ファイル7 「ガイド・トゥ・アン・アップライジング」


 あれから暫くして、ネットワークに障害が頻発した。
 ニュースを見れば新型のカーナビが誤作動を起こして事故が多発しているから回収だの、人工衛星のシステムに不調が出ているだのと報道されている。
 『The World』にも一時的に接続障害が起きていた。
 これらの原因が『The World』にあることは、三人に送られてきたクーンと欅のメールから知ることができた。クーンたち、碑文使いがネットワーク上に拡散してしまったAIDAすべてを取り除くワクチンプログラムを起動させた際の副作用、ということだった。それによって、『The World』を含むあらゆるネットワーク上から悪質なウィルスプログラムとされていたAIDAは消失したようだ。
 碑文と同じ力が込められたロストウェポンを持つヴァリッドたち三人には伝えておこう、と思ったらしい。
 とりあえず、AIDAに起因する混乱は収束したと思って良いようだ。
 ただ、欅からのメールには最後に気になる文が添えられていた。
「危機の火種が消えたわけではありません。あなた方の力を借りる時があるかもしれません。その時は、協力よろしくお願いしますね♪」
 まだ何かある、と思わせるには十分な文章だ。
 その何か、が気になるところではあるが、欅はまだ明確に断言するつもりはないようだ。彼の言動を考えるなら、必要になったら連絡が来るというところか。
 また、欅のメールには追伸として梓のその後の経過について問題はないと記されていた。AIDA関係のことであったことを考えれば、クーンたちが除去プログラムの発動に成功した時点でもう心配する必要はないだろう。
 コンビニエンスストアでのアルバイトを終えた由宇(ゆう)は星空を眺めながら帰途についていた。
 大学生活も残り半年ほどとなってしまった。
 進路はもうほぼ決まっている。
 様々な分野に用いられるネットワークを介するAIシステムを研究、開発しているある企業に内定が決まっていた。
 AIプログラムに自分が携わることになろうとは、由宇自身も思っていなかった。始まりは恐らく、かつての『The World』で出会った放浪AIだろう。
 彼らとの関わりは、少なからず由宇の価値観や思考に変化をもたらした。
 かつて出会ったAIのような存在を創りたいというわけではない。そういったAIを研究したいというわけでもない。
 ただ、AIの可能性に惹かれている部分はある。
 欅やクーンから送られてきたメールの情報を自分なりにまとめて由宇が出した結論が一つある。
 AIDAは、AIだ。
 程度は違うが、かつて由宇がヴァリッドとして出会った放浪AIと、存在の根本は同じかもしれない。そもそも、AIDAという名称にはAIがそのまま含まれているというのはニュースなどでの発表ではっきりしている。
 かつての『The World』にはAIの神が存在していた。『The World』という世界によって育てられた、神が。『The World』が今の形になって、かつて存在していた神がどこへ行ったのかは分からない。変わらず存在しているのか、それとも事故で燃えてしまったデータとともに消失してしまったのか、由宇には判断がつかない。
 ただ、由宇が過去に出会った放浪AIは、『The World』で育った神から生まれた存在だった。神が自らの意思で生み出したのか、それとも単なる偶然で生じた神のデータの断片などが成長して放浪AIとなったのかは分からない。しかし、はっきりしているのは、かつて出会った存在は『The World』の世界に準じるものであった。姿形や言葉などがその典型だろう。
 だが、AIDAにはそう言った特徴がなかった。
 自然発生したAI、ということなのだろうか。『The World』という世界の中で生まれた存在でないが故に、人の姿を取らず、言葉も知らない。
 それでも、かつての放浪AIがそうだったように、人間に惹かれた。ネットワーク上に存在する情報を得ながら、『The World』に辿り着き、一連の問題の原因となったのだろうか。
 由宇の推測でしかない。
 事実を知ることができる者がいるのかどうか、それさえ疑問だ。
「由宇」
 不意に、背後から名前を呼ばれた。
 聞き覚えのある声だったから、驚くことはない。
