かつてあった感覚が消えていく感覚という、恐ろしい感覚が頭の中を駆け回る。
(頭が…崩れる…!)
 未だ味わった事のない恐怖がギルトの脳髄を貫いた。
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