第六章 ――「現れた存在」――




 常の緊張をより深くして、聖は前へと進んでいく。右手で握り締めたM9サブマシンガンがやけに重く感じられた。
 そのままゆっくりと歩んでいく。じりじりと、カレンの指示に従い、聖は頭に叩き込んだ若月市の地図と、感覚で憶えている道筋を照合させ、出口を探していった。その中で一つの結論は、オフィス街の外側を回るようにして高速道路の入り口に出られれば、自衛隊の包囲網に合流できるのではないか、と言うことだった。即ちそれが出口だ。
 再びオフィス街に入る。が、今度は来た道とは反対側だ。余り広くない道幅の道路を、物陰から注意深く周囲を窺いつつ、時々カレンに振り返りつつ、聖は前へと進んでいった。散発的ではあるが、ここにもやはり死体が転がっていた。
 そっと、ビルの壁と壁に挟まれた、人が二人ほど並んで歩けるほどの横道に入り、進んでいた時だ。
 あっ、とカレンが小さく呟いた。
 聖が振り返るとカレンは、
「この先に――左に折れた先に、三人の気配があるわ」
「三人、か。距離は判るか?」
「近くはないと思う。建物の中にいるのかしら。上の方に気配がある」
「よし。右に行こう」
 小走りで路地裏を抜け、さっ、と視線を走らせると、即座に右側に歩を進める。広い道路に出たところで左に横断し、交差点を折れた時だ。
「待って!」
 カレンが強く、聖の袖を引っ張った。
 強い口調に、危険が近いのだろうと察し、聖は急いで周囲の気配を探る。だから聖は、カレンの様子が少しおかしいことに気付かなかったのだ。
 気付いたのは、カレンが再び声を上げた時だった。
「この先に二人……うそ、右手からも――。そんな! 四方から気配が迫ってくる!」
「なっ――!」
 緊張が聖の身体を駆け抜けた。それは驚愕である。敵は人数が少ないのだ、四方から唐突に一箇所に集まるなど、偶然では考えられないことなのである。
(嵌められた……!?)
 罠を張られた、という事だ。ならば先程の『左側の気配』もトラップの一部か。
「小道に入るぞ! 大通りでは不利だ!」
 カレンの肩を抱き、引き摺るようにして、向かいの路地に入ろうとする。しかしその先には、すでに銃口をこちらに向けた二人の男がいて、完全に進路を塞いでいた。
 急ぎ後退しようとして、
「ダメ、もう囲まれてる!」
 悲鳴のようなカレンの声。
「くそっ!」
 聖がM9の銃口を上げ、進路を塞ぐ二人を牽制しようとした時に、グッ、と衝撃が来た。カレンが聖の胸を肩で押したのだ。
 バランスを崩して後ろに倒れる。うわっ、と言いつつ視線が上を向き、銃口を構えるあの少年が見えた事に、聖は瞼を広げた。
 アスファルトに背をつけた。受身を取る暇はなかったが、そんな事を気にする余裕もなく、聖は絶望的な思いで周囲を探った。低い視線から首を巡らしただけでも左右に敵がいるのが見える。
 苦虫を噛む思いで歯を食いしばった。
「……大丈夫?」
 胸の上にいるカレンに声をかけると、少女は弱々しく頷いた。それを受けて立ち上がる。同時にそれぞれが包囲網を縮めようと動き出す。それに銃口を向けて牽制した。
「…………」
 ギュッ。カレンが聖のジャケットの裾を強く掴んだ。
 震えている。聖は機関拳銃を左手に持ち替えると、右手でカレンの肩を強く抱いて、安心させるように撫で擦ってやった。それでも震えが収まらない様子に、どうしたのだろう、とカレンの顔を覗き見る。
 真っ青な顔で、それでも毅然とした表情で、左手側の相手を睨みつけた少女。その勇ましい様子に、逆に聖が驚いてしまった。と同時に喜びが自分の中に湧いてくるのも感じていたのだ。
(頼ってくれている――!)