 振り返れば、ほぼ毎日顔を合わせている女性が立っていた。
 背の中ほどまで伸びた黒髪に、穏やかな表情を浮かべて歩み寄ってくる。化粧っ気のない、素朴な、悪い言い方をすれば地味な印象の女性だ。
「そっちも丁度帰る時間か」
 由宇も薄く笑みを浮かべた。
 同棲相手であり、アーティのプレイヤーでもある、雪(ゆき)だ。同じ大学に通ってはいるが、由宇とはサークルもアルバイト先も違う。帰宅する時間は中々一致しない。
 彼女とは、大学を卒業したら入籍する予定だ。式を挙げる予定はない。
「何か、考えてた?」
 くすりと笑って、雪が呟く。
「後ろから見えたんなら、気付くか」
 由宇は苦笑した。
 考え事をして空を見上げながら歩いていたのが見えたのだろう。
「AIDAのことを、ちょっとね」
「だと思った」
「雪だって、少しは考えただろ?」
 並んで歩きながら、由宇は雪にそう返した。
「そりゃあ、ね……」
 少しだけ目を細めて、雪は答えた。
 クーンや欅から同じ情報を伝えるメールが雪にも届いている。同棲して同じ部屋にいるのだから、その場で口頭で伝えることもできる。判断した結論は違うかもしれないが、得られている情報は由宇と雪にそれほどの差はないはずだ。
「結構色々あったのに分からないことの方が多いんだもの」
 正体不明のものと戦っていたのだから、仕方がないと言えばそれまでだ。
 誰も認知していない存在であれば、なおさらだ。何時、どのように発生したのかも、誰かによって創られたものかも分からない。
「元々は、無害なものだったかもしれないのにね」
 雪が小さく呟いた。
 AIDAが出現する時に現れた黒点のようなノイズは、それまでにも確認されている。AIDAが危険な存在だと認識される以前から、BBSに怪談話のような噂として書き込まれたことが何度かあった。その書き込みの黒点が最近問題となっていたAIDAによる現象と同一であるなら、かつては無害な存在だったと言えなくもない。
 何らかの要因で、AIDAは人間たちにとって危険な方向へと向かってしまったのだ、という考え方もできる。
「そうかもしれないな……」
 由宇は雪の言葉を肯定していた。
 もし、『The World』でAIが自然発生したなら、かつて出会った放浪AIのような存在になっていたかもしれない。AIを育てるための世界として『The World』の基礎プログラムが創られていたというかつての情報を信じるなら、そこで生まれたAIは恐らく一見しただけではPCと区別がつかない存在となっているだろう。その、『The World』にログインし、生きる人々から影響を受けて。
 AIDAがそうならなかったのは、『The World』とは別の場所で生まれたから、とも考えられるのではないか。
「結局、憶測の域は出ないな」
 苦笑して、由宇は呟いた。
 議論や推測を重ねても、今の由宇たちに答え合わせはできない。それでも考えてしまうのは、興味をひかれているからなのだろう。
 考えずにはいられない。何も分からないまま終わりにしたくない。
 かつての放浪AIだってそうだ。
 AIに携わる仕事をしていれば、いつか答えが分かるかもしれない。そんな思いがないわけではない。どこか、心の隅で期待している部分はある。
「そう言えば、夕飯は?」
 マンションが近付いて、由宇は雪にそう問いを投げた。
 食べたかどうか、食べていないのであれば外食するかどうか。
 考えても答えが出ない話を延々していても仕方がない。由宇は夕食をどうするか雪と話ながら帰宅までの残り時間を過ごすことにした。
 その翌日のことだった。
 丁度、二人とも大学もアルバイトもない休みの日だった。
 たまには昼近くまで寝ていようかと思っていたが、携帯電話への着信で目が覚めた。
「辰巳(たつみ)……?」
 着信相手の名前を見て、由宇は電話に出た。
「休みとは言ったけど、もうちょっと寝かせてくれたって良くないか?」
「んなこと言ってる場合じゃなくなった!」
 高校から付き合いのある親友の一人が電話の向こうで慌てていた。
「とりあえずパソコン付けろ、ニュースとメール!」
 ただならぬ辰巳の口調に、由宇はパソコンの電源を入れた。
「雪、起きてくれ」
 パソコンが立ち上がるまでの時間に、由宇は向かいのベッドで寝ている雪を揺り起こした。
「んん……もう少し……」
 寝返りをうって背を向ける雪に、起こすのを躊躇う。
「何があったんだ?」
 携帯電話の向こうの辰巳に問いつつ、由宇はM2Dを身に着ける。
 デスクトップが表示されると、何通かメールが届いているようだった。ニュースにも新着があるらしく、更新を知らせるマークが表示されている。
「説明するより見た方が早いよ」
 辰巳の言葉に、由宇はまずニュースをチェックする。
 新着情報は主に二つ。
 一つは人工衛星が制御不能となり、地球への落下コースを辿っているというもの。
 もう一つは、全世界で突如原子力発電所が制御不能となり、このままではメルトダウンを引き起こすだろうというもの。
 由宇は絶句していた。
 人工衛星の落下だけなら、既に不調を訴えていただけあってまだ分からないでもない。だが、原子炉の暴走、それも世界中で同時に、となると度を超えている。実際にメルトダウンを起こしてしまったら一体どれだけの被害が出るか分からない。人類滅亡なんて言葉が冗談ではなくなってしまうかもしれない。
 だが、由宇にできることなどないだろう。
「次、メール見て」
 辰巳の言葉に促されて、由宇はメールシステムを起動する。
 欅とクーンからのメールがあった。
「The Worldを愛する皆様へ」
 と記された欅のメールには、『The World』におけるバグを取り除くためにクビアゴモラというバグモンスターの駆除を手伝って欲しい、という旨が記載されていた。
 こんな時に、と一瞬思った。
 クーンのメールには、今回のネットワーク障害の原因が『The World』にあるという情報が記されていた。人工衛星が制御不能になった問題も、原子炉の暴走も、『The World』に発生したある問題が原因になっている、と。
「雪……起きろ!」
 由宇は雪の肩を掴んで強く揺さぶった。
 欅からは、もう一通メールが届いている。
「クビアとは、碑文の力の反存在。本来ならありえないようなとてつもなく大きな力の行使は世界に歪みを生んでしまう。クビアとは、その歪みを生じさせないためのストッパー。けれど、そのクビアの存在もまた、大きな影響を与えてしまう」
 察するに、クーンたちが発動した碑文使いの力を用いたワクチンプログラムによって、生じた歪みが形となった存在というところだろうか。
「協力者を募るメールとは別に、あなた方三人にこのメールを送っている理由は、あなた方がロストウェポンを所持しているからです」
 碑文の反存在がクビアである、というのなら、ロストウェポンを持つ三人も無関係ではないと言うことか。
「もう、何よ……」
「いいから、ニュースとメール、確認してくれ」
 寝起きで眉根を寄せる雪に、由宇は彼女のM2Dを手渡した。
 すでに彼女のパソコンの電源は入れてある。M2Dを身に着ければすぐにニュースを確認できるはずだ。
「碑文使いたちはすでに対処のために動いていますが、人手が足りません。ロストウェポンを持つあなた方の力を貸して頂きたいのです」
 ようやく、辰巳が慌てていた理由が飲み込めた。
「辰巳、直ぐ行く」
「ああ、待ってる」
 辰巳の返事を聞いて、由宇は携帯を切った。
 一通りメールを読み終えた由宇は、『The World』を起動する。その向かいでは、雪が事態を把握したようだった。

 ログインしたルートタウンは、いつものマク・アヌではなかった。
 どこか色褪せたような、廃れた街を彷彿とさせるような景色が広がっている。夕焼けのせいだろうか。レンガや石造りのように見える床や壁はどこか寂れた雰囲気を醸し出している。
「タルタルガ……?」
 表示されたのは、そんな名称だった。
 ヴァリッドは周囲を見回す。
 円形の液晶画面を被ったキャラクターが歩いている。いや、液晶モニターに人の体を付けた、というべきなのだろうか。顔にあたる部分には記号で描かれるいわゆる顔文字が表示されている。
 見たことのないNPCだ。
「ヴァリッド!」
 既にログインしていたのだろう、タウンの奥の方からルーネが駆け寄ってきた。
「どうなってるんだ……?」
「分かんない」
 ヴァリッドの問いに、ルーネは首を横に振った。
「タウン転送機能が使えないんだ。サーバ切り替えができるから、一時的に用意されたタウンだと思うけど」
 ルーネの言葉に、ヴァリッドは背後のカオスゲートへ振り返った。
 試しにカオスゲートを操作してみる。