 縋ってくれているのだ、自分に。こんなに嬉しいことが他にあろうか。
(この娘は本当に強い……。でもそれ以上に、か弱いんだ)
 このことが聖を勇気づけてくれたのは確かだった。聖もカレンの視線の先を睨みつける。
 三人の人間が固まっている。真ん中の、初老に差し掛かった頃合くらいの男がカレンを睨んでいた。他の二人が膝立ちで銃を構えているのを見て、落ち着いている、と聖は思った。
 真ん中の男だけが銃口を下げていることに疑問をもちつつ相手の出方を窺う。程なくして男が口を開いた。
「プリンセス・カレン。貴女に勝手に出て行かれては困るのですよ」
 声は篭ったように低く、聞き取りづらいものだったが、それでも鼓膜に吸い込まれてきた。威圧的な物言いだ。怒っているようにも見える。
「なんで……?」
 カレンが弱々しく呟いた。それを見た男は、皮肉気な笑みを深くして、
「貴女の存在は精霊使いにとって感じ取れるようになっている。これだと言える確証が湧くまでが一苦労だが、見つけてしまえば、精霊王がどこにいるのか、その大まかな方角が感じ取れるのですよ。気付きませんでしたかプリンセス?」
 自らの優位性を、これ見よがしに見せ付ける様な、癪に障る言い方だ。
 それに対してカレンは、すぐに眉を吊り上げて、
「私はプリンセスなどではありません。あなた方の期待に答えられるような器ではないのです」
 静かに言葉を放った。説得の言葉なのだ、「こんなことは止めなさい」、と言う意味の。
「御謙遜を。ご自分のなさった行いは自覚なさっておいででしょう」
 男が両腕を広げた。こっちに来なさい。安易に態度がそう言っている。聖は完全に無視されていた。
 それでも聖は事態を見守ることしかできない。
「自覚はしています。だからこそ、私は人間であると、貴方たちに伝えたいのです」
「精霊王よ。我侭を言われては困ります。貴女こそが我々の導なのですぞ」
「道を指し示す人間など存在しません。しかし真に私に従うと言うのならば、今すぐこの無意味な戦いを停止なさい」
「無意味と仰られますか。貴女が戦いの希望にもかかわらず」
「身勝手なことを言わないで……」
 カレンの顔が悲嘆に満ちた。その後で毅然と眉を吊り上げて息を吸い込み、
「貴方では話になりません! ウィルバートを出しなさい!」
 強い口調で言葉をぶつける。
 男の眉がピクリと動いた。不充分だといわれたのが不満なのだろう、しかしその感情を一瞬で押さえ込むと、男は静かに首を振る。
「この作戦のトップは私ですよ、プリンセス」
 しかしカレンはその言葉を無視した。
「そこに居るのは分かっています。ウィルバート・ギア、誠意を見せたいのならば姿を現しなさい」
「精霊王!」
 語気を荒げて前傾姿勢をとった男に、聖はすかさず銃口を上げて迎撃の姿勢をとった。来るか、と意識したその時に、
「トオダ!」
 アメリカ訛りのイントネーションが男の背後から飛び出してきた。
「――プリンセスは少し錯乱しているのだ。お前が怒っては意味がない」
 そう言って姿を現した男はがっしりとした体躯だった。
 先ず目を引いたのが、その大柄な身長だったが、上にある顔も、彫りが深く贅肉の少ない、非常に鋭い印象を与えるものだった。ワックスで後ろに流した金色の髪の毛に広いオデコ、眉と目は細く吊り上がり、頬骨の張った顔面に余裕の表情を浮かべた姿は、不敵な雰囲気を思わせる『経験』が漂っていて威圧感に溢れる。だが何より聖を驚かせたのは、アーミー・グリーンの上下のスーツに黄色のニ線が入った袖と肩、襟の階級章、そして左の胸についた三つの『合衆国』の勲章を飾った、見たことのある存在だったことだ。
(ウィルバート……ギア?)
 馬鹿な、と思う。
 何故この男が――?