 ルーネの言う通り、確かにタウン転送機能が使えなくなっている。ただいま使用できません、というメッセージが表示されるだけだ。
 だが、普段はないサーバ切り替えというコマンドがメニューに追加されている。それによってどのサーバのエリアにも転送できるようになっているようだった。
「確かに、雰囲気がえらく違うしな……」
 ヴァリッドはルーネに向き直った。
 ネットワーク障害によって世界中で問題が発生している。その中で負荷を軽減するための措置、と考えられなくもない。
 ちらほらとログインしてきた他のプレイヤーたちが見受けられるが、やはり戸惑っているようだ。
「これは……どうなってるんだ?」
 ログインしてきたアーティが驚いた様子で呟いた。
「遅いよ、アーティ」
 ルーネが溜め息をつく。
「すまない、待たせた」
 ばつが悪そうに、アーティが謝る。
「まぁ、寝ていたかった気持ちも分かるけどね」
 ルーネが苦笑する。
 ヴァリッドは二人をパーティに誘い入れた。
「それで、私たちはどうすればいいんだ?」
 アーティの言葉に、ヴァリッドはルーネを見る。
 ルーネは肩を竦めただけだ。
 結局、具体的にどうすればいいのか分からない。バグモンスターを駆除するにしても、どこに行けばいいのか指示はない。適当にエリアワードを入力して探索するのが正解なのか判断がつかなかった。
 事情を知らないただのプレイヤーにしてみれば趣向を凝らしたイベント、という認識に過ぎないだろう。だが、欅やクーンとの関わりから多少なりとも事情を伝えられているヴァリッドたちはそうもいかない。知っているから中途半端ではいられない。
「クビアゴモラってのを倒せって書いてあったけど……」
 ルーネも途方に暮れていた。
 一人、先にニュースやメールに気付いてログインしたのはいいが、状況把握ができず、どうすればいいかも分からず、それを話し合うためにヴァリッドのプレイヤーに電話をかけてきたのだ。
「普通に考えたら、バグモンスターなんてただのPCに倒せるか分からないし……」
 不安げなルーネに、ヴァリッドも考えていた。
 一般プレイヤーに協力を求めていたが、バグモンスター退治など普通はデバッグチームなどがやることだ。かつてのバージョンでヴァリッドたちは一度バグモンスターと戦ったことがある。あの時は、ダメージを与えることはできても結局倒すことはできなかった。あの時と同じようなバグモンスターであるかは分からないが、不安ではある。
「さすが、早いですね♪」
 不意に、タウンの奥から欅が歩いてくるのが見えた。楓を連れて。
「欅……?」
 いつものように欅が笑みを浮かべる。
「Σ 再峙する 存在記憶の 残滓」
 目を閉じて、欅は呟いた。
「そこへ行け、と?」
 ヴァリッドは問う。
「はい」
 目を開いた欅の表情にいつもの笑みはなかった。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
 ルーネが問う。
「バグモンスターって、一般プレイヤーに倒せるの?」
 AIDAが消えたとは言え、危険がないとは言えない。もし欅が知っているのであれば、そこだけは確認しておきたかった。
「バグモンスター、と言うことになってますが、クビアゴモラは末端です」
 欅が答える。
「末端?」
 アーティが眉根を寄せる。
「本体は、これから碑文使いの皆さんと倒しに行くことになっています。本体が放つ走狗、クビアゴモラは無限に増殖する性質を持っています」
 本体を叩かなければ意味がない。欅はそう言っていた。
「ですが、クビアゴモラが増殖し続けることで負荷は増大します。本体を倒すまでの間、できる限りクビアゴモラの増殖を抑えておいて欲しいんです」
 クビアゴモラ単体を倒したところで意味はない。しかし、無限に増殖するクビアゴモラの存在データがネットワークにかかる負荷を増大させてしまう。本体を倒す前にネットワークの負荷が限界を超えてしまったら取り返しがつかないということだ。
 だから、一般プレイヤーにもクビアゴモラ掃討を手伝ってもらうことで負荷の軽減と時間稼ぎをするつもりなのだ。
「先ほどのエリアワードには、膨大な数のクビアゴモラがいると推測されます」
「それをボクら三人だけで?」
「はい♪」
 ルーネの問いに、欅は笑顔で答えた。
「これは、あなた方を見込んでの依頼です♪」