 聖の見つめる中、ウィルバートはトオダ――遠田か?――と呼ばれた男の肩に手を置き、口を開く。
「我々がやるべきことは彼女の説得だよ。お前が熱くなってどうする?」
 静かな声音で遠田を諭す。しかしそれは、こちらに対する棘のある視線から、決して穏やかなものではないことも理解できるものだった。
 遠田もウィルバートが妥協を示さないことを知っているのだろう。そうだな、と呟くと、すぐに一歩を引いてウィルバートに役を譲った。よほどの信頼があるのだろう。
 同時にウィルバートが向き直る。そして彼の視線は、真っ直ぐに聖を貫いた。
「北部方面隊の自衛官だったな……。樋山がよくよく推していたのを憶えている」
 冷めた視線だった。全敵意が向けられていることに、聖は大きなショックを受ける。
「少佐……? 何故あなたが?」
 呆然とした言葉が口を突いて出た。アメリカ陸軍第一軍団司令部・キャンプ座間のウィルバート少佐と言えば、大抵の軍事関係者が太鼓判を押す、それほど名の知れた優秀な軍人である。
 その男が目の前で自分を冷視している。聖にとって、尊敬に値する人物がここで現れたことは、何よりも衝撃的なことだったのだ。
 聖の問いかけに、ウィルバートは呆れたかのように肩を竦め、
「何故と? 分からないか?」
 大袈裟な口調で聖に軽蔑を投げつけた。
「私が精霊使いだからだよ。それ以外に何がある?」
 ギロリと睨み付けてくる視線。呆然とした聖は、その冷たい雰囲気だけで竦んでしまう程の圧力を感じた。
(そんな……)
 それだけの理由だと言うのか。聖はウィルバートの言葉が理解できなかった。
「答えになっていません! あなたは合衆国軍人でしょう!」
「だからこそだよ!」
「……っ!?」
 ウィルバートが突然強い口調になった。ほとんど恫喝に近い勢いに、聖が息を呑み、たじろぐ。それほどウィルバートの表情も険しいものになっていたのだ。
「お前たちは知らないのか!? 合衆国の差別主義のせいで、精霊使いがどれだけの扱いを受けてきたと思っている? 同僚だろうが親友だろうが、部下だろうが上司だろうが、黒人でも白人でも何国籍でも関係なく同等の差別を受けることになる。俺はこの目で、我が同胞たちが虐げられる姿を、幾度となく見続けてきたんだ! アメリカだけじゃない。欧州、中東、アフリカ、オーストラリア。そこら中の赴任地で、幾度となく蔑まれ苛められてきた仲間たちを見殺しにしてきたんだ! その気持ちがわかるのか、貴様如きに!?」
 ふぅ、ふぅ、ふぅ、ウィルバートの乱れた呼吸が、聖の耳にも聞こえるほど大きくなっていた。肩を上下させ、上気した顔に恐ろしい剣幕の表情を浮かべた彼に、その場にいた誰もが固唾を呑んで黙していた。カレンさえもが、怯えた表情でウィルバートの迫力に飲まれている。
「――俺自体も自分の本心を明かすことができなかった。妻にも子供にも言えなかった、だから家族を置いて各戦地への出兵を志願してきたんだ。だがそうすることで、俺は自分の同類すらも手にかけることになった。途中で覚醒した部下すらも処刑してきた。その悔恨が自分に重く圧し掛かった時に、俺は日本に逃げてきたんだよ」
 ウィルバートに自嘲の表情が生まれた。落ち着きを取り戻したのだろう、いったん顔を俯け、次には再び冷徹な瞳で聖を見返してくる。
「……下らんことを話した」
 聖にはその声が悲哀を含んでいるように聞こえた。
 だから反射的に声を発していたのだ。
「少佐……あなたは――」
「お喋りは終わりだ。お前が精霊王を誑かした様だ。プリンセスの迷いの原因を取り除けば、まぁ問題は解決するだろうな」
 射抜くような視線が聖を震えさせた。怒気と殺気だけで居竦んでしまいそうだ。銃口を向けているわけではないのに、他の誰よりも、「殺される」と言うイメージが強く湧いてしまう。
 同時に周囲の全員が、聖に照準を合わせてくる。全員の殺気が集中してきたことで、聖の汗腺すべてが開き、筋肉の硬直が解れていった。自身の緊張が緩やかな興奮を呼び覚ましたのだ。
 待って! と、カレンが叫び、飛び出した。
「この人を狙うと言うなら、それなら私も殺しなさい!」
 両腕を広げて胸を張る。毅然とした声音に、他の全員の注意がカレンに向いた。その瞬間、聖はカレンの肩を掴み、引き寄せる。
 えっ、とカレンの疑問符のついた吐息が聞こえた。
 左手側に向けて駆け出す。相手の全員が、一瞬だけ遅れて、すぐに銃身の向きを変えて来た。
 即座に反転する。カレンを胸に強く抱き、聖は路地の中へと駆けた。正面に来た二人の男に躊躇の表情が浮かんでいるのが見える。咄嗟のことに脳が逡巡しているのだ。
「――っ、除けぇ!」
 M9の銃口を上げた。走りながらの不安定な照準でのフルオート射撃。ぐあっ、と一人の男が呻き、倒れた。
「逃がすかぁ!」
 上空から少年の声。同時に気配が急降下し、聖の後ろをぴったりと追いつくように、少年が地面すれすれを飛行する。それを背にしっかりと感じつつ、小道を抜けた直後に背後を振り向き、聖は自らのイメージを物理法則にぶつけた。
 折り重なる糸のような織物が浮かぶ。目前に迫った少年にそれが重なり、同時に聖の力が力場を生み出し、織物が深く、深く陥没した。
 少年の体が陥没に飲み込まれるのが見え――
 ゴッ、と言う音と共に、少年の肉体は、強くアスファルトの路面に押し付けられた。
「っ、ぎあ!?」
 顔面を地に押し付け、頬を強く擦らせた少年の奇妙な呻き声が聞こえる。自分自身に何が起きたのか理解できないのだろう、今までの好戦的で目を血走らせたような表情とは打って変わって、彼は目を白黒とさせ呆然としているのだ。
 緊張と沈黙が一瞬で場に満ちた。
「大貴!?」
 男の一人が叫ぶ。その声を聞いた聖は、
「大貴って名前なのか……」
 と呟いた。大貴の表情が屈辱に紅潮し、
「っ何をしたぁ!?」
 体重の五倍もの負荷をその肉体に掛けられているのも構わずに、無理矢理に顔を上げ、必死の形相で聖の顔を見上げてきた。大貴の発した疑問は、敵の全員の意思である。その場の全員が聖の言葉に注視しているのが分かる。だから誰も動かないのだ。
「お前と同じだよ」
 静かな声音だった。大貴が、なに? と疑問顔になる。
「お前と一緒で、俺も重力を使う。ただ、お前の場合は自分の周りだけ力を発揮できるようだが、俺は周囲に対しても自由に力場を操ることができる。そしてこの結果を見る限り、どうやら俺の能力の方がお前の支配力に勝っているようだから、お前の力場が打ち消されたのだろう」
 重力は織物に例えられる。折り重なる糸に力を加えるとその場所が歪み、陥没するのだ。そしてその陥没した場所は蟻地獄のように物体を捕らえ、拘束する力が働くのだ。その拘束する力が重力であり、重力は原子力エネルギーと同等の、物理的に強固な力場を形成するエネルギーである。一般相対性理論の一部として、分かりやすいイメージを想像し、聖はこの強力な能力を掌握したのだ。
 恐らく大貴の能力は、自分自身の重力からの解放なのだろう。自らの周囲だけを無重力状態にし、浮遊するのだ。それならば自身の重心を移動し、力を操作するだけで、自由な飛翔も可能となる。聖とは同質ではあるが異なる能力だと言えるだろう。
 大貴もそれを理解したのだろう。地に這い蹲ったまま、彼は眉を歪め、泣きそうな表情で呟いた。
「俺とは、違う……?」
「……そうだ」
「俺よりも強い……」
「そうだ」
「……そんな――」
 呻きにも似た弱々しい声音が零れる。しかし大貴は顔を上げた。瞼を吊り上げ、蒼白だった顔色に激昂の紅を加えて、吠える。
「そんな筈はねぇっ!」
 絶叫に近い咆哮。それと同時に、聖に反発する力が膨れ上がった。抑え込めていた大貴の能力が増したのだ。
「俺が負ける筈はねぇ! 俺はお前を殺してお前を忘れてやるんだよ! お前に殺られるわけにゃいかねぇんだ!」
 気迫が圧力となって聖を襲った。能力が反発すれば、その力は負荷となって、聖に返されてくる。骨格への負担が激痛を与えている。聖は吠え、抵抗を続ける大貴へ、局所的な圧迫を掛けざるをえなかった。
「俺がテメェをぶっ殺す、っ――」