 その欅の言葉に、三人は顔を見合わせる。
 そして同時に笑みを浮かべる。
「その依頼、引き受けた」
 ヴァリッドは、告げた。
「頼みます」
 一瞬だけ真剣な表情を見せて、欅はヴァリッドたちに背を向けた。
 タルタルガの奥へと楓を連れて歩いて行く。
「何があるか分からない、準備は抜かるなよ!」
 ヴァリッドはアーティとルーネに目配せして、タウンの中へと走り出した。
 タウンとしての機能はすべて備わっているようで、タルタルガからも@HOMEにアクセスすることができた。
 @HOMEの倉庫機能を使って、所持アイテムを整理する。普段使わないような高級な回復アイテムや様々な状況を想定して防具やアクセサリの予備も手持ちに入れておく。
「よし、準備オッケー! カオスゲート前に行ってるね!」
 先にログインしていたルーネはある程度準備していたのだろう。一足早く@HOMEから出て行った。
 ヴァリッドはアーティと共に準備を済ませると@HOMEを後にした。
 カオスゲートの前でルーネと合流し、欅に指示されたエリアワードを打ち込む。
 転送された先は洞窟タイプのダンジョンだった。
「うわっ!」
 ルーネが声を上げる。
 ヴァリッドもアーティも目を見開いていた。
 ダンジョンのスタート地点であるプラットフォーム周辺には普通、敵は出現しない。だが、このエリアはスタート地点周囲にも敵が存在している。
 中央に赤い目のような光点を持ち、頂点から黒い触手のようなものを伸ばした三角形の軟体生物を思わせる奇妙なモンスターが無数に蠢いている。
「これが、クビアゴモラ……!」
 アーティが大鎌を手に生成し、身構える。
「やれるだけやってみるか……」
 ヴァリッドは背中へ伸ばした手から銃剣を生成する。
「来るよっ!」
 双剣を両手に構えたルーネが叫んだ。
 ヴァリッドたちを認識したクビアゴモラが一斉に襲い掛かってくる。
「塵球至煉弾!」
 上空に向けた銃口から放たれた閃光が降り注ぐ。
 吹き飛ばされるクビアゴモラの中央へアーティが突撃していく。
「環伐乱絶閃っ!」
 奥から雪崩れ込んでくるクビアゴモラへと、大鎌を叩き付ける。地面に突き立てられた鎌から周囲に衝撃波が放たれ、ヴァリッドの攻撃で吹き飛ばされたクビアゴモラへも追い討ちをかける。
 巻き上げられたクビアゴモラを、ヴァリッドは銃剣による射撃で追撃していく。近付いてくるクビアゴモラは、ルーネが双剣で捌いていた。
「大量、なんてもんじゃないよこれ!」
 ルーネがクビアゴモラを切り裂きながら言った。
 まだプラットフォームからほとんど移動していないというのに、相手にしているクビアゴモラの数は十を軽く超えている。
 普段エンカウントする敵の数は多くても4、5体だ。そう考えれば、今の状況がどれだけ異常なのか分かる。
「アイテムは節約しとけよ! 単品はそこまで強くない!」
 ヴァリッドは叫び、駆け出した。
 アーティが前方から向かってくるクビアゴモラを大鎌で掻き分けていく。空いた道をヴァリッドが銃撃しながら進み、撃ちもらしたクビアゴモラをルーネが切り裂く。
 クビアゴモラ単体にそこまで戦闘力はないようだった。
「ラリグギイム!」
 残りSPが半ばに差し掛かった頃を見計らって、ルーネがブーストスペルを使用した。SPを時間と共に徐々に回復させる効果を持つスペルだ。
「さすがに少し、気色悪いな」
 口元に笑みを浮かべて、アーティが軽口を叩く。目は笑っていない。油断できない状況から脱していないことは理解しているのだろう。
 本来なら敵パーティがいるはずの大部屋にはモンスターがいない。モンスターが配置されていないはずのギミックトラップ部屋でさえ、クビアゴモラが蠢いている始末だ。部屋を埋め尽くさんばかりのクビアゴモラを、ヴァリッドたちは掃討しながら進んでいく。
「オルレイザス!」
 ルーネの放つ幾筋もの閃光が一直線に駆け抜け、クビアゴモラの群れを左右に両断する。
「閻魔大車輪(えんまだいしゃりん)っ!」
 ヴァリッドは刀剣を生成し、両断されたクビアゴモラの群れの中央に飛び込んだ。
 無数の斬撃が周囲をなぎ払う。壁に激突し、地面に崩れ落ちていくクビアゴモラをアーティが鎌で拾うように刈り取っていく。
「ほんと、無茶苦茶だね……!」
 ルーネが苦笑する。
 クビアゴモラ単体の戦闘能力はヴァリッドたちにとってそこまで脅威ではなかった。問題なのは、数だ。
 スキルを使って一気になぎ払ってはいるが、ヴァリッドたちも被弾していないわけではない。一つ一つは小さなダメージもこれだけの数を相手にしていれば無視できない。ある程度HPが減ればルーネが回復を行ってはいるが、クビアゴモラが途切れる様子はない。
 ヴァリッドたちが進んできた背後を振り返れば綺麗に掃除されてはいるが、前方は黒い波と言っても過言ではないほどのクビアゴモラが蠢いている。
 HPもSPも、じりじりと押され始めていた。
 ロストウェポンを使うべきか、ヴァリッドは迷っていた。その強大な力はクビアゴモラを殲滅するのに有用なのは恐らく間違いない。
 だが、欅の言葉が引っかかっていた。クビアは大きな力に対するストッパーとしての反存在であるという言葉が、ロストウェポンの使用を躊躇わせている。力の大きさを知っているから、クビアに使うことは逆効果になってしまわないかと、頭の隅で危惧している。
 そして、躊躇する理由はもう一つ。クビアゴモラは、ロストウェポンでなくとも倒せるのだ。単品ではやや強い雑魚程度でしかない。普段のルールを無視するかのような圧倒的な量が存在しているが、戦えている。
 ロストウェポンを使う必要があるのか、という疑問さえ浮かんでいた。
 通路にさえひしめいているクビアゴモラを一掃しながら、ヴァリッドたちは第五層まで降りてきていた。妖精のオーブでマップを確認したところ、最下層のようだった。
「なんとかなりそうだね」
 最下層、ゴールであると分かったためか、ルーネが安堵交じりに呟いた。
 もう最深部はすぐそこだった。
「待て、このままじゃ終わらないようだぞ……!」
 アーティの声に、ヴァリッドは彼女の視線を追った。
 左右に滝が見られる、獣神像へと続く最後の通路を見て、ヴァリッドは言葉を失った。
 滝の奥、地の底から、クビアゴモラが飛び出してきている。
「うそ……終わらないってこと……?」
 力が抜けたようなルーネの声が聞こえた。
「無限増殖って、こういうことか……!」
 ヴァリッドは欅の言葉を思い出していた。
 延々戦い続けることになれば、ヴァリッドたちが押されて行くのは明白だ。節約してきたためアイテムは十分残っているが、いつまで持つか分からない。
「ヴァリッド!」
 アーティが叫び、ヴァリッドの背後へと飛び出した。護拳を両手に生成し、ヴァリッドの背後に迫っていたクビアゴモラを殴り飛ばす。
 振り返れば、ヴァリッドたちが今まで殲滅してきた通路からクビアゴモラが雪崩れ込んできていた。
 地の底から湧き出したクビアゴモラに、ヴァリッドたちは取り囲まれていた。
「そんな……」
 ルーネが絶句する。
「追い詰められたのは、私たちか……」
 アーティが歯噛みする。
「だからって、諦めるには早いよな?」
 ヴァリッドは手にしていた刀剣をしまい、腰の紋章へ手を伸ばす。
 柄に宝玉の埋め込まれた、淡い光を放つ剣を抜き放ち、ヴァリッドは振り下ろした。
「極光閃破!」
 思い切り振り切った剣から、正面一直線に閃光が地面を走る。群がるクビアゴモラを飲み込み、掻き消して。
「まだ、やれる力が残っているからな」
「時間を稼ぐなら、そろそろ使ってもいいよね!」
 アーティが闇色の陽炎を纏う大鎌を、ルーネが無数の結晶で構成された魔典を取り出す。
 ロストウェポンの破壊力は凄まじいものだった。たった一回ずつのスキル発動で周囲のクビアゴモラはほぼ一掃されていた。ここまで来るまでの戦闘にかけた時間が嘘のように。
「これで少しは一息つけるか……?」
 ヴァリッドが呟いた時、僅かに耳鳴りがした。武器に埋め込まれた結晶体が、放つ光をかすかに強くしている。
「あれは……」
 一番最初に気付いたのは、アーティだった。
 獣神像の方から、二人の人影がゆっくりと歩み出てくる。
 人間二人分の身長ほどもある長い柄に、先端が三つに分かれた大きな刃を持った巨大な鎌を携えた人影と、三つの結晶を幾何学紋様で繋いだような神秘的な杖を持つ人影。
 ルーネが目を見開いて、アーティは言葉を失って、ヴァリッドは息を呑んだ。
「ヴェイン……エンス……!」
 その名が、自然と口から紡がれていた。
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