 ガゴッ! 頭部に更に倍以上の圧力を発生させたことで、大貴は額を強く道路に打ち付けた。同時にメキョリと鼻骨が歪み、鼻腔から流れ出た血液が,小さく溜池を作る。
 死んではいないはずだ。だが相当量の衝撃を与えて脳を揺らしたのだから、暫く起きる事はないだろう。
 大貴が完全に沈黙したのを見て、聖はカレンの手を引いた。えっ? と吐息を漏らして少女がこちらの顔を見る。その呆けた表情がすぐに引き締まったのを見てから、聖は頷き、駆け出した。
 背後の反応もすぐに静寂から抜け出して、慌ただしさが伝わってくる。しかし追撃の足音が僅か二つ、数えることができる程である事に、相手の冷静さを感じてしまう。ウィルバート・ギアは本物だ。
「急ごう!」
 肩からスリングを抜いて、聖はカレンを引く手に力を込めた。ウィルバートから感じた殺気が、まだ聖の背に圧力を掛けてきているように思えてしまう。
「ええ……。殺したの?」
「えっ?」
 路地裏のT字路を右に折れたところだ。日当たりの悪い場所でカレンの顔を振り返る。
 少女は不安そうな面持ちだった。
「――ううん。耳朶からの出血がなかった、脳溢血はしてないはずだよ」
「そう。良かった……」
 極力、優しい言い方になるように気をつけた聖に、本当に安心したようなカレンの笑顔が続いた。それにホッ、とした反面、聖は同時に疑問も覚える。
 どうして、と聞いたら、聖に人殺しはして欲しくないの、と少し乱れた吐息でカレンが返す。
「俺はもう沢山の人を殺してるよ」
「うん。でも、ああ言う場面で、聖に確信を持った殺人はして欲しくなかった。あの時の聖は本当に、『怖く』、感じられたの」
「そう、か」
 そう言う物なのか、と。
 聖は、カレンのその豊かな感性に、驚かされた。
 直後にカレンが、左手奥の気配を教えてくれる。まっすぐ行けばぶつかる場所だ。
 聖の一瞬の逡巡。その時にはカレンが聖の腕を引いていた。
 数メートルを戻る。追っ手が立ち止まって向けてきた銃口。大丈夫、とカレンが言う。同時に重なる銃撃音。
 弾着は後方。脇を数発の弾丸が掠めると、すぐに二人は道を折れ、少し広めの通りに出る。待ち伏せていた筈の敵が、背後から牽制して来たのを見て、大丈夫だ、と悟った。
 パタパタパタッ、と近くに響くローター音。
 それを遠くに聞きながら、聖は懸命に、周囲の気配を探っていた。周囲からの殺気は五つのみ。それも全て後方からだ。まだ大丈夫、これ位なら振り切れる。
 自らのイメージを脳内で練り上げた。同時にそれを発動させようと、後方を向き、敵それぞれの位置を確かめる。
 バラバラバラッ。さっきより大きくなったローター音。観測ヘリが飛んでるのだろうか――
(いや、違う……)
 周囲の喧騒が増している。近くに制圧隊の分隊がいるのだ。そしてこのヘリはその援護のための――
 ゴォッ!
 吹きまく風を引き連れてビルの上から現れた影。全長約20mにも及ぶ多用途ヘリコプター・ブラックホークが横腹を晒し、吹き曝しの胴体から下方に向け、自衛官が持つM249MINIMIの弾丸をばら撒いた。
 カレンが息を呑んだのが分かった。悲鳴を上げながらも、数人が銃口を上げての反撃を試みるが、高速で動く上に頑強な軍用ヘリの装甲はMP5の通常弾では、ただ跳ね返されるだけだ。為す術なく5.56mmの鉛弾に蹂躙された精霊使い達が地に倒れ伏し、ブラックホークはそのままパスしていった。
 辺りに充満した硝煙の匂いが息苦しい。聖の服をカレンが、強く、強く握り締めていた。
 沈黙の中で、数度、聖はカレンの背を撫でてやった。それでも伏せられた顔は上がらない。しかし少女は足を踏み出し、静かに前へと進もうとする。
 聖も前を向いて歩みを始めた。体を晒す、その危険を承知で、動かなくなった五人の傍まで寄り、息が無い事を確かめる。その後で今までと同様の手順で略式の追悼をして、その場を後にした。
 チラッと見たカレンの表情は、硬い物だった。
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